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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第1章 神原奈津緒
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第1話 とある日常 神原奈津緒の場合

「はっはっはっはっ」


走りすぎで息が荒い。

どうしても声が漏れてしまう。

逃げているのに声を出してしまっては意味がない。

しかしここで立ち止まるわけにはいかない。



その男は白衣を着ていた。

男は必死に逃げていた。

男はそれだけのことをしでかした。



辺りは火の海だ。天井も崩れかけている。

パラパラと埃や塵が降ってくる。

これは男が起こした事態だが、男もこの火災に巻き込まれかけていた。


「………」


後ろを振り返るが追手はいなかった。

どうやら天井が落ちてきてこちらまで追ってくることができないようだ。

これ幸いにと、男は階段を降りて出口を目指す。




ドタドタと足音が近づく。別の階にいた追手がこの階まで降りて来て男を探しているようだ。


「…………」


男は足音が収まるのをじっと待った。煙と炎でまともに探せやしないので、動かず追手が過ぎ去るのを待ち続けた。



———



足音が止んだ。

念のため顔を出して追手が付近にいないことを確認して、出口へと歩を進める。

出口を探している中で止まっているなんて考え付かなかったのだろう。無事に逃れた。

男はこれ幸いと逃げようとする。しかし———



「どこへ行く」



背後から男の声が聞こえてきた。

ギョッとしたが、男がゆっくりと振り返るとそこには男が立っていた。


その男は40代でありながら白髪であった。こちらも白衣を纏っている。

見知った顔だ。よく知っている。だからこそ対応は決まっている。



「どこへ行ったっていいでしょう。俺はお前らを絶対に許さない。あの子は必ず返してもらう!どこへ隠した!」

白衣の男は白髪の男に吠える。

ふぅん、と白髪の男は顎に手をやる。


「あれは重要なサンプルだ。そう簡単に手放すわけにはいかない。それと、君も返してもらおうか。それは君程度の末端の研究者が持っていいモノではない。身の程を知りたまえ」

白髪の男は男の右手を指差す。

男は右手に黒い棒を所持していた。

男は反射的に白髪の男から見えないところに棒を隠す。


「渡さないですよ。他は全て破壊してこれがラス1だ。お前らを全員皆殺しするためにこれは、…これだけは渡せない。何年、何十年かかってもお前らを全員ぶっ殺す!お前らのくだらない計画も絶対に阻止してやる!」

白髪の男は何かに関心したような表情をする。


「そうか…、計画を知ってしまったのか。まぁ極秘ってわけじゃないし君は彼女経由で聞かされていたかもしれないからね」


ギッ

白髪の男を睨みつける目がより一層険しくなる。

おやおやと呆れてしまう。

そのリアクションもまた、男をイラつかせる要因になっていた。


「その様子だと力添えは期待できそうにないな。ま、君程度スカウトするまでもないがな。それの完成に貢献してくれたことは感謝しているよ」


見えないように隠したが、話に出たことで思わず手で覆うようにしていた。

白髪の男が奪いに来る様子はない。


「だが無謀だな。まだ君は能力者じゃないはずだろう?実績は評価出来るが、新入りの君はそこまでの地位に立ってないからな。それとも、君のお姉さんみたいになって能力を与えてもらうか?」

あの女は面白いからな!と白髪の男はカラカラと笑う。


(っ!姉さんを馬鹿にすんじゃねーよ!お前らごときにいいように利用されて姉さんは壊れたんだぞ!許せねぇ、絶対に許さねぇ!!!)



