表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第4章 消えたヒロイン
68/158

第68話 はじめてのデート⑥

「キャアアアアアアア!!」

 そばにいた女が悲鳴を上げる。

 歩いていたら目の前に男が倒れて来たのだ。

 平然としている者はそれなりの強者だろう。

 その悲鳴で周囲がザワザワする。

「だ、大丈夫ですか?」

 神原が倒れた男に駆け寄る。うつ伏せに倒れていたので体を起こすが首ががっくりと項垂れていてはっきりしていない。

 意識がない。

 咄嗟に首筋に手を当てて脈を取る。

「…良かった。生きてる。貧血でしょうか?とりあえずそこのベンチに連れて行きましょう。誰か手を貸してもらえませんか?」

 神原が辺りを見渡して助けを求める。

 だがここは女性用フロアが多い階。男は少ない。神原から見える範囲には高齢の方と20代前半の男が2人いるだけだ。内1人は彼女を連れている。


 誰も動こうとはしない。

 日本人特有のそれに思わず舌打ちをしてしまう。

(ちっ、助ける気ないなら野次馬すんなよ!)

 誰も来ないので神原が1人で引き摺るように田所をベンチまで引っ張っていく。

 背中は汚れまみれになっているだろうが介抱してやってるんだ、我慢しろと思い込んでなんとかベンチまで運ぶことが出来た。

 ベンチ1個をワイドに使って男を寝かせる。

 ホームレスの占拠みたいになっている。これに新聞紙と段ボールがあればそれっぽく見えるだろうか。

(ぅ、あぁ。1人でも何とかなった。さてと…)

 神原はエスカレーターまで戻って男のスマートフォンを回収する。

 電話はまだ通話中で『おい田所、何があった?すぐ行く!』と大声で怒鳴っている。

 スマホからではなく向こうのエスカレーターの方からも同じ声が微妙にズレて聞こえてきた。

(エスカレーターで張ってたか。祥菜を2階に閉じ込めると同時に俺を捕らえるって魂胆か。向こうも考える頭はあるみたいだな)

 通話画面は人物ごとに分割で表示されている。

(4分割で1つは真っ黒。てことは通話相手はこいつ+3人で4人か。あの女性が言ってた人数と同じだな。グループ通話で無線代わりってか。ここまで手が込んでるってことはやっぱドクターが関わってるのか?)

 3つの画面の内2つはグラグラと何を写しているのか分からなくなっていた。

 動いているということは、これはビデオ通話だ。

 と神原が気付いた時には穏やか声で、明らかに神原へ向けた言葉が飛んできた。


『あなたが彼氏さんですね?』

 発言したことで4分の1の画面、優しい顔つきを写した画面のフレームが青く光る。

 名前は染節と書かれていた。

「何のことでしょうか?」

『もう遅いですよ。あなたに話しかけた後に田所さんは何も喋らなくなった。胸ポケットで外カメラにしてたのであなたの顔ははっきり映ってましたよ』

(おそらく赤いハイヒールの女を——ってのは彼氏が誰か炙り出すための罠。怒りに身を任せてキックかました時点で奴ら、いや、この男の術中か。炙り出しが狙いならまだ祥菜は無事だな)

「…へぇ、だったらなんだよ。元はお前らが俺の恋人にちょっかいをかけたのが発端だろうが!」

『えぇ、まぁそれは仕方のないことなんです。我々も依頼を受けてやったことですので』

(依頼、てことはドクター説決まりか。言い方的に雇われか。こいつらからドクターのことは聞き出せそうにないな。千里眼の能力者が敵にいるだけでデートもろくに出来やしないな)

