第10話 神原奈津緒vs色鬼①
神原奈津緒と麦島迅疾は謎の攻撃を仕掛けてくる鬼束市丸から距離を取っていた。
(あいつの能力は何だ…?あの黒い玉…俺の背中にめり込んで麦島から弾いたってのに今奴の手中にある。奴自身が道路に出たような動きはなかったのに……極細の糸で括り付けていたのかバウンドで偶然奴の元まで戻って来たのか判断が付かないな…)
「麦島、あの黒い玉に触ったんだよな?どういう現象か分かるか?」
「うーん〜、分かんない〜。スーパーボールみたいな柔らかい物じゃなくて硬さはあったよ〜。気付いたらあの人の手元にあったからどういう原理かは分かんない〜」
「だよな…」
物を扱っての攻撃なら1番オーソドックスな能力がある———
「…物体操作の能力か?」
神原が尋ねると、市丸は少しだけ微笑んで答えた。
「合っているが……少し違うな」
(単純な物体操作じゃないってことか。操作できる条件が決まってるのか………いや、物体操作がブラフってことも考えないとな)
「…ドクターも言っていた…、超能力は人間の力を超越するモノだが、何でもできるわけじゃない。俺の能力にも出来ること、出来ないことのルールがある。君の超能力だってそうだろう?能力を使った後は必ず体調を崩している。肉体強化に生身の身体が耐えきれないんだろうな。だからトレーニングを重ねている…と」
「…ふん、ルールって意味ならそうだな」
(俺を肉体強化の能力者だと勘違いをしてるせいでトレーニングが変な裏付けになってるな…)
身体が耐えきれないというよりも単に能力の拘束力が強過ぎるだけなのだが、監視能力者でさえも気付いていないようだ。
それにしても良い情報を得ることが出来た…
(能力解除による体調不良は俺の能力の欠陥だと思ってたけど、他の能力にも制約みたいなのはあるんだな。俺の場合は副作用…代償みたいなもんだけど……俺の能力だけルール厳しすぎねーか?バグ?変なフィルターかかってんのか?)
ルールに差があるように感じるのはサンプルケースが少ないからかもしれないが、納得いかない。
(というか会話の節々で監視してなきゃ分からんこと出されるとゾッとするな。まさか祥菜と遊びに行ったあの日も見られてたんじゃないだろうな?だとしても…….)
「何で今日なんだ?ずっと監視してたのならいつでも俺に会うことは出来たはずだろ?」
1人でいる時間の方が沢山あるし、秘密裏の接触であれば麦島と一緒にいる時に声を掛ける理由がない。今日のこの…麦島がいるこのタイミングの理由はなんだ?
「ドクターの指示だ。俺にも理由は分からない。…が、準備が整ったからってのがデカい」
「準備だと?」
「あぁ、超能力者を作る準備だ」
「「!!」」
神原と麦島に緊張が走った。作る…ということは後天的に超能力者を生み出せるということだ。
(先天性かと思ってたけど違うんだ〜)
(俺が実際そうだからな。だがあの言い方、まるで量産体制に入ったみたいな感じだ。ボコボコ増やすつもりなのか…何のために?協力って言ってたが…)
「君達には無理矢理だったようだが俺達は取引があったとは言え自ら志願した。ドクターが発明した『超能力者を生み出す道具』の被験者としてな。そして…色々あったが超能力者になれた。にしても超能力は便利だよな。普通じゃ出来ないことが出来るから人を超越した気分に浸れる」
自ら力を欲して超能力者になったんならそりゃ嬉しいだろうけど、望んでないのにさせられた俺はなんだって話だよな…
(というか…10年前に俺を超能力者にしておいて発明したっておかしくないか?既に効果は実証されてるはずなのに何でこいつを使って人体実験するんだよ?)
自分と市丸では超能力を与えたキッカケが違うということなのだろうか?