「はぁ。それで、無能力者の君が超能力者である私に勝てると思っているのかね?」

「……あんたの能力は対能力者用だ。能力のない俺相手には無意味だ!」

「ふぅん、裏切り者が出る場合を想定していなかったから、研究員同士の相互促進のために能力を共有していたことが仇になったな。確かに私の能力で君を殺すことは難しい。銃もないから体一つしか手段がないが腰が弱くてね。戦えそうにないな」



「ただし、私ならという話だがね」

白髪の男はそう言うとぱちんと指を鳴らした。


するとドンと銃声が鳴った。

「ガっ!」


肩に感じたことのない痛みが走った。

銃で左肩を撃たれたようだ。

男はその場に立っていられず、思わず片膝をついてしまった。



「パパーこれでいいのー?」

白衣の男の後ろから10代くらいの女の子の声が聞こえた。


「ああ、だがちゃんと急所を当てないと駄目じゃないか」

「無茶言わないでよ。ようやく銃の扱いに慣れ始めてきたんだからそこまで求めないでよ。っで、この人確かあれを作った若い研究員でしょ?裏切ったけどどうするの?」

「もちろん始末する。既に研究員も実験体も結構な数が殺されてしまっているからね。それにしても君も酷いことをする。わざわざ見学の子供たちがいる時にやらなくてもよかったんじゃないか?見学も終わってるから子供が巻き込まれることはないとは思うが」


男は左肩を押さえたまま動けない。

白衣がじんわり赤く染まっていく。

動かない片膝でもその体勢では辛く、四つん這いのような姿勢になる。痛みで叫び声を上げそうだったがどうにか堪えて口を開く。



「そう、しないと…、隙が、生まれないだろ?」


この研究所には立ち入っていないが、表向きの研究所ではこども向けの見学ツアーが開催されていた。

外部の人間の出入りが多くなる。こっちでは目立った動きが出来ない。

加えて裏切り者を想定しておらずくだらない理想が膨張を続けて緩み切っていた。

これ以上ないタイミングだったと言えよう。



「なるほど賢明だ。見事にしてやられたね。…だがこうして君はそこに這いつくばっている。私や美季を表に出しただけでも十分な成果だ。……この場所は使い物にならないだろうな。1からそれの開発が出来るように施設を整えるのに何年かかるかな?」


