第141話 なかまづくり⑪
教会通り 入り口
楽器ケースの男はリュックの男のところへ向かった。
それに気付いた零は明治通りを通って教会通りを目指していると鬼束実録は思った。
しかし実際は2人ともアモーレ原宿に入ったことで間違った推察なのだが、それに気付かない実録は———
「ドクター!」
「!!!」
「……三つ子の…」
背後から呼ばれたことで有働は咄嗟に後ろを振り返る。
教会通りに入ったはずの三つ子が、後ろにいる。
教会通りで見えた別府と三つ子に意識が向いていて、背後が手薄になっていた。
背後から奇襲されていたら少し危なかったかもしれないが、焦りか心配か声を出したおかげで有働は自身の緩みを正すことができた。
(が、挟み撃ちされているのは変わらないな…)
医者に反撃の機会を一切与えないためにこうして攻撃の手を緩めず、立ち上がるタイミングすらも奪い、攻め続けている。
「…挟み撃ちだぞ。対処しないのか?」
盛大に攻撃を受け続けているというのに、助言のようなことを言いやがった。
「俺が後ろのガキを殺る間にお前が仕掛ける気だろ。ガキに加勢させるのか?医者がか?」
「……医者ではないが、加勢されることで君が困るのなら、喜んで私は指示を出そう」
「…分からんな。お前は俺らからガキを取り返したいはずなのに、どうも本腰を入れてない感じがするな。手を抜いているのとも違う。短期戦で終わらせたいはずなのはお前も同様なのに、何故だ?」
(何だ?なんか会話してる?戦闘中に)
ドタドタと動き回る音で会話の内容は聞こえないが、チラリとドクターがこちらを見たから、自分に関わる話をしているようだ。
(実地テストの話か?)
実録達三つ子は未だにこれが誘拐ではなくテストだと思っている。
不意打ちせずに呼びかけてしまったのも、認識の違いによるところが大きい。
(というかなんで零兄はいないんだ?)
楽器ケースの男が走り出した先にはドクターとリュックの男がいる。
リュックの男に加勢するためにここに向かったものだと思っていたが、零も市丸も、楽器ケースの男すらいなかった。
「…お互い仲間のヘルプのために急ぎたい……という状態だったな。ここで時間を使ってしまうと地下鉄に閉じ込めた連中が出てくるかもしれない。そうなればいくら君が強かろうと数的不利だ。私との戦闘で消耗している中じゃどこかで限界が来る。だがね…」
———
「それは君だけの話だ。君の仲間は私の仲間に敗れる。そして君は私に負ける。時間が経てば君達の勝率は減っていく。それだけだ」
三つ子君、ドクターは加勢のタイミングを伺っていた実録を呼びかけた。
「運搬役の車の動きを止めてくれ。私への加勢は不要だ」
「で、でも今ドクターはやられっぱなしじゃ!」
「私は何者だと説明した」
「そ、それは……」
超能力者
今なおその片鱗は一切見えていない。
肉弾戦ばかりのどこに超能力の要素があるのだろうか?
だが、一般人と超能力者の戦いにおいて超能力者側に加勢するのは、バランス崩壊だ。
「長兄君はこの男の仲間を捕まえるために動いている。すぐそこのアモーレ原宿にいる」
「!!!」
この発言に驚いたのは実録ではなく有働の方だった。
この通りから別府と三つ子の1人を視認することは出来た。
しかしそれはこの医者の背後で行われていたことだ。
気付いているはずがない。
なのにこの医者はピタリと別府の現在地を言い当てた。
(この医者……)
「ここは私が抑えているから仲間は施設の正面から出るしかない。そこに必ず車が来るはずだ。車に乗せられる瞬間を妨害すれば逃げられなくなる」
「わ、分かりました」
実録はUターンして戻った。
(零兄と市丸兄は建物の中で楽器ケースの男を捕まえようとしてる。ドクターはリュックの男のマーク。誰も車を見張る人がいない。本来それは零兄の仕事だったけどそれが出来なくなった。浮いてる自分がその役の引き継ぐのはご尤もだ)
でも……
(何でアモーレ原宿にいるって知ってるんだ?テストだからある程度の目星は付いているのか?)