(そこにこいつが至ってないってことは…白衣の男はそのことを伝えてないのかもな…。こいつをぶっ倒しても情報なしは勘弁してほしいな…)
「ドクターには大きな目的がある。詳細は知らないがそのために超能力者…もとい協力者を増やしている。俺達はその目的のための協力者だ。そして計画遂行のために既に超能力者である君達にコンタクトを取ったってわけだ」
タイミングの説明としては納得が行くが、超能力者を増やせるならそっち側でやってくれれば良いのにというのが正直なところだ。
(計画って何だ?ベタに超能力を使った世界征服とかじゃねーよな?俺の能力じゃ世界はおろか館舟すら制圧出来ねーっつーの)
「ドクターは君達に期待を込めているみたいだ。…10年も前から能力を持っておきながら慎ましく細々と生きてるお前達をだ。他は力を行使してるがお前は普段使いすらしていない!…進んで力を得ていて意欲もある。能力だって戦闘に役立つモノだ。なのにだ!それがたまらなく腹立たしい。お前が俺達よりもドクターに気に入られる理由が知りたい。だから見せてみろ!お前が俺達以上だと!!」
「それで力足らずだったら殺すってわけか?自分勝手にも程がある。麦島も巻き込みやがって……俺の日常を侵害するつもりなら容赦しねーぞ」
「…やる気になってくれて嬉しいよ。ドクターには弱かったから殺したと先に言っておこうかな」
(……この一連のやり取りの中で奴は物を飛ばして来なかったな)
奴の能力が物体操作だとして、把握しておきたいのは効果範囲だ。制限があると言っていたがその内容は分からない。
物体を飛ばせる距離なのか?操作できる時間なのか?種類?重さ?大きさ?どういう条件であったとしても俺の腕よりリーチがある。さっきの黒い玉は投げ付けられたとはいえ3メートルは離れてたはずだ。
(ひたすら距離を置いて奴に能力を使わせる。そんで操作物とか動きのパターンを見て能力の全容を掴む!)
市丸としても問答は終わりのつもりのようで、手には黒い球が握られていてその腕を振り上げた。
「麦島、もっと距離を取れ!物体操作の限界を見極めるぞ!」
「えっ、うん〜。けどもし操作距離と時間が無制限だったらどうするの〜?」
「その時は……その時だ」
嘘ォォォと麦島が叫ぶが気にすることなく市丸から距離を取る。
(制限があるってのが嘘ってこともあるが…それでも使わせないことには始まらん!)
「雑に攻めてこないか!不意打ちで警戒度を上げてしまったな」
思い切り投げつけるつもりだったがまずは彼らに存分に逃げてもらう。永遠に逃走するわけではない。監視能力の存在がある以上は逃げ続けることに意味はない。どこかで対峙するのだからそれまでは小出ししていれば良い。
市丸はフォームを解き、掌の力を抜いた———
手から離れた黒玉はそのままアスファルトに向かって落ちていくはずだが、市丸の掌から2センチほどをキープして浮き続けていた。
まるで磁力の反発のように一定の距離を保っていた黒玉を、2人に向けて飛ばして行った。
「物体操作であることを強調しておくか」
———黒玉が真っ直ぐこちらに向かってくる。山なりの軌道ではなく水平にこちらに向かって来ている。重力を無視した動きだ。
「…物体操作能力はマジだな」
「うん〜、あれが超能力〜…本当なんだね〜…」
「速度は…歩くより早いくらいか?様子見かもしれねえからMAXと思うのは危険だな。もっと距離を離すぞ!」
「うん〜」
ここは大通り沿いの歩道だ。俺以外に流れ弾が当たるのは避けたい。
空き地や路地裏でも何でも良い。とにかくが人気の少ないところに逃げないといけない———
♢♢♢
———ここは館舟商店街
館舟駅から徒歩2分という距離に位置する。しかし川崎や郊外の大型ショッピングセンターの台頭により、かつての勢いは失われつつある。
学生や主婦も見られるが、一部はシャッター商店街と化しているので、ただの通り道として利用されていることもしばしばある。
———館舟商店街西側通り
「…寂しいな」
「昔はここにもお店が並んでたらしいけど〜、動線的にこっちに来ることってあんまりないからね〜」
