第30話 神岐義晴vs高鬼⑤
「やった!ついにやったぞ!」
地に伏している神岐。その体は針だらけだ。
神岐の体に深く入り込み針の頭部しか顔を出していない。
高鬼は解除されたが問題ない。胴体もびっしりだ。
内臓も無事では済まない。
心音で生きているか確かめたいが針が邪魔で胸に耳を当てることが出来ない。だが起き上がることもないだろう。
顔面も針の餌食だ。眼球にぶっ刺さっているし首にも頰、男の急所にも広がっている。
丹愛は安堵する。
ようやく終わったのだと丹愛は緊張の糸を緩める。
(確実なトドメを刺すべきか?いや、もう充分だろう。針もあれだけしか飛び出てないから抜くのも一苦労だ。さてと、これをどうするべきかな?)
神岐の体のことだ。
数日後に取り壊しが決まっているからここにいずれ人が来るのは決定的だ。警察を呼ばれたらあの子供が俺の存在を警察に喋るかもしれない。
誰にも見つからない場所、少なくてもこの近くでは見つからないようにしなくてはならない。
(高鬼では人間は浮かせられないからな)
何か方法は……、とりあえずここは外から丸見えだから塀の裏に隠して今はやり過ごそう。
何ならドクターに連絡をして遺体を回収してもらうとしよう。神岐の体を隠そうと神岐の体に触ろうとした。
しかし…
「えっ?」
丹愛は手をバタバタとさせる。
「はっ?何でだよ!」
腰を下ろして再度確認する。丹愛が慌てるのも無理はない。神岐の襟に手を伸ばした。確実に触っているはず。
だが掴んだ感触はない。グーを握っている。
もう少し手を伸ばすとコツンと硬いものに当たる。
地面だ。神岐の体を通過して地面に当たってしまう。
「何故だ!何故神岐に触れないんだ」
「俺がそこにいないからだよ」
丹愛の背後、声がする。
(双子か?いつの間に入れ替わったんだ!いや、ドクターの話だと神岐は一人っ子のはずだ。じゃあ後ろにいるのは一体誰だ?)
「合ってるよ。神岐義晴本人だよ」
丹愛は振り向いて確認したいところだが現実を知ることの恐怖からかそれが出来ない。
丹愛は気付いた。これは神岐の超能力だろうと。
しかしいつ仕掛けられたのかが分からない。
顔を見たのは一瞬だけだ。そして神岐自身が一瞬では能力は使えないと言っていた。
嘘は付いていないはず。
もし一瞬で出来るのなら神岐は負傷なんてしてないはずだからだ。
だがさっきわざと教えたように敢えて攻撃のチャンスを与えているからどちらが正解なのかが分からない。
「…いつからだ、顔を見たのは一瞬だった。すぐに催眠をかけられないんだろう?いつからだ。一体いつ仕掛けた?」
「あー、5階であんたと対峙したときだよ」
「ふざけるな!あの時俺はアンタの顔は見ていないぞ!」
はぁー、と神岐が溜息をつく。
「そもそもが間違ってるんだよ。俺の能力の発動条件は俺の顔を見せることじゃないぞ」
「はぁ?じゃあ何なんだよ!」
「俺の能力の発動条件は、俺の姿を目で捉えた状態で俺の声を聞くことだ。つまり最初から終わってたんだよ」
「んなっ!じゃあ俺はアンタの思い通りに動かされたってことか?何故すぐに終わらせなかったんだ!」
「アンタが俺の能力を勘違いしてたからそれをわざわざ指摘するのも申し訳ないと思ったから合わせてたんだよ。あとは俺が超能力なしでどこまでやれるのかを確認したかった。まぁ能力なしだとかなり厳しいことが分かったよ」
「…能力を使ってたんならアンタは俺に特攻する必要がなかったはずだ。今ここにいることだってないだろう。何故だ?」
「言ったろ?アンタに合わせてたって。アンタの能力を全て見た上でアンタに能力をかけずにアンタの顔を見る、これが俺の勝利条件だった」
「だが5階で既に掛けていたんだろ。矛盾してるじゃないか」
「あぁ、だからある条件を加えた。アンタが俺の顔を見た瞬間に催眠がかかるようにな」
