第63話 はじめてのデート①
こんなことをしている場合ではないだろう。
鬼束市丸達を探すのが先だ。昨日麦島と色々巡って得た収穫は5年前の顔写真…
十分?いや、せめて今の写真だったら良かった。
顔立ちに変化があまりないのが唯一の救いだ。
本当は今日は麦島と聞き込みする場所について話し合いたかった。
だが仕方がない。既に先客が入ってしまっていたんだから。麦島もニヤニヤしながら承諾してくれた。
(あのニヤケ面くっそ腹が立ったなぁ〜。やたら口煩く干渉してくる親戚のおばさんくらいムカついたな。次会った時飯抜きで動き回らせてやる)
現在神原は館舟駅にいた。
ある人と駅で待ち合わせをしているのだ。
神原の格好は中々におしゃれだ。ファッション雑誌を購読した賜物だ。バイトをしていないので服は安い大量生産品だが、コーディネートに心血を注いだので安っぽく見えず、様になっている。
待ち合わせは11時、現在の時刻は10時40分。少し早過ぎたかもしれないが今日の事を知った母親に『あんた、女の子待たせるなんてことしちゃダメよ。女の子だって早く来るかもしれないんだからそれを見越してもっと早く行くの!てかあんた服装はちゃんとしてるけど髪がいつも通りじゃないの。ちょっとこっち来なさい。ワックスがあるからそれでカッコ良くキメなさい。ったく普段からオシャレしないからそういうところが抜けてるのよね。ホラ、躊躇うんじゃないわよ。男ならかっこいい所見せたいでしょう』
とギャンギャン言われたので髪型も遊んだ感じになっている。
(急げとか言いながら髪型で時間かけやがって、本当は30分には着く予定だったのに遅れちまったよったく)
母親が無駄に張り切ってしまったせいで髪型のセットに時間が掛かってしまった。最後の方にはミリ単位の修正を始めたので流石にもういいと言って家を飛び出してきたのだった。
ソワソワして落ち着かない。彼女なんて初めてだしこの前出かけた時は麦島が一緒だったからデートという感じでもなかったし。
何をソワソワしているのか。待ち遠しいのか。早く会いたくてしょうがないのか。
(俺は恋する乙女か!!)
正しくは恋する男だが。ワクワクやドキドキが緊張となって表れている。
(服装は悪くないよな。母さんもダメ出ししなかったし。柿山あたりに見て貰えば良かったか?いや、そんなことしたらまた祥菜の嫉妬が深そうだ)
自分の彼女が感情豊かなのを身を持って知っている。巨乳の話をしただけで足を踏まれるぐらいだ。そして好きを言葉にすると喜んで人目も関係なく抱きついて来る。そこまで思ってくれるのは本当に嬉しいがこちらのメンタルがゴリゴリに削れるのであまりやって欲しくない。
それから10分ほど駅前で待っていると待ち合わせていた神原の恋人、伊武祥菜が現れた。
♢♢♢
「ねぇ、変じゃないかなこの格好」
伊武祥菜はスマートフォンに向かって喋り掛ける。御伽噺の喋る鏡のようにスマートフォンが話すわけがない。向こう側にはちゃんと人がいる。
『可愛いよって、もう3回目なんだけど。なんで私は土曜日にこんな早く起きなきゃいけないのよ。寝かせてよもう』
「ごめんて凛ちゃん。もうちょっとで終わるから!!!」
伊武は同じ部活メイトでありクラスメイトの柿山凛に服装のコーディネートについて相談をしていた。
どの格好でいけばいいのか悩んでいるのだ。
柿山からしたら良い迷惑だ。もう通話時間は1時間を超えている。
通信量を気にしているのではない。朝の7時に電話で起こされたことは不満に感じているが友達と休日もこうして電話でコミュニケーションが取れることは悪いことじゃない。服装の相談も恋する女の子そのもので微笑ましい。神原とくっつくための作戦を提示するぐらいには友達の恋愛を応援している。実際に作戦を実行して付き合うことになったと凄く喜んでお礼をしてきた。最初は隠そうとしていたみたいだが幸せが顔が溢れんばかりだったので部活中に聞いたら惚気られてしまった。
では何が不満なのか?
