第43話 野球動画の実践 催眠後
3人はcomcomの動画を実践するために荒川の河川敷に来ていた
動画を見る前の球速は神坂82、月城120、臼木135
「動画では何て言ってたんだっけ?」
「捻りとか手首の動かし方とか言ってた。もう一回動画を見よう」
「はぁー、7月になって良かった。先週まで通信制限だったから外でスマホがロクに使えなかったからな」
「ちゃんとWi-Fiがある場所でやれよ全く。俺の通信容量いっぱいあるから俺ので見るぞ」
携帯代も姉ちゃん持ちだからな。俺って姉ちゃんのヒモみたいになってないか?みっともなくてやだな。
神坂のスマホでcomcomの動画を再生する。
comcomの動画は何故だろう、引き込まれる。最後まで見ないとダメになってしまう。そんな魔性の魅力がある。完全に外界との関わりを絶たれるような、周りが真っ白な何もない世界にいるような。
とにかく目が離せない。吸い寄せられるような、誘われている。けどそれってそれだけ刺さってるってことなんだと思う。この人に付いていけば何でも上手く行くって、そう思えてしまう。知ったのは去年からだけどずっと追ってる。昔の人助けする動画から全部遡って見てしまった。そもそもスマホを買ってもらってユーツーブにどハマりして寝不足の日が続いて授業中に何度か居眠りしそうになったけど。
そして動画が終わる。あっという間だった。けどボォーっとしてたわけではなく内容ははっきり覚えている。動画以外のことが出来ないのだ。まるで金縛りにでもあったかのように……
「…ちゃんとコツは分かったか」
「大まかには、けどこれで本当に早く投げれんのか?」
動画のフォームで空振りで確認する月城。
「……」
臼木は投げる動作は行わずに手首のスナップをきかせて動画通りに投げられるか確かめる。
「じゃあさっきの順番で投げてみるか。ホイ」
グローブとボールを月城に渡す。替わりに月城が持っていたスピードメーターを受け取る。
「見てろ!135なんて軽く超えてやる」
仮に135を超えても臼木も速く投げれるんだぞ、150は目指さないと追いつかないんだぞ。
「臼木、気を抜くなよ。もし動画が本当ならさっきのより速いのがくるぞ。俺のを見たせいで体感的にはもっと速いかもしれん」
「問題ない。160だろうが捕球してみせる」
頼もしい限りだがこれは逆に臼木が投げることになったら誰も捕れないんじゃないか?最悪捕れなくても堤防の斜面があるから遥か彼方に行くってことはないが…、まずは月城だ。
「行くぞー」
神坂もスピードメーターを構える。
月城も投球モーションに入った。動画を参考にしたのでさっきより少しだがフォームが変わっている。捻りを意識して足からのパワーを逃さないように、手首も意識しつつ大きく腕を振り切った。
最初の月城の球、審判の場所から見ていたが十分に速かった。思わずビクって体が反応したぐらいだからな。臼木のはもっと衝撃だったが。けど今のはそれ以上だ。刺すような、という表現は誇張ではない。てかお前らコントロールよくね?俺なんてストレートゾーン入らなかったのに全力で投げて枠に収めてる。センスなんだろうな。悔しいぜ。その刺すようなボールが真っ直ぐ臼木のミットに収まった。甲高い音はますます高くパーーーンと音の持続時間も長かった。臼木も球が来た瞬間は一瞬体が動いたが慌てることなく、真っ直ぐ来たおかげでもあるが臆することなくボールをキャッチした。
「ねねね、何キロ何キロ?」
月城が駆け足気味でこっちに来る。
「えっと、ひゃく………」
神坂はスピードメーターの値を伝えようとしたが最後まで言い切ることはなかった。驚愕してスピードメーターが壊れたかもと思い、声に出すことを踏みとどまったのだ。
「もったいぶるなよふゆ!」
「いや、想像以上だったから言葉が出なかった」
神坂はスピードメーターを月城と臼木の2人に見せる。
「えっ?」
