第53話 いつもと変わらない夏休み
7月27日
東京都足立区のとある家、そこに神坂雪兎はいた。
自宅だけどね。
現在神坂は夏休みの宿題に取り組んでいた。
月城、臼木も同様である。ただ宿題をするだけ。
元々神坂達は学校をサボったりしていたので長期休みと言っても大した変化はないのである。
なので変化が大きかった者達に焦点を当てたいと思う。
♢♢♢
7月26日
都内の廃墟ビル
そこに6人の男女は…いない。2人だけだ。
「ん、んん…」
1人の男が目を覚ました。
起きて辺りを見渡す。
「アジト……」
起き上がると自分の隣のベッドに自分の同じ顔が眠っていた。
「丹愛か、今は何時だ?あれからどうなった?」
俺は確か、神原にボールを飲み込まされて、呼吸が出来なくてもがき苦しんだのは覚えてる。おそらくそのまま気を失ったのだろう。
片足がない神原にやられた。無能力者だった麦島にやられた。それが俺の実力ということだろう。
「ドクターが彼らに協力してくれるように交渉しろと言ったのも納得だな」
丹愛を見て起こすべきか悩んだがガーゼが鼻に固定されていたのでそっとしておくことにした。神岐義晴にやられたのだろう。催眠能力には敵わなかったようだ。
実録はどうなったのだろうか?俺らと同じく交渉は決裂してるだろうから神坂雪兎と交戦したはずだ。
氷鬼は近付けば敵なしの能力だ。
実録の行方を知るために鬼束市丸はベッドがある部屋を出た。
少し広い空間に出た。オフィスのテナントぐらいの大きさだ。中学校の時の職員室ぐらいの広さはある。この部屋には誰もいなかった。ドクターが研究に使っていたのか、パソコンと工具が机の上に置いてあった。
時計もなく、日が当たらない立地なので今が何時かすらも確認できない。
そして市丸は自分がスマートフォンをポケットに入れていたことを思い出した。
スマートフォンを立ち上げると時刻は7月26日の午後5時と表示されていた。
(あれから丸2日経ったのか……)
数時間程度を予想していた市丸は自分が2日も寝ていたことに驚いた。
呼吸が出来ずに仮死状態だったのでそれだけの時間がかかったのだが覚えがないので市丸はプチ浦島太郎気分に浸っていた。
この階にもいないということは買い出しか、自宅に帰ったかだ。鬼束兄弟と萩原時雨には住処があるため時雨の能力を使って簡単にアジトと家を行き来していた。
ドクターは自分の家を持っていないためアジトが実際の住処になっていた。そのドクターすらもここにはいない。自分と丹愛しか人の気配がしない。
もう一度スマートフォンを目を向けるとメッセージアプリに通知が入っていることに気付いた。
『目が覚めたら電話してくれ』
と書いてあった。時間は今日の12時ごろ。
どうやらこの時間になるまではドクターがいたがどうしても外に出る用が出来てビル内に人がいなくなるからメッセージを残したのだろう。
外からの風で飛んでしまうリスクもないので置き手紙よりは安心だ。だがずっと気絶してた人が寝起き即スマホ、なんてどっぷり依存でもないので時間は少しだけ要してしまったが。
市丸はメッセージの通りにドクターのスマホに電話をかける。
呼び出しコールは5回鳴ったところで止まった。
『市丸君かい?』
「市丸です。今し方起きました」
『丹愛君はどうなっている?』
「まだ眠ってます。あの、何がなんだかよく分からないんですけど。あれから2日経ってますよね。結局どうなったんですか?」
『すぐにスマホ越しで説明してもいいが丹愛君が起きるのを待ってくれ。君が起きたのならそう遅くない内に起きるはずだ。今からそっちに戻る。何か必要なものはあるかい?』
「いえ、特に……、いや、飲食物をお願いします。一気に空腹が来ました」
2日も何も口に入れていないので喉はカラカラだった。電話するまではっきりと声を出していなかったので気付かなかった。こう意識すると空腹感が一挙に体に襲いかかる。頭の回転も鈍ってきた。意識した途端症状となって現れ出した。
『分かった。実録君や零君、時雨君にも来るように伝えておくよ。30分以内には戻る』
「分かりました。失礼します」
市丸は電話を切る。
