第11話 神原奈津緒vs色鬼②
「動いて平気なのかい?」
市丸は立ち上がろうとする神原を見て問う。
明らかに激痛を伴っている。血や汚い色をした体液が腹部から流れ出ている。だがそれでも神原は立ち上がった。
(痩せ我慢できる状態を超えている。肉体的にもだが命を失う危険もあるというのに…。俺なら絶対に立ち上がれないし腹に食らった時点で失神してる…)
攻撃した市丸がそう思うくらいには痛々しく、立っているのが奇跡的だった。
「…肉体強化能力を舐めるなよ。能力を使えばこれくらいの傷はどうってことはない」
神原の能力は肉体強化ではない。
能力発動の結果として強化されている部分もあるが、能力の本質は『強化』とは言い難く、なんなら真逆を行っている。
市丸は神原が本当は精神系能力者だということに気付いていない。事前に監視能力を通して肉体強化ではないかという仮説を持ってしまったが故に、本人から開示されても疑うことなく受け入れてしまう。
「…やはり肉体強化だったか。立ててるんだから疑いようがないな。発動条件は目を瞑って集中ってところか。さっきのはブラフで死にそうだからようやく発動と……あまり良い気分はしないな。超能力なしで超能力者に勝てるわけがないだろうに…」
このようにあり得ない事象に対してそれを補う説明をされることで受け入れた。疑っていたはずだと言うのに…。事前調べをしていたが故に見誤る。
「分からないぞ。麦島がお前にトドメを刺すかもしれない。超能力なしで超能力者を倒せるわけがないっていう認識じゃ、足元を掬われるぞ」
だから神原は敢えてアドバイスをする。向こうと違ってフェアがどうこう言うつもりはないが、能力を誤認させていることはフェアではない。
(市丸の能力説明には嘘はなかった。俺が正直に話す必要はないが、疑えという助言くらいしてもいいだろ)
能力は優秀だが、敵の発言を鵜呑みにしている点で奴自身にも課題点がありそうだ。白衣の男の協力者ならそこら辺しっかりしてそうだが、能力を過信してるところを見て言うのを止めたのかもしれない。
(それに…麦島には能力を教えたんだ。市丸の兄貴の千里眼能力が盗聴も可能だとしたら、もうドクターとかいう奴に能力は伝わってる。連絡されない限り市丸にはバレずに済みそうだが、千里眼能力者とドクターには能力がバレた状態で挑まなくちゃならんな)
この先も戦うことになる……いや、戦わなくてはならない。
(バレたとして対策するとしたら……能力発動前に奇襲されることだな。溜めの時間が弱点だがそれについては問題ない。この10年間、能力を抑え込むことばっかやってたけど、次のフェーズだ。能力を嫌うあまりこの考えに至らなかった。…今この状態を利用できれば、今後の戦いがそこそこ楽になるのかもな)
「お気遣いどうも。だがこれからどうする?動けても俺の『色鬼』の対策があるわけではないんだろう?『赤』はそろそろ時間切れだ。シャッターでトドメを刺したいが肉体強化で避けられるな…。黒い玉も速度は出るが威力はそんなにない。ならば……」
そう言って市丸はまたポケットに手を突っ込んだ。ポケットに入るのだから大きい物ではないだろう。
しかし、赤の棘ボールみたいな攻撃特化の武器かもしれないから油断は出来ない。第一、小さいモノは総じて速いからシャッターみたいは馬鹿でかい物よりも注意しなければならない。
市丸が取り出したのは刃が収納できるタイプの携帯用ナイフだ。持ち手部分も含めて全身が銀色…金属色に塗装されている。
「流石にナイフはどうしようもないだろ?ナイフは元が軽くて小さい。だが殺傷能力は今までの中でもピカイチだ。これを自在に操れるとしたら…どう思う?」
あのナイフが切り札のようだ。棘ボールが出した軌道で鋭利物が360度から迫ってくる。
(ガチガチの刃物だな。しかも持ち手の色も刃と同じ銀色で加工されてる。そのまんまだと色の割合が過半数にならないからか…。赤くなってないのは棘ボールと交互に使うため……となれば麦島の推測が当たってやがるな。『色鬼』は同じ色を続けて操作できない)
黒玉から始まりコンクリート、シャッター、棘ボール。全て違う色だった。
『色鬼』、結構制約の多い能力のようだ。
(けどヤバいな。ナイフを取り出したってことは、返り血なんて全く考えてないってこと。俺を仕留める気満々だな。能力を使ってどうにか立ち上がれてるけど、心臓に刺されたら確実に絶命する!)
