第50話 強制平等
本日7月26日、木曜日
俺、神坂雪兎は……
「ふゆ君!その怪我は何!2日も外泊するなんて!夏休み入ったからって浮かれてるんじゃないのかな!」
正座させられていた。フローリングの上ではなくカーペットが敷いてあるのが幸いか?
中学生が2日も外泊。これは怒られて然るべきだろう。
だが理由を述べさせて欲しい。俺はちゃんと姉のスマホにメッセージを送った。間違いない。
『友達の家に泊まる』
確かに友達の家ではないが泊まるということは伝えている。
ただそれが2日続いてなおかつ未だ体に包帯が巻かれているだけなのに……
「心配かけたのは悪かったけど別にいいだろ。こうして無事だったんだから」
あまり心配して欲しくない。
「……超能力が関係してるんでしょ?悪い人に目を付けられてやられたんでしょ?」
あああぁ、こういう心配が面倒だから嫌なんだよ。ウザいってよりどう反応していいかが分からない。気まずくなる空気は勘弁してほしい。親みたいに放って置いてくれたらいいのにさぁ。
「それで何で俺は正座なの?一応怪我人なんだけど」
「んぐ、で、でもダメダメ!ちゃんとふゆ君は怒られなさい」
「うへぇ…」
あぁこれは面倒なパターンだと神坂は早々に姉の説教に耳を傾けるのを止めて先日のことを思い返す——
♢♢♢
「クソが!」
閃光弾が炸裂し視界が奪われる。臼木も神坂も追いかけ捕まえようとしていたため目を閉じることをしておらず、モロに受けてしまう。
「月城ぉ!あいつらが外に出た!追いかけろ!」
「えぇ、でも…」
「早くしろ!俺達よりかは動けるだろ!」
月城は閃光弾を手榴弾みたいなものと勘違いしてソファの裏に隠れていた。ちょうど運良くそのタイミングで閃光弾が光を出したため無傷とまではいかないが他2人よりは光の影響は受けていなかった。だが場所が悪い。ソファがそばにあるので遠回りしなくてはならず臼木と神坂の位置がこれまた絶妙に邪魔で5秒ほどのロスをしてしまう。
バンっと診療所の正面ドアを開けると実録は零に連れられて、そして何故かそばには女の子がいた。小学生ぐらいだろうか?その少女は月城を見るとビクッと体を震わせる。月城は髪色で威圧してしまったのかと思ったが怯え方が尋常じゃない。
実録から零兄と呼ばれた男が口を開く。
「知らないから助かることもあるんだな。答えが分かってしまうのも考えものだ。知らないでモヤモヤするよりは知って後悔した方がいいかもしれない。が、無知だから切り抜けられることだってある」
すぐにソファーに隠れたことを言っているのだろう。
「…俺を馬鹿にしたいってのは伝わるぞ」
「いや、すまない。捉え方次第だ。それはただの馬鹿だろうが見る人によってはそれも一種のヒーローの姿だ。事情なんて知らない、理なんかどうでもいい。ただ目の前のことに向き合う。ヒーローは見方によっては壊れてる。そして君にはその傾向があるね」
理という言葉の意味が分からないので何が言いたいのかがさっぱり分からない月城。けど『ヒーローは壊れてる』という言葉だけは、何故か頭に、心の奥深くに突き刺さることになる。
「ヒーローは誰かのために動く。俺は自分のためにしか動いてない」
「かもしれない。だがそれも見方だよ。君は自分の立場がどれほど難しいかを知るべきだ。これに関しては知らない方が困ると思うぞ」
「俺の立場?普通の家庭で生まれた俺がそんな珍しいポジションにいるとは思えないけど」
「新旧の東京最強と人気声優と繋がりがある君が普通なわけないだろw
アドバイスをしよう。だが助言ではなく忠告だ。君のことだ。関係を断ち切ったりはしないだろう。真っ直ぐな男だからな。だから先に教えておく、これから先、神坂や臼木と関わる中で、敵対する人間からは君が真っ先に狙われるだろう。交渉材料に使われるのは嫌だろう?」
足手纏い…
「……俺とアンタは敵対してるはずだろ、何故そんなことを教えるんだ?」
「なーに、簡単だよ。お前は弱いから神坂雪兎の足枷になるなってことだよ」
分かってはいても口に出して言われるとカチンと来る。しかし、月城は反抗も否定もしなかった。