あと30分。特にすることもない。二度寝しようにも空腹で叶いそうにない。かと言って何もしないのも余計に空腹を感じてしまう。
…掃除をしよう。
このビルは汚い。それはそうだ、廃ビルなんだから。
いつまでここに滞在するかは分からないがドクターの生活拠点でもあるので少しでも綺麗にしておこうと思い、掃除をすることにした。
こういう時に鬼束市丸の色鬼は役に立つ。
近くのボロいアルミ製のロッカーを開けると中には茶色のホウキが入っていた。
茶色の割合は7割と言ったところ、過半数を超えている。発動条件は満たしている。
市丸は茶色のホウキに触れる。
そして、「茶色」と宣言する。口に出すことに意味はない。頭で念じるだけでもいい。口に出した方が分かりやすいからやっているだけだ。
宣言をするとホウキは市丸が触っていないのにまるで誰かが使っているかのような動きを始めた。
(ホウキで床を掃除、俺は散乱したゴミを拾うかな)
超能力は決して戦闘にしか使えないものではない。神岐の認識誘導や神坂の強制平等のように遊びの分野でも使える。掃除という雑務についても同じだ。
人の手を使ってないのでサクサクと通常の1.5倍速の動きで床を綺麗にしていく。
市丸はホウキでどかせない大きな物や机や棚などの高さが伴う場所を片付けて行く。
色鬼の操作限界時間は1分なので1分経ったら灰色の布、雑巾ではない薄汚れた物を操作して拭き掃除をし、自分はホウキを使って掃き掃除をする、をドクターが帰ってくるまで繰り返した。
♢♢♢
先に到着したのは零と実録、そして時雨だった。
時雨の瞬間移動で音もなく現れた。
「ドクターは?」
「零兄達が先みたい。もうじき来ると思うよ」
2日ぶりに感じない実録がそう言うと下の方からギギギギと甲高い音が鳴る。
扉の取り付けが悪いのか扉が地面に当たっていて動かすと地面を擦ってしまうのだ。
つまりこの音は誰かがビルに入ったことを表している。
電気が通っていない暗い階段を登って現れたのは、白衣を纏った男、市丸達に超能力を与えたドクターと呼ばれる男だった。
「すまない、遅れた」
「私達も今来ましたので」
「おー、零君も常套句を知ってるんだな」
「両親がいた頃は漫画とか買ってましたからね。ドクターも読んでるんですね」
「立ち読みとか漫画喫茶とか、潜伏先を転々としてた時にな。今時は立ち読みさえ我慢すれば情報誌も簡単に読むことが出来るからな」
「単行本はビニールに巻かれてるのに何故か雑誌はそのままですもんね」
自分達も話の内容は理解出来るが年齢が近いせいかドクターと零はよく雑談をしている。
けど同い年ではない。三つ子よりは近いというぐらいだ。鬼束三つ子が19歳で兄の零は25歳。ドクターは年齢不詳だが30代の見た目をしている。20代ではないのは確かだ。
「丹愛は?まだ寝てるのか?」
零がベッドがある部屋を見ながら言う。
「どれ、そろそろ起きてもらわないとな。私が起こそう」
ドクターがベッドの部屋に行く。
「殴って起こすのかな?」
実録が冗談交じりに言う。
「あれじゃないか、拷問みたいに水ぶっかけるやつ」
零も同調する。
起きてから電話と掃除しかしてない、ビル内にいて太陽の光を一切浴びてないのでどうにか感覚がおぼつかない。
喋り出した兄と弟を遠巻きに見ながら、会話に入ろうとしない時雨に目が入った。ここに来てから一言も発していない。
「なぁ、時雨ちゃんは何があったんだ?」
実録と市丸は途端に会話を止める。
急に黙ってしまうため市丸も何かマズイことを聞いたのかと慌ててしまう。
「ちょっと精神をな……」
と零が濁しながら答える。
精神をやられたって時雨ちゃんは誰とも戦ってないじゃないかと言ったが零は「甘かったんだ」と辛そうな顔で答えた。
ベッドの部屋の戸が開く。
「そこも含めて一旦情報共有をしよう」
ドクターが部屋に戻ってきた。
後ろからおでこを手で押さえながら丹愛が入ってきた。
「丹愛兄、目が覚めたんだな」
「…おぅ、実録か。にしてもどうなってるんだ?アジトに戻ってきたと思ったらいつの間にかベッドにいるしドクターは2日経過したって言うし」
どうやら丹愛はアジトに戻ってからの記憶がないようだ。