ショートカットとしても通らない道だ。神原麦島も以前いつ通ったのかを覚えてないくらいには普段通らない。
前来た時は少しだけ人がいた気がしたが、今は誰もおらずシャッターしか出迎えるモノがいない……
「ここにして正解だったな。中央に近付きすぎなければバレることもない」
他人を巻き込みたくなかった神原にとっては好条件の立地だった。今は下校中だが、館舟高校の生徒は誰1人としていない。
「そうだね〜でもちょっと待って〜。ハァ〜キツイよ〜。さっきから走りっぱなしで疲れちゃった〜休憩〜」
麦島がその場に座り込む。ぽっちゃりにはこのランはキツイだろう。
一方神原は息が乱れていない。普段のトレーニングの賜物だろう。
「鬼ごっこはもう終わりかい?」
今度はその辺の路肩に置いてありそうなコンクリートブロックがこちらに向かって飛んできた。
「チッ!休む暇もねーな」
神原目掛けて飛んできたそれを、何とか躱す。
コンクリートブロックはそのまま神原の後ろを通ってゆっくり降下し、地面に触れてガガガガガガガと削りながら摩擦によって停止した。
「いひぃ〜、もう追いつかれたの〜」
「お前の足が遅いからだ。それにこれ以上は逃げられねぇ」
コンクリートはそれなりの速度が出ていた。あの速度で直撃していたら無傷では済まないだろう。頭に当たっていれば死にかねない威力になっていた。
「……黒い玉しか操れないわけじゃない。掌サイズでなくても問題なし……種類の制限はないのか…」
「…君の能力を見るのにこちらの能力を明かさないのはフェアじゃないな。まあ半分正解してるんだから話しても良いだろう」
「俺の能力は『色鬼』。指定した色を含む物体を自在に操ることができる。発動条件はその物体に触れて色を宣言すること。さっきの黒い玉はまんま『黒色』、コンクリートは『灰色』だ」
物体操作能力。自分の能力は心に作用する能力。毛色が違いすぎて普通に興味が湧いてきた。
「へぇ、制限ってのは指定した色しか操れないってところか?」
「それもだが、その色が物体の大多数を占めていなければ操作できない。過半数を超える必要がある。踏切のポールに対して『黄色』、『黒色』、どちらを選んでも操作することは出来ないってことだ。それと…あくまで物限定で生物は操ることが出来ない」
色の制約、種類の制約。操作能力のスタンダードは知らないが、妥当なルールに感じる。そして制約のルールから読み取れることがあった。神原は前者、麦島は後者だ。
(踏切のポールを操作できないってことはつまり……)
「同時に2つ以上の色を操ることは出来ないのか…」
「…直接明言してないのに良く見抜いたな」
「生き物には適用されないってことですけど〜、俺らの制服…シャツに対して『白色』を宣言すれば服に引っ張られて副次的に俺らの体を操作できますよね〜?」
もし麦島の言う通りのことが出来るのなら身に付けている物を脱ぐ必要がある。
実質近付かれたらゲームオーバーだ。全裸で戦うなんて無様な姿は麦島にさえも見られたくはない。
「ははっ、そこはご都合主義というか超能力のマナーなのかは知らないが、生物が身に纏っている衣服とかは生物の体として認識されるから無理だな。あの海賊漫画が良い例だ」
なるほど分かりやすい。確かに衣服が流動するなんておかしな話だ。奴が懐に忍ばせていた黒玉はセーフで衣類はアウト。超能力という概念のはずなのに暗黙的なルールがあるというのは不思議な話だ。
(攻撃を受ける側に優しい仕様にはなっているな。超能力も完璧ってわけじゃないってことね…)
「これが『色鬼』だ。能力も明かした。君達はこれ以上逃げる気はない。それじゃあそろそろ戦おうか」
コンクリートブロックを投げ飛ばしてくるのがチュートリアルとは恐れ入る。
「だな。逃げたら通行人に被害が及ぶ。背水の陣ってわけじゃねーが逃げる選択肢が消えただけで無駄に頭使わなくて済む。そこのぽちゃも回復したみたいだしな」
「ぽちゃって言うな〜」
呼吸は落ち着いたようだが両手を膝に付けている。疲労が完全に消えたわけではない。
