仙人、ウェルVSイズミ、もう一人の………、決着
ウェルの背中の腕がウェルを攻撃する。その一撃は火の魔法で作り出した火球一発分に匹敵する破壊力を秘めていた。それが何十発、何百発と放たれる。その攻撃をウェルは躱す。『八卦掌』独特の歩法と『軽気功』を併用しウェルの剛腕による攻撃をスルリスルリと躱していく。イズミという存在はいない、幻に向かって攻撃をしているような錯覚にウェルは陥る。
「こんなに攻撃してるのにどうして当たらないんすかね?」
『滅び』の力を使用しているのに全く攻撃が足らない事に焦るウェルの耳に、イズミの言葉が聞こえた。
「エー・ヘー・イエー!」
それは意味をなさない言葉の羅列だった。
(イズミさんは戦いの最中に何を言ってるっすか? 気が狂ったわけでなし……これは何かの呪文? この国の魔法じゃない、異国の魔法っすか?)
『滅び』に対して魔法を使うのは悪手、『滅び』に魔法は通じない。それは『滅び』の眷属を知っていたイズミが知らないわけがない。それではこれは………。
ウェルは地面においた愛用の片手剣を手に取り、背中の腕二本にプラスして本体での攻撃、三か所からの同時攻撃を選択した。ウェルはこの呪文を唱える事で発動される魔法が危険であると判断し攻撃の手を増やし、魔法を中断させる事を選択したのだ。攻撃の手が増え、無数とも言える攻撃をイズミは見事に躱し、次の呪文を唱えた。
「イエ・ホー・ヴォ・エ・ロ・ヒーム!」
その呪文が唱えられたと同時にイズミの体から白い靄の様なものが噴き出した。それはウェルには見覚えがある物だった。
「それはもしかして……将人さんと同じ力、『氣』っすか!?」
イズミは答えない。続いて次の呪文が唱えられる。
「エホヴォ・エロア・ヴァ・ダート! シャ・ダイ・エル・カイ!」
イズミの体から溢れる『氣』の力がさらに強まった。ウェルは瓦礫を掴み、イズミに向かって投げつける。『滅び』の力で強化された瓦礫をイズミは避ける。そこを狙いすましたウェルの剛腕の攻撃。攻撃は直撃するがイズミの体には剛腕が届いていなかった。あふれ出る『氣』が防御壁の役割を果たしたようだ。そしてイズミは最後の呪文を紡ぐ。
「アー・ドー・ナイ・ハーアレッツ!」
その呪文が唱えられたと同時にイズミは攻撃に転じた。イズミはまず、自分を攻撃したウェルの拳を掌で叩く。威力はほとんどない一撃だが、それだけで『氣』が通った。更にイズミは動く。滑らかな水の様な動きでイズミに接近する。ウェルは迎撃を試みるが見事に躱される。そして躱した端から軽く何度もポンと掌で叩かれる。ウェルの懐に入り、放たれた掌打にも威力が籠ていなかった。攻撃力のない軽い掌打に訝しむウェル。
「イズミさん、アンタ、一体何やってるっすか?」
「アナタの負けです」
イスミは無表情に無慈悲に言う。
「それはどういう意味っすか?」
「言葉通りの意味です。体に違和感はありませんか?」
「違和感っすか?」
ウェルは体に意識を向けると確かに違和感がある。『滅び』の中にあるというのに消えずに残留するイズミの『氣』。
イズミが胸の前でパンッと手を叩いた。その途端ウェルの残留していた『氣』が一斉に動き出し、ある場所に向かった。それはウェル本体。ウェル本体に向かった『氣』が合流しすさまじい破壊力となってウェルの中で爆ぜた。内側から焼かれるような痛みが全身に走り、声にならない悲鳴を上げる。ウェルが纏っていた『滅び』の力は解除され一糸まとわぬ姿に戻る。根幹たる『滅び』の力が断たれガクリッと膝をついた。
「なん…すか…今の…魔法…いや、技は!?」
ウェルは苦痛に呻き、とぎれとぎれにイズミに問う。
「これは異世界の魔術の技法を応用した技です」
「異世界の……魔術?」
イズミが使った技は西洋魔術にある技法で『中央の柱』という。これは頭上、喉、鳩尾、生殖器、足首の五ヵ所にある魔術中枢―――ヨガで言うチャクラ、仙道で言う竅と同じもの―――に『氣』と同等のエネルギーである『秘力』を循環させる修行法である。最初に頭上に意識を集中し、その時頭上の魔術中枢の神名を唱える事で頭上に『秘力』を発生させ、これを喉、鳩尾、生殖器、足元へ送っていく。各個所に『秘力』が届いた時にその個所の神名を唱える事で『秘力』を強化していくのである。この『中央の柱』は『仙道』の『小周天』と大変似ており魔術版『小周天』と呼ばれていたりする。イズミはこの方法で『秘力』を練り、ウェルに叩きつけたのだった。『氣』と同等のエネルギーである『秘力』は『滅び』に対しても有効だった。
「イズミ…さん…も…謎が…ある…人物の…よう…すね。一体…何…者…すか?」
「アナタが知る必要はありません。アナタはここで死ぬのですから」
イズミはウェルの首を右手で掴むと無造作に持ち上げた。体に全く力が入らずされるがままになるウェル。
「何か言い残す事はありますか?」
ウェルはしばらく考え込み、いたずらを思いついた子供のようにニヤリと笑ってこういった。
「……入れられるなら白くてドロッとした青臭い液体を入れて欲しかったっすね」
ここに来てウェルが言ったのは下ネタだった。
「それが最後の言葉ですか。くだらない」
イズミが溜め息をつき、左手の指を立て手刀を作る。『秘力』が左手に集中された状態の手刀ならそれは名刀と同じと見てよい。ウェルの肉体をやすやすと貫くだろう。イズミは左手刀でウェルの胸の中心目掛けて突く。自分の胸元に迫る手刀を見ながらウェルは考えていた。
―――自分は『滅び』の眷属。自分も他人もあらゆるものが滅びる事が目的。なら、自分がここ滅びてもいいのではと。他の者が滅びないのは残念だがそれは他の眷属に任せよう。
ここまでは『滅び』の眷属としてのウェルの考え。
そしてここからは―――ウェゲルからウェルとなり、ひょんなことから将人たちと仲間になり一緒に依頼をこなした日々。なんとも楽しいものだった。もう一度一緒に冒険をしたいと考えていた。これは『滅び』の眷属とは関係ないウェル一個人としての考えだった。
「まだ死にたくないな」
ウェルの口から自然と出た言葉だった。
「だったら死なないでくださいよ」
ウェルの胸に迫った手刀は、その人物が振り下ろした掌底により叩き落とされたのであった。イズミはその掌底の威力に顔をしかめ、ウェルを落とす。うつ伏せに倒れたウェルは顔を上げ自分を救ってくれた人物を見る。
「……マサトさん」
将人は顔を赤くして掌で目を覆う。
「一体何をどうやったらスッポンポンになるんですか!? もう少し慎みというものを………」
助けた後に説教というのは何とも将人らしかった。