環境整備と人材確保、金策を考えると………5年?10年?とぶつぶつ言いながら試算している。これだけでも男は計画とやらを遅らせることに成功していた。

だが完全に潰したわけではない。白髪の男が試算をしているということは、時間をかけさえすれば再現できてしまう。


だが奴らは俺の作った設計図をアテにしてるはずだ。

モノはこの一本。これを俺がどうにかしても設計図から再生産する気だろう。



設計図

後は設計図さえ掌握すれば向こうになす術はなくなるのだ。




「とにかく野望から大きく遠のいてしまった。誇っていいと思うぞ。だからもう、楽になりたまえ。美季、トドメを刺しなさい」

「はーい」

美希と呼ばれた少女は白衣の男に近づいて銃口を向けた。


「お疲れ様。あなた、メイド達から評判良かったわよ」

ドジっ子なあなたをもっと見ていたかったわ。


そう言って、美季は銃口を男の頭部に合わせる。

これなら外すことは絶対にないだろう。


「………」


「じゃあね、———裏切り者の無能力者」

パァンッという音と共に、拳銃が火を噴いた。




♢♢♢




「うっ!はぁ、はぁ、はっはっはっはっ」

男は走っている。

撃たれた左肩を右手で押さえながら、黒い棒を脇差しのようにベルトに引っ掛けて走り続ける。

白衣の左半分は赤く染まっている。

さながらツートンカラーのようだ。




奇跡だった。拳銃で撃たれるコンマ数秒前に施設内で大きな爆発が起こった。

その衝撃で少女は体勢を崩し、撃った銃弾は白衣の男から照準を外れ、あらぬ方向に飛んで行った。


男はチャンスを逃さず少女に飛び掛かり銃を奪った。

頭を狙い撃ちするために近付きすぎたことが少女にとって仇となった。


男は力ずくで少女から銃を奪うとすかさず少女の後ろの白髪の男に発砲した。


バァァァン


男も爆発に自分らが巻き込まれないか、倒壊した天井に押し潰されないかを心配していて、男が構えた銃に気付かなかった。


躱すことも出来ず、銃弾は白髪の男の頭を貫いた。


頭部に目に見える穴が開いたが、うめき声を出すことなく男は仰向けに倒れてしまった。



「パパ!」

少女が白髪の男に駆け寄る。


その行動もまた命取り

白髪の男に駆け寄った隙を逃すことなく、背後から黒い棒で少女の頭を殴り付けた。

頑丈な設計の棒は相当の威力で、少女はギッッと低い声を出して白髪の男にもたれかかるように倒れた。






こうして男は生き残った。

何とか設計図のデータを入手し、サルベージが出来ないように抹消した。どの道この爆発だ。全て燃え尽きているだろう。

設計図頼りで構成を暗記している人はいないだろう。



これでこの力を持てるのは白衣の男1人だけとなった。


彼女達以外の能力者や研究者は手当たり次第に殺したが、全員とまではいかなかった。

爆発で既に死んでいるか逃げるのを優先してもうここにはいないのか…

それに、あの子はどこにもいなかった。

あのドブ野郎が匿ったに違いない。



100点満点の結果ではなかったが、計画を年単位で頓挫させるという目的だけは達成できた。

残りは時間をかけてやることにしよう。

まずは脱出が最優先だ。




もうすぐ出口だ。

角を曲がり階段を下りて少し進めば非常口がある。

男は角を曲がった。

しかし男は先へ進まずに立ち止まった。



(ありえない…)



それは男にとって、いや、ここにいる者全員にとって想定外の事態であろう。




曲がった先に、3人の子供がいたからだ。


男は子供達の見学の日に合わせて計画を実行し、見学が終わった夕方に行動を起こしていた。

なのですでに見学が終わって帰っているはずだしこの場所は見学者は絶対に通れないはずなのに、なぜか3人はそこにいたのだ。



一人は泣きじゃくり一人は泣いてる子供を慰めている。もう一人は冷静に周りを見渡していた。


そして見渡していた子が白衣の男に気付いた。


無関係の子供を巻き込むわけにはいかない。

助けないといけないと男が子供達に近づこうとしたその瞬間、思いついてしまった。



「……………」




それは、自分の都合極まりないことだった。

子供達は無関係、今そう考えたというのに最低な選択を取ろうとしていた。

未だ外に出れていない状況、あれこれ否定したい気持ちを出そうとしているが、頭で考え付くのは自分の思い付きの肉付けでしかなかった———



(まだ全員を殺し切れていない。あっちは脳天をぶち抜いたが美季お嬢様は気絶しているだけで死んではいないはずだ。そのまま火に飲み込まれて死んでしまえばいいが、生き残る可能性だってある)


白髪の男も脳みそがぶちまけられているだろうが、生死は不明だ。

99.9%死んでいるだろうが、もしも生き残っているとなったら面倒なことになる。


だがトドメを刺す時間はなかった。神頼みだが死んでいることに期待するしかない。



モノは自分の持つ一本だけしかない。設計図もこっちにある。

つまり向こうに超能力者を作る手段はない。



そして、超能力者を倒せるのは超能力者だけ。





(……すまない、俺だけであれに立ち向かうのは不可能だ。力を貸してくれ!)





この偶然に感謝しないといけない。

そして彼らには生涯謝罪しないといけなくなる。



(君達にはこれから申し訳ないことをする。力と引き換えに死の首輪が掛かるようなものだ。だが今の俺ではアイツらに何も出来ない)



言い訳のように聞こえてしまうが、たった1本のモノと3人の子供達。これを偶然と片付けていいものではない。

このシチュエーションには、意味がある。



(何年経つかは分からない。だが必ず、君達にとって最良の結果をもたらすことを約束する)


己の目的のために、平和のために、何も知らない子供を巻き込むことになる。



だがそれは、大切な人を守るため。尊厳を守るために、どうしてもやらなければならない。





(いつか会おう。そして俺に力を貸してくれ。———俺の、希望達よ)