「…仲が良いな。普通友達が変な力を持ってたら距離を空けるもんだがね。よっぽど信頼していると見える」
両手を膝から離してしっかりと立ち上がる。
「信頼してなきゃこんな変人と一緒にいようとは思わないよ〜。最近では評価が変わったけど俺はもっと前からなっちゃんの人の良さを知ってるからね〜。伊武さんも同じだと思うな〜。鯖東君、ドッジボール、交際から興味持ったミーハーと一緒にしないでくれるかな〜?」
「………変人」
普通ではないが変人ではないと神原は思っているが、麦島にも伊武にもクラスメイトにも変人だと思われている。遺憾の意を表明したい。
「その信頼関係が続くといいな」
ハッと神原は鼻で笑った。
「お前を倒すから心配いらねーよ」
市丸が目を細める。
「そうかい……なら始めようか」
そう告げると、市丸は真横に建っていた店の白色のシャッターに触れた。
するとシャッターがベゴベゴと嫌な音を立てながら凹み出した。
「人気のない場所としてここは良い場所だが、選択ミスだったんじゃないか?山間部とか公園とかの人や物の少ない場所に逃げるべきだったと思うぞ」
バゴッッン
壁からシャッターが強引に引き剥がされた。シャッターはベコベコに凹んでいたはずだが、ベギギギと音を立てながら綺麗な面となって地面と水平に浮遊した。
嫌な予感が2人の頭に浮かぶ。
「遠距離からこうやって攻撃すればお前らなんかなす術なく終わるんだよ!」
シュイイイイイイインとシャッターが空中で回転しながら2人に向かってくる。
「…グラインダーだな」
「言ってる場合〜!当たったらヤバいって〜!」
切断されるというより接触箇所が回転によって抉り取られるスピードだ。
「距離制限はなさそうだし…こっちが勝つ手段はないな」
「そんなあっさり〜」
迫り来るシャッターから逃れながら会話する2人。周囲に露見しないギリギリまで下がりつつ、後ろだけでなく横移動も交えて時間を稼ぐ。
「そもそもさ〜、なっちゃんの超能力って何なの〜?分からないと俺攻略の糸口掴めそうにないんだけど〜」
「俺のか?そうか、さっき超能力を知ったんだから知るわけないか。俺の能力は———」
「……それ…凄い…の〜?」
「不便極まりないクソ能力だよ」
両手を上げる程有用な能力には感じないしそれは超能力と言って良いのかすら分からない。神原がクソ能力というのも頷ける。
「そっか〜……ダメだ全然実用例が浮かばないや〜。今までどういう設定をしてたの〜?」
「実例紹介は全部が終わってからだ。とにかく俺の能力は肉体強化じゃない。だからこのままだと逃げきれずにミンチになる。能力の発動には時間がかかるし、どういう設定をして良いかも分からん」
シャッターは依然としてこちらに進んで来る。操作能力なのだから操作不可能状態にさせれば良い話だが、本体に近付くにはあのシャッターをどうにかしなくてはならない。
(距離に制限はなさそうなのに奴も付いてきてる。自動的に動かすんじゃなくて手動で俺の方に飛んで来るように操作してるってことか)
常に自分達の位置を確認できるようにしている。直接触れるという条件からも遠距離で仕掛けるには不向きな能力のようだ。
「まずどうやってあのシャッターを止めるかだな。良いアイデアはあるか?」
逃げるのにも限界がある。自分はともかく体力のない麦島が先にバテる。今市丸は俺しか狙ってねーけど疲弊したところで麦島を狙って来たら脂肪分豊富なミンチが出来あがっちまう。仕掛けるなら早い方がいい。
「うーん〜、回転していてもシャッター自体の動くスピードはそんなにないから今みたいに躱し続けることは出来るけど〜、止めるのは無理じゃないかな〜?ただ一瞬なら止められると思うけど〜」
「一瞬だけ止める?より大きく重たい物をぶつけるとかか?」
『対策1:回転シャッターで破壊できないくらい大きな物体で進行を阻害する』
「それだとシャッター自体は動き続けるよ〜。俺が言ってるのはそもそも動かなくするってこと〜」
「だからそれが出来ないって話だろ?本人に解除でもしてもらうってか?」
『対策2:市丸本人に頼む』
「交渉次第だけど〜なっちゃんにコンプ感じてるから難しいよね〜。えっとね〜俺のアイデアは〜———」
