第137話 なかまづくり⑦
(竹下通りの周りをぐるぐるしたいところだが、完全に見失うようにしてしまうと、ビルの方に捜査の手が伸びてしまう。常に姿を見せつつ逃げ続ける。別府でも出来る役割ではあるが、あいつは突破手段を選ばないからな。さっきの殺人衝動に近いものがあるから任せられねぇ。じゃん負けは完全に運だが結果的には正しい配置だったのかもな…)
このまま北上してブラームスの小径に繋がる交差地点まで進んでもいいが、先回りされているだろう。
わざわざ仲間に報告するのを待ってから反撃したのだ。
これが報告前であれば、引きつけることが出来なかった。
モーツアルト通りで怪しい人物を発見、竹下通りに向かって逃走中、という情報を与える必要があった。
それを聞けばモーツアルト通りから竹下通りに人が集中するはずだ。
何人集結するか次第だが、多過ぎると単純に突破が難しくなる。
そこで一工夫。
「よっ…とぉ…」
まっすぐ北上せず、アパートの中に入る。
籠城ではない。
このアパートは、モーツアルト通りと隣の道の間にあり、二つの通りのどちらからもアクセス出来るような作りになっている。
つまり相手はモーツアルト通りを北上してくると思っているが、実際は全くの別のところにいるのだ。
だが目的は追手を振り切ることではなく時間稼ぎだ。
ひたすら掻き回してより集中させる。
捕まえることが出来ないからより多くの人手を投入するだろう。
相手の規模が分からない以上は少しでも多くの追手に追われる方が、別府の引渡し成功率を高めることにつながる。
有働はこの通りから竹下通りを目指す。
このまま北上するとT字路が2つある。
それを真っ直ぐ北へ北へ目指すと竹下通りに着く。
(連絡によってリュックを持ってるとかの情報は伝わってるはずだ。待てど出て来ない奴が別のところから出て来たら混乱するだろう)
それで良い。
敵を撹乱し続ける。それで良い。
♢♢♢
モーツアルト通り
三つ子達は集結した。
「「一瞬で2人をぶっ倒した!?」」
「うん、遠くからだったからちゃんとは見えてないけど、そんな感じだったよ」
「…きもいおっさんとかなら楽だったんだけど、面倒だな」
「だな」
唯一の目撃者、実録から話を聞いたのだが、どうも現実感がない。
現にモーツアルト通りを見ると2人の男性が地面に横たわっている。
既にリュックを背負った男はいなくなっており、竹下通りの方に向かったようだ。
「とりあえず追おう。くたばってる連中の仲間に先越されると実地テストに受からないかもしれない」
ドクターは見つけ出すために彼らを利用したと言っていたが彼らに全てを丸投げしては実地テストの意味がない。
むしろ競争相手が用意されたと見るべきだろう。
「それなら零兄に追わせると思うけどね…」
「車で引き渡す瞬間を狙うって話だったよね」
「車を妨害すれば仮に逃げた男をそれまでに捕まえられなくても遠くに行くことは出来ない……って感じなのかな」
ドクターの狙いは見えないが、それも含めて実地テストなのだろう。
「「「零兄、そっちは任せたよ」」」
3人はモーツアルト通りを北に向けて走り出した。
(あぁ、任せろ!)
何故かそう言わずにはいられなかった。
弟達は誘拐犯を追って竹下通りに向かった。
自分とドクターは車で女の子を連れ去ろうとする仲間を捕える———
ではない。
不自然だ。
竹下通りを経由する理由がない。
原宿駅沿いの道路から移送するよりも教会通りの方が近い。
彼らがモーツアルト通りに潜伏していたのなら尚更だ。
では何故人混みが多いところに逃走したのか?
