第20話 テレビ出演②
神岐は現在テレビ夕日に来ていた。
局風故なのか分からないが秋葉原駅から徒歩5分のところに位置していた。
神岐にとって秋葉原はよく行くのでテレビ夕日の場所は元から知っていた。
そのため迷子になることなく待ち合わせの15分前にエントランスに着くことが出来た。
(こんな場所にあるとオタク文化の情報発信媒体のためにこのテレビ局を作ったと言われても信じちゃいそうだな)
エントランスに入るともうアニメ色が強い局のソファに腰掛けている神岐。
そのソファも色が強く何かのアニメキャラがプリントされたソファだ。
(文字通り尻に敷く感じになっているのがどうもアレなんだが)
ドアに入った時に映画のポスターがデカデカと貼ってあった。
タイトルは『光が戻るまで私は…』というらしい。
最近周りでもよく聞く滝波夏帆がヒロインの声優をやっているらしい。
確かに可愛い。マジマジとポスターを見る神岐。
(てかアニメーション映画なのにポスターに実写の滝波夏帆を使ってる時点で完全に滝波夏帆人気のゴリ押しだよなー。
演技は上手いらしいからそれでもいいのかもしれないけど。これでしょうもないクソみたいな声優だったら世間からぶっ叩かれててもおかしくはないよな)
既に受付の女性に企画担当室の小鉢に取り次いでくれと伝えてある。
向こうがわざわざ1階まで迎えに来るようだ。
そしてソファでスマホを弄りながら待つこと5分
「遅れてしまって申し訳ありません。企画担当室の小鉢です。comcomさんでよろしかったでしょうか?」
20代ぐらいの男性が声を掛けてきた。
「はい、初めまして、comcomです。この度はご連絡いただきありがとうございました」
ペコリと会釈をする。
「いやいや、こちらこそです。ここで長話も何ですから会議室に行きましょう。クーラーありますよ」
「本当ですか!いやー、雨でジメジメしてて気持ち悪かったんですよ。行きましょう行きましょう」
昨日は雨が降っていたためジメジメとした空気が残っていた。しかし今年は雨が全然降っていなかったのでようやくか、という心境だ。降られると億劫に感じるが降らないと降らないで色々と困ってしまう。板挟みというべきか。
軽い挨拶を済ませた2人は小鉢に導かれて8階会議室と書かれた場所に着いた。
「どうぞこちらお座りください」
小鉢に促され席に座る。
今の神岐は顔を隠していない。
サングラスマスクで目上の人に会うのは些か無礼だと思ったからだ。
「軽く自己紹介をしましょうか。テレビ夕日の小鉢勇です。隣が…」
「初めまして、小鉢と同じ企画担当室の霧矢莉奈と申します」
そして小鉢、霧矢以外にもう1人。
「初めまして、カメラマンの広末雄二です。顔は映さないので安心してください」
「ありがとうございます。comcomと申します。本名はちょっと勘弁してください」
「気にしないでください。バレたら大変ですもんね」
それぞれ自己紹介を終えて少し会議室内の雰囲気が柔らかくなった。
「では、まず、お受けいただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそです。まさか1投稿者に局のディレクターさんがわざわざ声を掛けてくださるなんて光栄です」
「まぁそれだけ本気ってことですよ。正直最初この企画が決まった時に声を掛ける人は既に決まっていたんですけどあんな動画を見せられたらねー」
野球動画のことだろう。
「いやー、お恥ずかしい限りです。偶然の産物みたいなものですよ」
「偶然で世間を騒がせてたらキリがないですよ。君のあの動画で中々面白いことになってるしね」
「メールで言ってた野球界のことですか?」
「そうそう、たぶん君もそれについて聞きたいからオファーを受けたと思うから先に話すね。ただし、世間に発表させるまで口外はしないでね」
「はい、それは勿論です」
(ありゃ?予想外。てっきり駆け引きみたいなのをしてくると思ったのに随分あっさり教えてくれるな。これだとこちらからは断りづらくなってしまった)
神岐はあっさりと事態が進み拍子抜けしている。
しかし知りたいことを無条件に教えてくれるのなら万々歳だと話を聞くことにした。
(あれほどの流行を産んでおきながらもこの対応。天狗にならないとなるとはかなり落ち着いた性格だな。天狗だったらおだてて色々聞き出すことは出来るけどこういったタイプには駆け引きはあまり意味を成さない。ならこちらから誠意ある対応をすればいい。向こうも引きづらいだろうし。もだし純粋にそれについてcomcom君の意見が聞けたらそれはそれで撮れ高に繋がるからな。放映は野球連盟の会見予定日のあとに予定されてるし。速攻タイムリーにcomcom本人の意見が聞けたら万々歳だ)
小鉢もテレビ局の人間。
競合を出し抜くネタの確保は欠かさない。
