第69話 真夏の聞き込み①
ここは横浜線片倉駅。
横浜線なのに東京都八王子市にあるとは?
そんなことを言ったら日本にアメリカ村だってあるし埼玉県には福岡がある。
デジュニーだって千葉にあるのに名称は東京がつく。
横浜線が東京に入るのなら都営線は隣県にまで延伸してほしいものだ。
神坂雪兎は現在片倉駅にいた。
その目的は、鬼束兄弟の足取りを追うためだ。
4年前に八王子の高校に通っていたことまでは突き止めたが退学して以降の足取りが不明であった。
そしてこの駅は八王子体育大学附属高校の最寄駅である。
高校入ってすぐ退学したらしいので彼らと交流のあった先生はいないだろうが退学の際のゴタゴタを覚えている先生がいることに望みをかけてここまでやって来た。
神坂は学校に行くということで制服に着替えていた。
私服で白髪の子供が話を聞いてくれと言ってもそれに耳を貸す者はいないと思ってのことだ。
附属高校までは駅からバスで15分のところにある。
今年の夏は晴れの日がほとんどで熱中症の患者が例年に比べて4倍ほど多い。
神坂は体が虚弱なのでリュックに1リットルの麦茶を2本入れて脱水症状にならないように気を付けていた。
しかし合わせて2キロの荷物を背負っているのでそれで余計に汗が出てしまっているので何とも言えないか。
バスを降りてすぐ目の前は附属高校だ。隣のバス停が大学のキャンパスであり附属高校はバス停の隣同士で建てられている。
同じバス停で降りた人達はユニフォームを着ている者達がほとんどで半袖のワイシャツを着ているのは神坂だけであった。
白髪のせいか奇異の目で見られている。
そんな視線は慣れっこだ。
(巨乳の女性の気持ちが痛いほど分かるな。見られてるのこっちからしたら丸分かりだからもうちょっと自然と見てほしいもんだ)
神坂を見ると必ずピクリと動きが止まるのだ。『白髪!?』というリアクションが声ではなく動作で表れているのだ。
だが神坂からしたら彼らもまた奇異の目で見てしまう。
ユニフォームではなく持っている道具にだ。
ラクロス、ゴルフ、サーフボード。
根井に高校の名前を聞いてから家に帰って調べたがこの高校は体育大学の附属高校としてスポーツに力を入れており様々な部活動があるとのことだった。
インドで親しまれているスポーツ、クリケットもこの高校には部活動として存在する。
セパタクロー、カバディ、日本の武道だと居合い、薙刀、神坂が興味を持っている合気道もある。
一般の高校では存在しない部活もここにはある。なのでマイナースポーツの選手はみなこの高校に入るのだ。
広大な山が丸ごと学校の敷地ならばこそ出来ることだ。
ここの高校を卒業した選手は大半がここの体育大学に進学して高校でやってたスポーツをさらに極める。
マイナースポーツのため日本での大会は少なく選手は海外の大会に出場をして結果を収めている。
その知名度で学校の名を上げているのだ。
全国から少年少女達がここに来て己を磨いている。
もちろんメジャーどころの野球やサッカーも存在する。
野球部は今年の甲子園の西東京代表校だ。しかしcomcomの動画の一件 (後の野球界隈では『comcom事変』と呼ばれている)で甲子園は8月末まで開催が延期されている。
プロ野球ではボールの仕様変更が行われたがそれを学生の部活動でも適応させるのかという会議が連日行われているとニュースで流れていた。
プロの試合は7月の仕様変更発表から半月後に再開された。
しかし、ボールの球速が速くなりにくくなったため打球も飛びにくくなってしまい、再開してからの試合でホームランを出したのはわずか2名だけだった。
試合のためには必ずcomcomの動画を見なければならないのでcomcomの野球動画は未だ再生数が伸びに伸びている。
ピッチャーもシャークライダースの30球制限を他球団が模倣したためピッチャーの潰し合い合戦になって以前と比べて試合の迫力は失われてしまった。
0-0がずっと続く試合のどこに楽しみがあるだろうか。
ルール変更以後、球場が満員になった試合は未だ存在しない。
球の仕様変更は日本以外のプロリーグでも話題に上がった。
それは日本の対応を笑うものだった。
『たった1人のユーツーバーに世界を歪めるなんて出来るわけがない。日本は最近の暑さで頭がショートしているみたいだ』と。
『2017年に行われた野球世界大会でベスト4だったのが悔しかったのか狂ったテコ入れを始めた』と隣国は会見で話していた。
今年の秋には日米の交流戦が予定されている。試合形式は従来のものだ。日本の遅くなるボールはもちろん使われない。
秋の交流戦が楽しみだと出場予定のメジャーリーガー、アレックス・ダンスが取材で答えていた。
日本の野球連盟は回答を控えているが、果たして交流戦はどのような試合になるのだろうか?