「時間差…」
「あぁ、俺も初めてやってみたが案外上手くいったな。ちなみに催眠は『俺の顔を見たら神岐がいない場所に神岐がいるように錯覚する』だ。俺は体感してないが体に触れようとしてすり抜けただろ?俺にはアンタが地面で手をバタバタさせている姿が見えてたよ」
「だが俺は殴られたぞ。あれは実体だった。微妙に気付かれないようにズラしていったのか?」
「あぁ、殴り飛ばしたときに視界から俺を外させたときにな。あと殴ったのにはもう1つ意味がある。アンタを仰向けに倒れるように殴り飛ばせばアンタは上の針の存在に気付くと思ってな」
「!、気付いていたのか?」
「アンタの高鬼はそういう風に使うもんだからな。警戒しないわけがないさ」
俺よりも俺の能力を熟知している。
個人の強さは能力依存ではなく総合して測られる。
こいつは一体どこまで予測してたんだ。
「…5階で終わらせなかったのは俺の手札を全て見るためか?」
「その通り。最初に殴った時にビニール袋を見たら袋の底が丸くなってた。アンタの持ち駒を全て見て勝たないとフェアじゃない。てっきり球体を出すかと思ったらまさか針を出されるとは思ってなかったがな。保険を掛けといて正解だったよ」
「保険?」
「アンタも会っただろう?あの子供だよ」
♢♢♢
これは5階で対峙する前、看板攻撃を凌いですぐのこと。
「とりあえず下ではなく上に来てみたが…」
神岐は2階で看板の動きを封じたあと、上か下かで迷った結果上に行くことにした。
5階に来たのは丹愛は下からローラーで自分の場所を見つけに来ると踏んでだ。
神岐はまだ下に行くことで高鬼の攻撃手段を減らせることに気付いていない。
上から操作する相手には上から対処するものだと思っていた。
だから上に登ってきた。
(だがここからどうしようか…、さっきもあの棚がなかったら一発KOだったかもしれん、いや、終わってたな。向こうは俺の様子が見えてなかっただろうがな)
神岐は窓ガラスを開けて外の様子を見る。ここから飛び降りたら下手したら死ぬだろう。パイプを伝うにも距離が離れている。体を外に出したとしても手足がパイプに届かない。
しかも壁は老朽化でグズグズだ。ぽろっと壁が抜ける可能性だってある。外からの脱出は不可能だ。
「ん?」
神岐は目を凝らして遠くを眺める。
僅かではあるが何かが動いたような気がした。
(あれは……子供か?)
神岐が見つけたのは自転車に乗ってこちらを進んでいる子供だった。
駅に向かうのかショッピングモールに向かうのかは分からないがこの廃ビルを通るつもりらしい。
(そうか…、夏休みだから子供は学校がなくてこんなど平日でも外出できるんだな。
……待てよ、あの子供、上手く利用できないか?奴に認識誘導は使わないって決めてるが奴以外には特に制限していない。ならあの子を使ってもセーフのはず。
だがどうやってあの子に催眠をかける?ここから声を掛けたとしてもスルーされる可能性がある。最近は大人から声を掛けただけで警察に通報されたりするからな。学校でも知らない人について行ってはいけないと教えられているはずだ。
つまり声を掛けるんじゃなくてこのビルに興味を持ってもらえば子供特有の好奇心が働いてこのビルで立ち止まってくれるはずだ。だがどうする?ここで何かアクションを起こすと丹愛が先に子供に接触するかもしれない。子供にここに来てもらうことはできない。下の階層にいる彼の方が確実にエンカウントしてしまう。外から興味を持ってもらうには…………
…高鬼、奴の能力を利用するのがベストだな。物を浮かす能力であの子の注意を引く。ということは外で物を浮かせてもらう必要がある。ならば……)
♢♢♢