月城自身もこの数字が信じられないのだろう。
ただ、直接受けた臼木だけはうんうんと唸って『だろうな』と答えた。
その値、146キロメートル。
高校生でも中々見れないスピードが表示されていた。
「おおおおおおぉぉぉぉ」
喜びを抑えきれない月城が溢れんばかりの感情を声で発散する。
「comcomヤバイな。これ本物だ。もう投げる時から違かった。力が乗るっていうのかな?投げやすかった。体が軽くなって止めどない力が漲ってきた。動画見て試しただけでこんな、こんな、やべーー!!!」
「これは、凄いな。臼木、次はお前だ。動画のことを忘れる前にさっさと済ませちまおう。月城、喜んでるところ悪いが準備しろ。プラス26キロだ。単純計算で臼木のボールは161キロになる。俺には捕れない。頼むぞ」
「おおおお、やってやるー。臼木、160でも何でも投げてこい」
テンションが振り切っている月城はもう抑えが効いていない。
「あーあ、だから気を抜くなって言ったのによ」
ここまで速くなるとは思わなかったな。
神坂はスピードメーターを見る。
値は160には届かなかったが158キロ。プロ野球やメジャーでも簡単には見れない値が表示されていた
臼木も信じられないのか腕を振って感覚を確かめる。
「どうだ?」
「信じられないな。動画見ただけでこれは…、うん」
上手く飲み込めてないようだ。
「おい月城、お前も速く起きろ」
「………、何かにぶつかった気分だ」
「生憎だが来たのはただのボールだ。お前、ボールの勢いで倒れるって貧弱じゃないか?」
「遅いやつは速くなるが元から速いやつにはあまり効力がないかと思ったんだよ。十分速くなってたけどさ」
「怪我は?」
臼木が手を差し伸べる。月城もその手を取って立ち上がる。
「グローブに当たっただけだから特には。サンキュ」
パンパンとズボンについた雑草や土埃を取り払う。
「野球経験のないけど速球が投げれるやつで160手前まで行ったんだ。プロ野球選手がやったらとんでもないことになりそうだな」
「だが野球連盟だかは眉唾だって否定してたぞ。救急車に運ばれた人だって沢山いるのにな」
「思考停止だろ。ぶっ飛んだものはまず否定から入るもんさ。明確な根拠があるのに否定するなんて馬鹿だけどな」
「本場のやつがやったら日本記録は超えるかもな?今どんくらいだっけ月城?」
「確か161キロだったな。メジャーリーグだと167キロだったっけな。りょう、あと一歩だったな」
「これをユーツーブに投稿したらいい線行くかもな。3人でやるか?」
「えぇー、やだよそんなの。目立ちたがりの月城だけにしろよ。ただでさえ最近知られるようになってんのに、火に油を注ぐもんだろ」
「誰が目立ちたがりだ!けど俺もユーツーブはなぁ。炎上とかして特定なんてされたら家族とか周りに迷惑がかかるし。学生らしくしてれば俺はそれで満足だよ」
「はっ、てっぺん取ろうとしてたやつが学生らしくだってよ。どうよ臼木さんや」
「…月城、今時不良なんて少数派だぞ。今のトレンドは高学歴イケメンだ」
「おいりょう、現実を見せないでくれよ。顔は良い方だと思うが学力はふゆなしだと下位も下位なんだからよ」
「俺は見た目は普通だし学力も月城の頭ひとつ超えてるぐらいだからな。トレンドではないな。そういう意味では」
チラッと神坂を見る2人。
「中学生で高学歴もくそもないだろ。あんなんは大卒してからだろ?俺はただのイケメンだよ」
「自分で言うんだな」
「俺なんて全然かっこ良くないよーって俺が言ったら『それな!』って言えるか」
「ぶっ殺す」「嫌味かとは言うな」
「取り繕うってのは臼木の言う通り持ってる人が言うと嫌味なんだよ。謙虚さは日本人の美徳とは言われるけどな。事実に反することを言われるのは腹が立つってもんだ」
正直者も損をする世の中ではあるがな。行きづらい世の中になったなホント。
「じゃあふゆ、次はお前だぞ」
えぇー、やっぱ俺もやんの?