話がズレにズレた。
広く浸透しているスポーツにおいても八体大は網羅している。
各種目ベスト8以上には必ず八体大附属の生徒がいるのはその証拠。
(3on3バスケっつーニッチな種目だからな。あいつらにはベストな進路選択だったろうな)
神坂も中学2年生。進路を意識してもおかしくない年頃。
公立か私立かでその後の進路に大きく影響する。
将来やりたいこともそうだがお金のことも考えなければならない。
(来月の終わりに三者面談があるからそれまでに高校ぐらいは決めとかんとな)
バタバタと積み上がっている予定の数々に辟易しながら、神坂は校舎の中に入っていった。
♢♢♢
ここに来た目的は、バスケ部の関係者に話を聞くこと。
近くにいた学生にバスケ部の練習場所を聞いて、第3体育館と書かれた施設へ辿り着いた。
体育館の大きさもさることながら、その周辺の設備もしっかりしている。
100台近く入るこの体育館用の駐車場に車が2台通れる通路、水道設備、洗濯機、トイレ等が快適に利用出来るように設計されている。
神坂の中学の体育館と比べて雲泥の差だ。
金に物を言わせているのか。流石は私立高校。
神坂は正面入り口から中の様子を覗く。
中ではバスケ部の部員達が練習に励んでいた。
走り込み、シャトルランをしている。
流れている音声は84と告げている。シャトルランも中盤のようだ。
ちなみに神坂のシャトルランの記録は60回、これでも頑張った方である。
もう少しは頑張れたがヒーヒー言いながらヨロヨロ汗ダラダラ流してやるのは嫌だったので程よいところで走るのを止めた。根井には見破られていたが…。
「あの、バスケ部に何かようですか?」
隠れて体育館の中の様子を伺っていた神坂は突然背後から声をかけられた。
振り返ると動きやすい格好をした女子生徒が胴体が隠れるくらいの量のタオルを抱えていた。
「すみません、バスケ部の活動場所がこちらにあるとお聞きしたもので、私は区立幌谷中の神坂雪兎と申します」
「2年の頂風花です。バスケ部のマネージャーをやってます。あの、中学生がどうしてここに?見学かな?」
「実は、バスケ部の方にお聞きしたいことがありまして、顧問の先生はいらっしゃいますか?」
「えぇ、中で指導していると思います。呼んできましょうか?」
「いえ、わざわざ来てもらうのは忍びないです。中、入ってもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
頂はヨタヨタと扉を開けようとする。しかしタオルが前方の視界を隠しているためドアの取っ手が見つからずにドアの前でちょこちょこしてしまっていた。
「半分お持ちしますよ」
神坂は頂が持っていたタオルを半分もぎ取るように奪う。
「あ、ありがとう」
頂は視界が良好になり扉を開ける。その時に相手の中学生がびっくりするほど可愛い見た目をしていたので心がキュっと揺れてしまった。
タオルを抱えていたのでタオル山の横から覗くような話し方になってしまったため神坂の顔をちゃんと見れなかったが今は山も半分になったことで神坂の美形が妨げられることなく拝めた。
(か、かわいい…)
可愛い少年に優しくされて嫌な顔をする者はいない。
頂は『どこにある中学?』『バスケ歴は?』など合コンでイケメンとマッチングした飢えた醜い女ばりの質問攻めをしていた。
神坂はどうしたものかと思ったが年上の高校生が相手なので律儀に質問に答えていた。
「戻りました」
ガラガラと最新鋭に囲まれているにしては少し錆びた扉を開ける。
その音で部員達はチラッとマネージャーの方を見たがまた視線を戻して練習再開……とは行かず。
視線はマネージャーの隣にいる白髪の少年へと向けられていた。
神坂はアウェイを感じながら頂の後ろをついていく。
「先生、先生に話を聞きたいという方を連れてきました」
先生と呼ばれた男は若く、熱血漢溢れる男であった。
「うん、そこの彼かな?随分な不良少年が来たもんだな!」
その白髪を見れば誰もがそう思う。
「初めまして、幌谷中学校の神坂雪兎です」
「バスケ部顧問の吉田孝だ。それで、何を聞きたいのかな?」
「4年ほど前にこの高校にいた鬼束3兄弟について聞きたいのですが」
その名前を出した途端、元気一杯の顔をしていた吉田の表情が曇った。
「…さあ、知らないな」
「3on3バスケで関東チャンピオンになった人達なんですが、彼らの中学校に問い合わせたらこちらに進学しているとお聞きしたのですが」
「……」
「退学したこともその理由も聞きました。私は以前彼等に会ってんですg「会ったのか!?あいつらに!」
遮り、両肩をガッシリと掴まれた。
「元気なのか?生きてるんだな?」
鬼気迫る形相の吉田に驚きながらも神坂は答える。
「えぇ、生きてました。私が会ったのは実録だけですが、市丸と丹愛もおそらく存命かと」
「そうか…良かった——」
(在校期間が短いから覚えている先生はいないと期待はしてなかったが、どうやら知ってる人はいるみたいだな)
神坂は吉田のリアクションからそう感じた。
「それで、先生に聞きたいのはここを辞めてからの足取りについでなんですが…」
掴まれた腕を解きながら訊ねる。
「足取りねぇ…」
♢♢♢
「鬼束達が退学?何でですか!?」
吉田は校長室で鬼気迫る表情をしながら対面する校長先生を見ていた。
「君もニュースで見ただろう。彼等のご両親が交通事故で亡くなったのは」
「見ましたよ。それはお気の毒ですが」