「戦争とかでは地雷を使われたりしてた。何故か?死んじまえば味方は助ける必要がなくなるんだよ。けど地雷程度だったら足を吹っ飛ばすくらいだ。死にはしない。するとな、味方は死んでないから助けようとするんだよ。だが動かない人間1人を抱えて戦場で戦えるか?邪魔だよな?足枷を付けて身動き取れないところを一網打尽だ。今のお前はその足のない兵士みたいなもんだ」
邪魔な存在。事実今回の件で月城は何の役にも立っていない。秒で実録にやられ、臼木に余計な気を回させたり、閃光弾でも利を上手く活かすことが出来ず散々だった。足枷と零に言われても納得せざるを得ない。
「お前と臼木は神坂を守ってるんだろ?声は聞こえなかったが大方こういうところかな?だったら、守るお前が守られてんじゃねーよ!」
ドタドタと診療所のドアが騒がしい。
「どうやら出てきたか。君も確固たる強さを手に入れるといい。神坂のように超能力者になるのも一つだな。それじゃ、また会えるといいな」
そう言って零達は一瞬でその場からいなくなった。
「はぁ、はぁ、月城!あいつらは?」
神坂が月城の元へ駆け寄る。臼木もその後に続く。が、零に言われたことが頭から離れない。
(弱い、そんなことはあの2人のそばにいるからこそヒシヒシと伝わる。分からされてしまう。噂にはなってるらしいが結局はふゆとりょうありきで持ち上がってて俺個人の成果なんて何もない)
月城は実録が話していたことを思い出す。
(ふゆを超能力者にした黒い棒。それを使えば俺も確固たる強さを手に入れられるんだろうか?ふゆに迷惑をかけずにふゆを守れるようになれるだろうか?欲しい、欲しい。超能力、力が、欲しい!!)
「おい月城。どうした!」
話しかけても動かない月城を不審に思い神坂が強めに話しかける。
「………「オイ!」んぇぁ!あ、ふゆ、どうしたんだ?」
「話聞いてんのかよ!あいつらはどこ行ったって聞いてんだよ」
「あいつらなら消えたよ。多分そばにいた女の子の能力だと思う」
「空間移動、テレポートか。くそっ、敵は6人もいんのかよ」
ドクター、神坂達超能力者の力量測定で3人、監視能力の零にテレポートの女の子で6人だ。
「すまん。逃した」
「いや、いい。知りたいことは知れたからな。俺と同じ境遇の2人については聞けずじまいだったけどそれもドクターって奴を見つけ出せば事足りる」
「あれ?白ウサギ。どうしてここにいるんだ?話は終わったのかよ」
「話は終わったようですね。おや?あの八重歯の方はどこへ行ったんだい?」
買い物と話が終わったであろう物見と医者が診療所へ戻って来た。
「いえ、お連れの方が来て帰ったようです。そのお見送りを」
超能力のことは話せないので嘘をついてそれっぽい理由を作り上げる。
「そうか。よしっ、もう時間だからご飯にしよう。ところで、明日にでも親分さんに会ってくれないかな。君達に興味があるみたいだよ。大丈夫、組への勧誘じゃないから」
正直これ以上反社勢力と交流すると学校側があらぬ誤解をしそうなものだが恩を仇で返す真似はしたくない。
「分かりました」
「じゃあご飯だ。1人分浮いたからお腹いっぱい食えるなぁ」
と言いながら診療所へ入る2人。神坂達も色々考えるところはあるがとりあえず非日常に触れ過ぎて疲れてしまっているのでご飯にありつくことにした。
♢♢♢
(あの後診療所で寝泊まりして玉梓組の組長に会ったり図書館で読書感想文を終わらせたり忙しかったなぁ。帰ろうと思ったのに何故かもう一泊勧められて泊まったんだよな。組長の一人娘に会ったが箱入りだったのか周りの男達とのギャップがえげつなかったな。泥の中に咲く一輪の花って感じか。大和撫子ってやつだな。月城も臼木も少し見惚れてたしな。俺?残念ながら綺麗は姉で間に合ってるから見惚れる程ではなかったな。最上級を日頃見てると準程度でもあんまりテンションが変わらないんだよなぁ。別に姉ちゃんが好きってわけじゃないけどな。シスコンって言われるのは嫌だし。あくまで客観的意見だぞ!)
