第112話 生の証言者と死の証言者
麦島を大島総合病院に残して、神原は櫛灘病院に戻って来た。
道中、豊橋刑事に連絡して櫛灘病院に来てもらうことになった。
女島刑事も来るようだ。
豊橋刑事も事の重大さを理解した以上、事情を知った人間を増やしたいという魂胆だろう。
俺も同感だったので了承した。
そして、萩原時雨が入院している病室に4人が揃った。
櫛灘さんには重大な話だと伝えて席を外してもらった。
(あの激昂を聞いたらまあ、察するわな)
幸い他に入院患者がいなかったため騒ぎにはならなかった。
櫛灘は神原の大声に怒るでもなく、何も言わず不干渉を取ってくれた。
「……はぁ、当事者になるとクソかよって思っちまうなもう」
全ての話を聞いた女島の第一声。
「信じるんですか?」
豊橋刑事ほど理知的には見えない、否定から入っていると思っていた神原。
「豊橋刑事が信じてるんだ。館舟商店街の不可解さと一昨日の一件を考えれば信憑性は高い。何より、そこの子供が話しているんだ。サクラならもっとまともな奴を用意するだろう」
「…思いの外すんなりだな」
豊橋も神原と同意見だったみたいだ。
「それで、豊橋さん」
「あぁ、現場の捜査員から話を聞くことはできた」
「受付に来たのは6人の高校生くらいの集団で一昨日ここに搬送された方の見舞いに来たから病室を教えて欲しいとな」
「……それで?」
「無関係の人間に教えられないと伝えたら『いいから教えろよ』と受付を脅迫まがいのことを口に出して受付に身を乗り出そうとしようとしたが、謎の衝撃音で病院内が混乱している最中にいなくなっていたようだ」
「おそらく衝撃音は祥菜の部屋を襲撃した時の音でしょうね。そうなると病室に来たのが駄愚螺棄なのかドクターなのか判断が付かないな。もしくは全くの第三者」
「麦島君や隠岐さんが連絡しようとして隙を作るのが目的、にしては賭けに近い動きだな。侵入者はガスマスクや催眠ガスと準備がしっかりしているのに受付の方が大雑把過ぎる。騒動に乗じて逃げれたかも分からないのに」
「…むしろ騒動が起きたから帰ったのかも。脅迫まがいまでしたんだから病室まで踏み込む意志はあったはずだ」
「……時雨。正直に答えてくれ。この件にドクターは関係しているのか?」
神原豊橋女島のやり取りを病室の主は黙って聞いていた。
神原からすれば大島総合病院に行っている間に時雨は逃げ出す事は出来たはずだ。だが櫛灘の話では逃げる素振りもなくベッドに横たわっていたらしい。
(なんなら俺の心配をしてたって話だが…)
「……関係、してると思う。けど市丸達は高校生じゃないし、私達の他に6人も仲間はいないから受付の人は無関係ね。ドクターは下手に人を使ったりしないから」
(昨日の口ぶりで非能力者を使うはずがないわ…)
「なるほど、なら受付の集団と襲撃犯は切り離して考えよう。ドクターはどうやって病室を突き止めた?…いや、千里眼の能力者がいたな。市丸の兄貴っていう」
「零の『隠れ鬼』ね。でもあなた達を見ることは出来なくなったって話してたわ」
「見れない?何故だ?」
「ええと…、実録を回収するために神坂のところに行ってからあんた達3人が見えなくなったって。使えなくなったわけじゃないからまた発動条件を満たせば見えるようになるとは言ってた」
「神坂?幌谷の白ウサギのことか?」
「ええ」
(やっぱ曰く付きの最強だったか)
「幌谷の白ウサギか…」
「ご存知なんですか?」
豊橋刑事が東京の、それもただの不良のことを知っているとは意外だ。
「捕まえられないまさにウサギのようだと知り合いが言っていた。平日に街中で見かけるが何故か撒かれるらしい」
「間違いなく『超能力』でしょうね。未だに能力の詳細は掴めないけど、そういう意味では神原、あんたの『超能力』もよく分からないわ。どんな能力なの?」
これは時雨の単純な興味であり探りではないようだ。
(だが、俺の『自己暗示』が大した事のない『超能力』だと知られるのはマズい)
「説明しても良いが、それはcomcomやドクターの『超能力』も教えてもらえると捉えていいのか?」
「…取引なんてしなくても私が知っていることは教えるわ。もう駆け引きでどうこうする段階を超えてるから」
(……これじゃ駆け引き仕掛けた俺が恥ずいな)
「……それはいいや。ドクター、または零だとして」
気恥ずかしいので話をうやむやにして本筋に戻した。
