第5話 ドッジボール対決①
ルール説明
・外野に1名入れた状態でスタート
・内野の数が0になったチームの負け
・外野の選手は相手選手にボールを当てても内野に戻れない
・各チーム1回だけ外野の選手を内野に戻すことができる
・顔面ヒットはノーカウント
・ジャンプボールはなし
・試合開始後5秒間はボールを投げてはいけない(選手が自陣の後ろに下がる時間を確保するため)
・ボールを当てた場合のプレイ再開は当たった選手が外野に出た瞬間とする
・外野は側面からの投球は出来ない
・ダブルヒット (一投で2人の選手に当たるケース)あり
・フェアプレイ精神で暴力厳禁
クラス対抗ドッジボール対決が始まる。
その戦いに、帰宅部なのに神原奈津緒は参加することとなった。
神原本人は出場したくなかったのだが、外堀を埋められてしまったため仕方なく出場することにした…というかさせられた。
(なーにがエキシビジョンマッチだ。他クラスの奴なんて全く知らねーけど、明らかに勝ちに来てるのが分かる顔ぶれじゃねーかよ!)
5組ドッジボール選抜メンバー
・新城友善 サッカー部
・久保井 達史 ラグビー部
・枕崎奏多 水泳部
・菜花七彦 テニス部
・棺呑破 柔道部
・矢継早飛鳥 ラグビー部
・万都敏嗣 ラグビー部
・橋下勝太 バスケットボール部
♢♢♢
「なぁ神原。このルール……」
鯖東にドッジボールのルールを提案したが、ルールに思うところがあるようだ。
「何だ?穴があるか?」
「いや逆だ。穴を塞ごうとしてるから聞いてる」
流れを切るようなルールがあることで一方的に蹂躙されることはない。にしたって暴力禁止をルールに明記するのはおかしい。そんなもの書かなくてもやるわけがない。
「お前から連中の部活を聞いて思ったが……ガチ過ぎる。ガチンコ勝負になるならルールを明確にするべきだ」
「……向こうが反則をしてくるってことか?」
「逆だ。相手を反則負けにする」
「はぁ!?」
なんで!?と続くが、向こうが反則を仕掛けてくることには思いつくあたり、鯖東の中に何かあるようだ。
「それより早くルールを提示してこい」
「お、おう……暴力厳禁とか絶対喧嘩売ってるって思われるぞ」
そう言いながら5組の方へ向かう鯖東。しっかりルールの提示を行ってくれた。
(ラグビー部が3人か…。肩の強い野球部が向こうにいないのは幸いだな)
部活動だけ見ると、帰宅部が3人いるこちらが不利だ。
(反則負けの誘発が上手くいかなかった場合は超能力に頼るしかないか……いや、俺の力は身体能力の向上なんて出来ない。そんなことを思ったらアウトだ)
そもそも人目の多いところで力を見せたくない。
超能力だと結びつけられる奴はいないだろうが、バレたらいけないなんてことは俺でも分かる。
こんな人外の力、知られていいわけがない———
♢♢♢
5組からルールについて了承を得られた。
何やらルールの内容について突っ込まれたらしいが、体育の時間は限られているので時間優先で強引に納得してもらった。
そして整列、試合前の形式的な握手も済み、いよいよ試合開始だ。
まずは外野に行く選手を1人決めなくてはならない。
(チャーンス。外野は相手にボールを当てても内野に戻ることは出来ないからな)
時間短縮なんて名目ではあるが、要は神原が楽をするために盛り込んだルールだ。
外野からも当てられるが、目立つのは内野だ。
ボールを当てられるなんて心配もない。トイレ掃除にも行きやすい。鯖東に巻き込まれたせめてもの抵抗で外野で温室生活をおくると目論んでいた。
「じゃあ俺外野に行くyグエッ!?」
外野に移動しようとした神原だったが、何者かに体育着を引っ張られてしまい、仰向けに大きい音を立てて倒れた。
「悪いが麦島、外野をやってくれないか」
「いいよ〜。俺ボール捕れる自信なかったから助かった〜。じゃあ行くねぇ〜」
麦島は外野へ進んで行った。
