第108話 府中動乱㉔
「………んんっ、ん………。ん?」
萩原時雨は寝起きでフワフワした意識の中、辺りを見渡す。
どことなく暗いが暑くはない。冷房の効いた室内にいるようだ。
(あれ?どこかの部屋にいる?確か私って…………)
「!零!皆!うぅ…」
ガバッと起き上がったが寝起きの貧血気味のせいでクラっと意識が遠のいて頭からベッドに沈んでしまった。
(電車の中にいたはずなのにどうして?)
「起きたか。時雨君」
誰もいないと思っていたが自分以外に人がいたようだ。
手元にあった枕で体を隠すようにして声のする方向を警戒する。
パチッ
部屋が明るくなった。
「!ドクター!」
「久しぶりだね、時雨君」
まだ若干の貧血があるのでベッドの上をのそのそと移動しながらドクターに近付く。
「寝起きだろう。じっとしていなさい。頭を強打したんだ。下手に動くと危ない。寝たまんまで良い」
ようやくドクターに会えた。でもどうしても言いたいことがある。
「……ドクター。今まで何してたんですか?今とんでもないことに」
「すまない。もっと早く合流するつもりだったが思いの外痛手を負って今日まで身動きが取れなかったんだ。府中での騒動は把握している。義晴君と牧村が大暴れしているみたいだ」
「牧村…?」
「『頭上注意』。隕石を落とす能力だ」
「あの隕石やっぱり『超能力』なんだ…」
「能力使用による被害が尋常ではないから使用を禁止されていたらしく見たのは私も初めてだが、街を壊してでも『超常の扉』を手に入れようとしたらしい。にしても何故義晴君や牧村は府中にいたんだ?」
「そ、それは……」
時雨は神岐が府中まで来た経緯を説明した。
「…はは。よく住所から塀島体育館まで辿り着いたな。まぁ、詰めが甘かったということにはなるが嘘の電話番号を書いてそれがバレた時の方が面倒だったからな。市丸君達にも格安スマホで良いから買い与えておくべきだったかもな。下手に通信デバイスを使わせて面倒なことにならないようにと思っていたが、連絡が取れないのは不便だな」
神岐が府中に来た理由は分かった。
「しかし牧村はどうやって辿り着いたんだ?もしかして義晴君と裏で繋がっていた?『隠れ鬼』ではそのような兆候はなかったと零君から聞いているしこの2週間弱で繋がりを持てるとも思えない。牧村達に情報を渡したやつがいる。誰だ?」
(『飴奴隷』に見つかったか?だとしたらこれもまた仕方ないか…)
「ド、ドクター。すぐに零達を助けに行かないと!」
隕石からでもあり神岐からも守らなければならない。
「時雨君。気持ちは分かる。しかし私は零君達から君を逃がすように頼まれている。直接聞いたわけではないが君だけが電車に乗っていたことからもそういうことなんだろう。ならば最優先は君を逃がすことだ。君だけでもここから逃げるんだ」
「嫌!私のために零達が命を賭けているのに私だけのんびりなんてしてられない。私の『瞬間移動』にしか出来ないこともあるし、私だって戦えるもん!」
「……じゃあなんで電車で逃げたんだ」
「!………それは…」
「君は今『瞬間移動』を使えない。まだあの時のトラウマが拭えていないんだろう?キツい言い方だが能力を使えない人間は足手纏いだ。『頭上注意』を使ったのは私を引き摺り出すためだ。『超常の扉』を奪われたら世界は終わりだ。時雨君がもしも敵に捕まった場合、私は交換条件に『超常の扉』を差し出すだろう。…私の言いたいことは分かるね」
「……」
ドクターは時雨を見捨てない。
だからこそ敵に捕まってしまわないように逃げてくれと言っているのだ。
それは決して優しさで言っているのではない。
むざむざ敵に捕まるような雑魚は引っ込んでろと突き放しているのだ。