「スマホを出してくれ。ドクターに連絡する。俺がいない間に連絡は来てたか?」
「いーえ来てないわ。私からも何もアクションはしてないわ。したとしても出ないでしょうね。神原の彼女を連れ去ったんなら同じことを他2人にもやってるはずだから。3人同時ならドクターは零達と合流できたのかも?」
はいこれ、と先ほどは渡す直前で横槍が入ったがようやく時雨のスマホを受け取った。
電話帳の中にドクターがあった。
(ドクターで登録しているのか。自分の素性は明かしてないんだな…)
ドクターと時雨の電話番号を自分の電話帳に追加した。
時雨のラインに自分のアカウントを追加して時雨に返却した。
「…見ないの?」
「あのメッセージから追伸がないなら大した情報は取れないだろう。なによりドクターに直接聞いた方が早い」
神原は追加したばかりのドクターの電話番号をコールした。
「………出ないな。まだ祥菜を運んでる途中なのかもな」
電話に出る気配がないので通話を切って時雨の方に電話をかけた。
プルルルルルル リリリリリリリン
プッ………
ワンギリだ。
「時雨、今俺のスマホから電話をかけた。今後のために登録しといてくれ」
「う、うん」
(さっきはあんなに爆発してたのに、随分と落ち着いてるのね。駄愚螺棄?ていう変な人達じゃなく誰かが分かってるから幾分かマシってところかしら?)
今この場でドクターと会話するのは難しそうだ。それならと豊橋は女島に尋ねた。
「ところで女島、監視カメラはどうだったんだ?」
「はい、西宝川崎ショッピングモールの監視カメラ映像をチェックしましたが、一昨日の駄愚螺棄と神原が争った時間帯の監視カメラのデータが全て消えていました」
「……全てか」
「えぇ、駄愚螺棄の連中と神原と伊武議員の娘さんがショッピングモールに入る映像はありましたが、そこからの映像がありませんでした」
「監視カメラに映った女性をリストアップ出来たか?」
「えぇ、出来てます。開店時間から警察が立ち入るまでの間に監視カメラに映った女性を顔写真付きでまとめています。豊橋さんが来た後に施設内に残っていた人は警察が保護しているため保護リストは後々川崎警察署から取り寄せるつもりです。監視カメラの方は解像度が高くないせいか判別しにくいかもですが」
リスト化されたファイルを受け取る豊橋。
(…意外に仕事はちゃんとするんだな)
ファーストコンタクトの印象が悪かったせいでどうにも問題児に見えてしまうが、警察官になれるだけのことはあるようだ。
「どう見る神原君」
神原にファイルを渡しながら訊ねる豊橋。
神原も顔写真を一枚一枚確認しながら答える。
「俺がショッピングモールに入ってからの記録がないならずっと尾けてたんだな。館舟駅から張ってたのか?裏を返せば不自然に監視カメラが切れてる場所の軌跡で奴らの居場所が絞り込めれば良いが…」
捜査範囲を広げると厄介な障害がある。
「……枚戸警視か。もしも奴らの行動を辿って横浜や都内ってなると難しいな。連続誘拐事件への関連性があるって理由で調べてるが、受付の駄愚螺棄と別件となればこれ以上この件に女島を使えないだろう。動ける間は続けるつもりだが…」
「…結局俺と麦島しか動けないのか。虹色ネイルの女の犯行だとまた証拠隠滅されてるだろうな」
そうしてリストを全て確認したが―――
「……いないな。虹色ネイルの女はこの中にいない」
「そうか、いたはずの人間がカメラには映っていないという異常現象を裏付けることにはなったが…」
「映っていない以上は動きようがないですね。どうする神原?」
…………
「―――ドクターは必ず連絡するはずだ。こっちは待てば良いが、駄愚螺棄の動きが読めないのが辛いな。向こうにとっては俺も攻撃対象だからな。女島刑事は館舟の監視カメラのデータをさらってもらえますか?監視カメラに消えていれば軌跡になっているしカメラを消したのがショッピングモールだけなら駅のカメラには映っているかもしれない」
どの結果になっても進展はある。1番は映っている事だが…
「豊橋刑事は引き続き本業の仕事をしつつでお願いします。ドクターとの連絡手段を手に入れた以上鬼束探しはもういらないでしょう。駄愚螺棄の方をお願いします」
「分かった」「うむ」
「時雨、君にはもっと話を聞かなければならない。体に無理のない範囲で話してくれれば良い」
「うん」
(今日は話を聞いて明日麦島が復帰したら行動開始だ。善意による誘拐であっても必ずぶん殴ってやる!)
