第33話 悪ガキ共①
「おい臼木!今日も勝負だ!」
教室の扉がガラッと開かれて現れた月城泰二は宣言する。
その相手は窓際で女の子に囲まれた大男だった。
「またか月城、もう何回目だ」
めんどくさげにつぶやく。もう月城の方すら向いていない。
今日も、で分かるように月城が臼木に勝負を仕掛けるのは初めてではない。
素行の悪い者なら誰でも知っている男、それが臼木涼祢だ。
枝野中の生徒ならワルでなくても臼木の有名は知っている。最初こそは金髪の男子が来たこと、さらに都内最強と名高い臼木に喧嘩を挑んだとしてザワザワとしていたがその内誰も関心を示さなくなった。大抵臼木と同じ気持ちだ。
(((またか…、懲りないなー)))
ほぼ毎日のように戦いを挑む。ボコボコにやられても次の日には包帯を巻いてまた挑む。それの繰り返し。
「お前に勝って東京で1番になるためだ!」
これである。これは月城にとっての下剋上だ。
月城は強い。普通の中学なら番長を務められるほどの実力はある。
しかし、枝野中には頂点に君臨する臼木がいる。月城のトップへの道は一歩手前の壁で塞がってしまっている。
月城はそれが許せない。だから何度も何度も挑み続けるのだ。
「ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ!アンタは弱いのよ。諦めなさいよ。しかも今は休み時間。そういう話は放課後にしなさいよね!」
臼木の周りにたむろっている女達。取り巻きというべきか、が月城に言う。
臼木は東京最強。女だって自由自在。モテ男である。体格はガッシリしていて普通の人間が同じ様子だったら容赦なくデブの烙印を押されるが彼は違う。そこに強さが掛け算されるとそれはたくましさ、カッコよさへと変貌する。。
学校のモテカーストの上位に君臨するのが不良だ。これはイケメンにも匹敵するほどのステータスだ。それが今の臼木である。女を囲って殿様をしているわけではない。寡黙な臼木からすればこうして人が寄ってきてくれるのは大変嬉しいことであり注意して人が離れてしまえば昔のように一人ぼっちになってしまうことが怖いのだ。
なので取り巻きからは恋愛対象として見られているが臼木自身は彼女達のことは友人として扱っている。その近付き過ぎない距離感が心地いいのだろうか、臼木の囲む女達は非常に多い。男からは嫉妬の感情が芽生えては枯れる。相手は臼木だ。太刀打ち出来るわけがない。
「うるせー、黙ってろ!俺は臼木にだけ用があんだよ」
周りの女共を黙らせる月城。
「分かった。放課後に校舎裏に来い。だからもう教室に戻れ」
そう言って立ち上がる臼木。どうやら次の授業を受ける気はないらしい。行先はおそらく屋上だろう。
キーンコーンカーンコーン
それと同時に予鈴のチャイムが鳴る。もうすぐ授業が始まるぞという知らせだ。
授業開始2分前に鳴るようになっている。そのタイミングで丁度先生が教室に入ってきた。
「お前ら、授業の準備は出来てるのか?おい月城、クラス違うだろうが!さっさと戻らんか!」
この学校の教師は月城には物凄くあたりが厳しい。問題児は放置するのがこの学校の取り決まりらしい。腫れ物には触れないのが安全だ。
ガーって言ってあとは放任だ。
「チッ、うるせーな。わーったよ。戻ればいいんだろ戻ればよぉ」
教師を睨みつつも臼木への意識を忘れない。そして扉をガーンと廊下全体にまで響き渡る勢いで閉めるとそのまま自分の教室に戻っていった。
臼木も教室を出て行く。月城と違い教師は臼木に注意をしない。
触らぬ神に祟りなしだ。教師にも臼木は恐れられている。
現在は中学1年の11月
月城と臼木が神坂と出会う話……
♢♢♢
月城は結構な頻度で学校に行っている。が、頭にあるのは臼木に勝つことだけである。
臼木がいるから学校に行っているのであって好き好んで学びにきているわけではない。臼木が登校してないのが分かったらそのまま家に帰って臼木を探しに街へ出掛ける。
その甲斐あってか授業なんて真面目に聞いてはいないが黒板に目が向いてなくても教科書が視界に入ったり先生の話が聞こえたりするので僅かながらもそれが月城の知識の蓄えになっている。そのおかげかテストでも成績は下位ではあるが最下位ではない。
今も臼木に応じてもらえたので放課後まで学校にいることにした。
帰って待ってもいいがそれだと臼木に逃げられて反故にされる可能性があるからだ。校門で張っててもいいがそれだと暇だ。なら普通に学校生活を送っていれば時間は潰せるし臼木に逃げられることもない。教材は学校に置いてあるため教科書を眺めたりノートに落書きをしながら時間を潰す。教師は一切注意しない。意欲は低いし出席率も決して高くはないがデッドラインは越えてこない。皮肉にも臼木の存在が月城の中学生活を支えているのだ。
そして放課後
月城は指定された校舎裏に着いた。
既に臼木は到着しており軽いストレッチの運動を行っていた。
「待たせたな」
「あぁ、来たか…、じゃあ今日もやるかぁ」
『も』という辺りが月城の努力の証だろう。入学から7ヶ月。月城は最低でも週に2回は臼木は勝負を挑み、そして敗北してきた。
最初こそワンパンで撃沈したりもしていたが7月にはワンパンで沈むことはなくなり月城の攻撃が臼木にダメージを与えることも増えてきた。
圧倒的な力による敗北を繰り返したことで打たれ強くなりタフになっている月城。もう既に足立連合程度の腕は軽く超えている。
それでも月城には遠く及ばない。他の不良が臼木の足元にも及ばないなら、月城は腰にしがみついて諦めない闘志をギラつかせているだろう。体は動かなくなっても目だけは捉え続け、そして敗れる。
臼木も最初は毎回挑んでくるそこら辺のチンピラと同類だと下に見ている様子もあったが戦うごとに成長を続ける月城にそこはかとない期待感のような思いを抱くようになった。
それからは月城からの挑戦はなるべく断らず、自身も通常の何倍もの食事を取って体を作るなどしていた。
互いが互いを強くしていた。
これは一種の友情ではないだろうか?
