第13話 自己暗示
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
一定のリズムを保ちながら鳴る電子音。
メトロノームのように繰り返される音は人によっては睡眠導入剤としての役割を果たすのだろう。
だが神原奈津緒にとっては睡眠を脅かす騒音にしかならない。
「……うるせーな」
起床導入剤によって目が覚めた神原。そしてすぐに抱いた違和感。
(…ん?体が上手く動かせねー。というよりここはどこだ?)
動かせる範囲内で周囲の様子を確認する。
真っ白な天井に、柔らかいベッドに横たわっている自分。右隣には医療ドラマでよく見る心電図のようなデジタルスクリーン。
ピッという音はここから出ていた。
「ってことはここは病院……か。あれからどうなった?麦島は大丈夫か?」
立とうとするが腕に点滴の管が刺さっていて下手に動くと針が抜けてしまう。
だが動きづらいのは点滴のせいだけではなかった……。
「なっ?なんだこりゃ?」
自身の体が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
(ミイラみたいにしやがって…。そんな全身ボロボロだったのかよ)
腕や足の関節にも包帯が巻かれていて上手く体を曲げられないが、どうにか体を起こそうと試みる。
「麦島を探さないと。早くあいつに教えてやらないと…」
ドクターのクソ野郎の置き土産。これだけは真っ先に伝えなくちゃならない。
ミイラ姿でベッドから降りようとしたが、不自然な膨らみが足の方にあった。
足元に何かいる———
ちょうど毛布に隠れていたので捲って確認した……
「祥菜、か…?」
そこには恋人である伊武祥菜がスヤスヤと眠っていた。
恋人の姿を見たことで、市丸の脅しを思い出した。
結果的に祥菜は無事だった。それだけで十分だ。
「…ありがとな」
神原は伊武を起こさないようにゆっくりとベッドから降りた。
周囲にはカーテンが仕切りのようになっていて、そのカーテンを開くと同じようなカーテンが他に3つ存在していた。
どうやらここは複数人収容する病室のようだった。
他にも入院患者がいるようだが、恐る恐るカーテンを開いて覗いた中に、麦島はいなかった。
見たところ自分と同じように重症患者が一まとめにされていたみたいだ。
ドクターに気絶させられただけの麦島はおそらく別室にいる。
神原は麦島を探すために病室を出ることにした。
(スリッパ……ベッドの下か)
裸足で院内を彷徨けないのでスリッパを履く。そしてその時になってようやく気付いた。
右足を動かせているのだ
「!? ………」
思い切り声を出しそうになったが祥菜や他の患者を起こさないように何とか押し留める。
(足が…くっついてる…)
病院着を捲り上げてちょうど包帯が巻かれていない右足の太腿を確認する。
「傷が…ない?」
シャッターでズタズタに切断されたはずだ。手術で接合したのだとしても、縫合の後だったりギザギザした傷がついていないとおかしい。
なのに右足はそもそも切断されていなかったかのような綺麗さを保っていた。包帯が巻かれていなかったのだから医者さえも不要と感じたのだろうか。
膝を曲げられるし足先の感覚もしっかりある。
左足のアキレス腱も健在だ。V字がはっきり分かるほどにスパッと切られたのに、何事もなく左足も動かせている。
(医学の進歩…なわけないよな。いや、あの時は能力で目が見えなかったから断面がどうなってるかなんて見れなかったけど……ちゃんと切断されたはず。全部夢だったら良かったけど……全身痛いから現実だよな………ん?痛み?)
痛みを感じている。それもおかしい。
神原は能力を使って痛覚を遮断していたのだ。能力を解除した覚えはない。
(…気絶すると勝手に能力が解除される…?でもそしたら寝た瞬間に痛みが襲ってくるよな?その痛みを感じないほど俺はボロボロだったってことか…)
このぐるぐる巻きの状態が予想を裏付けている。
神原は自身の顔に触れる。棘ボールによって顔はズタズタにされたはずだが、触っても顔に痛みは感じない。
足や顔、腹などの重傷だった場所は綺麗さっぱり治っていて、重すぎないところが痛む。
傷のトリアージでもされたのだろうかと思ったが、まずは麦島に会うことだと切り替えて病室を出た。
と言っても同部屋ではないならまずは病室を見つけ出さなくてはならない。
入院部屋がどういう基準で割り振られているかも分からない神原は1番手っ取り早いと考えて1階にある総合受付に向かった。
カラカラカラと点滴パックが吊るされたキャスターが吹き抜けの受付に響く。
受付には診察待ち、会計待ちの人で溢れかえっていた。
「すみません、ここに入院してる麦島迅疾の部屋を探してるんですけども…」
丁度対応がない時間だったので直で受付の人に尋ねた。
入院患者が入院患者の場所を聞くのが珍しいのか1秒ほどボーっとしたが、すぐに受付の看護師が意識を戻して口を開いた。
「…失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「神原奈津緒です。7月24日に俺…僕と一緒にここに搬送されたと思うんですけど…」
受付にあった置き時計を見て驚いた。
時計は、今日が7月26日だと示していた。あれから2日経っているということに今ようやく気付いた。
「神原様ですね………確認が取れました。麦島様がお待ちです。ご案内いたします」
受付のナースが受付部屋から出てくると自ら案内に乗り出した。
(わざわざ案内……待ってるってどういうことだ?)