嫌そうな顔を隠さない神坂。
「うーん、そこだけに関しては謙虚さが欲しいな。別に遅くても笑わねーよ。あくまでどんくらい速くなるかを見たいんだよ。もしかしたら40キロとか出るかもしれないしな」
+40ってことは120キロぐらいか、普通の月城と同じくらいか。中学生の野球経験者がそんぐらいだからそのぐらいまで投げられれば確かにcomcomの力が証明はされるな。
「分かったよ。ほら、スピードメーター頼むぞ。臼木、キャッチャー頼む」
月城にスピードメーターを渡してその場を離れる神坂。
動画を見てから既に5分以上経っているが刻々と動画の内容は記憶していた。最初を月城にしたのは正解だったと言えるかもしれない。あいつはすぐに忘れるからな。それなりに速い2人があれだったんだ。非力な俺でも速球が投げられれば強みになるな。定期的に動画を見て体に刷り込ませておくかな。
♢♢♢
「ねぇ、奈々。何で荒川なの?」
「んー、何となくかな。足立区って来ないから何があるか分かんないのよね。駅とかには行けないし。雪華の家が川に近かったから散歩がてらかな?てか足立区って何があるの?柄が悪いってイメージしか湧かないんだけど」
「北千住とかは有名だね。23区でも北側にあってパッとはしないかもしれないけど都心へのアクセスも便利だしパッとしないからこそ落ち着いた街だよ。柄の悪さは確かにそうだけど。ナンパや痴漢も凄い多いしね」
「経験あるんだ?大丈夫だったの?」
「お母さんが付き添いだったから母親同伴って気付いたら逃げて行ったりしてたね。最近はあんまりかな。視姦?って言うの?見るだけの人が多いね。何でだろ?」
そりゃ同じ電車に声優の滝波夏帆が乗ってたらビビって何も出来ないわよ。彩プロダクションはボディーガードに屈強者武術者を多く抱えてるらしいからね。所属のタレントにも防衛術を仕込んで自衛出来る様にしてるって噂話もあるから返り討ちを恐れたんでしょうね。
神坂雪兎の姉、神坂雪華は友達の杉森奈々を伴って荒川の土手を歩いていた。
映画上映おめでとう会をしようと杉森が誘ったのだ。前日の公開前試写会でも最前席で見ているはずだが、改めて友人として祝福したいのだろう。雪華も公開当日で注目を集めるから外出するなと事務所に釘を刺されたが地元なので問題ないだろうと変装用の帽子とマスクをかぶって足立区内で遊ぶことにしたのだ。北千住駅は目立ってしまうので先ほどまで雪華の家で軽くお茶をしてこうして散歩をしているのだ。
「一瞬東京であることを忘れそうになるけどあれを見ると強制的に戻されるわね」
杉森が指を指した先には東京スカイツリーがそびえ立っていた。
「もう見慣れたけどね。夜になるとライトアップして綺麗だよ」
「そうね。東京タワーとかもオシャレなライトアップしたりするわね。そういえば、足立区って言えばあれがいるんじゃないの?」
「あれって?」
「ほら、えっと、何だかの白熊だったっけ?」
ビクッと体が反応してしまったが杉森は思い出そうと目を瞑っていたので気付かなかった。
「…えぇっと、もしかして『幌谷の白ウサギ』のこと言ってる?」
「そうそうそれそれ。都内で1番強い中学生。白髪のイケメンで当時最強だった高校生半殺しの臼木ってデカいのに勝ったんだってね。足立区の幌谷中学校に通ってるからそう呼ばれてるらしいよ。雪華も足立区に住んでるんだからどこか会ったことあるんじゃないの?」
「あぁー、どうだったかなぁ、見れば記憶に焼き付くはずだけどなー」
(い、言えない。弟だなんて言えない。毎日顔を合わせてるなんて言えない)
けど奈々もふゆくんの話を知ってるんだ、と改めて弟の知名度に驚いてしまった。
「その話どこで聞いたの?」
「ん?Twitterとかまとめサイトとかで取り上げられてるよ。その、幌谷中?にとんでもない奴がいるって。白髪成績優秀で喧嘩も強いって。中学校の間ではファンクラブも存在してるんだって」
「ファ、ファンクラブ!?」
なにそれ入りたいんだけど!
