仙人、ウェルVSイズミ、接戦、ウェル第二形態
ウェルの片手剣がうなりを上げる。イズミを真っ二つにせんと唐竹割りに切りつける。刀身が届く前にイズミは跳躍し、攻撃範囲を大きく逃れフワリと着地する。牛若丸の八艘飛びもかくやといった所だ。
ウェルは魔力を足元に集中、放出し、イズミに向かって突進するが、間合いに入る前に上空に逃げられてしまう。ウェルは急には止まる事が出来ない、足を踏ん張って勢いを止めるもイズミからは四、五メートルは離れてしまう。攻撃すれば『軽気功』で逃げられる、そんな追いかけっこをがしばらく続いていた。
「そのフワフワ浮かぶ『軽気功』って技は厄介っすね」
言葉ではそういうもののそれ程困ってはいない、むしろ面白そうにウェルは言う。イズミは無言で『避正斜撃』の構えを取る。
「でも、その技の欠点は分かって来たっすよ。次は捉えるっす!」
自信ありげに言うウェルにイズミの眉が少し跳ね上がる。
「? 面白い、やれるものならやってみなさい」
「じゃあ行くっすよ!」
ウェルが足元に魔力を集中、それを見てイズミが『軽気功』の準備に入る。ドンと足を踏みしめる。その瞬間、イズミが跳躍した。
「かかったっすね!!」
ウェルは足元に集中したがそれを突進力に変換していなかった。ウェルは足元に魔力を集中し踏み込む事でイズミに突進するふりをしたのだ。『軽気功』が出来るのは身軽になる事、跳躍力が増す事までで空中に停止するような事は出来ないし、一端跳躍すれば後は着地するしかないとウェルは考えたのだ。街中ならば色々と窓や屋根、塀など色々でっぱりがある為、それに捕まって別方向に移動が可能だろうがここは闘技場、上にあるのは雲一つない青空のみである。故に空中に浮いている状態では落下以外取れる行動がない、これがウェルが見つけた『軽気功』の欠点だった。
ウェルは集中した魔力を推進力ではなく跳躍に使う。向かう先は浮いているイズミ。浮いている状態ならこちらの攻撃を捌く事は出来ない。今度こそはとウェルは剣を振り上げる。だが、イズミは慌てることはなかった。何せウェルという足場が自分からやってきたのだから。イズミはウェルの鳩尾を蹴り、勢いをつけて飛び、ウェルの攻撃を逃れ、着地する。その後にウェルが着地する。ウェルはイズミに蹴られた鳩尾を押さえ、激しく咳き込んでいた。軽く蹴った様に見えたがそれなりに威力があった様である。
「……まさか自分を足場にして空中を移動するとは思わなかったっす。自分で使う技の欠点は先刻承知って事っすか?」
「当たり前です。私の『八卦掌』、そして『軽気功』に欠点はありませんよ。どうします、降参しますか?」
余裕しゃくしゃくで言うイズミをウェルは悔しそうに見る。
「その上から視線、本当に悔しいっすねえ……イズミさんが『軽気功』という必殺技的なものを出してきたのならこっちも使わせてもらうっすよ」
ウェルがニヤリと笑った。ウェルらしからぬ邪悪な笑みだった。
「何をするつもりですか?」
ウェルは答えず、フンッと気合を入れる。その途端、服がはじけ飛び、一糸まとわぬ姿になった。俗にいうキャストオフであった。いきなり真っ裸になられイズミは慌てる。戦いの最中であるというのに右掌で目を覆う。
「あなたは何をしているのですか!? こちらの動揺を誘う手ですか!? そんな姑息な策にはまりませんよ。そもそも私は女ですよ!!」
観客が一斉に視覚を強化し、ウェルの裸体を必死に記憶する。これが動画なら●RECというコメントが出ていただろう。それを見てウェルが溜飲が下がり、ケラケラと笑う。
「しっかり動揺してるっすよ。でもそれが目的ではないっすよ。ここからが真骨頂って奴っすよ!!」
ウェル愛用の片手剣を手放す。そして呼気を吐く。するとウェルの体から黒い靄が噴出し、ウェルの体に纏わりつき薄いラバースーツの様なものを形成する。更に黒い靄が背中に集中に、二本の巨大な腕を形成する。ウェルのこの姿を見た観客は声を出す事は出来なかった。黒い靄を見た途端、観客の心の中を支配したのは恐怖だった。観客たちの生存本能は今すぐここから逃げ出す事を訴えていたが体がいう事を聞いてくれず、動けなかった。そんな中、形態が変わったウェルを恐怖ではなく憤怒の表情で見ている者がいた。それはイズミだった。
「……あなたは『滅び』の眷属か!!」
イズミの怒りの声が、それに伴う裂帛の殺気がウェルに叩きつけられる。
―――『滅び』の眷属
『滅び』と呼ばれる正体不明の存在。『滅び』はその言葉の通り全てのものの『滅び』を目的としている。その目的達成の為の手足となる存在を眷属と呼んでいる。『滅び』の石に憑りつかれた者のように力に振り回されず、自分の意志で『滅び』の強力な力を使いこなす全生命の敵である。
「眷属の事を知っているあなたは何者なんすか? そこらへん聞かせて欲しいっすね?」
「生きとし生けるもの全ての敵! 唾棄すべき存在! あなたに話す事など何もない! 今ここであなたを殺す! あなたを……『滅び』を滅ぼす!!」
イズミの目には激しい怒りの炎が宿っていた。