第42話 野球動画の実践 催眠前
「なんかネットニュースで見たな。動画で怪我して救急車に運ばれたってやつ。朝もニュースで報道されてた」
臼木、お前ニュースとか見るんだな。なんか意外だ。
「知ってる知ってる。comcomってユーツーバーでしょ?ある種のテロだって騒いでる人達もいたみたいだね。けど謝罪動画を上げたらぱったり落ち着いたらしいぞ」
「2人とも知ってるのか。なら話は早いな。その動画で本当に球が速くなるのか実践してみようぜ」
実は神坂はcomcomのファンである。色んなユーツーバーを見たが何故か、本人も何故かは分からないが近しいものを感じたのだ。それ以来他の人の動画も見ているが、comcomに対しては特別見るようにしていたのだ。
「それで、なんで俺の家に寄るんだ?」
「お前の家に行った時、玄関にバットがあったから。たぶんグローブも持ってるだろ?それにお前の妹にも顔を出す?出さなきゃいけないんだろ。一石二鳥じゃん?」
「あーね。分かった。休日だし家にいると思うから丁度いいかもな。じゃあ俺の家に行くか」
こうして俺達は月城の家に寄ることにした。
その時に月城の妹、月城愛菜に滅茶苦茶絡まれたのは言うまでもない。白髪が物珍しいのだろうな。だったらお兄ちゃんの金髪ももっと見てあげようね。そんな邪険にしなくてもいいのにな。
まぁ俺が兄弟仲を語る資格はないけども。
月城兄弟はすこぶる仲が悪かった。
愛菜の反抗期、思春期で兄や父親との関わりを避けたいのだろう。月城自身も生意気な妹を嫌っているようなので家に寄った時の彼女の眼光がちょっとばかし怖かった。俺を見た途端目が別の意味で輝いていたけど。
「あの、ふゆさん」
月城がふゆと呼ぶため妹にもふゆと呼ばれた。年下なのでさんは付いていたが。
「ん?どうした?」
「また、うちに来てくれますか?兄抜きで」
おい!と月城が吠えるがうっさいバカ!と負けじと言い返す愛菜。
たらしって月城に言われたから好意は持たれてるみたいだけど流石に小学生はマズイだろう。年下好きはロリコンと言われて社会のゴミ扱いされてるって前にどこかで見たことがあるな。愛菜はきっと兄よりも輝いて見える俺を好意の対象と捉えてるだけだ。中学に上がりもっと広い世界を知ったら人並みの恋愛をするだろう。
そういえば俺は告白という告白をされたことがないな。この見た目じゃ仕方のないことだけど自分で言うのもなんだが見た目は悪くないと思うんだがな。クオーターだし。やっぱファンクラブってのがあるせいなんだろうか?けど、俺になぁ…。俺が女だったとして俺を好きになるか?主観バリバリで客観視出来ないな。こいつらと一緒ってだけで周りから見た素行はすこぶる悪いと思うんだがな。けどまさか高校生にまでそのファンがいるとはな。
先程タピオカ屋で並んだ時に話しかけてきた女子高生がファンクラブだったのだ。足立区にある高校だから足立区の幌谷の白ウサギの情報が伝わるのはおかしくはないが心酔されているとは神坂自身思っていなかった。
ストーカーかと思って邪険に追い返したのだ。それを月城達に咎められて話を聞いてようやくファンクラブの存在に気付いたというわけだ。言われて初めて学校で妙に女子が距離を置いて接していたことに気付いた。あれはルールで抜け駆け禁止とかがあったのだろう。月城達もルールについては知らないようだった。
じゃあ成瀬はどうなんだ?俺に話しかけてくるしボディタッチも普通に接する中で避けられないぐらいのものはあったはずだ。彼女は何故セーフなのか?今後聞いてみようと神坂は心に決めた。
成瀬に話したことで成瀬からのボディタッチが少し増えたのは成瀬だけしか知らない。自分だけの特権であることを改めて自覚したからである。
さて、月城愛菜のことだが、ロリコンではない神坂には中継抜きは荷が重い。やんわり答えることにした。
「はい、機会があれば」
これだ、行けたら行くわ。善処します。
政治家ばりと薄っぺらい反省。そしてお誘いの返答の常套句。大人達はこれを使うことで火の粉を振り払っているとネットで知った。
「はい、ありがとうございます」
どうやら愛菜はこれの意味を知らなかったようだ。
素直に受け取っている。小学生が草とか使ってたらそれこそヤバいからな。俺だって最近知ったし。
「それじゃあこれで。行くぞ」
「また来てくださいね。りょうさんもまた一緒にゲームしようね〜」
「あぁ」「分かった」
ヒラヒラと愛菜が手を振る。
ドアが閉まり家を出る3人。
「臼木、お前妹と遊んでんだな」