『対策3:—————————』
「……確かにそれなら動きを止められるかもしれないけどよぉ、準備に時間がかかるぞ。第一この商店街にそれを満たす店はあんのか?」
「今から探すしかないね〜」
見切り発車な提案だなオイとツッコミを入れる。
(対策3は成功すれば不意をつけるが、実現性が不安だな。……俺も麦島の話から1個思い付いたけど…明らかに危険だな。それに麦島には出来そうにない。俺1人でやるしかないな)
「分かった。俺が市丸を引きつけるからお前はそれを探して来い。言っとくが時間は限られてるからさっさと見つけて来いよ」
「うん〜、絶対見つけるからなっちゃんも死なないでね〜」
麦島が商店街の中心部へと走っていった。
これで西側通りには神原と市丸だけが残った。
「作戦会議は終わったのか?」
「あぁ、終わった。とりあえず麦島には背後からお前を狙えるようにグルッと商店街を一周してもらってる」
「時間がかかる作戦だな。それに…彼が背後から狙うと分かっていて警戒しないはずがないし、それまでの間この回転するシャッターをどうにか出来ると思っているのか?」
「やらなきゃお前は背後だけを気にするからな。シャッターを止めて俺に集中させる」
そう言ってシャッターに向かって歩き始める神原。
「止めると言いながらシャッターを掻い潜って俺に向かってくる気か?言っとくがシャッターは動きこそ遅いが『色鬼』の操作可能な動き自体には限界はないぞ。最大速度は遅くても0から最大速度までの加速は一瞬だ。お前が仮に避けれてもすぐにシャッターの進行方向を反転させて背中からお前をスライスすることくらいわけないぞ!」
そんなのは見てたら分かる。常軌を逸した動きを続けているからな。
(そんで動きを見て分かったことがある)
黒玉、コンクリートブロック、シャッターの動き方からしておそらく物体の重量と操作速度は反比例だ。
黒玉は背中がめり込むほどの威力を出せたのにシャッターは躱す事が出来たのはその法則に依るところだろう。
(シャッターとコンクリートブロックってどっちが重いんだ?コンクリだとしたら重量だけじゃなくて体積も関係あるかもしれないな。体積が大きければ空気抵抗が大きくなるからコンクリの方が重くてもシャッターが鈍いのは説明が付く。…そんで物体は浮かすことが出来るみたいだが無重力にしてるのではなくて重力以上の浮力を与えているから…ってなると……)
何故シャッターの高速回転が可能なのか?という疑問が出てくる。シャッターの重さは想像しにくいがあの見た目、体積はそれなりにあるはずだ。
通常の移動は遅く、回転の速度だけは早い。つまりカラクリは回転にあるのだろう。
(……真面目に計算してもすげえ回転数になるだけだから考えるだけ無駄だな)
白衣の男に言ってやりたい。俺よりも有能な奴がいるぞって。俺の力を求める理由が全く分からん。まずは身内を大事にしろよな。
(回転を止めるってんなら、蹴り入れて…って思ったけど数百回転してそうなシャッターと同じ速度で反対の力を込めるなんて不可能だな)
『対策4:シャッターの回転とは真逆の回転で蹴りを入れて相殺する』
(対策3に比べてパワーすぎるな。麦島の作戦がベストだな……)
回転は脅威だがどうにか躱すことが出来ている。だが躱すので精一杯でここから攻撃に転じることが出来ていない。
麦島の準備が整うまではこの膠着に近い状態を保ちつつ、奴にカマかけた挟み撃ちを強く意識させるために攻撃できる方法を考えないとな。
そうして神原が攻撃の機会を窺っていると———
「………チッ、時間か…」
神原には聞こえない声でそういうと、市丸は今までの比にならない速度で神原を目掛けてシャッターを飛ばしてきた。
「危ねぇっ!」
この数分の度重なる回避行動で躱す経験値を爆上げしていた神原、不意を突かれる形だったが何とか躱すことが出来た。
シャッターはそのまま神原を通り過ぎて中央の方へと水平移動を続けた。
(俺を狙って来ない?麦島の挟み撃ちを警戒して?だとしたら見えなくなってから攻撃するんじゃ遅過ぎるだろ?)