「ちょっと、ふゆ君!聞いてるの?」
「うるさいな、シスコンじゃねーっての!」
「えっ?何言ってるの?」
しまった、思わず口に出てしまった。
「何でもない。それで、何?」
「もう、ちゃんと聞いてよね。来月に莉掛さんと食事に行くんだけどね」
莉掛というのはテレビ夕日の社長だ。普通とは違うテレビ局を掲げており最近問題視されるアニメも深夜ではなく昼や夕方にガンガン流す局としてサブカル人間の中ではオアシスのようなチャンネルになってるって聞いたな。この前見た映画もテレビ夕日が制作に関わってたはずだ。まぁあのポスターを作るような男だ。ぶっ飛んでるのは間違いない。
「ふゆ君がこの前言ってたあの人も一緒なんだ」
「あの人?」
誰かについて話してたっけ?
「忘れたの?ユーツーバーのcomcomだよ」
「……、…はぁっ!?」
comcom、確かに2人はその話題を出した。荒川の河川敷でのことだ。だがそれは同時にある可能性を提唱した場所でもある。
(comcomは超能力者の可能性が高い。腕力を上げる能力者。伝えるべきか。いや、7人目の可能性もあるから無闇に姉ちゃんに伝えて変な詮索でもしようものなら姉ちゃんの身が危ない。俺を狙ってのことか?向こうは滝波夏帆が俺の姉だってことを知るわけがないから姉ちゃんに喋るなんてことはないはず。……、考えすぎか?偶然、で処理していいものか。聞いてみるか?)
「……どういう経緯でそうなったの?」
「うーん、なんかよく分からないんだけどね。テレビ夕日で新しい事業を立ち上げるらしいんだけどそれにcomcomが関わってるんだって、むしろ立役者?なのかな。近々その事業について役員会議があるからcomcomにも出席してもらうらしくて、その労いで莉掛さんと小鉢さんと3人で食事する予定だったけど年上ばかりで気を使うだろうからって私が呼ばれたの。それより、comcomってね、滅茶苦茶カッコいいんだよ!ふゆ君は可愛いだけどあっちは正真正銘のカッコいいなの!あれで芸能活動してないなんて勿体ないよ」
「へぇ、そうなんだ」
すげぇ喋るじゃんと雪兎は普段見ない雪華を珍しそうにみる。これはもしや惚れた?かもしれない。
(姉ちゃんの浮ついた話は聞いたことがないから面白いな。なら余計に言いづらいな。同じ超能力者に会えるチャンスなのに——
やっぱ言わない方がいいな。ここで止めようとしても俺も行くって言っても結局comcomのことを話さなきゃならない)
ジレンマ、どう転んでも姉に危害が加わる可能性があるため言うに言えない神坂。
(けど腕力を上げるくらいなら問題ないかもな。超能力を使った動画を作った目的とか聞きたいことは山ほどあるが、今回は仕事が絡んだことだから無関係の俺は介入し辛い。もしだが、姉ちゃんとcomcomが上手く行けば、会える可能性はあるかもしれない。ここは待ちに徹しよう)
「時の人と食事出来るんだ。あまり粗相をしないようにな」
「お姉ちゃんの心配はいりません!心配なのはふゆ君の方。大体ふゆ君はいつもいつも————」
またガミガミ説教が始まったので雪兎はもう目を閉じて寝ることにした。それで余計に怒られて説教の時間が倍増するのであった。
♢♢♢
ヒュン
スタッと着地する。
薄汚れた光も差さないジメジメした雑居ビル。
零達はアジトへと戻ってきた。
「ずいぶん遅かったね零君」
白衣を着た男、鬼束達曰くドクターが声を掛ける。
「えぇ、図書館にいなくて周囲を探してたらこんな時間に、辺りも暗いし神坂が屋内にいたので場所の特定に時間がかかりました」
「そうか、実録君もやられたようだな。丹愛君のように操られてるとかはないだろうね?」
「それはないと思います。実録、お前から直接ドクターに言わんか」
零に言われて実録が口を開く。
「私は無事です。何も影響を受けていません。それよりも、我々の予想と神坂の能力は少し違うようです」
「ほう、面白いね。その認識のズレが敗北を生んだのかな?」