そして……
「やっぱ強くなってるな、月城」
勝ったのは臼木だ。だが圧勝ではない。
初めに比べて喧嘩の時間が伸びてきている。
今回も5分近い喧嘩だった。口は切れて血の味がする。特に足のダメージが大きい。
巨漢な臼木には膝などを重点的に攻めると効果的だ。ただでさえカタカタと負担がのしかかる膝に強い外的衝撃を加えたらそれは一気に瓦解する。
臼木は膝をついて呼吸を整えている。まだしばらく立ち上がれそうにない。月城は仰向けに倒れている。
最後はボディブローだったので呼吸が一瞬止まって死にかけてはいたがすぐに回復して大きく息を吸って酸素を体内に取り入れて整えている。
しかしそれだけで精一杯でこちらも立ち上がることは出来ないでいた。
「だがまた負けちまったぁー、クソォーー」
声色からも悔しさが滲み出ている。
「はぁ、うっ、あぁ、やっぱりまだ立てない」
臼木は校舎にもたれかかった体を休める。
「月城、いつまでこれをやるつもりだ。お前が強くなるように俺も強くなる。終わらない追いかけっこは疲れるだろう?」
「だがこうしてないと俺は強くなれない。失敗や敗北から俺は強くなる。俺はバカだから、順序立てとか論理的とかそんな堅っくるしいことは性に合わん。体で覚えるしかねーんだよ。だから会うたび会うたびに挑んでんだよ」
「……強いな」
臼木は尊敬の念を抱いた。
「心だけが強くちゃダメだ。体もだ。心身共に強くなくちゃいけないんだ!」
「…なぁ月城、お前はどうして1番を目指す?」
「決まってるだろ。俺はただただピラミッドの天辺に登りたいんだよ。周りを見渡せるようになり、周りは俺を見上げる。それが最高に気持ちいいからだよ。小学校の時はガキ大将みたいな感じでたくさんヤンチャしてたさ。中学でもそんな感じかと思ったらお前がいた。周りはお前を持て囃し、同じ小学校の奴らも俺が2番目だと分かると離れていった。だから俺はお前に勝って、枝野で1番になってあの頃の生活に戻るんだよ。1番の快感が忘れられないからだ。
お前はどうなんだ臼木。お前の話は知っている。何で高校生相手に1人でやったんだ?普通戦おうなんて思わないだろう?」
臼木の伝説は知っている。だがどういう経緯でそれが誕生したのか、それは誰も知らない。
嘘ではないのは確かだ。見ていた人があまりにも多かったからだ。だが見ていた人達も臼木の蹂躙は見ていても経緯までは知らなかった。
それを聞いた臼木が口を開く。
「昔、幼馴染と呼べる女の子がいた。体が大きくて友人が少なかった俺といつも一緒にいてくれた。だがそいつは小4の時、そいつは高校生の集団に因縁をつけられ絡まれて辱めを……」
うわぁ、と月城が内心思ってしまう。
それはロリータコンプレックスだ。高校生という多感な思春期がそのような性癖を持ち、さらに集団の中で気が大きくなったのなら、その後は想像に難くない。
「俺は涙を流して目が虚なそいつを見て何か酷い仕打ちをされたんだと理解した。その子はその後も心を閉ざして今も回復していない。学校にも行けてない。もう3年だ」
「それで、復讐したのか?」
「あぁ、その子は俺と会話すら出来なくなったことを彼女の母親から話を聞いた。高校生に嫌なことをされたって聞いた。学生服を見てどこの高校かも分かったらしくて教えてくれたよ。三田園高校だった」
三田園高校は偏差値35の男子校で柄も最悪で足立区はおろか都内でも行きたくない高校ランキングに毎年上位を飾る知る人ぞ知るゴミ高校だ。不良や成績不振者が行くところで高校付近には近寄るなと子供は大人にそう教えられる。
月城が今のまま生活していればまず間違いなく三田園に進学するだろう。
「俺は調べた。ああいう輩は絶対周りに吹聴するから学校のそばで徹底的に張り込んで待った。そして2週間経った時、高校の近くの公園で女の子に性的暴行をしたって自慢話のように話している奴を見つけた。人数は6人、話で聞いた襲ってきた人数と一致していた。その後はもう分かるな?」
