第6話 ドッジボール対決②
内野の残り選手
5組
新城友善
久保井達史
枕崎奏多
菜花七彦
矢継早飛鳥
橋下勝太
6組
鯖東イツキ
茅愛方助
道駅悠太
行灯航平
松毬拾
外野残り選手
5組
万都敏嗣
棺呑破
6組
松草知尋
麦島迅疾
トイレ掃除
神原奈津緒
ドッジボール対決中編
※神原奈津緒は登場しません
神原が相打ちで棺を外野に追い出した。あいつの言ってた「棺は大丈夫」というのがどういうことなのかは分からない。
真意を聞く前に奴は体育館からいなくなった。だが功労者がそういうのなら受け入れるしかない。
(とにかくこっちは数で負けてんだ。何としてでもボールを当ててイーブンに持って行かなきゃならねぇ)
現在ボールは6組外野にある。外野からのリスタートだ。
「麦島君、ボールをくれ」
「松草君〜、腕は平気なの〜?」
棺から直撃された腕は麦島から見ても腫れ上がっていた。見た目からして相当の痛みを伴っているはずだ。
「ちょっと痛いけど…利き腕じゃないから平気だ」
サンキューと言いながら麦島からボールを受け取った。受け取った両腕でギュッとボールを押し込む。
(痛っ…オーケーこの痛みね。問題ないな)
全力で投げてもヘロヘロにはならないと判断した。先程の枕崎への投球は自分の中でも良い手応えだった。棺という障壁がなくなった今、枕崎を当てるのは簡単だ。
松草はボールを投げて、今回は誰にも邪魔されず枕崎に命中した。
「くそっ!」
枕崎 OUT
枕崎が当たり5組の内野の数は5人。これで内野の人数は同じになった。
そしてボールは5組内野にある。次は5組からスタートだ。
♢♢♢
———5組内野
「くそっ、まさか棺がこんなに早くやられるとは思わなかったな」
ラグビー部で翻弄して、棺が鉄壁でヒットを回避し続ける。そういう想定だったのに予定が狂った。
「枕崎君は仕方ないとしてあの棺を外野送りにしたんだからな。あの男子…名前分かんねぇけど凄えな」
「ふん、騙し討ちだ。運が良かっただけだよ」
「運でも権利行使させたら儲けもんだぜ。素直に認めようや」
「…楽しく喋ってるところ悪いが次狙われるのはお前だぞ菜花」
「えっ、俺?そうなの新城?」
「おいおい、そんな物騒なこと言うなよ久保井。本当のことを知らない方が良い時もあるんだからよ」
「やっぱ狙われてるんだ俺!棺もいないから守ってもらえねぇし!」
どうしようどうしようと菜花がテンパっている。
「けどすげぇのは鯖東だな。さっきの大立ち回りもあれ打ち合わせなしのアドリブで彼の意図に気付いて棺をOUTにしたからな」
「鯖東が気付くことも織り込んで仕掛けた彼も十分ヤベェよ」
棺の短気な性格を見抜き、暴力禁止なんて目立つルールにしれっと忍ばせて棺を仕留めた。ルールを了承したのだから反則だと騒ぐことも出来ない。
「んで、そいつ今外野にいないけど?」
「トイレに行くとかなんとか言ってたぞ」
「じ、自由なやつだな…」
薄気味悪いがむしろ外野にいないのは良かったのかもしれない。棺にやったような事を当てられる心配のない外野からやられたらおそらく勝てない。身体能力勝負で頭を使われたら勝ち目はない。
「とにかく、これからのことだが、投げるのはラグビー部の2人に任せようと思うが、大丈夫か久保井?矢継早?」
「任せろ!」
「マジかーテンション上がってきたー」
6組の内野にスポーツしていない奴はいない。さっきやったような揺さぶりでは悪戯に時間を消費するだけだ。
あの男子が戻ってくる前に内野のラグビー部と外野の棺で一気に片をつける。
「向こうからのボールだが冒険はしないでいい。捕れると確信した時だけ捕るぞ!」
「「「「オウッ!」」」」
新城の指示は申し分ない。適材適所、ボールをあまり捕らない堅の姿勢だ。
避けると相手にボールが渡るが野球部の松草は怪我で100%の力は出せないはずだから問題ない。
もう1人の野球部、道駅の実力は分からないが、やはり野球部は警戒しておくに越したことはない。
内野の戦力を削る意味でも5組の狙うターゲットは道駅に決まった。
♢♢♢
一方こちらは6組内野。
「やっぱ神原やりやがったなw」
「方法は最悪だけどな」
「イッチャンだって乗ったじゃんかよ」
「…乗せられたんだよ」
神原のヤバさを知っている茅愛と鯖東が先程のやり取りについて話している。
他の3人は神原はおとなしい奴だと思っていたのか未だ信じられないといった様子だ。会話に混ざってくる気配もない。
(…まぁそういう反応になるよな。…フォロー入れとくか)