♢♢♢
東京競馬場
外周は道路になっているがその全てが交通量が多いわけではない。
裏道や住民しか使わない道もあり監視カメラなどもちろん付いていない。
例えこの場所に死体があったとしても、人通りが少ないため発見が遅れるし死体は隠れた場所にあるため、通行人でさえ気付くのは困難だろう。
気付けるとするならば、そこに死体があると知っている者だけだ。
「……スマホ見っけ」
長岡のポケットにスマホが入っていた。
長岡のスマホの位置情報を調べ、知覧、羽津は東京競馬場にやって来ていた。
「……死んでますね。ただ出血はないですね。顔が赤いから絞殺?毒殺?どちらも死ぬまで時間がかかりますからいくらここが人気がなくても死に際の抵抗で気付きそうですが…」
周囲には争った形跡がない。
絞殺でも毒殺でも抵抗の跡があるはずだ。
手当たり次第にもがいたりのたうち回ったり。それらが一切ない。眠らされてその間に殺されたかのようだ。
「『超能力者』を見つけて返り討ちなんだから『超能力』によるもんだろう。にしてもまさか東京競馬場とは。昨日の件は揉み消したはずだが…、偶然か?だとしても偶然を引き当てる嗅覚を持つ『超能力者』は危険だな」
「どうしますか?今ここで生き返らせると記憶が怪しいところですが…」
知覧航大の『超能力』は『解体々々業者』
壊れたモノを1日前に戻す能力。
ただし壊れてから1日以上経過した場合は直すことが出来なくなる。
人間を直した場合、記憶も1日前に戻ってしまう。
「長岡から連絡があったのは午後だったな。今直すと覚えてないかもしれないな。かと言って待っているとその間に警察を呼ばれてより面倒になる。…仕事中に見つけたんなら奴の職場で何かがあったはずだ。そこから調べられれば良いが…」
(長岡の職場で『超能力者』を見つけたのなら長岡の存在は明るみになっているかもしれない。バイト先にはもう戻れないと見た方がいいか…。それでも昨日の出来事さえ分かれば逆算で『超能力者』まで辿り着ける。何より定番の『犯人は現場に戻る』をされると俺や知覧が危ない。俺はいいが知覧を失うわけにはいかない)
「知覧、すぐ直せ」
「分かりました。……『解体々々業者』!」
「…ない」
「ふゆ、ホントにここで合ってんのか?」
「あぁ、ここで殺したから間違いないが、跡形もないな」
「警察が遺体を運んだか仲間が連れ去ったかだな。入れ違いだったか」
「警察なら黄色いテープとかで現場保存するだろ。自殺と判断されればそういうのしないかもしれないけど。後者説濃厚かな?」
「…無駄足だったかな?」
「だがいないことが分かったのは良いんじゃないか?仲間の存在は確定的だな」
「とりあえずは移動がてら保谷さんに連絡するか」
保谷との電話で分かった事は以下の通りだ
・長岡が仕事を急遽休んだ事
・雪華の誘拐の件は家族にも伏せておく事
・長岡の履歴書を手に入れた事
履歴書の情報は神坂にも連携された。
「行くのかふゆ?」
「保谷さんと合流してからな。味方は大いに越したことはない。お前達も来るだろ?」
「「勿論」」
「住所が嘘っぱちでも行く価値はある。バレてるのを分かって待ち伏せしてるかもしれないから細心の注意を払って行くぞ」
府中本町駅武蔵野線ホーム
「長岡、報連相は頼むからちゃんとしてくれ」
「いや、まあ、すまない。つっても何を報告するのか分からんけど」
長岡照臣
神坂に殺されたが知覧の『解体々々業者』によって1回限りの復活を遂げた。
『解体々々業者』の影響で記憶が1日前になっているため長岡の認識ではまだ8月5日でなおかつバイト中だった。
バイトをサボっている感じがしてどうにも落ち着かない。
「お前バイト中に『超能力者』を見つけたんだよ。蘇生させた時説明したろ?」
「そうなんだけどよ。覚えてないもんはしょうがないだろ。仕事中なら昨日会ったことをおばちゃんに聞けば良いけど、もう近付かない方が良いんだろ?」