「アドバンテージ分を使い切ってしまったというべきでしょうか?運の要素もありましたが結局は負けました。目潰しが出来ない状態だったら呆気なかったと思います」
「友達の月城と臼木も相当の手練れと見えました。ただ月城については少々危ういところがあったのでアドバイスを」
「私が行っていたら能力を付与していたが麦島君に使ってしまったし丹愛君の監視で手が離せなかったからね。まぁ雪兎君よりも奈津緒君の方がまだまだ青いからな。実録君、ベッドがある。手当ては済んでるみたいだからそこでゆっくり休むといい。時雨君、君も安静にしてなさい。いいね?」
「分かりました。失礼します」
実録はそう言ってベッドがある部屋へ移動して行った。時雨は返事をせずゆらゆらと歩いて移動した。
「寝て治ればいいんですけどね」
「肉体のダメージだったらそれでもいいけど時雨君のは精神的なダメージだからね。なんとも言えない。適切なケアが必要だ。瞬間移動は有能な能力だが精神状態が良くないと能力のコントロールが上手くいかず乱れて変な場所に移動しかねない。時雨君抜きでの行動も想定しないといけないな」
「それにしても、3人全員やられるとは……
これも予想通りということですか?」
「計画通りと言った方がカッコいいだろ?」
「死のノートほど策を巡らせてないでしょ。あなたには煽り耐性もあるんですし」
漫画の小ネタを織り混ぜる2人。
「奈津緒君の能力はまだまだ発展途上だ。まだ不十分なのはおそらくあまり使って来なかったからだろうな。義晴君や雪兎君は使う頻度が高いから自身の能力についての理解があるのだろう。義晴君のは最強格、雪兎君もそれに近い立ち位置にいるがまだ青い」
「手厳しいですね。あなた自身の能力と比べてということでしょうか?未だにどんな能力か教えてもらえてませんが」
「別に言ってもいいんだけどね。みっともない能力だからなぁ。実を言うとあまりわかってないんだ。10年前から持ってるのにね」
「非常に気になるところですが詮索はしないとの決まりですので抑えます。ところでこれからどうするおつもりですか?」
三つ子の兄弟はやられたのだ。決裂した中で彼らにどうアプローチをかけるのか、零はまだ聞かされていなかった。というよりドクターという男は情報を出さな過ぎなのだ。本名も能力も目的も何も言わない。先払いして協力を取り付けている。脅されているわけではないしこちらとしても意欲的に協力はしているが、もう少し喋ってくれてもいいのではないかというのが鬼束兄弟の考えだ。信用してないのか、ただの駒として扱っているのか。どう思われていたとしても明確なビジョンがあった方が意欲的にもなりやすいしもっとはっきりと行動出来ると思うのに…
「彼らは私を目指して動くだろう。それは大歓迎だが3人いっぺんに来られると6人しかいない我々には少々骨が折れる。義晴君の能力で全滅もあり得るしね。麦島君や竹満君、月城君や臼木君などの増援が来られるとこちらもキャパオーバーだ。だから少々足止めをさせてもらう。1番厄介なのはあいつらに先に辿り着かれることだ」
「抱きこめればよかったんですがね。奈津緒君に接触した回復女のこともありますしね」
「あぁ、にしてもまさか能登が生きてたなんて、あの時殺したはずなのに……、まさか!?死者蘇生の能力を向こうは手に入れたのか?」
死者を蘇らせられるということは、死んだ敵の能力を使役出来るということ。さらに死んでも生き返るという保険があるから特攻紛いの保険も出来る。相手の数を削ってもすぐに補填されてしまうようなもの。長期戦になればこちら側は圧倒的に不利。しかも殺せないから戦い方も窮屈になる。いや、瀕死の重体から生還したって可能性もあるから死者蘇生が実在するのかは分からないが、もし存在するのだとしたら、残党ではなく正規の組織に戻る可能性がある。
(まずい、だが私の位置を特定されてるのを考えると、ない話ではない。
