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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第1章 神原奈津緒
3/152

第3話 鯖東イツキ

 お前らだけ超能力者なんてズルい

 第3話 鯖東イツキ


 俺の名前は鯖東(さばとう)イツキ。

 館舟高校の1年6組に在籍している。

 クラスでは所謂トップカーストというやつだ。

 自分で言うのもなんだが、イケメンに分類されるくらいには顔に自信がある。

 クラスメイトの茅愛(かやめ)、松草といつもつるんで自由に学生生活を送っている。

 交友関係は広いし女子からもモテていると自負してる。

 恋人こそいないが、女子とは頻繁に遊びに出掛けている。


 トップカーストでモテているからクラスのリーダー的ポジションだが、俺は満足していない。


 あれは入学式の後のこと———



 ♢♢♢



「うぇーい、これから1年間よろしくな」

「こちらこそよろしくね、イツキ君」


 俺は入学式の日にクラス全員に話しかけた。

 持ち前のコミュニケーション力を存分に発揮して交友関係を広げていた。

 ルックスがいいからか女子達の食いつきもよく、男子ともフレンドリーに接することですぐに友達になれた。


 その中でとびきり可愛い伊武祥菜という女子に話しかけたのだが、終始微妙な顔をしていた。

 ラインを交換して入学式以降もメッセージを積極的に送ったが、素っ気ない返事しか返ってこなかった。


 後で伊武さんと同中の女子に聞いたら、どうも騒がしい人とはあまり関わらないようにしていたらしい。

 ()()()()()を知れば関わり合いになりたくないのも頷けた。

 アクティブな自分とは正反対だし住むステージも違うから「まあチャンスがなかったな」と納得できたが、どうも彼女は神原に片想いしていると女子経由で知った。


 神原奈津緒。

 こいつも同じクラスになった男だ。

 もちろん神原にも話しかけたさ。



「えっと、神原君だっけ?俺は鯖東イツキって言うんだ。よろしくね」

 俺は握手を求めてスッと手を差し伸ばした。

 特に深い意味はない。女子に対してならいきなりの接触はデリカシーがないから握手は求めなかったが男子同士だったら問題ないはずだ。

 他の男子とも普通に握手をしてきたしそれについて怪訝な表情を浮かべることもなかった。


 けど神原(アイツ)は……



「えっ、何?触りたいの?ホモなの?」

 冗談混じりのボケっぽい感じでなくガチトーンでの反応。

 初めて経験したかもしれないあの軽蔑するような目。

 クラス中に届く声量で言いやがったからクラスにいた人達にも笑われてしまった。


(何なんだよアイツ!入学早々碌でもないレッテルを貼りやがって!)


 その後は茅愛と松草の努力のおかげで誤解は解けたが未だに陰で鯖東ホモ説が囁かれている。

 それに変な女に『鯖東君って攻めるの?それとも受けなの?ウッハハハーーー』とか言われる始末。


(あぁいうのを腐女子?って言うんだっけか?全くもって良い迷惑だ!)


 俺に恥をかかせた神原のあらぬ噂を流してやろうかと思ったが…、伊武さんが神原(アイツ)のことを好きということは、奴への攻撃は伊武さんを始めとするクラスの女子の過半数を敵に回すということだ。

 そんなことをしたら今までに築いた繋がりを捨てることになるし、卒業までの3年間の学生生活に支障をきたすことになる。それは面倒だ。

 箱庭の中の人間関係の(もつ)れなんて面倒でしかない。

 だからなるべく神原は攻撃せず、あまり関わらないようにしてきた。


(つーか女子も女子だ!伊武さんの事を応援してる感を出してるけど裏では神原のこと下に見てやがるし)


