仙人、将人の起源2、復活
将人は土下座する自分を上空から見下ろしていた。将人はあまりの情けなさに頭を抱えた。これは将人が日下部家に引き取られてから約二ヵ月ぐらいの経ったある日の光景だった。このころ将人は早く日下部家の一員に、家族と認めてもらおうと躍起になっていた。
かつて将人は家族に生きる事に絶望し自殺までしようとした。だが、日下部誠一郎、結衣に救われた。救われた事によって欲が出たのだ。生きたいという欲が………現金な話である。
そういう理由から将人は誠一郎や結衣に積極的に関わり、家族の一員になろうとしたが空回りしてしまう。将人には色々と欠点があった。物忘れがひどいのだ。複数の事をやると必ず一つか二つは忘れる、忘れまいとメモを取ればメモの存在を忘れる、整理整頓が苦手、タイムスケジュールが苦手で学校にはよく遅刻する、空気が読めず、相手を怒らせる等挙げればきりがない。これが前の家族にも嫌われていた理由である。誠一郎や結衣は気にするなと言ってくれるし、こういう欠点をフォローもしてくれた。だが、それでもミスをしてしまう。料理をしていた結衣に「火を見ていて」と言われ、本当に見ていただけで弱火にしたり、火を止めたりしなかった為、料理を焦がしてしまったのだ。結衣は将人を責める事はなかったが、将人には大事だった。自分を助けてくれた人たちに嫌われる、捨てられる、そういう強迫観念に捕らわれた将人は土下座をした。
「ゴメンナサイ! 許してください! 捨てないでください! 家族でいさせてください! お願いです」
将人は必死に懇願した。焦げくさい臭いを嗅ぎつけてきた誠一郎も将人の土下座と言葉を聞いて呆れた様に溜め息をついた。
「将人、顔を上げろ」
誠一郎に言われ将人は顔を上げる。誠一郎が将人の前にしゃがむと、将人の頬に平手打ちをした。と言っても全く力が入っていない為、痛くはなかった。そして将人を抱き締めた。
「将人、お前バカだろ」
その言葉に将人は職を受ける、やはり嫌われてしまったかと、また捨てられてしまうのだと思ったら体が震えてくる。それを感じながら将人から体を離し誠一郎は言葉を続ける。
「失敗をしない人間なんてこの世にはいない。俺だって失敗するし結衣だって失敗する。この前の料理だってそうだろ。砂糖と塩間違えやがって………味見はちゃんとしろ結衣。お前の料理は五十パーセントの確立で失敗するから怖い」
「お父さん、今、そんな話しないでよ。そんなこと言うならお父さんが作ってよ」
自分の失敗談を話に出され結衣はムッとするが、将人がプッと吹き出すのを見て怒るに怒れなくなった。
「ともかくだ、俺たちはもう家族だ。失敗しても怒りは………訂正する。怒りもするが拳骨一発と説教ぐらいで許すから遠慮なく失敗しろ」
「ありがとうございます」
誠一郎が将人の額にデコピンする。
「家族に敬語は禁止!」
「でも………」
「まだ遠慮があるんだよな………将人がもう少し俺たちに馴染めたら教えようと思ったが逆だったな。明日から俺と結衣でとっておきを教えてやる」
「とっておきですか?」
頭をかしげる将人に結衣が抱き着く。
「ワッ!? 結衣さん!?」
さん付けされた事に結衣はムッする。
「さんじゃない、もう一度!」
「結衣…姉さん」
「よろしい」
結衣が笑顔を見せる。
「私とお父さんでケーキケンを教えるよ。ケーキケン」
「ケーキケンですか………おかし造りですか?」
「そんなわけあるかい!!」
誠一郎に突っ込まれた。
「俺たちが教えるものは先人の知恵や知識、技術や思いが詰まってる。誰よりも強くなりたい、大切な誰かを守りたい、その思いの中に将人を守りたいという俺たちの思いも乗っかるからな。祖言ったものを教えるからな。これから先、将人が一人になったとしても一人になれないからぞ。先人の、俺たちの思いが将人の体に宿るんだからな、覚悟しろよ!………それから結衣、ケーキケンじゃなくて『形意拳』だ! そんなに甘くはないぞ!」
「お父さん、ウマイ、サブトン一枚ね?」
「疑問形か!!」
二人の漫才を見ながらも将人の胸に温かいものが広がっていく。