「身バレしてるな間違いなく。向こう側に渡している情報は把握されてると思った方が良い。名前以外で知られてることはあるか?」
「名前、顔、趣味…はどうでも良いか。俺から喋ったのってそんなないはず。俺仕事熱心だったし」
「……履歴書」
話を聞いていた知覧がぽそりと呟いた。
「あぁ、履歴書…。何書いたっけかな?学歴と志望動機は良いとして、住所どこ書いたかな?」
「……まさか馬鹿正直にアジトにしてないよな?」
「……………………………」
分からないというより覚えていない。わざわざ家に訪問なんてするはずがないから意識して書いていなかった。
「ふぅ、…お前も月董から折檻してもらえ。あぁくそ」
「でも丁度良かったかもですね。業君にアジトの場所を掴まれたかもしれないから引越しはマストでしたし」
「…そうだな。うん、そうだな。引越ししようぜ」
「一狩り行こうぜのノリで言うな。すぐ仕掛けてくるかもしれないだろうが!」
長岡の『不定期劇場』が、発動条件が厳しいとはいえ『超能力者』相手になす術なくやられたのだ。業の『超能力』も襲撃犯の『超能力』も分からない。
「向こうから来るのならお迎えするのもアリではないですか?『どこまでもお供する』も『不定期劇場』も『拘束乱舞』もありますし、動きを封じて『頭上注意』で建物もろとも証拠隠滅とかすればこちらが大きく出れます。長岡さんを殺した人物が業君側か否かは置いといて敵の戦力は削れる時に削るべきではないでしょうか?」
「…それも良いが、このバカがどこを書いたか次第だな。全くの僻地ならいいが…」
「……あーダメだ。住所は置いといて、交通費の申請で最寄駅は伝えてるわ。何も言われてないってことは住所と最寄駅はそんなに離れてないと思う」
「………もうお前バイト禁止な」
「はい、確証はないですが業君の犯行かと思われます」
……………
「いえ、長岡は別の『超能力者』です。おそらく業君の持つ『超常の扉』で作られた『超能力者』かと思われます」
……………
「仰る通りです。引き払う準備は出来ております。こちらに来ることを見越して待ち伏せを考えていますが…」
……………
「……そうですか。分かりました。では待ち伏せはナシで」
……………
「承知しました。必ず『超常の扉』は手に入れます」
♢♢♢
「これ以上は近付かないで!離れてください」
東武東上線朝霞駅から徒歩10分の住宅街の一角は騒然としていた。
とある一軒家が見るも無惨な形になっていたのだ。
いや、今のこの姿を見て一軒家と分かる者はいないだろう。
家はなく、そこにあるのは地面が抉れた光景だけだった。
周辺の住宅も衝撃で瓦が飛ばされていたり窓ガラスが割れていたりしていた。家が倒壊していないのは奇跡だろう。
「……一足遅かったか」
「月城、下手なことを喋るな近くに居たら怪しまれる。ここは野次馬に徹しろ」
「おっ…ごめん」
「…どうする雪兎君」
「…引き上げよう。何も得られそうにない」
「……とりあえず会話しようにもここでは騒がしい。一旦人気のない場所まで戻ろうか」
保谷に促されて3人は凄惨な現場から離れた。
「……あれは、ちょっと、規格外過ぎないか」
弱音を吐いたのは月城ではなく神坂だった。
『超能力者』である神坂でさえあの破壊力には恐怖を覚えた。
実録の『氷鬼』やcomcomの力も凄いが、視覚的なインパクトがなかった。
だがあの光景は『超能力』が決して矮小は物ではなく人知の外にあるものだと再認識させられた。
「莫大な質量を落としたかのようなクレーター」
「…隕石、ですね」
「信じられないがそうだな。隕石になる能力なのか隕石を落とす能力なのか分からないが、あれをくらった人間はまず死ぬだろう。近くにいても重症のリスクがある」
隕石になる能力、巨大な顔が浮かび上がるのかなーと月城が想像した。口に出したいがこのシリアスな雰囲気をぶち壊す勇気は流石になかった。
