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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第1章 神原奈津緒
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第2話 伊武祥菜

 よく聞く話だ。

 人には必ず癖や弱点、欠点の類いが存在する。

 それを克服しても次は別の場所に歪みが生じる。

 アスリートなどはフォームが乱れているのを直すと別の場所が乱れるらしい。

 克服を繰り返すことで限りなく自身のパフォーマンスを高めているのだ。



 しかし、俺はそうは思わない。


(弱点を克服したら別の場所で弱点ができるってんなら、弱点が分かってる今を維持したほうがいいだろ?)

 克服して新たに弱点が出来た時、その歪みを見つけなくてはならないからだ。


 完璧な人間などおらず、人間には必ず弱点がある。

 弱点は決して0にすることは出来ない。


 新しい弱点を見つけるなんて、そんな面倒なことをするなら弱点が分かってる状態でそれを残しつつカバーするかが大事である。

 決して治してはいけない。残しつつパフォーマンスを高めるのである。鼬ごっこは疲れるから。



 自分の弱さを知った時、そいつは強くなる。

 これが神原奈津緒の持論だ。


(つまり…俺がヨーグルトを食えないのは自分の苦手な物が分かってるってことで素晴らしいんじゃないか?)

 ずっとヨーグルトが苦手なままの方が、もし克服した時に別の苦手が出来てしまうかもしれない。

 ()()()()()()()()神原にとっては、戯言などではなく割と真面目な話であった。


(俺の目の前にあるこのヨーグルト。お前との対決は敗北でいい。その代わり他の試合で勝てばいいんだ)



 論理はかなり破綻している。だが神原の考え方も間違ってない。


 自己の弱みを知って戦略を立てる。経営でもSWOT分析などで弱みを抽出したりする。治さないのは逃げではない。

 その弱みが悪影響を生まないように絹布で包んで無害な場所へ誘導するのだ。


 残りはしている。新たな弱みが今よりも強い弱みになるかもしれない。逆も然りだが理解出来ているということはアプローチ可能ということである。

 新しい方が歯周ポケットぐらい奥まったところ、取りづらい場所にあったりしたら絶対に後悔する。打開よりも現状維持のほうがいい場合があるということだ。



「あれっ? 神原君、ヨーグルト食べないの?」


 神原がヨーグルトと睨めっこしていると前の席に座っている女子、伊武祥菜(さちな)が話しかけて来た。

 以前背中の埃を数えた女子だ。顔立ちは良く、サイドテール?と言えば良いのかポニテみたいな尻尾が横向きに垂れている。

 彼女もまた、ヨーグルトを手にしていた。



 同じクラスの男女が何故ヨーグルトを持っているのか———


 この学校は高校なのに、昼食は給食制度を取っている。

 この時代、『給食から食中毒が出たらどう責任とってくれるのよ!』とか言うモンスターペアレントがいそうなものなのだが給食制度だ。


(よっぽど作るのが面倒なんだろうな。私立に通わせてるんなら収入もあるだろうに、専業主婦もいるだろうに…)


 家庭の事情はいざ知らずだが、自分のようなシングルマザーのお母さんにとっては非常に助かるのかもしれない。


(公立は分からんが私立で給食制度を取ってるのは館舟だけだって聞いたな。モンペが理由って思ったが本当の理由はなんなんだろうか?)


 正直家に帰って毎日弁当箱を洗うのはちょっと面倒なので給食制度には特に反対意見などはない。

 それに弁当では表現できない料理を堪能することが出来る。

 このヨーグルトしかり、弁当にヨーグルトは普通入らない。

 おそらくこのバリエーションの多さが学生に好まれる要因だろう。

 運動部などは自分でおにぎりとかを持ち込んで早弁してるのを見たことがある。

 帰宅部の自分がそれをやるとおデブちゃん一直線だ。



「ヨーグルト苦手なんだよ」

 ヨーグルトの容器をペタペタと触りながら答える。苦手を晒す気まずさでパッケージの成分表示表を見てしまう。


「えぇー、美味しいじゃん!何で食べれないの?」

「特に明確な理由はないけど、何か苦手なんだ」


(理由…強いて言えば臭いか?妙に鼻にクる感じが好かん。おとゼリーほど形がハッキリしてないのもあるか…)


 杏仁豆腐よりも形が保たれておらず、かと言って牛乳のように液体かと言われたらそうではないこの中間の感じ。

 その半端さが気に入らない。

 ラッシーをドロつかせたもんと思えば食えんことはないが、給食で出させたくらいなら正直食べない方がマシだ。


「ふーん、勿体ない。そのヨーグルトどうするの?」

「麦島の野郎にでも食わせるよ」

(流石に女子に食ってもらうのはなぁ…あいつならデカいからなんでも食えそうだ。……あいつもしかして帰宅部なのに給食と別で飯食ってるから太ってんじゃないだろうな?)