「みんな気にするな。あれは棺をOUTにするための演技だ」
(半分本当で半分嘘だな。神原は演技なんてもんじゃなく素で性格が荒いはずだ。普段は大人しいのが嘘みたいにな)
身をもって味わった鯖東だから分かることだ。
(今回アイツをドッジボールに巻き込んだのは俺だ。少しでもアイツのイメージダウンを避けなくちゃな)
鯖東がとりなしたことで3人は一先ず納得してくれたようだ。
「そんでこれからどうするんだ?もうさっきみたいな手は使えないだろ(そもそも使い手がここにいない)。やっぱり当てやすいテニス部の奴狙いか?」
「そうだな、とりあえず菜花狙いで行こう。道駅、頼めるか?」
「…分かった」
道駅悠太
無口な奴だ。クラスが同じ野球部の松草と喋っているのを見たことがない。本当に大丈夫なのだろうかと鯖東は心配になった。だが投げるのに向いているのは野球部の道駅しかいない。ここは彼に任せよう。
「それと、棺の球は絶対に捕るなよ。おそらく誰も捕れないからな。神原曰く棺は問題ないそうだ」
「問題ないって…1人だけ内野に戻れるルールのこと忘れてるんじゃないのか。アイツの球を捕れないはおろか、アイツが内野に戻ったら誰も当てられないぞ?」
怒りに任せてすぐ使って来そうだが、相当神原を強く意識しているのか。神原が戻ってくるまでは使う気はなさそうだ。
「さっきの発言が本当なら神原が戻って来るまでは使わないだろう。使っても終盤…残り1〜2人ぐらいになった時になるかもな」
「分かった」
「神原はしばらく戻ってこない。あいつが戻ってくるまでに耐えられるかが正念場だ」
トイレ掃除と言っても5〜10分くらい…耐えられないことはない。こうやって打ち合わせをして時間を潰せば時間は稼げるが、敵の数を減らしておかないと時間切れになった時に傍から見て敗北することになる。新城にそんな方法で負けるのはたまったものではない…
「…何故そんなに神原に期待してるんだ?」
打ち合わせも終わりで各自コートに散ろうとしていたところへ道駅が口を開いた。
「そうだよ。棺をOUTにしたのだって結局は鯖東君じゃん。神原にそこまでやれるとは思えないんだけど」
行灯も思っていた事を鯖東に伝えた。
「そもそも…前から思ってた事だけどさ、何で君らは神原と仲良くしてるんだ?喧嘩の仲裁をしてくれたからって言ってるけど、それだけでつるんだりするか?逆じゃないか?わかんねぇけど、本当は鯖東が仲裁をしたのを神原がしたことにしてるんじゃないのか?」
松毬にいたっては以前の件のことにすら疑いをかけている。大々的にやって信用させて来たが同性には刺さらない者もいたようだ。
(女子はギャップ萌え的なやつだったり伊武さんのこともあるから深く考えずに信じてくれたが、男子はそうはいかんか……)
「…そうだな。茅愛、説明してくれ」
「説明って…あの時のこと言うのかよ?本当のこと言わなくったって神原が戻って来れば勝ちだから良いじゃんか。ヤダぜ俺、変なこと言ってまたあんな目に遭いたくねーよ!」
3人は驚いた。茅愛は己の力を分かっている。それで日常生活を乱暴に過ごしてるわけではなく、ある種の抑止力のように働いていた。
中学時代の話を知っている者は誰だって茅愛の実力を分かってて決して争ったりはしなかった。
だがその茅愛は明らかに神原を恐れている。
「言わないと納得してくれないだろ。それにこれはチームの士気に関わる問題だ」
(神原は自己の目的を果たすためとは言え、6組の勝利のために大立ち回りをしたんだ。これで士気が下がって戻って来る前に負けなんてことになったら神原の努力が水の泡になる…し、俺だってもう神原を怒らせたくねーよ…)
「ちっ、後で神原にボコされてもしんねーぞ。また1週間休みとかゴリゴリだかんな。おいお前ら、教えてやるよ」
茅愛は中庭で神原の不況を買い、ボコボコにされたことを3人に話した。
〜〜〜
「…驚いたな」
「嘘だろ…」
「神原が2人を病院送りにするまで殴ったって…冗談だろ!?」
喧嘩の仲裁よりも非現実な内容に3人は信じられないようだ。
「全て本当の話だ。一番怖いのは神原はその事を一切覚えてないって事だ」
「「「……」」」
「このこと、絶対に他言するなよ。俺らにとっても恥ずかしい話だし、神原を刺激するようなことはしたくない」
「「「………」」」
3人は沈黙したままだ。まだ飲み込めていないようだ。
5組は気合を入れてるのか円陣を組んで作戦会議のようなことをしている。
だが向こうも終わりそうな気配だ。3人には早く受け入れてもらいたいがどうだ……?