「残念な話だが、学費が払えない生徒にサポートが出来るほどウチだって裕福ではないんだ。親戚関係も希薄らしいし。お兄さんがいるらしいが大学生だ。兄1人ではここに通わせる力はないだろう。何より退学するって最初に言ってきたのは彼等の方だよ」
「ですが、彼等は必ず日本のバスケ界に名を残す逸材になれます。金の卵を見捨てるんですか!」
それは尤もだ。と校長は同意したが、
「だが君は今の彼等の状態を考えているのかね?肉親が死んで『さあ、練習だ』と言えるほど子供は割り切れるものではないよ。事故の後からは寮にずっと引き篭もって授業にも部活動にも顔を出してないのは顧問の君だって知っているだろ」
「確かにメンタルケアは大事です。しかし」
「吉田先生」
「彼等の意思を尊重してやりなさい。それとも、君は3人を養えるほどの生活基盤が整っているのかね?」
「………」
「他力本願、とは言わないよ。私もやっていることは突き放すのと同じだからね」
大人といえど無力だ。1人なら、何とかなったかもしれない。
しかし、3人となるとかかるお金も苦労も3倍になる。20代の吉田には荷が重すぎた。
若いが故の希望と、諦め。
校長も吉田の言う通りなんとかしてやりたい。しかし去年今年と学生達が華々しい成果を上げておらず大学側や出資者、保護者からの非難の声が高まっている中で身寄りのない生徒を養うなどなんと言われるか分かったものではない。
『親が死んだのに頑張れるのか?』と冷たい無責任な言葉が彼等にぶつけられないと何故言える。
だからか、彼等が自ら辞めると言った時、少し、ほんの少しだがほっとした。
余計な火種が自らの意思で離れていくのだから。
お先が真っ暗な青少年を突き放す行為。だがこうするしかこの立場では出来ないのだ。
「彼等が寮を出るのは明後日の昼間だ」
独り言のように喋り出す。
椅子から立ち上がり、反対を向いて聞かせるというよりも漏らすように。
「吉田先生、明日はお休みを与えます。安心なさい。出勤扱いにします」
もう一度、吉田の方を見る。
「彼等と最後に話す時間を与えます。辞めるという結論は変わりませんが、教師として、顧問として、彼等に何かを伝えてください」
吉田は怒っていた。校長にではなく何も出来ない自分自身に。
そして与えられた最後の機会。塞ぎ込んでいる彼等に語りかけたところで何も返答がないかもしれない。そもそも会ってくれるかも。
「ありがとうございます」
だがそれでも、何もしないわけにはいかない。
いただいたチャンスは、必ず有効に使ってみせる。
♢♢♢
「残念ながら、何も聞いてないよ」
結局、何もなかった。
3人に会うことは出来た。だがその顔に精気はなかった。くたびれたやつれた顔。絶望をしている目。風呂にも入らずずっと部屋に閉じこもってたみたいだ。臭いがきつかった。
ただ4人で同じ空間で過ごしただけ。
食事もしてないみたいだったのでコンビニで弁当を買って食べさせたり荷造りすら手付かずだった部屋を片付けて明日の部屋の引き渡しに間に合わせるために部屋を掃除したり。
結局それだけで何を説くわけでも聞き出すこともなかった。
だが夜になって吉田が諦めて帰ろうという時、たった一言、小さい声だったが。
「「「…先生、ありがとうございました」」」
ほんの一言だったが吉田は涙を流して3人を抱きしめた。
「元気でな!絶対に諦めるな!3人で力を合わせて生き抜け!泥水啜っても酷く絶望しても!それでもだ。先生はそれしか言えない未熟者だが気持ちでは決して負けないでくれ。諦めない限り希望はある!」
ギュッと同じ顔をした三つ子を抱きしめる。3人は無感動で何も言わなかったが、絶望に満ちた目は消えていた。生きようとする動物の生存本能にも似た強い覚悟。
吉田はその目を見て満足した。
どうなるかは分からない。生きろとしか言えなかったが、それが彼等に響いたかも分からないが。
この1日は決して無駄ではなかった。それは間違いない。
「そうですか…」
(もしやと思ったが、駄目か)
「では鬼束れ「おい、白髪のガキ、部活の邪魔してんじゃねーよ」
神坂から見て大きい背丈の男が神坂と吉田の空間に入ってくる。
「入谷、今話中だ」
「関係ないですよ。なら僕が仕切っていいですか?」
「顧問の指示は絶対だ。だったら次はダッシュ100本でいいだろう」
「いつまで基礎の基礎をやってんですか!ウィンターカップ予選まであと1ヶ月もないんですよ。この夏休みでスキルアップしないといけないじゃないですか?」
「それが分からない内はお前に仕切らせることはないだろうな」
仕切るということからこの男はキャプテンだろうか。
「彼は2年の入谷。バスケ部の副キャプテンだ」
「副?」
「2人いる副キャプテンの1人だ。レギュラーは今練習試合でここにはいない」
「なるほど、基礎練の大事さが分からないからベンチにも入れないんだな」
「なんだと!」
入谷が神坂の胸ぐらを掴む。
「調子に乗るなよ中坊が!外野は引っ込んでろ!」
「だったらお前も引っ込んでろ。俺は先生と話してて忙しいんだ。そんなに元気があるなら100本じゃなくて200本でもいいんじゃないか?」
「っ!このっ!」
我を忘れて入谷が殴りかかろうとするが突如膝が曲がったことで直立姿勢から仰向けに受け身も取れずに倒れてしまった。
「おぉっと」
神坂も掴まれたまま倒れたので引っ張られたが床と自身の体の間に入谷がいたことでクッションの役割を果たして大したダメージにはならなかった。
入谷にとっては人1人がプレスしてきたのでとてつもないダメージだが。