「あー、そうなんだー」

 答えた途端に伊武のトーンが下がる。

(なんだ?急に棒読みに夏なったな。麦島の話はまずかったか?)

 何やら急に不機嫌になってしまった。

 あまり触れない方がいい話だったろうか。

 そういえば女子は太ってる男が嫌いって聞いたことがある。良い奴なのに外見だけで判断するのはなんだかなぁ……


(……俺はなにをナチュラルにあいつを褒めてるんだ)

 自分の思考を否定するために首を横に振る。


(確かに頭良くて物腰も柔らかいから話しても気が楽だけど……って、何を言ってるんだ俺は。あの野郎のことなんてどうでもいいんだよ)


 悪霊退散悪霊退散と言いながら麦島という名の煩悩を振り払う———


(避けるって…言っちまえば意識してますの体現だよな……。うん、さっさとあいつに渡すか)


「おーい麦島ー、ヨーグルトいるかー?」

「いる〜」

 シュバッと俺のそばまでやってきた。その動きだけは名前に相応しいと神原は顔に出さず思った。


 神原はデザートのヨーグルトを麦島にあげた。

 プリンみたいに甘い物ってわけでもないのにニコニコして感謝を伝えやがるもんだから、どういう返しをすれば良いか神原は困ってしまったのだった。



 ♢♢♢



(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁァァァァァァァァ…………)

 私めっちゃ態度に出ちゃってたどうしよう。

 神原君不思議がってないかな。


 伊武は露骨な態度で神原が機嫌を損ねてないか焦ってしまう。


(麦島君男子なのに何で反応しちゃうんだろう?)



 私の名前は伊武祥菜。館舟高校の1年6組に在籍してます。

 実は私は後ろの席の男子に恋をしています。

 名前は神原奈津緒君。

 他の女子は暗い人だと言うけど私はそうは思わない。…たまに変な事言うけど……。

 常に落ち着いていてクールな人。暗いと言ってしまえば当てはまるかもしれないけど多感な高校生でこの落ち着きようは凄いなって思う。

 それに、彼の()()()()()()()を私は知っているから!


 チラッと右前方で給食を食べている人達を見る。男子数人が対角線のこちらにも聞こえる声量で喋りながら食べていた。


 あっちの人達なんて授業中もはしゃいでて正直好きじゃない。よく話しかけられたりするけど、あんまり深い関わり合いになりたくないかな。


 伊武の好みはアクティブよりもクールめ。

 うるさい人より寡黙な人の方が好きなのだ。


 さっきは麦島君に嫉妬しちゃった。

 せっかく2人で話してる時に他の人の名前を出さないで欲しいなー。

 でもこれって神原君のデリカシーがないんじゃなくて私が重いだけなんだろうけどね。女の子ならいざ知らず男の子に嫉妬してるんだもん。

 …いや、デリカシーはない方か……


 神原はクラスの中心でもないし彼固有の変人さからも友人と呼べる者は麦島くらいのものだ。

 だからこそ給食の時間は誰にも邪魔されず2人きりになれるのだ。

 一緒に食べそうな麦島も伊武の事情は知っているので応援するために敢えて神原と別の席で食べているのだ。

 神原自身はペラペラと喋るわけではないのでゆったりと2人きりの空間が築けるわけだが、麦島の登場はそれに水を差されたようなものなのだ。


(だって神原君部活入ってないから放課後すぐ帰っちゃうし。私はもっと話したいのに…。放課後はテニス部があるから一緒に帰れないし、休み時間はずっと寝てるし)

