仙人VS神剣、看板を叩き壊す
アルマは長剣の柄と切っ先を逆に持ち上段に構える異形の構え。切れ味が鈍い剣でありガントレットを装備する事で初めて出来る異端の構え。
「雷鳴剣……」
将人はぽつりと呟く。マルテナとの闘いで最後に見せた秘剣。その時は偶然出す事が出来た神速の『崩拳』で破る事が出来た。この神速の『崩拳』は再現できていない。
そしてアルマとマルテナでは魔力量が違う。身体強化で剣速をどれだけ早く出来るのか予測がつかない。こちらが神速と言っている速度を楽勝に出せるのではないだろうか。
将人の『氣』の力ではアルマの魔力量を上回る事が出来ない。もし仮に『雷鳴剣』を避ける事が出来たとしても魔力で防御されれば将人の攻撃は全て無効化されてしまうだろう。
将人には自分が勝てる判断材料がなく気が重くなる。自分が血反吐を吐いて倒れる姿が頭の中で何度もリフレインする。心臓が早鐘のように高鳴り、呼吸が乱れ『氣』が練れなくなる。冷や汗で全身がずぶ濡れになる。顔色も目に見えて悪くなる。
それに気が付いたのかアルマがもう一度将人に尋ねる。
「これが最後です。降参しなさい」
将人はアルマの言葉に心が揺り動かされる。
(ここでやめたっていいじゃないか。上位に食い込むという目的は果たしている。アルマ様の実力だと刃引きの魔法何て関係ない。どんな鈍らだろうと確実に殺される!!)
将人の頭の中で四文字の言葉が繰り返される。
(コウサン、コウサン、コウサン、コウサン……)
生存本能が鳴らす警鐘に将人は従う。
「コウ……」
将人は最後で言おうとしたが舌が張り付いたかのように言う事が出来なかった。もう一度コウというがどうしてもサンまで言う事が出来なかった。
(何でだよ、何で言えないんだよ!?)
将人の脳裏にアルマの姿が映し出された。
誰も立ち入る事が出来ない高い高い止めにただ一人佇むアルマ。孤高であるがゆえに孤独な姿。マルテナはこの姿を見たくない、これを阻止してほしいと泣きながら頼んできたのではないか。将人は歯を食いしばり、生存本能を抑え込む。震える体で『三体式』の構えを取った。
将人の『三体式』の構えを見てアルマは戦う意志があると判断する。
「……そうですか、諦めるつもりはありませんか? 手加減など一切しませんのでお覚悟を……何か遺言があるのなら今のうちに聞いておきましょう」
将人はしばらく悩みフゥッと溜め息をつく。
「こういう状況になるなんて全く思っていませんでしたから……考えておくもんですね。何も言葉が浮かばない」
将人は自分に呆れるように笑う。
「そうですか……ではお覚悟を!!」
アルマは一歳の情けを捨てる。アルマの体から陽炎のように揺らめいていた魔力が体に収まってく。無駄に垂れ流された魔力を収束しているのだ。蓄えられる力は活火山が如く、吹き出せば一気の飲み込まれ骨も残さず焼きつくされるだろう。将人は後ずさろうとするがそれを抑える。
(やると決めたんだろう……もう逃げるな!!)
将人は自分に活を入れる。
「さあ、行きますよ……」
その言葉を合図に将人とアルマは動いた。
将人は最も得意とする基本『五行拳』の一つ『崩拳』。
『半歩崩拳、あまねく天を打つ』、これは形意拳の達人、郭 雲深を称賛しての言葉だが、将人はまだこの段階の及んでいない。将人の『崩拳』は十分威力があるもののアルマ相手では不十分。それに対し、アルマは『雷鳴剣』。
身体強化により剣速を強化、『雷撃』により威力を強化、それらを束ね八方向からの攻撃を一足で行う驚異の必殺技。
将人の『崩拳』は一瞬にして破られる。八つの『雷撃』の一つが『崩拳』を叩き落とす。その際将人の拳が砕かれ腕が爆ぜる。そして将人の体に七連撃入る。体中の骨という骨は砕かれ、肉は爆ぜ、内臓が破裂する。この世界にはないのだが言葉にするのなら四トントラックに轢かれたようなものだろう。
二人の戦いはここに終わった。アルマの勝利は不動、決して揺るがない物だった。この結果にアルマは深いため息をついた。
「やはりこうなりましたか……」
悲しげに呟くアルマの表情が凍り付いた。そこには驚きの表情をした将人が立っていたのだから。『雷鳴剣』で間違いなく倒した相手が何故傷一つなくそこに立っているのだろうか。
(将人の肉を骨を砕いた感触がある、飛び散った血も鮮明に覚えているのに………)
将人もまた驚いていた。将人はその場を一歩も動けなかった。なす術もなくやられる自分をイメージしたしたがアルマは誰もいない空間に『雷鳴剣』を放ち、自分の目の前に着地したのだ。何故アルマがそんな行為をしたのかは分からない。だが、これは千載一遇のチャンス、これを逃せば自分に勝機はない。将人は『三体式』の構えから『崩拳』を打ち込んだ。右拳を打ち込むと同時に右足を踏み込む。ふと右拳に抵抗を感じる。アルマが魔力を放射し防御しようとしているのだ。それでも構わず動作を続ける。後ろの左足を右足に引き寄せ強く踏み込んだ。パンッと爆ぜるような音と同時に力の揺らぎを感じた。拳が今まで以上に加速し、魔力の防御壁を突破し、アルマの鎧に拳が届いた。鎧に拳を防がれるが威力は鎧を貫通し肉体に届いた。電流でも通されたかのような威力にアルマはその一発で体の自由を奪われ、その場に崩れ落ちた。
将人は倒れたアルマに対し再び『三体式』の構えを取り、呼吸を整える。一分ほど時間をおいて将人はようやく構えを解き、その場に膝をついた。緊張が解けた途端腰が抜けてしまったのだった。
仙人VS『神剣』の勝負は仙人の勝利に終わった。『神剣』の看板は一発の拳に叩き壊された。