仙人VS暗黒、袋小路に追い詰められるが実は………
「「「逃げるのかよ!!!」」」
将人とマティアスの試合映像を見ていた人達全員が光球に向かって突っ込んだ。その後ブーイングが起こる。話を聞くと今までの武術大会では敵に背を向けて逃げるというのは前代未聞、初めての事らしい。
マサリアとエミリアは自分が将人の仲間である事がばれる前に逃げるべきかと考えているとポンと肩に手を置かれた。マサリアが振り向くとそこにいたのは先程の初老の男性だった。
「大丈夫だよ。冒険者に手を出すようなバカはおらんから。ところでお嬢さん方、聞きたいんだが、彼はいつもああいう戦い方をするのかい?」
マサリアの視線を気にせず、そんな質問をしてきた。
「知り合ってから初めてかも、逃げるなんて………ところで逃げるというのは…その…負けにならないんですか?」
「戦闘不能か降参をしない限りは負けにはならないはずだ。逃げ続ければ使い魔を介して警告はされるだろうからそれ前で対抗手段を考えないと彼は負けるな」
光球の映像を見るとマサトとマティアスの追跡劇が続いている。
「早く何とかしなさいよ、マサト。アンタが負ける姿何て見てくないんだからね」
マサリアは祈る様に目を閉じ手を組み合わせた。
将人とマティアスの追跡劇は未だ続いている。
「逃げるな!!」
マティアスが盾から魔法の衝撃波を放ち、将人の足を止めようとする。だが、将人の背中にあるアイアスが衝撃波を迎撃し、足を止める事が出来ない。マティアスは焦れて身体強化の魔法による突進を仕掛けると、将人は後ろに目が付いているとでも言うように脇に避ける。マティアスは止まる事が出来ず、あらぬ方向へと移動してしまう。その隙に将人は別の方向に逃げる。将人とマティアスとの距離は徐々に開いていく。
「卑怯だぞ、マサト! 正々堂々戦わんか!」
「格上相手と同じ土俵で戦うなんて嫌だよ。もう少し追いかけっこを続けてもらう!」
将人は逃げながらある場所を探していた。その場所に行けば防御する側にはいい場所だが、攻撃する側にとっては攻撃の選択肢がかなり狭められやりにくい事この上ない場所なのだ。そこを見つける事が出来なければ負けが決定する。
将人は走りながらふと思う。広場で使った歩法をどうして使わないのか、あの歩法を使えば簡単に追いつけるはずである。使用にはクリアしなければならない条件があるのかもしれない。それに気が付けたのは思いもよらない副産物だった。
数分ほど続いた追いかけっこがようやく終わりを告げる。将人が袋小路に迷い込んだのだ。前、左右共に約二十メートルほどの厚い壁に覆われていた。
「ようやく…追い…詰めたぞ…マサト」
マティアスが荒い息を吐きながら言う。
「身体強化の魔法をかけていると言え、フル装備だと大変だな」
「こっちの体力を減らす事が目的だったのだろうだが残念だったな。こっちはまだ余裕があるぞ。さて、覚悟してもらおうか」
息を整えながら大剣と盾を構える。
「出来るかね、俺は逃げてたんじゃなくてここを探してたんだよ。こっちの体力が尽きる前に見つかってくれてよかったよ」
将人は隅により角に背を向け『三体式』の構えを取った。マティアスがそれを見てウッと呻いた。この場所の厄介さに気が付いたからだ。隅によられると両側の壁が邪魔になって剣を横に振る事が出来なくなっていた。出来るのは上段から振り下ろす事と突きのみである。盾の衝撃波を起こそうにも、将人のアイアスは背後にあっても衝撃波を相殺する事が出来る。逃げる事が出来ないのに将人はマティアスを追い詰めていた。
「まさか、こんな封じ手があったとは………」
「こういった場所での戦いはむしろ慣れている。こういう所だと大剣は不利だぞ。短剣の方がよほど効果的だ」
将人は元の世界での事を思い出しながら言った。
かつて将人は実戦経験が豊富な空手家と戦う機会があった。『形意拳』の基礎を学びある程度の攻撃力を備えていたものの自分の直線的な攻撃では空手家には全く当たらず、最大の攻撃力を誇る蹴りを何発も食らっていた。逃げだした将人を空手家は追いかけてくる。袋小路に追い詰められた将人は、今のように角に背を向け構えると空手家は攻めあぐね、攻撃が出来なくなったのだ。偶然にも壁が空手家の最大の武器である蹴りを防いでくれたのだ。攻めあぐねている空手家は右足を高く掲げ、踵落としを繰り出すが、そんな大技より将人の『崩拳』の方が早さも攻撃力も上だった。空手家の腹部に将人の『崩拳』が入り、空手家は腹部を押さえ倒れたのだった。将人は追いつめられながらも勝利したのだった。
街中の戦いならこの経験が生かせると考え、将人は逃げながら袋小路となっている場所を探していたのだ。
「さて、どうする?」
将人の問いにマティアスが笑う。
「こんな戦い方があるのだな。『神剣』とはまた違った手強さだ、面白い! マサト、勝負だ!」