第114話 八重洲エンティホテル①
「義晴君は優しいね」
ドクターはそんなことを口に出した。
((((どこがだよ…))))
府中動乱を生き抜いた4人は神岐の『認識誘導』の強さを目の当たりにしている。
「…あれを、優しいと言うのですか?」
「逆だ。『認識誘導』なんて万能に届き得る力を手に入れてなお、あれだけでいられてるんだ。友達のためにあんなことを言うなんて、元は良い奴なんだろう」
ドクターの言う側面もあるのだろうが、零と丹愛はそうは思えなかった。
身内に甘いのかもしれないが、敵には一切の容赦がなかった。
時雨を捕まえるために電車を衝突させた。その事故で何十人もが亡くなっている。
知覧という『超能力者』も神奈川県側の事故までは直さなかった。府中動乱の傷跡はその事故しかない。
(それにしても彼らは神岐と繋がっていないのにどうしてドクターが府中にいると当たりをつけたのだろうか?)
「君達からしたら良い人ではないのかもな」
ドクターは収納玉を黒い箱の中に入れる。
工具箱のような持ち手のある開き箱だ。
「側面だけ見てその人の全てを知った気になってはいけない。これは人間に限らず『超能力』含めたあらゆる事象に対しても同じことが言えよう。別の切り口から彼を見れば良いさ。丁度私と同じ考えを持ちながら私と違うアプローチに着手しようとしている」
「アプローチ……、『超能力』なしで戦う力を付けると神岐が言っていたやつですね。そんなことが可能なんですか?」
「可能だ。何故なら私が『超常の扉』を手に入れて研究所を破壊した時、私は『超能力者』ではなかったからだ。火事場の馬鹿力は人間の力を超越する。『超能力』とは脳を常に極限状態だと誤認させることで生まれる火事場の馬鹿力の無限の可能性なのかもしれないな」
「なるほど、無限の馬鹿力…」
(極限の状態か…。『超能力』を決めるファクターである置かれている環境が火事場と捉えることが出来るのか―――)
「ドクター、神岐待ちとは言いましたけど、神岐がここに来るんですか?」
「いや、こちらから出向く」
「…場所は分かるんですか?」
昨日の電話では東京競馬場にいたが、今神岐がどこにいるのかは分からないはずだ。
「八重洲エンティホテルにいるらしい」
「……何故分かるんですか?」
「………、私の『超能力』だ」
ドクターの『超能力』。
詳細についてドクターの口から語られたことがない。人に喋ると不利になる能力なのか誰にも悟られないことで能力の底上げをしているのか。
「……まぁ、隠す問題ではないか」
(私自身も分からないのだから……)
ドクターは4人に向き直る。
「私の『超能力』は『確実達成』。能力は———」
「……それ、何なんですか?」
ドクターの超能力は能力と呼べるのか?そんな疑問が零の口調に乗った。
「「「……ピーキー」」」
三つ子は息ぴったりでドクターの『超能力』に対しての感想をハモらせた。
「制御不能な『超能力』だ。確かにピーキー、ギャンブル、運ゲー、パルプンテ。ランダム性に富んでいる。しかもいつ発動するのかが分からない。というか発動という概念を持っているのかさえ分からない。だから私は『超能力』に頼らない戦い方を身に付けてきた。『超常の扉』の開発と並行して圧縮の研究を続けたし、筋トレも欠かさず行ってきた。私は『超能力者』だが『超能力者』として超越的な力は持っていない。もしかしたらずっと真の発動条件を満たしていないだけなのかもしれない」
ドクター自身が自分の能力を把握していない。
『超能力者』になっても、どんな『超能力』を持っているかを自動的に知れるなんてご都合主義はない。発動条件が分からなければ永遠にセーフティが掛かったままのピストルなのだ。
先程説明した能力も体験した事象から導き出したものであり、これが十全かは本人すら分からない。
「…その能力と、居場所を知っていることの関係が……、『らしい』?」
「そうだ、『らしい』だ。おそらく八重洲エンティホテルにいる……と思う」
「「「「……」」」」
もはやノストラダムスだ。
「…まあ半信半疑だわな。零君、実録君。八重洲エンティホテルに行って義晴君と合流するんだ。あとこれを」
ドクターは収納玉を実録に渡した。
