仙人VS無銘、決着、双剣対双拳
将人とユージンが同時に動き、お互い手が届く距離まで接近する。ユージンが右手に持った短剣を振り下ろす。将人の頭をたたき割らんとする強力な一撃だ。将人は一歩踏み出し、右腕を頭上に掲げて短剣の一撃を防ぎ、左拳でユージンの胸部を突く。将人の『炮拳』の一撃に対し、左足を後方に逸らし体を開き、将人の拳を回避、さらに右足を軸に回転、左手に持った短剣で将人の後頭部に一撃を入れようとする。短剣が届く前に突き出した左拳を跳ね上げ、ユージンの背を叩いた。『横拳』の一撃は拳ではなく前腕部が当たった為、ダメージがそれ程ではないがユージンを引きはがすには十分だった。
よろけ体勢を崩したユージンの背後に右拳で『崩拳』を打ち込む。だが、その一撃を素直に受けるユージンではなかった。ユージンは後ろを見ないまま左手の短剣を後方に振る。後ろに目が付いているかのように正確に将人の顎を下から上にかちあげる一撃だった。将人は足を踏ん張り前進を止める。短剣の一撃は顎をかすり、そこから血がしたたり落ちる。さらにユージンは動く。剣を振り上げる力を利用して立ち上がり、さらに右手の短剣を下から上に逆袈裟に切りつける。将人は右拳を開き掌を打ち下ろす。『劈拳』の一撃がユージンの短剣とぶつかる。手甲と短剣がぶつかりかガシャンという金属音が響き渡った。
将人とユージンの戦いは一進一退だった。先程まではユージンが主導権を握り、将人に手を出させなかったが今は互角になっていた。
「一体どういうことなの?」
マサリアは再び疑問を漏らす。ユージンの一撃を受け気を失った後、突然パワーアップし、ユージンと互角に渡り合っている。将人は気を失い、目を覚ますその度に強くなっているような気がする。
「ユージン殿に何か言われ動揺したところに一撃を受け気を失い、目を覚ましたらあのようになった。……マサト殿は魔法が使えないはずですし、どのようなは変化があったのか……私には分かりません」
マサリアの問いに答えるアベルト。そこでアベルトも疑問に思っていたことを口に出す。
「マサト殿は魔法が使えないのは分かりますがユージン殿はどうして魔法を使わないのでしょう? 身体強化の魔法さえも使ってない。何故なんでしょう?」
「それは使わないのではなく使えないからだ」
アベルトの後ろから声がかけられる。
マサリア達が後ろを向くとそこにいたのは将人みたいな黒髪黒目の偉丈夫だった。厳つい顔をしているのにどこか人懐っこい不思議な男だった。
「アナタは?」
アベルトが警戒しながら尋ねる。見ず知らずに大男にいきなり声をかけられたら警戒するだろう。それを察した大男は笑いながら答える。
「今戦っている者たちと戦った事がある者だ。マサトとは先日の予選で戦い負けてしまったがな」
「マサト殿と戦ったって事はAグループの出場者でしたか」
「一応『暗黒』の二つ名を冠している」
「という事は、アナタがマティアス・ストレイン!?」
「まあ、予選敗退した身としては二つ名を出しても恥ずかしいだけなのだがな」
マティアスは苦笑を浮かべる。
「そんな事はありません。あの予選ではマティアス殿の魔力が尽きてダウンしただけです。戦闘を継続出来てたら結果は分かりませんでした!!」
興奮気味に喋るアベルド。
「最後の『暗獄』はルールに抵触していたから負けは確定だった。それでもマサトには勝ちたかった……君らの仲間は強いな。ユージンに通じるものがある」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。ユージンの魔力総量は極端に低い。数値で出すなら一しかない。赤子並みに低い魔力量だ。それでは身体強化の魔法どころか、指先に火を灯す事も出来ない」
驚きの告白だった。この世界では魔法が全てだという風潮がある。実際、攻撃、防御、治癒はもちろん、火をつけたり、飲み水を得るのにも魔法を使用している。それさえ出来ないとなるとこの世界で生きていくのは相当きついと言える。将人の世界では当然の事なのだが、マサリア達にはそれが理解出来る訳もなく、今戦っているユージンに同情の目を向ける。
「普通は絶望するものなのだがユージンは違った。それでも彼は一心不乱に剣を振るった。魔法が使えなくても強くなれる方法を考え、実践し有益なものは残し、無駄な物は廃し、そうやって彼は自身を研ぎ澄ましていった。近接戦闘では俺でも舌を巻く」
「マティアス殿でも!?」
「ああ、ユージンは二つ名を得るにふさわしい実力の持ち主だ。彼には仰々しい名は必要ない。与えるなら『無銘』、聖剣、魔剣のように銘はなくともよく切れる剣、それがふさわしいのだろうな」
アベルトも同感というように頷く。
「お二人さん、話に夢中になってるところ悪いけど二人の動きが止まったわ」
マサリアに言われ、アベルトとマティアスは闘技場に視線を戻した。二人は激しい攻防を止め、闘技場の中央で対峙していた。
闘技場の中央、お互い一メートルほど離れた所で将人とマティアスは対峙していた。接戦が続き二人は荒い息を吐き、汗がしたたり落ちていた。
「面白い戦いでござった」
ユージンは息を整えながら子供のような笑みを浮かべながら言う。
「拙者の一言があってから信じられない速度で強くなっていくマサト殿は見ていてとても楽しかったでござるよ……だが、楽しい事はいつまでも続かない、残念だが次の一撃で終わりにするでござるよ」
ユージンはそう言うと双剣を逆手に持ち替える。
「ですね。最後は盛大に派手に幕を閉じるとしましょう……どうなるか分からにから今のうちに言っておきます。ありがとうございました」
将人も呼吸を整え、汗を拭った後『三体式』の構えを取る。将人とユージンはお互いを凝視する。集中が進むと不思議な現象が起こった。まず音が消え、シンと静まり、呼吸音のみが聞こえた。聴覚を不必要な音を遮断したのだ。続いて風景に変化が起こる。将人の目に入るのはユージンのみ、それ以外は真っ暗になった。視覚に入る不必要な情報が遮断されたのだ。ユージンの実力に引きずり込まれ極限の集中状態に入ったのだ。
特殊な状態であるがゆえにユージンの唇がこう動いたのが見えた。
―――イクゾ。
将人とユージンが動いた。一足で間合いに入る。ユージンは左右三連、計六連の斬撃を放つ。それに対し将人は右足で踏み込むと同時に双拳で突いた。『十二形拳』の一つ『馬形拳』と呼ばれる技だった。
ユージンの双剣対将人の双拳。将人が狙うのはユージンの短剣が重なり合う、力が最も集中する特異点。そこに向かって両拳で突く。双剣と双拳がぶつかり合う。一瞬均衡が取れたのだが、天秤はすぐに傾いた。双剣が双拳に破壊されたのだ。ユージンは己の武器が破壊されて事に動揺し、動きが止まってしまう。その隙を将人は逃さなかった。将人は突き出した両拳を腹部に引き寄せ左足で踏み込むと同時に再度両拳で突いた。『馬形拳』の二蓮撃、ユージンの顔面及び胸部に将人の拳が入りユージンが吹っ飛んだ。地面に叩きつけれれピクリとも動かなくなったユージンを見て集中が解け、視覚が聴覚が戻ってきた。
将人の耳には観客のカウントが聞こえた。
「エ~~イト!! ナイ~~ン!! テェ~~ン!!」
カウントがテンまで数えられたその瞬間、将人の予選三回戦進出が決まった。