「あの子供がこのビルの前を通ることを見計らって窓ガラスを割る。そうすればあの子は大きな音に反応してビルに目を向けるはずだ。そしたら俺が窓から脱出すると思ったアンタが脱出させまいとナイフを自分のいる階の窓の外から垂直にナイフを飛ばすはずだ。それを子供が見る。ナイフが上に飛んで空中で止まってるんだ。建物の中には入らずに外から見ているだろう。そしてアンタは俺を探して上の階に向かう。ナイフで外に出れないようにしているからアンタは真っ直ぐ中から俺を目指すだろう?アンタがあの子供に気付くことはないって寸法さ」
神岐の作戦を聞いた丹愛。
神岐の描いた通りに自分が動かされていたことに驚きを隠せない。
(今思えば不自然だった。外に出るのなら窓ガラスをわざわざ割る必要はない。窓を開ければ済む話だからだ。子供を俺に気付かせないようにするためか。ナイフで牽制、をさせて神岐が未だ建物の中にいると思わせる。それは分かった。だが……)
「いつ子供に催眠をかけた?子供が止まったとしても長く門に止まっているとは限らないだろ。興味が失せて去ることだってあったはずだ。作業員がいるんだーぐらいの関心になったと思うぞ。あの子供に声を聞かせるタイミングはなかったはずだ」
「いや、あったぞ。一回だけ。俺が声を出した瞬間が」
「だがアンタは俺としか会話していない。外に響く声なんて出してなんか……」
丹愛は外に響く声と自分で口にして引っかかりを覚える。
神岐は窓のそばに立っていた。そして神岐の能力の発動条件は姿を見せてから声を聞かせること。
会話は俺だけにしか聞こえないぐらいの普通の声量だった。会話は……。
そして気付く。
「………咳か…」
丹愛はボソッと呟く。
堂々と声に出したくなかった。
「正解だ」
「あの子供で使ったのはあそこに待機させることと俺の意識を子供に向けさせることか?」
「ああ、その通りだ。まあそれだけじゃないがな。俺がしばらく立っても一階に降りて来なかったら建物の中に入って一瞬でもアンタに隙を作らせるように動いてもらってたよ。まぁそれはあまりやりたくなかったけどな。さっきも言ったがアンタが力尽くで子供を排除する危険性もあったしな。俺が危険を冒してまで特攻したのも1階に行けるようにするためだ。実際にアンタは俺に殴られたしな。ちなみに言うが俺がアンタに時間差催眠をかけたのは『超能力を使わざるを得ない』って言った時だ。庭に逃げたのもアンタから見えない位置に移動して子供を使い俺に向かう針を高鬼の自動プログラム操作に切り替えさせるため。そして子供を使ってアンタのカードを全て見るため。フィットネスボールで浮かせている時に俺はもうアンタが見える場所にいた。そしてビニール袋に何も入っていないのを確認してアンタのすぐ背後まで近付き、顔を見せた。俺が課した勝利条件を全て満たした上でな。ボールの攻撃を受けたのは見るだけじゃなく武器を全て俺への攻撃に使わないとなんかズルいなーって感じたからだ。上に目を向けされて攻撃方法を空中の針のみにするってのもあったけどな」
神岐は少し上機嫌だった。5階で子供を見つけた時からこの種明かしまでが全て神岐の計算だったのだろう。
そしてそれが全て現実のものとなったことに達成感のような、難問を解き切った後の満足感のような感情が押し寄せてそれが声色に、表情から滲み出ていた。
もう丹愛は神岐の顔を見ないようにはしていない。
もう催眠にかかっている以上意味がないと悟ったからだ。
「俺の完敗だな」
「いや、そうでもないさ。油断こそあったかもしれないが俺が負ける可能性だって十分にあったさ。特攻の時に針を使っていたら俺は確実に避けきれていなかっただろうしな。ボールだって顎にくらってれば俺の判断力を削いでトドメを差されてたかもしれない。俺だって完勝じゃないさ。薄氷の勝利でもないけどな」
フォローや慰めの類ではなく本当にそう思っているのだろう。
