第12話 神原奈津緒vs色鬼③
市丸が黒玉を投げる。
神原もそれに気付いて回避行動をとるが脇腹をボールが掠った。
しかし衣服越しに当たっただけなので神原自身にはダメージはない。
(やっぱ黒玉は完璧には避けられないか)
黒玉を避けたことでそのまま市丸の方に突っ込みたいところだが背後の黒玉を無視することは出来ない。
神原は横に移動して市丸がいるであろう位置と黒玉が視界に入るようにする。
操作しているときは市丸は歩くぐらいしか行動を起こしていなかった。
おそらく操作に相当集中しなければならず、市丸自身が攻撃に参加することはない。
しかし、色の選択を途中で変えられたらマズイからやはり視界の端には捉えて置かなくてはならない。
黒玉がこちらに向かってくる。
完璧とはいかないんだ。
攻撃したいところだが対処を優先した方がいい。
威力は棘やナイフほどないから殺傷性はないだろうけど地雷みたいな感じで行動力を縛るほどの力はありそうだからな。
背中で食らった時も肉が内部にめり込むくらいだったし。
よくある筋肉で押し返す的なあれやってみたいなー。
今の俺の筋力だと難しいだろうなー。
もっと鍛えたらあそこまで行けるかもしれん。
ようやく6パックの割れ目が出てきたんだ。
この調子でトレーニングを重ねよう。
能力がショボいせいで俺は肉弾戦に頼るしかないんだ。
精神系能力という特性の問題だと思うがな。
型にハマれば最強が精神系能力の強みだと考えてる。
それが俺のような自己型でも他人に影響を及ぼす他者型であっても同じだ。
だがそれがハマらなかった時、精神系は一気に弱者に落ちる。
背中に食らったのがいい例だ。
能力が働かないと精神系は無力だ。
俺みたいに体を鍛えてる奴ならいざ知らず、精神系能力に溺れる奴が能力が使えないことを想定して体を鍛えるなんてことがあるはずがない。
そもそも俺以外に精神的能力者がいるのかどうかも分からないけどな。
にしてもまさか能力の同時使用が可能とは思わなかったな。
痛覚遮断と動体視力の強化か。
正確には、痛みを感じる神経の機能を失わせて脳が痛みの信号をキャッチするのを妨害したのと動かない対象物の情報をシャットアウトして動いているものだけの情報しか受け取らないって感じなんだけどな。
シャットアウトに関してはおかげで地面すら見えないんだけどな。
一面真っ暗で動いているものだけが色を帯びて見えている状態だ。
動体視力が上がったというよりそれしか見えないから見えやすいっていう相対的効果でしかないんだけどな。
結果として強化されているのならそれでもいいのかもしれない。
てか俺の能力の名前が欲しいな。
色鬼とかカッコいいじゃん!
狙ってない感じが良い!
俺もそんな感じにしようかな。
厨二くさい邪気眼みたいなネーミングは絶対にやめておこう。
名前を付けるならやはり俺の能力特性に合った名前がいいな。
そうだな………
神原が自分の能力名について考えている間にも時間は刻々と過ぎていった。
市丸はナイフと黒玉を1分交代で操作しながら神原を追い詰めようとするがやはり当たらない。
黒玉は当たりはするが負傷するには至らない。
神原本来の身体能力が黒玉の速度に慣れ、能力による強化と合わさって黒玉を躱せるようになった。
そして交代するたびに物体を手元に戻さなければならないため位置が神原にバレてしまうのだ。
神原が大まかな位置に向かって走り出し市丸は神原が到着する前に操作物を入れ替えて応戦する。
幸いにも神原の速度と操作物の速度は操作物の方が速いため神原が先に市丸に到着することはないがタイミングを見誤れば先に神原が届いてしまう。
そして既に15分以上も経過していることに市丸も焦りを感じ出していた。
(くそが!時間がないってのに!もうどれだけの時間が経ったんだ?麦島君がもう戻ってくるかもしれない。
けど全然こいつに攻撃が当たらないんだよ!避けるならまだ分かるさ。動体視力の強化なんだからな。だが一番あり得ないのは体力だ。少なくても10分以上は躱し続けてるんだぞ。もうバテてもいいだろうがよ。なのに神原はずっと動き続け交換のために俺が手元に戻す時は短距離走並みの速度でこっちに迫ってきやがる。奴は体力も強化しているのか?)