「私も入ろうと思ったんだけど入り方が分かんないし何よりファンクラブ所属の子は白ウサギにアプローチしちゃいけないんだって。だから諦めたけど一目顔を見ていたいわね」
一目どころか百目ぐらい見てるんだけど私、ここは正直に言った方がいいのかな?けどふゆくんそういうの嫌がりそうだからなぁ。
「その話聖蓮の中にも広まってるの?」
「うちどころか県外にまで話が広がってるらしいよ。表立ったことをしないから逆にミステリアスで探ろうとする人が結構いるみたいよ。幌谷中まで行っても門前払いをくらうんだって。出待ちしてる人もいるみたいだけど夕方遅くまで出てこないから暗くて顔が見えないし何より逃げられるんだって。喧嘩仕掛ける人が挑戦しても臼木が門番になってて白ウサギのところまで辿り着けないらしいよ。臼木より強いのは白ウサギしかいないからね」
名前は知ってたけど本当に名前くらいでここまでの詳しい情報は今初めて知った。
(んー。臼木君と喧嘩して勝ったって聞いたけど華奢なふゆくんが勝てるなんてどうしても思えないのよね。もしかしてふゆくんの超能力ってやつで勝ったのかな?月城君も臼木君もふゆ君の力のこと知ってるみたいだし。私は蚊帳の外だけど)
ちょっとモヤっとしてしまう。弟の友達に嫉妬するなんて…弟思いも大分拗らせてるかもと雪華は感じた。
「見てみて、あそこ少年野球やってる。いいねぇ」
杉森は顔を挟んだ向こうの河川敷で野球の試合をしている子供たちを眺める。
「ウチの高校は交流をさせないように部活動は存在しないからね」
「そうなのよね。私も中学までバドミントンやってたけど高校で部活動がないからもう辞めちゃった。自由に好きな事を学べるのは嬉しいけどもっとイベント行事が欲しいわねぇ」
聖蓮学園は部活動も文化祭も体育祭も存在しない。
勉学に集中するために行事は悉く失われている。
高校生活最高のイベントである修学旅行もない。が、本人の希望に合わせた場所に勉強目的で行くことを理由に旅費が支給される。雪華はそれを声優の仕事で地方のスタジオに行く時の交通費に、杉森も同じく地方でしか上映されない映画を観に行くための交通費に使用している。
「同性で何かするのにも申請が必要だもんね。ホントめんどくさい」
異性と交流は禁止されてから同性は大丈夫かと思うがそうではない。同性でも干渉があったりする。
GWにグループで遊ぼうという話をしていたら先生に聞かれて遊ぶのをやめろと言われた。先生の話だともし問題が起こった時に遊ぶことを知っていながらなにも対処しなかったら学校側の責任って言われるのが嫌らしい。なのでそういう話は学校の外、もしくは教師がいないところで話せと怒られたのだ。責任を負いたくないからとは言え身勝手な理由である。が、そういう過干渉なところが保護者には評判が良くこれが問題視されたことはない。特に女の子の親からはすこぶる肯定的だ。箱入りの娘に何かあったらと心配になるのは親冥利だがここまで制限されるのは通う自分達からしたらたまったものではない。だから今日の集まりもトークアプリを通して文章で約束が決められた。面と向かって話せればすぐ終わる話なのにテキストのみなので会話に時間がかかって面倒だった。なので聖蓮の教室はみんなスマホをいじってばっかりで気味が悪い。
「あっ、あそこも野球をしてるよ。キャッチボールかな。審判みたいな人もいる。本格的だなぁ、あれ?」
杉森の様子が変なので雪華も杉森が見ていた方向を見てみる。
あっ、あれは…
「雪華、あの人、白髪だよ…もしかして…」
♢♢♢
さっきはコントロールを意識して抑え気味に投げたから80キロぐらいだったんだ。
コントロール無視の全力投球をしてやる。
確実にボールはどっか行くだろう。だが飛んでくことなんて考えたらダメだ。邪念は集中力を削ぐ。…なんでこんなスポ根精神なんだ俺。
盛り上がった土でフォームの確認を取る。
うん、大丈夫だな。
「行くぞー」
「「おー」」
足をしっかり上げる、体を横見にして力が体の外に出ないように体を固定して、腕先ではなく肩から全体を振り込むように、手首のスナップも効かせて、体を捻りながら振り抜く!!
