第48話 神坂雪兎vs氷鬼④
賭け事は面白い。俺はやってみてそう感じた。
兄ちゃんとゲームセンターに行った時に初めてそれに触れた。だから直接お金を賭けた訳ではない。ゲーセンの中でしか使えないメダルでだ。
両側からメダルを入れて射出する台や釣りをモチーフにした機械とかいっぱいあったけど1番面白かったのは競馬のゲームだ。12頭の馬がどの順位でゴールするかを予想するゲームだ。馬ごとに賭けの倍率が変わっている。人気の馬は高くなく、人気のない馬は倍率が高い。単純に考えれば人気の馬がレースでも強く勝つ確率は高いが日ごとの体調や天気など様々な要因で順位は変わる。8番人気の17倍の馬が1位になることもある。そうすると17倍、10枚のメダルで賭けていれば170枚貰える。たかがゲーム、けど奥が深い、兄ちゃんに軽いルールだけは教えてもらった。狙うは単勝。いずれは三連単とかも予想してみたい。単勝だけでも確率は12分の1、8.3%、当たりそうで当たらない確率。そのギャンブル性が堪らなく良い。
だが世の中にはギャンブル依存症という病気があることも聞いた。競馬やパチンコなどの賭け事が止まられない病気だ。止めたくても止まられないらしい。自分は大丈夫だと思った。これから勉強だけの生活が待っていてそれに注ぎ込む時間がないからだ。またはゲームだと割り切っていたのもあるかもしれない。このまま世間知らずで育ち20歳になっていたらもしかしたら自分も依存症になっていたかもしれない。てか絶対なってる。俺は知らないからこそ純粋で何にも染まる。ネットで得た知識はそのまま神坂雪兎の定説になる。情報の取捨選択が出来るほどの理性的な性格だから悪い方向には進んでいない。…と信じたい。もしかしたら間違ったまま覚えている知識があるかもな。
俺は賭け事が好きだ。だからこそなのか、この死が迫る状況から助かる可能性に賭けてしまっている。俺がレイズするのは、俺の命だ。負ければ死、勝てば勝利。割りに合わないがそれでも良い。この極限の状況、怖い、顔や声には出ないが内心ではビビっている。だが、この状況が…
堪らなく、楽しい。
考察は終わった。氷鬼の攻略法は思い付いた。攻略というよりは固定の時間を決める要因というべきか。そしてそれは問題ではないことが分かった。考えてみれば鬼束の行動は不自然だった。そしてその背景にいる存在についても。
どういうつもりかは分からない。自分は、いや他にもいる俺達は、試されている。使えない能力だったら殺せ?嘘付け、殺す気なんかないくせに…
つまりは、この状態から勝利を掴んでみろというミッションな訳だ。胸糞悪い。だが丁度良い。幌谷の白ウサギとして負けたくないという気持ちはある。ここにはいない奴の思惑に乗ってやる。ドクター、お前にはそこら辺のところを聞かなきゃ俺が満足出来ねーよ。
ここから勝つための戦略。奴が近付くのはもう数分もない。確実に空き地を回って俺を狙っている。
だがまだ足りない。今の俺ではそこまで手繰り寄せても勝利は掴めない。あと何か、イレギュラーがあれば、勝機はある!
ギャンブルか…、元々命っていう上限一杯ベッドしてるんだ。イレギュラーの発生が加わったところで変わりはしないか。
数分もない、その予想は正しい。完璧なまでにクリアリングをしていた実録。時間こそかかるが効果は抜群。だが時間がない状態で追い詰められた実録もまた解法を見つけたのだ。
動きが変わった。隅々まで探っていた実録の動きが、空き地の外壁にのみを探る動きへと変わったのだ。
♢♢♢
(クソッ!時間がない。神坂はどこにいる!?)