神原の予想以上の動きに思わず戸惑う。
(結局あいつの背後にも回れてないしな。
あいつ必ず俺と操作している物が視界に入るように横に移動しやがるんだ。
だが一連の動作の中で何回か動きがもつれた場面があった。おそらく血が出過ぎてるせいだろうな。安静にも出来ずに動き続けてたら止血なんて出来るわけないよな。衣服が止血の役割をちょっとは果たしているようだがワイシャツから血が垂れてるぜ。あれはもう輸血しないと駄目だろうな。
麦島君が到着するのが先か神原が出血多量で倒れるのが先か、面白いチキンレースになってきたじゃないか!
そして思い付いたぜ!奴の背後から攻撃する方法を
今操作しているのは黒玉か。よしこれならナイフであいつの背中を一突きだ。この戦い、君には感服したよ。これほどの力を有していたんだ。ドクターのお眼鏡に叶うわけだ。
だが!勝ってドクターに認めてもらうのは俺だ!)
黒玉が神原の右足を狙って動き出す。
しかし、完全に黒玉の動きを理解した神原にはもう黒玉の攻撃は意味をなさない。
必要最小限の動きで避けた。
黒玉は神原の後ろに進み、そして大きく上昇した。
上に進んだ黒玉を見て考察する。
(なるほど、重力の力を上乗せした攻撃って訳ね。これなら俺も流石に完璧に避けられるとは言えないかもな)
名付けも終了し神原は気持ちを切り替える。
市丸の目的を理解し遥か上空にある黒玉を捉えた。
そして黒玉が下降を開始した。
(これを避けられたらもうあいつの攻撃は完璧に俺に効かなくなる。ここが正念場だ)
神原は己の勝利条件を見出した。
避けられたら勝ち、そう思ってしまった。
神原とて自身の出血を理解していた。
戦える時間が残り少なく、麦島がもし間に合わなかったら自分は間違いなく敗北することを。
だからこの佳境とも言えるシチュエーションに可能性を感じてしまった。
期待してしまった。
だからこそ油断をしてしまった。
操作物である黒玉が遥か上空にあるのなら黒玉を無視して市丸を狙って走り出せばよかったのだ。
静止物は見えない状態ではあるが人間完璧に止まるなんてことは出来ない
風で衣服が動けばそれを捕捉して場所を割り出せばいいのだ。
動くものが分かるということは一度場所を特定してしまえばそこに向かっていけば良かったのだ。
逃げようとしたらそれでまた動いてしまうからもう逃げ場はなくなるのだ。
手元の物体で応戦してもそれは同じだ。
最初からそれをしなかったのは操作物を躱しながら衣服の微細な動きを捉えるのは難しかったからである。
けど今はどうだろうか?
黒玉は上にあり市丸の持っているのは今や簡単に避けられる棘とナイフである。
これは絶好の機会であったのに神原は黒玉に集中してしまった。
グサッ!
「ん?」
痛覚を遮断している神原ではあるが足に何らかの違和感を感じた。
左足が上手く動かせないのだ。
その違和感を確かめるために左足を見てみると……
「なっ!」
前はしないが血の流れで分かる。左足のアキレス腱が切られていたのだ!