来た!手応えありだ。体から力が湧き出ているのを感じる。月城が興奮するのも頷ける。さっきとは体の軽さが段違いだ。指先まで集中して完璧と言ってもいい。けどリリース場所が少し右上にズレた気がする。
あと0コンマ1秒指先に力を入れていればベストなタイミングだったのに。このボールは、暴投だ!
神坂の投げたボールはすっぽ抜けたわけではないが臼木が構えているミットからは大きく外れてしまった。
右上に軌道を変えて真っ直ぐ、だが明らかに速い速度で放物線ではなく直線で進んでいく。
月城が慌てて飛んだ方にスピードメーターを向ける。だいぶ離れていたので測定できたかも分からない。
そして、ボールを先にあるものに気付く。
「危ない!!!」
「あれじゃないの白ウサギ。えぇー、まさかこんなところで会えるなんて、キャー、ラッキー!」
お目当ての中学生に会えてテンションが上がる杉森。
(ふゆ君、なんでよりにもよってここにいるの!?街に行くって言ってたのに!)
まさかこんな家近にいるとは思わない雪華はこの接触をよく思ってなかった。
(うーん、このまま奈々と会わせてもいいのかな?兄弟ってバレるとふゆ君が困るのに…、私も事務所に何か言われるのかな?そのままやり過ごそう)
「老人会で野球してるんでしょ?公園でゲートボールするようなもんだよ」
「あんな肌の白い老人がいるわけないじゃない。それにそばに屈強な大男と金髪もいるわ。年寄りなわけないじゃん」
やっぱり臼木君も月城君も目立つからな。誤魔化せないな。
「遊んでるんだから邪魔するのは失礼だよ。それに下手に関わって面倒ごとに巻き込まれたら困るのは奈々のご両親だよ」
「何よ。雪華も学校の先生みたいなこと言うのね。大丈夫よ。私は女の子だし全く人通りがないわけでもないし」
「それでもダメだよぉ」
「んもう雪華は心配症ね。乱入するわけじゃないんだから。タイミングを見て声をかけるだけよ。見て、白ウサギが投げるみたい。もうちょっと近くで見ましょう」
杉森は雪華の返事を聞くことなく土手を走って少しでも近くで見れる位置に移動する。
「はぁー、ごめんねふゆ君」
雪華は走って追いかけることはせずに歩いて杉森のいる場所に向かっていく。
「雪華、白ウサギの力をこの目で見れるわよ」
神坂達のいるところから大体20メートルほど離れたところで立ち見をすることにした雪華達。
「そ、そうだね」
「あー、もうちょっと近付ければ顔をちゃんと見ることが出来るのに〜」
杉森としてはすぐそばで見たいようだが雪華の忠告もあるし何より遊びの邪魔をするほど無粋な真似はしたくない。1人なら関係がなかったが高校生半殺しの臼木や東京最強の白ウサギ、半殺しとつるんでいる如何にもTHE不良の金髪を相手取って無事では済まないと思ったため離れてはいるがよく見える場所を陣取ることにした。
「一緒にいる2人と比べると随分細身なんだね白ウサギは、臼木に勝ったって話は本当なのかな?」
「人は見かけによらないもんだよ」
「ふーん。あっ、投げるみたいね」
神坂が盛り土で軽く腕を振るっている。
「ねぇ、写真は?」
「ダメ!」
「ブーブー、ケチ」
「プライバシーの侵害だし肖像権とか諸々も入っちゃうでしょ?映画会社の娘なんだからそこらへんのルールは熟知してるでしょ?」
「あー、狭いわ全く。昔はコンプライアンスなんてなかったし本当に面倒な世の中になったわね。クレームなんかに負けるなって話よね。分かるでしょ?」
分かるでしょと聞いたのは雪華の声優活動についてだ。