♢♢♢
「こちらが麦島様のお部屋となります。何かございましたら受付まで」
「あ、ありがとうございます」
入口の入院患者情報が載った紙の札には"麦島迅疾"と書いてある。
札を差し込む枠は4つあるので自分の部屋と同タイプのようだ。
ガラガラガラと扉をスライドさせて中に入った。
(札に麦島の名前しかなかったから実質麦島の個室かよ…羨ま)
無人のベッドにはカーテンが掛かっていないので、麦島のベッドは容易に特定できた。
シャーー
カーテンを開けると麦島が口を半開きにして寝ていた。
神原が連れ立ってるキャスターの音でも起きる様子はなかった。
(待ち人が寝てんじゃねーよ)
「おい麦島、起きろ」
麦島の体を揺らして起こそうと試みる。
「……う〜、うーん〜。後5分〜」
「ベタなことしてんじゃねーよ早く起きろ」
麦島の額に拳骨を落とす。
「痛〜!!だ、誰〜!?あっ、なっちゃん〜。……コスプレ〜?」
腕や首、膝下などの肌の見えるところが包帯で巻かれているのだから、ミイラのコスプレと思うのも無理はない。
「…死んでたらコスプレじゃなかったけどな」
「じょ、冗談でもそういうこと言わないでよ〜…。無事だったんだね〜」
包帯でぐるぐる巻きにされているのを無事と言っていいのか?生きてるだけで無事ということなのだろう。
「おかげさんでな。で、俺を待ってたらしいな。受付のナースさんが言ってたぞ」
「待ってたっていうか〜。なっちゃんとこれまでのこと〜、そしてこれからのことをしっかり話し合っておきたくてさ〜。なっちゃんと家族以外は面会謝絶にしてたんだよ〜。名前確認されたでしょ〜?」
だからここは実質個室なのかと納得した。
(おそらく俺よりも先に目を覚ましてたんだろうな。ダメージもスタンガン頭一発だけだし。起きてすぐに謝絶にしたってところか)
「あぁ、確認されたよ。人払いが済んでるならちょうど良かった。お前あの日、どこまで覚えてる?」
「ええっと〜、救急車を呼んだところまでは覚えてるよ〜。気付いたら25日の夜で病院にいた〜。丸一日経っててびっくりしたよ〜」
ドクターにスタンガンを浴びせられる直前まで。ということはやはり麦島はまだ気付いていない。
「救急車を呼んだ後の話をする。お前が知るべき大事な話だ」
「う、うん〜。なになに〜?」
神原はドクターが西側通りに来たこと。超能力者を生み出すスタンガンが麦島に浴びせられたこと。それによって麦島が超能力者になったこと。
市丸とドクターを取り逃してしまってそのまま気を失ってしまったことを麦島に説明した。
「……俺が〜、超能力者に〜…………」
「あぁ、ドクターは元に戻せないって言ってた。…………すまない、俺が巻き込んだせいでお前が……」
神原が頭を下げて謝罪する。
超能力とは全くの無縁。神原と一緒に帰宅していたというだけで、超能力を知ってしまい、戦いに巻き込んでしまい、挙げ句の果てには超能力を強制的に付与された。
元に戻せない以上はもう取り返しが付かない。
頭を下げてどうこうなるもんでもない。
麦島が頭を下げる神原の姿をじっと見つめて……やがて口を開いた。
「……はぁ〜、なっちゃん〜。顔を上げて〜」
言われた通りに顔を上げた神原。見えた麦島の顔は、呆れていることが全面的に押し出されていた。
「あのねなっちゃん〜。俺はなっちゃんを置いて逃げたくなかったから残った~。一緒になって市丸と戦ったのも全部俺の選択〜。その結果俺が超能力者にされたのならそれは俺の自己責任だよ〜、後悔は一切してないしなっちゃんを責めることも恨むこともないよ〜」
「………」
「むしろ好都合って考えよ〜。今回みたいにまた狙われるようなことがあれば2人で切り抜ければいいんだよ〜。次からは俺も戦力だからね〜」
いつも通りの空気を読まない緩めの口調。でもそれは空元気でも真意を隠すためでもなく麦島の本心であると神原は分かっていた。
後悔していないと言った。でも…
(俺は親友を怪物にしてしまった…)
それは決して消えない。本人が気にしていなくてもだから言って自分も綺麗さっぱり忘れるわけにはいかない。
だがまた謝ろうとすれば、麦島は怒るだろう。
麦島がいつも通りにするのなら、こちらもいつも通りに答える。
罪として刻みつつもそれは自己反省で留めて、麦島に裁いてもらうようなことはしない。
いつも通りに接するのが、麦島への謝罪だ。
「…ありがとう」
だが感謝だけは伝えておきたい。それだけで十分だ。
麦島もその言葉だけで満足したようで、しんみりとした空気を麦島自身が脱しようと話題を変えた。
「それで〜、ドクターは俺の能力はなんだって言ってたの〜?」
「分からん。環境とか願望とか言ってたけど、要は本人の特性に合った能力になるんじゃないのか?頭で念じてみろよ」
「分かった〜」
麦島は手からビームを出しそうなポーズを取ったり、人差し指と中指を額に押し当てて念じてみたりもしたが、麦島自身やその周囲に何も変化は起こらなかった。
「……何も起きないね〜」
「発動条件を満たしていないか、『色鬼』みたいに物を必要としているか、かもな」