「……神原の恋人や滝波夏帆の居場所も当てたんだ。居場所を知れる力を持った『超能力』であることに疑う余地はないでしょうな」
百聞は一見にしかず。
最初こそ何でそこにいると知っているんだと疑問に思いながら任務を遂行したが、それは的中しており任務を完遂できた。
「分かりました。連絡手段はどうしましょうか?仮にですが、もしもそのホテルに神岐がいなければ次の手が分からないのですが……」
「……スマホも早い内に用意しよう。SIMロックされてるから適当に選べないのが面倒だな」
時雨は神原の元へ、零のスマホは神岐に捕まる前に、鼓膜を潰す際に破壊した。実質ドクターのスマホしか手元にはない。
「神岐がいれば神岐から電話してもらうと良い」
「「了解です」」
零と実録は八重洲エンティホテルへと向かって行った。
「……神岐と密に連携しても良いのではないですか?」
牧村、羽原などの共通の敵に立ち向かうためにいわば共闘している。
協力関係なのだから情報共有を密にした方が良いという市丸の意見は正しい。
「そうなんだけどね。『そっちに連れて行くまで手は出すな』って言われてるから。回収班を向かわせるくらいが限界かな。下手に義晴君を刺激するのはマズい、今の私達では太刀打ち出来ない。距離感は正しく保ち続けなければならないからね。じゃあ私は回収したスマホの解析に戻るよ。丹愛君、市丸君のケアを頼んだよ」
♢♢♢
八重洲エンティホテル1706号室
神岐、竹満、設楽、そして眠っている平原の4名がいた。
竹満と設楽はここからホテルの外まで平原を運ばなくてはならない。
スーツケースの中に平原を詰め込んだ。
竹満は猛烈な罪悪感に苛まれながら詰め込んだが、設楽はそんな後ろめたい気持ちはなくむしろ急げ急げと詰め込んでいった。
倫理観の差異はこの先腐る程見ることになる。現象には慣れど思想には慣れず。
「さて、竹満さん。認識合わせしましょうか?」
認識合わせはぬるい言い方だ。作戦会議と言う方がこのケースには最適な気がする。
「…彼女を運ぶにはスーツケースしかない。戸瀬不動産はホテルの外で彼女を探していれば脱出は容易かもしれないが、ホテルの中に氏が隠されていると考えればスーツケースを持っているやつは確実に狙われるだろう」
「はい」
「義晴、スーツケースはもう1個あるか?」
「………あるぞ。人数分用意している」
竹満の問いを想定していたのか、大棚からもう一個スーツケースを取り出した。こちらも人を1人詰めることが出来る大きさだ。
(2つ用意してたのか……)
これから導かれることは、どういうアンサーをしたとしても、この結果は変わらなかったということだ。
(最初からスーツケースを2個出さなかったってことは、俺らに……主に俺か。俺が聞くのを待っていたんだろう。2人の旅行者でスーツケースを持っているのは1人だけでは不自然だからな。2つ出したってことは、例え俺や設楽君が断ったとしても強制的にこの脱出劇は開演してたってことだ)
このホテルに来た時点で既に詰んでいたということだ。
後悔はないしそれを知った上で過去に戻れたとしても同じ選択を選んだ自信はある。
しかし、末恐ろしい。
仮に俺が拒否した時、『認識誘導』で協力するように誘導されていたら、それに気付けないということだからだ。
そして、もう一つの結論に至った。
(普通であればスーツケースの中は検めないだろう。だがこれは試練だ。必ずスーツケースの中を見られるかもしれないというシチュエーションがあるはずだ。でなければ強化にならない。義晴が戸瀬不動産側に『ホテル内にいるかもしれない』と言えば一気に試練となる。いや、義晴はそんなことを言わないだろう)
つまり———
八重洲エンティホテル2007号室
戸瀬奏音と平原暁美が宿泊した部屋だ。
2000番代の号室がある20階は平原家、戸瀬不動産の人間が予約しており実質貸切状態となっていた。
これで20階を歩くのが身内やホテルマンでなければ即敵と判断出来る体制を整えた。
戸瀬不動産の名前を出すと情報が漏れる心配があり個人名義で宿泊することになったが、お盆前で予約が少ないのかスムーズに20階の全てを取ることが出来たのだった。
2007号室で戸瀬奏音は暁美に定期的にメッセージを送りながら経過を待っていた。