決まっている。
女の子は、まだモーツアルト通りにいる。
おそらくもう1人、誘拐犯がいる。
外国人の不自然な動きを見ていないはずがない。
警戒するだろう。
なのにそのまま出て来るなんてのは無策にも程がある。
もう1人いると仮定すれば逃走した男の動機も見えて来る。
(おそらく囮。モーツアルト通りから女の子を隠した誘拐犯が出て来るはずだ。それを捕まえるのが、ドクター…いや、俺の役目。実地テストの本番は、ここからだ)
ただ捕まえるだけではテストとは言えないがこのシチュエーション。
零のいる場所からモーツアルト通りを見ることは出来る。
誘拐犯を目視することは可能だ。
ドクターが教会通りに入る車をチェックする。
ドクターならそれが誘拐犯の仲間の車かどうかを判断できるだろう。
そこで車の足止めをした場合の誘拐犯のアクションだ。
(市丸達が抜けたことにより、ドクターからのサインは貰えない)
つまり、全部自分自身で判断しなくてはならない。
さっきまでのような指摘を貰うことはできないレビューなしのぶっつけ勝負。
この流れは想定通りだったのだろうか?
誘拐犯が2人いないとだしそもそも教会通りをマークしていないと成立していない。
偶然?にしては上手く出来ている。
実地テストは穏やかに終わるわけないと思っていたが、こうも機会に恵まれていると、恣意的なものを感じてしまう。
フォーーーーーン
何かが頭の中を通り過ぎるような、上手く表現できない感覚。
点と点が繋がるような、閃きというものか。
「来た……ここでか。『確実達成』…」
三つ子達が動き出した後でのこのタイミング。
もっと早く来て欲しかったが、女の子探しもいよいよ佳境に差し掛かったこのタイミングとはどうにも気味が悪い。
……………
「……ほう、面白いな。そうなるか(傍点)」
そうなって来ると、自分と長兄君で果たして達成できるかどうか…
「…まずは、三つ子達か。あの子供達がどこまで出来るのか、見ものだな———」
♢♢♢
「こっちに来るんだよな」
「あぁ、息絶え絶えで報告があった。反撃を喰らったようだ」
「反撃ってーと、シロではないな。バカな奴だ。完全に息の根を止めないばっかりに」
ぞろぞろと中国人の集団が形成されていった。
ここに来る。
この人物だ。ネズミすら逃げ出すことは出来ないだろう。
ここに来るという大きなリュックを背負った男。
何者かは知らない。捕まえろと言われたら何も考えずに捕まえる。それだけだ。
間違ったとしても気弱な日本人には大声で捲し立てれば大抵はどうとでもなる。
警察も俺達には及び腰だから好き勝手できる。
集団を怖がって人がいなくなっているのもネットに拡散されるリスクが減って大助かりだ。
3人はモーツアルト通りを走っていた。
「さっきの人達、大丈夫かな」
目の当たりにしていた実録は倒れた2人組を心配しているが…
「呻き声を出してたから死んではないだろ」
「それよりも実地テストだ」
見ていない市丸と丹愛は実録とは感性が異なっていた。
心配している実録がおかしいわけでも心配していない市丸と丹愛がおかしいわけでもない。
あのシーンを見ているか見ていないかでは受け取り方がまるで違う。
(不意打ちだろうけど、2人を瞬殺したんだ。俺達は体も細いから3人だろうと捕まえられるかは分からない)
こちらも走りながら北上しているが姿形は見えない。
合図を送って向かうまで時間が掛かっているから既にこの細道を抜け切っているのかもしれない。
そうなると行き先は不明になるが、ドクターは外国人らの動きから行き先は推測できると言っていた。
「「「!!!」」」
「「「「「!!!!!」」」」」
三つ子と外国人達が鉢合わせた。
「「「何で……」」」
自分たちは真っすぐ男を追っていた。
目の前の連中も男を奴らがいる場所で待ち構えていた。
挟み撃ちの形になっているはずだが、挟み込んだ中に目標は入っていなかった。