実録は焦っていた。空き地の外で人の声が聞こえたのでいずれはここを見られる可能性がある。ただの路地裏、しかも昼の時間帯なので人通りはないとは言っても100%ないとは言えない。なるべく早く、神坂を仕留めてこの場を離れなければならないし、目も洗浄しなければならない。時雨ちゃんが迎えに来ると言ってもいつ来るかも分からない。電話して呼んでも来るまでには少し時間がかかる。1人でどうにかしなくてはならない。時間的には半分は確認したと思うが視界が悪いためそれを確かめる事はできない。
見えない中で上下左右に探り回るのは根気のいること、丁度目の前が壁だったので壁に体重を預けて小休止をする。ずっと同じ作業をしていて飽き飽きしていたのでこの休憩は必要だ。惰性になって手を抜かないとも限らない。だがこの休憩が実録の思考を動かした。
(いや、待てよ。神坂の居場所が分かったかもしれない)
神坂は煙玉を破壊するためにゴーグルを破壊した。氷鬼で動きを止めたが俺が使えなくなってしまったから奴は動けるようになった。
じゃあどうする?目を潰された俺から離れるはずだ。
どこに?可能な限り俺から離れられる場所。
その時の神坂はボロボロでずっと蹲ってた。ゴーグルを破壊出来たのはおそらく火事場の馬鹿力だ。本来なら立ち上がることすら難しいだろう。だが神坂の声は下から突き上げるようにではなく正面から首ぐらいの高さから聞こえた。立てない人が立つにはどうしたら良い?簡単だ。立つのをキープ出来ないなら支えがあればいい、今の俺のように、つまり!
(奴は壁沿いにいる。脅している以上空き地から離れるような事は出来ない。離れるなら端の方しかない。俺としたことがそんな簡単な事にも気付かないとは…。だがこれで時間は短縮出来る)
そして、実録は壁伝いにナイフを振り、神坂を探し始めたのだった。
空き地を覆う壁は三面。その内一面は既に確認している。残りは道路に面している壁向かい3分の1と既に確認した壁の向かいの壁一面のみ。そして3分の1の面の確認は終わり残りの面でクリアリングを始めた。壁周りは雑草が生い茂っていて歩く度にガサガサという音が鳴る。神坂もこの音は聞こえているはず。つまり壁に当たりを付けたことも気付いているはずだ。
実録は敢えてドシッ、ドシッと踏みしめながら歩く。迫っていることを分かりやすく伝える。恐怖を与え、悪足掻きさせるため。襲って来ようが逃げようが実録にはどうとなく対処出来る余力は残っていた。
実録は受けた攻撃はゴーグルを破壊されて視界を滲まされただけでまだ1発も殴られたりしていない。ほぼ無傷であり、息が上がるだとかは一切ない。圧倒的な差であり負けるわけがないと実録は確信していた。
もう終わる。ほんの数歩、数秒で
ガサッ!!
何かの音がした。耳を澄ませていなくても聞こえるほど大きな音だ。これは、草が揺れた音だ。実録は理解した。何故なら自分の足元からも全く同じ音がしたからだ。
見ることが出来ないため正確な距離は分からないが正面、自分の体の先からの音だった。
(我慢出来ずに動き出したか…)
実録は走った。距離は知らない。衝突しても問題ない。近距離こそ自分のテリトリー。既に氷鬼を使うことが出来なくなっているが自分にはナイフがある。なので距離を詰めることは間違っていない。
走ってから先の草の動きが活発になった。ガサガサと壁から少しずつ空き地の中央側へと動いていく音がした。しかし、鈍い。足は引き摺るように動いているのだろう。歩幅がない。間隔はなくずーっと音が鳴っている。
実録は神坂が逃げようとしている事に気付きナイフを握る手の力を強くする。これから人を殺す事に躊躇いはない。初めてのことでどういう風に死ぬのかも分からない。ドラマでは刺されて口から血が流れて死ぬぐらいだ。けどそれは演出であり本当はどう死ぬのかは知らない。死ぬまで時間がかかり刺された痛みでしばらくのたうち回るのか、充電の切れたスマートフォンのようにピクリともしないのか。我慢して最後の最後まで普通通りに動くのか。
知らない。だからか物凄く興味がある。人殺しは犯罪だ。犯罪の中でもトップクラスに悪虐な行為だ。だが関係ない。元々社会の弾き物だった自分たち兄弟を助けてくれたドクターのために協力している身。ここで逃げて元の真面目な生活を送るよりはドクターの言う平和な世界のための尖兵として尽くした方が誇りが持てる。
そして、引きずっていた足音が聞こえなくなったと思ったら少し距離が離れてザザッという音が聞こえてきた。中央につれて草はなくなり砂利などが多かったのでその音だろう。頑張って一歩踏み出したようだがもう遅い。
実録は最後に音がしたところまで到着した。見えないがここに神坂がいる。躊躇いはしない。さっきはそれでゴーグルを壊されたのだ。だから油断なく、真っ直ぐにただナイフを振り下ろして殺す。
到着した実録は先程の事を反省して、振り返りや逡巡、一呼吸の間も持たせずに、ナイフを振り下ろした。
♢♢♢
『飼い犬に手を噛まれる』という言葉がある。飼っていた犬に手を噛まれた、という意味ではない。その意味でも通じるが今回言いたいのは慣用句としての意味だ。慣用句としては、『日頃から面倒を見たものから害を受ける』という意味だ。今回の鬼束実録の境遇を指す言葉としてこれほど適切なものはないだろう。別に実録は裏切られたりしたわけではない。者、ではなく物、なのだ。
煙玉で神坂雪兎の超能力を封じたが自分も煙のせいで能力が使えなくなったのが正にそれだ。これは実録の落ち度だ。それだけならいいが——
ガキンッ!