「あの家だった物には何も残っていないだろうな。いたらいたで戦いになってたと思うが」
「毛髪、指紋、何に至るまで消えた、いや消した。あんな事故、警察は当然調べるだろうが足は付かないだろう。あの場からは何も得られそうにないな」
数十分前
「月董、待ち伏せしねーのかよー。俺らなら返り討ち出来るだろ〜」
荷造りをしながら雪走が訊ねる。
「comcomに勝てるのならな」
月董も荷造りをしながら答える。
「……長岡を殺した『超能力者』がcomcomってことか月董」
牧村は内心違うだろうと思いながらも訊ねる。
「別人だろうがcomcomが来ると認識した方がいいだろう。昨日東京競馬場にcomcomがいたのは事実だからな。それに長岡を殺した初見殺しの『超能力』だ。なおかつ、撤退はあの方からの指示だ」
「「…………なら仕方ない」」
あの方が言うのなら素直に従う。
雪走牧村にはもう『解体々々業者』は使えない。長岡もやられた。
手札を減らすペースとしては最悪だ。
「comcomは放置して今は『超常の扉』の奪取だけに注力する。『超常の扉』さえあればcomcomにだって負けやしない。ということだ」
「……それは業君とcomcomが繋がっていたとしてもか?」
「あぁ、今の俺達に2人を相手する余裕はない。一点集中だ」
「……まぁ業君の殺意もとんでもないことが分かったし、標的は絞った方がいいだろうってことか」
牧村と知覧はあのダイイングメッセージを見ている。
不良の『殺してやる』がちゃちになるほど強烈なメッセージがあれには込められていた。
「そうだな…、まあ業君も強くなってるだろうし手合わせしたいからそれでいいよ!」
どこまでも強者と戦いを求める雪走。一度死んだ程度じゃ変わらない。
「……残念だがお前、牧村、長岡は前線には出さんぞ」
「うぇっ!なんでだよー。前寄りの月董が出ないなら俺だろうがよ」
月董の『拘束乱舞』は体術をベースにしている。
こちら側に肉弾戦向きの『超能力』を持つ者は少ない。
死ねないとはいえ実働隊として雪走が必要なのは明白だ。月董が出ないなら尚更だ。
「あの方自ら出るらしい」
ゾワッ
「……マジで?」
「マジだ」
「…驚いた。でもあの方自らが出張るなんて………!?。………なるほど、そう言うことね。長岡が好みそうな展開だな」
「だろ?ドラマみたいな感じだよな」
「なんだなんだどういうことだってばよ」
牧村と月董は気付いたようだが雪走は何がドラマなのかよく分かってない。
「それは…、いや、お前は知らなくて良い。初見の方が絶対に面白いから。お前にも損はないと思うぞ。絶対テンション上がるはずだ」
「???よく分からんがあの方が出るなら俺も月董も出なくて良いか。俺がいると邪魔になるだろうし」
雪走をしてここまで言わせるほどの人物。
「業君はあの方に任せて俺達は『超常の扉』だ。殺さずとも奪えば良いからな」
「分かった」
「へーい」
「ほら、早くまとめろ。時間がない」
3人はパッパと荷物をまとめる。
今後に必要なものだけを持って行って残りは『頭上注意』で圧縮処分、エコロジーだ。
「手詰まりか…」
臼木は呟いた。これ以上の手掛かりはない。
ここで何かを得て動き出したいが、近隣住民に聞き込んだところで有力な情報は得られないだろう。そんな隙のある連中なはずがない。
「住所も意味をなさなくなった。履歴書から探すのはもう無理だな。私は事務所に戻るが、君達はどうする?」
「………無駄でしょうが近辺を捜索してみます。まあ、いないでしょうけど。保谷さんは戻ってください。ご足労いただきありがとうございます」
神坂の返事に覇気がない。
前に進めないのだから仕方がない。身内の誘拐などここまで動いている神坂が異常なくらいだ。
「……何かあったらすぐに連絡したまえ。こちらもすぐ連絡する」
そう言って保谷は去って行った。
