仙人VSボスコブリン、嫁ちゃんの解放
将人は怒りで目の前が真っ赤になる。今までで最速の踏み込みでボスコブリンの間合いに入り、『崩拳』を繰り出す。そのままいけばボスコブリンの肉体に直撃しダメージを与えられるはずだった。だが、将人は自ら拳を止めてしまった。目の前に突然壁が出現、その壁にあるものに拳を当てまいと全力で止めたのだ。その為体が硬直してしまう。その隙を狙われ、ボスコブリンが壁の横からバトルアックスで攻撃をしてきたのだ。将人は両腕をクロスする。そこにバトルアックスの攻撃が来る。無意識であるが、一瞬『氣』をセロ鉄製のガントレットから放出し、防御壁を形成するが威力を殺しきれない。将人は石ころのように軽々と吹き飛ばされた。何回も地面を転がってようやく止まる。バトルアックスの攻撃を防御した両腕は痺れているが切断や骨折はない様だ。体中に痛みはあるがそれだけですんでいるようである。将人はゆらりと立ち上がり、怒りの目をボスコブリンに向ける。
「テメェ、また俺にマスターの奥さんに攻撃させようとしたな………」
将人とボスコブリンの間に現れた壁はタワーシールドであった。そこに括り付けられたマスターの奥さんに将人の『崩拳』が当たる様タイミングを合わせ防御したのだ。人質を取るなど他のモンスターにはない狡猾さは厄介だった。ただ怒りに任せて動くのは危険だと将人は自分を戒める。深呼吸をして頭に登った血を下げ、ボスコブリンを見据える。
(さて、どうする?)
将人はボスコブリンの戦法を考える。ボスコブリンはこちらの動きを読み、将人の正面のタワーシールドが向くよう調整をしてくる。そうする事でこちらが攻撃するのを躊躇させ、その隙にバトルアックスで攻撃を仕掛けてくる。身体能力はボスコブリンの方が明らかに上、タワーシールドを潜り抜けて本体を倒すのは難しそうだ。それならまずはそのタワーシールドを手放させる。将人の頭の中で作戦が決まった。
タワーシールドの向こうからこちらを見て嘲笑するボブコブリンに対してニヤリと笑って見せる。それを挑発と見たボスコブリンは雄叫びを上げてこちらに突進してくる。タワーシールドを構えたままのタックルだった。将人はそれを紙一重で躱す。ボスコブリンは両足を踏ん張り急停止し、再びこちらに向かて突進、将人の間合いに入り、バトルアックスを振り下ろす。将人はまたしても紙一重で躱す。将人はボスコブリンの攻撃を躱す事に専念する。躱し続けある攻撃が来る事を待っていた。そして、その攻撃がやってきた。ボスコブリンがタワーシールドを片手で振り上げる。そして力を籠めて振り下ろした。将人は振り下ろされたタワーシールドを躱し、ボスコブリンの内側に入る。狙うはタワーシールドを持っているボスコブリンの手元であった。ボスコブリンの手元に打撃を与え、シールドも持てない様にすれば、人質となっているマスターの奥さんを解放できる。そうすればこちらに勝ち目が見えてくる。
将人は『三体式』の構えから『崩拳』を打ち込んだ。だが、将人の『崩拳』は空を切った。ボスコブリンは将人の体に両腕を回し、持ち上げ、締め上げる。強力な力で締め上げられ、骨が軋む音が聞こえた。
(しまった!? ボスコブリンがタワーシールドを手放さないと勝手に思い込んでいた!? その考えに居ついてしまっていた!!)
将人はボスコブリンからタワーシールドを手放させる事に固執してしまった。その為、素手で攻撃してくる可能性を考慮していなかった。
(ドウスル、ドウスル、ドウスル!?)
将人は激痛に呻きながら考えを巡らせる。密着した状態、しかも持ち上げられ地に足がついていない状態では攻撃をする事が出来ない。中国武術は大地に足がついている状態で初めて力を発揮する。今の状態は致命的だった。『氣』の放出による攻撃は精神の集中が必要とする。今の状態では集中など出来ない。更に締め付ける力が強まっていく。視界が真っ暗になっていく。今度は懐かしい過去の光景など見えはしないだろう。
(ここまでか………)
諦めかけた時だった。ボスコブリンの背中の方で何かが割れる音がした。それと同時にむせ返るような酒の臭気が周囲に漂う。
「マサトを離しやがれ!!」
その声の主は短く呪文を唱える。その呪文で発生したのは小さな火であった。煙草に火をつける時や両炉を作る時に種火として使用する小さな火。だが、その小さな火はボスコブリンの背中で揮発したアルコールに引火し、ボスコブリンの背中を焼いたのだ。ボスコブリンは炎の高熱に耐えきれず、将人を手放し地面を転がり背中の火を消化しようとする。
「あいつだけに戦わせるな!!」
「俺たちの村を取り戻すぞ!!」
声を上げて広場に入ってきたのは村人だった。村人達は武器や農具を持ち、地面を転げまわるボスコブリンに武器を突き立てる。
「マサト、大丈夫か!?」
そう声をかけてきたのはマスターだった。
「俺の…事は…いいです…から…奥さんを………」
息も絶え絶えにマスターに訴える将人にマスターは笑って答える。
「もう助けたよ」
マスターの横には裸体を毛布で隠した奥さんが将人を心配そうに見ていた。
「よかった………」
将人は安堵した表情でマスターの奥さんを見た。