シャッターは中央にある商店街のシンボルである大きい樹木に刺さることで動きが止まったのだが、神原達がいる場所からではそれを視認することは出来ない。
「どうした?待てなくなったのか?」
神原は挑発半分、疑問半分で訊ねる。
「ちっ、ちょこまかと。逃げないで向かってくるか肉体強化の能力を見せやがれ!挟み撃ちまで時間を稼ぎ続けるつもりか!」
「実力がなかったら殺すんだろ?つまり殺せてないってことは能力使わずとも俺の方が強いってことじゃないのか?」
神原は煽り続ける。冷静でいられなくすればそれだけ隙が生まれる。棺にも使った単純な手だが、優位に立ってると思ってる奴には効果的な手法だ。
「お前……真剣にやる気がないならお前以外の一般人を巻き添えにしてもいいんだぞ!」
「人質か?それで俺がやる気になるとでも?迷惑を掛けてはいけないとは思ってるが麦島を巻き込んだ以上、そこのハードルは下がってるぞ。第一俺を監視してたんなら俺が他人のために何かするなんて慈善活動なんてするわけねーことは分かってるだろ?」
「………お前の恋人でもか?」
「あ"っ"?」
「名前…確かイブだったかな?恋人が人質に取られても同じことが言えるのかよ!」
神原の無表情が崩れ、鋭い目つきで市丸を睨み付けた。
「…お前、祥菜に手を出したら本気で殺すぞ」
あまりの気迫に市丸の動きが止まった。シャッターの回転音はなく、寂れた商店街に静寂が訪れた。神原の地雷を最大効率で踏み抜いた。7月とは思えないくらいに場が凍ってしまっている。
(麦島が戻って来るまでは数分、いや数十分か。シャッターが飛んでもこっちに誰かが来る気配もない)
第三者が入り込んでくることはない。麦島の時間稼ぎと同時に第三者を標的にしないように程よく引き付ける必要がある。
(……麦島を巻き込んだ。…この感じだと祥菜も巻き込むことになる。祥菜だけは絶対に守る!)
麦島、祥菜は平和に必要な人だ。そいつらに危害を加えようもんなら容赦はしない。
「そうか…そうか…テメェがそう来るんなら分かったよ…」
そう言って神原は目を閉じた———
〜〜〜
(……今のは恐ろしかったな)
目を閉じて何か考え込み出した神原を市丸はじっと待つことにした。恋人をチラつかせたことでようやく神原がやる気になったからだ。
(やはり恋人が弱点か……はっ、とても高校生が出す声じゃなかったぞ。俺らと違って昔から超能力を持っていたら疎外感、孤独感はあったろうからそりゃ溺愛するわな)
恋人を使うのは効果的だったが、効き過ぎた。こちらはあくまで能力の見極めが目的なのだから挑発して怒らせてこちらが殺されてはかなわないしドクターの目的からも遠ざかってしまう。
(……神原は全く超能力を使おうとしないな。肉体強化ならシャッターに対して何らかのアクションをするのではないかと思っていたが、距離を取って躱してばかりで直接止めようとはしなかった。彼…麦島が背後に回るのを待っているんだろうが、肉体強化ならサシでやれるはずだ…)
奴は目を閉じて集中している。確か奴が能力を使う時は目を閉じてじっとしてるって言ってたから、今が能力発動中ということか…
(タイミングとしては丁度いいな。こっちも時間切れでシャッターは使えない。次の攻撃で神原奈津緒の能力を見定めてやる!)
〜〜〜
(さっき祥菜のことを出されたせいで見落としてたけど…何で急にシャッターを投げたんだ?麦島待ちとはいえ市丸からしたらプレッシャーを掛け続けることで俺に無謀特攻させるように仕向けても良かったのに…。俺の能力を肉体強化と思ってるならそれが1番のはずだ)
考えられるのは奴自身が膠着状態、麦島の不意打ち、俺の能力伏せに痺れを切らし、人質を使ってでも俺の本気を引き出すため。もしくはあれ以上シャッターの操作が出来なくなったため。このどっちかだな。
前者だったとしたら最初に会った時にするはずだ。でもしなかったってことは、後者が正解で能力の制限を隠すために前者を持ち出したってところか。
正確ではないが時間としては1分くらいだろうか。インターバルがどのくらいなのかは分からないが、シャッター攻撃が来ないなら今が攻め時だ。
ダッ
神原が市丸に向けて突っ込んだ。
(来たか。奴はもう能力発動状態か?)
ドッジボール、クラスメイトの殴り倒す。この2つから腕力を強化できるのは確実。
市丸は次に備えてポケットの中に手を入れた。
「ならこっちも…『色鬼』、『赤』」
神原に敢えて聞こえるように宣言した。口に出さなくても発動できる。これはわざとだ。
ザザッ
何か物体を操作している。次の操作までのラグで攻め込もうとしていた神原は当てが外れて足を止めて3歩後ろに下がった。
(黒でも灰色でも白でもない、赤だと!?)