それは相手も同じだ。
「ガキ3人…?男1人なんだよな?」
「そう聞いているが…」
「じゃあ男はどこにいったんだよ!」
「知らねーよ大声出すんじゃねーよ」
何やら目の前の男達が揉め出した。
おそらく向こうからしても想定外だったのだろう。
「いや、待て。こいつら、あの人が言ってた顔が似てる連中じゃないか?」
「そんなこと言ってたな。つまりこいつらも追ってたけどいなくて俺達がいることに驚いているわけか」
「……どうする。こいつらより早く見つけるのがミッションなら、再起不能にして物理的に見つけられなくした方が早いけど」
「待て、指示なく動くな。勝手に動くと怒られるぞ!」
「シーハンさんは怒らねーよ。今までもちゃんとあの人の意向を汲んだ動きをしたらお咎めはなかっただろ」
「そうじゃない。今はシーハンさんじゃなくてダオチェンが指揮してる」
「………はぁ、あの無能。またしゃしゃり出たのかよ。なら独断は止めだな。どうせ怒られるならあいつに得のない方にするわな」
アジア系の顔みたいだから話しているのはおそらく中国語か韓国語のようだが、どっちかは分からない。
発音から何となく頭の中で意味の処理ができているからたぶん中国語で会話してるみたいだが、何の話かわからない。
ひたすら大声で怒鳴り合っているようだ。
こちらを見ているからどうするかを決めかねているというところか。
「無視して突っ切るか?」
「あの群れをか?無理だろ」
「でも引き返しても意味ないぞ」
「こいつらも見つけてないなら、単純に道のどこかに潜伏してるかだな」
「俺らが過ぎ去るのを待って元に戻ったとしても、結局は零兄とドクターがいるから封鎖は出来てる」
「真っ直ぐ来たけど、見つけにくい分岐路みたいなのがあるのかも」
「というかあいつらの監視はどうなってんだよ?フリーじゃんか」
「知らん。ダオチェンが上手く指示出来るわけないだろ。こうして見つけられてねー時点でぐちゃぐちゃだよ」
「……はぁ、権威主義も凝り固まると愚だな」
「とりあえず男の捜索が最優先だ。奴らを男に近付けない。俺らが肉壁になっている今がベストな状態のはずだ。奴らも素通りにしたところに荷物男のカラクリがある」
「……そういう考え方が出来る時点でお前はダオチェンより上だな」
「愚鈍より上だけど優秀よりは下だな。シーハンさんならもっと良い方法を思い付くに違いないさ」
「おい、リュックを背負った男を竹下通りで見つけたぞ!」
「「「「「!?!?」」」」」
待ち伏せしていた中で全く違うところからの目撃情報。
「どういうことだ。どうやってこの小道を突破したんだ」
「方法は良い。見つけたんなら追うまでだ」
「どっちに行った?」
「竹下通りを真っ直ぐ、原宿駅に向かってる」
「電車に乗ろうってか。舐めやがって!絶対に竹下通りから出すな。原宿駅側を見回ってる奴らに連絡しろ。ダオチェン経由だと時間が掛かる」
「オッケー」
「何だ。誰かが報告みたいなのをしてるな」
「指差ししてるから、おそらく指してる先で見つけたみたいだな」
「あっちの方角は……竹下通りか。どうやって抜けたか知らないが、観光客の人混みに紛れて撒こうってことか」
「俺達も追うぞ」
「あいつら放置、か?」
「ほっとけ。この数だ。確率的にもこっち側が捕まえやすいし仮に先にやられても、奪っちまえば良い。早い者勝ちっぽいが結局のところは現在誰が保持してるかだろ?」
「それもそうか。向こうは少数だからな」
行くぞ、と言って集団は竹下通りに向けて走り始めた。
「行っちまったな」
「奴らを追うか?」
「いや、それだと追い越す必要がある。それだと突っ切るのと同じだ。あいつらが捕まえられなかった場合を想定してリュックの男が通りそうなところに先回りしよう」
「あいつらは奴を背後から追い、俺らは奴を正面から待ち構えるわけね…。……それって今のこれの逆になるだけじゃね?」