「全く『瞬間移動』が使えないわけではないんだろう。今は牧村も義晴君もいないから心は安定して飛べるのかもしれない。しかし、敵と対峙した時に能力が使えるかどうかが不確定だとこちらは『瞬間移動』の使用を作戦に組み込めないし戦いの場に非能力者を招くことになる。君が『瞬間移動』以外に敵に痛手を与える手段はないだろう。私が色々道具を与えたとしても君の幼さでは十全で使いこなすことは不可能だ」
時雨もまた神岐を前にした時に『超能力』を使えるかと問われればYESとは言えないだろう。
「でも、私も……」
「君の選択肢は2つだ。無関係の人間として平和に生きるか、トラウマを克服するかだ。時雨君自身で決めるんだ。どっちを選んでも私も零君達は何も言わない。君が平穏に生きていくのならそれだけで私達は嬉しい。元より君は私の作戦に入っていなかったしな。だが共に戦うのならせめて戦えるようになりなさい」
「………」
(トラウマを抱えた時雨君には酷なのかもしれない。しかし能力を使えない者を戦いの場に出せないのも事実。こればかりは時雨君の如何にかかっている)
正直、正直を言えば『瞬間移動』は有効で今後も利用出来るのなら利用したいほどの『超能力』だ。
戦いに巻き込みたくないという気持ちと、彼女がいないと色々と困るという正直な気持ちが鬩ぎ合っている。
だが、それでも彼女自身が元の生活に戻りたいのであればそれを後押しするのが大人としての、彼女を思いやった対応だと思っている。
しかし、当の彼女は俄然やる気だ。
ならば、トラウマを克服してもらわなければならない。
「…分かった。私は戦いたい。ドクターの言う平和の世界のために頑張りたい!」
世界平和のため。それは引いては自分の今後の生活のために。危険だと分かっていても立ち上がらなくてはならない。
自分のために戦ってくれている零達と同じ世界で生きていきたいために。
「そうか。ならまずはトラウマの克服だ。どんな精神状態でも『超能力』を使えるようにならなくてはならない。メンタルコントロールだ。一朝一夕では難しい。それでもやるのかい?」
時雨は深く頷く。
「ならば———」
♢♢♢
「何もないとは分かってはいるが、念の為に。炬燵の電源と理屈は一緒だ。…俺の家炬燵ないけど」
豊橋刑事の話もあるしあれから2週間は経過している。警察が一度捜査して出てこなかったのに今神原が行ったら新しい物証が出てくるはずがない。
とは分かっていても直接見ていない以上、気になるものだ。
さらに警察官にはない視点で何かを見つけられるかもしれない。かもしれないという曖昧さがあるがそれでも今の神原は手が空いている。現場に向かわない手はなかった。
館舟商店街西側通り
あの騒動があろうとなかろうと寂れた館舟商店街の負の遺産。
館舟周辺の再開発によって商店街の土地に大型のショッピングモールを招致しようとする動きがある。
駅の誘致、高層マンションなどは街の住民も賛成しているが館舟商店街の閉鎖には大反対をしている。
これは保守的な高齢者に限らず中高年も反対している。
街の憩いの場がこの館舟商店街なのだ。
「は、下らん。地元愛が大事なら駅なんてぶっ壊して鎖国して館舟で自給自足すれば良いのに。労働も都内じゃなく館舟で働けば良いのに。都合が良いんだよ」
神原は館舟育ちだが、育ったからこそ不便さも感じているし再開発で街が発展するなら万々歳だ。
しかし、この再開発問題。結構バチバチになっており賛成派と反対派でちょっとしたイザコザもあると聞いたことがある。
既に再開発は始まっているが、反対派は再開発を妨害しようと画策している……、なんて噂話もあるぐらいだ。
(祥菜のお義父さん。伊武議員は確か賛成派だったな。次の選挙がどうのこうのって言ってたし、賛成派に協調した方が票も集まりやすいからな)