超常分析、あの時頭を銃で撃ち抜いたんだ。脳が損傷して使い物にならないはず。けど、めんどくさがりの能登がわざわざ出向いたってことは…、もしかして……)
♢♢♢
「うん、まだ動くのは心配だが問題ないみたいだな」
痛みは消えてないがそれでも一昨日よりはマシになってる。
姉の説教からなんとか解放された雪兎は自室に戻っていた。親は全く心配していない。ここまで意識して放任してると逆に俺のこと好きなんじゃね?と思えてしまう。
殺風景な自分の部屋。勉強道具しかなく娯楽の類いがスマホしかないので部屋は綺麗という名の虚無空間である。
なんか趣味が欲しいなぁと雪兎が自身の寂しい日常生活を振り返る。
(あいつらと遊ぶのは楽しいけど外で遊ぶって何かと金がかかるからな、自転車でも買ってサイクリングでもするか。自然鑑賞はタダだし、自然なんて東京にはないけど。奥多摩や町田までは遠過ぎる。いっそ埼玉側に行くのもありだな。うん、サイクリング。悪くないな)
自転車を買い与えられていない神坂には移動手段が限られる、バスや電車に乗るだけのお金は持っているがお小遣いには限りがあるので多用したくない。知り合いが少ないという理由で遠くの幌谷中を選んだが徒歩でも30分以上かかっていて些か不便なのだ。よくもまあ不満を一切溢さず1年以上も通学したものだ。休む日もそれなりにはあったが少なくても通学が怠いという理由では休まなかった。
(確か校則では自転車通学は申請を出せば使ってもいいんだよな)
校則に遵守した生活を強いられてるがあまり校則を確認したことがない。欠席や頭髪についてのところは余すことなく見たがそれ以外のところはそこまで見ていなかった。
(あぁ、夏休みだーって気分が上がってたけど2学期になったら体育大会と合唱コンクール、12月には修学旅行か…。イベントが多いのは結構だがめんどくさいな。修学旅行は確か京都だったっけ?それだけが楽しみだな〜)
「さっさと全部終わらせるかな」
神坂はバッグから夏休みの課題を取り出すとカリカリと解き始めた。
「なぁ、りょう」
月城と臼木は神坂と別れた後それぞれ自宅に帰ろうとしていた。
臼木がどうした?と月城の方を見やる。
「俺達はこれからどうしたらいいんだろうな」
「雪兎君はあまり俺らに立ち会って欲しくないみたいだからな」
「俺、言われたんだ。あの監視能力の奴から。お前はふゆの足枷になってるって……」
「…それは俺も同じだ」
臼木も自身の無力さを悔いていた。一昨日の戦いで神坂のみが全てを引き受けたおかげで無傷で済んだ。だが番人は主を体を張って守るべきなのだ。それなのに逆に守られてしまったことが臼木には嫌な事だった。
「ステージが違うんだろうな。あれだな。凡人がどれだけ努力しても天才には敵わないってやつ。俺ら2人で鬼束実録を止められたのかな?俺なんかあっという間だったんだぜ」
「動きを止めるなんてチートすぎるからな。向こうの目的が雪兎君の能力の見極めじゃなく最初から殺す気で来てたら雪兎君でも難しかったろう。あれは全てにおいて運が良かったんだ。大敗北だ。俺達は弱い」
「けど俺はりょうみたいにピンチに駆け付けることすら出来なかった。ずっと図書館で寝てたんだぜ!分かるかこのみっともなさが!」
臼木にもその気持ちは痛いほど分かる。貢献できない無力感、辛さ、悲しみ。杭を打ち込まれるくらい深く突き刺さる。
「雪兎君は、付いてくるかは自己責任だと言ってくれた。明確に距離を取られてるわけじゃない。俺らに出来ることは、俺らが人質になって雪兎君の行動を阻害してしまわないようにすることだ。そのために、もっと強くならなくちゃあならない。東京なんかで満足せずに、超能力者相手にも負けない強さだ」
「そうだな。でさ、ふゆに付いて行ったらいずれはドクターって黒幕に辿り着くんだろ?そいつが超能力者にする道具を持ってるからそれを使えば俺らも強くなれるんじゃないか?」
「………………そうだな」
この長考とも呼べない数秒間の沈黙の間に臼木は何を考えたいたのだろうか?