「市丸君と丹愛君はずっと眠ってたんだ。混乱するのも無理はない。食事しながらでも話すとしよう」
ドクターが手に持っていた袋の中には弁当とお茶が人数分入っていた。
6人は家族団欒のように、テーブルを囲んではいないが会話が成立する距離に座って食事を始めた。
♢♢♢
「それじゃあまずは簡単にだ。市丸君は奈津緒君、丹愛君は義晴君、実録君は雪兎君に、それぞれコンタクトを取ったね。そして交渉の可否に問わず、彼らの超能力を見極めて、不必要だと判断したら殺しても構わないと言った。ここまではいいかな?」
「私は戦闘向きではないので待機、時雨ちゃんは3人の輸送を担当。ですね」
「そして私は奈津緒君に直接会いに行った。これが6人の行動指針だった」
「ドクター、あの場にいたんですか?」
気付かなかったと市丸は呟いた。
「見つからないように潜伏してたからね。そして私は奈津緒君と直接話をして、彼自身の脆さを感じて麦島君を超能力者にした」
「麦島をですか?」
「彼のポテンシャルは戦った君が1番理解してるんじゃないか?」
市丸は思い返す。無能力者ながら神原を助け、自分にとどめを刺す手助けをした男のことを。超能力の存在を肯定して、圧倒的な力の差を頭脳と勇気で補った男を。
「確かに神原1人だったら勝っていた中で彼の存在によって戦況は一変しました。色鬼の弱点を突いた攻撃、何より力がないのに逃げなかった精神力は大した物でした」
「麦島君は面白い。きっと良い超能力者になると思う。彼にこれを使った選択は間違っていないだろう」
ドクターは腰に挿した黒い棒を取り出す。
「黒い棒、と言ってこれの正式な名前を言ってなかったね。これは『超常の扉』と言う。君達も体験した超能力を発生させる物だ。これ一つで5人分の能力者を作ることが出来る。君達全員を能力者にするために一つおじゃんになったがね」
「それって特殊な電気を浴びせるんですよね?バッテリーを大量に消費するから使い切りなんですか?」
「もっと大きくすればより多くの人数を能力者に出来たよ。私の技術力とこの環境では5人分を作るので精一杯だ。作るのに必要な物が多すぎるし超高度な技術がいるんだ。ここの環境ではこれが限界だ。一つ作るのに逃げ回りながらで半年かかってるしね」
(昔も使いづらいという理由で手で持ち運びやすい5人分に決めたんだったな)とドクターは思い出す。
初めて、詳しく語ってくれたと5人は感じた。今まで隠してきたドクターが話すと言うことはそうせざるを得ない事態に陥っているということを悟った。
「話が逸れたね。結論を言おう。眠ってた2人以外は知っているが、君達3人は全員敗北した」
市丸と丹愛は実録の方を見る。
「「お前が負けたのか!?」」
信じられないといった感じだ。
「勝ってたんだ。臼木さえ来なければ勝ってた!だが相手の能力の予測が立ったからこそ追い詰めることが出来た。何も知らなかったらおそらく何も出来ずに終わってた。神坂の常軌を逸した手段にやられたんだ」
「神坂は弱くする能力じゃないのか?」
「分からない…。だが能力のある無しに関わらず、思い切った行動が出来る奴だった」
血で目を洗浄した光景を思い出す。あの瞬間だけは神坂がシリアルキラーに見えた。血で濯ぐなんて猟奇的な人間にしか思い付かないからだ。思っても常識から躊躇ってしまうだろうに。
「だが俺も驚いたよ。市丸兄も丹愛兄も負けたってんだから」
「俺は神岐の掌で踊られてただけだ。顔に限らず体を見ただけで催眠にかかるとかチート過ぎる」
「俺も負けた。結局神原の能力が何なのかも分からなかった。肉体強化…かも怪しい」
3人が先日の戦闘を振り返る…。過程でどれだけ善戦しようが最後に負けてしまえばそれは敗北だ。ドクターが自分達よりも彼らを贔屓目に見ていることへの嫉妬。平和な日常に溺れている何も知らない奴等、に自分達は負けたのだ。
「ドクター、そろそろ正直に言ったらどうですか?」
零が口を開く。
「正直ってなんだよ零兄?」
零が話す前にドクターが喋りだす。
「そうだな。3人の成長を促す工程の第一歩は終わった」
工程?成長を促す?ドクターは何を言っているんだ?