男は決意すると、3人の方に向かって歩き出した。







そして、10年後

3人の子供達は———


 キーンコーンカーンコーン


始業のチャイムとともに授業が始まった。

内容は数学の三角関数。


教鞭を取っているのは確か俺の入学と同時に赴任した若い教師だったはず。

まだ説明にぎこちなさが見られる。

教科書はチョークを持っていない方の手で持っているのにチラチラと教卓の方を見ているのは、事前に話す内容を決めたカンペのようなものがあるからだろう。

教え方が悪いとこっちのテストの点数にも影響するから、もうそろそろ慣れてほしいもんだ。



周りの生徒を見ると、先生が出した問題に一生懸命に取り組んでいる。

スラスラと解く者、ちょっと行き詰まって悩んでいる者、最初から解くことを放棄してボーっとしている者、……寝ている者。


かくいう自分はとっくに問題を解き終わっている。

カンニングではなく暇を持て余しているだけだ。

しかし、周りを見ているのは不自然なので、のんびり前の席の女子の制服についたホコリでも眺めておくことにした。






 ここは私立館舟(やかたぶね)高校。


 偏差値は高く県内でも上位を争う私立高校であり、スポーツ推薦制度があったりと文武両道を掲げた公立のようなむさ苦しさのある高校だ。


 全校生徒は720名。1学年240人、1クラス40人の6クラスで構成されている。



 そこに通うこの男の名前は神原奈津緒。館舟高校の1年6組に在籍している。

神原の特徴を挙げるとするならば、物静かとも言えるが、極端な話暗い男である。


学業についてはクラスでも上位で理数系の科目に強い反面、国語や英語などの文系科目を苦手としている。

本人曰く、暗記系や解法の法則性がある程度決まっている理数系は勉強がしやすく、国語のような作者や登場人物の心情などを答える問題などは苦手としている。

神原のヘンテコ思考が答えを捻らせてしまい、それが悪い方向で点数に反映されているのだ。






総括すると


物静かで暗く、自覚なきマイペース。

悪く言ってしまえば変人。



それが神原奈津緒だ———





♢♢♢





 キーンコーンカーンコーン


終業のチャイムだ。

さっきの数学が今日の最後の授業。

担任からのありがたい話も終わり、ようやく放課後になった。


「ふわぁ…、帰ろ」


部活動に入っていない神原はそのまま直帰コースだ。

教室を出ようとしていた彼だったが、少々面倒な奴に絡まれている。

今日は何事もなく帰れると思ったが、そう簡単には行かないようだ———



「お〜い神原〜、一緒に帰ろうぜ〜」

(またか…)


もう何度目だか…

悪意がないから突き放すのも難しい。

かと言って何でもかんでも了承したくもない。


(中島君みたいな言い方しやがって……)



「嫌だよメンドイ、それに俺は帰ってやることがあるんだよ」

「どうせゲームだろ〜?じゃあ俺も一緒にやるからよ〜。帰ろうぜ〜」

 嫌そうな顔をしても変わらず無邪気そうな顔でこちらを見る。この状態になると俺が折れるまでこいつは纏わりついてくる。


 だから———と続けようとしたがここで断っても明日また繰り返すんだ。それなら満足させてやった方が早い。


「………はぁ、分かったよ」

 だからこうして俺が折れるしかないのだ。



神原が辟易している相手の名前は麦島迅疾(しゅんと)

THE 足が速い人みたいな名前だが、体重80キロオーバーのぽっちゃり男子である。


 神原とは高校で知り合った昔ながらの付き合いではないのだがどうにも懐かれている。

神原としては何かをした記憶はないのだが、やけに絡まれる機会が多い。

結構突き放しているのに決して臆することなく関わってきている。


 語尾が〜と伸びてるのが軽薄そうな感じでムカつくが、悪いやつではない。

 むしろ物事をよく見てる節がある。

 成績は相当良いし、のほほんとしてるから害ではない。

こうして放課後に付き合う(付き合わされる)ことがあるが、一緒にいても特段嫌な気持ちにはなっていない。

むしろ、自然体でいられるから気が楽だ。


(だからって気を許したわけじゃないけどな)



神原は人と必要以上に仲良く出来ない。

出来ないというと語弊があるが、無意識の内にブレーキをかけて深い関わり合いにならないようにしている節がある。

これには神原自身の特異体質によるところが大きい。




(ホント()()()ってもっと便利なものだと思ってたけどなぁ、不便なことこの上ないな)


もっと火が出るとかスプーンを曲げられるとかの目に見える形の力が欲しかった。



(忘れもしない、あの野郎……。顔と声も分からないしどこにいるかも未だに分かんねーけど、いつか探し出してボコボコにしてやる)