「はっ?」
実録は思わず声に出してしまった。ガキンという音ともう一つのことにだ。実録のナイフは神坂を刺すことはなかった。地面に刺さらずに弾かれた音だった。聞き間違いを考えたが間違いなく聞こえた。空耳などではない。そして地面に当たる前に何かを刺した、それがもう一つの疑問。刺した、それは間違いない。けど、人を刺したとは思えない手応えだった。
(神坂は細身ではあるが、いや、こんな、こんなに薄いわけがない)
実録はナイフを自分の顔まで近付ける。そしてナイフを持っていない左でナイフの刃の部分を自身の手が傷つかないように優しく触る。
(布…じゃない!これは——)
「ウォォォォォォーーーーーーーー!!!」
何かの雄叫びが実録に向かって真っ直ぐ走ってくる。反射的に声のする方にナイフを向ける。
神坂の特攻を考えたが神坂は走れない。じゃあ誰が?いや誰だろうと関係ない、と実録は頭から可能性を吹き飛ばす。ナイフに刺さっていた物を刃から抜き取ってそのままその場で捨てた。この布のこと、何が起こってそうなったかは分からないし考えている暇はない。
(臼木涼祢か?だとしてもいつ応援を頼んだ!?)
違う!だから思考するな!俺の前にいるのが臼木だろうが総理大臣だろうがドクターの計画を邪魔するのなら排除するまでだ!
実録には相手の姿が捉えられない。だから正当防衛を主張するわけではない。そもそもナイフを持っている時点でアウトだ。精神疾患患者にでもなれば情状酌量でスルー出来るが生憎絶好調健康体、それは通じない。なので明確な殺意で殺す、そして実録はナイフを前方に思い切り斬りつけた。
ナイフは空を切っただけで何も起こらなかった。間合いに入る前だったとか全部勘違いだったとかのミスで処理できる物ではなく、ただ、相手が悪かったというしかない。
まさか下っ端で所属して日が浅いと言えど現在進行形の暴力団同士の抗争で多少の修羅場を潜ってる男が走って来るとは思わないだろう。
そう、実録に向かって走った男は物見と呼ばれる暴力団の下っ端だった。物見は振り下ろされたナイフを腰を落として体勢を下げることで避け、そのまま勢いを殺さずに足や腰を狙うラグビー選手のように下半身を崩すタックルを決めたのだ。
走った勢いが乗ったタックルを前にナイフを振った後の無防備だった実録はモロに受けてしまう。
グォッ!!と呻き声を上げて仰向けに倒れてしまった。
物見はハァ、ハァと息が荒い。緊張で呼吸を忘れていた。
「ナ、ナイフを!?」
物見は実録の周辺をキョロキョロを見渡してナイフが落ちていないかを確認する。ナイフはタックルと同時に実録の手から離れてしまっていた。物見はナイフを見つけるとそれを拾って思い切り自身の後ろに放り投げる。
そしてそのナイフを……
「よくやった、物見」
臼木が柄の部分をしっかりと握ってナイフをキャッチした。
「雪兎君」
ちっ、情けない声で呼ぶんじゃねーよ。惨めだろうが!ったくホントに来やがって…
「……後悔をするなよ」
見えなくても誰がいるかなんて分かる。俺を君付けで呼ぶ男はお前くらいだからな。
「無論だ。自己責任だろ?」
臼木のその言葉にクスリと笑みが溢れる。
(持つべきは友かな?とにかく、イレギュラーが発生した。俺の、勝ちだ!)