「鯖東テメェ、襟掴みやがって。伸びたらどうすんだゴラァ」
引っ張られたことよりもそっちに怒りを露わにする神原。
以前の恐怖を知っている3人はブルッと体が震えてしまった。またいらん地雷を踏んでしまった。
「使い物にならなくなったら弁償するから。それにお前は6組の要だ。外野に行かすのは勿体無い」
「いやだから、俺トイレ掃除しなきゃ行けないんだってば」
「分かった分かった」
「…お前ジョークだって思ってるだろ。俺は途中抜けるって言ってるからな。後で責任転嫁すんじゃねーぞ」
〜〜〜
ピィーーーー
試合開始の合図。
じゃんけんの結果、5組ボールからスタートだ。
ボールを持っているのはラグビー部の久保井。
6組の中で一番狙われやすいのは帰宅部、その中でも弱そうな神原だ。
速攻で当てられそうだが開始5秒は投げてはいけないルールによって即死は回避した。
5秒経過して当てられるようになったが、まずは揺さぶりなのかコントロールの確認なのか外野とのパスを繰り返している。焦らして退避が遅れた奴が出てきたタイミングで当てる魂胆だろう。
(にしても、ラグビー部ってだけはあるな。放物線もだが、ボールの回転が綺麗だ。ブレることなく真っ直ぐ飛んでやがる)
5組の外野は同じラグビー部の万都だ。ラグビー部同士で連携もお手のものなのか、キャッチからリリースまでの動きに全く淀みがない。
内野で常に動き続けているため確認が出来ないが、ずっと同じ軌道を描いているような気がする。
———久保井の動きが変わった。
外野にパスするにはボールを山なりに投げなければならない。そのため体勢は上を向いてしまうが、今の久保井は上を向いていない。
久保井の目線は神原を捉えていた。
「まずは、1人目!」
久保井が山なりではなく地面に平行に投げた。
神原目掛けて真っ直ぐボールが走っていく。これもボールに淀みがない。吸い付くように神原の方へ向かっている。
(速いし綺麗だ。捕る気も捕れる気もないが一発アウトは癪だ。トイレ掃除で離脱するタイミングは考えないとな。せめて……)
神原はボールの軌道から一歩横に移動した。
ブレがないということはカーブすることもない。軌道から外れれば当たることはない。
瞬時にそれを判断して避けた。そのまま神原の横を通り過ぎていくかと思いきや…………
バシーーーーーン
「へっ、野球部舐めんなよ!」
松草が軌道上に入って見事キャッチした。音からして結構な衝撃が入ったはずだが、取りこぼすこともなく腕と胸で包み込むように捕球していた。
自分は捕れないから避けたのに凄いなと神原は感心していたが、それと同時に避けたんだから捕らなくても良かったのにとも思っていた。
〜〜〜
(伊武さんにカッコいいプレーを見せる!)
松草知尋はこの試合で少しでも自分をアピールしようと試みていた。大好きな伊武祥菜のハートを射止めるために。
若干とはいえ不意打ちなのでOUTに出来ると見込んでいたがまさか捕球されるとは思わなかったようだ。久保井が驚いた表情をしている。
松草はセンターラインへ向かって助走しながら投げるモーションに入った。
(1番当てやすそうなのは……水泳部の枕崎だな)
水球ならいざ知らず、球技でない部活の奴には自分の球が捕れるわけがないと松草は予想した。
そして事実松草の予想は当たっていた。枕崎自身も野球部のボールを捕れるとは思っていなかった。
自分が狙われることは百も承知。ならば……
「オルァッ」
松草が投げたボールは真っ直ぐ枕崎の方へ飛んでいく。コントロールも申し分ない———
バシーーーーーン
「なっ!」
枕崎へ到達する前に捕球された。奇しくもさっきの松草と同じだ。
「甘いな坊主頭。そこの根暗野郎とやったことそのまま返してやんよ!」
キャッチしたのは柔道部の棺だ。大きな図体で庇うような形だったが、向かって行く方向が分かっていたので取りこぼすことはなくキャッチできた。
(というか誰が根暗野郎だよ!)