「がァァァァッ!」
「危ないですよ先輩。そんな柔ならやっぱ100本でいいかもしれませんね」
「お、おい。お前もしかして…」
神坂と入谷の様子を見てた生徒が気付く。
「……マ、マネージャー、あいつは誰だ?」
「えっとね、幌谷中の神坂雪兎君だよぉー」
頂はすっかりメロメロになっているので入谷を倒した神坂の姿に益々熱が上がっていた。
「幌谷中の白髪って言えば————、お前はほ、『幌谷の白ウサギ』か!?」
ザワッと部員達に響めきが広がる。
「ってぇぇ。くそ、何だ?その白ウサギってのは」
「入谷君、知らないのか!?喧嘩が東京で一番強い男だよ」
「ありゃ、ここまでその名前知られてんのか?」
今度からはスプレーで染めてから外出しようかと思案していた神坂だったが周りの反応はより騒然としていた。
「あの、白ウサギか」
「ホントに強いのか?」
「噂じゃ『高校生半殺し』の臼木涼祢に勝って配下にしてるって」
「なんでそんな有名人がこんな場所に」
「バスケ部にカチコミに来たんじゃ」
いや、カチコミじゃなくキキコミなんだがな。この調子だと臼木も苦労してるかもな。月城はそうはならんだろうけど。
「驚いた。ただの不良ではなかったんだな」
吉田も目の前の華奢な男がそれほどの実力者とは思わず目が見開いていた。
「えぇぇ、そんなに凄い子なの彼?可愛いのに強いなんてギャップが凄いぃぃ」
「おぉ、握手してくれよ」「あ、ずるいぞ俺もしたい」「私が最初に唾付けたんだから割り込まないで」
やんややんやと神坂の周りに人が集まってきた。吉田もそばにいたため巻き込まれてしまった。
「お前ら練習!」と声を上げても誰も耳を貸さない。
倒れた入谷をフォローする者はいなかった。みんな目の前にいる有名人で持ちきりだ。それが入谷のプライドを傷付ける。気にしていることを言われ、倒れたのに誰も助けようとはせずに中坊ごときに盛り上がっている。
「おい、白ウサギ!!!俺とバスケで勝負しろ!」
ザワザワが収まった。
神坂が人混みを掻き分けて倒れている入谷の元に向かう。
「一発食らったからテリトリーのバスケでやろうってか?俺はバスケットボールを昨日はじめて触った程度なのに。つまらんプライドに拘る奴だ。2年で副ってことは来年のキャプテン筆頭だろ?ここらで大人の対応をして信頼を集めた方が賢明だと思いますけどねぇ」
「うるせぇ、ここまで引き下がれるかよ」
入谷を説得するのは難しそうだ。
「先生、25センチの室内シューズってありますか?」
「倉庫にあると思うが…ってオイ。まさかやるつもりか?」
「彼を鎮めないと話し出来ないでしょう?」
「止めておけ、入谷は副キャプテンに選ばれるぐらいの実力者だ。本来ならベンチに入れるぐらいの実力者だぞ。今日は調整も兼ねて試合には連れて行かなかったんだ」
「へぇ、なるほど、どっちかの副キャップが残らなきゃいけなかったのね。強いんだね。ならここいらでリーダーたるや、練習たるやを教えないとな」
神坂はマネージャーを呼んで倉庫まで案内してもらう。頂が女の顔をして神坂に接しているのを見て、他の男子部員達も怒り入谷に同調していった。
何より噂に名高い『幌谷の白ウサギ』が自分らの得意分野で戦うのだ。どういう試合になるのか見てみたいというものだ。
吉田も止めようとしたがここらで入谷に副キャプテンとしての自覚を促すのも悪くないかと思ってこれ以上口を挟まなかった。
シューズを履いている間にバスケのルールを頂から聞く。
神坂は多少のルール、ボールを持って走るのはダメとかシュートを撃つ場所で2点3点と点数が変わることなどは知っていたが細かいルールについては無知だったので熱心に聞いていた。情報への渇望は習性なのか。
「ありがとうございます」
ある程度のルールを聞いた神坂はつま先をトントンと打って履き心地を調整する。
「いいのいいの。でも大丈夫?入谷君本当にバスケ上手なんだよ?君ホントに初心者みたいだし」
「何とかなると思いますよ。ここで負けるようじゃ東京最強なんて恥ずかしい看板背負えませんからね」
「僕も時間あるんで攻守役を交互にして先に3本シュートを決めた方の勝ちでいいですか?」
軽いジョギングとストレッチを済ませた神坂。制服にバッシュという歪さ。
(飲み物たくさん持って来といて良かった。運動するとは思ってなかったからな)
「いいだろう。攻め守りどっちか選んでいいぞ。ハンデだ」
「じゃあ守りで」
「頑張って、神坂君!」
マネージャーからボールを受け取る。
昨日の今日でまさかバスケをするとは思ってなかった神坂。
バスケ経験は昨日3人でパス回ししたぐらいだ。ドリブルやシュートなどしたことがない。
流れとしてはまず守りの人が攻めにボールを渡してから勝負が始まってシュートを決めるようだ。
ドリブルで抜いてもよし、その場で3Pを決めても良し。
守りはボールを奪うかコート外にボールを弾けばディフェンス成功で攻守交代だ。
「それでは、始め!」
ピィーーー
吉田のホイッスルで試合開始。
神坂がボールをバウンドさせて入谷にパスをする。
(さぁて、普通に考えたら俺は間違いなく抜かれる。守りにしたのは相手の出方を見るため。最初は様子見だな)
運動性能で神坂が勝てるわけがない。ましてや相手はスポーツ特化の学校に通う高校生だ。バスケ部の成績は知らないがスポーツに力を入れた学校で副キャプテンを務めるのだから神坂にはその実力は未知数であった。
「行くぞ神坂」
(早い!)