「アイツ暗いよねー、何考えてるか分からないし正直不気味…。伊武さんもあんな奴のどこが良いんだろうねぇ…」


 そんな陰口を伊武や神原のいないところで言っていたのを見たことがある。

 お前ら結局どっちなんだよとツッコミを入れたくなる。

 伊武さんが一生懸命に良さを説明している (と言っても妙にはぐらかした言い方をしていて伝わっていない)のを見たことがあるが俺のホモ疑惑と同様に、貼られたレッテルはそう簡単には剥がれない。


 彼女達のように、クラスの女子の中には伊武さん側には立っていない人達がいる。

 そいつらは俺寄りで伊武さんや神原に好意的ではないが、過半数が伊武さん派閥な以上は余計なことは出来ない。


 前に神原(アイツ)と唯一仲の良い麦島に神原について聞いてみたが———


「えっ〜?なっちゃん〜?変人だけど凄く良い奴だよ〜」と返ってきた。


 神原(アイツ)が良い奴だとは全く思えない。変人については同意だ。

 伊武さんも変な男に引っかかったなと思う。

 普段の神原の周りには伊武さんや麦島しかいないような気がする。

 孤立しているわけではなくただただ1人でいることが多い。

 本人もそれについて辛いとか寂しいとか思っているようには見えない。むしろこの距離感を好んでいる節すら見受けられる。


 伊武さんに好かれているということは、すなわち男子の大半から嫌われることになるが、いじめが発生するほどのものではない。

 神原にアクションを起こそうとすると麦島が事前に芽を摘み取って事を起こさないようにしている。

 それに神原への攻撃は同時に伊武さんを悲しませることになる。神原と伊武さんを応援している人がいる以上は、下手に刺激するのはマズい。

 俺と同じ考えで他の男子も大人しくしているのだ。

 なんだかんだ立ち回りが上手い奴だと思う。腹が立つのは周りが勝手にやっていて神原は一切感知していないというところだ。


 タイプじゃないと分かっているから今更狙うなんてことはしないが、どうにか神原を出し抜いてやりたいと常々考えていた———



 ♢♢♢



 昼休み時間、中庭で茅愛と松草と駄弁っていると、渡り廊下を神原が1人で歩いていた。


(飲み物でも買いに来たのか…?)


 この学校の自販機は校舎から少し離れたところに置いてあり、そこへ行くためには神原や鯖東がいる中庭を通り抜けなければならない。



「なぁイッチャン、神原(アイツ)のこと気に食わないんでしょ?今ならアイツ1人みたいだからシメれるんじゃないの?」

 血の気の多い茅愛方助が物騒な提案をしてきた。


「な、何言ってんだ!バレたら一発退学もんだぞ」

 他のクラスのようだが、問題を起こして退学処分になった生徒がいる。詳細は分からないが、今提案を受けている暴行に近いレベルの蛮行をしたのだろう。


「大丈夫だよ。少し向こうに誘導すれば人目につかないよ。それに……こっちは3人だぜ?なあ、松草」

 茅愛が残りの一人、松草に話を振った。


「……俺もいけすかねぇと思ってたんだ。伊武さんがアイツのこと好きだからより一層イライラしてよぉ…。イッチャン、給食の時間見たことあるか?2人きりで食ってるんだぜ」

 松草が伊武のことを好きなのは鯖東も聞いていたが、給食のことは初めて知った。

 同じ教室なのだから分かるはずだが、鯖東は神原を徹底的に避けていた。

 神原は普段全く喋らないので、見ようとしなければ何も神原情報は手に入らない。


(アイツらもう出来てんのか…。いや、松草からも女子からもそんな話は聞いていない。伊武さんの片思いのままか…)


 それにしても…茅愛は血の気が多い奴だ。中学時代は喧嘩が日常だったらしい。

 なのになんでこんな私立の進学校に進学したんだと思ったものだが、どうやら親が更生のために敢えて入学させたらしい。

 それで真っ当に勉強して受験に合格するんだから、地頭は良かったのだろう。

 今は喧嘩できないストレスをボクシングにぶつけているらしい。


 松草は伊武さんLOVEの野球部だ。元気で常にテンションが高い奴だからやはり伊武さんとは仲がよろしくない。


 3人がそれぞれ神原に思うところがあり、今まで手出ししてこなかったが、一人きりでかつ周りから気付かれにくい場所がある。……何より茅愛と松草がやる気になっているという条件が噛み合わさった結果……