「何のゲームする〜?」

「FPS」

 悪戯の意味を込めて敢えて1人用ゲームを言う神原。


「ちょ俺も混ぜてくれよ〜」

「冗談だよ。またアレやろう」

「おっ、アレか〜。俺動画サイトでプレイ動画見て勉強したからよ〜、多分今回はお前に勝てるぜ〜」

「はっ、かかって来いよアマちゃん」



 神原奈津緒、口では面倒がっているが実は結構乗り気である。



(()()()()のことはどうでもいいか…)




 神原が()を手に入れてから10年。子供ながらに目的の男を探したのだが、手掛かりすら見つけることはできなかった。


(何でか知らねーけど記憶が全然なくてあの日どこにいて何をしてたのかすらも分からないんだからどうしようもないよなぁ)



だがそいつ、神原の言うあの野郎が過去に自分に何かを施したのなら、いずれ必ず接触してくるはずだと思い、神原は向こうからのアプローチを待つことにした。


(にしても当時の記憶がほぼないってのは逆に怖いな。もしかしてキャトルミューティレーションされたのかもしれないな。でも5歳の時のことだから忘れてても仕方ないか…)

 記憶がないとは言ったが全てを忘れたわけではない。断片的に覚えていることもある。



(覚えてることと言えば……、俺以外にも何人かいたような気がする…本当にいたか怪しいから気がする程度だけど…。後は白衣を着た奴に能力者にされたってのは覚えてるんだよな。不自然なまでにそれに関しては覚えている)


 覚えていなくても体に強く刻まれているのかもしれない。

 またはその白衣の野郎に覚えておくように刷り込まれたか?



(いや、それよりも麦島だ、確かに日に日に上手くなってるからな。こいつには絶対負けらんねぇ。テストの総合点でこいつに負けてるからな。こういうところでドヤ顔しとかないと気が済まん)


神原、面倒がるくせに変なところで負けず嫌い。

 勝負へ逸る気持ちを抑えられず、心なしか歩くスピードが上がった。

 麦島が「速いよ〜」と言った気がしたが神原は気にすることなく歩みを進めた———



 ♢♢♢



「おっしゃ〜、9勝目〜」

「くそぉ、あのタイミングでキノコ来るかよ普通!」


 ここは神原の部屋で麦島と一緒に格闘ゲームをしている。先に10勝した方が勝ちという10先ルールでやっていた。

 現在麦島が9勝、神原は8勝目だ。

 なかなか良い勝負をしている。

 あと1回神原が負けたら麦島の勝利だ。


「ふふーん〜、やっぱりcomcomのプレイ動画見といて良かった〜」

「かむかむ?誰だよそれ?レモンか?」

「なっちゃんcomcom知らないの〜?ユーツーブでチャンネル登録者30万人のcomcomチャンネルのcomcomだよ〜?」


(ユーツーブ……あぁ、動画視聴サイトか。30万人が高いのかが分からないな。日本人1億2千万人だから400人に1人は見てるのか。うちの学校だと…2人くらいか。そう見ると少ないな)


日本人全員で見るとそうだが、実際にそのサイトを使っている人。いわゆるアクティブユーザーという観点で見ると、多い方なのかもしれない。



「俺あんまりそういう人見ないから分からん。あとなっちゃん言うな。馴れ馴れしい」

 男にちゃんは変だろ。まさか、そっちの色を持ってるのかと、思わず下半身に力を入れてしまう。


「試しに見てみてよ〜。神原も面白いと思えるからさ〜」

「気が向いたらな」(多分見ないけど、アカウントもねーし)

「でね〜、そのcomcomがやってたんだけどね〜。次の試合縛りプレイでやってみない〜?」

「縛りプレイ?」

「うん〜、次の試合で俺勝ったら終わりじゃん〜?もう実力も俺が少し上っぽいじゃん〜?」


 悔しいが確かにそうだ。俺も家で結構やり込んでるのに何故か勝てない。

 にしてもまさかたった1週間でここまで上達するとは思わなかった。

 しかも麦島はゲームの類いを持ってなかったはずだ。無所持者に負ける俺ってなんなんだ。

 余程comcomとやらのプレイを見たんだろうな。

 ()()()()()()()()()()()()なんて何者だよそいつ。人気になる秘訣ってのはそういうところなんだろうか?