「依頼主に伝えとけ。テメェがやれってな」

『それはご自身で伝えた方がいいかと。でもまあそれはあなたが彼女を守り切れたらの話ですが』


 そう言うと大柄の男が1人、猛スピードでこちらに向かってきた。

 倒した男のスマホがカメラオンのままだったので通話は切らずにカメラオフにして居場所の特定を防ぐ。しかし男、紀本が来る方が早かった。

 紀本は既にビデオで見た男が肉眼にいることを確かめる。


『いいですか。絶対に騒ぎを大きくしてはダメですよ』

 グループ通話にして最初に染節が3人に向かっていった言葉。

「要はスマートに速攻で決めちまえば良いんだろ!」

 紀本はズンズンと神原を目指す。周囲の人だかりは神原がベンチに運んだところを見届けるとみな散り散りになっていった。

 動向は気になるが助けようとはしないところが酷く醜い。これで神原が何もしなかったら神原を非難するのだろう。

 醜い。


 人が集まっていないので紀本は真っ直ぐ神原に辿り着いた。

 神原も紀本が野郎の1人であることをそのドスドスと迫ってくる姿で理解した。

 神原が立っている場所の隣にあるベンチで仲間である田所が臥せっている。

(田所が一発。ガキだからって警戒しちゃいけねぇ。もしもガキに負けましたなんてことが知れたらグループの名前に泥を塗っちまう。新入りの言う通りサクッと済ませるのがいいな)

 紀本は早歩きの勢いそのままに神原の顔面目掛けて拳を振り下ろした。

 歩行と腕の振りで相乗的に威力は優っている。

 意識は刈り取れずとも戦意は奪える一撃。

 出会い頭の不意打ち。警戒はされててもこれは避けられまい。そう紀本は考えていた。

 だが、目の前の男のことを紀本は知らない。



 自己暗示(マイナスコントロール)で静視力を奪う。

 神原は市丸戦でやった戦術をもう一度行おうとした。しかし、自己暗示の弱点である『発動までに時間が掛かる』によって能力使用が厳しかった。

(無理だな。間に合わん。しかも静視力を奪ったらここでこっちに使ってくる男を倒せたとしても残り2人を識別出来ないし祥菜の居場所を見失っちまう。ここは迎え撃つしかない)

 既に自己暗示で『精神的余裕を失う』を使っている。

 10年で培った強靭な精神力で発露するのを防いでいるが心では警戒アラートがギャンギャン鳴り響いている。

 神原は精神的余裕を奪うことにより祥菜と限りなく同じ精神状態にすることで祥菜の行動を予測しようとしたのだ。

 結果は過程でのズレはあったものの的中。2階であることを突き止めることが出来た。しかし連中の思惑が変わったことにより祥菜に精神的肉体的余裕が生まれ、普通に神原に連絡する事が出来たのだ。

 なので神原がこの暗示を自身にかける必要はもうないのだ。

 では何故解除しないのか。

 解除をすると思い込みを否定することになり体がそれに対して拒絶反応を起こし、神原の体調が悪くなるのだ。

 そうなると自身よりも体格の優れた成人しているであろう男達とやり合うことは出来ず、さらに精神的余裕を失っている状態では動かずに画面を眺めるだけの映画をまともに見る事が出来ない。

 能力を使った時点で神原は映画を諦めていた。

(まぁこれで祥菜を助けて「さあ映画見ようか」って雰囲気にもならんだろうしな。あー、ムカついてきたコイツらに。マジで人の恋路邪魔しやがってよぉ!)

 チケット代カツアゲ案を本気で実行してやろうかと神原は考えていた。

(だが、俺には成長しやすいっていうメリットで体力も筋力も市丸とやった時よりは優れてるはず。夏休みの宿題をやってた間も怪我に響かない範囲で筋トレやってたしな)

 ならば、肉弾戦でも太刀打ちできるはずだ。相手は集団だが今の形は1vs1。

 もう1人現在も走っている稀中と画面に表示されている男の動向は気になる。染節は動いている様子はない。

 よそ見をするな!と自身に喝を入れる。

(集団で襲って来ないならこの男と一緒だ。チャッチャかやって終わらせる。早く祥菜を連れて帰る)

 そして紀本が神原の2メートル圏内に入った。

 向こうも騒ぎになる前に祥菜を連れ去りたいからここは口上もなくいきなり殴ってくるはず。

 カウンターを決めてやる。


 紀本が予想通りいきなり殴りかかってきた。

 神原の顔面を目掛けて右ストレート。

 能力による焦燥感を自力で押さえつけている今の神原にとって不意打ちは慌てるものではない。

(市丸の黒玉の方が速かったぜ!)