「だとしてもリュックの男にとっては謎の外国人集団に注意がいって俺らは警戒の対象外だろ?」
奴らが動き回れば回るだけ、こちらが動きやすくなる。
それにあの集団と声量だ。
別ルートに進んでも必ず気付くことができる。
「奴も車に乗るために車道に出たいはずだ。ドクターや零兄が見ている方とは逆の道路に出よう」
「てなると、原宿駅の方だな。追い越さないように迂回することになるな」
「リュックの男が突っ切ったら間に合わない。俺らも急ごう」
言葉は通じなくても、背景の捉え方が違っていても、目指す場所は同じになった。
だがリュックの男、有働の目的は逃走ではなく撹乱。
三つ子達は外国人達が動き回るだけ、自分達が動きやすくなると言っていたが、それは有働達にも言えること。
三つ子達は有働が囮であることに気付いていない。
本命は、まだモーツアルト通りにいる。
だが気付いていなくて良かったのかもしれない。
囮を追っていると知ってしまうと、意味を見出せなくなる。
無意味ではないが、空振り前提のムーブはモチベーションにも繋がる。
知らないからこそ全力で捕まえようとしている。
有働からしたら滑稽なのだろうが、滑稽と嘲笑うその油断にこそ、勝機があるのだ。
♢♢♢
竹下通り ハッピー堂
タピオカミルクティーを販売している店舗だ。
だいぶ昔にタピオカが流行った時は大盛況だったが、今はそのブームも落ち着いて細々と営業をしている。
だが最近はインフルエンサーの宣伝のおかげか、あの頃の再来とは言えないが少しずつ飲みにくるお客さんは増えていっている。
この調子なら後1年もすればメディアが取り上げるほどのブームになるだろう。
そんなハッピー堂で働いている薮木は客の流れが落ち着いて来たので店の入り口の清掃を行っていた。
ダッダッダッダッ
店の前を男が通り過ぎて行った。
男はとても大きなリュックを背負っていた。
原宿を高尾山か富士山と勘違いしているのかという程の大荷物だった。
そんな状態で走るもんだから走るたびにリュックが上下にバタバタと揺れ、リュックに掛かっていたカラビナがガギャンガキャンと金属音を鳴らしていた。
不思議な人がいたもんだと特に気に留めず、清掃を続けていたのだが———
ドダダダダダダダダダダダダダダ
「追他!」(追え!)
「匆忙!」(急げ!)
「キャーーー!!」
外国の言葉を発しながら集団が走り抜けて行った。
10人以上はいるだろうか?
歩いている観光客を押し除けてズンズンと進んで行く。
女性は脇に避けられなかったようで悲鳴を上げながら倒れて行った。
「だ、大丈夫ですか?」
脇に避けられた女性が嵐に取り残された女性に声を掛ける。
店の入り口にいたため薮木が巻き込まれることはなかったが、怒涛の勢いで走り抜けたため、せっかく清掃した入り口に、砂が舞い上がっていた。
事故って店の看板やガラスが破壊されなかっただけマシなのだが、良い気分ではない。
「なんか今日外国人がやけに目に付くわね」
集団の中にいた男性、ずっと店の前を通り続けていた男だ。
人と逸れて探し回っているかと思ったのだが、どうやら違うようだ。
今日の客の入りが少ないのはああいう人がウロチョロしているせいだろうか。
話していた言葉は分からなかったが、客の入りが悪くなるのはよろしくない。
「誰か知らないけど、他所でやってくれないかなぁ…」
今日の原宿はどこか騒々しい。
何かが起こっている。
あの集団が何か事をしでかせば警察に通報したいところだが……
(店員が職質されたなんて誤解を招いて店のイメージを損なったらどう責任を取ってくれるんですか!?って、店長は言いそうね。流行に乗りかけてるからやけにそこら辺過敏になってるし…。全く、店の外も中も落ち着けないわ。こうして真ん中で掃除してるのが1番ゆったり出来るわ〜〜〜)
♢♢♢
竹下通り 西側