と、一般人ならここで考えが終了するが、神原は『超能力者』だ。さらに考察は深くなる。
(超能力が絡み出すと面倒だ。駄愚螺棄に虹色ネイルの女。枚戸警視とかの警察組織。そしてドクター。祥菜を狙う人間もいる以上、祥菜の家族を標的にすることは大いに考えられる。考えたくもないが伊武議員が当選と引き換えに娘を差し出すことも……)
祥菜を奪われればそれは間接的に神原への精神的攻撃につながる。
(豊橋刑事にも一応伝えておくか。超能力一個あるだけで考慮事項が多過ぎて頭が痛くなってくる)
館舟商店街西側通り
乾工務店前
ここは鬼束市丸との戦いで『色鬼』攻略のために麦島が侵入した店だ。
豊橋刑事の話では不法侵入については揉み消してくれたとのことだ。
他にも市丸が能力行使のために引き剥がしたシャッターについてだが、修繕が行われている。
不自然なまでにピカピカで不良共にとってはどデカいキャンパスに思えていることだろう。
「……シャッターもだが、こっちも不自然だな」
こっちと言うのは西側通りの道路である。
神原の足の切断もあって道路上には血液が大量に放出されていた。
流石に血をそのままにはしておけないので現場での捜査が一段落ついた際にシャッターの交換に合わせて道に付着した血液の洗浄が行われた。
これにより道には血液がない状態になったが、シャッターと同様に西側通りらしくない不自然な綺麗さが残っていた。
「現場、は俺と麦島と鬼束市丸しか痕跡がないか」
現場も綺麗になっているからここから新しい物証は出ない。
豊橋刑事達は圧力を受けるまでは捜査していた。それでも手掛かりは手に入らなかった。
つまり監視カメラにも人にも見られていないということ。
(あの時、白衣の男は市丸を担いで去って行った。人間を背負って見られないわけがない)
誰も見ていない。カメラにも映っていない。まるで…
「記憶消去能力と機器操作能力…」
ドクターと、虹色ネイルの女がグル。
(いや、別の勢力!)
もしも同じであるならば、ドクターが去った後に足を治療するなんて事はしないはずだ。根拠は弱いが、市丸を使って力量を測ったのと半グレに金を渡して雑な誘拐計画で力量を測ろうとしたのがどうしても同じ勢力の行動とは思えなかった。
(ドクターと記憶消去の女は別。同じ能力を複数人が持てるのかは分からないが同じ能力者を2人擁しているのだとしたら…)
いや、豊橋刑事の証言では監視カメラに鬼束市丸は映っていたと言っていた。
監視カメラをいじれる能力者ならショッピングモールのように完璧に消すはず。
(青少年を何人も誘拐する程の連中だ。カメラには敏感なはずだが、取りこぼし?違う。ドクターサイドには記憶消去も機械操作の能力者もいないとすれば…)
「……移動する能力者か。市丸を担いでも瞬間移動出来る能力者がいれば誰にも見つからない」
機械操作の線も完全に消えたわけではないが、機械操作であれば豊橋刑事が見つけたように取りこぼしがあるのかもしれない。
しかしそれは神原にはどうすることも出来ない。
ならば、自分はもう一つの可能性で調べる。
移動と言っても色んな移動方法がある。
(瞬間移動、特定の場所へ転送、逆に引き寄せ。どこでもドアのように2点を繋ぐって能力かもしれない)
少しずつ絞っていく。
(ドクターは俺と話した後西側通りを去って行った。その場で瞬間移動したわけでもなく歩いていた。奴は自身の能力を制御出来ないと言ってた。制御出来ない移動系能力なんてあり得ないから移動系能力者は別にいる。そいつのところに合流するために移動した)
あの時もう1人超能力者がいた?
そいつに合流するため?どこに?