「うーむ〜、ビームが出せたらカッコよかったんだけどな〜。でも追々分かるのかな〜。そうだ〜!なっちゃんの能力を教えてよ〜。前は聞ける状態じゃなかったからね〜」
「あぁ、そうだったな」
向こうにはこちらの動向を把握する能力者がいる。市丸が言っていたことだ。
既に麦島に大雑把に伝えたはずだ。
戦える力を持っていることは市丸にも示したし、ドクターも認めるような言い方をしていた。
この部屋は人払いができている状態。
「…ここなら話しても大丈夫そうだな」
♢♢♢
「どこまで話したっけ?」
「なっちゃんの能力が『自身に都合の悪い暗示をかける能力』ってところまでしか聞いてないよ〜」
「ざっくりだな。実際それで8割方は説明できてるってちゃ出来てるが…もうちょっと説明すると、『俺に不都合な制約を掛けることでプラスを得ることが出来る』って感じだな。市丸と戦った時に設定したものだと、痛覚遮断…『痛覚を司る神経、電気信号の機能を喪失させる』。言葉単体で聞くと痛みだったり触覚を失うことになるんだからマイナスだよな?けどそうすることで痛みを感じなくなるからどんなにボロボロでも体感ノーダメージになるってメリット…プラスの要素がある」
「あぁ〜、だから…」
あんなボロボロの状態でも神原は「痛い」や「苦しい」などは一言も発さなかった。足を切断、顔はズタズタなのに、何事もないかのように会話できていた。
「動いてないモノが見えないって言ってたのは〜?」
「それは言ったまんまだ。動いてないモノ…静止物に関する情報を全てシャットアウトする。視界は真っ暗だ。そうすることで動いていないモノが見えなくなるが逆に動いているモノは白いシルエットとしてはっきりと見えるようになる。小さい動きも黒の中の白ではっきり分かるから反応速度は自ずと向上する。それが動体視力の強化にも繋がるって感じだな」
痛みを感じないのは我慢の類いだが、今言った動体視力の強化は人間の目では再現できない内容で間違いなく超能力なしでは起こり得ないモノだ。
(てことはなっちゃん〜。闇の中で市丸の『色鬼』と戦ってたの〜?えぇ………怖っ〜)
そんな縛りの極地のようなシチュエーションの中、自分が一斗缶を持って戻って来るまで耐え凌いでいたということ……。どう評価していいか分からない。ありきたりなことしか言えない。
「す、凄いね〜。本来マイナスのルールを超能力を使って結果的にはプラスに持って行ったってことだよね〜?でもあんまり『都合の悪い』って感じしないよ〜?」
「言葉だけだと良いように聞こえるけど痛覚無効や実質視力を失うのは相当のデメリットだからな?」
頭が良くなるとか足が早くなるなどのプラスの暗示をかけることが出来ない。あくまでマイナスの暗示だ。
「だから発動時に『ダメージ0』とか『動体視力の強化』とかを連想しちまうとプラス判定されて能力が使えなくなる。プラスを思い起こさないように感情をひたすら殺して否定しながら発動しなきゃいけないから時間がかかるんだよ。そんでマイナスと言えど暗示だから解除にも時間がかかるし解除すると体調が悪くなる。これが凄い能力なわけあるかっての」
想像が付かない苦労を背負い込んでいる。自分もそう言った『使い勝手の悪い能力』になるじゃないかと麦島も心配になった。
「む、難しい能力ってのは分かったよ〜。でも暗示さえ掛かれば設定次第では強い効果を発揮するんだよね〜?」
「そうだな。ただ主は『都合の悪い暗示』なんだから、プラス効果に頼るような能力依存にはなりたくない。能力に頼らない戦い方を身に付けなくちゃならないな。今やってる自主トレをもっとやってかないと。幸い、昨日から夏休みに入ってるんだし、やる時間は十分にある」
市丸に襲われた日は一学期の終業式だった。既に1日睡眠で無駄にしているが既に夏休みに入っている。
そういう意味では欠席の心配がない一昨日に襲われたのはラッキーとも言えるだろう。
「じゃあ俺も〜能力が分かんないから体だけでも鍛えるよ〜」
「お前はまず痩せろ。最後に物を言うのは素の力だぞ」
「わ、分かってるよ〜」
痛いところを突かれたのは嫌そうな顔をしている。ダイエットしたくないのが見え見えだ。
「そう言えば〜、『色鬼』みたいな名前、なっちゃんのにはないの〜?毎回『都合の悪い暗示をかける能力』って言うのメンドイよ〜」
「同感だ。今までは"クソ能力"って言ってたからな。『色鬼』と戦いながら色々考えてたよ」
(戦いのさなかよく考えられるな~)
色を操る能力で『色鬼』
対して自分の能力は、『都合の悪い暗示をかける』
〜〜〜
『俺に不都合な制約を掛けることでプラスを得ることが出来る』って感じだな。
〜〜〜
「……マイナスからプラスを抽出する能力。俺の能力名は………『自己暗示』だ」
能力名は『自己暗示』。口に出した途端、歯車のようなモノがカチリと噛み合った気がした。名前を付けたことでしっかりと体と噛み合って、定着したみたいだ。
今でもクソだとは思うが、少しでも自分の能力を理解しておく必要があると神原は再認識した。肉体の強化も継続しつつ、自分の能力も知る。