入谷の持ち味は高速ドリブル。相手を撹乱させて抜く。日本人特有の技巧なスタイルだ。
バスケはウェイトや身長が物をいう世界。
2メートルの選手に勝つためにはスピードとテクニックを駆使しなければならない。
(流石は副キャップ。動きは見えるが追いつくことは無理だな)
神坂を左から抜きにかかった入谷にピッタリマークしようとするがそれ以上の速さで神坂を抜き去っていった。
一度抜かれて仕舞えば終わりだ。ボールを地面に叩きながらであっても神坂の走力では追いつけない。
あっさり神坂を抜き、レイアップシュートで1本。
オォォォォォォォォォとギャラリーが盛り上がる。
入谷派と神坂派でどちらが勝つかを今日の体育館の掃除で賭けているようだ。人数は半々と言ったところか。頂を始めとした女子マネージャー達はこぞって神坂を応援している。それに釣られた部員達が何人か神坂に投票している形だ。
好きな人と同じ共通点を持ちたいということか。
だから部員の多くは入谷が勝つだろうと見込んでいた。今のシュートを見ても動きを見切った神坂には称賛ものだがそれでも追いつけなかった。中学生と高校生では運動スペックがひと回りふた回りも違う。
神坂派は要は逆張り、もしくは入谷ばかりだと可哀想だからという同情票の要素が強い。
女は惚れている一択だが。
「白ウサギ、入谷に惑わされなかったぜ」
「だが見えてても止められないんじゃあな」
「頼むぞ白ウサギ、いつもの半分の人数で掃除なんてゴメンだぞ!」
声援が飛び交う。顧問が審判を務めている以上オフィシャルな戦い。熱が帯びる。
「んじゃ、次は白ウサギの番だな」
入谷のホイッスル。
入谷からボールを受け取る神坂。
見様見真似でボールをつく。
(3Pは無理だ。腕力がないからポストまで届かない。何だよ左手は添えるだけって。片手で届くわけねぇじゃん!)
よって神坂には入谷を抜いてレイアップしか無い。ダンクは身長が足りなさ過ぎるから出来ない。
(しゃーない。ブックオンで立ち読みしたバスケ漫画引用よろしくでやるか。さっきも使っちまったしセーブする意味もないからな)
『強制平等』
それは、神坂雪兎の超能力。
能力は相手の能力を神坂のレベルまで強制的に調整する。
格上・格下を自身と同等にする諸刃の剣。
先程入谷が倒れたのはこの力のせいだ。
入谷に胸ぐらを掴まれて持ち上げられた時、神坂は膝を曲げていた。
そこで強制平等を使用。膝を曲げるという姿勢を相手に強制させた。
その結果直立だった入谷の足は急にカクンと曲がることになり体勢を崩して倒れたというわけだ。
身体能力、状態、傷に至るまで平等にする。攻撃を受ければ受けたダメージを相手にも体験させることが出来る格上キラー。
発動条件である『対象の視認』をさせなければ能力は発動しないが、バスケにおいて視覚を奪うなど出来ない。スクリーンなど死角からであれば有効かもしれないが1vs1ではそれも出来ない。以前は催涙ガスで視力を奪われたせいで苦戦したが今回はその心配はない。
辿々しいドリブルで入谷を抜きにかかる。
しかし神坂は初心者。ボールをつく行為とそれをしながら相手を抜くのは難しい。つくことに集中してたらスピードが出ないし抜くことに集中すればボールがおざなりになる。
経験者がそれを逃すわけもなく。
入谷の手が、ボールをチップするために伸びる。神坂にはドリブルを切り返すテクニックはない。
本人も避けられないと直感していた。
だからこその強制平等。
神坂は前に進まず一瞬だけ足の動きを止めた。
(初心者が緩急なんて、味なことをするじゃんかよ)
入谷は初心者が見せた緩急に感心する。偶然か狙ってかは分からないがすぐそれを使えるということはやはりこの男にはそれだけのポテンシャルがあるということだろうか。
(だがそれは速ければ速いだけ真価を発揮するもの。元が遅いお前では緩急じゃなくただのペースダウンにしかならねーよ)
入谷にしてみたらただの停止行動。取ってくださいと言っているようなものだ。
余裕で取れる。そう思っていた。
しかし…
「へ?」
ビターーーーン
「ふん」
神坂は入谷を抜いた。ゆっくりだが確実にドリブルで進んで、そしてボールを空中へ放った。さっき入谷がレイアップをやってくれたから参考にした。
(これで1点)
しかし…
ガッ
「あれ?」
ボールはリングに弾かれて得点にはならなかった。
「うーん。直接入れようとすると難しいから背中のボードに当ててから入れた方がいいかもな。ジャンプのタイミングも考えないと。右足で踏み込んだら右手で上手く放れないな」
得点にはならず。失敗してしまったが要領は掴めた。
修正すればレイアップは出来るようになるだろう。
「何が、起こって……」