(仮に本人はいなくてどこでもドアのようにマーキングしたポイント間を繋ぐのだとしても、その場所に行かなくてはならない。その場所は人目に付かない。そして…)
鬼束市丸が話しかけて来た場所。
その周辺で人目につかない。西側通りからそこまで離れておらずカメラや人気が少ない場所。
「……あ、そういえば、もうすぐ解体予定のビルがあったな」
そのビルは西側通りの目と鼻の先にある場所だ。
取り壊しのために防音シートのような灰色の布のようなものがビルの四方を覆うようになっていた。
帰り道だからよく覚えている。
「警察が調べているだろうけど、もしかしたら超能力者しか使えない、見えないドアになっているのかもしれない」
超能力者限定という制約があるのならば、警察では発見することは出来ない。
「……よしっ!」
神原はそのビルに向かうことにした。
♢♢♢
ブーンブーン
「……知らない番号だ」
「!!……多分、神岐。零なら情報を渡さないためにスマホを壊してると思うから」
「なのに電話番号は知っている。…『認識誘導』で聞き出したか。記憶を引っ張り出すことも出来るのか。素晴らしいな」
通話をオンにする前に…
「時雨君。手筈通りに頼むね」
コクリ
萩原時雨はそう頷くと『瞬間移動』でその場からいなくなった。
ピッ
「…………初めましてかな」
「いーや、お久しぶりが正しいのではないですか?」
「覚えているんだね」
「顔ももう2人のこともほとんど覚えていないですけどね。…ドクターで間違いないな?」
「如何にも。君は神岐義晴君だね?」
「あぁ、ようやくあんたに辿り着いた」
これのために府中を駆け回る羽目になった。
「…時雨君1人のために随分派手にやったね」
「後一歩だったんだけどな。あんたが介入したせいで取り逃がしたよ。針山地獄みたいなのは零が使った撒菱と同じ要領か?」
「その通り。私は物体を圧縮することを研究していてね。色々作って零君達に渡している」
「なるほど……。俺が電話したということはどういうことか分かっているのか?」
「零君から電話番号を聞き出したんだろう?生きているのかね?」
「全員生きている。ただ、市丸が重症で今『治癒活性』で治している」
「『治癒活性』、能登か。何故能登が...!そうか、君が…」
「そうだ。『認識誘導』でな。能登八散、羽原のの、舟木真澄、九重那由多、久留間紗穂、不破千羽。全員知っているな?」
「あぁ、知っている。昔同じ職場で働いていた」
「牧村桃秀、雪走一真、知覧もか?」
「彼らも同じ職場にいた」
「そうか………」
薄々思っていたが、やはりドクターと羽原のの達と牧村桃秀達はかつて同じ組織にいた。
(けどドクターと『超常の扉』を狙う時は別々の組織として動いていた。何故だ?決別して別になっているのか?)
「彼ら全員『認識誘導』の支配下なのか?」
「牧村と雪走は殺した。知覧の『解体々々業者』の性能次第で生き返るかもだが。あんたの名前で殺したが問題ないよな?」
「…『認識誘導』でヘイトコントロールか。まぁ良いさ。よくあの2人を止められたな」
隕石の中を掻い潜ることもさることながら、あの雪走を『超能力』込みとはいえよく倒せたものだ。
「鬼束達が全力で時間を稼いでくれたおかげでな。さて、本題だ」
神岐に足りない物、それは…
「あいつらの目的は何だ?『超能力』、『超能力者』、『超常の扉』はなんだ?俺や神原達を『超能力者』にした理由は?とにかく俺が知りたい事を全て教えろ!」
これを本人に聞くために神岐はこの2日間動き続けて来た。
「………教えるのは簡単だ。しかし、それを知って君はどうするんだ?使い所のない情報を手に入れても意味はないだろう?」
「知る権利はあると思うが?俺は『超能力者』にされた言わば被害者だからな」
「…………」
「訴えるには弱いか?交渉上手め。ならこっちはスマホを2台やるよ。羽原ののと雪走一真のスマホだ。こいつら男と女で別組織として動いてるみたいだ。何で同じ組織にいた人間らが別になってるのか知らないが、それぞれの組織の情報が得られるならかなりあんたの野望へのアドバンテージになると思うが?」
別の組織、この言葉にドクターは引っかかった。
(別の組織?同じではないのか?……いや、だったら何で能登とあのクソ野郎は………?)