 神原は紀本のパンチをヒラリと躱す。

 代わりに右腕を上げてL字の形にする。

「んな!」

 と紀本は避けられるとは思ってなかったのか素っ頓狂な声を上げるがもう遅い。

 歩みを進めてきた勢いを止めることは出来ない。L字にされた神原の腕を見て悟る。

「ラ、ラリア——」

「遅ぇ!!」

 神原の腕のL字が紀本の首に標準を付けて首を引っ掛ける。

 勢いを抑えることも出来ない紀本は首は腕で止められても足が止まれないためそのまま足は前へと進んで上半身は動かず、下半身が先に行くため紀本の体が斜めになった。

 神原の腕より高い位置にあった紀本の頭が神原の腕と同じ高さになった。

 その瞬間に神原はその腕を思いっきり振り下ろす。

 腕より下にある紀本の体は振り下ろされた腕の力も加わって落下する。

 足は地面から離れていた。

 つまりただの自由落下。に加えて神原の外的パワー。

 紀本が歩行と合わせて乗せた力を神原は重力で。

 紀本は受け身を取ることも出来ずに頭部と背中が地面に激突した。


 バダァァァァンという大きな音を立て、紀本は衝突した。1メートルにも満たない高さだが受け身を取らず、クッションになるものも何もない固い地面に当たるのは体が保たない。

 紀本は気絶こそしなかったが強打によって悶絶してその場から動く事が出来なくなった。

 痛みが体を支配する。

 伊武祥菜の誘拐という目的は激突と同時に痛みとすれ違いを起こした。

 神原の腕が首に当たって叩き付けられたので呼吸が数瞬だが止まった。

 呼吸自体はすぐに再開したがもう神原に立ち向かうどころの状態ではなくなった。


 幸いにも周囲の人はこっちに関心を向けていなかった。さっきの事例があるからか、関わらないようにしていた。転けたんだろうと軽く考えたのだろうが人だかりが出来ないのはありがたい。

 神原は無造作に気絶している田所の上に放り投げたスマホを拾う。

 皮肉たっぷり定食ご飯大盛りで、

「守りきれたら、がなんだって?」

 負けず嫌い。それが神原奈津緒。

『……』

 染節は何も言わない。


(稀中の兄貴には及ばずともそこらへんの一般人には負けない強さを持っている2人が一瞬で。なんて奴だ。見たところ中高生ぐらいのはずだが。そうか…、だからか…)

 染節は理解した。女を連れ去るという依頼の目的に。

(ここからは兄貴次第だな。女を捕まえれればこちらに勝機はまだあるが…)

 染節は、スマホに映っているアイコンを見る。

 名前は田所と表示されているがその先にいるのは神原だ。

 神原がビデオを切った事で表示がアイコンに切り替わった。こちらから神原の様子は見えない。

 紀本はほんのり光が入っているが全体で暗い。おそらくズボンのポケットにでも入れたのだろう。

 彼氏の顔や自分達のいる場所の様子が分かりやすいようにスマホはビデオにして胸ポケットに入れるように伝えていたが戦いには邪魔だったのか胸ポケットに入れなかったようだ。

(兄貴は胸ポケットがないから手に持ったまんまか。そろそろ雑貨屋に着いた頃だろう)


 するとタイミングよく稀中からだった。稀中のスペースの周りが青くなる。

『おい、新入り!お前の言う通り角の雑貨屋に着いたが女はどこにもいねーぞ!』

『いない?周辺にはいませんか?』

『いねーぞ。本当にここにいるんだろうな』

『そのはずですが……』

(おかしい。女は彼氏の助けを待っているんだ。下手に動いて俺達に捕まるようなことはしないはず。まさか!?)


『兄貴!すぐ近くのエスカレーターに行ってください。彼氏のところに向かってるはずです!!』



(角の店にいない?)

 神原は稀中の報告をスマホ越しに聞いていた。

(おそらく俺と紀本…だよなこいつ?がやり合っている間に稀中って男が祥菜を捕まえるって魂胆だったんだろうが、じゃあ祥菜はどこにいるんだ?)

 神原はそのまま待機とメッセージを送った。

 しかし伊武はいない。

(奴等は祥菜を見つけてないみたいだから。移動したのか?何で?)


