仙人、『形意拳』VS『八卦掌』、『軽気防御』
将人はイズミに『崩拳』を打ち込んだ後、ガクリと膝をついた。先程目を回しふらついていたのは演技ではなく、本当にダメージを受けていたのだ。だからこそ、イズミは将人を懐に入れてしまうという決定的なミスを犯してしまうのだが。イズミという人間、普段は仏頂面をしているが実際は優しい人間なのかもしれない。
やっと一撃を入れられたのだが、これでどれほどのダメージを与えられたのか少し不安なところである。
イズミは痛みで乱れる呼吸を整える。そうする事で痛みを軽減する。ロシアの武術『システマ』では呼吸法を重視しており、ストレスや痛みの軽減に用いる。腹部へのダメージはあるもののそれ以外には異常無し、動きに影響はない事を確認しイズミがユラリと立ち上がった。イズミは将人を睨みつける。睨みつけるその眼には怒りの炎が灯っていた。
「卑怯者!!」
イズミが感情露わに怒鳴る。それに合わせて観客からのブーイングが闘技場に響き渡り、将人はバツの悪そうな顔をする。
「しょうがないだろ! こっちの世界の人間ならまだ戦い様がある。こっちの世界の人は力でごり押しするところがあるから『形意拳』の技で隙をつける。だが、向こうの世界の武術の使い手、しかも力、技、共に格上の相手ともなると出来るのは奇襲、だまし討ちくらいなんだからよ! それに俺は負けられない! 勝つためなら何でもするつもりだ!!」
将人は必死の表情でイズミを睨みつける。実際、将人の双肩にはウェルの命がかかっている。絶対負けられない。
「そうですか……それなら出せるものは全て出しなさい! そのすべてを不定し、あなたを倒します。そしてあの女を滅ぼします!!」
イズミは『避正斜撃』の構えを取る。イズミの体から陽炎の様なものが立ち上る。それが見えた将人は内心冷や汗をかく。
(ウーム、火に油を注いでしまったか……だが、仲間をウェルさんを殺させない!!)
将人は『三体式』の構えを取る。会話をする事で時間が稼げた。体に痛みはあるもの幾らかダメージは抜けている。まだ動く事が出来る。将人は吸気、呼気を同じタイミングで行い、『丹田』に『氣』を集中する。将人の体かも陽炎の様なものが立ち上る。それを見たイズミは口元に笑みを浮かべる。
「行きますよ……」
そしてイズミが動いた。『趟泥歩』を用いて将人の円周を移動する。そして四方八方から攻撃が来る。だが、それを将人は紙一重で躱していた。背後から来る掌底に対し将人はすかさず体を回転し左『三体式』から右『三体式』に構えを切り替え動きに対応し、『五行拳』を用いて迎撃していた。先程までなら将人はイズミの動きに対応出来なった。だが、だまし討ちとはいえ将人の『崩拳』を腹部に受けた事により状況が変わった。『八卦掌』には派手な技がない代わりに攻撃を複数当てる事によりダメージを与えるのに対し、『形意拳』は一発で大ダメージを与えられる。『八卦掌』が散弾銃とするなら、『形意拳』は大砲といった所か。将人がイズミに叩きこんだ『崩拳』の一発はイズミの体内に深々と打ち込まれ、呼吸法で痛みを軽減したとしてもダメージが残留する事になりイズミの繊細な動きを阻害していた。
将人はイズミに攻撃を防ぎながら思った。
(これならイケる!!)
将人の連続攻撃がイズミの防御を少しづつ剥いでいく。そして僅かに開いた防御の隙間に拳を叩きこむ。イズミの顔面に拳が入った。
女性の顔に拳を入れるとはと将人は罪悪感に襲われるが。その罪悪感は違和感に塗り潰された。
(何だ、この感触は!?)
肉体の拳が叩き込まれ感触がいつものものと違った。力が通り抜けたような妙な感触。ダメージを与えられた感じがしない。違和感に意識を向けた瞬間、イズミの猛攻が来る。将人はイズミに意識を向け、攻撃を防ぐ。そしてまた、僅かな隙を見つけ一撃、二撃と攻撃を入れる。そしてまた、イズミに叩きこんだ力が抜けていくような感触。
(何だこれ!? イズミは何をやっている!?)
その疑問についに答えが出た。
将人が繰り出した『崩拳』をイズミはフワリと跳躍して躱す。そして伸び切った将人の拳にこれまたフワリと着地したのだ。拳の上に人が乗っているのに重さが全く感じられなかった。その光景に将人は驚愕する。
『軽気功』を極めればこういう事も可能になるとは知っていたがそれが直に見れるとは。向こうの世界の技術も十分ファンタジーの領域にあると将人は思った。
将人は腕を振り、イズミを振り下ろす。イズミは将人の腕の力を利用して跳躍し、将人から二メートルほど離れた場所に着地した。
「アンタ、俺が攻撃をした瞬間に『軽気功』を行っていたんだな?」
「ええ。そうです」
イズミ肯定した。
将人の攻撃が当たった瞬間、イズミは『軽気功』を行い体重をゼロにしていたのだ。重さがない物、羽毛に幾ら拳を当ててもダメージは与えられない道理である。己の身を鉄の強度に変える気功、『硬気功』があるが身を軽くする『軽気功』を防御に用いるなど思いもよらなかった。まさに『軽気防御』。
「アンタ、凄いな」
「何を急に?」
将人に褒められた事にイズミは怪訝な顔をする。
「普通は身を固めて防御する。身を軽くして防御するなんて普通考えない。アンタ凄い!」
べた褒めする将人をイズミは胡乱気に見る。
「こちらを称賛する事で油断を誘う手ですか?」
「そんなつもりはない、素直に褒めてるし」
「その勝算は素直に受けましょう。だが、それで手を緩めるとは思わない事です」
「いいよ、それで。アンタが思いもよらない方法で防御してきたように俺も思いもよらない方法で攻撃する。そしてアンタの『軽気功』を破る!」
将人はニヤリと笑った。
「今度はハッタリですか? 色々と手札を変えてこちらを揺さぶる、本当に卑怯ですね……いいでしょう。私の『軽気功』敗れるものなら破ってみなさい!!」
(ヤベェ……どうしよう)
『軽気防御』を破る手段を思いついてはいなかった。