「私には命を賭けてやらなければならない使命がある。2週間前に襲って来た仮面の集団。覚えてるだろ?」
仮面の集団、覚えている。ここの一つ前のアジトを襲って来た奴等だ。顔を仮面で隠して襲って来た謎の集団。能力は持っていないが数が多くさらに不意打ちだったため満足に交戦することが出来ず逃げたのだ。ドクターが殿を務めてなければどうなっていたか分からない。
「彼等を倒すために私はこうして能力者を増やして奴等に対抗出来る仲間を増やそうとして来た。そしてそれは10年前から続いている」
10年前、1番年長である零兄さえも未成年、俺ら三つ子は小学生の頃の話だ。そんな昔からドクターは戦って来たのか。
「10年前の私は研究者だった。勤めていた研究所で作っていたのは、人間の運動能力を高める薬の開発。言ってしまえばドーピング薬の開発だった。が、これはあくまで表向きの話だ。そんなものは作っていない。いや、作ってはいたらしい。
13年前、そのドーピング薬の開発中に偶然生まれたのが、人間の脳を異常活性させる特殊電流だった。そして多くの人体実験を通して、人間の脳を焼かない程度に出力を調整して機械の中に電流を蓄電、出力出来るようにしたのが『超常の扉』だ。最初は脳の働きを強化して身体能力への高めようとしたが思わぬ副産物が生まれた。
それが超能力。我々は超能力と呼んでいた。アビリティーと電流を浴びるを合わせた名前だ。アビルを発見した研究者は大いに喜び、身体能力の向上よりも能力者、能力者の開発に目的がシフトした。漫画の世界の超能力が現実になったんだ。科学者が色めき立つのは彼らの性上仕方ないだろう。ヨーロッパのエクソシストやシャーマンなんかの胡散臭い者とは違う。物を取り寄せる。自動車を片手で持ち上げる。テレパシーで会話。体から炎を出す。開発によって色んな能力者が生まれた。10年前までこの事は外に漏れる事なく秘密裏に研究が進められた。だが開発で有頂天になった彼等は歪んだ夢を持ち出した。ありがちな夢だが、世界征服だ」
スケールが飛んだことで思わず唾をゴクリと飲み込んでしまう。
「それを止めるため、そして、俺は大切な人を失った怒りで研究所を破壊した。研究者や実験体を殺せるだけ殺し、殺せなかった者は施設に閉じ込めて火災に巻き込んで殺した。超常の扉の一本と設計図を持ち出して俺は研究所を爆発したんだ」
いつもは『私』というドクターの一人称が『俺』になっている。ドクター自身の感情が表に出ていることの現れだ。
「生き残りは出ると思った。だから私は設計図を頼りにコソコソ金を稼いで研究機材を揃えた。もしもに備えて見つからないように拠点を転々として9年半かかってようやく完成した。だがこれがちゃんと作用するのか分からないから実験をする必要があった。そんな時に君達に出会った。ボロボロだった君達にね」
♢♢♢
6ヶ月前…
ドクターは人を探していた。
特定の人物ではない。無作為でもない。
ホルダーに適性のありそうな人物、出来れば5人。芋づる式に見つかればいいが引いた先に真っ当な人間に行き当たったらそれは少々問題になる。
どんな能力になるかはその人物の願望や環境に左右される。これはあの騒動の1ヶ月前に発見したアビルについての最新報告だった。
気性の荒い者と温厚な者をホルダーにした際、気性の荒い者は触れた物にトゲを付ける『触るな危険』が、温厚な者は周囲に催眠ガスを撒き散らして眠気を誘う『安らかな眠り』が発現した。気性が荒い者は戦闘に適した、温厚な者は攻撃性に乏しい能力が発現したのだ。
超能力を『人間の深層心理の具現化』と言う者もいた。ある実験体でアビルを発現した際に実験体は優しい性格なのに発現した能力は肉体強化だったことから、本人の心の奥底では攻撃的な人格が存在している。アビルはそれを超能力という形で外に開放しているのだと。
これはまさに願望の現れと言えるだろう。ある種ではそう思っている自分という環境に左右されたとも言える。だが100%そうではない。傾向が強いだけだ。
今までの全員がそういう過程において身に付いたわけではない。例外は何人も生まれた。