 神原には分からないだろう。人を巻き込みたくない彼には。

 市丸の時も無関係の麦島を逃すことを最初に言った。

 麦島は断固拒否したし2vs1のメリットを言って市丸自身もそれをされると困るという趣旨の発言をしたために麦島を巻き込んだ。

 つまり、無関係でも、

 無条件で神原のために動く人間がいるということを。

 神原はまだ知らない。

 麦島や自身の恋人を侮っていた。


 ♢♢♢


 祥菜は雑貨屋にはいなかった。周りの様子を見ながらあの集団がいないことを確認する。

 伊武は神原に危険が及んでいることを察知して神原を助けるために指示に背いて雑貨屋から出ていた。

 神原が最も現れる可能性が高いエスカレーター。自分が2階に下りる時に使った方のエスカレーター。男達もそれを警戒しているだろう。見つからないようにエスカレーターを目指す。

 待ち伏せがいることも考慮してFPSゲームのようにクリアリングをしながらエスカレーターへ向かう。

 まだ祥菜のいる場所からエスカレーターは見えない。

 雑貨屋から2軒隣の化粧品を取り扱うお店まで進んだ。

 エスカレーターは見えない。

 周りの反応から見てお店の中に男はいない。

 さらに隣のアパレルショップに向かおうと思ったところで、

「キャアアアアアアア!!」

 女性の悲鳴。方向は自分が降りてきたエスカレーター。

(もしかして、奈津緒君が!?)

 伊武は自分が狙われていることを忘れてエスカレーターへ走る。

 もしもここにナンパ男がいたら間違いなく捕まっていただろう。

 これは伊武の浅慮だ。

 伊武はハイヒールで走りづらいながらもエスカレーターを目指す。

 そして15秒後、エスカレーターまで戻って来た。

 エスカレーターの周りに人が数組立ち止まって何かを見ている。

 伊武もみんなの視線の先を見る。

 そこには神原が男性を引きずっている様子があった。

 引き摺られているのは自分に声を掛けた男達の内の1人だ。

(良かった。無事だった…)

 と伊武は安心するが同時に自身が思い切った行動をしてしまったことに気付く。

 咄嗟にすぐそばの店の中に入る。

 あそこで立ち止まっていたら捕まえてくれと言っているようなもの。

 伊武は自身が神原の努力を無駄にすることをしでかしたことを反省する。

(1人は奈津緒君が運んでる。後の3人がどこにいるか把握しないと)

 祥菜の今いる場所はエスカレーターと潜伏していた雑貨屋の両方が見える絶好のスポットだった。

 会いたい気持ちを抑える。ここで迂闊なことをすれば全てが水の泡だ。

(あのピアスの人だけは見つけないと。リーダーっぽい人だったから頭を取れば形勢も変わるかもしれない)


 そこから伊武はしばらくその場でエスカレーター、雑貨屋の両方を交互に監視していた。

 神原が男をベンチに乗せた後に神原のではないスマホで誰かと話している様子から咄嗟に『浮気!?』と疑ってしまったがここで浮気相手に連絡するわけがないと即座に否定する。

 一瞬でそういう思考に至る自分の性格に嫌な感情を持ちながらも神原がスマホを無造作にベンチに放り投げたところを見る。

 ドスドスっと何か大きな物が迫ってくる音。

 神原が音の先に体を向ける。

 別の人が神原に向かっているのだ。

 今回は焦らない。女の自分がヘルプに入って何かが変わるわけがない。

 見守るしかない。

 店から音の先を見ると4人組の別の男が神原目指して早歩きをしていた。

 足を踏みつけた刺青の男ではなかった。



「す、凄い……」

 びっくり仰天して目が飛び出るとはこういうことを指すとかと、それぐらいの驚きだった。

 バダァァァァンと大きな音が伊武の耳にも届く。

 決して近くはない距離にいたが店内BGMをかき消さんばかりの音の鳴り。

 周りがあまり関心を向けていないのが不思議でならない。

 また神原が誰かと電話を始める。

(奈津緒君、見た感じからは喧嘩強い感じしないけどこんなに強いんだ)

 6月の末頃に神原が茅愛と松草の喧嘩を諌めたということで神原に注目が集まったことがあった。

 あれは語りかけて説得することで事態を丸く収めたのだと思っていた。

 しかし、今の彼を見ていると、力で捻じ伏せたのではないかと考えてしまう。

 それで伊武は軽蔑したりはしない。するならドッジボールでの立ち回りを見た時点で恋心は冷めてしまっているから。

 それでも、伊武は神原への気持ちを変えることはなかった。

(ボクシングのイベントに誘われるぐらいだもんね。麦島君や茅愛君達が声を掛けるのも頷ける)