 ついに行動は移された———




「おい、神原ぁ!ちょっとツラ貸せよ!」

 茅愛が神原に話し掛けた。話しかけるというよりもはや恫喝だ。

 クラスの連中も茅愛の中学時代の話は知っている。いくら孤高の神原であっても小耳に挟むぐらいはしているはずだ。

 茅愛の素行を知っているからこそ、鯖東達に敵対する者はおらず、トップカーストに立っていた。鯖東自身のポテンシャルは勿論あるが、それをより強固にしていたのは間違いなく茅愛だ。


「………」

 渦中の男はこちらに気付いた。



(敵対する奴はいない……)


「飲み物買いに来たから無理」


(コイツを除いてな……)


 こいつは、こいつだけは違う。

 茅愛の恫喝に全く動じない。

 普通だったらビビって応じるなり逃げるなりするだろう。そのどちらでもなく、自分の本来の目的を果たそうとしていた。



「いいからツラ貸せって言ってんだろうが!」

 茅愛にとっては想定外のリアクション。思い通りにならないと人は癇癪を起こしてしまう。力ある者は思い通りに事を運ぶから想定外なんて機会は滅多にない。ないからこそ反動が大きくなる。


「だから飲み物買いに来たから無理って言ってるじゃんか。もういいか?早くしないと昼休み終わるから、んじゃっ」


 スタスタと自販機に向けて歩を進める。

 あの茅愛に対して恐怖の対象と感じてすらいない。強がりではなく無関心の域だ。


(逆にすげーなあいつ。茅愛の前で主張を曲げず、さらには切り上げて去ろうとしてんだから……)


 威嚇の茅愛が不発で済んだ。

 次は行動の松草の番だ。



「待てや神原、お前調子に乗ってんじゃねーぞ!」

 ガシッと神原の肩を掴んだ。これでは神原は自販機に行くことが出来ない。

 だが、それでも神原は目的から目を逸らすことはなかった。


「…はぁ、しつこいなぁ。じゃあさ、俺の飲み物買ってきてよ。そしたら話を聞いてあげるからさ」

 神原がズボンのポケットに入れた財布を取り出そうとする。いくらかの小銭を取り出すつもりのようだ。


(……神原(アイツ)のことは嫌いだが、もう笑っちまうな。賞賛もんだ)

 敵対する人にお使いを頼むとは、無関心通り越して非常識に足を突っ込んでいる。

 威圧されても動きを止められても一切曲がらない。

 その自由さがついに松草の逆鱗に触れた。


「テメェふざけんじゃねーぞ!!」

「ガッ!」

 松草が肩を思い切り引っ張ると神原を殴り飛ばした。

 引っ張られた勢いからパンチによって逆方向に飛ばされたため、神原はバランスを崩してよろけながら四つん這いのような姿勢で地面に倒れた。

 ちょうど神原が動きを止めた場所は周りから見えにくい場所だったことが幸いした。下手したら誰かに見られていたかもしれない。

 茅愛も松草も神原への鬱憤を晴らすことでそこら辺が頭から抜け落ちていた。



()ってーなぁ。ウェ…!これじゃ飲み物飲んだら染みるだろうが」

 口から血が垂れている。おそらく口の中のどこかを切ったのだろう。その血の味に苦悶の表情を浮かべていた。


 それにしても凄い———


(…どんだけ喉乾いてるんだよ…)

 傷を負ったことよりも、傷によって飲めなくなることの方を心配していた。


「うるせぇよ!テメェがどうなろうが知ったことか!ツラ貸せって言ってんだからさっさと来いや!」


「……はぁ」

 そう溜め息をつきながら立ち上がると、急に神原が目を閉じてじっと動かなくなった。






(…………………………………………………………………………………………………………………………)