「…分かった。まだ神原の言うことを信じるわけじゃないけど…アイツが戻ってくるまではお前らの指示に従う。それでいいな、2人とも?」
行灯と松毬はコクリと頷く。
「アイツがそれだけの奴なのか見定める」
「あぁ、そのくらいの捉え方でいいよ。だがそのためには俺らが1人でも内野に残ってないといけないがな」
「相手の内野の数を減らしつつ、な。結構ハードル高いけどだからこそ燃えてくるなこれ。なぁお前ら?」
「…確かに、クラス代表でクラスメイトも見てんだ。神原抜きにしても俺らも代表として頑張らないといけねぇな」
「絶対躱しまくってやるぜ!」
「やろう」
3人とも半信半疑といったところだが納得してくれたようだ。これでようやく6組が1つにまとまった。
「行くぞ6組!絶対に勝つ!」
♢♢♢
6組も5組も1人を狙う作戦、相手を警戒して捕球は最小限の戦術を取っている。普通になれば泥仕合確実。ただ一つ違うとすれば………
ボールは5組の久保井が持っている。
標的である道駅は内野のラインギリギリまで下がっている。ここから投げても簡単に避けられるだろうと冷静に判断する。
(当たらないようにするならそうだわな。だけど、内野から攻めあぐねたとしても外野にはアイツがいるからな…むしろ格好の的だ)
「久保井、よこせぇぇぇーーー!!!」
もはや怒鳴り声だ。まだ腹の虫が治らないようだ。体育の後で不機嫌を撒き散らされても迷惑だ。確実性を期すならそっちの方が良い。
「借りを返せ棺ぃ!」
久保井が棺へパスをする。受け取った棺がそのままノータイムでボールを投げる。棺は作戦会議を聞いていなかったため内野の期待とは異なっていた。
棺の標的は行灯のようだ。
「わっ、危ねっ!」
行灯がギリギリのところで躱した。しかし強引に体を曲げて躱したためバランスを崩してしまった。すぐに外野ギリギリまで移動することが出来ない。
行灯が躱したことでボールは真っ直ぐ5組の内野の方へ飛んで行く。
(くそ、やっぱ早すぎて躱すので精一杯だ。これじゃ永遠に向こうのターンじゃねーか!神原、本当に大丈夫なんだよな!)
鯖東は神原の思惑を読み取ることができず、棺の球を避けるしかない今の状況をよく思っていなかった。
躱してばかりでは5組の内野を減らすことが出来ない。避け続けていたら先にこっちの体力が底をついてしまう。
しかし次の瞬間、神原が発言の意味を理解することが出来た———
「ガッ!」
バチッとボールが人に当たる音がして、ボールがあらぬ方向へ飛んでいった。
矢継早が棺の球を捕ろうとしたが、球速が高く球がブレているため捕球することが出来なかった。
ボールは矢継早の腕を弾いて6組外野のサイドへ転がって行った。
「ラッキー、取りこぼしゲッチュ」
松草が溢れ玉を拾ったことで捕球することなく6組ボールとなった。
(…なるほどな。野球部の松草でもラグビー部の矢継早でも捕れないってことは、棺の球はプレイヤー15人の誰も捕ることが出来ないのか……)
もしも、棺が内野に残ったままであれば投げた球を誰も捕ることが出来なくても体育館の壁に当たれば威力が殺されて5組外野はボールを拾うことが出来る。
しかし、今のように外野からボールを投げた場合は威力が殺されることなく5組の内野まで行く。5組も捕ることが出来ないのだからボールは6組の外野まで行くという寸法だ。
(神原め…トイレ掃除に行くのと平行してここまで読んでやがったのか。凄ぇなマジで……)
「棺!もっと威力を落としてくれ。これじゃ俺も捕れねーよ」
「ざっけんな!手加減なんてするわけねーだろうが!」
矢継早と棺が言い争いをしている。矢継早の要求を飲んで弱めに投げれば、下手したら道駅がキャッチ出来てしまうかもしれない。
本気で投げても手加減しても6組ボールになってしまう。
(これで実質棺を外野で封じ込めたようなもんだ。神原を気にせず内野に戻られたらなす術がないが…あの自尊心の高さなら自分の発言を翻すことも出来ねーだろ)
これなら6組にもチャンスがある!