入谷は地面と熱烈なキスをしていた。自ら望んでやったわけではない。
(足が、突然動かなくなった)
動かなくなった足、しかし重心は前に傾いている。足を一歩出して踏んばればそれで問題ないが足が動かないのでフェードするように重力に従って顔面が地面に叩きつけられた。
鼻血は出なかった。幸い。出ていたら試合は中断されていた。得点はしなかったみたいだが『抜かれた』という事実だけが今後の入谷のバスケ生活を蝕んでいっただろう。
プライドの高さが、自分を許さなかっただろう。
(バランスを崩したか。ちっ、油断だ。1-0でリードしてようが相手が下手くそだろうがスポーツにおいて舐めプなんてやっちゃあいけねぇ。最初に魅せプレイなんかしなくてよかった。真っ直ぐ勝ちに行く)
「良い練習になりそうだ。あいつらと今度バスケするって話してたし、ホッケーでは負けたがバスケで臼木にドヤドヤ出来るな、ははっ」
神坂も実戦の中で学習していく。苦手な分野であるが頭で理解することが肝心だ。体に指示を出すのは脳みそだから。脳みそが理解していれば最適な動きも出せる。
「1-0ですね」
「……お前はもっと焦るべきじゃないのか。チャンスを振ったわけだが」
神坂はミスを受け入れてはいたが焦りは感じていなかった。むしろ自分を成長させる場が出来たと楽しんでいる節もあった。
「先輩こそ焦るべきじゃないんですか?俺に抜かれたんだから」
「ほざけ」
ピィーーーー
入谷の2回目のオフェンス。
1回目は動きを見切られたが追いつけなかった。ならば神坂にはスピードで押し切るのがベストだと考え。速攻で抜きにかかった。
神坂には肉体的スペックでそれに対処は出来ない。
入谷の能力に、神坂の能力では敵わない。
だがこういう状況、こそが。
『自分の土俵に引き摺り込む力』
『強制平等』
この能力の使いどころだ。
入谷は自身の動きが鈍くなったことに気付いた。
(なんだ、体が重い!?)
頑張れば動ける。重りを乗せられている気分だ。
神坂が前方に立ちはだかった。追いついたようだ。
「どうしたんすか?ペースダウンですか?」
「なわけ。見てろ。すぐ追いついてやるからよ!」
調子が悪いがそれでもやることは同じだ。
スピードが出なくてもハンドリングでボールを奪われないようにすればいい。
なんだったらフェイダウェイで決めても良い。身長差が10センチ以上離れているのだ。神坂の見た目からしてジャンプ力はそこまでないから不可侵領域から決めてしまえば向こうに勝ち目はない。
入谷はバックステップからの斜め後ろにジャンプする。
「無理ですよ先輩。俺に出来ないんだから」
後ろ飛びで放ったボールはボードにも、リングにも、ネットにも掠ることなくただ放物線を描いただけだった。
「なんで!?」
入谷も驚いているがこればかりは顧問の吉田も驚きを隠せない。
(入谷がフリーでフェイダウェイを外した!?神坂が飛びついて照準がズレたなら分かるが神坂はドリブルを警戒してジャンプすらしていなかった。入谷の十八番である高速ドリブル&フェイダウェイの二刀流が失敗したなんて)
「おい、入谷!絶好のタイミングだろうが!何はずしてんだよ勿体無い」
「うるせぇ、たまたまだたまたま」
(体がやたら重いせいかいつもの感覚で投げてミスっちまった。畜生、立てなくなったり走れなかったり災難続きだなぁ!)
ボールはバウンドしてコートの外に出てしまった。
入谷、攻撃失敗。
「じゃあ次は僕ですね」
神坂2回目のオフェンス。
点数は変わらず1-0
(さてさて、次はどうプレイしようか。身体能力を平等にしてるから盗られる心配はないと思うが)
神坂は入谷の身体能力を平等にしていた。そのため神坂より体重のある入谷には突然体が重くなったように感じたのだ。
フェイダウェイシュートを打つ時はシュートの命中精度も平等にしたことで空を切るシュートにした。
(あれ、やるか。漫画でやってたあのぉ、……、アンクルブレイク!相手を転ばせるっていうカッコいいやつ。重心がどうとか特別な目が必要とか書いてあったけどなんとかなんだろ。転ばせさえすれば)
入谷からボールを受け取る。
入谷には変わらず身体能力を平等にしている。体幹も神坂水準になっているので転ばせるのは簡単だ。
(強制平等を使ってると自分の貧弱さを痛感するから嫌なんだよなぁ)
ボールをついて出方を伺う。
相手が詰めてきたところを転ばせる。
これが難しい。ドリブルしながらのマルチタスクっていうのが難易度が高めている。
(距離を詰めてドリブルを封じれば奴にはジャンプシュートしか手段はない。抜かれてレイアップよりは成功率は低いだろう。そもそも抜かれることもないだろうがな。さっきのはたまたまだ。次は止める!)