 神原が動かない間、3人は攻撃を仕掛けなかった。神原の真ん前にいる松草でさえもだ。

 待ち構えているわけでもない無防備の彼を、誰も攻めなかった。

 動かないようにしようというわけではなく、動こうとしていたのに動けなかった。

 恐怖でも慢心でもない。脳のシグナルが体に伝達できず、神原同様に立ち尽くすのみだった。




「……ふぅ、こんなもんだろ」

 10秒近く経ってようやく閉じていた目を開いた。

「なっ、何のことだ!」

「……こっちの話だ。お前ら確か…………誰だっけ?どこのクラスの奴か知らねーけど、俺の昼休みを邪魔したんだ。今からお仕置きしてやるから先生にチクるなんてショボいことすんじゃねーぞ」

「誰が根暗のお前なんかにやられるかよ。それにお前と同じクラスだっつの!マジでムカつくこいつ…。おい松草、さっさとやっちまえ!」

「おぅっ、伊武さんが気持ち悪がるくらい顔面ぐちゃぐちゃにしてやるよ!」


 茅愛が神原らのもとへ向かい、距離が近い松草は茅愛の到着を待たずに追撃を試みる。




 ———鯖東はそれに加わらなかった。恐ろしくなったといえばそうなのだろう。ただ、それは決して退学を恐れているからではない。


 何故か怖くなった。神原が動かなくなった時、説明できない何かを感じ取った。



 ———直感した



『負ける!3人がかりで行っても確実に負ける!』


 その直感が脳裏を支配し、足が動かず加勢に行けなかった。


 しかし、それで良かった。


 動かなかったから、鯖東は助かったのだ———




 ♢♢♢




「ゔぁー、うぅ〜。はぁ、はぁ」

 ドスン、無表情のまま茅愛の腹に拳をめり込ませる。

「悪かった、悪かった。許してくれ、もう許してくれ」

 バギッ、無表情のまま松草の顔面に拳を叩きつける。


 これは夢だ、と鯖東は錯覚していた。

 それくらいに異様で非現実的な光景だったからだ……


 2人は神原へ向かって行った。神原もこれまで通りの無視はせずに応戦する態度を取った。

 しかし、茅愛は中学から喧嘩に明け暮れていた男だ。それに加えて松草もいる。能力値でも、頭数でも劣勢なのは神原だ。


 …そう、誰もが思うだろう。だが神原(アイツ)は———


 神原は……2人の攻撃を全て躱した。

 ボクシングをやっている茅愛の攻撃も全てだ。

 2人は神原に触れることさえ出来なかった。

 神原が超人的なスピードで避け続けたのではなく、さっきまで奴が中庭を歩いていた程度の速度で躱し、最初に松草が殴った時の威力の何分の1の力でひたすら2人を殴っていた。



 5()()()()()()———



 いくら威力がなくても5分間も殴られ続けていれば、ダメージは蓄積し続け、殴られ続けた顔面は血だらけになっていた。

 一発一発は弱いため意識を奪うには至らず、それが逆にダメージの蓄積を体に染み込ませることになっている。

 気絶しないからこそ余計に痛みを伴っていた。

 そして、弱パンチで殴っているため神原の拳は傷ついておらず、血だらけの顔面を殴っていても返り血が神原の制服に付着することもなかった。

 チクられた時に言い逃れをするために……それを見越してわざと弱く殴っていたのだろうか?