「月城の家に行った時にな。兄弟喧嘩を目の前で見せられて気が休まらないが」
「お前ももうちょっと妹ちゃんと仲良くしろよ」
「うるせぇ、いいんだよあんな奴」
「はぁ…」
やっぱ月城は子供っぽいな。頭が。
家に帰ったら『何でふゆさんをウチに上げなかったのよ!』とか言って喧嘩になるんだろうな。
大正解、帰宅した月城は妹と正にそれが理由で喧嘩をしたのであった。
♢♢♢
3人は荒川の河川敷にやってきた。
前に喧嘩した場所から少し離れたちゃんと草刈りなどの手入れが行き届いている草試合が出来る様に整備された場所だ。と言ってもグラウンドとして使われるほどではない。
「誰も使ってなくてよかったな」
「ちゃんとした場所じゃないからな」
少し離れた場所にはゴールポストがありサッカークラブの少年達が練習に精を出している。
「じゃあまずは準備運動だな」
「えぇー、早くやろうぜー」
「ダメだ。ちゃんと体を解しとかないと。あんな速球を投げるんだ。急に過剰に体を動かしたら故障の原因だぞ。お前らは普段から動いてるかもしらんが俺は運動とかとは無縁なんだよ」
ブーブーと月城は文句を言いながらも3人でストレッチや柔軟などを行う。背中合わせで腕を組んで背中のストレッチを臼木とやった時に臼木の巨漢に押しつぶされそうになったのは恥ずかしいから割愛しよう。
最後に軽くジョギングを行って準備完了だ。
「じゃあ比較も兼ねて今の球速を見てみるか」
月城の家に向かう途中スポーツ用品店で買ったポケットタイプのスピードメーターを2人に見せながら言う。
「よーし、まずは俺からだ!」
月城が我先にとボールとグローブを掴み取って開けた場所まで走っていく。
「別に競争じゃないんだけどな、まあいいや」
「おーい、そういえばプロテクターとかって持ってきてたっけ?注意喚起してたけど」
「野球部のキャッチャーじゃないんだから持ってねーよ。まだ試してないんだから心配すんな。それにちゃんと対策はしてる。臼木、構えろ。お前が捕れ」
「確かに雪兎君とだったら俺の方が適任だけど俺だって捕れるか分からないぞ。野球は遊び程度しかやったことないし。第一ホントに球速が上がったとして俺に捕れる自信はないぞ」
「心配すんなって。さっきゲーセンでやったのと一緒だよ。視力、動体視力を能力で俺のまで引き上げる。お前と月城の反射神経があれば反応できるだろ?エアホッケーで打ち合いしてたんだから」
エアホッケーのパックの最大時速がどんなもんかは分からないけど学生の投球ぐらいだったら問題ないだろう。
「準備はいいかー」
「いいぞー、乱投はすんなよ。やったら自分で取りに行けなー!」
「あぁー」
距離があるため声を張るが馬鹿みたいな間延びした言い方になっている。
そう言った月城は気持ちを切り替えて両の手を振り上げる。野球用具が家にあるくらいだ。元々かじっていたのだろう。部活には入っていないと言っていたから小学校の時に少年団に入ってたのかも。
様になっている。野球は兄ちゃんに野球盤で遊んだ時に軽くルールを教えてもらったくらいでプロ野球はニュースのダイジェストぐらいしか見ていない。昔は世界一を取ったらしいが最近は聞かない。今はサッカーワールドカップで国民が熱を上げていて野球の声は全く聞こえない。
体を半身にして足を前に突き出し右腕を振るってボールを放った。
臼木が腰を落として構えて神坂は審判の立ち位置でスピードメーターを通るであろう軌跡に合わせる。
そしてその軌跡に真っ直ぐボールが通り臼木のグローブに収まった。
ッパーンと良い音が鳴る。
臼木には能力を使うと言ったが敢えて使わなかった。多分頼らなくても捕れると思ったから。正にその通りだった。
「どうだったー?」
そう言いながら小走りでこっちに駆けて来る。
さて、球速は……
神坂はスピードメーターのディスプレイを見る。
「…120キロ、速いのかこれ?」
「中学生では充分じゃないのか?バッティングセンターでもコースをランダムにしたら簡単には打てないくらいだな」
「んーー、130は欲しかったな。プロが150以上って考えると高校はおおよそ140だろ?なら中学のスゲェのは130だと思うから」
「何だその適当な指標はって言いたいけど多分そんぐらいの目算で合ってるだろうな。120、お前、経験者だろ?昔はどうだったんだ?」
「俺セカンドだったから肩の強さとか求められてなかったからな。ピッチャーだったやつは107がMAXだったはず…って何で俺が野球やってたって知ってんだ?」
バットとグローブが有れば大方察するだろうに。