数年前に話題になった彼女ではあったが最初から順調だったわけではない。子供だからと言われなき誹謗中傷などがあったと両親が語っていた。学校側も配慮をしてくれたおかげでいじめなどもなかったがそれでも学校をたびたび休む雪華に対して、そしてアニメを仕事にしていることに対しても良い印象を全員が持っていたわけではなかった。
「私はまだ平気な方だけど同い年の子とかは引退する子が多かったね。私も売れていくことでやっかみもあったし。そこは事務所が取りなしてくれてたけど息苦しさは感じるね。ルール無用も問題だけどガチガチなのも嫌だね。それを言うなら聖蓮だってそうじゃん」
「そうね。自由なカリキュラムが文科省のガイドラインに沿ってないから高校としては認められない!って以前ニュースになってたみたいね。卒業後の実績が凄まじいから各業界関係者が文科省に嘆願書を出して文科省を抑えたって話。教科書通りにやって個人の力は発揮出来ないわよ」
「そうだね」
杉森との話に夢中になっていた雪華。そのため雪兎達の方をよく見ていなかったのだ。
「危ない!!!」
河川敷の方から大きな声が響く。
杉森も雪華もビクッと反応して声の方を見やる。
そしたら自分達の方目掛けてボールが真っ直ぐ、放物線を描くことなく、y=1/2xの方程式で表せるくらいの直線にでボールが飛んできた。
「キャッ!」
雪華はなんとかボールにギリギリで躱すことが出来た。目の良さは兄弟で共通のようだ。雪華は避けた勢いでバランスを崩して倒れてしまう。杉森も体を後ろに仰け反らせトトトと後ろに後退りをした。
「雪華!大丈夫」
「う、うん。なんとか」
そうは言っているがとんでもない速度の球が顔面目掛けて来たのだ。未だに恐怖が拭えず立つことが出来なかった。
「ほら」
直接ボールが来なかった杉森は気持ちを落ち着かせて雪華に手を差し出して雪華を立ち上がらせた。
と同時に河川敷の方から白髪の男がこちらにやってきた。
「すみません。大丈夫ですk……、姉ちゃん…」
まさかの兄弟遭遇である。
アチャーと雪華がおでこに手を当てたがもう手遅れである。
♢♢♢
「雪華ぁー、聞いてないぞ。なんで隠してたの?」
雪華に詰め寄る杉森。どうやら親しい自分にも秘密にされたのが納得がいかないようだ。
「いやぁ、あまりに夢中だったから弟って言い辛くてさ」
雪兎との関係を説明した雪華は杉森からお説教?を受けていた。
「それと弟君。危ないでしょ!河川敷で遊ぶのは問題ないし球技をするのは禁止されてないけど周りに迷惑をかけちゃダメでしょ!」
「はい、すいません」
「奈々、ふゆ君も悪気はないんだからね?第一ふゆ君はそんなことしないよ。優しいんだよ」
「あんたのブラコンを聞きたいわけじゃないの!」
「ブラコン!?そんなんじゃないよ」
「ふん、どうだが。この時期の兄弟ってのはいがみ合うもんなのにあんたは邪険にしてないじゃん。愛でてる感じすらするわよ」
「だってふゆ君は私のせいで…」
「それは気にしなくていいって言ったろ」
「そうっすよお姉さん。お姉さんは悪くないっすよ」
「そうです。お姉さんは悪くないです」
いつの間にか合流していた月城と臼木が言葉を挟む。
「月城君、臼木君。ありがとね」
「あんたら3人!遊ぶなら程々にね。危うくお姉ちゃんの顔をグチャグチャにするところだったんだからね」
「「「はい…」」」
3人は十分に反省しているみたいだ。特に雪兎は守ると決めている姉を巻き込みそうになったのだ。責任や罪悪感は計り知れない。
「大丈夫。私はつまづいただけだから」