考えてもしょうがない。
ドクターは加勢は不要と言ったのだ。
ならば、頼まれた役割を全うするだけだ。
「どうした、手が止まってるぞ」
有働の手は止まっていた。
別府の居場所を言い当てられ、置座のマークまでされてしまった。
置座の車を足止めされてしまえば、荷物抱えて自分の足で逃げる必要がある。
警察署は目と鼻の先だ。
もし通報されて職質でもされてしまえば、もう逃げられない。
そんなリスクが頭の中を駆け巡ったことで手が止まってしまった。
はっとしたが、医者はせっかく止んだ攻撃の雨から脱出するようなことはしなかった。
「な、…な、ぜ!!」
隙を晒してしまった恥ずかしさで思い切り医者に拳を叩き付けた。
医者は正面から手のひらで拳を受け止めた。
それがより一層、恥ずかしくなる。
今までの有働は蹴りで攻撃を続けていた。
それは下にいるドクターには足で攻撃するのが最適だったからだ。
拳を使った攻撃では屈み体勢になる。
屈めば顔や胴体を近付けることになり、カウンターを貰いやすくなる。
それに、もしも医者が受け止めずに躱していたら?
拳は地面に叩きつけることになる。
手の負傷は免れないし、寸前で止めたとしてもそれは空振りという大きな隙になる。
手が止まっていると言われたことにより、反射的に手を使った攻撃を仕掛けてしまった。
動揺
それによる悪手
敵に塩を送られるザマだ。
「…思えばさっき、やけに苛烈に攻撃していたのは、仲間の存在を悟らせないためか?」
「………」
「三つ子の1人がこっち側に来たのは加勢するためなんだろうが、それは君の仲間がこっちに来ると踏んでの判断だろうな」
「………」
「そうなると、仲間の逃走ルートはある程度予想される。大博打を仕掛けてもう一度竹下通りを通るなんてことをされていたらどうしようもなかったが、外国人の勢力が予想以上に暴れ回ったみたいだな」
有働が陽動として動き回ったおかげで敵をある程度誘引できた。
まさかその敵もまた陽動だったとは、有働の想定外のことだった。
(外国人集団を無視して、置座が到着するタイミングを見計らって真っ直ぐ明治通りに出る。俺でも別府でも三つ子やレイニーとやらは蹴散らせてたはずだ。むしろ医者がいないのならその方が勝算は十分にあった。……こいつ、どこまで計算してやがったんだ)
未だ防戦一方なのに勝てると宣言できるだけのことはある。
だがそれはここでの話。
別府が三つ子やレイニーに敗れるとは思えない。
昂ったボルテージが凪いでいく。
もう感情任せに殴り付けることはしない。
むしろ攻撃を中断したことにより体と心を落ち着ける時間が確保できた。
自分に勝てるというのなら、別府がやられるというのなら、こいつが舐めプしているこの状況は医者を足止めできているということだ。
撃破ではなく足止めをすることを優先するのなら———
「あんたこそ悠長だな。せっかく逃げられたのによぉ」
「それで君を倒して三つ子達の応援に行くのではね、テストにならない。私は駒だからね。三つ子達が君の撃破のために私をマッチアップさせたのなら、それに応えないとね。テストに介入し過ぎないようにするのも大変だな」
「さっきから何だ。そのテストってのは?」
「気にするな。こっちの話だ。さぁ、仕切り直しだ」
「そうかい……」
「その余裕をぶっ壊してやる」
有働の足技が再開された。
ドクターを倒すために、変わらず攻撃を仕掛けているが、先程とは違う点があった。
「おっ!」
それにドクターが気付いたのは初撃からだった。
(こいつ…、顔じゃなくて足を!?)