なので奴等に対抗するには非戦闘能力ではダメなのだ。どうしても叩く力が必要なのだ。優しい能力ではダメ。
そしてドクターが芋づる式にこだわる理由がもう一つあった。
これは既に証明されたことであったが、同じ時間、同じ空間で超常の扉を浴びた者は、『同系統もしくは協力発動型のアビルに目覚めやすい』という物だ。
『触るな危険』と『安らかな眠り』はこれの干渉を防ぐために別々の部屋でホルダーにされた。同系統にすることで互いを高め合うことが期待される。協力発動型は複数人存在しないと能力が発動しないという欠点はあるがその力は個人の能力者以上を有している。勿論これも100%そうなるわけではない。なりやすいだけだ。割合にして80%。5回に1回はそのルールから外れる。
(攻撃性があり同じ系統の能力者の方が連携などが有利だ。とりあえず攻撃性に富んだ人間を求めて川下のホームレスや物乞いの社会的価値のない人間が集いそうな場所に来てみたが……、ここにいる人達は歳を食っている者が多過ぎる。それもそうか、社会の弾き者が行き着くような場所だ。社会にすら出ていない若い人がいるわけがないか…)
ドクターは探すのを止めてもっとその系統の人間が多いような、アウトローの人間がいそうな場所を探そうと踵を返した。
しかしちょうどその時に学生服を着ている少年達とすれ違った。
ただの通り道として通った…にしては髪はボサボサで学生服も汚れやらでヨレヨレだ。顔にも若さ特有のハリがなくそこのトタン家屋の爺さんの隣に立っても眩しさのない彼等は溶け込めるように見えた。
「ちょっとお話いいかな?」
ドクターは思わず声をかけていた。何となくだが自分に近しい雰囲気を感じた。
大事な人を失いながらも負けずに奮闘している。
すれ違った時にみすぼらしい格好に目がいったが、彼等の目、その瞳には現実に打ちのめされた悲壮の目をしていた。しかしその奥には反骨心、憎しみといった現状から打破しようとする熱い闘志が秘められていた。
過去に実験で見た戦闘向けの能力者が持っていた目だった。だから、声をかけていた。顔がそっくりな3人に……。
♢♢♢
「そうですね。ドクターがいなかったらずっとホームレスのような生活をしていたかもしれません。その、アビル?だけでなく衣食住やら私達が分からない行政の細かい手続きやらを手配してくださってありがとうございます」
零が頭を下げる。
「と言っても君達が能力を使って稼いだものだろう?この半年間、トレーニングも兼ねて能力を磨こうとする姿勢は評価に値したね。私はただ手を添えたぐらいだよ」
「それでも!」
零が立ち上がる。
「感謝しています。こうしてここにいれるのはドクターのおかげです。話をしてくださってありがとうございます。これからもあなたに従います」
もう一度零は頭を下げる。
兄のその行動を見て他の兄弟も箸を置いて立ち上がり頭を下げる。
「よしてくれ、むしろ私はこれから君達に謝らないといけないんだから」
ドクターも箸を置いて立ち上がる。零は察しているようでその挙動に何も言わない。
「すまない。私は、彼らが成長するように細工をしていたんだ」
ドクターが頭を下げる。
「さっき言ってたのですね。細工って…、何故そんなことをしたんですか?」
丹愛が尋ねる。
「丹愛君、君には義晴君のアビルの発動条件が顔を見ることだと伝えただろう。だがあれは偽りだ。本人から聞いたのだろ?」
「えぇ、神岐のアビル、認識誘導の発動条件は神岐の姿を見たまま神岐の声を聞くことです。最初から詰んでました」
「私は義晴君の発動条件が顔を見ることではないことは何となく気付いていた。その上で、神岐君の性格を利用して彼の能力の可能性を広げたんだ。彼等に共通するのはホルダーであることを隠したいということだ。そして、互いを、そして私を探している。ショッピングモールで襲撃するようにしたのは君に好条件で戦える場所に移動させるため。広範囲に効く君の能力を知れば必ず提案してくることは分かっていた。取り壊し予定のビルの場所を教えたのもそこへ誘導して人通りの少ない義晴君のアビルが使いづらい場所で戦うためだ。義晴君の性格上全てをアビルで聞き出すということはしなかっただろう?」