「……難しいな。突っ立って待つのも違和感を与えるし、遠過ぎたら囮の意味がない」
とは言え、ちんたらしていたら捕まってしまうし竹下通りは人が多く陸上のトラックでの走りは出来ない。
後ろを振り返ると観光客の壁なんて知ったこっちゃないとばかりに集団がブルドーザーのように押し除けながら迫っていた。
「誘拐が悟られてないのにこの怒涛の勢い。いいねぇ、別府のお守りを請け負ってからこんな楽しいイベントは初めてかもな」
別府同様に誘拐した女性を屈服させる意味でも味見をすることはあったが、圧倒的ポジションからの蹂躙にはそこまでのエクスタシーは感じられなかった。
(別府と違ってハードプレイなんざ趣味じゃないしな。それに女の反応も泣き叫ぶかマグロ漁船かで面白みがない。野郎の雄叫びなんざ久しい。本来俺はこっち側なんだよな)
身体能力があるからという理由で誘拐の実行犯を任されているがリスクが莫大な割に常に隠れてばかりで楽しくなかった。
注文も特殊すぎてひたすらじっと機会を待つばかりで体を存分に動かすことなんて全くなかった。
(さて、連中との距離も詰まってきたな。観光客を躱しながらとなるとそろそろアクションするか)
T字路に着いた。
このまま西側に進めば竹下通りを抜け出して明治神宮に出られる。
信号次第で横断歩道を渡れるかは微妙なところだが上手い事やれば何とかなる。
南に進めば細い道になるがまだ竹下通りからは出ずに動き回れる。
(西に行って永遠の鬼ごっこだが、追手を限定されると意味がない。南だな。挟み撃ちは怖いが、明治神宮に行く事を言った中で南から追う奴はいないだろうし、いても少数でどうとでもなる)
有働は南に曲がって走り始めた。
「左に曲がったぞ!」
「追え、そっち側の人はどうした?」
「全員竹下通りに回ってていないってよ」
「いない!?なわけねーだろ。野郎が来た道から出ようとすれば挟み撃ちになるだろうが!」
「いや、それが…、全員待ち伏せのところに移動したから竹下通り側には行かなかったみたいだ」
あーもう、という気持ちをどこかにぶつけたいが、走りながらじゃゴミ箱に八つ当たりも出来ない。
「ダオチェンがゴミなのはそうだが、シーハンさんみたいに丁寧な指示出しがないとろくに動けない俺らも終わってるわこれ」
「そのゴミ箱直通列車のダオチェンも追ってるってよ。俺らの後ろにいる」
後ろを振り返ると、確かに仲間がブルドーザーで轢き荒らした竹下通りを走っていた。
向こうは舗装道路を走るわけだからいずれ追いつかれる。
走りながらだとダオチェンがいたとしても視認できない。
「あいつずっと引きこもってたくせに目標が見つかったら出張ってくんのかよ。座して待って成果だけ掠め取る技術研究開発を支援する企業より腹が立つなそれ」
「どうせ出て来ても「いいからとにかく奴を捕まえろ」くらいのふわふわ命令しか出せねーぞあいつ」
「ダオチェンではなくシーハンさんのところに野郎を持っていけば、相当に悔しがるだろうな。あいつめっちゃシーハンさんに嫉妬してるし」
「有能な部下に頭飛び越えられるのが我慢ならんのだろうな。なまじ年功序列で上にいるっていう薄氷の椅子がその嫉妬心に拍車をかけてやがる」
「……嫉妬の炎ね。まさしくだな」
先頭集団も通りを左折した。
目標は……いた。
見失いそうだがなんとか捕捉は出来ている。
向こう側も振り切ることが出来ずに苦労していることだろう。
その少し後ろの集団。
「くっそ、あいつら。まだ追いつけねーのかよっ。おっせーな」
仲間にボコボコに言われまくっている氷の椅子に器用に座るダオチェンは、先頭集団から少し後ろでリュックの男を追っていた。
先頭が竹下通りを左に曲がったので目標もその方向に向かったようだ。
(大通りだとこちらが踏み荒らせば追いつけるからな。細い道で俺らの動きを鈍くしようってことか。俺らはこの通りで商売やってんだぞ。下らない浅知恵なんざぶっ壊してやるよ!)