 そのため、給食の時間しか喋る時間がないのだ。


 館舟高校は弁当ではなく給食制度を採用している私立では珍しい学校だ。

 食べる席についてもクラス内であればどこへ移動しても良いというルールがある。

 仲の良い人達が机を寄せ合って食べている光景を見ることができる。


 そんな中、神原は席を移動することなく、1人で黙々と食べるのだ。


(一度何で移動して誰かと積極的にご飯を食べないか聞いてみたけど、『今しか出来ないことをしたいから』って言われたな。喋るのはいつでも出来るから空いた時間にしか出来ない睡眠や勉強をしたいってことなんだろうけど…確か神原君って学年でも上位の方だったよね)


 この前の定期考査でクラスでも上位の成績だったはずだ。

 そこまでしないと上位を取れないのかと驚いたものだ。


 かくいう伊武も神原の近くにいたいから席を移動することなく食事をしている。

 そこには2人で形成された静かな空間があった。


(他の女子に給食の後、「2人だけの空間はどうだった?」って小馬鹿にされてるんだからね!)


 伊武が席を移動する事なく神原と食事しているのが何日もあれば、誰だって伊武の片思いに気付くだろう。

 現に小馬鹿にされるくらいには認知されている。


(てか気付くでしょ普通!こんなにずっと後ろ向いて話しかけてアピールしてるのにさ!!)


 伊武から見た神原は、あまり人付き合いをしているようには見えない。

 学外は分からないが、学校では麦島とか喋っていない気がする。


(もっと直接的にアピールした方がいいのかな…?)


 好きな人いるの?とか?


(…………………………無理だよー///)

 あまりの恥ずかしさに顔をが赤く茹で上がる。

 顔に出てるのが余計に恥ずかしくなり首を振って熱冷ましをする。


 神原が目が点になって伊武を見ている。

(あー、絶対今の私を見て「何急にこいつ?」みたいな反応してるーーー。いや、落ち着け伊武祥菜!)


 パンと両手で自身の頰を軽く叩く。

(形はどうであれまずは関係を深めることが大事でしょ!……よしっ、行こう!)

 気持ちを落ち着かせて神原へ話を切り出した———



「あのっ、神原君はさー 好きな人っていr」

「Zzzzzzzz……」

 伊武が尋ねながら後ろに振り返ると神原は机に突っ伏して眠っていた。


(…寝ちゃってるーーーーーーーーーー)

 思わず突っ込みそうになるがなんとか抑える。


(えっ?麦島君にヨーグルトを渡してからまだ1分も経ってないよ?そんなすぐ寝れる?)

 神原からスーっという音が漏れているので眠っているのは間違いない。


(んんん〜。手強いなぁ、けど絶対に振り向かせて見せる!)



 ♢♢♢



 放課後———

 館舟学園女子テニスコート


「えっ?神原君?」

「そう。祥菜は神原君のこと好きじゃん。」

「えっ、う、うん…」

 最初こそ隠そうとしていたが端から見たら好意だだ漏れで信じてくれなかったため、また本当のことであるので否定はしなくなった。女子からは『なんでよりにもよってそいつ?』と、男子からは『なんでよりにもよってそいつ?』と。

 あれっ?どっちも同じだ。とにかく良い反応は得られなかった。


 今伊武が話している、同じクラスであり部活も一緒の柿山凛も当初は同じような対応だったが、純粋な神原への思いを散々聞かされて、今は応援する立場に変わった。伊武を持ち上げるクラスの過半数の女子も同じようなに変わっていった。


 ただ、逆に残りの女子達は伊武が可愛い可愛いとよいしょされるのを好まない。所謂カーストの高い、自信もある者達だ。

 伊武を敬遠し、その伊武が好いている神原も小馬鹿にしている。


 トップカーストではない。見た目はブサイクではないがパッとしない地味男。

 彼女達の神原評はそんなところだ。最近の言葉で言うと根暗オタクという感じだろうか?