本当に今が夏休みで良かったと安堵してしまう。
「…良い名前だね〜。早く俺も自分の能力を知りたいな〜」
麦島も能力が分からないが故の楽しみを見つけられたようだ。
「それで〜これからあの人達のことはどうするの〜?」
神原の超能力もだが、麦島が神原を待っていた一番の目的は"これ"だ。
彼らにも目的がありその協力を求められ、それを拒んだことで一戦交えることとなった。
倒すことには成功したが、プレゼントとして麦島に超能力を与えたことからも、一昨日の1回こっきりで終わりそうもない。
「まず間違いなくまた接触してくるだろうな。お前を超能力者にした件もだけど、奴らが言ってた計画ってのがこれから先始動するものであったとして、それに間違いなく巻き込まれる」
「逃げる…なんてことも出来ないしね〜」
子供だからというのもあるが、どこに逃げて良いのかも分からない。そもそも超能力を付与してる時点で敵なのかも定かではない。
何もかもが不明ばかりだ。
「いつどっからまた攻め込まれるか分からねーなら……逆にこっちから攻め込んだほうが早いと思うが…どうだ?」
「鬼束市丸や白衣の男を見つけ出すってことだよね〜?それが最善なんだろうけど〜、こっちは"おにつかいちまる"って名前しか分からないよ〜。ドクターなんて職業だし〜」
計画の詳細、本名、素性、構成、現在地。得なければならない情報が多すぎる。
さらに向こうには千里眼のような能力者がいて、こちらの情報は取られ放題だ。
情報戦という点ではこちらは壊滅的に出遅れている。
「千里眼の能力者か〜。今この瞬間も見られてるかもしれないんだよね〜」
「見られてるだけなのか声も聞かれてるのか分からないけどな。声が聞こえてなきゃ今のやり取りは知られてねーけど、断定するには情報が足りないな」
「彼らを探すんならまずは名前から調べていかないとね〜。というかそれしか手立てがないんだけど〜」
「フルネームを知れたんなら十分だ。白衣の男が仲間にしてるってことは、そうするに値する価値を市丸が持ってるのかもしれない。そういう奴は大抵ネットに情報があるはずだ」
「そうだね〜。じゃあ鬼束探しをするためにもさっさと退院しないと〜。俺はいつても良いはずだけど〜なっちゃんはいつ出来そうなの〜?」
「さっき目が覚めたばっかで医者にも診てもらってない。けど体も動くし傷も塞がってるから明日にでも退院するつもりだ。早く動き出したいしな」
「じゃあ俺も明日にしようっと〜」
それから2人は明日以降にどう動いていくかの指針を話し合っていた。
さらにドッジボールの件と言った、過去に能力を使ったケースについて神原が覚えている限りで麦島に解説込みで当時の説明をしていると———
コンコンコン
病室の扉をノックする音。
ここは面会謝絶になっているはず。受付で弾かれるはずなのにノックしているということは、麦島の両親か病院関係者に違いない。
「はーい〜」
麦島も同じ考察をしたようで警戒することなくノックの主を部屋に招き入れた。
医者ならば神原の退院についても相談できて一石二鳥だ。
ガラガラガラ
だが病室に入って来た人物は、医者とは真逆の格好。真っ白ではなく真っ黒のスーツで身を固めていた。しかも2人組だ。
しかも1人ではなく2人組で入って来た。
「入院中なのにごめんね」
「は、はぁ〜」
「念の為に確認するけど、君は麦島迅疾君。そして隣の君は神原奈津緒君で間違いないかな?」
「そ、そうですけど〜。あの〜、どなたですか〜?」
「我々はこういう者です」
そう言って2人がジャケットの内側から何かを取り出した。
「「!」」
一昨日の死闘のせいで何かを取り出そうとする動作に敏感な2人。一瞬警戒するが、決してそれは足を切断するモノでも棘状のモノでもなく、
———それは警察手帳であった。
「中原警察署の豊橋です。隣にいるのが同じく女島」
サイドを刈り込んでいるのが豊橋寛治、隣でこちらを信用していませんと言わんばかりに眉間に皺を寄せて高圧的に見ている男が女島泰造と言う名前のようだ。
警察は面会謝絶には出来ないだろう。それよりも、タイミングが良すぎる。
おそらくだが、病院の人間が警察に連絡したようだ。大方、「2人が目を覚ましたら連絡してくれ」と言ったところ。
あの惨状は事故なんてものでは説明が付かず、事件として捜査しているのだろう。
「警察の方が何の用ですか?」
「…そう身構えなくて良い。ただの聞き込みと思ってくれ。君達が倒れていた館舟商店街西側通りがあまりの惨状でね。シャッターが剥がされ道はペンキと神原君の血液が真っ赤。現場検証しても原因は分からずじまい…。当初は君達2人の喧嘩だと思っていたが…流石に高校生の喧嘩のレベルを超えている。何が起こったのか、分かる範囲でいいから教えてくれないかな?」
豊橋という刑事はこちらにお伺いを立てるような問いかけをしているが、女島という刑事はそうではなく疑いの目を向けている。
(……疑われてんのか。それとも俺らをビビらせて自白るのを狙ってんのか?)