丹愛はそうですねと当時のことを振り返る。
「何でも出来る能力だからある程度の制限がある戦いを望んだはずだ。その中で勝った。勝ち方は見てないから分からないが君が言ってた掌で踊らされるような壮大なトリックで君をボロボロにしたんだろう?」
子供を使って顔を見せるというルールを達成した神岐。子供がもしいなかったら、果たして神岐はどうやって勝てていたのだろうか。だが神岐のことだからどうにかしてしまうんだろうなと丹愛は考える。
「実録君にはバチバチに雪兎君対策を施した。しかしこれも完全に1人の時に襲えばよかっただろう?これは月城君、臼木君を目に見えるところで人質に取るためだ。逃げる危険性を防ぐためだ。義晴君以外は恋人なり姉なり友達などの大事な人がいるからな。戦いやすかっただろう」
ここでの戦いやすいは相手が弱いではなく戦える場が整いやすかったという意味だ。
「特注サングラスを割れにくい素材にしなかったのは雪兎君に攻略の糸口を見つけてもらうためだ。弱くする能力だから能力を使う際に相手を視認する必要があるから視覚を奪うような武器を揃えさせたね。そして彼は対策を施された中でも勝利を掴んだ」
「………」
実録は何も言わない。
「そして市丸君だが、あれは麦島君との1対2の構図にするためだ。奈津緒君だけは成長を促すというよりもテコ入れみたいだな」
「神原1人だと神原に勝ち目はありませんでしたからね」
「不思議なものだ。彼の能力はおそらく自身に負荷をかける能力だな。代償強化能力は存在するがただの代償能力を見たのは初めてだ。本来アビルはホルダーに恵みしかもたらさないはずなのに…、だからこそ彼は面白い。本来の能力を隠しているのかまだ身に付いてないのか。俄然興味が湧いてきた。能登が出張ったのはそういうことも関係してるのか…」
能登というのが誰なのか彼らは誰も分からなかった。
「えぇと、つまり。ドクターは彼等3人の成長を促すために、追い込んて勝ちを与えたってことですか?」
「そうだ。本来なら奈津緒君は丹愛君、義晴君は市丸君のはずだった。年齢順的にもな。だが私が相性を鑑みて入れ替えた。奈津緒君が丹愛君と相対してたら勝ち目はなかっただろう。色鬼が操作時間に制限があるからあそこまで善戦出来たんだ。義晴君と市丸君だったら避けられずに簡単に終わってただろうしな。それかあっさりアビルを使ったかもしれない。それでは成長にはつながらない。実録君と雪兎君は相性が良さそうだったから何もしなかった。事実良い戦いになっただろう?」
「つまり能力が大したことなかったら殺せってのは……」
「それは半分本当だ。この試練を乗り越えられないようなら戦力にはならないからな。弱い人間は私の復讐には不必要だからな。奈津緒君はポテンシャルが未知数だから保留というところかな。だが、奈津緒君含めて3人とも、必ず勝つと信じてはいたけどな」
(なんせあの場にいたぐらいだからな)
市丸は話を聞き終わって腰掛ける。
(つまり最初から俺達は負ける前提だった。だが理論が滅茶苦茶だ。あいつらを強くするためにそんなに手を加えるのか?だが事実として全てドクターの思惑通りに事が運んでいる。終わり良ければ全てよしと言うがここまで大雑把で不安定なのに上手く行ってもなんだかなぁって感じだ)
丹愛も話を聞いて考える。
(コーヒーショップにいるところを襲えって確かに不自然だもんな。あれはそういう狙いがあったのか。警備員も狙ってか…、どこまでが計算でどこからが偶然なのか分からないな。ドクターはどこまで想定してるんだ。あの戦いの全て、神岐の行動までもがドクターの予想だと考えると、恐ろしいな)
実録は話を聞いて考える。
(勝ちを確信したあの瞬間も神坂を強くするための試練だったってわけか。だがドクターの言う敵、逃げるだけだったあいつらに勝つためには神坂達の力が必要か。釈然としないしドクターには言いたいこともあるが、ここは飲み込もう)
零は話を聞いて考える。