銀色のナイフの先端が赤く染まっている。
これにより神原の歩行能力は失われてしまった。
そして切られた足に夢中になっていた神原はまたも見誤る。
遥か上空にあった黒玉が落下し神原の腹部に直撃した。
メキョキョキヨと肉の嫌な音を出しながらめり込んでいく。
肋骨も何本か折れてしまった。
めり込んだことによって内臓にダメージが及び神原は口から大量の血液を出した。
幸い折れた肋骨が内臓や肺に刺さらなかったので死ぬことはなかったが神原が動くことは不可能になってしまった。
「カハッ!」
また神原が吐血する。
「油断したな。いや、あの状況なら誰だって油断するさ。だがその油断が命取りになるんだ」
市丸が神原のそばに近づく。
「アキレス腱は切れ歩行不可能。そして黒玉による攻撃で内臓がいくつかやられたか。勝負はあったようだな。どうした?虫の息じゃないか?」
勝利と確信した市丸はにやけ顔になってしまうのをどうにか抑えていた
「ハァ、確かにゆだ…ガハッ! 油断したが……ハァ、まだ…だ…」
神原は血の混じった咳をしながら答える。
「その出血量はもう限界だ。それに肋骨も折れてる。下手に動けば折れた肋骨が内臓に刺さるぞ」
「余計な……お世話だ… ゴホッ、まだ戦え…る……」
痛覚遮断のおかげで痛みは感じないが体にダメージは蓄積されている。
立ち上がろうとする神原だったがアキレス腱が切れているため左足が上手く動かせず立ち上がることが出来なかった。
「まともに動けないならもう終わりだよ。ただこのまま終わるのも勿体無いからお前が避けた分だけ攻撃を加えることにしよう。麦島君が来てももう問題ない。彼にナイフを避ける身体能力があるとは思えないからな。じっくり、痛ぶってやるよ!」
そう言い市丸は神原の腹部に蹴りを入れる。
それにより1mほど神原が蹴飛ばされる。
ダメージの少ない左腕や右腕、顔を中心に全身くまなくダメージを与えられている。
痛みはないが確実に神原を死に至らしめている。
痛みを伴わない死。
感じることなく訪れようとしているそれに神原は恐怖を感じていた
出血は止まっていない
そして蹴られ殴られることでさらに傷は増していく。
もう、動かない。
腕を上げることさえできないほどのダメージを負ってしまった。
♢♢♢
あれからずっと殴打が繰り返された。
神原は本当に死にかけている。
「そうだ、シャッターでお前の四肢を切断して最後に首を切り落としてやるよ」
市丸が神原が倒れている場所のすぐそばにある店のシャッターに手を伸ばす。
「うわっ、手が血でベトベトだよ。なんか人を殺めた人がずっと手を洗うってこういう感じなのかな?確かに手を洗いたくなる気持ちも分かるな。手を汚すってのはまさにこういうことなんだろうな」
そしてシャッターがお店から切り離された。
シャッターはピンと伸ばされ、先ほど見せた回転を再び始めた。
「まずどこがいいかな〜?万が一にも逃げられると厄介だから足から取っとくかな」
そうして神原の右足の太ももに狙いを定めシャッターを操作した。
シャッターは大きく重いため動作が遅いが確実に神原に向かって進んでいく。
それを神原は確認した。
殴られたことで目が腫れてあまりよく見えていないが回転のシャーという音で大体のことを把握した
そしてシャッターが右足に到達し太ももにシャッターが接触した。
血を撒き散らしながら確実に足が切断されていく。
切断面はぐちゃぐちゃである。
もはや縫合してどうにかなる問題ではない。
そして右足が完全に切断された。
神原は右足の太ももより下の感覚がなくなったことで自分の足が切断されたことを理解した。
そして神原は涙を流した。
足を失って悲しいから涙を流しているのではない。
足を切断されても痛み1つ感じない自分の体を、自分の超能力に悲観しているのだ。
(四肢の1つがなくなったのに、切り離されたのに、常人なら絶叫を上げてもおかしくないのに何も感じない。切れたのかな?って推測を行ってしまうほど無味なものだった。これが超能力か…。
ふざけるな!こんな力いらない!人間としての矜持を全うできない力なんかいらない!俺はもう化け物だ。嬉々として足を切断するあいつも俺も、もう人間の枠を超えている)
「凄いな神原!足が切れたのに一言も弱音を吐かないなんて!次は左足にしとくか?それとも下から順番に輪切りにするか〜?けどもう白の時間が切れそうだな。そうだ棘ボールで皮膚を削いでやるよ。真皮?って言うんだっけか?表面を剥いで真皮を拝んでやるよ」
シャッターの操作を辞めてポケットの赤い棘ボールに触る。
そして赤を宣言して棘ボールを操作する。
「さぁさぁ剥いでやるよ」
棘ボールが神原の顔面の皮膚を削り出す。
粗悪な皮むき機のように体内深くまで棘が刺さり抉っていく。
血や体液が顔から溢れ出す。
市丸は笑っている。
初めてのことなのだろう。
自身でも歯止めが効かないほどにどす黒い感情の発露を抑え切れていない。
もう市丸の暴走は止まらない。神原には止めるだけの力はない。
終わった。死が迫る。
だが市丸の暴走を止めたのは神原でも、市丸自身の中にある平常心でもなかった。
バシャッ!