 神原の意外な強さを目の当たりにした伊武。抱いた感情は2つ。

 驚きと安心。

 喧嘩の強さに驚きはしたがそれによって自分は助かるという安心が出てきた。

 残りは2人。せめてあと1人の動向が分かれば、ここから脱出出来るチャンスがある。

 騒ぎにならずとも音は響いた。残りの誰かが来るかもしれない。

 伊武は雑貨屋に目を戻す。

 するとそこには、自分が足を踏みつけてやった半袖で刺青を入れたピアスの男が雑貨屋に入っていくが映った。

 これで所在が分からないのは1人だけ。刺青男の後ろで控えていた華奢な男のみ。

 他2人よりも体格が劣っていた普通の見た目の男。

 大柄2人を倒した神原ならば、倒せるという自信。

 1番厄介な男は雑貨屋に入っている。

 伊武が神原の元に行く方が刺青男がエスカレーターまで駆けつけるよりも速い。

 そう判断して伊武は神原の元へと走り出した。

 ヒールで走りづらい中、懸命に。

 ようやく会える。それだけに。


 ♢♢♢


「な、奈津緒君!!」

「祥菜!?無事だったか」

「うん、うん」

 伊武はようやく愛しの彼氏の元に辿り着いたことで喜びの涙を流す。彼の胸板に飛び付いて。

 まだそんなことをしている悠長な時間はないがそれでも1人心細く逃げていた伊武にとっては緊張の糸をようやく緩めることが出来たのだ。

 涙腺も緩くなってしまうのは仕方ない。


「祥菜」

 祥菜を胸板から退かせる。

「なんで勝手な行動をした!って言いたいがよく動いてくれた。刺青の男は今あそこの店の中だろう?」

「何で分かるの?ここからお店は見えないのに」

 これさ、と神原は手に持ったスマートフォンをヒラヒラと振って見せる。

 そしてスマホをスピーカー状態にして話しかける。

「染節さんとやら、残念だったな。どうやら俺の勝ちだな」

『…お見事、としか言いようがありませんね。彼女さん、あなた良い男を捕まえましたね。お陰で我々の依頼は大失敗だ』

『見つけたぞ、女ァァァァァァァ!!!』

 伊武は後ろを振り返ると右手にナイフを携えた大柄の男。

 右腕には燃え盛る炎の揺らぎにも似た刺青が彫られていてジャラ付いたピアスを耳に付けている。

『こいつが彼氏か?』

『はい、私もすぐに向かいます』

 神原と稀中は電話なしでも会話が出来るがそれだと染節が会話に混ざれないので近距離にいながら電話越しに会話するという滑稽なことになっていた。

「お前が俺の女を追いかけ回したクズの親分さんか」

 稀中は神原の足元やそばのベンチで眠っている仲間達を一瞥する。

『田所、紀本をやった程度で良い気になるなよ』

「女1人に一発食わされた時点でお前らの技量は見えてんだよ」

 とは言ったが、神原と稀中でシンプルな殴り合いをしたら拮抗する。

 だが稀中にはナイフがある。

 神原もそれは理解している。

 市丸戦は静視力喪失による動視力強化と麦島の助力で足りない分を補った。

 今回はその2つはない。

 祥菜を戦力とは考えていない。

「祥菜、下がってろ。あと警察を呼べ、銃刀法と傷害だ」

 祥菜は素直に後ろに下がる。スマホで110番を打ち込む。


「躱せないよなぁ彼氏さん。躱したら俺はそこの女を刺しちまうぞ。外に出すのが依頼だ。生死なんぞ知ったことか。言ってないあいつが悪い」

 警察を呼ぼうとする祥菜を慌てて止めようとはしない稀中。

 染節の忠告はとっくの前に忘れてしまっている。

「へぇ、傷害罪よりも報酬の方が勝るのか。羽振りがいいじゃねーかお前らの依頼主さんは」

「俺らは駄愚螺棄(ダグラス)の人間だ。この通話は他の連中も聞いてる。俺らが捕まっても第二陣がお前達を狙う。奈津緒に、女は祥菜だったか?」

 神原は通話画面をもう一度確認する。

 通話参加人数が4人ではなく5人になっていた。ここにはいない人間がこの会話を聞いている。

駄愚螺棄(ダグラス)?帰国子女の集まりか何かか?そんな連中にそこまでの力があるようには思えないがな」

「言っちまえば半端もんの集まりさ。半グレって奴だよ。ヤーさんとも繋がりあるんだぜ。そら、女差し出せ。別に俺らが遊ぶわけじゃない。依頼主に引き渡すだけだ。ま、引き渡した後のことは知らねーけどな」