「この1分で決める。このナイフで心臓を一突きで終わらせたいがそう綺麗にハマらないだろう。じわじわ削りに行きたいが、お前の肉体強化が治癒力も向上させるんなら長期戦だな。挟み撃ちもあるし、俺が不利になるな」
「…1個あたり1分てだけで長時間能力を使えるんだろ」
「ダメージ軽減に加えて挟み撃ちで手隙になって近寄られたら苦しいからな。それに…ただの挟み撃ちじゃなくて何か企んでるんだろ?それならこっちとしても1対1で順番に殺していった方がやりやすいし安全だ」
どうやら人数不利ではなく麦島個人をしっかり脅威と見做しているようだ。
(『色鬼』は1回1色1個だから2対1に持っていけただけで有利になる。奴が肉体強化能力と思い込んでるんなら、俺に近づかれることを最も恐れるはずだ)
棘ボールの速度からしてナイフはおそらく麦島には躱せない。囮になるのなら自分が適任だ。だが麦島はそれを許さないだろう。
(どうせ、「2人とも生きてなきゃ意味がない〜」とか言うに決まってる。それなら対策3を実行するまでだ)
対策3が有効な根拠は奴の発言や武器が証明している。
麦島が戻って来るまでに俺が生き残れるか。それに勝負の命運がかかっている———
「非能力者の麦島を認めるとはな。だったらこっちも出し惜しみなしだ」
何回か使ったことがある。一歩間違えれば無防備に姿を晒してナイフに刺されるだけだが、奴の『色鬼』で操った武器全て問題ない。
(麦島の働き次第で俺は簡単に死ぬ。……頼んだぞ、麦島…)
神原は目を閉じてピタッと動かなくなった。ナイフを使われたら死ぬが、市丸の目的からして使って来ない。
重ね掛けなんて始めてのことだが、このクソ不便な能力なら行けるはずだ!
…………………………………………………………………
いよいよ神原が能力を使う。
肉体強化能力。切り札を取り出すまで能力を使ってこなかった。その事実が僅かに市丸の心を揺らす。
(さっきの凄みといい能力を伏せたりといい……)
恐ろしい男、それが市丸が抱いた印象だ。ドクターに気にかけられている男の本気。監視能力でも分からなかった神原の全力をようやく拝める。
「…準備は出来たのかい?」
市丸が訊ねると、神原は体全体で市丸の方に向き直った。見たというよりも漠然と視界全体を眺めている様な、焦点の合っていない反応だった。これが肉体強化能力なのかと疑問だったが、身体能力を上げるタイプの能力者を見たことがないので市丸には神原の姿で能力の善し悪しを判断することは出来なかった。
「あぁ、最悪なことにな。……はぁ、完全に麦島頼りだな。あいつが来ねーとナビなしじゃ右往左往だ」
「? 何を言ってるんだ?」
「いーや、能力の制約を考えてた。ここまで能力を使ったのは初めてだからどうしたもんかと思ってな」
「…分からんが、ようやくやる気になってくれてくれたんだ。彼…麦島が来る前に…片をつける!」
市丸はやる気と表現したが、それは強ち間違いではない。
能力の重ね掛けに成功した。それによる効果を神原は実感していた。ここからの戦い方は決まっている。
問題は勝ち方だが、囮である以上は麦島の連携が必要。しかし今の神原は連携が取れる状態ではない。アイコンタクトすら不可能な中で挟み撃ちを成功させなくてはならない。
命の危機すらある中、神原のモチベーションは上がっていた。やる気というよりも好奇心というべきだろう。
(……俺の能力…………どこまで出来るのかを試す良い機会だ。適度に相手しつつ麦島の動ける隙を作る!)