月城は「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。答えはもう出ているからだ。
臼木はその高校生達を、ボッコボコにした。噂で聞いた話だが高校生達は歯はボロボロに折られ、動く事すら出来ないほど骨を折られ、一部では聴力や視力を失った者もいるらしいと。盛りすぎだとは思ったがそれは事実だろう。入学当時でも強い方だった俺をワンパンで終わらせるほどの男だ。それぐらい出来ない方がおかしい。そしてそれだけのことをしでかしても捕まることはなく普通に学生生活を送れている、裏で暴力団との繋がりもあるんじゃないか?という噂もあったがそれは違うだろう。もし臼木のことを話そうものなら自分らの強姦も明るみになるからだ。その高校生達のその後は知らないが、まともな人生は送れていないだろう。
「それからどうして1番を目指したんだ?」
「…目指したんじゃない。自然とそうなっただけだ。その件の後、一部始終を見ていた人がいたらしくて一気に拡散された。周りの人間は軒並み俺から離れて行ったよ。その子の耳にも入ったらしくて自分のせいで俺が事に及んだんだと責任を感じて俺と会おうとしなくなったよ。母親にももうウチに来ないでくれと言われた。
そして俺の話を聞いた輩が力比べと称して勝負を仕掛けてくるようになった。俺はその子を救えなかった喪失感と、家も学校にも居場所がない苛立ちで片っ端から勝負を受けて喧嘩に明け暮れた。1年くらい経ってやがて俺は東京最強と言われるようになった。そうするとな、俺から離れていた奴等が俺が最強だと知ると擦り寄ってくるようになったんだ。俺は肩書き程度で掌返ししてくる奴等を見下しつつも、あの子を失ってから誰もいなかった俺の周りに人が集まるようになって、それが嬉しくて、でもあの子に申し訳なくて、辛くて、それでも拒めなくて………、そしてお前が朝見たような感じになったんだ」
月城はもっと漢らしい理由があってそうなったんだと思っていた。だが事実は何て切ない話だ。大切な子を仇を取るために戦い、けどその子は戻って来ず、周りは噂話で離れたり擦り寄ったり、馬鹿、俺のような馬鹿が最強の座欲しさに挑んできたり、何て報われない人生なんだろう。
「すまなかった。お前の事情も知らずに」
「いいさ、大抵は1回で終わるところもお前は半年以上も諦めずに挑んできた。今までのやつらとは違う。今はお前との勝負が楽しくすらある」
「臼木、お前はこれからどうしたいんだ?最強の次にどこに行くんだ」
「そうだな、俺より強い奴に会うことかな?」
「東京より外まで行くのか?東京でお前より強い奴なんてアスリートかその道の人ぐらいしかいないだろう。高校生すらお前に歯が立たないんだぞ」
「分からないぞ。案外すぐ近くにいるかもしれない。月城、お前は十分強くなった。俺とずっとやり合ったんだ。都内でもトップクラスの実力は持っているだろう。もしお前が戦って負けることがあったら、そいつを俺に引き合わせろ。お前が敗れるってことは相当の実力者に違いない」
「俺は物差しかよ」
月城は少し落ち込む。
「そう言うな。俺が手当たり次第やったら無差別テロになるだろう?そうだな、中学生のくせに髪染めてる奴なんかが狙い目じゃないか?イキリか相当のワルだぞ」
前者の可能性が高いと思うが強い奴には興味がある。
「あぁ、分かったよ。俺もお前より強い奴がいるなら興味があるからな。その代わりこれから俺との勝負は拒むなよ。実践トレーニングのためだ」
「あぁ、いつでもいいぞ。だが毎回教室まで来られるとまた周りや先公が五月蝿いから連絡先を交換しないか?携帯は持ってるだろ?」
月城はポケットからスマホを取り出すと臼木と連絡先を交換した。これでいつでも勝負を挑めるし学校にも行かなくて済むだろう。
と言っても学校に行くことが習慣付いてしまっているため気付いたら学校にいるということが度々起こるのだが…
こうして2人は最強を超える男を探すことになった。そしてその男とは1ヶ月後に出会うことになる。
神坂は次回登場します
過去編はもうしばらく続きます