 神原が構える。すり足で少しずつ稀中から距離を取る。

「断る。そのマクロスだかラプラスだか知らねーが、俺の邪魔をするなら容赦はしない」

「良い覚悟だ。その精神力、強さ。ウチに欲しい人材だったぜ!!」


 稀中がスマホをポケットに入れ、ナイフを構えてこちらに走り出す。間違いなく殺す動き。

 殺意を一度向けられたことがあるからこそ分かる。このピリピリとした緊張感。

「またナイフ。だが一色ではないな。市販物か」

 痛覚無効にしなかったのは失敗だった。

 痛みでのたうち回らならずとも痛みで正常に体が動くかが心配だ。

 避けることは出来ない。

 ならば喰らうのも受け入れてからのカウンター。

(半グレ集団なら殺しも経験してるはず。市丸の時のように初めてのことでハイになって舐めプはしなさそうだ。確実に殺しにくる。真剣白刃取りみたく合掌でロック出来るか…、無理だな。能力を使えばいけるかもしれんが精神状態が悪い今、精密な動きは失敗する可能性が高い)

 麦島の援護はない。祥菜には荷が重すぎる。

(時間は——そろそろか。だが動きを止めてからがいい)

 稀中は神原の心臓を目掛けてナイフを向ける。


「死ね」

 稀中の刃がすぐそこまで迫った。

 神原は紀本の時のようにぎこちない動きをするナイフの直線上から体を外す。

(動体視力が上がってないのによく動けるな)

 いつもより動きやすい体のおかげでナイフを躱す。

 だがそれだと伊武が狙われてしまう。

 さっきのラリアットは使えない。何故なら、あの時は神原だけを狙ったものだから。

(もし稀中の野郎が最初から祥菜を殺すためだったら。俺を狙うふりをしていたとしたら?)

 ラリアットで嵌められない。伸びた腕を首もろとも締め上げる技があるが神原の体格では技が決まらない。

 ラリアットで地面に叩きつけてもこの体格差では意識は奪えない。ここで押さえつけるためにタコ殴りにすれば過剰防衛で神原自身がしょっ引かれる危険性がある。

(ならば…)


 神原に出来るのは、防衛。

 ナイフを持ってる右腕を手首を下から掬い上げるように掴む。

 伏せるためではない。

 掴んだ手首を上へと持ち上げる。さっきとは逆。

 下ではなく上へと。

 手首を掴まれた稀中は腕が上に引っ張られるせいで前には進めない。横にも振り切れない。

「オォォォォォォォォォ‼︎」

 持ち上げた腕を力一杯ぶん投げる。

 人1人を片手一本で投げることは一介の高校生には不可能。

 だが今の神原は調子が良い。

 浮きはしなかったが後ろに追い返すことには成功した。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 右腕が痛む。ピクピクと筋肉が軽く痙攣してる。

(2回は無理だな、これは。絶対に俺の力じゃないな。人1人を腕一本で下げるなんて芸当無理だ。自己暗示(マイナスコントロール)の恩恵か?精神状態を乱したことで、限界状態での火事場の馬鹿力が出せるようになったってか。けど無理した結果だ。明日は筋肉痛は覚悟した方がいいな)

 自己暗示の思わぬ恩恵に預かった神原。だが今の1回だけだ。次はない。

「………!」

 稀中も驚いていた。まさか自分が投げられるとは初めての経験だった。

(あんなガキが、俺を!馬鹿な、そんなことがあるのか。…つえーよ。強いぜコイツは)