「………」
「……どうした?返答はどっちだ?」
「………良いだろう。スマホと情報の交換だ」
「交渉成立だな。あんたらに手を貸すかどうかはその情報次第だ。今すぐにでも聞きたいところだが……時間がないな」
これ以上府中に残る理由はない。
暁美達を逃がし、敵を封じ込め、ドクターとのコンタクトに成功した。
府中中を走り回って汗だくだ。神岐は早く家に帰りたかった。
「whyを時間をかけて聞きたいがこっちの方を先に聞いた方が良さそうだな」
「…何だね?」
「明日以降、俺達はどうなる?この府中動乱に巻き込まれた人間や神原達、ここにいない『超能力者』含めてだ。これだけ派手に衝突が起こった以上、変化が無いわけがない」
「……そうだな」
ドクターはそれぞれの組織の人間を知っている。能登達は彼女を。牧村は役職的におそらくあのクソ野郎。だがどっちにあの子がいるか分からないかつどちらからも命を狙われている以上、両方と戦わなくてはならない。
「私の『超常の扉』は最重要アイテムだ。これを手に入れるためにみんな本腰を入れるだろう。君の存在も漏れているだろうから君の『認識誘導』を求めてくるかもしれない。君自身が強いから君の周りから崩して来るかもな。君が全てを切り捨てられる人間なら問題ないだろうが、さっきの質問をしたあたり、違うんだろう?」
「…あぁ、俺達『超能力者』は当事者とか関係なくもう無関係ではいられなくなったと思っている。俺や神原、もう1人にも手が伸びるかもしれない。『超常の扉』を狙った争いが本格化するかもしれない」
「敵対する『超能力者』から身を守るには…、なるほど」
(彼がこの騒動で得た結論は、奇しくも私と同じようだ。戦い続けるしかない。守りたい人がいるのなら…)
「自身が『超能力者』になるしかない。『超能力』による自衛だ」
『認識誘導』が強力でも暁美や宗麻が襲われる時に俺がいなければ意味がない。
動画の中で『平原暁美と竹満宗麻を襲うな』と仕込んでもそれは動画を見た人間にしか効力を発揮しない。
『認識誘導』は永久的に命令を仕込むことは出来ない。
1つの命令は大体1日が経過すれば自然と誘導が切れていき再度視覚と聴覚で嵌めなければ誘導出来ない。
そもそも敵方に『認識誘導』の発動条件を推察されていると、動画を見たことのない人間を襲撃犯に選ぶだろう。
『認識誘導』がいくら強くても、限界があるのだ。
「その『超常の扉』。どれくらい使えるんだ?」
「1本につき5回使えて後4回使える。ちなみに現存してるのは1本しかない。時間があれば作れるが、直近で1本作るのに半年かかっている。争奪戦が本格化すれば作る暇すらなくなるだろう。4回きりと思ってもらった方がいい」
「4つか……。だったら———」
♢♢♢
「うわっ、そういえばこんな感じだったなー」
人のいない東京を新鮮に感じながら知覧は北府中駅を南下して甲州街道まで辿り着いた。
「さて、牧村さんと雪走さんを探さないと」
電話を掛けたが繋がらない。
業君の仲間と交戦中、考えたくはないが負けて殺されているかもしれない。
「あっちに隕石が落ちたっぽいな」
甲州街道の西側から煙が上がっている。ここから目視で分かるほどに、地面が抉れて周囲の建物は軒並み崩壊していた。
(隕石を落としまくっているな…。とりあえずそこに行ってみるか…)
知覧は隕石落下地点まで行くことにした。
「うはぁー。これは、エグいな」
漫画のような世界観。一度見たといえどそれは10年以上前の話。
あの時は『超能力』の無限の可能性に体が麻痺していて隕石くらいで大した心の揺さぶりはなかったが、『超能力』に頼らない力を求めた結果久しぶりに見ると、やはり『超能力』の強力さを強く感じてしまう。
「無限の可能性、も捨てたもんじゃないな」
3つのクレーター。どこぞのデジュニーのキャラクターのようになっている。
(全くもって隠れていないな。ミステリーサークルのようだ)
3つも同じ箇所に落としているということはこの場所はそれだけ牧村にとって重要な場所だったということだ。
(業君がここにいたのか?)