さらっと流れ弾で暴言を受けた神原であった。別に松草と結託したわけではないがどうも良い印象は持たれていないようだ。
(さっきのルール説明で俺が提示したって鯖東が言いやがったのか?ちっ、いらんヘイトを向けさせやがってあの野郎……)
「お返しだ」
ブォン
バチィィン
「グッッ!」
棺の投げた球が松草にヒットした。カウンターを想定していなかったようで、持ち直しが遅れてしまったため、十全の状態で捕球出来なかった。
松草OUT
5組が残り7人、6組が残り6人
♢♢♢
松草にヒットしたボールは跳ね返って5組陣営へと転がっていった。
松草が外野に移動したら5組のボールでリスタートだ。
「———さてと、今度こそ根暗野郎を殺すとするかな」
「…………はっ?」
ドッジボールで聞くことのない単語。思わず空耳かとも思ったほどだ。
"殺す"と言った。いつでも当てられるという見下し。
(……この野郎…)
神原奈津緒、結構単純な男だ。鯖東から言わせればアホである。頭が良いくせに変なマイルールを持っている。N極とS極を両方併せ持つハイブリッド少年だ。
だから棺の分かりやすい煽り発言に簡単に沸点を超過する。
(…良いだろうクソゴリラ。少しお灸を据えてやるよ)
目立たないようにしようと試合開始前は考えていたが、そんなことは煽りの前で簡単に頭の中からデリートされた。
元より神原にはドッジボールよりも優先度の高い作業が残っている。
目的達成とお仕置きと6組の勝利。全てを満たすにはこのやり方が1番早い……。
ボールは棺の手にある。
棺の狙いは変わらない。内野にいる6組も理解しているのだろう。神原には近付こうとしない。神原も狙われることが分かっているので内野のど真ん中に直立で待ち構えていた。
———棺がモーションに入った。
「フンッ」
棺の投球。久保井の球と違ってボールが小刻みにぶれている。
力任せに投げたのだろう。まるでナックルボールのように空気抵抗で不規則に動いているように見える。
(…はぇぇな。これは捕るのは無理だな)
潔く当たろう。だがこれは敗北じゃない。ここからが勝負だ。…問題は鯖東が気付けるかだが……麦島だったら気付いてくれるがお前はどうなんだ…?
バヂィィ
神原にボールがヒットした。
神原 OUT
(…ふぅ、ようやく外野に行けるぜ)
タイミングが大事だ。早めに外野に向かおう。
「神原ァ!」
鯖東が神原の元へ駆け寄りそのまま神原の胸倉を掴み上げた。
「今のプレイはなんだ!」
「なんだって…何がだよ?」
「トボけるな!何故捕ろうとしなかった!?」
「無茶言うな。松草でも取れない球を帰宅部の俺が捕れるわけないだろ」
「嘘つけよ!お前ならあんな球ぐらい捕れるだろ!」
ピクッと、棺が反応した。
(おっ、ナイス鯖東。これで上手くいく……)
「俺の球があんな球だと?テメェ見てなかったのか?さっきの坊主頭。当たった場所が腫れてるだろうぜ。そこの根暗は距離が空いた分腫れてないだろうがな。命拾いしたな」
外野の松草の腕は遠目で見えないが、もう片方の手で接触箇所を庇っていた。棺のホラではない。
利き腕ではないためプレイに支障は出ないだろうが、本当に腫れているのだとしたら相当な痛みを伴っているはずだ。
「ほらな鯖東。そこの日本語が喋れるゴリラもそう言ってんだ。無理だよ無理。それより早く離せ。外野に行けないだろうが!」
掴まれた腕を強引に振り払うと神原は鯖東へ目配せをしてから外野へ向かって歩いていった。
(…なんだ今の?)