「とりあえずふゆと行動を共にする、でいいのかな?」
「それでいいんじゃないか。そのためにも課題を終わらせないとな」
「面倒い読書感想文は昨日のうちに終わったけどテキストがまだ全然だからな〜」
「習字とかも準備だるいしな」
「あー、あったなー。だったらさ、もう今から始めちまおうぜ!」
「何だ急にやる気を出して」
「ふゆは課題を全部終わらせて完全フリーになってから色々動くと思うんだよ。10日で終わるって一昨日言ってたから8月2日までか。それで次の日から動くと思うから俺達もそれまでに終わらせてふゆを驚かせようぜ!」
なるほど、ふゆのことだから『何が起こるか分からないから宿題は先に全部終わらせとけ。俺はもう終わってる。終わるまで俺に連絡するなよ』、とか言って来そうだしな。
「いいぜ、なら手を痛めるのはナンセンスだから10日間、正確には後8日だけど、やってやろう。ならその間喧嘩は禁止な」
「えぇ!」
いや、えぇ!って、もしかして喧嘩して課題を片付けるつもりだったのかよ。お前にそんなマルチタスクは無謀すぎる。
「課題に専念しろ」
「ちぇぇー、分かったよ。じゃあ早速やろうぜ。中学校確か解放されてたよな」
「けど制服着用だぞ……って俺ら制服のまんまだったな」
あの日は学校帰りにそのまま幌谷中に向かい、家に帰ることなく過ごしたのでずっと制服のままなのだ。しかし昨日は玉梓組のご厚意で和服を着させてもらったのでしっかり洗濯は済んでいる。珍しい体験に神坂を含めてワクワクしたのは男のプライドが許さないので触れないでもらいたい。
「じゃあ中学校までレッツゴー!」
「待て、先にコンビニで昼飯を買うぞ。そんまま缶詰めで取り組みたい」
オッケーと月城は走る速度を変えずに進んでいく。このままだと見失うが300メートル先にコンビニがあるので急いで追う必要もなさそうだ。
こうして月城と臼木は8日以内に課題を全て終わらせるという難関に挑むことになった。神坂に頼らない状況下ではあるが枝野中には先生がシフト制で駐在しているので質問する相手は確保出来ている。
果たして8日で終わらせ、神坂を驚かせることができるのだろうか………
♢♢♢
「そうだ。思い出した」
大きな独り言が部屋に響く。何もない部屋なので反響している。
「能力の名前だよ。氷鬼みたいに俺だけの名称が欲しいな」
(けど何にする?自分の状態を相手に共有する能力だろ…、コピー、ではないな。伝播って英語でなんて言うんだろう?流石に調べないと分からないな。平等にするから、イコール?ダウングレードとかの方がいいけど俺の方が優れてたらアップグレードになるから適切ではないな。
うん、イコールがしっくり来るな。けどなんか淡白だなぁ。ルビを振ってみるか。平等化、平等行動、強制平等。これだな。『強制平等』。これを俺の能力名にしよう)
能力名は強制平等
名前を付けたことで何やら新しい予感というものを感じてしまった。清々しい気分だ。
新しい予感とは、すなわち大冒険。
神坂の長い長い物語が幕を上げる。
これで、3人の主人公のプロローグは終わった。3分の1の男達がそれぞれの物語を作り上げた時、1になった時、全ての真相が明らかになる……はず……
神原奈津緒、神岐義晴、神坂雪兎。彼らを巡る運命は?ドクター達は?謎の女は?
謎が謎を呼ぶ。
ようやく時計の針を進められる。
時期は夏休み。ようやく次の章へと移り変わる。
プロローグが終わり、本編を楽しもうではないか。
世界中を混乱に陥れた第三次世界大戦はここをきっかけに始まる。その時彼らは何をしているのだろうか?
これから先の彼らを見届けよう———
神坂雪兎
能力名:強制平等
能力詳細:自分の状態を相手に共有させる
月城泰二
能力なし
臼木涼祢
能力なし
鬼束実録
能力名:氷鬼
能力詳細:触れた相手の動きを止める
鬼束零
能力名:隠れ鬼
能力詳細:条件を満たした相手を監視出来る
白衣の男 本名不明
能力不明
第3章は終わりです。
次回からいよいよ第4章『消えたヒロイン』編が始まるよ。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
これからも見ていただけると幸いです。
では次回
次回は1年ぶりに神原奈津緒達が登場します。