少しでも爆心地に近付く。
乗り捨てられた車が隕石の衝撃でひっくり返っており、近付くのにも一苦労だ。
車車車布団車車車
…………
「布団?」
(ひっくり返った時に積んでいたのが飛び出たのか?近くの家の干し物が飛ばされたか?)
だが周囲の車を見るとひっくり返ってはいるが、扉が開いている様子はない。
むしろタイヤとサイドミラーがないことの方に違和感がある。
(出っ張りでサイドミラーが折れるのは分かるがタイヤ?パンクとかでなくタイヤが取れるってあるのか?)
現象は不可解だが布団の存在が最も違和感がある。
直感に従って布団の方に近付く。
近付くにつれて、布団の全容が見えてきた。
模様だと思っていた赤色は、柄や記号ではなく文字を起こしていた。
「…ダイイングメッセージ」
それならば布団だけ残っているのも頷ける。
「……いや、違う。これは…」
『お前ら全員殺してやる』
布団に書いてあったのはその一文だった。
ダイイングメッセージではなく、殺害予告であった。
「......業君か。業君のダイイングメッセージ、な訳ないよな。牧村さんや雪走さんがダイイングメッセージを残す時間を与えるわけがない。それに布団なんて誰が用意するんだ」
何故布団なのかは分からないが、隕石が落ちる場所でメッセージを残すのなら紙では吹き飛んでしまうし最悪灰になる。
布団の文字は血で書かれていた。
「ま、まさか……」
知覧は爆心地にさらに近付いた。
高温を帯びていてじっとしているのも辛いが3つの爆心地には血痕がいたるところに付いていた。
人間1人の量ではない。
もしかして、巻き込まれた?
「っ!?『解体々々業者』!!」
もしもこの隕石に巻き込まれたのならすぐに蘇生させなければならない。1日のルールは考えるな。
(生き返るかなんて考えるな!死体が見つかるまでやれば良い。府中中を元に戻す。月董さんにもそう言われているんだ。やることは変わらない)
「ここら一帯を元に戻す!」
『解体々々業者』が発動した。
ガタガタと知覧の周囲一帯の壊れている物、地面と崩壊した建築物、車が揺れている。
布団は揺れていない。
(半分燃やした紙が元に戻るのは実験済みだが、物が一片でもあればそこから元に戻るはず。生物も同じだ。そうに決まってる)
知覧の周囲の時間が戻っていく。
クレーターになった地面は徐々に元の平面のアスファルトに戻っていく。
崩壊した建物も地面から瓦礫が空を飛んで建築されていく。
車もサイドミラーとタイヤが引き寄せられてくっついていく。
アスファルトが元に戻るとそこから少しずつ人間が再生され始めた。
「牧村さん…じゃない。雪走さんでもない。誰だこいつら?なんでこんなに人がいるんだ!」
一般人が大勢蘇り始めた。
業君の仲間にしては数が多すぎる。
100人近くいる。
偶然ではなく意図的に人が集まっている。
「くそ、ここじゃないのか。牧村さん、雪走さん!」
♢♢♢
「暑っ」
その部屋はサウナというよりも真夏の車内のような暑さだった。
暑いより熱い。
「……不破さん。起きてますか?」
「…うーん。遅いよー。脱水症状起こしちゃうよ」
「スポドリ持ってきました」
不破にドリンクを手渡す。
「ありがとう。どう?慣れた?」
「まだ1日しか経っていないので何とも言えないですが、何でしょう。蛙の気分ですね」