♢♢♢
「ひぃ、ひぃ…」
麦島は館舟商店街を走っていた。この商店街は十字の通りで形成されている。
南側は館舟駅、東側には館舟高校がある。北側は多摩川、それと駅と川を挟んだ住宅街。
そして今神原と市丸が戦っている西側には工業団地が広がっている。
そういった地理的環境のせいか、南、東、北の通りにはそれなりに店舗や人の往来があるのだが、商業価値の薄い西側は地域全体が寂れており、駅近の商店街でありながら西側通りはシャッターの整列が行われていて、シャッター商店街と呼ぶに相応しい街並みになっている。
悲しいことだが戦いに割り込まれないという点では神原麦島にとっては都合が良かった。下手に騒がれて市丸を取り逃がす方が損失が大きいからだ。
麦島の行き先は館舟駅がある南側通りだ。南側には商店街の総合案内所のような施設があったはずだ。そこなら目的の店を見つけられるだろう。
そう思って南に進路を変えようとしたところ、背後から何かの気配を感じた。
後ろの戦闘を無意識のアンテナが拾い上げているだけかと思い気にしないようにしたが、少しずつ背後から音がしてくる。
麦島が後ろを振り向くと、白色の何かが麦島目掛けて飛んで来た。
「えっ…なになになに〜?」
突然の白い物体にテンパる麦島だったが、さっきまでの出来事を思い出して、ギリギリのところでしゃがみ込んでその白い物体を回避した。
ガザッと音を立てて白い物体は中央の大木の幹に刺さって動きを止めた。
それは市丸が能力の時間切れによって投げ飛ばしたシャッターであった。
(さっき見た時はこんなに速くなかった気がしたんだけどな〜)
もっとゆったりした動きで迫ってきていたが今のシャッターはそれよりも速かった。理由は分からないが強弱を付けられるようだ。
木にシャッターが刺さるという非日常の現象が起こっているが、刺さった時に大きな音がしなかったためか、周りの通行人や店員はシャッターが刺さっていることに気付いていない。
(これに気付かないってありえないだろ〜)
おかしな話だが、下手に騒がれるよりはマシだ。むしろラッキーだと思うことにした。
しかし、このままにしておけば誰かが気付いて原因特定を始めるだろう。そして西側通りに来てしまうと戦いに巻き込まれてしまうと考えた麦島は、シャッターを木の幹から抜き取り、丸めて畳んで木の根元に置いた。
これなら人目につかないし不自然に思う人がいてもそれが西側通りから飛んできた物だとは思わないだろう。
(それにしても〜)
麦島は丸めたシャッターをじっと眺めて考えた。
(さっきの人はシャッターを回転させて操作してたけど〜、これ本来は丸めて収納できるタイプだよね〜?たぶん1回につき1個しか操作できないけどその1回の中で色んな動かした方が出来るみたいだね〜)
丸められる構造のシャッターをピンッと張る。回転運動による遠心力によるものかもしれないが、あの形を保つ力が市丸によって加えられていたはずだ。
(シャッターがこっちに飛んで来たのは何でだろ〜?俺への攻撃にしてはタイミングがおかしすぎる〜……操作できなくなった〜?つまり『色鬼』で操作できる時間には限りがある〜。あの時間からして1分ちょいかな〜。1分で手元に引き戻せそうにないから飛ばした〜?もしくは不自然に自分のところに戻そうする動きでなっちゃんに能力の制約を知られるのを恐れたってところかな〜。1分って分かってれば操作対象の入れ替えのタイミングで突っ込まれるもんね〜)
麦島は現場にいないにも関わらず状況証拠のみで市丸の能力の詳細を言い当てた。
学業において神原以上の成績を持つ麦島。問題を解くということに関して、神原が考え付くことは麦島も考え付ける。
考察に一段落つけた麦島は、目的の場所を目指して南側通りを走り出した。
♢♢♢
通りを歩く買い物客。特にこの商店街を古くから知っていそうな高齢の方に『この店』があるかを尋ねたが、知っている者は1人もいなかった。
質問に拒否しているわけでもボケていたわけでもなく、西側通り自体が何年も前から廃れているため記憶が風化してしまったのだろう。
商店街のことを聞くならやはり総合案内所が最適だと改めて感じたため、目的地である『館舟商店街運営委員会』と掲げられた看板の建物を訪れた。
アポ無しの高校生なので最悪門前払いを喰らうことも想定していたが、すんなりと委員会の人間につながることが出来た。担当者が来るまで少し時間がかかるとのことなので、建物の前で待つこととなった。