市丸に赤い何かがかけられた。
「何だこれ?塗料か?きったねーなー。誰だ!?」
市丸がそう叫ぶと神原が小さく笑った。
「おっせーよ馬鹿が…」
市丸が赤い塗料のようなものをかけられた方向を見た。
そこには一斗缶を両手に抱えた麦島が立っていた。
「なっちゃん〜」
麦島は神原の容体を見て泣きそうな表情をしている。
「お前!絶対に許さない〜。よくもなっちゃんを〜」
「お前か、今更何の用だ。お前如きが今更現れたところで俺に対して何もすることはできない!」
そう叫ぶと市丸は棘ボールを神原から麦島に向けた。
麦島には棘ボールを避けるほどの身体能力はない。
それは絶対に揺るがない。
麦島は黒玉とシャッターしか見ていないが麦島はこのボールの形状から危険性を理解した。
棘ボールが麦島目掛けて飛んでいく。
すると麦島は手に抱えていた赤色の液体を出した一斗缶とはまた別の一斗缶を棘ボールに投げつけた。
一斗缶が棘ボールに向かって飛んでいく。
そして2つが重なり棘ボールが一斗缶を貫通した途端、棘ボールは動きを止めて真下に落下した。
「何が起こった?」
市丸は突然の出来事で何が起こったのか理解出来ていなかったが貫通された一斗缶から流れる液体を見て理解した。
(コイツ…、色を変えやがったな!)
♢♢♢
神原と麦島が別行動をとる前のこと
「どうやってだよ。本人に解除してもらうか?」
「そんな言って正直に聞くとは思えないけど〜。えっと俺のアイデアは〜、色の選択肢をなくして何も操作出来なくするかな〜」
選択肢?
「どう言う意味だよ?」
「おそらく操作できる条件には限りがあると思うんだよね〜。僕の予想だと物体を操作していると言うより色を操作してると思うんだよね〜。だからあのシャッターを別の色にすればいいんだよ〜」
物ではなくあくまで色ということか。色鬼なんて言うぐらいだからそうかもしれないな。
「仮に色を変えたとしても別のシャッターでまた操作すればいいだろう?」
「おそらく色を変えられた物体と最初の色、そして変わった色は次に操作する物体には含まれないんじゃないかな〜。じゃないと引き続き操作できることになるからね〜。なっちゃんの能力だって制約みたいなのがあるんでしょう〜?あの人の能力にだって制約がないと割に合わないよ〜。つまり白色のシャッターを赤くしたら白と赤の物体を操作出来なくなるってこと〜。あの人が他にどんな武器があるか分からないけど上手くいけば相手の攻撃手段を封じることができるよ〜」
「確かにそれなら動きは止められるかも……」
♢♢♢
「まさかそこまで見破られていたとはな。そして赤色を封じられ、赤色のペンキを俺にかけることで黒玉とナイフも赤くしたってことか。だが!」
そう言って市丸はこの場で唯一操作が可能な白色のシャッターに手を伸ばす。
しかし…
「なっ!」
シャッターの上に神原が覆いかぶさっていた。
「何してる!邪魔だ!」
神原を蹴飛ばし操作するために触れようとするがシャッターを見て動きを止めてしまう。
「操作する色が大多数を含…んでなければならない…んだよな……。どうだ?お前の今がお前の次を封じた…ぞ」
白色だったシャッターが神原の血によって赤く変色していた。
このシャッターは神原の足を切断する際に使用した物だ
操作限界時間が来たので近くに置いといたものだ。
神原は麦島と市丸が対峙して会話している隙にシャッターまで這い寄り自分の血を満遍なく付着させてたのだ
動かない体に鞭を打ち、能力により静止物が見えない中、最後に動いていた場所を思い出し、腕で体を前進させて。