「まぁ、最初はそんなもんよね。漫画の中の話が現実にあるんだもの。ところで何でこっちを見ないの?」
「あっ、いえ。その格好は…刺激が強いので」
「……ふふっ、そんな純情なこと言われたの久しぶりね」
不破千羽の格好はかなり際どめのビキニを着ていて成人男性にはそれはそれは刺激が強いものだった。
「『激烈灼熱』はね、私の周囲も高温になるからしょうがないの。汗でベタつくのも嫌だから可能な限り布面積を小さくしてるの。冷房なんてこの環境なら意味ないしね」
「随分と不便なんですね。にしても何でそんなことをずっと続けてるんですか?」
「お嬢様の命令でね。異常気象を起こして業君を誘き寄せる作戦よ。人の良い業君なら無視出来ないはずだからね」
業君については羽原ののから説明されている。
神原に『超能力』を授けた人物でのの達の敵。
敵のはずなのだが語られる人物像は良い人と言わざるを得なかった。
それについてののに尋ねたところ、お嬢様は昔業君の裏切りによって父親を殺されているため恨んでいるようだ。能登も以前業君を追い詰めたが逃げられたため復讐に燃えているのだ。
それ以外の人物にとってはドジっ子の可愛い弟分のようなもので、性格の良さを知っているため彼が裏切ったのは事実だがどうにも憎めないのだ。
「さっきラインはするなとメッセージしてましたが…、あれはどういうことでしょうか?」
おそらく飲み物の供給と一緒に聞けとお嬢様に言われたのだろう。お嬢様にしては素直だ。
いつもなら『なんで?何かあるなら理由を付けなさいよ!』と言いそうなものだが…。
「神岐が現れて紗穂と八散がやられたわ。下手に会話すると神岐に筒抜けになるからよ」
「神岐、あのcomcomのことですね。何でcomcomが府中に?」
「さあね。業君とは敵対関係って言ってたから業君を探しに来たのかも。紗穂と八散が人質に取られているからこちらからののさん達に掛けることも今はしない方がいい。向こう待ちね」
「…もしかしたら」
「全員やられているかもね。真澄の『甘魅了』と同じに兵隊を増やせるみたいだから。『認識誘導』…だったっけ?あの野球動画を考えると人間を操れる能力ね。逃げ一択だわ」
「……神原とどちらが強いでしょうか?」
「神原?、あぁ、お嬢様が気にしてる『超能力者』ね。ただの肉体強化って話だけど、神岐の敵ではないわね。ま、『超能力者』同士の戦いに絶対はない。時場所状況で結果は左右されるわ」
「そうですか…」
(神原以上の超能力者。くそっ、俺もその力が欲しい)
彼女らの話では『超能力者』を生み出す『超常の扉』は業しか持っていないという。
そのため彼女達は業君を探しているのだ。
「染節君、そろそろ戻った方がいいんじゃない?お嬢様が待ってるんじゃないの?」
「えっ、そうですね…。げっ!スタ連が!」
「ふふっ、早く戻りなさい」
「は、はい失礼します。何か必要な物があれば連絡してください」
染節は灼熱の部屋を出てドタドタとお嬢様のいる部屋まで戻って行った。
「……大丈夫かしら」
現在の状況
東京競馬場
神岐義晴、鬼束零、鬼束市丸、鬼束丹愛、鬼束実録、設楽柚乃、羽原のの、能登八散、久留間紗穂
府中市街
舟木真澄、九重那由多
甲州街道
知覧航大、牧村桃秀 (死亡)、雪走一真 (死亡)
都内某所
不破千羽、染節裕太
稲城長沼駅周辺某所
ドクター
?
萩原時雨