今着ている伊武の服装はとても可愛らしくてルックスも学校でチヤホヤされるくらいだ。何を着ても可愛いし綺麗なのだ。そう言ってはいるのだが『完璧な状態で奈津緒君に会いたいの!』と言って既に3回も衣装替えをしている。
問題は服装を変えるたびに神原のことを褒めちぎることだ。
要は『彼氏自慢』だ。
物静かなところ、そしてあのドッジボールの件での気性の荒さとのギャップ、好きな食べ物が一緒なこと、一緒に出掛けた帰り際に好きだと言ってくれたこと等々。好きになったきっかけはなぜか濁してたが、むしろ根幹なので聞かなくて良かったと思う。
それらは恋人も好きな人もいない柿山にとってはとてもとても刺激の強い幸せ話なのである。朝っぱらでテンションが低くなっている中で追い討ちをかけるが如くなので余計にフラストレーションが溜まるのだ。
止めてとも強く言えない。凄く嬉しそうに話すその姿に水を差すようなことは出来ない。だが我慢して殴られ続けるのも我慢ならない。鬩ぎ合いが起きる。それが不満なのだ。早く解放して欲しいのだ。
「もうそれでいいじゃん。前2つは露出が少し多かったからそれぐらいの方が軽い女に見られなくていいんじゃない」
早く終わらせたいがためにそう言ったが実際に最初の2つは肩を出しているタイプだったので真面目な神原は良い顔をしないと思った。
「そうかなー、でも奈津緒君おっぱい星人だから胸の大きい女の子に靡かせないように私もアピールしないと。胸は………うん。スタイルとかでね」
同じ土俵に立てない伊武は違う方向から神原を満足させようと試みているようだ。
「あはは、あれは進藤さんを追い払うためにそう言ったのであって本当に巨乳好きかは分からないよ。祥菜を選んでるんだから少なくても胸は関係ないみたいだし」
「……お前は平らだって言ってる?」
「まあそうね。少なくても私よりはないじゃん。Aでしょ?」
「んな!?凛ちゃんだってBなんだから人のこと言えないでしょうが!!」
「あんたが胸のこと言い出したんでしょうが…。とにかく、肩出しは人によっては良い印象を抱かないかもよ」
「……分かった。じゃあせめてハイヒールぐらいにしとくよ」
媚を売るような姿で呆れたくないので伊武は素直にアドバイスに従うことにする。素足で制服より短めのスカート、赤のハイヒールで大人の女性を醸し出す形で落ち着いた。
それによって可愛いから美人へと評価がシフトする結果になった。
(あの何考えてるか分からない神原君がどんなリアクションをするのか気になるわね。夜にでもどうだったか聞いてみよう)
「じゃあもういい。私そろそろ寝るね」
これでようやく終わりかとモゾモゾとベッドに潜ろうとした柿山だったが、
「待って凛ちゃん!どんな化粧で行けば良いかな?」
まさかの第2ラウンドスタートで柿山のテンションは最高潮に下がったのだった。
このあとも髪型の第3ラウンドが始まってしまったため時刻は10時を越え、眠気など吹っ飛んでしまい柿山が通話終了後に朝ごはんをやけ食いしてその日の夜に体重計に乗って悲鳴を上げたのは本人だけの秘密である。
♢♢♢
そんなこんなでお互いアドバイスを受けてこうして対面したのだった。
「お、おはよう奈津緒君」
既に神原が待っていたことに対する申し訳なさと自分の服装をどう思っているのかが気になって尻すぼみな挨拶になってしまった。
「おはよう祥菜」
神原は待っていたので伊武に比べて精神的安定がある。だがそれでも2人きり、しかも前と違ってちゃんと恋人関係になった今は先に待っていたというアドバンテージもすぐに底をついてしまった。
(か、可愛い…。な、なんて言えばいいんだ。可愛いねって言うか。恥ずかしい!俺らしくない歯の浮くようなキザな台詞じゃねーか!かと言ってリアクションしないのは失礼だしな。女性の外見は褒めるべきって雑誌にも書いてあったしな。うーん……)
「その格好」
祥菜がピクリと動く。
神原がぷいっと顔を祥菜から見えないように逸らす。
「似合ってるよ。可愛い」
手を口元に当ててぽそりと言う。内心は穏やかではない。言ってしまったという後悔と恥ずかしさがこみ上げていた。
祥菜も服装を褒められ、さらに可愛いと言われその顔は急速に赤くなっていた。
「あ、ありがとう。奈津緒君もカッコいいよ。お洒落だね」
祥菜も内心は穏やかではない。ハリケーンの如く轟々と吹き荒れていた。
(あーーーーーーーかっこいいーーーーーーーーー。髪型もしっかりセットしてあるしあー、かっこいいぃ。私のために頑張ってくれたんだよね?嬉しい。本当に嬉しい。告白してよかった。こうして今幸せに浸れてる)
ポワポワと幸せな世界に旅立っている祥菜。そして神原も恋人にカッコいいと言われて祥菜を直視することが出来ず、彼女は違うところに行っていることに気付かない。
何だよこれ。見てるこっちが恥ずかしくなる。
えー、あー、………
会話が止まってしまった。
褒め合いが終わってさあデートスタートと行きたいところだが、出だしの一言目が出て来ない。『じゃあ行くか』とか簡単な言葉でいいのだが初めてのデート。恋人をエスコートしなければならない神原は勿論気の利いたことなんて自然と出来ない。だがここでモジモジしてしまうと気持ち悪い認定されてしまうため恥を捨ててでもリードしなければならない。
(あー、何を話そうか。『今日はいい天気ですね?』。いや、良い天気だけど。むしろ晴れすぎて水不足になってるんだけど!これじゃないな。テストの結果を聞く。ここで?それも違うな。しかも多分俺の方が成績良いから自慢してるみたいでダサいし。共通の話題とかを序盤から切り出すと後半で話すことがなくなってしまうからここは軽い話……。天気?)