(俺も聞いた時は驚いた。負け戦をやらせるつもりかとドクターに詰め寄った。だが最後の最後を考えるなら目先の敗北は噛み締める必要があるのか。調整があったとしても負けは負けだ。能力、肉体的ではなく精神力と頭の回転で彼等に負けたんだ。味方になってくれたら確かに心強い。隠れ鬼による性格分析が役に立ったと喜ぶべきか)
あれから6人は無言で食事を終えた。時雨は最初から最後まで一言も話さなかった。市丸と丹愛も気になったがしんみりした空気になったので質問しづらくなっていた。
「食べ終わったな。じゃあこれからのことだが…」
「待機だ」
「待機ですか?」
てっきり反撃だって言うと思ってた市丸には少し拍子抜けだ。
「あぁ、能登っていうその研究所の昔の仲間だった奴が奈津緒君に接触したらしい。理由は分からないが戦闘後に都合よく現れたのが少し不可解だ。もしかしたらずっと観戦してた私にも気付いていたかもしれない。ならここにこれ以上留まっているのは危険だ。だから君達は一旦自分の家に帰るんだ。奴等は私の命と超常の扉が狙いだから君達に危害が及ぶことはない」
「ドクター、俺達も戦います。前回のような無様な姿は晒しません!」
「ダメだ。手負いの君達では足手まといだ。時雨君も心をやられてしまっている以上安静にする時間が必要だ」
「っ…!分かりました。しかしドクター、私達は神岐に住所がバレてます」
「流石は催眠能力、聞き出したか。分かった。なら必要な物を持ってネカフェでもいい。潜伏先を別の場所にしろ。金はあるだろう?足りない分は何とかしてくれ。私は奴等をここで迎え撃つ」
「無茶です1人でなんて!」
「問題ない。私の能力があれはなんとかなるはずだ」
ドクターは時雨の方へと歩み寄る。目線の高さを時雨に合わせる。
「時雨ちゃん、4人を彼等の家まで運んでくれ。出来るか?無理はしなくていい」
時雨は虚な目をしていたが首を縦に振る。
「ありがとう。家に帰ったらゆっくりしてなさい。夏休みだから外にも出なくていいだろう?落ち着くまで安静にしてていいからね」
優しく諭すように話す。
「落ち着いたら連絡する。それまではここに立ち寄るな。連絡もするな。いつ奴等が来るか分からない。今5秒後に来るかもしれないと思って早く移動するんだ。ここは最大級に危険なゾーンになっている。急ぐんだ」
零達は協力したかった。ドクター1人でなんて生還出来るかも分からない。ドクターのアビルがどれほどのものか知らないけど、1人でどうにかなるとは思えない。ドクターの昔の仲間が敵というなら十中八九ホルダーの集まりだ。仮面の集団はホルダーではなかったが命を恐れない姿勢に敗け腰になってしまったのがこの前のことだ。
だが怪我の自分達が何も出来ないのも事実。甘んじて受け入れるしかない。
時雨の近くに集まる。時雨が誰かを伴ってテレポートをするにはある程度近づかなければならないからだ。
「ドクター、ご武運を!」
零は言う。なんとかなると信じて。
ヒュンという音と共に、ドクターの視界から人が消えた。
(零君達はしばらく使うことが出来ない。奴等から逃げて、奈津緒君達にもさらなる試練を課さないと。私の能力、確実達成もどこまで作用するか分からない。例え私が死んだとしても、私の遺志を彼等の誰かが引き受けてくれれば、あの子さえ取り戻せれば私は何もいらない。悪の巣窟からあの子を助け出す。それだけが私が姉さんの代わりに出来る唯一のことだ。
お嬢様、生きているのか…。あの時確実に殺していれば…。
後悔しても遅い。今の私に出来ることをしよう。ここを引き払うなら痕跡を消さないと。超常の扉を作るのに関わる情報は例えネジ一本でも渡すわけにはいかない!)
ドクターはこざっぱりとした部屋を片付けながら、襲撃してくるであろう敵に備える。
そして、翌日
仮面の集団と能登八散が襲ってきて応戦することになる。
果たしてドクターは生き残ったのか!?
さあさあさあさあさあ
面白くなってきたねぇ
超能力の秘密
ここら辺は過去編が来た時にじっくりと掘り下げたいと思います
次回からいよいよ鬼束捜索です
休みなのに休みがない第4章の始まりはここからだ!