市丸はポケットから赤い玉を取り出した。さっきの黒玉より少しだけ大きい玉だ。そしてそのまま投球モーションに入る。
(赤い玉……俺の背中にめり込んだ黒玉よりちょい大きめ……………マズい!反比例の法則だとしてらあの玉はおそらく———)
神原が横に回避行動を取った。市丸は玉をリリースした。
ボールは先程まで神原が立っていた場所を目掛けて真っ直ぐ向かっていた。
しかし………
「グッッ!」
神原の悶える声。
ボールに当たらないように横に回避したが市丸の能力は物体操作。リリースした後で軌道を自由に変えられるため、ボールをスライダーのように曲げることで神原の右腕に命中させた。
しかし神原が思いの外大きく回避したため、軌道が神原から微妙にズレて、腕を掠める程度になってしまった。接触した制服の箇所が削り取られているため掠っただけでも威力は凄まじいものだった。
曲がったボールはそのまま曲線を描きながら市丸の手に戻って来た。バシッと右手でキャッチする市丸。
「…直撃より擦られる方が痛えな畜生。……大きさは野球ボールくらいか?」
「大きさはそうだが形状とかには細工が入ってる。ドクターの特注品だ。この赤玉にはクイズ番組でも使われるチクチクした突起が施されている。お前の制服を傷付けたのもその突起が当たったからだな」
言われて確認してみると、腕に赤い線が一本引かれていた。これが奴の言う突起なのだろう。プクリと血が滲み上がって来ている。掠っただけなのでこの程度だが、正面から当たっていればボール自体の威力に加えてこの突起で接触部分は酷い損傷になっていたことだろう。
(差し詰め棘ボールってか。くそっ!法則通り小さくて軽いから速度がシャッターの比じゃねーな。横に避けても曲げられるんなら回避が意味をなさない…。だが奴が自前で用意した武器。おそらく小さくすることでスピードを上げた鉄球みたいな用途の黒玉と、損傷を目的とした赤玉。識別の意味もあるんだろうが、用途に応じたカラバリになってやがるな)
出血などが起こり得る玉を赤くしているのは、返り血を想定しているからだろう。奴は色が過半数を占めていないと操作できないと言っていた。
それは操作中でも同じと言える。操作している物体の色が変化して宣言した色の過半数を下回るとその物体を操作できなくなる。
(操作の基準点が『物体』ではなく『色』なら妥当なルールだな。これは好都合だ)
「どうだ?シャッターより断然早いだろう」
「軽い物は早く動かせるだけだろ。驚くことでもねーよ。どっちかというとほぼ直角みたいに曲がった方が脅威だよ」
「……起伏がなくて面白くないな。もっとビックリして欲しいがまぁ良い。能力を使ったんじゃないのか?まさかそれが能力使用中とは言わないよな?」
「(やっぱりな……)さぁ、掠る程度じゃ分からねーなぁ」
ギッと市丸が歯を噛みしめる。
「粋がるな!」
こちらが見定める立場なのに、神原は一貫して"られる"立場になろうとしない。まだ能力を使うに値しないとでも言いたげなその素振りが腹立たしい。
市丸が再度投球を行って神原に向けて赤玉を飛ばす。
回避不可なのは神原も分かっている。だが突っ立ってるだけでは相手に好き放題に狙われる。『能力を見せるまで殺されない』に全ベットは出来ない。
神原は先程みたいにギリギリで攻撃を流せるようにして再びサイドに動いて赤玉を避けようとしたが、流石に同じ手が通用する程甘くはなかったようで、動きを先読みされて今度は腹の真ん中にボールが突き刺さった。さらに『色鬼』でボールの回転力を上げているようで制服をビリビリと削って腹部にまで裂傷が及んだ。
「ガッッッッ!!」
神原の腹部に入り込んだ赤玉が市丸の元へと戻っていった。
「同じ手が通じると思うなよ。で、直撃したが何か分かったのか?」
腹の皮膚が抉れて傷口からピンク色の組織が市丸からも見えるようになっている。
純粋な出血よりも痛むだろう。神原も腹を押さえて呻き声を上げている。形容し難い痛みが神原を襲う。
そんな苦しむ神原を見て市丸は気付いた……
「…お前もしかして、ただの肉体強化の能力じゃないな?」
神原は返事をしない。返事が出来る状態ではない。苦しみつつも無防備にのたうち回るわけではなく、視線だけはしっかりと市丸を捉えていた。