(……西とは比較にならないな〜)
中央広場も人がいたが、南側は駅に繋がる道として商店街のメインストリートになっている。人通りも多くお店にも活気があってガヤガヤと雑踏が見られる。
西側通りとは天と地の差である。
4〜5分はかかるとのことなので、麦島は隣にある精肉店に寄ることにした。
神原が戦っている中、呑気に間食なんて申し訳なく思うがずっと走っていたせいで体がエネルギーを欲していた。
(ごめんよなっちゃん〜。すぐに戻るから許して〜)
心の中で神原に謝罪をして、麦島から揚げたてコロッケを5分の間に平らげるのであった。(3個)
———食べながら待つこと5分、ようやく姿を現した。
「お待たせ致しました。館舟商店街運営委員会の副理事の夢国です」
まさか組織のNo.2が応対するとは思っておらず、麦島は言葉が詰まってしまった。いつもの間延びした口調もTPOを弁えて形を潜めている。
「っ…初めまして、館舟高校1年の麦島迅疾と申します。突然の訪問の中お時間を作っていただきありがとうございます」
「…はっはっは、最近の子は礼儀がなってないもんだと思っていたが君のような子もいるんだな。それで、そんな子がアポなしで来たんだ。何か用件があるのだろう?」
(なっちゃんに貸してもらった敬語の本が役に立ったな〜)
気さくに話しかけてこられたことで麦島も少し気が楽になった。アポ無しで怒っているわけではなく、だからこそ何か訳アリなのだろうとこちらの事情も察してくれている。
社会科実習とか理由をこねくり回そうかと思ったが、これならダイレクトに尋ねても問題ないと麦島は判断した。
「あの、館舟商店街で———を取り扱っているお店がないか探してるんですけど〜」
そう尋ねると、先ほどまでの気さくな表情が打って変わってスマートになった。
「……いや、残念ながらこの商店街にそれを扱っている店はないね」
麦島ではなくその右上を遠い目をしながら夢国が答えた。まるで昔を思い出しているような……真っ直ぐ目を見て答えられないのっぴきならない事情を抱えているような……
その様子から推察できない麦島ではなかった。
「……以前はあったんですか?」
「………」
夢国が渋い顔を浮かべて押し黙る。
目の前の子供に伝えるべきかを悩んでいた。
(純粋に知りたがっている子供には、正しく伝えるべき何だろうが…これを言うと商店街のイメージを損なってしまう)
目の前の高校生が事実を知った時にどう感じるかが分からない。伝えて良いかの判断が付けられない。
夢国が押し黙っている間。麦島は出されたお茶を啜っていた。走りっぱなしに加えてコロッケを短時間で食べてしまったために喉が渇いていたからだ。
(うーん〜、早く教えて欲しいけど〜俺のエネルギーチャージも必要だからな〜)
麦島がお茶を飲み干し、スタッフが気を利かせて2杯目を注いでくれた。
そしてその2杯目のお茶も飲み干した時、ようやく夢国が口を開いた———
〜〜〜
話はこうだ。
西側通りは昔から他と比べて繁盛していなかった。館舟駅の西側は工業団地や農地ばかりで人が来るようなところではなかった。
さらに西側通りにある店舗は生活必需品の扱いがほとんどなく、よほどの理由がない限りは買い物客も通行人も西側まで足を運ぶことはなかったそうだ。
北の住宅街と南の駅、そして東の館舟高校を始めとする教育機関。西側は三方向の通りよりも優れているものが何もなかった。
そんな状況だ。活気もないので利益もない。売上率の低い西側通りは運営委員会の悩みの種だった。
館舟西側の工業団地。半世紀以上昔は好景気も相まって凄まじい業績を叩き出していた。
しかし、オイルショックやバブル崩壊、さらにコンピューターの台頭、東南アジアや中国などの安価な労働力を抱えた工場での大量生産などにより、工業団地に根ざしていた企業は赤字続きとなり次々と倒産していった。
今では大企業の下請け中小企業が点在して残っているのみだ。
館舟周辺に住んでいる子供であれば小学校の社会科見学や地元史の紹介などで学んだことのある内容だ。
「時代の流れに取り残された土地」と、今も残っている中小企業の社長が言っていたことを思い出した。
半世紀前は栄えていたのに何故西側通りはその時でさえも栄えていなかったのか?それは単に農地や工業団地だったからだけではない。
理由は、この土地から川を越えれば東京都があるからだ。