雪兎の顔を見て察したのか、雪華がフォローを入れる。
「あぁ……」
申し訳ない気持ちはあるが雪華がいいと言ってくれているのでこれ以上は何も言わなかった。
「にしても幌谷の白ウサギが雪華の弟だなんて、聖蓮に受かった時ぐらいびっくりしてるわ。それにしても…」
杉森は雪兎を頭から足の先までじっくり眺める。
「か、…可愛いーーーー!!!カッコいいって聞いたけど何よその中性的な顔立ち!可愛いじゃないの!白髪なんてどこの王子様よ。キャーーー」
先程は悪いことをして3人を叱る先生のようなポジションにいたがそれが終われば元の白ウサギの大ファンのポジションに戻ったのだ。
手を握られて握手をブンブンと腕を振られながらされて困り果てた雪兎は姉に助けを求めるが、
「ごめんね。どうやらふゆ君の大ファンみたいなの」
暴走気味の友人は止まることを知らないため雪華も白旗を揚げる。
(はぁ、ここでも持ち上げられるのか?何もしてないはずなのに何でこうも俺の話が広まってるのかねぇ?)
諦めかけていた雪兎だが大事なことを思い出した。
「おい、俺の球、結局何キロだったんだよ?」
杉森の拘束を解き放って姉に押し付け、月城に尋ねる。
「あぁ、忘れてた。上手く測れたかは分からんけどホイ」
まだ2人は見てないんだな。
月城から受け取った俺はスピードメーターの値を見た。
「はっ?」
いや、これはないだろ。
「なになに?速さ測ってたの?」
「comcomっていうユーツーバーの動画で速く投げられる方法というのがあってそれを実践してみたんです。実際に俺とりょうは20キロほど速くなりましたよ」
「へぇ、ふゆ君は最初何キロだったの?」
「82です」
「82か、ねね、ふゆ君、何キロだったの」
杉森の興奮を抑えながら弟に尋ねるが反応がないので首を伸ばしてスピードメーターを覗き込むが、「えっ?」という反応と共に兄弟揃って黙りこくってしまった。
「お、おい2人ともどうしたんだよ。何で何も言わないんだ………150!!!」
動かない2人に痺れを切らした月城がスピードメーターを取り上げて値を見ると、そこには150キロと表示されていた。
「ぷ、プラス68キロは笑えねーぞ。しかも俺よりも高ぇじゃねーか」
「凄いな」
「キャーー、凄いね弟君!」
「ふゆ君……」
「ははは、とんでもねーなこりゃ」
150、プロ野球や大リーグぐらいか。これは俺が凄いってよりここまで引き出したcomcomの方法が凄い。逆になんでこれほどの方法がずっと埋れてたんだ?いや…、まさか…
神坂はポケットからスマホを取り出すと何かを調べ始めた。発言したあとで急にスマホを弄り出した神坂に疑問を抱く一同であったが神坂の事情であることを何となく察していたのでスマホを使っている間に話しかけることはなかった。唯一話しかけてきそうだった月城は杉森を抑えきれなくなっていた雪華のフォローで彼女をガチガチにホールドしていてそれが出来る状態ではなかった。
「姉ちゃん」
「どうしたの?」
「少し三人で話すから離れてくれないか?数分でいい」
「……分かった。奈々、後でふゆ君と話させるからちょっとだけ離れてよっか」
「会話してくれるの!分かったわ。あと、名前も教えてよね」
「おい、何勝手に約束してんだよ。…まぁいいや。とりあえず姉ちゃん達は離れててくれ」
雪華と杉森は土手をあがって堤防の上まで移動する。これで神坂達が何を話しているか分からない。
「それで、雪華さん達に席を外してもらったってことは?」