「お前に操作出来るものはもうない〜。肉弾戦なら俺が有利だ〜」
(くそ!麦島君が来た途端一気に形勢が逆転された。神原の言う通りコイツは超能力なしでも十分に戦える男だ。だが諦めるわけにはいかない。神原の殺害がまだ済んでない。確かに手を焼いたが2人でようやく対等って時点で神原の超能力は大したことないってことだ。確実に殺す)
「操作出来る物がないだと?この通りにどれだけのシャッターがあると思ってるんだ。既に2つ使ったがまだここにはシャッターは腐る程あるぞ」
市丸は別のシャッターに触れるために走り出す。
「させない〜」
麦島が間一髪のところで市丸に飛びかかり2人は地面にうつ伏せに倒れる。
市丸のポケットから棘ボールや黒玉 (今は赤玉)が飛び出て転がる。
「離せー!」
「嫌だ〜!」
腕力では圧倒的に麦島が有利。
市丸は麦島から逃げられないでいた。
しかしシャッターまではあと10センチほどしかない。
触れられないように拘束するので精一杯でしかも態勢が悪いため絞め技もうまく決まらない。
黒玉もとい赤玉はコロコロと転がり続け倒れている神原の元に辿り着いた。
「はぁ…はぁ……」
神原はそのボールを掴むと2人に向かって再び匍匐前進のような格好で進み出した。
そして神原は麦島たちの所まで辿り着いた。
「なっちゃん大丈夫〜?もう動いちゃダメだよ〜」
この出血量だ。いつ意識が途切れてもおかしくない。
麦島が心配するのは至極当然だろう。
「大丈夫だ…コイツにトドメを刺す」
「殺しちゃうの〜?」
「そんなことしねーよ……。コイツにはドクターって俺に超能力を与えた野郎について聞かなきゃやらねーからな」
そう、こいつを殺してはならない。こいつから白衣の男の情報を聞き出しぶっ飛ばさなければならない。
「麦島。奴の口はどこにある?奴の体を揺らしてくれ。俺は今目が見えづらいんだ」
「口〜?ちょっと待って〜」
麦島は拘束した状態で自分と市丸の体を激しく揺らす。
「見えた〜?左の頭が俺で右がそいつだよ〜。けどうつ伏せに倒れてるから体を仰向けにしないといけないけど〜」
「分かった」
体を揺らすことで静止物が見えない神原にも位置がわかるようにした。
揺らすといってもホントに揺する程度だ。
しかしそうすることで人物のシルエットがはっきりと見えるようにしたのだ。
神原は弱った力で麦島の協力もあってどうにか市丸の口が見える態勢にすることが出来た。
「どうする?あと数センチでシャッターに届くぞ!殴って気絶させるか?無理だろうなお前のその体では」
「だろうな。踏ん張る足がないしこの重症だ。大した威力にはならないよ。なーに、気絶って言っても何も殴るだけが手段じゃないさ」
「じゃあどうするんだ?」
笑いながら市丸が尋ねる。
「こうするんだよ!」
神原は手に入れた黒玉を市丸の口の中に押し込んだ。
「モガガガモガガ!モガガー!(何してやがる!止めろ!)」
黒玉を吐き出そうともがく市丸だが体を拘束されているため上手くいかない。
神原は黒玉を喉の奥へ奥へと押し込んでいる。
「ンガ!フガガモヌガガガモガモガブゴゴゴヌガブゴガブガガ!(待て!そんな大きさのボールを飲み込めるわけないだろう!)」
「大丈夫だ…超能力者だろう?オラッ!」
ゴクン
飲み込む時の音。普通の食事の何倍も大きく聞こえる。
市丸が黒玉を飲み込んでしまった。
首に大きなコブのようなものが出来てしまっている。
完璧に気管を塞いでしまっただろう。
これでは呼吸が出来ない。
市丸も顔を真っ赤にして首を掻きむしろうとするが腕を動かせず体が激しく痙攣するだけだ。