「雪兎君、とりあえず動こう」
臼木は分かっている。
さっきの発言は1人にしてくれという意味であることを。絶対に物証など出ないのにここにいる理由はない。保谷もそれは思っていたが空気を読んでかそのまま帰って行った。
「動いて邪念は取り払おう。俺達は3人いる。手分けして3倍の捜索をすれば砂金くらいは見つかるかもしれない」
「そうだぜふゆ、隕石がなんだ!落ちる前に避ければいい。さっきのあれ、隕石自体の大きさは地球滅亡クラスじゃないんだ。上を警戒していれば見えるし逃げるだけの時間はあるはずだ」
確かにそうだ。
直撃した場所の破壊力は尋常ではなかったが、周辺はそこまで壊滅的被害ではなかった。
(住居だけ壊すように大きさを調整した。または隕石能力は直撃以外では破壊力は弱くなるか…。効果を調べたいがサンプルケースが1個だけじゃ……)
「隕石…。隕石?…隕石!」
ずっと突っ走っていて忘れていた。
府中について調べていた時に出てきた隕石という単語。
「どうしたふゆ?」
「何か気付いたのか?」
2人をパッと見て、ネットで出てきた情報について説明した。
「昨日府中に隕石が落ちたかもしれない…でも…」
「府中にそんな形跡はなかった。ネットでもヤク決めてて草って書かれてた」
「……隕石の目撃情報があるけど隕石による被害はない。本当に幻覚だったかまたは」
「なかったことにしたか…だな」
「どこの禊君だよ……」
「禊?…とにかく、昨日府中で何かがあった。間違いなく『超能力』が関係している。俺が府中に行くことなんて俺らしか知らないはず。………いや、いるな。俺が府中に行くことを知れる奴」
「…………」
「…………あっ、『隠れ鬼』」
正解を出したのは臼木ではなく月城だった。珍しいこともあるもんだ。
「奴、鬼束零の『超能力』なら俺の動向は見れるだろう。だが零の『超能力』は俺が解除させた」
「そういえば解除したってどうやったんだよ」
「ん?簡単だよ。『強制平等』で『超能力』を同じにした。奴の『隠れ鬼』はそもそもが消えてなくなって俺やcomcomの監視が出来なくなるって寸法だ。俺の見立てでは強制解除は全てリセットってはずだったが、あくまで一時停止くらいだったか」
閃光弾で目が見えなくなるあの瞬間、咄嗟に零に対して『強制平等』を発動させた。監視能力を無力化させたかったからだ。
(結局は無理だったか。確か写真がうんぬんって言ってたから顔を見れば発動条件を満たすのかもしれないな。だとしたら抗いようがないな)
「もしくは本当の本当に偶然かだな。どっちであっても昨日隕石が落ちてそれがドクターって奴の敵なら、ドクターは昨日府中にいたんじゃないのか?」
「…確かに、てことはあれか?事務所行ってなかったら俺はドクターに会えてたかもしれないのか……」
綺麗なすれ違い。そもそも事務所に行ってなかったら長岡に知られることもなく今日の一連の出来事全てがなかったかもしれない。
「たらればを言っても仕方ないさ。事務所にいつ行ってても長岡に見られたんだ。そこは割り切ろう。それに昨日出会ってたら俺と月城はいなかった。雪兎君1人で隕石やらを、それをなかったことにする『超能力者』に勝てていたかは分からないだろう」
「体制が整った今がベストコンディションだぜふゆ!それに隕石を消してもネットにあったんだろ?ネットの情報から見えてくるものもあるかもしれないだろ。絶対写真撮ってる自分を顧みない馬鹿がいるって!」
「確かにな。それじゃあ昨日の府中の出来事を徹底的に調べるぞ」
「「おう!」」
神坂サイドも府中動乱があったことに気付いたようです。
さてさて、
神原サイド、神坂サイド、牧村サイドの8月6日はこれにて終了。
まだ動きが見えないドクターサイド。
牧村達と同じく引っ越しの準備で忙しい羽原サイド。
そしてドクターと繋がった神岐サイド。
彼らの8月6日を見ていきましょう。