溝の口からは二子玉川、渋谷。登戸からは下北沢、新宿。稲田堤からは調布など。ただでさえ電車で10分も乗っていけば川崎駅があるのだ。
つまり、わざわざ館舟商店街を通るよりも電車や車を使って少し遠出した方が便利で充実した街に行き当たるからだ。
ただでさえ館舟周辺は地元住民による排他主義的な活動によって南武線以外の鉄道網が整備できない状況だ。
そんな問題だらけの館舟なんて地元住民以外は寄り付かないのだ。
そう言った地理的、文化的理由により、製造業が盛んだった時でさえ西側通りには人が少なかったのだ。
多少は通り道として店に来る人は一定数いたが、バブル崩壊と南北東の発展により、西側のシャッター割合はどんどん上昇していった。
極め付けは、5年前の老朽化による商店街の街灯の全取っ替えの際に、西側以外の3通りのみを取り替える判断を下したことだ。
これにより目に見える形で切り捨てられた西側通り、昨今は治安や安全性が取り沙汰される中で暗く人もいない寂れた通りは、いよいよ人は流れてこなくなった。
住民も、商店街も、行政も西側通りを諦め、ついに営業している店舗は0となったのだ。
皮肉なことに、西側に充てるはずだった街灯費用を流用したことで館舟商店街には中央広場が整備されたのだった。
そして長年排他主義が蔓延していた館舟にようやく再開発の波が押し寄せたことで商店街に足を運ぶ人の数は以前の1.4倍まで増加したのだった。
西側に店を出していた人らは、店を畳んで引っ越すか店舗一体型となっている住居に今も住み続けているかだ。しかも住んでいる人も高齢者しかおらず、その高齢者も死亡、生きてても施設に入っている人て家に戻るのはごくたまになので、実質西側には誰も住んでいない状態となっている———
〜〜〜
(異様に西側だけ暗かったのはそういうことか〜…)
話を聞いて納得した麦島。運営委員会なら何とか利活用すべきであり、切り捨てた判断をしたことは残念でならないが、経営というのはそういう非常な決断もしなくてはならないということは麦島も分かっており、運営委員会には同情の念も覚えた。
(言いづらそうにしてたのはマイナスイメージを俺に植え付けたくなかったってのと〜本人達にもどうしようもなかったって後悔の気持ちなのかな〜)
「……お話を聞く限り、そのお店はかつて西側通りにあったお店ということでしょうか?」
過去に存在し、そして自分に商店街の歴史について話したということは、そういうことなのだろう。
夢国も問いに対して頷くことで回答した。
「15年前までそのお店は西側通りにありました。しかし閉店後の店主の行方は分かっておりません」
なるほど、15年前なら道行く人が知らなかったのも頷ける。
(15年前の〜寄り付かない西側通りの店だもんね〜)
「そのお店の場所って分かりますか?」
「えぇ、場所なら分かりますが…もう店は畳んでおりますし誰も住んでいませんよ?シャッターで締め切られてますから侵入できませんし窃盗です。必要なら川崎まで行くべきかと」
「構いません。ご迷惑をお掛けしませんので場所だけでも教えていただけませんか?」
川崎駅を往復する時間はない。麦島にとっては不法侵入で窃盗をしてでも急がなくてはならない。侵入する手段なんていくらでもある。
(侵入手段よりもアレがまだ残ってるかだよな〜)
所有権があるために西側通りを取り壊すことも出来ずに放置されていると夢国は言っていた。
おそらくは自分が探している店もその内の一つなのだろう。権利が残っているならいずれは店に戻ってくるかもしれない。ならば、店の商品を破棄したりはせずにそのまま保管しているかもしれない。
というか、1つでも残っていることに賭けるしかないのだ。
「…分かりました」
夢国は立ち上がると、棚から1枚のA3サイズの紙を取って、応接机に展開した。
紙の左上には『館舟商店街全域地図 (西側通りを含む)』と書かれていた。
括弧書きされているところを見るに、一般向けには西側通りはそもそも地図上にも載っていないのだろう。目の前の地図でも営業しないことを示す灰色が西側通り全てを塗りつぶしていた。こんな状態ならばわざわざ見せる必要もない。
「ここです。その店があるのは」
グレーゾーンと化した西側通りの一区画を夢国は指差した。
店名を見るに確かにこの店が健在であれば間違いなく取り扱っていたに違いない。
「ん?」
夢国が指し示した店の場所。その場所を見て麦島は違和感を覚えた。
「あれ〜?ここって〜……?」
♢♢♢