やがて泡を吹いて白目をむいて気絶してしまった。
「どうなった?」
目の見えない神原が麦島に確認を取る。
「えっ、うん~…気絶したよ〜?でもこのままだと死んじゃうかもよ〜」
麦島も軽く引いている。
単純に首を絞めるだけならともかく異物で気管を塞ぐとは考えても普通出来ないものである。
首を絞めるだけの力がない神原にしか出来ない芸当だ。
「お前が首の下から突き上げるように殴れば逆流して吐き出すだろう。俺は能力を解除する。やっといてくれ」
そう言うと神原は目を閉じて能力の解除を始めた。
その間に麦島は神原の言った通りに市丸の首を殴った。
上手くいかなかったが5回目でようやく市丸が黒玉を吐き出した。
一応心音を確かめたがちゃんと生きてる。しかしまだ気絶したままだ。
「うわ〜。制服が汚れちゃった〜」
ペンキまみれの市丸を拘束していたのだ。麦島にもペンキがべったり付着していた。
「気持ち悪いー」
神原が毎度の副作用に苦しんでいる。
痛覚遮断まで解除したら足の激痛を伴ってしまうため動体視力の強化だけ解除した。
「にしてもお前、よく塗装屋の場所を見つけられたな。いや、それ以前によく塗装屋の物を拝借出来たな」
神原が疑問に思っていたことを麦島に尋ねる。
「あ〜、実はね〜。その店があるのそこなんだ〜」
麦島が指差したのは最初に市丸がシャッターを使った店だった。
乾塗装店とシャッターがない内観から看板が見える。
つまり奴は自ら弱点を俺達に提供したということになる。
なんだよ、結局運勝ちじゃねーか。
あいつがシャッターを外してなかったら麦島は店の中に入れずペンキを盗むことも出来なかったってことだろ。
俺全然ダメじゃねーか。
麦島や運に頼って掴んだ勝利なんて勝利とは言えないよな。
悔しくて泣きそうになるがその様子を見ていた麦島が「そんなことないよ〜。何十分もあいつの攻撃を受け続けたなんて凄いんだよ〜。なっちゃんのその能力だって十分強いよ〜。だってその能力は自身に都合の悪い暗示をかける能力なんでしょ〜?」とフォローする。
♢♢♢
「そもそもなっちゃんの超能力って何なの〜?」
「俺?俺の能力はー、俺自身に都合の悪い暗示をかける能力だよ」
「それ凄い…の〜?」
いーや、超なんてつけちゃいけないくらいの
「不便極まりないクソ能力だよ」
♢♢♢
「そんな能力で相手を倒したんだから凄いよ〜。しかもなっちゃん足がない状態だよ〜。そんな状態で超能力者を殺さずに倒すなんて凄いよ〜」
「凄い凄いうるせーよ」
「でもなっちゃん〜、早く病院に行かないと〜。ひどい出血だよ〜。足だって早くすれば繋がるかもしれないよ〜」
「無理だよ。シャッターで切ったんだ。断面がグチャグチャだし衛生的にもよくねーだろ。化膿とか感染症とか起こしそうだ」
おそらく足はもう再起不能だろう。
暗示で足が治癒するわけないからな。
しかも治癒なんて都合がいい暗示だしな。
「そんな〜」
麦島がまたもや泣きそうな表情をする。
「そんな顔をすんなや。よく間に合ってくれたな。お前が来なかったら体を達磨にされて殺されてたよ。ありがとう」
「俺の方こそごめん〜。もっと早く来てれば〜」
「いいよ別に。逃げ出さなかったんだから。ただ飯を食うのはどうかと思うがな」
「えっ?な、何のことかな〜?」
ビクッとしながら目を逸らして答える。
「口に揚げ衣が付いてるぞ。コロッケでも摘まんだか?」
「いや〜、場所を教えてくれた人が来るまでの時間でお腹を満たしただけだから〜。休憩してたわけじゃないから〜!」
麦島がアタフタしながら弁明する。
おそらく本当だろうな。
「そんなことより〜。救急車呼ぶね〜」