互いを認め合った両者には戦いを通して何らかの繋がりが出来たように感じていた。
「さて、俺が勝ったわけだから俺の知りたいことに全部答えてもらうぞ。だがちょっと時間が欲しい。2時間ほど眠ってろ」
そう言うと丹愛は全身の脱力感が押し寄せてきた。強制的に眠らせるようだ。
薄れ行く意識の中で最後に見たのは神岐の後ろ姿だった。
♢♢♢
「ん…」
丹愛は目を覚ました。
先程までのことははっきり覚えている。
2時間が立ったのだろう。空は夕日で赤く染まっていた。17時か18時くらいか…。
「気付いたか?」
丹愛のそばでスマホをいじっていた神岐が声を掛ける。
「あぁ、ん?呼吸がしづらいな」
鼻に何かが覆われている。
「寝ている間にアンタの手当てをした。あとはここでの戦いの痕跡を消していた。だいぶ痛みはまだあるだろうが出血は止めてある」
神岐はリュックをからっていた。
おそらくコーヒーショップまで戻ったのだろう。
2時間もあればそれぐらいの時間はある。
ショッピングモールで包帯や殺菌剤を買ってきて手当をしてくれたようだ。
よく見ると神岐自身にも包帯が巻かれている箇所がある。
「あの警備員が搬送された病院までいって医者に催眠をかけたから大事にはならないはずだ。
全く、怪我人には中々の重労働だったな」
「すまない」
「感謝はするな。処置までしたんだ。俺の質問に偽りなく答えろよ」
「あぁ、分かったよ」
丹愛も抵抗はしなかった。
感謝の気持ちもあったし警察沙汰にしなかったことは俺だけじゃなくてドクターにも得があるからだ。
そこまでしてくれてそれを無下にするようなことをするのは恩義を裏切る行為だ。
「まずそのドクターは何をしようとしてる?俺に協力を求める理由はなんだ?」
「ドクターは追われている身だ。誰かからは教えてもらっていない。一度だけその追っ手と戦ったことがあるが不気味で逃げるので精一杯だった。ドクターの超能力はかなり不安定な能力らしいからな」
「らしいってことはドクターの能力は知らないんだな」
「あぁ、詮索するなと言われている」
「アンタ、いや、兄弟がいるんだったな。アンタらはどうやって超能力者になったんだ?」
「ドクターは人間を超能力者にする道具を持っている。黒い棒のようなものだ。スタンガンみたいに電気を人間の脳に流し込んで超能力を与えるらしい。俺達は力を与えてもらう見返りにドクターに協力している」
俺が超能力者にされたのもその棒の力だろうな。
「俺にコンタクトをしかけた理由は?」
「今の戦力じゃそいつらに勝てないからだ。零兄が千里眼の能力を得たおかげで君達のことを把握することが出来たからな」
「待て、その千里眼を使うにしても俺の居場所を知らないと能力は使えないだろう?おそらく発動条件は俺の姿を直接見るとかだろう?そもそもどうやって俺の居場所を知っていた?」
「ドクターは最初から君達の居場所は知っていたみたいだぞ。正確には君達の実家かな?君だけが一人暮らしをして引越してたから探すのに苦労したって言ってた」
「俺達に少なくても10年間接触をしなかった理由は?」
「君達を出来るだけ巻き込みたくなかったんじゃないかな?俺達では追っ手と戦うには不十分だとして君達を利用することにしたんだと思う。だから俺達兄弟は君らに嫉妬を抱いているんだよ。ドクターに頼られていた君達に」
「それで協力か…、アンタの兄弟が俺達3人にコンタクトを取ってるんだよな?そいつらの能力について知ってることを教えてもらおうか」
「っ、それは出来ない。仲間を売るようなことはしたくない。ここまでしてもらって言える立場ではないのは分かってるけど、俺が君に会った経緯だけで許してくれないか」
丹愛が頭を下げる。
面倒だから認識誘導で全て喋ってもらおうとも思ったが余程兄弟思いなんだろう。
既に丹愛には嘘偽りを言わないように催眠をかけてある。