「お前がそれでいいならいいけど、どんな縛り?」

(目を瞑るとかだと面白そうだな)


「えっとね〜、Bボタンを使わずに戦う縛りだよ〜」

目を瞑る程ではないが、中々にハードだ。


「Bボタン禁止かー、確かにゲームのシステム上戦えるけど」

(攻撃手段を減らす戦いね…。目を瞑るだとイカサマできるけど、攻撃モーションで簡単に見破られる。それにBボタンを封じられるとステージ外に吹き飛ばされた時に復帰技が使えなくなる)


復帰技はBボタンとスティックを上に倒すのを同時に行うことで出すことができる。

Bボタンが押せないと純粋なジャンプでしか復帰の手段がない。

面白そうだが、相当キツい。



「どうかな〜?」

「いんじゃねーの?面白そうじゃん。間違ってボタン押すなよ?」

「俺はcomcomの動画で練習したから大丈夫〜。そっちこそぶっつけだけどいいの〜?」

「数学クラス1位をなめるなよ」

「でも総合で俺に負けてるじゃん〜」

「ぐっ…… とにかくやろう」(次の期末試験では絶対に買ってやる……)


 ちなみに麦島が総合点でクラス1位で学年4位。神原はクラス2位で学年7位だ。

神原は数学だけはクラス1位で学年3位となっている。



 こうしてBボタン禁止縛りで試合をすることになった神原と麦島。



 ここで神原奈津緒について説明しよう———






♢♢♢





 実は彼は超能力者だ。

 だがそれによって彼の生活が良い方向に変わったわけではなくむしろ悪い方向に進んだ。


 彼の能力は発動条件は明確だが制御することは出来ない。無闇に発動してしまうと人間生活が行えなくなる危険がある。

 そのため彼はそれを抑えて生活している。周りに暗いと思われるのはそのためだが、もし能力が発動しようものなら……



 といっても大した能力ではない。

 時間停止とか、透視が出来るとか、身体能力が上がるとかそんなすごい能力ではない。

 ごく平凡な能力、というより使い勝手の悪いクソ能力だ。


 神原自身この能力を嫌っている。

 白衣の男を憎んでいるのはそのためだ。

 当時5歳の彼にそんな感情はなかったが自分の能力を理解した時、彼は酷く悲しんだ。




『なんでぼくにこんなちからがあるの?こんなちからいらないよ。もとにもどしてよ!』




 昔のことである。能力のせいで普段出来ていたことが出来なくなってしまったのだ。

 今はもう出来るようにはなっているが、それでも出来てたことが出来なくなったトラウマは今でも神原の心に残っている。その時の影響で出来なくなったことが、今でも苦手として残ってしまっている。


 その出来事があって以来白衣の男を憎むようになった。もっと良い能力にしろよという怒りである。



 それから10年、彼は能力の発動条件さえ満たさなければ能力が発生しないことを知り、コントロールしながら能力の発動を極力抑える生活を送っているのだった———






♢♢♢





(くそみたいな能力だが、こういう所では抜群の効果を発揮するんだよなー)


 あまり使うのは躊躇われるがせっかくの超能力だ。こんな()()()()()()で使う気はなかったが、あるカードは使うに越したことはない。


(最後に使ったのは入学してすぐくらいか。()()()はアンラッキーな日で八つ当たりみたいに使っちまったけど今回は明確に目的を持って使うことにしよう。てか誰に八つ当たりしたんだっけ?)