(この人たちは俺の事ちゃんと家族として見てくれたんだ。それなのに俺は線引きして距離を取ってた。まだ家族になってなかった。情けないな、俺………この人たちに報いよう。ちゃんと家族になろう)
将人はじゃれ合っている二人に声を出さずに誓うのだった。
次の日、朝早くに叩き起こされ、ラジオ体操をして体を温めてから『形意拳』と『仙道』を教わる事になった。これが生涯に渡って学び続ける『形意拳』と『仙道』修行一日目だった。
(そうだった、こんな感じで『形意拳』、『仙道』の須堯がは始まったんだったな)
過去の光景を懐かしいと思いながら見つめているとまた周囲が暗くなる。目の前に広がる暗闇を見つめると別の映像が映し出された。それは将人と結衣との組手の光景だった。将人が『三体式』の構えから『崩拳』を繰り出す。結衣は『三体式』の構えから左足を右斜めに歩を進め『崩拳』を避け、すれ違い様に両手を広げ、掌で将人の腰を打つ。力の乗った一撃に将人はフペッという奇妙な声を上げる。将人は更に『劈拳』、『鑚拳』、『炮拳』、『横拳』と技を繰り出すも全て躱され、カウンターを食らわされる。痛いと思いつつもかなり手加減されている事が分かる。結衣も本気の一撃を将人は見た事がある。結衣の一撃を食らった相手は血反吐を吐いて悶絶したのである。痛いというだけで済んでいるのは結衣が本気でない証拠だった。
「そこまでっ!」
誠一郎の号令で将人と結衣の組手が終わる。結衣は縁側に向かい置いてあるタオルで汗を拭いているが、将人は歩く事が出来ず、その場にへたり込む。将人の攻撃は全て躱され、攻撃も受けていた為、体力が底をついたのだ。
「はい、マー君」
結衣がタオルとスポーツドリンクを手渡してくれた。
「アリ…ガト…ユイ…ネエ」
将人は息切れを起こし最後まで喋る事が出来ない。
「喋らなくていいから、早く飲みなよ」
将人頷き、スポーツドリンクを一気飲みする。乾いた喉に、五臓六腑に染み渡る。思わず、ふろ上がりの一杯の様な声を出してしまう。
「爺臭いな、若者よ」
誠一郎が将人に声をかけた。
「しょうがないよ、五臓六腑に染み渡ったんだから………」
「本当に今どきの若者か? もう少し表現を考えようぜ。それから結衣に打撃を受ける度に『フギッ』とか『ツペッ』とか奇声あげるのも出来ればやめてくれ。笑ってしまいそうで………」
「ウッサイ!」
将人は軽くつっ込んだ。将人は『形意拳』を教わるようになってから遠慮する事が無くなった。言いたい事は言うようになっていた。
「それはさておき、少し休憩したら『三体式』の構えを見せてくれないか?」
「変なところがあった?」
「攻防に入ると雑になってた。変なクセがつくとよくない。早めに矯正しとかないとな」
「だったら……」
将人はふらつきながらも立ち上がり、『三体式』の構えを取る。それを見て誠一郎が気難しそうな顔をする。
「何かおかしい?」
「おかしい」
誠一郎は即答し、将人の『三体式』のおかしい所を矯正していく。色々言われ、自分の『三体式』はまだまだだと反省する。矯正を受けると体に不思議な流れの様なものを感じる。『氣』が僅かにだが循環しているのが分かる。
「『氣』の流れを感じるだろう? その状態で『崩拳』をやってみろ」
将人は頷き、『崩拳』を繰り出した。繰り出した拳が過去の光景を打ち消す。そして目の前に広がる暗闇に亀裂を入れる。亀裂から光が漏れはじめ、その光に押され亀裂が広がり、暗闇は光に駆逐された。
将人は目の前に広がっている光景を見て呆然としていた。将人は何十体というコブリン、コブリンソルジャー、コブリンソーサラー、オークに取り囲まれていたのだ。正面には一体のコブリンが倒れていた。自分の体の状態を見て、自分が『崩拳』を繰り出したのが分かった。
「俺がやったのか?」
将人はガントレット越しに自分の拳を見る。夢と現実がリンクしていたのだろうか。もしそうなら、自分の中で感じていた歪みは矯正出来た筈である。それなら戦えると考え、将人は『三体式』の構えを取る。すると『氣』が体を循環しているのが感じられた。その力強い循環に笑みがこぼれる。誠一郎や結衣との絆が感じられ、将人は歓喜した。