麦島が携帯電話を取り出すためにカバンを拾いに行く。
ふぅ〜疲れた。
体が怠い。気を失いそうだ。血を出しすぎた。
にしてもよくここまで持ったな。
精神力でどうにかなる状態じゃないだろうに。
あぁ、でもなんか寒気がしてきた。
いよいよ危なくなってきたな。
「もしもし〜、足のない怪我人がいるんです〜。救急車をお願いします〜」
麦島が救急車を呼んでくれている。
おそらく10分もすれば来るだろう。
けど救急隊員はこの光景を見たらゾッとするだろうな。
一面赤一色で患者は片足がないなんて一種のトラウマを与えてしまいそうになるな。
俺だったら確実に吐くな。
ドサッ
何かが地面に落ちた音がした。
回復した目でその方向を見てみると、白衣を着た男が立っていた。
そして傍らには麦島が倒れている。
男はスタンガンのような物を持っている。
「神原奈津緒君、久し振りだね」
30代半ばに見える男が問いかける。
夕日のせいではっきりと顔を見ることは出来ない。
「だから俺はあの時のことを覚えてないんだよ。お前がそいつが言ってたドクターって奴か?」
「そうだ。どうだい超能力は?市丸君を倒したんだ。扱いは充分のようだな」
「倒したのはそいつのおかげだよ。お前麦島に何をした?」
神原が怒気をはらんで言う。
「何ってこれだよ」
ドクターはスタンガンのような物を神原に見せる。
「これは特殊な電気が流れる物だ。これを脳に大量に流すと脳が異常活性して人間の能力を超えた力を行使することが出来るようになる。つまり、超能力だ。これは超能力者を作り出す能力だ。」
「てことはテメェ!」
神原が気付く。
「そうだよ。彼は超能力者になった。どんな能力かはその人の願望や置かれている環境に大きく影響するみたいだから私にも分からないがな。この戦いは見させてもらった。彼は超能力を持たない一般人ながら市丸君の色鬼を封じるという活躍をしたんだ。お礼に君と同じ力を与えたのだが、不満だったかね?」
「ふざけるなよ!そいつが言ってたぞ。お前の計画の駒にするつもりだろう?そんなことはさせない!」
「……やれやれ、市丸君ももっと上手に交渉してほしかったね。奈津緒君に嫌われちゃったじゃないか」
「お前がこんな能力を与えなきゃ俺は普通に過ごせたんだ!元に戻せ!」
「残念ながら無理だよ。脳の活性をなくすなんて下手したら脳がダメになってしまう。幸い君はコントロール出来てるじゃないか。痛覚遮断、動体視力の強化、他にもありそうだな。君の能力は可能性が無限にあるように見えるがね。私の能力よりは十分強いと思うよ」
こいつも超能力者か…。
そりゃそうか、超能力を生み出せて自分に試さない手はないよな。
「私の能力は制御不能だからね。勝手に能力が発動してしまう。今も発動中だがね。おっと無理はするな。君と戦いに来たんじゃない。市丸君の回収と麦島君に能力を与えに来たんだ」
立ち上がろうとした神原をドクターが諌める。
「さっきも言っただろう。お前の計画になんか協力はしない。お前をぶっ倒す!」
ドクターは嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべる。
そんな気がしたのだがおそらく当たっているだろう。
「とりあえず今回は帰るとするよ。また会おう。私の希望達よ」
ドクターが市丸を担ぎ上げその場を離れる。
神原は追いかけようとしたが意識が遠のいていく。
(くそ!もう限界だ。白衣の野郎、覚えてろ!必ずお前をぶん殴ってやる)
神原は決意を込めるとその場に倒れ伏した。
♢♢♢