何てことを言っていて猛々しいが、指揮官が指揮せず動き回っているのは全くもって意味のない行為だ。
動き回りたいのならシーハンに引き続き指示出しを頼めば良かったのだが、それが出来ていたらこの男はもっと尊敬の念を持たれていたことだろう。
二兎を得るものは一兎を得ずとはよく言ったもので、ダオチェンのこの行いこそ例として取り上げるべき教材となっていた。
指揮官ながら一切の指示を出していない馬鹿率いる連中とは対照的に、三つ子達はしっかりと方針を決め合っていた。
それはさっきまでの兄とドクターの作戦会議を聞いていたから同じようにやってみようという理由だ。
だが実際に作戦を考える立場になると、兄の凄さが分かる。
逃走するリュックの男、謎の外国人集団の動きを予測しながらこちらもどう動くかを決めて行かなくてはならない。
街の地図もない中でどう鬼ごっこに勝利するのか———
「工程としては位置の捕捉、捕獲になるな」
「捕捉については外国人達の動きで大体分かるけど、捕獲がな…」
「多分3人で一斉にかかっても難しいな。まず常に動き続ける中で3人でってのは無理だな」
「待ち伏せになるだろうがリュックの男や外国人達の動き方一つで行き先は変わっちまう」
反対側の道路に行くというのも予想であり、単純に足で逃げ切る線もある。
一番可能性こそ高いが絶対に行くわけではないため安直に行き先を決定することは出来なかった。
「けど行き先を予想して分散しても1対1じゃ絶対に勝てないだろう。2対1で勝てる奴がこんな貧弱な体の子供で倒せるわけがない」
「となれば……。誰かに捕まえてもらうしかないな」
「いや、そうだけどよ。外国人が捕まえた後に掻っ攫うってことか?それも難しいだろ」
「もだし、外国人が捕まえられなかった場合、成果ゼロだぜ。それは流石にダメだろ」
経過はドクターにも見えないがこの実地テストで過程が評価されることはない。
捕まえろと言われたら捕まえることがゴールだ。
「…3人でやってた時さ」
「「??」」
何の話だ?と2人は思ったが、零を除いた3人でやってたのはアレしかない。
「関東大会の決勝戦。すげぇ強い奴がいたじゃん。こんな奴どうやって止めるんだよって相手」
関東大会という決定的な単語が出た。
3on3バスケだ。
鬼束兄弟として3on3バスケの関東大会チャンピオンに輝いた過去を持つ。
今となってはホームレスまで落ちぶれてバスケットボールはここ4年ほど触ってすらいない。
むしろ栄華を極めた時代とのギャップに苦しむから思い出すことも避けていたくらいだ。
決勝戦の相手の1人が体格はがっしりしてるのにアジリティーが高くて手が付けられなかった。
他2人は同レベルだったがそいつにボールが渡るとなす術がなかったのだ。
「あいつか…」
「強かった。20点差付けられた時はもう勝てねぇって諦めかけたっけなぁ…」
「あのチームに、俺達はどうやって勝った?」
………
あの時、絶望的不利。
あいつさえ無効化すれば他2人に対してなら血の繋がりを用いた阿吽の呼吸でどうとでも出来る。
あの男を止めた方法、それは———
「「……だから誰かに捕まえてもらうってわけか」」
「うん。あっちの場所は分かるんだ。そこまで上手い事運べば良い。3人で捕まえろと言われたが、3人だけで捕まえろとは言われていない。それに———だしな」
鬼束と時雨の過去編その7です
有働と中国人集団と鬼束兄弟の三つ巴の鬼ごっこ
鬼束兄弟にはとある策があるようだが果たして上手くいくのか?
動きを見せない零、ドクター、シーハン、別府、時雨
「鬼ごっこ」ではなく「かくれんぼ」中の彼らにも動きがありそうです
……なんか、想像以上に過去編が長くなってます