———館舟商店街 西側通り
神原と市丸の戦闘が始まった。
能力発動中の神原に対して市丸は全霊を持って挑んだ。
(『色鬼』、"銀")
トドメ用の銀色ナイフを能力で操作して、神原を目掛けて飛ばした。
棘ボールや黒玉よりも体積が大きいため速度は出ていないが、それを帳消しにするほどの刃物による殺傷能力がある。
市丸はさらに回転に能力を割くことで殺傷能力を向上させた。
速度が落ちたことでナイフの動きが捉えられるようになり回避は容易になった。
だがそれは身体能力向上によるものではなく、見えることにより動きを予見しやすくなっているだけだ。
能力で痛みを感じないが出血自体は止まっていない。出血が閾値を越えれば能力があっても体は動かなくなるし出血性ショックによって死亡さえありえる。
(…血が止まらない。ドッジボールの時みたいに血流を上げるならともかく、下げるとなると血が届かなくなって壊死とか脳へのダメージがあるから使えないな)
清潔な布があれば腹に巻き付けて止血するが、生憎そんな持ち合わせはない。そばに自分と麦島の鞄があるが今日は終業式で、入っているのは教材しかない。体育があれば汗を拭き取るタオルを持ってきていたのに…タイミングが悪い。
ナイフの動きは躱せても、躱すのに精一杯だし何より市丸まで辿り着けない。奴はナイフの操作に集中しているのか微動だにしていない。ナイフの動きから大まかな位置は推測できるが100%の信頼性はない。
能力で体を無理矢理動かしてどうにかナイフを躱せるようになっただけでそこからもう一打が欲しい。
失血、麦島の準備。どちらが先に終わるのかで勝負が決まる———
———膠着したままナイフの操作限界時間の1分が迫っている。
ナイフ……というより銀色が操作できなくなるから次に操作するとしたら棘ボールか黒玉、または近くのシャッターのいずれかだろう。
(市丸にも麦島が来るっていう期限がある。1番殺傷能力があるナイフで仕留めきれなかったから、まずは当てることを目的に黒玉を使ってくるはずだ)
黒玉で当てることで肉体的ダメージを与え、棘ボールで出血や傷を受けることで体力や精神的ダメージを削り、ナイフで殺す。パターンは出来上がっている。
(最初の奴の黒玉攻撃……操作に加えて自分で投球したことで威力速度を上乗せしていた。棘やシャッターも上乗せされていたら躱せるか怪しいところだな)
「……見事だな。そんなボロボロになってるのにも関わらずこちらの攻撃が全く当たらない。能力の本領発揮というわけだ。麦島が来るまでの時間稼ぎとしては十分な働きだな。これではこちらが不利だが、それはお前も同じじゃないのかな?だいぶ血が出ているぞ。治癒してないようだがどこまで肉体強化で動けるんだ?」
「…さぁな。ここまで追い込まれたのは初めてだから初お披露目だ。監視能力なしで見られるなんて光栄に思ったほうがいいぞ」
「体は消耗しているはずなのに減らず口だな。だが肉体強化をしていても逃げてばかり。良い加減攻めてきたらどうだ?」
「ナイフなんて切り札隠しといてよく言うぜ。武器のないか弱い俺には素手でお前を殴り飛ばすしか手段がないってのに迂闊に近づけなくさせてるのはお前だろうが」
「それでも君は肉体強化能力者だ。君の一撃で俺はノックアウトされるかもしれない。近距離で使う能力への対処は遠距離て削るってのを俺は体験して学んだよ」
「(学んだ?)……そーですかい」
ナイフが自分から離れていく方向から確証を得て、神原は声をする方に向かって走り出した。
操作限界時間が来たから回収するために手元に戻しているのだろう。
つまり、声がする場所に奴がいる。
ナイフの動き先とも一致しているから間違いない。
そう思い、神原は市丸の姿が見えないながらも走り出した。
次の攻撃動作は全て見えている。
(間違いなく黒玉のはずだ。奴が繰り出す前に腕を振るう。それだけで良い———)
どうにも妙だ、と市丸は感じていた。
ナイフを引き戻すタイミングでこちらに向かって走って来ていた。
操作限界時間の1分を正確にカウントし、操作対象を入れ替える僅かなタイミングを狙って来ていることは分かっているが、神原の走るルートが自分に真っ直ぐ向かって来ないのだ。
このまま神原が直進すれば、接触することなくすれ違ってしまう。
それに、さっきから神原の目の動きがおかしい。フラフラとしていて自分を見ているようで見ていないように見える。
(もしかして、俺が見えていないのか?)