 神原は教室でアニメの話はしたことはないが地味な奴=オタクという不可思議方程式が女子高生界隈ではスタンダード鉄板公式と化しているためもれなくその公式に埋め込まれてしまっていた。


 そして男子、男子からの支持が高い伊武。そんな彼女が好いている神原は嫉妬の的であった。

『あんなやつよりも俺と遊ぼうよ』と誘って撃沈された数はクラス外の男子を含めると2桁は優に超える。そういうことを言う奴はもれなく伊武のタイプ外だからどう足掻いたところで無駄なのである。

 なら神原を攻撃するという選択肢が浮かぶがクラスのアイドルの伊武、そして何かと神原に突っかかる麦島の存在によってそれは実行されない。あらぬ噂話で神原のイメージダウンを図ろうとすると麦島の耳に入り睨みを聞かせられる。

 麦島は朗らかな性格故に顔も広く、コソコソと計画してもどこからか必ず麦島に漏れてしまうので無理なのだ。女子の方から攻めようにも独自のコミュニティがあるのでそれも叶わない。


 神原自身が何かしたわけではないが、神原防壁は堅牢に築かれているのだった。



「あー、違う違う。別に前みたいに諦めろとかじゃないよ。応援するって言ったじゃん!」

「う、うん」

 伊武自身必ず一回は神原を否定されるのでそれを説明するのに嫌気が差していた。ようやく最近になって周知の事実になって問い詰められることも減ったがそれはクラス内での話でクラス外、他の学年の人達からは未だに遊びの誘いや告白紛い、神原sageが行われる。

 だから神原の話を振られると反射的に嫌な気分になってしまうのだ。柿山はそんな伊武の微妙な表情の変化を察して説明する。


「好きなのは分かったけどさ。向こうは祥菜のことどう思ってるの?なんか好きって感じに見えないのよね」

「そうなの聞いてよ!神原君ってね、凄い鈍感さんなの。あそこまで行くともうわざとだよね。素だったら流石に凹んじゃうんだけど!今日もね。給食の時間に色々話しかけたんだけど、聞いてはくれるんだよ。でも気付いたら寝てたの!酷くない?話も基本私から振ってるの。嫌われてはないと思うけど脈があるって感じにも見えないんだよね。どうしたらいいかな?」


 伊武は神原のことになると凄く饒舌になるのだ。好きって気持ちが言葉の節々から感じられる。


「んー、鈍感とは違う理由がある気がするね。あまり近付いて欲しくないとか」

「私臭いのかな?」

 クンクンと肩まわりの匂いを嗅ぐ。部活中だからちょっと汗が……。梅雨でジメジメするから定期的に制汗シートで体を拭おうと伊武は心に決めた。


「匂いじゃなくてその距離感かな。パーソナルスペースっていうじゃん」

「あぁ、適度な距離感っていうのだね」

「神原は必要以上にグイグイ来て欲しくないんだと思うな。だからガツガツしたアプローチはやめた方がいいかもね。祥菜も今やられてるのを自分が神原君にやってたら嫌でしょ?」

「絶対にやだ!…じゃあ一緒に給食食べない方がいいのかな?」

「んー、それについてはなんともだけど、問題ないんじゃない?何もずっと話しかけてるわけじゃないんでしょ?なら引かれてないと思うから今のままでいいと思うよ。けど、現状維持は何も進展しないかもね」

「というと?」

「過度なアプローチは逆効果だけど意識させるのは積極的にやった方がいいかもね」

 伊武には言葉だけでは違いが分からなかった。


「それって一緒じゃないの?」

「違うよ。んー、いい例えが出ないけどー、毎日おはようって声掛けたり何気ない会話を繰り返しすることで神原君の学校生活の中での祥菜の存在を高めるって感じかな」

「存在を高める…」

「そして祥菜が学校を休んだ時にいつも言われるおはようや一人ぼっちの給食を経験することで祥菜がいないって寂しいなって思わせて強く意識させるのよ!」

「お、おぉ…。なんかそれっぽいね」

「ふふん、控えい控えい。少女漫画から得たその名も『失ってから始めて相手の大事さに気付く作戦』だ!」

「て、天才なの凛ちゃん!?」


(何やってんだか…)と近くにいた部活動の仲間達は2人のアホさにゲンナリしていた。


「けどこれは祥菜がいなくならないといけないからね。学校を休むなんて現実的じゃないしそんな理由で休むのは()()()良くないだろうし、ここはもう一つの作戦を切り出す必要があるかもね」

「もう一つの作戦?」



「そう!名付けて!『――――――――――――』作戦よ!」




 この柿山提案の第二の作戦によって神原と伊武は付き合うことになるのだがそれはまだ先の話———

最後に結末を教える大胆なスタイル

第1章の内に結ばれます

お楽しみに…

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