だとしたら甘い…というか、メンチ切られるくらいどうってことのない修羅場を既に潜り抜けている。
俺も麦島も臆するどころかどこ吹く風だ。期待通りのリアクションでなかったのか、女島の表情が一瞬揺れたが、再び厳ついモードに戻った。
(豊橋刑事はストッパーってところかな。…にしても、警察がこうして乗り出すとは思わなかった。ドクターと警察はズブズブというわけではないのか?)
だが、仮に繋がりがなかったとしても、正直に「超能力者に襲われました」なんて言えるはずがない。
麦島の方を見ると、既にこちらを見ていた。
どう証言するべきか判断しあぐねている。
神原待ち…神原の証言に乗っかって言うつもりのようだ。
(市丸相手には奮闘してたのに、警察には及び腰か?まぁ、超能力を知って3日目なら想定してないわな)
「分かる範囲ですか……。ご期待に添えず申し訳ありませんが、俺…僕もよく分からないんですよ。突然体から血が出て気付いたら今日になってて、訳も分からず麦島を探してここに……」
「ぼ、僕もですね〜。なっち……奈津緒君が血を出しながら倒れて〜、僕もビックリして気付いたらベッドの上で〜……血を見て気絶なんてダサいですよね〜」
シラを切る。目の前の警察がドクターの息が掛かっているのなら、シラを切ることに何も思わないはずだ。
そうでないのなら疑問に思うのだろうが、俺達が何も言うつもりはない以上踏み込めないだろう。
(見た目被害者だしな…)
「…そうか。知らないのなら被害者の君達を問い詰めるのはよろしくないな。起きたばかりで色々参っている中申し訳ない。今回は帰るよ」
豊橋が踵を返した。女島が何か言いたそうにしていたが、豊橋が目で制した。
そのまま扉に向かう豊橋だったが、その場で立ち止まって、懐から何かを取り出した。
「今は思い出せなくても、時間が経てば出てくることもあるだろう。思い出したことがあればここに電話をしてくれ。話を聞くよ」
手帳のような小さめの冊子の1ページを破り、自身の携帯番号を記入して麦島に手渡した。
「怪我、早く治ることを祈ってるよ」
そうして豊橋と女島は病室を去って行った。
———病院の外にて
院内で事件のことを言わないだけの理性は持っている女島は、律儀に病院の外に出るのを待ってから切り出した。
「豊橋さん、このまま帰っていいんですか?あいつら絶対何か知ってますよ!」
「そんな事は分かっている。剥がされたシャッターは2枚。その内1枚は中央広場にあった」
シャッターを中央広場まで運んだのは誰だ?その目的はなんだ?
「そして現場に付いた血。検査したら全部神原君の血液だった。だが医者に聞いた限り神原君の負傷だけではあれだけの血を出すのは不可能とのことだ」
あの容体ならもっと出血が少なくないとおかしいと人体に精通している医者が言うのだ。間違いないだろう。
「そして麦島君だ。頭皮に火傷のような痕があったとのことだ。気を失った理由は頭部に火傷になるほどの強い衝撃を受けたから…だがあの現場に火傷を起こせる物はなかった。それに麦島君は館舟商店街の人間に塗装屋のことを聞いて回っていたとのことだ。シャッターが剥がされた店の一つはまさにその塗装屋だった」
実際の現場、2人の容体、そして商店街の証言からして2人が嘘をついているのは確定だ。
2人の喧嘩でないのなら、それはもう———
「おそらく彼ら以外の誰かが現場にいたに違いない。あの現場の規模からして複数いたとも考えられる。彼らがその誰かを隠そうとする理由は分からないが、我々はその誰かを探した方が早いだろう。もう一度商店街周辺の聞き込みと、防犯カメラのチェックだ。女島、急ぐぞ!」
聞き込みなら記憶に依存する。記憶は鮮度が命だ。既に豊橋は走り出している。
いつものスピード感に「はいはい分かりましたよ…」と辟易しながらも了承して豊橋を追いかけていった。
神原達と警察
2つの勢力が白衣の男達の捜索に乗り出そうとしていた———
♢♢♢
警察は帰って行ったが、何となくこれ以上会話する気分でもなかったため、神原は自室に戻ることにした。
目が覚めてから何も飲食していないことに気付いたので、麦島に100円を借りて1階の自販機でコーヒー缶を購入した。
ちびちびと苦いコーヒーを飲んで目覚めたばかりの体を叩き起こしながら病室へ戻った。
ガラガラガラ
病室に入ると、自分のベッドのカーテンがガバッと開いた。
そしてそこから何かが走って来た。
「奈津緒君!」