 さらに幾分の時間が経過した———



 神原は殴るのを止めると、ふと何かを思い出したかのように周囲をキョロキョロと見回していた。

(俺を探してんのか…)

 ずっとその場から動けなかった鯖東、神原から見えるところにいる。

 見つかった!と本人も覚悟していたが、神原は一切気にすることなく、どちらかといえば上の方を中心に何かを探しているようだった。


 ちょうど神原が校舎の上部に取り付けられている丸時計の方を見ると、0秒になったのか、長針がカタンと動いた。


「…あちゃぁ〜、後10分もないじゃんか。これじゃあ買ったところでゆっくり飲む時間がねーなこりゃ。……はぁ、諦めよう、()()()()()だったからラッキーアイテムの炭酸飲料を買おうとしてたのによぉ…」

 最近最下位が多くねーか、と独り言を呟きながらも攻撃を再開する。

 もう…訳が分からない。

 血だらけの2人を殴っておきながらそんなことを言っているのだ。


 まだ鯖東は動けていない。ひたすらに怖くなった。

 神原に狙われないように逃げ出したいのに、足がすくんでいる。

 無理やり動かして最悪バランスを崩しても、這いつくばりながら匍匐前進でもいいからこの場を離れたいのに、それすら出来ない。

 逃げたいと頭で思っても体が言うことを聞いてくれない中、神原は口を開いた……


「………あぁ、確か…、もう1人いたよな?……返事ぃ!」

「は、はい!」

 咄嗟に応答してしまった。そもそも見えるところにいるのだから抵抗するだけ無駄なのだ。


「…ずっとそこにいたのか。ならちょうど良い。この聞き分けのないバカ2人を持ち帰ってくれ」

「は、はい。分かりました」

「何故敬語?まぁいいか。……ん?その声、聞いたことがあるな…。さっきの馬鹿も同じクラスって言ってたし………お前もか?名前は?」

 ヒェっと鯖東は思わず息を飲んだ。


 神原はこちら側の誰もをクラスメイトとして認識していなかった。

 顔を見ても名前が連想できず、声を聞いてやっと推測できるくらいになっていた。

 茅愛と松草の声を聞いても気付かなかったのに自分に気付いた理由は分からないが…、因縁付けられた背景を全く知らず、そうなればつまり、茅愛の喧嘩伝説も知らず…、ただ飲み物の購入を妨害されたから叩き潰したということになる。


「さ、鯖東イツキだ。入学式の時にお前に話しかけただろう…」

「入学式…………あぁ、お前か。あの時は悪かったな、変なこと言っちまって。麦島からもちょっと小言を言われたよ」

「あ…うん、あれは俺もズカズカ入りすぎてたからな…お互い様だよ」

「なら良いや。……にしてもお前、…こんなチンピラみたいなこと普段からやってんのか」


 神原の表情は変わらない。

 目を細めて蔑んだ表情をするわけでもなくただこちらの方角を見ていた。


「い、いや。今日が初めてだ……」

「………しょうもないな、お前ら」

「っ……!」

 確かに、みっともない。神原が変なことを言ったのがそもそもの始まりだが、それでも襲いかかったのは最低の行為だ。返す言葉もない。

「……….悪かった。許してほしい」

「………………おい、馬鹿ども。お前らはどうなんだ?」

 鯖東に見切りをつけて捩じ伏せた2人に問う。

 2人は意識を飛ばしていないので2人のやり取りを聞いていた。


「…すみませんでした」「ごめんなさい」

「………すんなり謝りやがって、謝るくらいならそもそもすんじゃねーよ」

 その回答に失望したのか、神原はようやく攻撃を止めて、2人を放置してその場から離れた。


「…最後に」

「な、なんだ…」

 完全に順位を付けられた鯖東にはもう…


「このこと他言したら許さないからな」

「わ、分かってる。言わない。だから許してくれ」

 従うほかない……


「………はぁ、飲み物は放課後にするかぁ〜」

 最後の最後で張り詰めた空気をぶち壊すような自己中(マイペース)なことを言って、神原はその場を後にした。



(……もう二度と、神原にちょっかいを出すとは止めよう)

 鯖東はそう心に決めた。

 奴には何か恐ろしいものが備わっている。触らぬ神に祟りなしだ。


(………けどなんで神原は教室と逆方向に歩いているんだ?)