実録が壁伝いに当たりを付けて進んで来たときから神坂の思惑は動いていた。そしてそれが叶った。特攻を前提にしていたがイレギュラーの存在によりより安全に事を運ぶことが出来た。
「臼木、今どうやってる?俺は今目が見えない」
「ッ!!!。………今鬼束は仰向けに倒れてる。すぐそばに俺が連れた暴力団員が1人いる」
臼木は失明に言葉を失いそうになったが当事者が気にしていない以上傍観者が反応するのは違うと思い、すぐに気持ちを切り替えた。
「なるほど。オイ、そこのお前。倒れている男を動けなくさせろ」
「はぁ?何でお前なんかに「いいから早くやれ」っ、分かったよ、ったく人使いが荒いなあ」
物見はいつもの下っ端精神なのかキビキビと動き始める。
「お前、何をしたんだよ?」
「ちょっと組の若い人達を潰しただけだよ。」
「はぁ…、反社なんかと関わったらロクなことにならんぞ全く。それはいいとして、臼木、鬼束からナイフを取ってくれないか?奴はもう能力を使えない」
『それってどういう意味だ?』と臼木は聞きたかったが寸前で止まった。今自分が取るべき最良の選択肢は神坂の言う通りに動くことだ。
臼木は神坂にナイフを渡す。神坂は見えていないのでナイフを神坂の手まで運び、ギュッとナイフを握らせるという介護サービス付きでだ。
「離せ!クソッ!」
「臼木ィ!とりあえず拘束したぞ!」
物見は実録をうつ伏せにして両腕を背中に回して動けなくさせていた。実録も抵抗はしていたが立ち上がる隙を与えずに命令をこなした物見には敵わなかった。物見は上からマウントを取れたのが良かったのだろう。臼木はこいつは弱いながらも仕事はこなせる奴だなと感心した。弱いが小回りが利く。使い勝手の良い奴だと物見からしたら横暴この上ない烙印を押した。
「そのままキープだ。跨って体重をかけろ」
「チッ!分かったよ」
めんどくさいと思いながらも言われた通りにする。
自分の立場を正しく理解している物見は反抗などしなかった。臼木の言うことを聞く理由には逆らえないというのが1番にはあるが個人的な興味がほとんどだ……
♢♢♢
路地で暴力団をボコボコにした臼木。唯一無事の物見と会話をしていた時…
「いいか、あそこの空き地に入って黒髪の男を倒せ」
「……、理由ぐらい教えろよ。お前が自分で行かない理由は何だ?東京最強のお前が行った方が手っ取り早いだろ?俺に行かせる理由が分からん」
(俺ら全員の足止めをしたくせに俺を空き地に行かせる意味が分からない)
組を潰したいなら今ここで自分を殴り倒して事務所に入れば良い話だ。空き地に行かせるということは空き地で行われていることは臼木にとって好ましくない物で自分が手を出せない事ということになる。そして自分達を足止めしたということは俺達にとって悪い事ではないが介入させると困ることということになる。
分からない。それが物見の頭の中を占めていた。
「身代わりだ」
「身代わり?」
「黒髪の男が俺の友達と戦ってる。俺は手助けをしたいが俺が行くとその友達の家族に被害が及ぶ。だから俺は行けない。そしてそいつはとんでもない隠し玉を持ってる。その隠し玉を使って友達と戦っている。俺にはそれが何か分からない。だからお前が先に行ってそれを確認して来い。俺はそれを見て次の行動を選ぶ。友達の家族に危害を加えさせる前に最速で潰す」
「なるほど、それで身代わりと。空き地でやってるのは俺らへの攻撃じゃないんだな?」
「それは違う。だが友達に手を出すのなら俺はお前の組全員を血祭りにあげても良いと思ってる」
「へん、お前が言うとホラに聞こえないのが恐ろしいな。随分と友達思いなんだな」
「一度拳を交えると結束が固くなるだろ?俺に勝った男だ。俺は東京最強の男を守る番人だ」
(暴力団相手にあんな大立ち回りをした奴よりもさらに上がいるってのか!それが友達!?)