本当に兄弟を裏切りたくないんだろうな。
「ならいい。だが名前と能力名ぐらいは教えろ」
「名前か…、それならまぁ大丈夫だろう。1番上が鬼束零、能力名は隠れ鬼、もう会話の中で喋ってしまったが監視能力だ。これは戦闘能力ではないから言っても構わないだろうな。そしてその下の3つ子、その1番上が鬼束市丸で能力名は色鬼、2番目が俺で高鬼、1番下が鬼束実禄で能力名は––—–––––だ」
「そうか。俺と同じで10年前に超能力者になった2人についても聞きたいがそれは俺自身で探してやるつもりだから敢えて聞かん。既に下準備は出来てるからな」
「他に聞きたいことはあるか?」
「えー、もうないな。あっ、じゃあ最後に1つだけ」
「いいねー、それにするよ」
「いいのか?あまり深く考えずに言ったんだが」
「いや、これでいいさ。わざわざすまないな」
「アンタが満足してるならそれでいいけども」
「さて、これからどうするかな?」
「…アンタはこれからどうしたいんだ?」
「…と言うと?」
「ドクターは君達を諦めたりしないだろう。協力はしたくないようだがこれからもドクターから接触があるかもしれない。またこうして俺達が来る場合だってある。そもそも俺がアンタの能力を仲間に話すかもしれないのに」
「問題はないな。知られても対策のしようがないからな俺のは。体を見ずに戦うなんて出来るわけがない。むしろ出来るならぜひとも手合わせ願いたいくらいだ。俺が1番にしたいのは他の2人に会うことだ。もし接触にドクター自身が来るなら直接理由を聞くまでだ。何故俺達を超能力者にしたのかをな」
「そうk「うわ、何この汚いビル!アジトとおんなじくらい汚い。こんな場所にいたの丹愛」」
突如として女性が神岐達の前に現れた。
「誰だアンタ?」
突然現れた女の子に神岐も驚いて尋ねる。
「アンタが神岐義晴ね。初めて見たけど結構イケメンなのね」
「…誰かと聞いてるんだが」
スルーされて少し苛立ち気だ。
「私は萩原時雨よ。能力は瞬間移動って何で私勝手に喋っちゃってるの!」
「時雨ちゃん、それが神岐の能力だ。もう君は神岐の催眠に掛かってる」
「何よそれ反則すぎじゃない!何で早く言わないのよ丹愛!」
「おい、アンタ。まだ仲間がいるみたいじゃないか」
「俺達兄弟のことしか聞かれなかったから答えなかっただけだ。隠そうとは思ってないさ。そう感じたのならすまない」
「まあいい。時雨ちゃんでいいのか。アンタもドクターに力をもらった協力者か?」
「そうよ。ああダメ、勝手に口が動いちゃう」
「おい、ドクターはこんな女の子にまで自分の計画のために利用するのか?」
「これは時雨ちゃん自身が望んだことだ。ドクターも反対していたさ」
「それでもだ。やっぱそのドクターとやらに一発説教でもしてやらんとな。それで君はなんでここにきたんだ?」
「丹愛を回収しに来たのよ。まさか丹愛までやられているとは思わなかったわ」
「までって市丸兄や実禄もやられたのか?」
「実禄は知らないけど市丸はやられたわ。体がペンキまみれで泡吹いて気絶してたわ。神原奈津緒、相当の超能力者ね。ドクターが自ら出張るのも分かるわ」
「ちょって待て。その神原って奴は何もんだ。どう考えたって俺の能力の方が万能だろうが!そいつよりも下に見られてるってことかよ」
「知らないわよそんなの。私は頼まれただけなんだから。さぁ丹愛、帰るわよ」
時雨は丹愛に触れると瞬間移動で一瞬で神岐の前から姿を消した。
♢♢♢
ヒュン
時雨と丹愛はアジトに戻ってきた。
アジトには鬼束零と白衣の男、そして側には鬼束市丸が横たわっている。
「お疲れ様。どうだった?」
「やられたわ。神岐の能力に掛かったわ。私の能力を喋られちゃった」
「実力は問題なさそうかい?」