 稀中は負傷した右足を労りながら左足を軸に立ち上がる。

「………」

 神原は離れたところで警察を呼んでいる祥菜をチラっと見てまた稀中に視線を戻す。

「やるな、お前」

 ナイフを再度構える稀中。

「無理やりだがな」

 火事場の馬鹿力で身体能力が上がっている神原だが決めてに欠けていた。


 ピーンポーンパーンポーン

『お客様に、ご連絡申し上げます』

 場内アナウンスが始まった。

 だが、稀中には今そんなものは関係ない。

 目の前の男を殺す。組織の敵はここで潰しておかなくてはならない。その使命感。

 走り出す。痛みは堪えながら。

 神原はもう一度構える。しかし、先ほどとは変わって右腕はダラリと下がったまま。

「オラァァァァァァァァァァァ!」

 使命感からか、先程よりも鋭く腕が迫る。

 その時の神原の表情は、


 悪人のような薄ら笑いをしていた。


『腕に刺青、耳にピアスを付けた半袖のお客様、神奈川県警がお待ちです。至急インフォメーションまでお越しください』

 稀中は動きを止める。

「サツか!?早すぎるだろ!?」

 まだ女が通報してから30秒も経っていない。

 なのにもう警察が自分達を捕まえに来た。

 動揺する。

 そしてその動揺が、

 神原の狙い。


「遅かったな」

 ポツリと呟いた一言。

 ようやくかと待ち侘びた言葉。

 そして稀中がアナウンスに気を取られたほんの一瞬を逃さず、


 神原は、稀中の右足を思い切り踏み付けた。



「ギッッッッッッッ!!」

 稀中の殺意は一瞬にして飛んだ。代わりにやってきたのは痛み。

 女にしてやられたことを繰り返された。

 稀中は立っていることが出来ず後ろから態勢を崩す。

 尻もちをつくように倒れた稀中に神原は容赦しない。

 仰向けの姿勢になってガラ空きになった顎に、足元から突き上げるような蹴りをお見舞いする。

 サッカーボールを蹴るように、躊躇なく確実にシュートをぶっ放した。

 顔が後ろ方向にグリンと仰反る。

 脳はガッタガタに頭蓋骨の中で揺れに揺れて、そして稀中は何をされたのか、正常な判断すらできずに意識を失った。



「右足を庇ってんのは動きで分かったぜ。祥菜のヒールで踏まれたか。どうやって4人から逃げたかと思ったら、容赦ねーな」

 自分も同じ経験をしているので祥菜の思い切りの良さは知っている。

 痴漢なども声を上げる勇気が必要だが祥菜には要らぬ心配だったと彼氏として安心する。

「奈津緒君。もう終わったの?」

 通報を終えた祥菜が神原の元に戻ってきた。

「あぁ、あと1人は……いないな」

 通話画面に染節の名前はなかった。グループ通話からも抜けているようだ。

 参加者は倒れている3人ともう1人。古坂と言う男だけだ。

 神原は3人のスマホを探してすべての通話を切った。


「染節とかいう奴は逃げたっぽいな。警察は呼んでるし名前も分かってるから後は警察の領分だな。すまん祥菜。映画、もう無理そうだな」

 警察が来れば被害者の伊武と神原は100%事情聴取を受けるだろう。映画の上映時間には絶対に間に合わない。

「ううん。いいの。ありがとう。助けに来てくれて」

 伊武は神原をギュッと抱きしめる。

 触れ合って安心する。温もりを、1人きりの時間がようやく終わったと。

 神原も抱きしめ返す。

 触れ合って安心する。温もりを、最愛の人を取り戻せたと。

 そして2人ともそのまま地べたに座る。

 お互いを確かめるように、警察や客が呼んだ警備員が駆けつけてくるまで、余計なことは考えず2人はただじっと抱きしめ合っていた。


 ♢♢♢


「あのー、これは一体?」

 インフォメーションの女性受付は渡されたスマホのメモを見て質問をする。

「これをそのまま読み上げてください。女の人が襲われてるんです。あと警察もお願いします」

 女は答える。だが、それは現実性はないことだった。

 悪戯ではないかと。だが成人した女性が言っていること。女性が襲われているという連絡。ここで突っぱねてもしこれが本当のことであった場合、その責任は施設側が取らなければならない。襲われているなら人質を取って立て篭もることもあり得る。