6組外野から再開。
松草の球を5組が避けたことで6組内野へとボールが行き、それを道駅がキャッチした。
(問題は道駅だ。ちゃんとOUTにしてくれるんだよな…)
「……」
鯖東は不安を抱いている中、道駅が無言のまま菜花に目掛けてボールを投げだ。
ラグビー部、松草、棺と比べても明らかにパワーで見劣りしている。
それは受ける側の菜花も感じていた。
(なーんだ、どんな球投げるかって身構えてたけど、さっきの野球部ほどじゃねーじゃん)
(くそっ、野球部だからって安易に任せたのは失策だったか…)
鯖東は悔やみ、菜花は舐めた。だが———
バンッ!トーントーントトン
ボールのバウンドする音だけが聞こえてくる。
「へぇ?えっ、ちゃんとキャッチ………何で?」
菜花は狼狽しているが誰が見ても同じ結果だ。
菜花 OUT
5組の内野陣も何が起こったのか分かっていない様子だ。あのスピードで真正面なら菜花であってもキャッチできると思っていたからだ。
唯一、松草だけが「オッシャー!」と声を上げた。彼だけがこの展開を予想していたということになる。
「ね、ねぇ〜松草君〜、道駅君は何をしたの〜?」
「あぁ、アイツはな、変化球のキレが半端ないんだよ。手首や肘が他の人よりも柔らかいかららしい。けどその反面肩が弱いから速球は投げられないんだよ。技巧派ピッチャーってやつだな」
「技巧派〜…」
「今の野球部1年の中で1番レギュラーに近いのが道駅だ。1年の紅白戦とかやると毎度道駅のチームが勝つんだ。色んな方向に曲がるから打ちづらいんだよ」
麦島は「ほへぇ〜」と理解しているのかしていないのか分からない間抜けな声で返事をした。
「道駅、何をしたんだ」
捕られると思っていた中でOUTにした。何故かと鯖東は道駅に問いかけた。
「……回転を加えて取りにくくしただけだ」
「だけって…すげぇじゃんか!これなら5組にも勝てるかもしれねーぞ!」
「そ、そうか…」
トップカーストの鯖東に手放しで褒められたため道駅が少し照れている。
「この調子であと1〜2人は倒そう!」
♢♢♢
———数分後
5組の残りは新城、久保井、矢継早の3人。
6組は鯖東と茅愛の2人だけとなった。
道駅の躍進で逆転するかと思われたが、5組は野球部のボールをひたすら避け続ける作戦を取った。そのせいで6組がヒットを与えることが出来ず、手首や肘に負担のかかる変化球を投げ続けたことで道駅に限界が来た。
回転の弱い球はただのスローボール。5組に取られると、投げ続けたことで疲弊していた道駅は当てられてしまった。
道駅がOUTになったことで試合は速球中心になり当たり当てられの応酬になった。
しかし内野の能力の差…ラグビー部をOUTにすることが出来ず相手の数を減らせなかったことで現時点で人数不利となっていた。
授業終了のチャイムまであと僅かだ。神原はまだ戻って来ない。内野が残り1人になれば神原の帰還を待たずに復活権を使わざるを得ない。
6組にとっては苦しい状況となっていた。
「どうした鯖東、かかってこないのかw」
5組の新城友善が鯖東を挑発する。この試合、鯖東が投げたのは棺をOUTにした時だけだ。あれも不意打ちであり真剣な場では誰にも当てていない。自身の球威では誰にも当てられないと分かっているからだ。
内野からの投球は茅愛に頼りきりとなっている。しかし、向こうも茅愛を削れば勝てると見ているのか避けてばかりでこのままではジリ貧となっている。
神原が問題ないと言っていた棺だが、長時間神原がいないことで冷静さを取り戻したらしく、威力は落とす気は毛頭ないようだが、相手の下半身目掛けて投げることで5組の内野にまで飛んで行く頃にはバウンドして5組が捕りやすくなるように工夫し始めていた。
棺が下半身に投げて体勢を崩してラグビー部が当てるという図式が出来上がっていた。
「そういうお前こそ、ラグビー部に任せっきりじゃねーか。司令塔気取りが楽しいか?」