今の神原の動きに違和感を覚えたが、それが何なのか鯖東には分からなかった。
「オイ根暗!今俺のことなんて言った?」
棺の声色が明らかに下がっている。外野へ進んでいく神原をギッカリと睨み付けていた。
「へっ?棺君って言ったけど?」
棺の方を一切見ようとせず外野へ歩きながら答える神原。
「嘘付くんじゃねーぞこのボケが!今俺のことゴリラって言っただろうがァ!!」
歩みを止めない神原に痺れを切らした棺は神原の肩を強引に掴み、正面に向け直させた。
「痛ってーなぁ、俺がそんな失礼なこと言うわけがないだろ。お前どこに耳付いてんだよ……ゴリラのくせに聞き分け良いと思ったのに勘違いだったのか…わりぃな」
「こっの……馬鹿にしてんじゃねーぞこの陰キャ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
棺が神原の胸倉を掴み上げた。
(なんかよく胸倉持ち上げられるな…背が低いからか?)
流石は柔道部。掴み上げる力で足が地面から離れそうだ。さっきの鯖東ではここまでは行かないだろう。
(神原のやつ、さっきまでの澄ました顔じゃなくなってる。そりゃ浮かせられそうな力で抑え込まれてるからな。苦しくない方がおかしい)
さっきの自分には出来なかったことをしている。棺が自分や神原よりも圧倒的に上であることを見せつけられている。
(にしても…あの変人神原が自分から好戦的な態度を取るとは意外だな。あいつは自分に向けられた悪意だけを叩き潰す奴だ。俺達がやらかしたみたいに……)
……そう。神原は無駄なことはしない。奴なりのルールに基づいて動いている。
であれば、さっきの違和感のある目配せにも意味があるはずだ。胸倉を掴まれたことで根に持って睨んでいたのではない。それよりも奴は先に手を出すからだ。
(意味があるはずだ。あの時神原がなんて言っていたか……思い出せ……)
『それより早く離せ。外野に行けないだろうが!』
外野に行けない…………早く離せ………
(…………!待てよ。今神原はどこに———)
♢♢♢
バシーーーーーン
「…はっ?」
棺 OUT
ターンターン トットットットト
ボールがコロコロと転がって行く。
「なっ、何だ急にテメェ!」
突然当てられたことで激昂する棺。
「……なるほどそういうことか。分かりにくいことしやがって。最初から口で言えば済んだろうに…」
「最初に口で説明しただろうが」
「あれは説明に入らねーよ。言葉の裏を読めるほど俺はお前を深く知らねーよ」
「ふんっ、一々懇切丁寧に説明する時間はねーよ。俺はこれからトイレ掃除があるんだからな」
「そのボケはもういいよ」
未だにジョークだと思っている鯖東だったが、真面目な表情の神原を見てそれが本当のこととようやく理解した。
「本当にトイレ掃除しないといけないのかよ…」
「この前の授業で居眠りしてた罰でな。全く…生徒指導の先生の授業は寝るもんじゃねーな」
(…呆れた。くそしょうもねー理由じゃないかよ)
だがあの生徒指導のことだ。そのくらいの罰を提示するだろう。
(俺らが1週間休んだ時も3時間説教を3日連続でされたっけな……)
「オイ!話を聞けや!何故急にボールを当てた!」
「お前ルールを把握してねーのかよ。プレーの再開は当たった選手が外野に入った瞬間からだろうが。下を見てみろよ」
人差し指を地面に指して見ろとジェスチャーをする神原。
「下だぁ………………んなっ!」
ジェスチャーのままに下を見て気付いた。
神原と棺の間にちょうと白いテープが引かれてあった。