知らず知らずの内に腹の探り合いをしていた2人だが利害は一致していたのでこれ以上の心理戦が行われることはなかった。
むしろ互いに理解し合える相手だと2人とも感じた。
「それで、声明というのは何なんでしょうか?」
「えっとねー。あの動画が投稿されたあとね。勿論野球の関係者もその動画については認知したんだ。でも軽いレクチャーで30キロも速くなるもんかって誰もそれを実践しなかったんだよね」
それはニュースでも見た。
元プロ野球選手のコメンテーターやスポーツ科学に精通している人は揃って眉唾だと否定していた。
『そんなことが起きるはずはない。デタラメだ』
実際に搬送された人や動画を見て実践した人の動画がTwitterに沢山あったのにそれでも頑なに認めようとはしなかった。
それは野球連盟も同じで報道に対して真っ向から否定の意を上げた。
それを受けて球団も野球連盟の声明を支持した。
というのが先週の日曜日、投稿から2日後にニュースで報道されていた内容だ。
「でもね、1つだけ野球連盟に反対して君の動画を見た球団があったんだよね。君にメールを送った日、もしくは翌日の木曜日のニュース見た?」
「野球関連でですか?いやー最近は忙しくてニュースは見てなかったもので、テレビはありますがバラエティーやドラマばかり見てまして」
「そっか、バラエティ担当としては嬉しいねー」
隣で霧矢がぶすっとした態度を取る。
霧矢はニュース担当なので見てないと言われて拗ねてしまったのだ。
そんな事情を知らない神岐は何か失言したかと焦り事情を知っている小鉢はニヤニヤしている。
広末はカメラマンという立場上一切声を出さない。
まだインタビューが始まってないのでカメラも回っていないが一線を引いて3人の空間になるように努めている。
「ゴホン、それがシャークライダースなんだけどね。この前シャークライダースとエーゼットホークスの試合があったんだけど…もう分かるよね?」
「……ノーヒットノーランですか?」
本当にニュースを知らない神岐はとりあえず予想を述べる。
「それは勿論だがそれだけじゃない。彼らは君の動画の忠告通り球数を制限したんだ。3人で9回まで回して全部三振、27球交代さ。さらには全球170キロ越えだとさ。日本記録余裕で更新さ。試合をたまたまテレビ中継で見てたけどあんなお通夜みたいな試合は初めて見たよ。観客の声援がないんだからてっきり無観客試合かと思ったよ」
小鉢はゲラゲラ笑っている。
「そうなんですね。知らなかった」
そういえば一昨日やたらTwitterで野球のことを言われることが多いなと思っていたが、てっきり動画のことだと思ってスルーしてたがまさかプロ野球のこととは思わなかったな。
「本当に知らなかったみたいだね。いや〜、凄かったよ。地区予選の弱小校vs全国常連校を見ている様だった。ホークスなんてもう最後の方は突っ立ってるだけだったよ」
「それは…まぁホークスの方は気の毒ですね」
自分が原因なのでコメントに困る。
「君が気に病むことはないよ。ライダースがちゃんと戦略として君の動画を使ったんだ。使わなかった向こうが悪いんだ」
「それは…そうですね。でもそれって普通にニュースで流れたんですよね。ここでオフレコにしてまで言うことではないと思うんですけど」
「まぁまぁ待って待って、話はここからさ。ライダース対ホークスの試合はライダースの圧勝。試合後のインタビューで監督が君の動画を選手に見せた結果だったって言ったことでようやく君の動画の力を連盟が認めたんだ。そしたらその次の日の他の球団の試合は酷かったよ。全員が君の動画を見たから170キロのオンパレードさ。試合は当たり前のように延長戦に突入。観客も終電があるから帰り出して、それでも試合ルール上持ち越し試合は認められないから試合を続行して、動画を見れば簡単に160を越えるから3イニング投げたらどんどんピッチャーを交代して、いやー酷かった。キャッチャーも手が腫れて捕球出来なくなってコロコロ変わったり、球が審判に当たって審判が変わったり、デッドボールの選手は病院行きさ。最終的にはピッチャーを先に枯らした方が負けって感じになって先に尽きた方が棄権をして試合が終わったよ」
神岐はその地獄絵図みたいな試合を想像して震えた。
『僕のせいでそんなことに…』なんてことは思わず、『俺ヤベー』と内心狂喜乱舞状態である。
多少影響はあるだろうとは思ったが地獄絵図までとは思ってなかった。
これもまた神岐の計画性のなさが招いた事態である。他の超能力者へのメッセージのつもりが思わぬところで被害を生んでしまっている。
「そんな試合が頻繁に起きたら選手にも観客も何も得にならないってことで連盟は速く投げにくいボールを今後の試合で使用することを宣言する会見を近日中に発表するらしいよ。これが君に言いたかった話。それまで予定されていた試合は延期だってさ。comcom君、野球ファンとして言われてもらうとね……、やってくれたね君!」