 それは絶対に回避しなければならない。

 流血や殺人が行われれば売り上げやその後の客足にも影響を及ぼす。

 悪戯だったら悪戯だったで目の前の女を営業妨害で訴えれば良いのだ。監視カメラには女の顔がばっちり納められている。

「分かりました。ありがとうございます」

 そして受付の女性は店内アナウンスを始めた。


 女はアナウンスが始まると同時にインフォメーションから離れて出口へ向かっていた。

 やることはもうない。神原奈津緒の頼み事は完遂した。

 ブーン ブーン

 女のスマートフォンが揺れる。

「はい、もしもし」

『終わりました』

「それで、神原奈津緒はどうなったの?」

『3人を1人で倒しました。もう1人はどこにいるか不明です』

「何か彼の能力について分かった?」

『おそらく肉体強化系ではないかと。大の大人を持ち上げたり蹴り一発で意識を奪ったりしていたので』

「能登の報告では痛覚無効や動体視力の強化が挙がっていたけど?」

『傷を負っていないので痛覚は不明です。動体視力も特に普通でしたね。ランダムに強化させるのかあらかじめ設定しなければならないかですかね?』

「設定して発動するなら私と同じ精神系能力の可能性もあるわね。データは十分よ。あなたも撤退しなさい」

『でもいいんですか?あいつらに渡した前金の200万円。回収しなくても?』

「いいわよたかが200万円経費よ。警察も直に来るし下手に現場にいない方がいいわ。私も顔がバレてるから早く帰りたいし。あとお嬢様への土産は買ったのよね?」

『ばっちりです。林野(りんの)園のショートケーキをホールで買いました』

「ならいいわ。戻りましょう」

 通話を終わらせて女は出口に差し掛かった。


「待ってください」

 はぁ、はぁと息が上がった男が女に話しかける。

「虹色のネイルのあなた。あなたは一体何者ですか?」

「あら、さっきの中にいた人ね。女はいないようだけど?お金は渡したんだから早く外に連れ出しなさいよ」

「金なら返します」

 染節は100万単位で括られた束を2つ。女に見せる。

「いいのそれ?前金だから失敗しても受け取っても良いのよ。犯罪歴とリターンで渡してるから返さなくてもいいのに」

「いや、どうせ失敗ですよ。あなたは何が目的で私達とあの男をぶつけたんですか?」

 あら?と女は少し関心を示す。

「気付いたのね。私の目的が女ではなく男の方だってことに」

「それはそうでしょ。女が目的なら一緒にいる彼氏の存在は必要伝達事項のはずです。なのにあなたは伝えなかった。大金を渡すぐらいだ。パッと思いついた計画でもないでしょうに。しかも見てましたよ。あなたインフォメーションで稀中さんのこと言ってましたよね?私達に不利になるようなことを依頼したあなたがするはずがない。あなたは何がしたかったんですか?私達を使ってあの男から何を見ようとしていたんですか?」

「…それを知ってあなたはどうしたいの?あなたもいずれ捕まるんだから意味のないことじゃないの?」

「私は……、私はあの男に勝ちたい!あの男の強さを知りたい。そのためには私は捕まるわけにはいかない。強いから駄愚螺棄(ダグラス)に入ってみたが子供1人、女に不意打ちやられるようでは学ぶことはないです」

 ふふ、女は笑う。

「それで私達に縋るとは、強欲な男ね。私を怪しい人間と分かった上で求めるなんて。気に入ったわ。その探究心は超能力(アビル)に大きな影響を与えそうね」

 女は出口へと進んで行く。

「付いてくると良いわ。神原奈津緒への対戦カードとして使えそうだから」

 女はスマホで誰かと連絡を取り始めた。染節の対応についてだろう。

 了承をもらった染節は短い期間だったがお世話になったグループに別れを告げて、怪しさ満点の茨の道に自ら足を踏み入れるのだった。

神原奈津緒

能力名:自己暗示(マイナスコントロール)

能力詳細:自身に都合の悪い暗示をかける


伊武祥菜

能力なし


稀中、田所、紀本

能力なし


染節裕太

能力なし


虹色ネイルの女

精神系能力者


電話口の女


デート回がようやく終了しました

デートは滅茶苦茶になりましたね

ようやく次に進めます

次は神坂サイドの話です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