入谷は真っ直ぐ距離を詰めて神坂にピッタリマークする。
神坂もジャンプシュートは出来ない(先程の入谷のシュート外しはまんま神坂の技量)。ドリブルを止めてしまえばゴールはまず決まらない。
何とかボールを奪われないように体を間に挟んでブロックしているが入谷はそこから体を捩ってスティールするつもりはないようだ。
(ドリブルしても取れるから時間切れを狙おうってか。こっちからアクション起こさないと24秒で攻撃タイム終了しちまうしな。やっぱアンクルブレイクするしかないな。けどここまでピッタリ寄せられてるんじゃ転ばそうにも出来ん)
キュッ、キュッとバッシュの音とドムッというボールの音だけ。それが10秒近く。
攻めあぐねていた。神坂にはボールの持ち手を変えることも出来ないしフェイントも出来ない。
(攻めきれない。良いプレスするねぇ。一芸特化ではないみたいだ。何をするにも反応するか。……ならそれで釣ってみるか)
反射神経が優れているからほんの微細な挙動にも反射的に動いてしまう。
そこを利用する。
前から何かが飛び出してきたらそれがノンリアルの3Dアニメーションだろうと思わず体がのけぞってしまうように。
24秒とはバスケの試合において攻撃を完了しなければならない時間だ。この時間の間にゴールを決めなければならない。パス回しを永遠と繰り返せば時間を稼げるのでそれの防止策として存在する。
(あと8秒。ドリブルだろうがロングシュートだろうがもう堅に徹してたら間に合わない頃合い。必ず仕掛けに来る!)
そう予感した。そして、
半歩、神坂が後ろに下がった。
20センチにも満たない体の移動。その程度距離を離されてシュートを撃とうとしても身長と跳躍力があればなんら問題はない。
が、詰めた。それは確実性を得るために。
より強いプレッシャーとして神坂に圧をかけ続けられるのだ。残りは7秒、例え投げやりな投げ方になっても、それでも成功率は0%ではないから。
神坂はスピードで入谷を抜けない。事実だ。正しい。
だがそれで思考を停止するのは果たして正しいと言えるのだろうか?
入谷は距離を詰める。詰める、が。
それは、手で押さえていた木の棒が手から離れたことで自然と360分の1を選んで傾いていくように。
背後のベッドに全幅の信頼を置いて背中から沈み込むように。
真っ直ぐ、カクリと。
まただ。
先程よりはスムーズに体を運べていると動かしている張本人は感じていた。
神原が推測していた『超能力者 (一部限定)は脳の活性化によって身体能力が向上しやすい』が神坂にも適応されている。
運動を毛嫌う神坂は神原や神岐程の身体能力はないが、その分目は他2人よりも良かったりと神坂が劣っているわけではない。
身体能力はないが成長性がないわけではない。
よく見えるその目で入谷のプレイを見ていた。
パワーは模倣出来ないがテクニックは引用出来る。出力は弱々エンジンだが。
軽やかなボール運び。まだ初心者の域は出ないがそれでも吉田や他のバスケ部員から見ても神坂のプレイは上手くなっていた。
入谷を抜き、ボードの反射を計算に入れてボールを放った。
シュトン
「よっし入った!」
これで1-1。
ボールを放った感覚。体の動きを色褪せないように体に染み込ませる。
(今の感覚を忘れないようにしよう。あと2点だ)
さっきとは違う体験だった。
神坂が後ろに下がって距離を詰めようと右足を出そうとした途端、右足が一瞬だけ硬直した。
動かそうとした足が動かない。
足を引っ掛けられて転んでしまうみたいな。
(アンクルブレイク!?馬鹿な!!)
だがこれは正にアンクルブレイクだった。
方法は分からない。切り返しをしたわけではないが間違いなく転ばされた。
動かない足が先の足場に踏み込めず、転びはしなかったが左足で体勢を直した時には神坂は入谷を抜いていた。
(俺の調子が悪いんじゃない!こいつが何かをしているんだ!)
この不可解な現象は間違いなく目の前の白ウサギが絡んでいる。
追いつかれてしまった。1-1。
入谷の3回目の攻撃だ。
(3Pもドリブルも精度が落ちて話にならない。タイマンだからパスも出来ない。手詰まりか……)
ならば、
どうせ負けるのなら、俺の得意の結晶を全開にする。華々しく散る気もない。
(負け戦でも闘志を散らさなかった先人達は凄えな)
日本史の授業で戦国時代の合戦や太平洋戦争の特攻などを学んだから分かる。
負けると分かっていても逃げずに戦い抜いた武士達を。
(基礎練習、ちゃんとやっときゃよかった。負けを味わうくらいなら日々汗水垂らした方がマシだな)
(意識が、変わった)
対戦している神坂にはその変化を感じ取れた。
(俺の鼻を明かすことよりも、やりたいことが出来たようだな。練習相手になってもらうことに変わりはないが入谷の足掻きを見てみたいな)
神坂と吉田の思惑が、敗北を通して叶った。と言ってもボコボコに凹ましてからアドバイスをするつもりだったのにまさか試合の中で意識改革を行うとは思っていなかった。
(俺の体力もあと少ししかないからここからは無双させてもらうがな!)