 神原は1年の教室の校舎とは反対の方へ歩き出していた。


『ゴンッ』

 何故か柱に正面からぶつかった。

 何をしているのか全く分からないが、これ以上つついて反撃を食らいたくないので、奇行の神原は見て見ぬ振りをして、血だらけの2人の元へ向かった。


 恐怖の対象がいなくなったことで、ようやく足を動かすことが出来たのだった———




 ♢♢♢




「…うべぇ、これはキツイな。10分以内に解除できたとしても、副作用で気分が悪くなるからまともに授業受けられんぞこれ…」

(いや、待てよ…。昼休みの後は掃除か………サボるか…)

 早く解除しないと……。さっきも柱か何かにぶつかってる。まともに歩けやしない。


(ホントッ…不便な能力…)


 神原は飲み物を諦めて能力解除を行った。長い時間発動していればしているだけ副作用の時間も比例する。

 掃除の時間や授業開始までの空き時間があればおそらく大丈夫だと思うが———








「神原君、体調悪いの?」

 前の席の伊武祥菜が心配そうに声をかける。

「…気にしないで良い。眠いだけだから」

(………無理だった………)


 その後、授業中に居眠りをしていたと見做されて、授業後に先生に怒られる神原なのであった———




 ♢♢♢




 神原が去った後———


「おい、大丈夫か!茅愛、松草」

 唯一無傷の鯖東が2人に声をかける。

「………あぁ、大丈夫だ」

「俺も平気だよ」

 2人とも返事が出来るくらいには平気なようだ。いや、痛々しさが正直見ていられない。でも助けられるのは自分だけだ。


「そうか、良かった」

 血塗れの2人を観察すると……

 茅愛は地面に這いつくばっていて立ち上がることが出来ていない。足に上手く力が入らないようだ。

 松草はどうにか近くの段差に体重を乗せて立ち上がることが出来た。

 おそらくだが、抵抗力の違いだろう。

 茅愛は松草よりも殴られることへの耐性があるため根を上げずに抵抗し続けた。

 そのため松草よりも神原に殴られ続けたことにより、両者の状態に違いをもたらしていた。



 茅愛もなんとか立ち上がることが出来た。そして鯖東に問い掛けた。ただ、その口調はどこか苛つきを孕んでいた……


「…イッチャン、何で加勢しなかったんだよ」

 聞かれたくなかったことだ。それを説明すればただのチキン野郎になる。だが、何故茅愛がそんなことを聞いてきたのか。奴の性格を考えれば次に言うことは大体予想がつく。


「…それを聞いてどうすんだ?まさか3人だったら勝てたとか言うつもりじゃないよな?」

「絶対勝てたよ!イッチャンが怖気付いてなけりゃな!」

 はぁ…、っと鯖東は溜息をついた。さっきの謝罪は本気ではなかったということになる。


「お前ら…あれか神原の本気だと思ってるのか?……一歩引いて見てたからよく分かる。お前ら、手加減されてたぞ」

「う、嘘だ!…確かにメッタメタにされたけど…あれが手を抜いてたなんて信じらんねーよ!」

「そうだ、現に俺らは血だらけじゃねーか!」

 2人の言い分は分かる。負けたことは認めても手加減されたことには納得できないようだ。

 それはプライド故か、未だ神原を軽んじているのか……


神原(アイツ)はな、自分の拳が傷付かないように殴ってたんだ。松草、お前が神原を殴った時、拳を痛めただろ」

 神原を殴った時に、一瞬の松草の表情が歪んだ。当たりどころが悪く変な筋に力が入ったのだろう。


「…確かに本気で人を殴れば殴る手にだってダメージは来るけどよ…」

 ボクシング経験者としてそこには同意する。

「そう。アイツは自分の手が傷付かないように…それでいてお前らを動けなくするために時間をかけて殴ってたんだ。奴が本気でやってたらたぶん数十秒で終わってたと思う。それに……お前ら一度も攻撃当てられなかっただろ?」

