仙人VS暗黒、決着、無明の闇を切り裂く三日月
マティアスが遮二無二に大剣を振るう。剣を振るった数だけ魔力刃が放出される。将人は魔力刃の効果範囲を離れ、マティアスに向かって走る。マティアスの間合いに入り『崩拳』を放つが手ごたえがなかった。マティアスが文字通り闇に消えたのだ。
「ナニッ!?」
将人は動揺し立ち止まってしまう。そして右横から突然殺気が暴風が如く吹き付けてきた。将人は自分の勘を信じ全力で前に飛んだ。次の瞬間将人の上半身のあった個所に漆黒の大剣が通過した。立ち止まったままだったら大剣に切りつけられていた。刃引きの魔法がかけられていたとしても致命傷だった。
この瞬間は助かったものの将人は今、地面に手と膝をついた状態で敵に背を向けた状態だった。体勢を整えてる間に切りつけられてしまう決定的な隙だった。将人は次に来るであろう衝撃を想像し眼を閉じる。だが、その衝撃はいつまでたっても来なかった。将人は立ち上がり、マティアスの方向を向き『三体式』の構えを取る取る。マティアスが大剣を横薙ぎに振るった状態で固まっていた。
今がチャンスかと思い、前進した時マティアスが殺気が籠った視線をこちらに向けたので将人は止まってしまった。
「……何故、避ける事が出来た!! 『神剣』と戦う為に開発した技、『闇歩』からの一撃をどうして躱す事が出来た!」
「『闇歩』というのか、あの技? 面白い技だが見切ったぞ! 同じ技は通じないと思え!!」
将人はニヤリと笑うが、内心焦っていた。実は『闇歩』の原理は全く分かっていなかった。ただのハッタリだった。だが、そのハッタリに効果があったのか、マティアスは驚愕の目を将人に向ける。硬直したように動かなくなったマティアス。それをチャンスと見た将人は一気に間合いを詰める。遅れてマティアスが動く。将人は構わず『崩拳』を打ち込む。だが、マティアスが咄嗟に刀身で拳を止める。刀身を掴み横にずらし、空いた空間に更に拳を打ち込むが、マティアスは体をずらして拳を避ける。
将人は近距離での連撃を続ける。これで倒すつもりで連打を続けた。
(距離を取られたら『闇歩』に入られる。次来られたら………)
焦りから将人の技に繊細さがかけ、大振りになっていた。技と技の間に出来る断絶をマティアスは見逃さなかった。マティアスは全身から魔力を放出する。将人を倒すほどの威力はないが間合いの外に出すには十分だった。距離を取ったマティアスは魔力刃を放出する。将人は背中のアイアスを外し、体の前で構え、『氣』を放出する。魔力刃と『氣』がぶつかり合い爆発する。砂塵が巻き上がりマティアスの姿を見失う。気配が消えている所を見ると『闇歩』に入っていしまったようだ。姿が見えず気配も消えた、まさに五里霧中、闇の中、見つける術のない将人は絶望する。
だが―――
将人の背後に出現したマティアスは唐竹割りに切りつけるが全く手ごたえがなく、地面を打ち付けてしまう。狙った相手がいない、その事実に動揺するマティアスの背後から巨大な杭を打ち付けられたような衝撃を受け、弾き飛ばされた。短く悲鳴を上げ膝をつくマティアス。後ろを振り向くとそこにいるのは両拳を前に突き出した将人がいた。
「………何でお前が俺の後ろに回り込んでいる………見切ったというのは本当だったのか?」
「それ嘘。見切ったのはたった今の事だ」
「どういうことだ?」
マティアスは大剣を支えに立ち上がる。自分の武器を次々と破っていく目の前の男を射殺さんというぐらいに睨みつける。
「アンタがどうやって消えたり出たりしているかは今だによく分からん。だが、アンタが現れる瞬間、巻き上がった砂塵が吸い込まれるような動きをするんだよ。出てくる位置が分かればアンタの後ろに回り込むのは簡単だ」