肉体強化能力の代償として、目が見えづらくなっているのではないか。
(確か前に「神原は能力を使うとフラフラしてる」って言ってたけど…これがそうなのか?)
使い勝手の悪い能力は自分の『色鬼』とも似通っているので思うところはあるが、であればナイフを避けれたことへの説明がつかない。
目が見えない理由は分からないが、直撃しない走り方含めて全てがフェイクということも神原ならありえる。向かってくるのなら迎撃しなければならない。
迎撃なら一番速度が出る武器が良い。
市丸はナイフを加速させて自分の右手に収めると、"黒"と心の中で宣言した。
左手にずっと乗せていた黒玉がフワフワと浮き上がった。
ナイフをポケットに収め、黒玉を右手で握りしめるとそのまま投球フォームに入った。
黒玉は速度が最も出るように重量を軽くしているが、それではインパクトが弱くせっかくの速度が十分に活かしきれていない。
そのため市丸は自分で投げることにより、速度を上乗せして威力を上げるようにしている。
そして投球フォームを構えると、途端に神原がこちらをギョロリと見て、進行方向を微調整した。
この方向なら直撃必至だ。
(なるほど、そういうことか)
この動きで市丸は確信した。
(神原は動いてるモノを見てるんだ。動体視力の強化ってところか?その強化の代償として動いてないモノが見えなくなってる。これなら神原の不自然な行動にも説明がつく)
兄から教えてもらった中庭での回避技術もこの力によるものだ。能力を使うとフラフラする挙動も、建物は動かないから何も見えなくなることで説明できる。
(さっき麦島をナビだなんだと言っていたのも、俺が見えないから教えてもらうためってことか。つまり麦島が戻って来たらいよいよこっちに勝ち目がなくなるな)
ナイフを全て避け切った。もしもだが、次に繰り出す黒玉を全て避けられたら……棘ボールやシャッターじゃ絶対に神原を捉えられなくなる。
(動体視力の強化……なるほど、物体を操作する能力者にとっては天敵とも言える存在だ。普通にやってもダメならどうにか攻略しないとな…。神原の動体視力の強化が直接見たモノに限定されるんなら視界の外、つまり背後から攻撃すれば良い。『色鬼』は一度に1つしか操作できないから背後に移動させてもその間を見られたらダメだ。俺自身も背後に回れないし黒玉を後ろに移動させて奴が背中を向いている間に忍び寄ることも出来そうだが、見えてないことで聴覚を研ぎ澄ませているはず。神原なら絶対に気付く)
いかにして神原の視界の外から攻撃を仕掛けるかが鍵になる。
(くそっ!時間が限られてるってのに面倒だなちくしょう!)
鬼束市丸
能力名:色鬼
指定した色を含む物体を自在に操ることが出来る
その物体に触れて色を宣言することで操作可能で操作時間は1分間
1分を超えたら別の色を操作しなければもう一度操作することは出来ない
指定した色が物体の大多数を占めていなければ操作できない
一回につき1つしか操作できない
生物、または生物に密着している物は操れない
神原奈津緒
能力名:精神系能力?
動体視力の強化?
麦島迅疾
能力なし