ドクターこと白衣の男は廃ビルに戻っていた。
「どうでした?神原奈津緒は?」
長髪の男、鬼束零がドクターに問いかける。
「合格だ。まだ青いが十分な可能性を秘めている。だが仲間にはなってくれそうになかったがね」
「私が行けば良かったんじゃないの?私女の子だし」
この前の集まり時にはいなかった女の子が発言する。
「時雨ちゃん、君ねー。君の能力はテレポートだろう?どうやって戦うんだよ?」
零が呆れたように時雨を見ながら答える。
「えー?例えば地中に転移させたりとか体の中に包丁を転移させたりとか出来るんじゃないの?」
「君はそんな危ないことをしなくていいんだよ」
零が宥める。
あどけない表情だが言ってることは相当に危ない。
萩原時雨もドクターの仲間である。
彼女もまた能力を与えられた代わりにドクターの計画に協力している。
彼女の能力は瞬間移動、自身や触れた物体を別の場所に移動させることが出来る。
ドクターが館舟商店街からここまで戻ったのも彼女の能力のおかげだ。
「他の2人はどうなっている?」
「丹愛と実禄がそれぞれコンタクトを取ってます。交渉に失敗して戦いになったとしてももう終わってますかね?」
「まぁどうせ奈津緒君のように失敗するだろうけどね。むしろ成功すると困る。彼らの能力の具合を確認するのが目的のだからな。それさえ果たしてくれればいいさ。時雨君、2人を迎えに行ってくれないか?」
「任せてよー。じゃあまず丹愛のところに行ってくるねー」
そう言うと時雨が一瞬で姿を消した。
「ドクター、ドクターが担いでるのは市丸ですか?」
「あぁ、奈津緒君と麦島君という少年にやられた。2人共強かったよ。いずれ相当優秀な超能力者になれるかもね」
「ずいぶんと嬉しそうですね」
「彼らが味方になってくれたらあいつらにも勝てるかもしれんからな」
「そうですね。この前も逃げるだけでしたからね」
「そうだな」
ドクターは10年前の出来事を思い出す。
あの場所で逃げ遅れていた3人に何をもって能力を与えたのだろうか?
切羽詰まっていたとはいえなぜ彼らに期待したのかはもう思い出せない。
当時の私は命の危機に瀕していたためどうかしてたんだろう。
あんな年端もいかない子供が私の代わりにやってくれると信じたのだろうか?
♢♢♢
館舟商店街 西通り
気絶している神原と麦島の元に1人の女性がやって来た。
「お嬢様に言われて来てみれば、凄いですね。辺りが血とペンキまみれだ」
そして神原の切断された足を見る。
「断面がグチャグチャね。私が呼ばれたのはこういうわけね。それにしてもお嬢様はどうしてこの男を気にかけているのでしょう?」
切断された足を拾い上げて神原の切断された部分に丁度よく合わせる。
「まぁ、お嬢様の命令とあれば詮索せずに回復させましょう」
「治癒活性」
彼女の手から緑色の波動が出る。
波動を受けた断面の細胞が活性化し、切断された方の細胞と共鳴し合っているようだ。
2つはくっつき合い、傷口が完璧に塞がれた。
女性が額の汗を拭う
「ふう、治療完了。これで後遺症も一切なく走れるようになったわよ、って気絶してるから聞こえないか」
そのまま彼女は左足のアキレス腱と腹部の治療を行った。
大方終わらせたところで救急車のサイレンが聞こえてきた。
「そこの彼が呼んだのかしら?まぁいいわ。止血と酷い箇所だけだけど治してあげたわ、感謝しなさいよね。それじゃあもう行くわね。またね坊や達」
その女性は中央広場に向かって歩き出していった。
「お嬢様にケーキでも買っていこうかしら?」
ルンルンと気分を躍らせながら商店街を進む。