「このテープはお前らの内野と俺らの外野を仕切ってる。お前が声を荒げた時はまだ外野に出てなかったが、お前がキレ散らかしてる間にテープの向こう側に移動してたんだよ」
「ぐっ……」
まんまとハマった。外野移動までの投球禁止ルールは、時間を置かずに二投目を投げてハメ殺すのを抑止するためのルールのはずだ。
このルールを鯖東から聞かされた時も何も感じなかった。だがそのルールの隙間を突かれた。
「気付かなかったのかよゴリラちゃん。お前の頭は高密度の空気で構成されてそうだなぁオイ!!」
「くっ、くそがぁ!!!汚い真似しやがってェェェェェェ!!」
怒りの頂点で棺の顔が真っ赤になっている。
「まんまと嵌められたテメェの間抜けさを呪えやボケが!つーかテメェこそいつまで体操着掴んでんだゴラァ!服が伸びるだろうが!」
バッと掴まれた腕を強引に振り解いて体操着を整える。
(神原の奴…よく振り解けたな……相変わらず考え方がズレてるけど…)
「っ…!?(コイツ、今どうやって振り解きやがった!?)……くそっ、クソクソクソクソクソクソ!根暗の分際で調子に乗ってんじゃあねえぞぉゴラァ!!!!!」
棺が拳を振り上げて神原に振り下ろそうとした———
ガシッ
「待て棺!」
振り下ろされる寸前で内野の選手が止めに入った。
「離せ橋下、テメェはすっこんでろ!」
「落ち着け!相手はルールに則ってお前をOUTにしたんだ。口汚いが違反はない。お前らが今やろうとしている行為の方がルール違反だぞ!」
「そうだぞ棺君。これで俺を殴ったりなんてして学校にバレたら〜大問題だねぇ〜。確かウチの学校はスポーツ推薦組の何人かは全額学費免除だっけか…。お前がそうなのだとしたらが免除剥奪もありえるな……いや、下手したら退学処分か……」
散々煽っておいて今度はリスクの説明を始めた。完全に棺をおちょくっている。
このまま感情のままに神原を殴り飛ばしたい棺だったが、流石に退学や免除剥奪はマズいと考えていた。金銭的に余裕のない自分の家が私立に通えているのは学費の免除制度があるおかげだ。
「………チッ、根暗テメェ覚えとけよ。復活権利はお前が使え。5組は俺が使う。お前が使ったら戻ってぶっ潰してやる!」
そう言ってドカドカと棺は外野へと歩いて行った。
♢♢♢
———体育館はギスギスした雰囲気だ。
ギャラリーの生徒達も誰1人騒いでおらずお通夜ムードになっている。
そんな空気に流されず我を通したのは、この空気を作った張本人であった。
「…ふぅ、なんか雰囲気が悪いなぁ」
呑気に言いやがった。
「誰のせいだと思ってんだよこの空気!お前がやったことだろ!」
「でも俺の狙いを汲み取って棺にボール当てたのは鯖東じゃねーか」
「そ、それはそうだけどよぉ…」
「ま、時間も限られてるし早く再開するぞ。棺を片付けたしこれで6組側も動きやすくなったろ」
「いや、棺が外野に行っても脅威には変わりないだろ。松草ですら捕れないんだぞ!」
自分も捕れるとは思っていない。避けるので精一杯で膠着状態になれば多く当てられている6組の敗北が確定してしまう。
「問題ない。サッカー部のお前でも捕れるようになるはずだ」
「はっ?それどういう意味だよ?」
「言ったろうが一々説明しねーって。それじゃ、俺は今からトイレ掃除行ってくるから後のことは頼んだぞ。すぐ終わらせて戻ってくるから負けんじゃねーぞ」
神原はそれだけ言ってそのまま体育館の出口へと向かって行った。
(くそっ、好き放題やるだけやってから消えやがった。…いや、あいつの話をちゃんと聞かなかった俺のせい………なわけない!トイレ掃除をほっぽってた神原の責任だ!)