「私より丹愛に聞いたほうがいいでしょ。実際に戦ったのは丹愛なんだから。丹愛、どうだったの?…丹愛?」
丹愛はアジトに戻ってきてからまだ一言も喋っていない。
時雨が呼びかけても返事をしないことに時雨だけではなく零も心配しだした。
「丹愛、どうしたんだ?その顔の怪我が痛いのか?」
零が声を掛けても丹愛に変化はない。
やがて顔を上げてドクターを見ると突然丹愛の表情が変わった。
そして丹愛は持っていたビニール袋の中に手を入れた。
「零、時雨!丹愛から離れろ。既に操られてる!」
ドクターは自身を見続ける怒りの表情を見て丹愛が神岐の能力によって催眠を掛けられていることに気付いた。
零も時雨もドクターの声で咄嗟に丹愛から離れた。
そして丹愛は袋から針の入ったケースを取り出すと、それを空中に放った。
バァン
アジト全体に響く大きな音。外にも漏れているかもしれない。
ドクターは丹愛の能力が発動する前に手持ちの拳銃で丹愛の足を撃ち抜いた。丹愛は足を抑えてもがき苦しんだ。
ケースはそのまま自由落下で地面に落ちた。ケースが割れて辺りに針が散乱する。
「零君。丹愛君を抑えろ。物を持たせるな」
零は言われた通りに丹愛を抑え、ドクターが丹愛からビニール袋を奪い取った。
「あ、あぁぁ」
時雨は両手で目を隠しその場にしゃがみこむ。
大きな声を出さなかったのは自身の叫び声でかの場所に人がいると気付かれないようにするためだ。
時雨は鬼束兄弟と違ってドクターを狙う追っ手と交戦していない。
ちょうど学校に行っていた時だったからだ。
なので流血や実際に拳銃で人が撃ち抜かれるのを見たこともない。
ドラマとかでは見たことがあるがテレビ越しで生で見るのでは感じるものが全然違う。
恐怖で丹愛から目を背けその場から動けなくなってしまった。
「あとは私がやろう」
零に代わってドクターが丹愛の行動を縛る。
側にあるガムテープで両手首をグルグルに巻いた
「丹愛君の治療は私がやる。零君、君らは実禄君のところに行け。時雨君1人では危険すぎる。君が代わりに回収してくるんだ。もしかしたら実禄君もやられてるか敵の能力に掛かっているかもしれない。時雨君にはまだ早過ぎたんだ。やはりあの時に無理にでも留めておくべきだった」
「瞬間移動は優れた能力です。しかし1人で行かせるべきではなかったのは確かです。時雨ちゃんもまだ幼い女の子なのですから。分かりました。時雨ちゃん。大丈夫かい?能力は使えるか?」
時雨は僅かではあるが首を縦に振った。
「実禄から少し離れた場所に飛んでくれ。歩いて向かうから。安心するんだ。君に攻撃が来ることはないから」
時雨はもう一度頷く。
そして、青白い顔のまま零に触れて瞬間移動を発動した。
ドクターは丹愛の足の治療を行いながら考える。
(おそらく時間差で能力を掛けられるんだろう。私を見たら高鬼で攻撃しろとでも催眠をかけたいんだな。危なかった。この針を部屋中に放たれていたら無傷では済まなかった。私の能力はゲリラや不意打ちには弱い。制御出来ない能力だからいつ発動するかも分からないからな。義晴君、君も合格だ。これほどの力を有しているのか。攻撃したってことは奈津緒君同様に好まれてはいないみたいだ。これだともう1人も同じかもな。2人とも素晴らしい力だ。やはり私の選択は間違っていなかった。どうにかして3人に協力してもらおう。それがひいては彼ら自身のためにもなるからだ。3人の人間関係は掴めている。これで誰を超能力者にするか、慎重に決めないとな)
ドクターは腰に挿してある黒い棒に目をやりながら丹愛の治療を続ける。
神岐義晴vs鬼束丹愛の戦いはこれで終了です
次回はいよいよ第2章の最終回です
更新が遅れてすみませんでした
次回で神岐の能力名が決まります
実はTwitterで先に神岐のルビ振りを言っちゃってます
記憶から消してごらんください




