現実か幻想か
彼は地面に座り込んで熟考する。
「いや、やっぱりそんなはずはないんだ」
そこにあった棒きれを拾って、みみずをぺちぺちと叩く。
「だって、俺はあくまでプログラムのうちの一つでしかない。なにをしたらゲームが現実に干渉できる?だってそもそも俺を世界に送るのだって、ゲーム内のあの支配人じゃねえかよ」
みみずが逃げていく。
「それとも、俺が知らないだけで、ここは本当はゲームの世界だったりするのか……?事前情報が俺にないとかそういうやつ?でもさっき支配人は確実に『現実世界』って言ったよな?あいつも知らないだけなの?」
「……だとしたらすげぇ面白れぇな。この世界はゲームなんだって、みんなに知らせてやるってのも良いな。じゃないと勇者ってのは思い切り活躍できないしな。さっき『戦闘開始』のエフェクトもあったし、これはゲームの世界なんだ」
コンピュータロールプレイングゲームにおいて、勇者はNPCから食料を買ったりもらったり、従者をつけて冒険して敵を倒す、というのが大まかな流れである。NPCには、目の前の存在が「魔王を討つ正義の味方」としてプログラムされているため、基本的には友好的に接してくれるのだ。だが支配人の雰囲気からして、その様子は皆無だろう。恐らくこの世界は自分達のいる世界のことを「現実世界」だと思っているのだ。そのためには、この「現実世界」とやらのNPCに、「お前らはゲーム世界の住人だ。俺は勇者だから安心しろ」ということを分からせてやらねばならない。
一番近くの町に行けば、そのNPCとやらがいるはずだ。
「……だけど俺をここに送り込んだのは支配人。だったら支配人だけは『ここはゲームの世界』だという認識があって、現実世界だってたぶらかしたってこと?じゃあ元凶あいつじゃん……やっぱりクソ支配人だったわ……」
そんなことをぶつぶつ呟きながら歩いていると、彼は自分の足がやたらと軽く感じられることに気がついた。さっき戦闘したときよりも軽いのだ。普通はプレイヤーが操作するため、こんなに軽い必要はないのだ。
「……ゲームの想定外の動きをしたことによって、徐々にデータが壊れてきちゃっているのかもしれないな」
そう、プログラムというのは想定外に弱いのである。少なくとも『ウィンドアンドバレーⅢ』というロールプレイングゲームというのは、マルチルートがあるように見せかけた一本道ゲームなのだからなおさらだ。
「少なくとも今は、自分の自由意志で動いているはず……だと良いんだけど」
どういう動きが想定外に当たるのかは分からない。これ以上この世界を壊してしまうようなことがあれば、それこそ自分を勇者だとNPCは認めてくれないかもしれない。そうしたら大変だ。俺は魔王を倒さないといけないはずなんだ。一人でなんて立ち向かえないに決まっている。
「う~~~……ん」
とにかく歩き続けている限りはまだ大丈夫そうだ。とりあえずゲームの世界でありそうなことをリストアップするんだ。歩く。話す。戦う。この辺りは平気だろう。食事。睡眠。これは?特に必要ないかもしれない。いや、でも自分の思考に浮かぶということは大切だということか?とりあえず人間らしいことは全てやれってことなのか。