なるほど、球速はむしろ辞めてから上がったのか、臼木とやり合った成果か、喧嘩で強くなるってなんかモヤモヤするな。
「じゃあ次は臼木な。月城、お前が構えて捕れ。能力使って捕りやすくするからよ」
「お、おう。てか話し聞け!」
「ほらほら、臼木の球だぞ。軽い気持ちで捕ったらお前がニュースみたいになるぞ」
「……」
月城はスッとグローブを挟んでそのまま腰を落として構えた。中には顎の骨が折れた者もいるのだ。そうなった自分を想像したのだろう。
「いいかー」
野太くも響く声で臼木が確認を取る。
いいぞーと月城が返して先ほどと同じように投球モーションに入って投げた。
これまた真っ直ぐミットに収まった。おそらく距離が近いのもあるだろう。実際の野球では18.44メートルがピッチャーからキャッチャーまでの距離だが今回は足で大雑把に測ったので実際よりも数メートル手前で投げてしまっていたのだ。そのおかげでコントロールは良くなっていたので御の字ではあるが、そして臼木の球は……、135キロメートル。
中学生のレベルを上回っていた。明らかに捕球時の音が鈍かったからな。上手くパーンとはならずドムッ!っとグローブにずしりと来る球が飛んできた。
経験者の自分よりも上回っていたために月城はショックが隠し切れていない。うわぁと軽く引いている。
「相変わらず規格外のもの持ってんのな!」
「下手に見せると野球部が食いつきそうだ」
「はは、臼木が坊主って想像が出来ないな」
臼木は角刈り気味のさっぱりとした髪型をしている。これがなくなるのが想像が出来ない、脳内で構成するが坊主ではなくハゲになってしまい思わず笑ってしまう。
笑ったことに臼木がムッとして。
「ほら、次は雪兎君だ」
はめていたグローブを外し神坂に差し出す。
「えぇー、俺やんの?いいよお前らだけで。お前の後ってだけでもハードル高いのに」
「出来るやつが動画を見て伸びたっていってもポテンシャルがあるからねで説明されるだろ?ここは野球が出来ない人が試してこそ証明されると思うんだ」
一理ある。そう言われてしまったら断れない。そもそもこれを提案したのは自分自身だからな。
「……笑うなよ」
「そもそも期待してない」
「でも慕ってるよ」
いらねぇよそんなフォローは。
俺はマウンド紛いの場所まで移動する。
ボールを投げたのはいつぶりだ?
今の体育は器械体操と剣道だから投げないんだよな。
最後に投げたのはあれだ。体力テストのハンドボール投げだ。体力テストは正直休みたかった。体育担当が生徒指導の根井じゃなかったら100%行ってなかったよ。根井の野郎、臼木とつるんでるって知ってからやたら体育が厳しいんだよな。嫌がらせじゃなくて俺を打たれ強くするためなんだろうけど俺は線が細いから筋肉が付きづらいんだよ。ていうか身体づくりをサポートしてる時点で喧嘩を許可してるようなもんじゃんか!自衛が1番の要因だろうけどこれを悪意に使うことは考えなかったのかよ。…信頼、根井がか?いやぁ、想像が出来んな。礼儀作法といいあいつは俺の師範でいたいのかね全く。だからって体育でしごくのは止めてほしいが。これでも姉ちゃんの稼ぎのおかげが夕食はしっかりしてるんだよ。タンパク源とかも持って体づくりも心掛けてるけどあまり成果は出てない。ジムでも行って鍛えるか?ダメだな。合気道にしても、何をやるにしても金がかかるな。中坊でもお金を稼げる仕事はないもんかね。
「こっちはOKだぞー」
審判の月城が合図を送る。
結果は薄々見えてるけど、ええぃ、やけくそだ。投げてやる。
神坂はぎこちない投球フォームでボールを放った。
神坂のボールは真っ直ぐミットに収まらなかったが臼木が足を一歩出すぐらいの位置であり暴投にはならなかった。ただ……
物凄くボールが遅かった……
甲高い音も沈むような音もなくパンッという小さい音を出して臼木が捕球した。
「………」
「………」
「………」
神坂が月城達のところにスタスタと戻って来て、臼木が口を開いた。
「速球のコツを見て、実践してみようか」
静寂を変えるのはいつだって誰かの発言からだ。
「だな」
月城は神坂にスピードメーターのディスプレイを見せる。
「……」
神坂も何も言わなかったが同意だ。
メーターには82キロと表示されていた。
いやいや、俺は標準以下の正常だ。あいつらがばか速いせいで霞んでるだけで俺はいたって普通のはずだ。なんだこの俺だけやっちゃった感は!
釈然としないな。俺だってcomcomのをやれば100キロオーバーすんだよ。それを証明してやる。