病室だというのに他の入院患者のことをなんか知ったことかと言わんばかりの声量で何か……伊武祥菜が神原に飛びかかった。
手に持っていたコーヒーを溢さないように持っていた右手を上に上げたのだが、それがちょうど良く祥菜の突進……の勢いの抱擁を手助けする形となった。
抱きしめられたことに神原は驚いた。抱きしめられたのは何回もあるが、今は状況が違う。
「ちょっ、祥菜。俺今病人だから…苦しいし、コーヒー溢れる…」
傷は塞がっているが完全回復したわけではなく痛みはまだ残っているので、抱きしめられると体の節々から痛みが上がってくる。
「どこ行ってたのそんな体で!心配したんだから!」
涙目の祥菜が叫ぶ。目が覚めたらベッドからいなくなったのだ。その時の心境は計り知れない。
「…心配かけてごめんな。俺も状況がよく分からなかったから麦島を探してたんだ。にしても、俺が入院してるってよく分かったな」
祥菜が神原を解放しながら答える。
「麦島君が教えてくれたの。奈津緒君が重体で病院に運ばれたって…。ねぇ、終業式の後、何があったの?」
神原と麦島の2人。伊武から見ても独特の空気を形成している2人が病院に運び込まれるほどの喧嘩をするはずがない。
「……悪いが、それは言えない」
彼女の心配はもっともだが、答えてはいけない。知られてはいけない。
市丸との戦いでも祥菜は神原奈津緒の恋人というだけで人質にされそうになっていた。
超能力のことや市丸、ドクターのことを知ってしまったら彼女がどういう行動を取るか分からないし、ドクター側もどういう手を出してくるのか読めない。下手に喋って巻き込ませるわけにはいかない。
「…それって、前に言ってた"秘密"に関すること?」
"秘密"。祥菜に告白された際に諦めてもらうために言ったものだ。
「あぁ、そうだ。今回は俺と麦島だけだったから良かったけど、いずれ祥菜も危険な目に遭うかもしれない。…だから」
「だから別れようって言うの?」
神原の発言に伊武が被せてきた。
「その時にも言ったよね?私は気にしないって。恋人がこんな目に遭ってるのに、別れて自分だけ助かろうだなんてそんなの嫌!そんなこと、言わないでよ…」
表面張力のように流れそうで流れなかったが、勢いで落涙した。
「待ってくれ。違う。早合点するな。別れる気は毛頭ない」
「ふぇ?」
祥菜が頬を伝う涙を指の腹でなぞって拭き取って神原を見つめていた。
(……ぐぅ…)
小っ恥ずかしいことを言おうしている自覚はあるが、ちゃんと祥菜に伝える必要がある。
安心させるためであり、"秘密"を秘密で通し続けるためだ。
一瞬の恥は受け入れる覚悟だ。
「今後祥菜を危険な目に遭わせるかもしれない。だから……」
そう言って離れた祥菜を再度抱きしめる。自身が痛くならないようにゆっくりと、そっと優しい抱擁だ。
「だから、俺が祥菜を守る。必ずだ」
それを証明するかのように、奈津緒の抱きしめる力が強まった。
「…………グズッ、ゔんっ!!」
今までは誘導して行動させていたが奈津緒自らが動いて祥菜を抱きしめた。その行動に呆気に取られたが、その後の奈津緒の宣誓とも言える言葉に祥菜は安心してまたも涙を流した。
「大丈夫だ。俺は普通じゃないから死なねえよ。こうやって生きて帰って、祥菜を抱きしめる。だから安心しろ」
「ゔん、ゔん!」
安心させるようにギュッと抱きしめる。
祥菜も離さんとばかりに抱きしめ返す。
安心させるためだが、神原も心から安心していた。
密着しているから祥菜の鼓動が聞こえてくる。
生を感じられている。
一昨日…体感ではついさっきまで命ギリギリの戦いをしていた。
生物の本能とでも言うべきか。生への執着みたいなものが溢れて来た。
祥菜の鼓動でそれを強く実感し、自分は今生きているのだと頭に刻み込んでいた。
祥菜も彼氏からの抱擁に身も心も蕩けきってしまっていて、離れるなんて選択肢も綺麗に蕩けきっていた。
そして忘れてはいけないのは、ここは個室ではなく複数人部屋だ。神原以外にも入院している患者がいる。
彼らは神原と違って気軽に動けるわけじゃないし、この2人の甘酸っぱい空間を邪魔するほど野暮ではない。
プロポーズとも取れかねないことを言う神原に対して、尊敬の念すら抱いていた。
繰り返し言うが、ここは複数人部屋だ。
例え同室の彼らが邪魔をしてこなかったとしても、入院患者の見舞いとして来る人がいるかもしれない中でこんな大胆なことをしていればどうなるか?