思考が一巡してしまった。経験のなさがモロに表れてしまっている。
これは神原だけの問題ではない。伊武もまた同じである。非常にモテる伊武であるが交際経験はなし。神原が初めてである。なのでカップルがどういう会話をするかなど知る由もないのである。おそらく平常時の伊武であったらそこらへんのリサーチを済ませていたのだろうが、『初』で浮かれてしまっていて身嗜みやコーディネートだけで頭がいっぱいになってしまって会話の内容まで手が回らなかったのだ。
(えっと、こういう時って何を話せば良いの?『今日は良い天気だね!』。違うね、うん。燦々と日光が照りつけてるけど。ちゃんと日焼け止め塗ってきて良かった。凛ちゃんが言ってくれなかったら塗らずに外出ちゃってたよ。日差しはお肌の大敵だもんね。制汗スプレーだってちゃんと………。あれ?私臭い大丈夫かな?汗臭い女って思われてないよね。もしかして汗で化粧が崩れたりしてないかな。あー、鏡で確認したい。けどここでいきなり鏡なんて見出したら興味失ってるって思われちゃうし…。どうしよーーーー!?)
こちらに至っては会話というテーマからも逸脱してしまっている。駅まで日傘を差して走ったりしていないので発汗はあれど汗だくで汗臭くないのだがこの女。情緒が少し不安定気味なので感情が一気にマイナスに振り切ってしまう。今彼女は神原に失望されてしまうのではないかと言う恐怖が覆っていた。神原が未だ何も言葉を発さないのがそれをより決定付けてしまっていた。
あーだこーだ悩んでいたら隣からドヨヨンとした黒いオーラが放出していた。ヤバいと思ってチラ見で祥菜の方を見たら、何やら絶望のような真っ青な表情をしていた。理由は分からないが多分俺が悪いんだろうな。
(………恥ずかしさとかプライドとかエスコートとかややこしく考えるから一歩が踏み出せないんだ!いつも通り、付き合う前の距離感で接してればいいんだ)
意を決する。
「祥菜」
伊武はギギギと錆び付いた機械のようにカクカクの動きで神原の方を見る。
伊武から見た神原は笑っていた。あまり笑顔を見せない神原の笑顔を見てほんの少しだがオーラが減った気がした。
「行こうぜ。今日は暑いからな。早く屋内に行きたい」
祥菜に右手を伸ばす。握手を求めている?違う。2人はカップルなのだ。これの意味するところは一つしかないだろう。
祥菜の黒いオーラが完全に引っ込んだ。エスコートばかり考えていた神原だったが自分の欲、暑いから移動したいという神原らしい発言はこの形容し難い空気を変えさせるには十分だった。
伊武の緊張も少しは緩む。以前の付き合う前の奔放で己を突き進んでいる彼だ。あまり笑わないし、少し野蛮だけど、優しい。自分が惚れた彼が手を伸ばしている。
「うん!」
その手を取る。繋ぐ。かっしりと。
2人は手を繋いだ。誰が見てもそれは恋人そのものであった。
体臭だとか化粧崩れなんてものはもうどうでもいい。伊武も笑っていた。2人とも笑っていた。
きっと2人のいる空間は幸せオーラで満ちているだろう。
「さあ行くよ奈津緒君!いざ、映画館にーーー」
手をブンブン揺らしながら祥菜が早歩き気味に歩き始める。
「お、おい。映画はまだ3時間先だぞ。しかもそっちは改札から逆方向———」
伊武は吹っ切れていつもの伊武になった。空回りしてしまってる感情豊かな伊武祥菜に…
これでようやく2人のデートが始まった。
果たして大丈夫だろうか?何が、とは断定出来ないが、心配だ。
神原奈津緒
能力名:自己暗示
能力詳細:自身に都合の悪い暗示をかける
伊武祥菜
能力なし
麦島迅疾
能力不明
柿山凛
能力なし
いいなー、幸せだな
こういう青春いいよねー
伊武祥菜の情緒不安定キャラがぴったりハマってるね
神原を困らせる役回りだけど、シリアスなシーンではちゃんと神原を信じて待つ姿勢がいいですよね(ドッジボールと入院の話)
鬼束ばっかだったのでこういう日常シーンは書いてて楽しいですね
次回もデートの続きです
円満にデートは終わるのでしょうか?初キスしちゃうのかな!?