「肉体強化にも様々な種類があるってドクターが言っていた。兄の能力も言ってしまえば目の超常強化だ。お前の肉体強化が純粋な筋力アップ、五感強化、心肺機能の強化、どれであっても今這いつくばっているのはおかしい。お前の能力は一体なんだ?」
猛烈な痛みに耐えながら呼吸を整える。歯を震わせると体全体が寒いと錯覚するように、呼吸を平静にすれば自然と体全体も平静になる。痛みは残るが口を開くだけのリソースは確保できた。
「そんな悠長に喋ってて良いのかよ。その赤玉を動かし続けられる時間は後十数秒ってとこだろ?」
「………『色鬼』を見せてから数分でよくここまで分析できるもんだな。物体操作時間は悟られないようにしていたつもりだったが…どうやら1分ってこともバレてるようだな。別に時間が来たって良いさ。動けないお前にならシャッターコンクリ黒玉、どれでも殺せる。いいからさっさと能力の本領を見せろ。出し惜しみをして勝てる相手じゃないことは十分分かっただろ?」
市丸の喋りを話半分で聞きながら神原は自分の置かれている状況を冷静に整理していた。
(……くそっ、切腹したら介錯されるのも納得だぜ。こんなに痛いとはな…。呼吸も一時的な錯覚だ。錯覚が解けた時、痛みで立ち上がれるかも怪しいな…)
向こうも確実に殺す手段を持ち出して来た。能力を伏せて時間を稼ぐ手段もそろそろ限界だ。奴の能力にインターバルがない以上、いよいよ能力なしで近付くことは出来ないと分かった。
能力を使い、能力の詳細を悟られないようにしつつ、時間を稼ぐ。
倒せなくても良い。麦島が戻ってくるまでの時間耐えるだけだ。
(攻撃パターンは分かってるだけで4つ。小さいけどその分スピードが出ることで威力を上げた黒玉。野球ボールくらいの大きさで突起があることで相手を削ることに特化した赤玉。躱せる速度だけど直撃したら危ないコンクリートブロック。1番鈍いけど確実に殺せるシャッター。ブロックはここにはないから3つになるけど、ここら辺に落ちてるもんや市丸が隠し持ってる道具があるとなるともっと種類が増えるな)
奴の『色鬼』の猛攻を掻い潜る。それが目標だったが、今は腹の傷で掻い潜ることも難しい。まずは立ち上がる必要がある。
立ち上がるために必要なことは———
(……ふっ、こんな限界状況で能力を使うことになるとはな…。能力が発動できるかも分からんし都合が良いと判定されて不発になるかもしれない。…失敗は許されない。だがやるしか方法はない……)
神原はゆっくりと目を閉じる。そして痛み、欲を抑え込みながら能力を発動させた。
(……………………………………………………………………)
(………ふぅ、邪念が混ざりそうだから念入りにな。…上手く発動してるな。良かった…)
普段の倍の時間かけたが、やはり市丸は攻撃を仕掛けて来なかった。目を閉じたのを見てじっと待っていた。おかげで十分に能力を掛けることができた。
(……ブラフ張らずに最初からこれを使ってれば良かったな)
能力発動できたがこれはまだ第一段階。立ち上がれるようにはなったが、肝心の『色鬼』攻略は出来ていない。ここから第二段階を行う必要がある。
(くそっ、こんな命ギリギリの中での挑戦か…。上手くいったとしても後のことを考えると恐ろしいな….)
鬼束市丸
能力名:色鬼
能力詳細:指定した色を含む物体を自在に操ることが出来る
発動条件はその物体に触れて色を宣言すること
操作時間は1分間
指定した色が物体の大多数を占めていなければ操作できない
複数の色を同時に操作することは出来ない
生物、または生物に密着している物は操れない
神原奈津緒
能力名:不明
能力詳細:不明
麦島迅疾
能力なし
絶妙に分かりにくいシーンなので解説を入れます
シャッターの操作が終わった後に神原が無防備に目を閉じていますが、これは監視能力者によって発動の瞬間は見られているはずだから、目を閉じてじっとしていれば勝手に能力発動中と勘違いして攻撃をされないと踏んだからです
もちろんあの時に市丸が能力を使えないという仮条件の元での行動にはなりますが、あれによって実は操作できる市丸に対して次の攻撃をさせないのと同時に少しでも麦島の時間を稼ぐ目的がありました
やっぱりな…のモノローグは「やっぱり勘違いしてやがる」という意味になります