患者の数に比例して入室する医療従事者や見舞人は増えていくのだ。
その中でも今入って来た相手は、神原にとって1番来てほしくない相手だったのかもしれない。
ガラガラガラ
「奈津緒ー、目ぇ覚したんだってね。着替え持って来たわよ………って、あんた何してんのよ?」
病室に40代くらいの女性が入って来た。
「げっ!」
入って来た相手の顔を見てとても嫌そうな声が出てしまった。
「あらー、あららららー。まぁまぁこんな人前で抱き合うなんてねー。その子は彼女?あんたいつ作ったのよちゃんと紹介しなさいよ。不自然にベッドシーツを洗濯したり小遣いをせびったりしないってことはそういうことはまだなんでしょうけど。ちゃんと将来のこととか彼女さんの体を気遣いながら責任を持ってヤるのよ。……ったく、あんたってば感情を出さない暗い子だったから浮ついた話はないと思ってたけど…やることはやってるのねー」
ズガガガガと発言が止まらない。
奈津緒は変わらず”あちゃぁ”といった表情をしているし、祥菜にとっては初めて見る人がいきなり彼氏に捲し立てているのだ。驚きと困惑でどうしたらいいのか分からなくなっていた。
そうなってしまえば自然と抱擁は解かれる。
ちゃんと後ろを振り返ると、人違いではなかった。
「か、母さん。何でいるんだよ」
「さっきも言ったでしょ。病院からあんたが目を覚ましたって連絡があったのよ。……にしてもっ、あんた。ぐるぐる巻きじゃないの!火が出る剣でも手に入れるつもりぃ?男の子なんだからそういう多感な時期もあるんだろうけども…あんたがするって珍しいわね」
よほどツボに入ったのか笑い声を上げている。
「怪我してんだから包帯は巻くだろ。それに俺は火だるまにもなってねーよ。入院してる人みんな火遊びしてることになんだろうが」
「それもそうね。でも元気そうで良かったわ。アチチなことも出来るみたいだしね」
「火に絡めんな」
「ね、ねぇ奈津緒君。この方は?」
2人で交わされるやり取りについていけなかった祥菜はたまらず奈津緒に尋ねた。
「……はぁ、俺の母親だよ」
嫌そうに祥菜の質問に答える。
「ごめんね、ちゃんと挨拶してなかったわね。奈津緒の母です。あなたは?」
「わ、私は、伊武祥菜と申します。奈津緒君とは3週間くらい前からお付き合いをさせていただいています。よろしくお願いします」
「伊武…………そう、よろしくね祥菜ちゃん。というより奈津緒。あんなこんな素敵なお嬢様をどうやって射止めたのよ。弱みでも握ったの?」
(速攻犯罪を疑うのはどうなんだ…)
麦島曰く”変人”の自分と祥菜では釣り合いが取れていないということなのか。バケモンの超能力者という意味では確かに釣り合っていないが…
「…はぁ、脅して付き合ってる子がわざわざ病院まで来るわけないだろ。普通チャンスとばかりに逃げるっつーの。正真正銘の恋人だ」
奈津緒が祥菜の肩に手を回して自分に引き寄せた。
祥菜は突然の行動にアワアワしてしまってどうにか奈津緒の母、神原実と会話を繋げようとするが、テンパってしまって会話にならない。
そんな頬を赤らめながらアタフタする祥菜を見て実も納得したようだ。
「…ふーん、本当みたいね。…祥菜ちゃん、今度ウチにおいで。あなたの話を聞きたいわ〜」
「ひぇ、ひぇい、べひびきまず」
彼氏の母親の登場、抱き寄せ、そして先ほどの抱擁で伊武の頭はパンクしかかっている。
「祥菜、落ち着け」
神原が伊武の背中をトントンと叩いて落ち着かせる。
♢♢♢
どうにか混乱から落ち着いた祥菜、今は奈津緒の母と談笑している。
2人とも奈津緒のベッドに腰掛けているので、奈津緒は横になることが出来なかった。
不満こそあるが、口に出して雑談の腰を折るのも憚れたため、壁に寄りかかりながら窓の外を眺めることにした。
屋内なのであまり感じないが、外は日が照っていて夏本番といった様相だ。
梅雨の時期に雨が一切降っておらず、台風も関東全域を躱しながら進行したため、水不足や凶作の恐れが出ていて農作物の値段高騰や水の買い溜めの話もチラホラと挙がっているらしい。
と言ってもそれは関東だけの話のようなので、他から供給があればどうにか凌げるとの見解だった。
ただ、関東だけと言っても数千万人が生活している。給水にも限界があるため、政府は可能な限りの節水を呼びかけていた。
「そういえばあんた。何でそんな怪我したのさ?」
実は奈津緒に問いかけた。
入室した時はおちゃらけたことを言っていたが、親として子が心配なのだろう。
「……言いたくない…というか、言えない」
警察にも言わず恋人にも言わない中で肉親だけは例外とはならない。
麦島はもう手遅れだが、これ以上誰も超能力関連に巻き込むわけにはいかない。
「言えないって……あんた何かヤバいことしてるんじゃないでしょうね?」
(してるというかされたというか…俺だって被害者なんだけどな…)
言えないのなら疑われて当然。こんな冤罪被害者みたいな仕打ちを受ける理由になったドクターはやはり一発お見舞いしてやらないと気が済まない。
「してない。大丈夫。俺の問題だ」
祥菜を見ながら答えた。祥菜も奈津緒の視線に気付いたが、実に同調して答えを求めることはしなかった。彼女はもう自ら聞いてこない。恋人が帰って来ると言ったのだから彼の帰って来る場所を用意しておくだけでいい。
さながら戦地に赴く兵士の妻のようであった。
実はそんな2人のアイコンタクトを見て思案した。そして……
「…まぁいいわ。無茶はしないようにね。可能なら怪我しないようにしなさい。医療費もバカにならないんだから」
「…はっ?もっと問い詰めないのかよ」
「何よ?言いたいの?めんどくさい子ね」
「いや、言うつもりはないけど…」