「ふん、それはお前もだろ。…だが有利なのは5組だ。俺らは棺を戻せば確実に勝てる。お前らは誰もを戻しても……さっきの嵌め野郎でも棺の球は捕れねーだろ?」
新城は捕ることについて言及しているが問題はそこではなく、6組が勝つにはもう一度棺をOUTにしなくてはならないのだ。
(このまま続いたら負ける。神原が戻っても棺が内野に復帰して棺を追い出す必要がある。神原なら何とかしてくれると信じてるが、さっきのやり方はもう通用しねぇ)
みっともないが、強がるしかない。
「さあ、どうだろうな。神原なら棺程度、何とか処理するさ」
「神原…嵌め野郎ね…。神原が戻ってくる前に試合は終わる。お前はまた負けるんだよ!」
〜〜〜
時間は教室で鯖東達が神原に謝罪したところまで遡る…
鯖東は中庭の一件で1週間ぶりに登校した。学校に行っていないのでもちろん部活にも参加していない。1週間ぶりの登校はすなわち1週間ぶりの部活動だった。
放課後になって鯖東はサッカー部のグラウンドまで足を運んだ………。
館舟高校サッカー部は強くない。そのため中学時代からプレイしている経験者などは1年生であってもレギュラーになれるのだ。
鯖東イツキと新城友善は1年生の中でも1,2を争う実力を持った選手だった。どちらが選ばれてもおかしくない拮抗した実力ポテンシャル。
しかし、鯖東は事前の連絡もなく突然1週間休んだため、レギュラーに選ばれたのは新城だった。
鯖東としては1週間休めばこうなることは分かっていたし、突然休んだ奴よりも毎日参加している人が選ばれるのは当たり前だと割り切っていた。
だがサッカー部内では、鯖東が新城から逃げたという風に捉えられていた。どうやら新城が意図的に悪い噂を吹聴したようだ。それにまんまと乗っかった上級生、顧問によってレギュラーは新城に決まったのだった。
「あれれっ?1週間ぶりに来たんだな臆病者君w」
小馬鹿にする新城の後ろで同じ1年のメンバーがクスクスと笑っていた。俺は部活外でも目立つし一足飛びでレギュラーに選ばれそうになっていたので、同じ1年のメンバーからはあまり好かれていなかった。
最終判断は受け入れているが、臆病者とありもしないことを言われるのは鯖東として納得が行かなかった。
「ふぅん、じゃあこれからその臆病者にボコボコにされるお前は何なんだよ。ミジンコか?」
「はっ?何言ってんだお前?お前が俺より上手いわけねーだろ?」
選ばれた理由は鯖東がいなかったからだというのに、どうやらサッカーの実力で選ばれたと新城は錯覚しているようだった。
「俺は2人と違って無傷だ」
「は?」
「1週間学校に休んでたのはケジメのためだ」
「???」
「…学校休んでた間、何をして時間を潰してたと思う?」
鯖東は不敵に笑った。
………
その後の展開は大したことはなかった。
新城を中心とした1年生全員をフェアプレーサッカーで叩き潰しただけだ。
騒ぎを聞きつけた上級生や顧問が何事かと俺に詰め寄ったが、一連の流れ、新城が嘘の噂を流していたことを暴露すると臆病者と言っていたのがまるで嘘だったかのように俺を持て囃し始めた。
しかし、レギュラーメンバーは既に保護者や大会運営などに通達しているため、今さら変更はできなかった。レギュラーは落ちてもベンチ入りの可能性もあったのだが、これも新城が有る事無い事言ってベンチ入りすら妨害したようだ。
だから俺は試合出場が不可能となった。
3年生にとっては最後の大会だ。ベストなメンバーで試合に臨みたかったことだろう。しかし新城に騙された結果、格下をレギュラーにしてしまった。
この事実に気付いた顧問達は想像を絶するくらい落ち込んで、悔しそうにしていた。
「新城、試合頑張れよ。俺も外からしっかり応援するからよ」
レギュラー闘争に勝ち、ライバルをベンチの外に追いやった。
「……」