神原が途中退場してもまだお通夜モードは終わっていない。
クラスや性別の垣根を越えて全員がドン引きしている。
メインは神原と棺だが、間接的に関与した俺自身にも嫌な感情を向けられているのが分かる。
築いてきた印象に綻びが生じてきたのを感じる。
(…元々俺が強引に巻き込んで神原は勝利のためにルールの穴を突いて離れ業を決めた。後始末は俺の仕事か…)
それをして5組に勝てるのなら安いものだ。俺自身のイメージ回復のためにどの道やらなきゃいけないことだ。
だがまずは目の前の試合に勝つことだ。
(……新城、5組がガチなのはお前が裏で糸引いてるんだろ?まだこの前のことを根に持ってやがんのか?)
〜〜〜
茅愛や棺を見て思うがこの学校、偏差値高めのはずなのに生徒の素行が悪い気がする。
私立だからってのもあるけど、とても県内有数の進学校には感じられない。スポーツ推薦も一定の学力が必要だったはずだが、スポーツ成績が優秀すぎると多少の頭の悪さは目を瞑るのかもしれない…。
(にしても、賭けだったが鯖東が俺の意図に気付くとは思わなかった。麦島よりは察しが悪いのは単純な頭の出来なのかぁ?)
目的は達しているがスコアが微妙なので星2というところかな。
(……さてと、俺も急いでトイレ掃除をしなくちゃあな。体育館に戻れるのに何分かかるか予想が立てられん。トイレ掃除だから適当に床に水をぶちまければいいのか…?)
「…奈津緒君」
体育館の出口の硬い引き戸に手をかけたところで祥菜が背後から声を掛けてきた。
「祥菜か。どうした?試合が再開するぞ。鯖東達を応援してやれよ」
「…私もトイレ掃除手伝うよ。2人の方が早く終わるでしょ?」
「!…気持ちは嬉しいけど…男子トイレだぞ。女の子が手伝うもんじゃない。大丈夫、1人で平気だから」
「そう……」
理解したようだが納得していないという感じだ。
「どうかしたのか?」
「………」
黙ってしまって何も答えない。けど何を言おうとしているのか何となく分かる気がする……。
「…幻滅したか?」
「えっ?」
祥菜が驚いて顔を上げた。
「俺があんま喋らない奴だと思ってたんだろうけど…俺はこんな奴だよ。祥菜は物静かな人が良いんだっけ?誰かがそんなことを言ってたのを聞いたことがある」
「そ、そんなこと……」
図星なのだろう、目が泳いでいる。
「気にしていない。俺は良い人でもまともな人間でもないからな。…じゃあ行くよ。掃除が終わったらすぐに帰ってくるから…」
♢♢♢
———幻滅とは少し違う気がする。ただ、驚いた。
物静かな奈津緒君が5組の大きい人にあんな喧嘩腰になるなんて。確かに奈津緒君を馬鹿にする言い方をしてたから怒るのも無理はないけど…
鯖東君と何かやってたみたいだけど内野の会話はこっちまで聞こえて来なかったから分からない。
クラスメイトも奈津緒君の豹変に戸惑っている。
そりゃそうだよね。全然違うもん。
最近の奈津緒君は鯖東君達と仲良くなったことで以前の評価からは改善されてたと思う。
喧嘩の仲裁に入って場を収めるなんて、普段の変人行動からは考えられなかったのだろう。
あれ以来女子に話しかけられるようになった奈津緒君を見てるとすごくモヤモヤしてしまう。
そのせいで奈津緒君に八つ当たりしちゃって我儘を聞いてもらった。
奈津緒君のことをクラスメイトよりも知っているはずなのに。麦島君から前に聞いていたのに、いざ彼のもう一つの側面を目の当たりにしただけで、彼に恐怖してる私がいる。
〜〜〜
「なっちゃんにお礼を言ったんだけどさ〜。昨日のこと〜何も覚えてなかったよ〜」
〜〜〜
話を聞くだけだとカッコいいと思ったけど、実際に見ると怖くなってしまう。
(私って……最低だ———)
内野の数
5組:6人
6組:5人