「「っ………」」

 2人は何も言えない。事実だからだ。

 端から見てた鯖東も衝撃的だった。

 相手の動きを完全に見切っていた。

 反応速度が早かったのか動体視力がいいのか分からなかったが、動きが素人とはとても思えなかった。



「もう神原に手を出すのは止めよう。こっちから仕掛けなければたぶん無害だ。復讐とか考えたらダメだ。次は本気で潰されると思う」

 あれは降りかかる火の粉を全力で振り払うタイプだ。元より奴の行動原理は不明だ。

 奴、伊武さん、麦島に対して何もしなければおそらく奴が動くことはない。


神原(アイツ)はさっき入学式のことを謝ってくれた。だから俺とアイツの間に(わだかま)りはない。…まず覚えられたかも怪しい。飲み物を飲みたかっただけみたいだからな」

「……はっ、どんだけ喉乾いてたんだよw」

 茅愛は思わず笑ってしまう。潤いを邪魔されたなんて理由で同級生を数的不利からボコボコにするのは常識はずれにも程がある。


「全くだ」

 導火線が乾き切っていて通常よりもよく燃えたのだろう。

 喉乾きであんな地雷を踏んでしまうなんて分かるわけがない。

 常識はずれな奴は敬遠するに限る。



「お前ら先生にチクるとかしないよな?」

「しねーよ、お前もしないだろ松草?」

「しないしない。そもそもどうチクっていいか分からん。ありのまま伝えても神原が俺らを庇ってるとか曲解されるだけだろ」


 同級生の買い物を邪魔したらボコボコにされました。被害者は中学からの問題児でボクシング経験者。あんなのボコボコにされているのに容疑者の神原には目立った外傷はないし加害の痕跡がない。

 仲間内の喧嘩に無関係の神原を巻き込んで言い逃れしようとしてるなんて思われてもおかしくはない。

 神原は無関係のスタンスでいさせないと話がややこしくなる。

 元は自分達が手を出したからだ。神原のためなんてつもりは毛頭ないが、本気で叩き潰されなかった分の恩は返す必要がある。



「とりあえず、チクらないにしても今教室に戻ったら血だらけ人間登場で大混乱だ」

「…茅愛を見てるととても人前に出て良いもんじゃないわな。鏡ないけど俺もおんなじようなもんだろ?」

「あぁ、このまま戻ったら神原を巻き込んじまう。顔の怪我が治るまでは学校を休むよ。最悪家庭訪問とかされても俺と松草で喧嘩したとか嘘をついてやり過ごす」

「だな」

 茅愛と松草は学校を休むようだ。

 鯖東は無傷のためこのまま教室に戻ったとしてもクラスメイトは何も疑問を抱かないだろう。

 だが、それは卑怯だ。


「俺も休むよ。怪我したわけじゃないが、俺は加勢しなかったから無傷で済んだんだ。一緒に休まないとお前らに示しがつかん」

「「イッチャン…」」


 休むということは部活動が授業にも参加しないということだ。

 学生の1日の欠席で大分出遅れる。その損失分は一緒に被る義務があると鯖東は考え、共に休むことにした。




(素人に吹っかけて…、数的有利で負けた。だってのに……不思議だ)

 手加減されたのに、負けたのに…受け入れた途端にそれまでのイライラがスーッと抜けていった。

 こんな経験は初めてだし、神原のようなタイプにも初めて遭遇した。

 自分はこれまで力任せで好き勝手やってきた…。それが全く通用しなかった。


(……だせえな俺。あいつ……にはなりたくないが、あいつに負けないくらいには強くなりたいな。暴力とは違う。生き様的なやつで———)