新城の完全勝利だがそれを素直に喜んではいなかった。
その後の夏の大会は鯖東不在で行われた。ベンチ入りした1年は明らかに鯖東よりレベルの低い選手ばかり…復帰した時に鯖東をバカにしていた連中だ。新城に取り入ってベンチ入りを果たしたようだ。
「行けー!押せ押せ館舟〜」
鯖東も腐らずしっかり役割に徹し、外から選手達にエールを送り続けた。
だが、元々強くもない高校だ。結果は1回戦敗退。特に新城がミスを連発してそれが引き金となり2失点を記録した。
試合後、上級生、顧問、そして全容をしったOBにこっ酷く叱られた。
新城の姑息な手段もそうだが、そもそもレギュラーを決める時に一部員の情報の裏取りをせずに新城の言う事を鵜呑みにした顧問のやり方も問題視された。
「新城が1番悪いが、付け入る隙を与えるようなことをしたお前にも責任があるんだぞ!」
なんてことをOBに言われた時は流石にカチンと来て強めに言い返してしまった。OBも自分が無茶苦茶なことを言っているのは分かっているが、抑えどころを見失っていた。
そんな元凶の新城は全ての責任を取って退部……………とはならず、現在もサッカー部に所属している。
ただ2年生や顧問からは常に白い目で見られており、レギュラー出場はほぼ不可能になった。
新城に乗っかっていた他の1年生達も機会が奪われてしまったため、全員沈んだ顔でサッカーに打ち込んでいる。そんな未来がない中でも退部しようとしないのは、それだけサッカーが好きだからなのだろう。
(だったら小細工使わずに正々堂々やってりゃ良かったのによ…バカな奴らだ)
鯖東は1年生を全員倒した実績からレギュラーが確定している。被害者であること、そして2年生にも負けない実力により、2年生達からは良くしてもらっている。
それを新城を始めとした1年は恨めしそうに見ていたのだった———
〜〜〜
「お前が馬鹿なことすっからレギュラーから外されんだろうが。結果負けたのはお前だろうが、2失点記録保持者のミジンコ君?」
「う、うるせぇ!お前さえいなきゃ俺は今もレギュラーで試合に出れてたんだ。全部お前のせいだ!」
「あれを他責に出来るのはむしろ尊敬だな。頭もスポーツも弱いとか救いようがねーな。確かに俺はドッジボールじゃ大した戦力にはならねーけどな……俺には頼りになるクラスメイト達がいるんだ。この試合、6組が勝つから覚悟しとけ!」
この危うい状況。しかし、鯖東は確信している。
神原なら何とかしてくれると…………
「祥菜、神原君はやめた方がいいよ」
「そうだよ。さっきの見たでしょ!絶対にヤバいって!」
友人2人が伊武を説得している。先程の神原の大立ち回りを見てのことだろう。
6組の内野陣は棺をOUTにするための演出だと知っているが、それ以外の人らには神原の本性が現れたように見えるのだろう。
特に神原に惚れていることが本人以外に知られている伊武は、悪い男に引っかかりそうな女性として見られていた。
「うん…大丈夫だよ。ほら、試合は終わってないよ。負けそうなんだから応援しないと」
伊武も何とか2人に答えたがその声色はどこか勢いがこもっていなかった。
伊武もさっきの言動の意味を知らない。最初に見た時は怖くなって神原を落胆させてしまった。
だが彼女は自分の気持ちを明確にしていた。
(あれは…違う。本性とか裏の顔とかじゃない。あれは必要悪に決まってる。きっとそうだ。私だけでも信じるんだ!)
揺らいでしまった自分を恥じている。はっきり気持ちを口に出そう。この試合が終わったら、思いを伝えようと伊武は決意した。
だがそれをここで口に出さない。説得されている中で逆のことを言えば全力で引き留められる。
(私の決断は…私の人生は…私が決める。誰にも邪魔されず、私の心が決める!)
自身の決断を心に深く刻み、彼女は神原を帰還を待つことにした———
次回 ドッジボール対決決着!!!