本当なら自分自身で探しに行きたいが、敵は戸瀬も狙っているかもしれない。
2006号室、2008号室から2007号室のベランダとドアを監視されており敵の侵入を検知するだけでなく戸瀬が外に出ることも出来なくなっていた。
平原暁美は2007号室にいた状態で連れ去られたのではなく自ら部屋の外に出ていなくなった。
何故自ら外に出たのかは分かっていない。どうやって連れ去られたのかも―――
戸瀬は『超能力』の存在を知った。
何故外に出たのか、と言われそこに超能力というエッセンスが加わった結果導き出した答えは、「何者かに操られた」となる。
(めっちゃ遠くから操るって出来るの?なんかこう……印みたいなのを刻むとか視覚聴覚で操るとかのきっかけが必要でしょ。じゃなきゃ私がそのままなわけがないし)
暁美だけが操られた。しかし自分は平気だ。操られた感覚もないしこうして思考が出来ている。
(1人ずつ?超能力のルールなんて知らないけど人を操るのは1人ずつしか出来ないのなら私が平気である理由の説明にはなっているわね。裏を返せばまだ暁美は操られている状態ってこと。操って眠らせでもすれば操る必要は無くなって次は私を狙えば良い。まだ連れ去っている途中……)
暁美はそう遠くにはいないと結論付けた。
ホテルの監視カメラの映像はプライバシーの観点から入手できていない。
戸瀬不動産の息が掛かったホテルであれば融通が利いたのだがこればかりは諦めるしかない。
(20階から移動するにはエレベーター、窓、階段、非常階段ね。窓は除外するとして、どの方法であっても女性を担いで運ぶなんて誘拐やセクハラになるわ。それを回避するには……よくある大きなバッグの中に入れる方法ね。ホテルなら観光客用の大きなカバンやスーツケースを持っていても何も不思議じゃないわ)
観光客のスーツケースを調べようにも警察でもない人がスーツケースの中身を確認するのは困難だ。外れだった場合が面倒になる。
(…というか神岐も探すって言ってたけど、私達がどこにいるか知ってるのかしら?)
戸瀬は暁美の失踪時とその後で2回通話をしている。
その2回で八重洲エンティホテルと口に出していない。戸瀬はホテルとしか言っていない。
だが神岐は自分でも探すと言っていた。
まずは今どこにいるかを聞くんじゃないのか?
戸瀬や平原が狙われることを危惧して会わないようにしているにしろ、会わないためにも場所を聞くべきだ。
「………まさか、神岐が?」
神岐が平原の誘拐に関わっている。いや、神岐の超能力が人を操るのではないか。
「…そうなると神岐に任せらんないわね」
ホテルの映像は見れない。しかしどの出口でも戸瀬不動産の息が掛かっているため、その包囲網を掻い潜るのは難しい。
「…まだホテルの中にいる…かも?」
(義晴はその戸瀬不動産の令嬢にも俺達同様に試練を与えているんだろう。彼女を見つけ出せるかどうか。義晴らしい知略に塗れた考えだな。俺と設楽君と令嬢達…。一気に鍛え上げるなら身内で切磋琢磨させるのが1番早いわな。部活動、毎日対外試合出来るわけじゃないからお互いで競い合わせる――)
竹満はチラッと神岐の方を見た。
呼んだわけでもないが神岐はこちらを見ていた。
「…………」
神岐は何も発さないが、目が語っている。
竹満が気付いたことに気付いた。
これは長年の付き合いの賜物だ。
気付いた竹満は神岐に何か言うでもなく、目線を戻して設楽と2つのスーツケースを元にどういう作戦でいくのか話し始めた。
(……さて、奏音は馬鹿じゃない。まだホテル内にいるかもと疑っているに違いない。全フロアに戸瀬不動産の人間を配備して人の動きを漏らさず確認するだろう。さて、こちらが大分不利だな。どういう作戦で逃れるのか、追い詰めるのか、楽しみだ)
ここからは、俺は部外者だな。
「宗麻、設楽」
「頑張れよ」
神岐による強制イベント
この戦いに神岐は一切介入しません。
スーツケースがないと勝負にすらならないためそこだけは事前に用意しました。
竹満&設楽vs戸瀬&戸瀬不動産
全員非能力者の戦いになるのは初めてですかね。
一瞬で終わるかもしれないし長期戦になるかもしれない。
それはそれぞれの作戦と推理に依ります。
さあ、次回も神岐サイドです。
八重洲エンティホテルの攻防戦になります。