 敗北を通して茅愛に心境の変化が発生した。

 両親が更生のために館舟高校に入れた判断は間違っていなかったのかもしれない。そう思えるようになった。

 松草、鯖東も同様だ。カースト上位として輪の中心でやってきたその驕りを捻り潰された。猛烈に恥ずかしくなってきた。

 普段の素行を改めようと3人は心に誓った———




 その後、3人が教室で無駄に騒ぐことはめっきり減った。そのおかげで伊武と話す機会が増えて松草の機嫌が良くなったのはまた別の話だ———




 ♢♢♢




 あれから1週間後———


「神原、この前はすまなかった。重ね重ね謝罪する」

 鯖東が頭を下げた。

「「すみませんでした!」」

 茅愛と松草も一緒に頭を下げた。


 ここは朝の1年6組の教室。

 トップカースト、しかも人気の鯖東が()()神原に頭を下げている光景は教室内を騒然とさせるには十分だった。


「………誰?」

 ズコッと鯖東は体が傾いた。

 あれだけのことをしておきながら覚えていないときた。

 茅愛と松草もドン引いている。

『男子、三日会わざれば刮目して見よ』なんて言われるが、1週間会わないだけで記憶されないくらい変わったということか。

 だが、2人と比べて鯖東は神原のそういうところに耐性を持っている。

 あれほどの意味不明さを叩きつけられたのだ。耐性を獲得できない方がおかしい。


「いや、覚えてないならいいよ。ただ謝りたかっただけだ」

「………前にも麦島から似たようなこと言われたことがあるな」

 鯖東が麦島の方を見ると、麦島はニコニコしていた。

(………なるほど、麦島も俺らと似たような感じなのか)

 麦島の隣には伊武祥菜がいたが、彼女は何故か深く頷いていた。

 何故頷いているのか分からないが、おそらくそれが惚れている理由なのだろう。

 自分が体験したことで今までの神原周りの疑問が一気に解消されていった。


「はい、これ」

 俺は神原にある物を差し出した。


「…これは?」

「コーラだよ。朝コンビニで買ってきた。今喉乾いてるわけじゃないと思うけど…謝罪の気持ちだ」

 あいつは炭酸を飲みたがっていた。あいつは知らなかったのだろうが、館舟高校の自販機に炭酸飲料はない。だから学外のコンビニで購入した。


「謝罪ってマジで何のことだよ…」

 神原として納得行かないが、常温保存が出来ないものを差し出されたら受け取らないわけにはいかない。

「まぁ、せっかくだからいただくよ。ありがとう」

 神原はコーラを受け取った。


 周囲はこの一連の出来事について何事なのか分かりかねていた。

 謝罪を受けた神原は当然分からず、事情を知らないクラスメイトは頭がハテナマークで侵食されている。

 理解しているのは当事者の3人と、2回目の体験者である麦島、そして何故か伊武だけだ。


 そしてこの一連の出来事により、クラス内での神原のイメージが大きく変わることになった。

 伊武に好かれている変人、根暗からトップカーストに飲み物を献上される謎の男に大きくジョブチェンジした。

 結局は謎で満たされているため神原の生活が変わったというわけではないが、少なくてもクラスメイトにはっきり認知されるようになったのだった———





(もらったわいいけどさーー、俺コーラじゃなくて四ツ矢サイダーが飲みたかったなぁ)

 クラスメイトからの印象が変わり始めていた時、神原が考えていたのはそんなくだらないことだった。


(というかこれどうすんだよ?お茶とかにしてくれよ。俺炭酸好きなんて誰かに言ったっけ?)

 手には冷たいペットボトル。

 クラスのざわざわした空気に耐えかねて教室を抜けて階段に座り込んだ。

 開封しなければ炭酸が抜けることはないが問題は温度だ。

 給食で飲むにしてもそれまで冷たさを維持できない。冷蔵できる場所に一時的に保管する必要があった。


(冷蔵って言ったら………私的なもんを置いて良いのか分からんけど、家庭科の先生に頼むか…。なんか知らんけどこの前の調理実習で褒めてくれてたから印象いいだろうしいけるやろ…)



 こうして家庭科教諭の湯浅理亜に頼み、ペットボトルを一時的に冷蔵してもらい、給食の時間にキンキンな状態で味わうことが出来たのだった———

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