臼木の強さは今までは伝聞であったが実際に目の当たりにして誇張のない話で聞いた通りの強さであることは十分に分かった。東京最強と言われても異を唱えることはない。確かに今年に入って臼木の話は聞かなくなった。そいつに負けてキャリアが風化したか…。だが臼木よりも上の男が、今、この先で戦っている。そして、その男のために俺みたいなはぐれもんに頼み事をする。
面白い、と物見は思った。
中学生なんかに良いように使われるのはシャクだ。怒りの気持ちは中ではグツグツに煮え滾っている。
だが協力してやろうと思ってしまった。敵対勢力ではない。なら別にいっかな、と。シャクなのは変わらないけども。
考えは決まった。
結果上手く行った。
危険状態に対して体が脊髄で覚えていたのかナイフを運良く躱すことが出来た物見は抵抗する実録を抑え込みながら考える。
(あれが臼木に勝った男。しゃがんでるからタッパは分かんねぇけど腕細いな!あんな奴が本当に臼木に勝ったのか!?
体はアザだらけ。けど黒髪の男は無傷。隠し玉って奴でやられたんだろうな。今は使えないって言ってたからどうにか対処したのか。
うーん。強そうに見えないんだよなあの白髪のガキ)
考えながら作業をしていたが抵抗を強めた実録に手を焼いてしまいそれ以上考えることはなかった。
♢♢♢
(目が見えないから加減が分からない。下手に深くやって神経を傷付けたらその箇所はもう動かなくなる。臼木に頼むか?躊躇いなくやってくれそうではあるが)
「雪兎君、鬼束なら雪兎君がいるところから真左に3メートルほどだ」
ナビとして言ったつもりだったが…
「必要ない。自分で視認する」
そう言うと神坂は自分の手首をナイフで斬りつけた。
「なっ!?オイ!雪兎君!」
突然の自傷行為に戸惑いを隠せない臼木。
傷の付いた手首からはドバッと血が流れ出す。
(痛み、で目が見えるのか。なら顔面に衝撃を加える方がいいだろうに)
神坂の顔が歪んでいる。殴打と切り傷では痛みのベクトルが異なる。慣れてない痛みには耐性はない。痛みを堪えながらナイフを放り捨て、そして……
神坂は、掌を窪ませて血が溜められる空間を作り出し、その血溜まりに自分の目を浸からせたのだ。
その行為をすぐそばで見ていた臼木も、拘束しながら見ていた物見も、青ざめた顔だった。
「神坂の野郎!なんて方法を思い付きやがるんだ!」
ただ実録だけは朧気で見えはしないが神坂の行動の目的が分かった。分かったからこそそんなぶっ飛んだ選択をする神坂に恐れを抱いた。
「あぁ、これって衛生的にどうなのか分かんねーな」
両目を血に沈めた神坂が手の血を地面に捨てて、手を振って手に付いて血を払う。ぽたぽたと手を伝って雫となって地面に落ちる。
「自分から生まれた物を漬けてるだけだから問題ないか?地産地消って奴だな。食料自給率がなんだとかってやつだ。グローバル社会の弊害、か。ネットは本当に何でも載ってる。小学生の頃から使えていればもっと博識になれてたんだろうかな?」
そして神坂、目を開いた。
「よう、臼木。随分と青白いじゃねーの」
目の周りが赤くなっている。目の充血は内側からなのか外側からなのか分からない。
誰のせいだと思ってんだとツッコミたいところだが、お、おぉと言うことしか出来なかった。
「…月城は?」
周りの反応を無視してそのまま続ける。
「お、………。ンンッ!!問題ない。司書の人が見てくれてる。あいつ1人の犯行だ」
思考停止になりそうだったところを咳払いをして正気に戻す。
「そうか、だが気を抜くなよ。ここにはいないが他にも仲間がいるってよ。どうする?拷問とか経験あるか?」
「いや、ギリギリをってのがあまり好かん。というか見えるのか?」
「あぁ、これで能力も問題なく使える。おい実録!」
神坂は伏せられている実録へと目を向ける。実録は物見の拘束を解くのを諦めてその場でじっとしていた。
「血で目を洗うなんて芸当思いつかねーよ。だが結構血が流れたな。大丈夫とは言えないだろう」