有働は執拗にドクターの顔を踏み付けるような攻撃をしていた。
それに対してドクターは両腕でガードをしていた。
腕へのダメージはあるが、顔面を負傷して行動不能にならないようにはそうするしかなかった。
だが、リュックの男は顔面ではなく下半身を踏み付ける攻撃モーションを取った。
「ちっ!」
ドクターは踏みつけられる前に体を回転させる。
地面を転がる形になって肩や背中に痛みが走ったが、どうにか足を踏みつけられるのは回避できた。
「はぁっ、やるね…」
咄嗟に全身を動かしたので思わず大きな息が漏れた。
(足に攻撃されると腕を使ったガードができない。足で打ち合うようにすればいいが、ダメージがデカすぎる。この男を倒しても立ち上がれるかが怪しい。行動できなくなるのはまずい…。俺が最初に脱落なんてのは、プライド的にも避けたいしな…)
テストを作った側が最初にリタイアなんて笑える。
「それが余裕を壊す手段かな?」
「そうだ。現に焦っているな。そんな乱暴な体の動かし方では、お前の方が先に根を上げそうだぞ」
「参ったね。のらりくらりとするつもりだったが…。こういう後々悲鳴を上げるような攻撃はしないでもらいたいんだがな」
年齢的に辛いと医者は嘆くが、それだけ動けていれば十分に健康体だ。焦りは出ても致命的ではないようだ。
「……続行だ」
有働も疲労は蓄積されている。
だが攻撃手法の変更により、医者の疲労蓄積度は自分よりも高くなる。
有働も限界まで消耗するが、医者がいずれ追い越していく。
そういう狙いだ。
医者側は躱しきれずにダメージを受けてしまうと、その消耗差はさらに縮まっていく。
医者にとっては相当面倒な攻撃だろう。
(顔面や胴狙いであれば、医者の言う通りのらりくらりで俺が先に倒れてたろうな。目的を誤るな…、俺が別府に言ったことじゃねーか。くそっ、敵に塩を送られて気付かされたってのが癪だ)
♢♢♢
アモーレ原宿 2.5階
市丸はフロア情報が書かれた柱を確認したが、どうやらこの施設は0.5階層ずつの構造になっているようだ。
今いる場所は2.5階。正面入り口は1階だ。
車が表に停まっている。
階段、エスカレーターが見える。
0.5階層だから段数が少ない。
長いと入れ違いになった時に巻き返すのが厳しくなるが、この不思議な構造は市丸には有利に働いていた。
(実は裏をかいて3階に上がって俺が1階に降りるのを待ってからリュックの男の方へ向かう………、さっさと車に乗りたいならそれはないと思うが…。くそっ、人手が欲しいな。零兄と実録が建物の中に入ってくれてると良いんだけど…。1人じゃ無理だ)
アモーレ原宿内はそれなりに人がいる。
楽器ケースを抱えた男を見たかを聞けば回答は得られそうだ。
しかし、時間が惜しい。
身を潜めて2.5階から出ようとしているのかもしれないが、距離を離したのを好機と見て真っ直ぐ1階から脱出を目論んでいるかもしれない。
選択に迷うが、立ち止まるわけにはいかない。
市丸は真っ直ぐ階段を降りた。
方角から考えて階段を降りて真っ直ぐ進めば反対側の入り口に出るはず。
右前方にエレベーターが見える。
どうやら0.5階層にはエレベーターがなく、整数階層にしかないようだ。
アモーレ原宿 1階
「零兄!?」
いないと思っていた兄がいることに驚く市丸。
「市丸!?」
こちらも驚いているが、それはいないと思っていた市丸がいたからではなく、市丸しかいなかったためだ。
「どうしてアモーレの中にいるの?実録は?」
「実録?会ってないぞ。というかそれはお前もだろう。楽器ケースの男はどこにいるんだ!追ってたんじゃないのか?」
「(会ってない…。じゃあ零兄は自分の判断でアモーレに入ったのか…) そいつを追って1階に来たんだけど…零兄も見てないの?」
「見てない。どうやらここで身を隠して俺らを撒くつもりらしいな」
「じゃあ俺は1.5階の方に戻るよ。入り口さえ塞いじゃえば出られないんだし」
「いや、それはだめだ」
「?なんで?」
入り口でガードしておけば出られない。
入り口は2つあって人数も2人いるのだからそうするのがベストなはずだ。
「入り口に入る時に気付いたが、どうやらここの出入り口はお前が入って来た裏口を含めて4つあるらしい」
「4つ!?」
「ドクターを除く俺達4人いれば、って考えてるだろうが……お前、タイマンで奴に勝てるのか?」