比較的フランクだった小鉢だが最後のセリフは冷たい声をしていた。怒気を孕んでいる。
神岐も多少の責任というのはあるのかもしれないが自己責任である。
別にこれはドーピングや八百長などの不正でもない。合法で良い方法を選ぶのは監督やコーチとして当然の行為である。じゃあそれで選手が故障した時にその方法を考えた人を責めるのか?いや違う。責められるべきはそれを選手にさせた監督やコーチの責任である。
これは最初にそれを選んだシャークライダースの問題のはずだ。連盟も見るなと釘を刺してたんだしこれで神岐が責められるのはどう考えてもおかしいのだ。
「あなたはそれを言うために俺をここに呼んだんですか?」
なのでここで自分に言うのはおかしい。ここでそれを言うことで何も事態は変わらないのにと神岐はイマイチ小鉢の思惑が掴めない。
「…それもある。1野球ファンとしてはピッチャーが無双して内野外野手は突っ立ってるだけなんて試合は見たくなかったよ。もっと勝つか負けるかのハラハラした試合が見たかったよ。けど君を糾弾するのはおかしいとも思ってる。君を責めるのは飲酒運転の事故が起こった時に飲んだ人ではなくビールを作った会社を責めているようなもんだからね」
でもね…と小鉢は続ける。
「ファンとしては悲しいことだけど、1ディレクターとしてはね、この事態は最高に面白いんだよ!」
再び小鉢が活き活きしてきた。
「早く投げにくいボールに変更。いいねー。それのきっかけが動画を投稿しているだけのただの一般人。なんだこの漫画みたいな出来事は!しかも今動画投稿者を特集した番組を担当している。これは絶対に君に声を掛けるべきだろうよ。そうだろう?」
小鉢が霧矢に話を振る。
「そ、そうですね。番組としても話題性のある方は絵になりますからね」
戸惑いながらもテレビ局員としての正しい回答をする。
「そうだろう?comcom君、キツく当たってしまったがこの番組には君の力が必要なんだ。ギャラは好きな値段を吹っかけるといい。必ず支払わせてみせる」
「ちょっと小鉢さん、大丈夫なんですか!?」
法外な値段になるかもしれない事態に霧矢が止めに入る。
「大丈夫だ。彼はそんなことはしない。だろ?」
試しているのか信頼しているのか。だが彼の言う通り無茶な要求をするつもりはない。しなくても簡単に手に入るからな。
「年上の方に評価していただけるのは光栄ですね。分かりました。もとよりそちらの話が聞けたら私は元々受ける気でしたから。ギャラは適正な価格で結構です。ただ、1つだけいいですか?」
「ん?なんだ?」
「今後私が何か困った時は、私に力を貸してください。この番組だけの関係ではなくこれからも親しい関係でいましょう」
(親衛隊にはマスコミ関係の人がいなかったからな。報道側からの情報提供があればかなり楽になる。しかもこっちはギャラの選択を放棄しての提案だ。これは断れまい)
「そんなことでいいのかい?全然okだ。友人として君に力を貸そう」
小鉢もそれぐらいならと了承した。
「ありがとうございます」
神岐と小鉢は握手をして互いを認め合った。
霧矢と広末も暖かくその光景を見守っていた。
「comcom君、最後に1つ忠告をしておくよ」
フランクでもなく冷たくもなく真剣な表情になる。
「何ですか?」
「今回の件、私でさえも軽い怒りを感じたんだ。他の野球ファンも私と同じ気持ちかもしれない。無論連盟には絶対に嫌われたと思った方がいい。君らの界隈で言えば『アンチ』と言うのかな?それが確実に出来たことを覚えておくといい。襲撃とかはして来ないとは思うがそれなりに用心したほうがいいかもしれない。事実君にオファーしたと上に話したら今後野球中継をさせてもらえないかもしれないから止めた方がいいという声も上がったからね」
「……そもそもこの局で野球中継してるんですか?」
「はっ、アニメやゲーム色が強いと言っても他局と同じようなことはやってるよ。私も他局がやってることなんだからウチがやらなくてもいいだろうとは言ったんだけどね」
なるほど、最低限といったところか。
「じゃあ僕はここにいない方がいいんじゃないんですか?」
「いや、社長に直談判したらあっさり通ったよ。この局の方針は何ですか!って強く言っちゃったけどね」
(この人は目的のためなら突っ走るタイプだな。この局には適しているかもな。壁にぶつかっても進み続けて…倒れるタイプだ。友人になったんだ。親衛隊同様最低限は見てやらんとな)
もはやどっちが年上なのか分からないがとりあえず小鉢との会話は終わった。
(小鉢さんは心配してくれたけど認識誘導があればアンチなんて撲滅できるんだよなー。けどわざわざ心配してくれるのは嬉しい。ありがとうございます)
ようやくインタビューの様子が書けます
ダイジェストにはなると思うけど