 明確な目的というのは麦島に勝つことである。勉強だけでなくゲームでも負けたら、立つ瀬がないから。





 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………





 神原はその場を動かず、喋らず、ただじっとしている。

だが頭の中ではあることを考えていた。意識していた?刷り込ませていたとでも言うのだろうか。



しばらくしたのち………



(ふぅ…こんぐらいでいいだろ…)

 神原は落ち着いて息を吐いて気を整える。


(もっと『発動した』って分かりやすくしてほしいよ。アイコンが出るとか音が鳴るとか。発動したか分からないから感覚で定めなきゃいけないのがだるいんだなぁ)


もっとこの力を使えばおおよその時間も掴めるのだろうが、力を使うことはリスクでしかない。

過剰に時間をかけていたとしても()()()なのだから誤差でしかない。



「準備いい〜?」

「いいぞーかかって来い」



 ♢♢♢



 それからしばらくして———



「…うそーん〜」

 麦島が驚いた顔でリザルト画面を見ている。



「オイオイ、実力はお前が上だったんじゃないのか?」

 神原も勝利へと喜びと能力が上手く作用した安心で緊張が緩んでいた。煽るほどには気分が良いらしい。


「まさかこんなに差が出るなんて〜。全く操作に淀みがなかったよ〜。俺なんて何回かBボタン押しそうになって動きが止まっちゃってたもん〜」

横で見ていたが麦島はかなり苦戦していた。


「案外ぶっつけでもいけるもんだな。こんなんは意識しないようにしとけば出来るさ」



 嘘である。練習したなら分かるが、ぶっつけ本番では無理に決まってる。

 急に特定の物を除外しようとしても人間は逆に意識がそちらに向いてしまうため操作がおぼつかなくなる。

 慣れていれば出来なくもないかもだが、動画を見たとはいえ実際にプレイするのは始めての麦島にちゃんと操作が出来るわけがない。


(俺には出来る。そういう能力だから…)




「そんなの無理だよ〜」

「これで9対9か。どうするラストも縛りでやるか?」

 これで最後は普通の条件で来られると困る。今はB()()()()()()()()()()()()()()のだから、同じ条件でないと確実に負けてしまう。


「いや、これで普通にやって勝ってもスッキリしないよ〜。俺の負けだよ〜、凄いねなっちゃ…………神原は〜」

「普通にやったらお前が勝ってたんだから実質引き分けだろ?」


(あぶね。普通に次やってたら絶対に負けてたぞ)



 この能力は解除しない限りはずっと能力の影響を受けるというデメリットがある。

 そして解除には副作用が伴いしばらく正常行動が怪しくなるから、向こうが折れてくれたおかげで命拾いした。


(能力を使った時間に比例して解除も時間がかかるし。時間をかけてゆっくり解除しよう——)

 ゆっくり解除すれば幾分マシになる。麦島が帰宅してから解除することにした。



「そろそろ遅くなってきたから帰るわ〜」

 玄関前で麦島が帰り支度をする。

「おう、またやろうぜ」

「今度はレースゲームでもやろうぜ〜!」

「怠い」

「自分から誘っておいて断るの〜!?」

「冗談だよ。じゃあな」

「じゃあね〜。お邪魔しました〜」

 麦島がドアを開けて会釈をして帰っていった。




(ふぅ、疲れた。柄にもなくはしゃいだな…。さて、能力を解除するかな)

 神原はまたじっと動かなくなり、念じるように頭の中で考え出した…







 数分後———




「き、気持ち悪い…」

 絶賛グロッキー状態である。



 神原の能力には解除時に副作用がある。

 神原は自身の能力の解析、深掘りをして来なかったのだが、その理由はこの解除後の状態が気持ち悪くて何回も体験したくないからだ。

 眠っている間にも能力の影響を受けるのかなどを調べてみたかったが、もし影響を受けた場合どれだけ副作用の時間が続くのかが怖いため、一度も試したことはなかった。

 いつも数分から数十分程度で気分が悪くなっているのだ。それが何時間になるかと考えると、神原がしないのも頷けるだろう。





「やっぱこの能力使いづれ~」


 これが、神原奈津緒の日常である。

神原奈津緒

能力名:不明

能力詳細:不明


麦島迅疾

能力なし



初めまして、圧倒的暇人です

これから『お前らだけ超能力者なんてズルい』の執筆を始めます

群像劇を書くつもりです。タイトルの通り、異能力バトル小説です

お楽しみに、皆さんのコメントが励みになります

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