♢♢♢
「試合終了!!」
試合は決着した。
1-3で神坂の勝利。
入谷は中学生相手に敗北した。しかし、それは決して笑っていいものではない。
神坂も吉田も頂も他の部員達も、圧倒されていた。入谷のドリブルの本領とでも言うのだろうか。
強制平等で神坂レベルの身体能力になっていたのに、神坂の成長で多少は動きやすくなってもそれはまだ初心者だったのに。足りないパワーはテクニックで補うということを体現してくれた。
全て封じられはしたが最初と最後で明らかに成長していた。
強制平等がなければ触れることも出来なかったであろう。
「良い試合でした。ありがとうございます」
神坂の本心。尊敬に値するプレイだった。
「ありがとう。指導ご鞭撻ありがとう」
負けはしたが気持ちはスッキリしていた。己のチープさが馬鹿馬鹿しく感じてきた。
「俺は何もしてしてませんよ」
「そうか、なら俺が勝手にそう思っとくよ」
他の部員達が入谷に駆け寄る。
「副キャプテン、凄かったですよ!」
「調子悪いと思ってたのに最後のアレなんだよ!あんな動きレギュラーでも止められないんじゃないか!」
「俺にドリブル教えてください入谷先輩」
神坂に夢中だった部員達は今は入谷の元に集まっている。その姿はリーダーという言葉以外では表現できないだろう。
神坂はそれを見届けながら、邪魔が入ることなく吉田と会話が出来る。試合の勝ちはあくまで過程。
「どうだ、卒業したらウチに入らないか?」
「お誘いありがたいですが、私では10分動くのが限界ですよ」
「そうか。…手間をかけさせてしまったね」
「情報料とギブアンドテイクですよ。あの様子だと意識も変わったみたいですし」
「君のような子供に遅れをとっているようでは教師としてまだまだ半人前だな」
「そんなこともないと思いますけどねぇ。次の公式大会で八体大附属が活躍することを祈ってますよ」
「幌谷の白ウサギ君のお墨付きを得たんなら私達も簡単には負けられないな。それで、さっき言おうとしてのは何だったんだ?」
神坂が何か質問をする前に入谷の邪魔が入って有耶無耶になったさっきのこと。
「そうだ忘れてた。あの三つ子ではなく、その兄貴、鬼束零について何か知りませんか?両親が亡くなったんなら零が保護者として色々手続きしたと思うんですけど」
「あのお兄さんか。そうだなぁ……。あっ!」
吉田は思い出した。あの時、鬼束達が退学手続きを済ませて寮を出て行く時———
「あなたが吉田先生ですか」
「君が鬼束達のお兄さんか」
「鬼束零です」
吉田が3人と一緒の時間を過ごした翌日。
校長室を借りて吉田と鬼束零は退学諸々の手続きをしていた。
「大学生とお聞きしましたが…」
「えぇ、仏果大学に通ってます。まぁ退学するんですけどね」
地雷を踏んでしまった吉田はバツが悪くなってしまう。
「気にしないでください。でも、こういうのを青天の霹靂って言うんでしょうね……」
「………失礼だが、これからの生活のアテはあるのか?」
「実は全くないんです。借りてたアパートも引き払ってしまったので、兄弟4人でホームレス生活ですかね。親戚付き合いも両親は行ってませんでしたからおそらく助けてはくれないでしょう」
「…申し訳ない。本来なら教師がなんとかしてやるべきなのに」
立場の弱さ、無力さをここ数日ぶん殴られるように気付かされる。教師は子供を教え導くはずなのにそれを行えていないことに。
「謝らないでください。さっき市丸達に会いましたがあいつら、まだ死んでませんでしたよ。あなたが何かしたんですか?」
「いえ、私は何もしてやれませんでしたよ。諦めるなと無責任なことしか言えませんでした」
鬼束はそれを聞いてニッコリ笑う。
「あいつらにあなたのような先生がいて下さって良かったです」
最後の書類に印鑑を押す。
「これで全部ですか?」
「………ですね。書類はお預かりします」
「それでは私はこれで…」
鬼束零は校長室を後にした。
「仏果大学…」
「中野にある私立大学だ。奨学金を使えば通えなくはなかっただろうに。おそらく働くことを決めたんだろうな。あんな若いのに大黒柱になるだなんて。可哀想に」
「……ありがとうございます。次はそこを当たってみます」
「お礼を言うのはこちらだ。鬼束達のことを教えてくれてありがとう。君のことだから悪事であいつらを探しているわけじゃないんだろう?詮索はしない、見つかると良いな」
「あいつらに会ったら、先生に会いに行けって伝えておきますよ」
神坂は頂を呼んでバッシュを脱いで渡す。
「また来てね神坂君。これ、私の連絡先」
ピンクのメモ用紙に頂のSNSのIDと電話番号が書かれていた。
「連絡は約束出来ませんが何かあったら連絡しますね」
「うん!」
「神坂!」
次は入谷がこちらに来た。
「ありがとう。気付かされたよ。どうやら俺はどこか驕りがあったみたいだ。これからは副キャプテンの自覚をもって練習に励むよ」
「いえいえ、私も良いものを見させていただきました。先輩のこれからの活躍を祈ってますよ」
「任せとけ。ウィンターカップで大活躍してやんよ!」
また来てねー、という言葉を受け取って、神坂は八体大附属を後にした。
次の目的地は鬼束零が通っていた仏果大学だ。
(鬼束達よりは希望は薄そうだが、可能性には縋るっきゃねーよな)
バス代、電車賃を気にしながら神坂は次なる目的地へと足を進めていった。
神坂雪兎
能力名:強制平等
能力詳細:相手の力を自身のレベルまで変更する
※第58話で高校への電話を断ったのに今回神坂が高校に行ったのは寄り道がてらです
本当は八王子駅や片倉駅で聞き込みをする予定でした
バスケ勝負はおしまいです。
次は他2人の視点をお届けします。
神原と神岐じゃないよ。月城と臼木の方だからね