「あぁ、だが関係ないな。今日から夏休みだから何日入院しても平気なんだよ。お前もやってみたらどうだ。水素水で洗顔って最近流行ってるだろ?あれの亜種で売ればいいんじゃね?血液中の白血球が顔の不純物を食べてくれます、とか?」
ドンモセレクション金賞も取れそうだと馬鹿なことを考える。
「…もれなく顔中鉄塗れだけどな」
「鉄?なんだよ鉄って?——あ〜、鉄分ってやつか。あれって本当に鉄入ってんのか?それは知らんかった」
「お前血塗れで何も感じないのかよ」
「お前がそれを言うかよ。痛みでそれどころじゃねーよ。ならお前にも分からせてやるよ」
神坂はニヤリと笑って、
「散々能力を使ってくれたんだ。お前も同じ痛みを受けろ!」
実録を見て、
能力を発動させた。
その瞬間、実録の体から血が吹き出した。傷が出来、痣が出来、全ての外傷と痛みが一度に押し寄せる。
「!!!!!!!!!!!!」
カッと目を見開いた実録だったが叫び声は上げなかった。代わりに声にならない声が表情として表れた。
物見には突然のことで驚いただろう。組みしている人がいきなりボロボロの体になったのだ。自分の過失を疑ってしまうのは仕方のないことだった。
「全てのダメージを平等にしたってところか?」
神坂の能力を知っている臼木はこの現象に驚かない。
「人質とかつまらないことしてくれたんだ。当然の報いだ。
けど死にかけたな。お前がいなかったらヤバかったぜ。サンキューな」
「お安い御用だ。それで、こいつは?」
「腕の傷は与えてない。だから目を洗えるほどの血はない。適当に気絶させてしまいだ。オイ、チンピラ」
「…何だよ」
「同じ目に遭いたくないから殺さない範囲で意識を奪え。方法は何でもいいぞ。必要ならナイフ使うか?」
ナイフを臼木に渡す。神坂自身も壁の支えなしで立つことは出来ないため臼木に手渡してもらう。
「……とんでもないガキだ。臼木が負けたってのも頷ける。面白い、ますます面白いなお前ら。オイ、お前の名前を教えてくれよ」
「いいから早くやれよ」
「やるからほら、教えてくれよ」
物見は実録の首を締め上げながら神坂に求める。バンバンバンと実録が臼木の腕を叩くがお構いなしに締め続ける。
「おっかねぇな。じゃああと医者を用意してくれ。それで教えてやる」
「オッケーだ!」
物見はさらに拘束を強める。負傷で動けない実録には振り解く力はなく、そのまま気を失ってしまった。
「死んでないか?」
「ギリギリで放したから平気だ」
物見は跨っていた姿勢から立ち上がる。ウェェっと自分の衣服についた血に対して嫌な顔をする。
「雪兎君。こいつ、そのままにしとくのか?」
「こいつも医者に見せる。んでもって色々喋ってもらう」
「分かった。ほら、肩を貸すから。動けるか?」
臼木が神坂の腕を持って支える。
「あぁ、助かる。でもこれじゃあ図書館には戻れないな」
血や吐しゃ物で衣服が見るも無残な状態だ。これでは公共施設どころかそこらへんを歩いただけで通報ものだ。
「ならウチの事務所の隣に診療所がある。そこなら一目にも触れない」
話を聞いていた物見が会話に入る。既に臼木同様に腕を持って実録を抱えている。
「ちなみに聞くがその医者は医師免許を持ってるのか?」
「腕は一級品だ」
なるほど、とそれ以上は聞かなかった。それはつまり持ってないということだから…
「それじゃあそこにとりあえず行くか。ッッ!…臼木、すまん、ちょっともう意識が……」
うつらうつらと、フワフワした気分になる。意識が途切れかけているのだ。
「寝てていいぞ。寝てる間に荷物や月城とかやっとくよ」
「そうか、それじゃあお言葉に甘えて」
と言うと神坂の意識は闇の中へと沈んでいった。
神坂雪兎
能力名:不明
能力詳細:相手を自分と同じ状態にする
鬼束実録
能力名:氷鬼
能力詳細:触れた相手の動きを止める
月城泰二
能力なし
臼木涼祢
能力なし
物見八蔵
能力なし
ついに決着!
まさかトドメをチンピラがやるとはねw
次回は第3章の最終回の予定だったけどもうちょっと続きます。
この前第1章を見返してたんだけど、色々と拙いね。可能な限り今のフォーマットに文字を修正しています。分量を厚く修正したいな。それは追々やっときます