「あぁ、とりあえずこれを見てくれ」
神坂はスマホを2人に見せる。
「これって…、comcomのとおんなじじゃん!」
スマホの画面には『速く流れる方法を教えます』というタイトルのサイトが映っていた。
「盗作か?」
「いや、そういう問題じゃない。腕を大きく振るうのは遠心力とかの方法は既に理論としてあるものだから盗作じゃないと思う。他のサイトも見てみたけどオリジナルの凄い方法もあったがどこのサイトも似たようなものが多かった。実証されているものを動画で紹介したぐらいじゃパクリにはならん。問題なのは、どの方法でもせいぜい5キロぐらいしか速くならないんだよ」
「えっと、つまり?」
「つまりその方法以外の何かがこの動画には組み込まれてるってことだろ?」
「おそらくその可能性は高い。70キロも速くなる方法が全く知られていないのはおかしすぎる。野球連盟が否定するってことは一切存在しない理論ってことだ。つまりあきらかに違う力が働いている。そしてそれはリアリティのカケラもないぶっ飛んだものってことだ。もう分かるだろ」
「まさか、他にもいるのか?」
「えっ?あー、えっ、どういうこと?」
臼木は見当が付いたが月城はまだ答えに至っていないようだ。早く気付いて欲しいが。
「月城、もう分かるだろ?俺と同じだよ」
「同じってことは…、はっ!超能力なのか?他にもいたのか?」
「じゃなきゃ説明がつかない。俺以外に超能力者がいるとは思ったが、まさかこんな有名人が超能力者とはな。確証はないが、けど何の能力かが分からないな」
「雪兎君の平等にする力じゃなさそうだな。俺らの球速の上がり幅もバラバラだから。腕力を上げる能力か?」
「動画を見た人の腕力を強くするのか?そんなことが可能なのか?」
「条件を満たせば可能なんじゃないか?俺の能力は相手を直接見ながらじゃないとかからないっていう制約?要は発動条件があるからな」
「直接見たらって、強くないか?」
「そうでもない。テレビ越しとか双眼鏡から見てもダメだったぞ。肉眼で見ないといけないらしい。メガネやコンタクトはセーフだったぞ。伊達眼鏡とカラコンで実験したからな」
「けどcomcomは肉眼で俺らを見てるってわけじゃない」
「そこなんだよ。どうやってこっちを強化してるのかが見当が付かない」
「方法は分からんけど超能力者ってのが分かったのは良かったんじゃないの?」
「あぁ、大きいな。そもそも何で超能力を使った動画を投稿したのかも分からんが何か目的があるのかもしれない」
「能力よりもそっちの方が大事そうだな。野球を選んだのも何か理由があるのか…」
「「「……」」」
「ふゆくーん、まだー?奈々がこれ以上待てないってー」
堤防上から雪華の大きな声が響く。
「目的は分からんが何かあるはずだ。同じ超能力者の俺だからこそ見つかることもあるかもしれないから俺がもうちょっと調べてみるわ」
「「分かった」」
「姉ちゃん、もういいよー」
「分かったー。奈々、もう大丈夫だって」
「えへへぇ、白ウサギ様〜〜」
杉森が涎を垂らしながら近付いてくる。いや、実際には垂れてはいないがそう比喩できてしまうぐらい雪兎への欲望で滾っている。
(うーん、色々考えたいことがあったのに。果たしてこの人の魔の手から生還出来るだろうか…)
こうして神坂達の動画検証は終わった。この後杉森から質問攻めに遭い、教祖様を崇拝するが如く彼女に精神をゴリゴリ削られて気分が下がったのは言うまでもない。
いよいよ第3章も最後の局面です
3人目の鬼束兄弟が登場します