「言いたくないなら詮索しないわよ。祥菜ちゃんも納得してるのに私が聞き出そうとするのは野暮ってもんでしょ。けどね奈津緒、祥菜ちゃんを泣かせることだけはするんじゃないよ」
「分かってる。祥菜は俺が絶対に守る」
絶対に守る。ドクターから、超能力から必ず守る。祥菜を乱す奴はギッタギタに潰す。
「…にしても嬉しいわね。あんたがこんなに感情を表に出すなんて。昔っから何考えてるか分からないんだから…」
『自己暗示』の暴走を抑えるための感情の抑制だったが、周囲からは不気味に映っていたようだ。
(好きで閉鎖的になったわけじゃないっての…)
「そんな昔のことを蒸し返すなよ」
「そうね。でも変わったのは最近かしらね。高校入ってからだから……やっぱり祥菜ちゃんと出会ったおかげかしら?それともあの子?よくあんたと一緒に遊んでる大柄の男の子」
「麦島か?麦島のおかげなわけないだろ。色々心境の変化があったんだよ」
「そうね、色々あるわよね。まさかあんたがファッション雑誌を買うなんてね」
「んなっ!?」
突然の暴露に思わず体が動いてしまい、寄りかかった状態から倒れそうになってしまった。
「何で知ってんだよ!」
「入院したあんたの着替えを箪笥から取り出した時に見つけたのよ。色気づいちゃってまぁー」
ニヤニヤしている実にイラつく奈津緒。隠していたことをよりにもよって祥菜の前で暴露されるとは…
「…彼女の前では少しでもカッコよくいたいと思うのがそんなに悪いことなのかよ」
「悪いとは言ってないじゃない。奈津緒は変わったわねって言いたいだけよ。…祥菜ちゃん、あなた愛されてるわね。奈津緒が自分から変わろうと行動するなんて凄いことなのよ」
「は、はい…」
自分のためにらしくないことをしていると知った祥菜は嬉しさで顔が赤くなっている。それを隠すために顔を両手で隠しているが、耳までは隠せておらず真っ赤な耳が露わになっていた。
奈津緒もまた祥菜にバラされたことで恥ずかしいのか。実へぶつくさと悪態をついている。
そんな2人を実は微笑ましい表情で見守っていた。
「———元気そうだし、私はもう帰るわね」
ようやく実がベッドから離れたため、奈津緒は座ることが出来た。
「あぁ、わざわざありがとう。明日にはもう退院するからさ。明日また迎えに来てくれよ」
「明日って随分急ね。まぁ元気そうだしね。明日また迎えに行くわ。お会計とかあるから時間が決まったら連絡ちょうだいね」
「分かった」
「わ、私ももう帰るね。部活、夕方からだから」
祥菜も部活動があるためそろそろ移動を始めないといけなかった。
「祥菜、お見舞いありがとな」
「ううん、私が来たかったからいいの。それに…すっごい良い思いが出来たから」
それはプロポーズ紛いだったり、自分のためにオシャレを勉強し出したことに対してだろう。
奈津緒もだいぶ恥ずかしいことを祥菜に知られてしまってどうにかなりそうだったが、それを祥菜に悟られないように心を殺して努めた。
「祥菜ちゃんも?私、車で来てるから送って行くわよ。館舟高校でいいのね?」
「良いんですか?はい、館舟高校で大丈夫です」
「じゃあね奈津緒。明日退院できるように安静にしてなさいよ」
「分かってる」
「それじゃまた明日」
「奈津緒君、またね。退院したら連絡ちょうだい」
「分かった」
そうして2人は病室を去って行った。
祥菜がいなくなったことでようやくベッドに寝転がれた。
「…ミイラだったり色々言われて最悪だ…。もう大丈夫だろ」
動きにくい上に笑われる包帯に嫌気がさしていた神原は、医者に無断で包帯を外した。
(…まだ赤いけど傷が塞がってるな。これなら過度な運動をしない限りは問題ない)
神原は包帯を取って動かしやすくなった体をストレッチをしてほぐす。体を曲げたり捻ったりしても出血しなかったので予定通り明日には退院できるだろう。
(麦島とも話したけど、まずは鬼束市丸の素性調査だな。警察を使わないなら俺らが動いて探さなきゃならん。それに、麦島の超能力が何なのかも気になるな。手持ちの武器は早めに把握しておいた方がいいしな)
夏休みは始まったばかりだ。
夏休みの課題もたんまり出されてる。調査の邪魔になるので真っ先に片付けることにした。
(急いで退院してやることが宿題って…なんだかなー)
そんな勤勉ではないと自分に刷り込みながら、手持ち無沙汰をどうにかするために鞄に入ったままの課題のテキストを開く神原なのであった。
伊達にクラス2位ではない。
ちなみに麦島も調査を早く始められるように課題に着手し始めた。
伊達にクラス1位ではない。
♢♢♢
———現在は2018年7月26日
ここからようやく神原奈津緒の物語が始まるところだが、待ってほしい。
〜〜〜
「…君達もかつてドクターから直接能力をもらったんだろう?君達のことはずっと監視させてもらったが、君の能力だけは正体が掴めなかった。———」
「———また会おう。私の希望達よ」
〜〜〜
君達、希望達、達———
そう、これは神原奈津緒1人の物語ではない。
10年の時を経て、一度邂逅し散った者達がもう一度交わる。
その時神原達は?白衣の男達は?警察は?謎の治癒女は?
神原奈津緒は3分の1でしかない。
3つ合わさった時、ようやく1つの物語が始まる。
さあ、時間を巻き戻そう。
ここからは、別の3分の1の物語だ———
神原奈津緒
能力名:自己暗示 (マイナスコントロール)
自身に都合の悪い暗示をかける
麦島迅疾
能力不明
鬼束市丸
能力名:色鬼 (カラースナッチ)
触れた色を操作する
白衣の男 本名不明
能力不明
萩原時雨
能力名:瞬間移動 (テレポート)
自身や触れた物体を別の場所に移動させる
謎の治癒女
能力名:治癒活性 (フィールフェルト)
手から出た緑色の波動で細胞を活性化させ回復を促す
これより第2章開幕