「!!!」
「丹愛も実録がいないな。実録は楽器ケースの男のことを俺に伝えるために動いてる。…丹愛はどうした?あいつの声が聞こえたが、ここにはいない。そもそも3人で動いてたであろうお前達が、何故追っているんだ?」
「それは…………」
実録を行かせるために、丹愛と2人で楽器ケースの男を止めようとした。
しかし、丹愛は簡単に吹き飛ばされ、自分はみすみす楽器ケースの男を取り逃がした。
荷物抱えた相手を捕まえられず逃したのに、どうして入り口を塞げば万事解決と思ってしまったのだろう。
(零兄の言う通りだ。足止めが出来ることが前提なのに、その前提すら保障されていないじゃんか。2人でも勝てるか分かんないけど、少なくとも1人で立ち向かうよりはマシだろ。向こうの気まぐれだけど、結果的に2人で立ち向かうことで実録を行かせることが出来た)
2人でなら最低限何とかなるだろう。
ワンショットダブルキルでもされない限りはどちらかを攻撃している間にこちらも反撃が出来る。
でも……
「分かるけど…、じゃあみすみす見逃すことになるよ?実録と合流できても1-2になって意味がない。3人で1箇所ヤマを張るのか?」
3人固まっても、楽器ケースの男に勝てるかは怪しい。
それだけの身体能力をあの男は披露した。
丹愛の散る瞬間はまだ瞼の奥に残っている。
「入り口を張るにしても4つある。女の子の命がかかったギャンブルの確率25%は賭けられない。…入り口は張り付かない。楽器ケースの男がこの建物内に潜伏しているのなら、こちらから奴を見つける」
「(命…?)……つまり、待ちではなく攻めるってことね」
「大通りじゃない方の入り口にはドクターがいるだろう。正面だけは念の為に置いておきたい。実録と合流して正面にいてもらう。正面入り口に地下階段と2階へのエスカレーターの入り口が固まってるし車が来るならそっちを制圧してもらうのも良いな。俺達は楽器ケースの男をとっ捕まえるぞ!」
♢♢♢
「———別府」
「どうした?もう着いたのか?」
声の主は置座。
誘拐した女の子の移送要員ではあるが、有働と別府が対象を連れてこないので、一旦その場を離れてもらっていた。
「いや、もうすぐ原宿駅前の交差点だ。正面赤信号だからもうちょいかかりそうだが…。お前の方は?」
「3階の店の試着室にいる」
「試着室〜?身を隠すのにか?トイレでいいじゃんか。大抵トイレのそばに階段やエレベーターがあるだろ」
それに3階。2階層だと思ってしまいそうだが、別府がいる建物は0.5階層だから実質的には4階上にいるということになる。
それでは階段の上り下りもあり時間がかかってしまう。
いくら追手を撒くためとは言え、自ら捕まりに行っているものだ。
「身を隠すは正しいんだが、まぁ色々あんだよ。お前が到着にしたら出られるようにするよ」
何か策があるようだ。
詳細は、通話越しじゃなくて帰り道の車の中で聴くことにしよう。
「そうか…、着いて数分経っても出て来なかったらもう捨てるからそこら辺よろしくな」
「うぃーす」
(乗れたらの話だがな…)
信号は、まだ変わらない。
もうしばらくかかりそうだ。
「あぁぁぁぁ。大荷物がなくなって肩が軽いなぁ」
別府は右腕をグルグルと振り回す。
程よい痛みとともに、伸び伸びとした気分になる。
「さて、追っ手は最低でも4……1人吹っ飛ばしたから3人、明治通りで見張ってる奴を抜いて2人か。2人をぶっ倒しても見張りが生き残ってれば車に細工して逃走できなくするとかしてきそうだな。まずは見張りをぶっ倒すかぁ」
鬼束と時雨の過去編その11です
攻防戦が始まるかと思いましたが、ドクターと有働のやり取りがメインになってしまいました
撃破から足止めに目的をシフトしたことで、倒すではなく削る攻撃になりました
この攻撃はドクターには有効に働いています
如何に有働の攻撃の雨を掻い潜って持ち直せるかどうかにこの戦いの命運がかかっています
そしてアモーレ原宿側
実録を正面入り口に、零と市丸は別府の捕獲と時雨の救出と役割が決まりました
ここからはいよいよ攻防戦
別府は実録を仕留めようとしていますが、果たして気付かれることなく近付くことは出来るのでしょうか?
制限時間数分の戦いが始まりそうです
あっさり終わりそうです