将人の種明かしにマティアスは押し黙る。しばらく無言が続いたかと思ったら体が震えはじめ、哄笑した。
「装備も技も高めた筈がこんなにも脆いとは! これで『神剣』に勝つなど度の口がほざく! ダメだ、ダメだ、今回は諦める! これでは『神剣』には勝てん」
マティアスはいきなり敗北宣言した。
「負けを認めたって事か?」
「いいや、違う。『神剣』と戦う事は諦めたがお前に勝つことは諦めない………俺はさっきこう言った。技と力を鍛え、装備を整えたと。装備は魔法の盾、技は『闇歩』、この二つは破られた。だが、力はまだ出していない。これを出せば俺は反則負けだろうがお前に勝てればそれでいい」
マティアスは試合に負けて勝負に勝つつもりのようであるがそれに付き合う道理はない。間合いを詰めようとするが何故か体が言う事を聞かす体が動かない。
「俺の力の間輪を受けてくれるか? お前も『神剣』打倒を目指しているようだが、俺を倒せない様ではそれは夢のまた夢だ。俺の屍を越え、神剣を倒してみろ!!」
マティアスは大剣を頭上に掲げ、雄叫びを上げた。
「オォォォォォォーーーーーッ!!!」
掲げた刀身、体から強力な闇の魔力が迸る。マティアスを中心に巨大な闇の柱が形成される。放出される強大な力に吹き飛ばされそうにあるが何とか踏ん張る。この技は広範囲の破壊を可能とする魔法と剣技の融合技のようである。ルールでは確かに禁止されている。これを出したら確かに反則負けになるだろう。それでも構わない、将人には絶対に勝つという勝負に対するこだわりに将人は畏敬の念を覚えた。
「アイちゃん! 『陰陽双修法』!!」
将人の命令にアイアスはすかさず応える。アイアスの『氣』を将人は受け取り体で循環しアイアスに戻す。戻した『氣』をアイアスの中で循環し将人に送る。『氣』のキャッチボールを行い強化していく。強化した『氣』の一割を闇の魔法からの防御、九割を両手に集中する。槍のイメージを連想すると『氣』はそのイメージを読み取り、一本の『氣』の槍を形成した。将人は『氣』の槍を頭上に掲げた。
マティアスの闇の柱はまさに無明の闇そのものである。それに対し将人が作り出した『氣』の槍はとても弱々しくか細い。これでは闇に打ち消されるのは必然。
「………マサトよ、それでいいのか?」
マティアスの問いに将人はニヤリと笑う。それを見てマティアスも笑う。
「行くぞ、マサト!! 俺の力の技『闇獄』破ってみせろ!!」
マティアスが大剣を振り下ろす。それに合わせて起立した巨大な闇の柱が将人目がけて振り下ろされた。それに対し、将人は『形意拳』、基本『五行拳』の一つ『劈拳』の要領で『氣』の槍を振り下ろした。闇と『氣』がぶつかり合うが抵抗があったのは一瞬で『氣』は闇に飲み込まれた。
全てを滅ぼし飲み込まんとする無明の闇。そこに一条の光が差し込んだ。闇夜に輝く三日月が如く。光は徐々に広がりその中から現れたのは将人だった。手に在った『氣』の槍、防御に回していた『氣』は消失、クロース・アーマーや服はズタボロ、体の至るところに裂傷はあるものの命に別状はなく、まだ戦う事は出来る。それに対しマティアスは全精力、全魔力を使い果たし、その場に仰向けに倒れていた。首だけを動かし将人の状態を見て深いため息をついた。
「全身全霊出し尽くしても勝てないか……ああ、参った、俺の負けだ」
マティアスは晴れ晴れとした顔で負けを宣言した。それを聞いて将人は仰向けに寝転がる。凄絶な戦いが終わりようやく将人は気を緩める事が出来た。
―――日下部将人、武術大会予選Aグループ通過。