仙人VS暗黒、予選最終戦開始
王城の広場―――Aグループの予選の映像を見ていたマサリアは肺の中の空気を吐いた。周りで見ていた人たちはともに同じような反応を示す。緊張が解けたのかその場に座り込む人までいた。それはそうだろう、本気で殺そうという意志で振るわれる幾千の武器の中をゆらりと回避し、それだけで勝利をもぎ取れるなど規格外にも程がある。それにこの現場の光景を中継する魔法は高性能で音声も拾う事が出来る。だから将人たちの会話も中継されており、将人が魔法を使えない事も知られている。魔法を使わなくても勝つ事が出来る、これは魔法中心のこの世界では信じられない事だった。
「マサト…信じられない事するわね…」
この結果に頭がまだ追いついておらず、マサリアは呆然としていた。
「リアお嬢様、大丈夫ですか?」
エミリアが無表情ながら心配そうにエミリアの肩を叩く。
「エミは驚いてないの?」
「そんなことありませんよ、私も驚きで声が出ませんでした」
マサリアはエミリアの顔をまじまじと見つめる。
「そんな風には見えないのよねえ………ねえ、エミ、マサトはどうしてあんな無茶をしたんだと思う?」
マサリアはエミリアに疑問を漏らす。将人はこの予選が始まるまでの日々、こんな無茶な事をしていなかった。ここでどうしてそんな事をするのかと思うのは当然だろう。
「私にも分かりかねます。でも、マサト様は色々と模索しているのではないでしょうか? マサト様が挑むのはあの『神剣』! 戦う際は色々な引き出しがあって困るという事はありません」
マサリアが考え込んでいると後ろにいた初老の男性から声をかけられる。
「お嬢さん方はあの少年と知り合いなのか?」
「はい、冒険者でパーティーを組んでいます」
「先ほどの会話で彼は魔法が使えないと言っていたが、それは本当か?」
マサリアとエミリアは首を縦に振る。それを見て初老の男性は感嘆の息を吐く。
「魔法を使わずあんな神業をやって見せるとは空恐ろしい………しかし、今、対峙しているあの男はヤバいぞ」
「それはどういう……」
「あの男は前回の大会、決勝で『神剣』と剣を交わし、あと一歩というところまで追いつめた男だ。名はマティアス・ストレイン! 『暗黒』の二つ名を持つ男だ!」
初老の男性の解説に驚き、光球に視線を戻す。
「毎回どうして強敵と遭遇するのかな、エミ?」
「そういう星の元に生まれたんでしょうねえ、マサト様は………」
二人は将人の同情の面持ちで光球に映る将人を見ていた。
将人が振り返るとそこにいたのは予選会場に移動する時、隣の席に座っていた、漆黒の全身鎧、黒い大剣、漆黒の楕円形の盾を装備した黒ずくめの男だった。
「アンタだったか? この中になかったから早々にやられたのかと思った」
これは本当にそう思っていった事で悪意はなかったが、これを見ている者たちは肝を冷やす。聞く者によっては挑発、侮辱になるのだから。だが、黒ずくめの男はそんな言葉に乗らなかった。
「そんな訳ないだろう………俺は今年こそ『神剣』を倒すと誓った。技も力も鍛え、装備も整えた。今年は絶対に勝つ! 貴様にも『神剣』と戦う理由があるようだが、今回は諦めて道を譲れ。お前では『神剣』に勝てん」
「俺もそう思う。正直、上位に食い込めればそれでいいと思ってた。だけど泣きながら頼み込んできた人がいるんだよ。『神剣』を倒してほしい、救ってほしいとね。そう頼まれると断れる訳ないだろう」
「そうか……それならもう何も言うまい。後は剣で語ろうか」
「俺は剣持ってないんだけど」
将人は『三体式』の構えを取ろうとして動きが止まった。足元で全長二、三センチぐらいの黒い物体が幾千も蠢いていたのだ。将人は戦いを忘れ飛び上がり悲鳴を上げた。将人は元の世界でも台所に現れる黒いアレが苦手だった。
「何を慌てている。そいつらが魔法使いたちの使い魔だ」
よく見ると黒い物体は疲労困憊で動く事が出来ない出場者の下に潜り込み、持ち上げると地面を滑るように移動した。統率の取れた動きに感心するも、やっぱりアレを連想し寒気を催す。
(やっぱり、アレとしか思えん)
黒づくめの男が使い魔の一匹に声をかける。
「おい、使い魔よ。Aグループの出場者は後何人残っている?」
使い魔が粘土細工のようにグニグニと形を変え人型になる。そして将人と黒ずくめの男の二人を指差す。
「二人のみという事か?」
その問いに使い魔は頷く。
「それは重畳、誰にも邪魔されず戦う事が出来る」
黒ずくめの男は将人に視線を戻す。
「さっきの戦い、見事だった。思いもよらない強者はいるものだ。だが、俺相手に同じ事が出来ると思わん事だ!」
将人は頷き『三体式』の構えを取った。
「名乗っておこう、俺はマティアス・ストレイン! 『暗黒』のストレインだ!」
黒ずくめの男―――マティアスは盾と大剣を構える。それだけでマティアスの体が一回り大きくなったような錯覚にとらわれる。それに気圧されない様将人は『丹田』に力を籠めて名乗る。
「『形意拳士』マサト・クサカベ! 参る!!」
Aグループ予選、最終戦が今まさに始まろうとしていた。