仙人、膝詰め説教を受ける
コブリンソルジャー、コブリンソーサラーとの闘いの後、将人たちはウルバー鉱山へ入るのを中止し麓の村に戻ってきた。先頭を歩くファテマは終始無言だった。マサリア達は雰囲気で、将人は気配でファテマが怒り心頭なのが見て取れた。
将人たちが拠点としているのはこの鉱夫の村唯一の酒場兼宿屋である。男性用の部屋を一室、女性用の部屋を二室とっており、将人たちは女性用の部屋に集められる。将人、パウラ、ウェルは部屋の真ん中で正座していた。ファテマが三人の正面に椅子を置き、足を組み、腕を組んで座っている。
「お姉ちゃん、私まだ鎧を脱いでないんだけど………」
パウラの訴えにパウラがニコリと笑う。
「だから、何」
容赦がなかった。パウラが泣き顔になりながら正座する。脚甲は打撃や斬撃などから身を守ってくれるが自身の体重、鎧の重量がかかれば足にかかる負担は馬鹿に出来ない。まさかの拷問器具である。
「うう、痛いよ………」
パウラが苦痛に顔を歪める。ファテマの後ろでマサリアとアベルドが気の毒そうに見ていた。エミリアは相変わらずの無表情だが、雰囲気的には同情しているように見える。将人やウェルは脚甲などの装備はない為、まだ負担が少ないがそれでも足が痛くなってきていた。十分ほど沈黙が続く。足の感覚が消え始めていた時、ファテマがようやく口を開く。
「さて、マサト君、パウラ、ウェルさん、アナタたちがどうして正座させられているのか分かりますか?」
「ウェル、ワカンナーイ」
ウェルが悪ふざけでそんな事を言った。その途端、空気が凍った。ウェルにみんなの視線が集中する。その視線はアンタ何言ってんのと言っていた。
「………ウェルさん、アンタ本気で言ってます?」
ファテマの引きつった笑顔のまま問う。それに対し、ウェルがテヘペロをする。その態度がファテマの怒りに油を注ぐ。
「ならば、言わせてもらいましょうか………ウェルさん、アンタバカですか!!」
ファテマに遠慮はなかった。
「アンタ、冒険を何だと思ってる! 上級下級関係なしに油断すれば死に直結するのが冒険者です。なのにアナタのその恰好は何ですか! そんな防御力のない、男を誘惑するようなそんな恰好でモンスターがうろつく鉱山に入ろうだなんてふざけてるとしか言いようがない!」
「遠慮がないっすねえ」
「当たり前です………アンタの悪ふざけのせいでこっちにまで被害を被るのは御免被ります。あんな格好でまた鉱山に入ろうというのなら、私たちはこの依頼辞退します。あなた一人でこの依頼を受けて下さい! そして勝手に死んでください!!」
将人たちはぎょっとしてファテマを見た。ファテマはウェルの目をじっと見る。二人の視線が火花を散らしていた。将人たちはゴクリと唾をのむ。先にウェルが視線を逸らした。
「しょうがないっすね、分かったっすよ。今度は悪ふざけなしで鉱山に入ることを約束するっす」
「当たり前です。今度、そんな事をしようとするなら容赦しませんよ」
「怖いっすねえ」
ウェルがのんびりとした口調で言う。ファテマは溜め息をつきつつ、パウラを見る
「次はファテマ」
「ヒャイ」
パウラが半な声を上げる。何を言われるのかと思うと体が震える。顔色も悪くなっていく。
「パウラ、アンタ何やってるの。そりゃあ大好きなマサト君が他の女の色香に惑わされてるんだもの、心中穏やかって訳にはいかないのは分かるよ………でもね、だからって仲間に剣を振るうってどういう事!!」
「ゴ、ゴメンナサァ~イ!!」
ファテマに一気に捲し立てられ、パウラが涙を流しながら謝る。
「アンタはウェルさんを引きはがしたかったんだろうけど、マサト君には治癒魔法が効きにくいんだよ。そんな相手に剣を振るってケガさせたらどうするの!? マサト君はモンスターと戦って死ぬ覚悟はしてると思うけど仲間に殺される覚悟はしてないよ。大体にしてアンタは戦い方が間違っている」
「どういう事?」
パウラが涙を拭きつつ、ファテマに聞いた。
「ウェルさんの爆乳には私たちの誰もが勝つ事が出来ない! マサト君みたいな真面目な男じゃ惑わされて当然。そっち方面じゃどうやっても勝つ事が出来ない! それは事実として受け止めるべき! ならどう戦うか? パウラ、アンタは十二才の少女でありながら大人の容姿を備え持つ美女でもある。子供でありながら大人と言うそのギャップで攻めるべきだよ。子供の特権を駆使してマサト君に甘えて抱き着いてごらんよ! パウラちゃんはまだ子供だからと思いつつも体の感触や体温を思い出してムラムラする事間違いないよ!!」
いつの間にか説教ではなくアドバイスになっていた。パウラはファテマの話に興味津々だった。
「何か話が変な方向に行ってないっすか?」
ウェルに言われファテマはハッとし、コホンと咳をしてごまかす。
「パウラ、アンタ誓いなさい! 冒険中は私情を挟まない、恋の鞘当ては冒険が終わってからにすると………分かった!」
「わかった、誓うよ。お姉ちゃん、アリガトウ」
パウラがにっこりと笑った。
「説教してるのに感謝されても困るって………さて、最後にマサト君だけど」
ファテマが将人を見る、将人は背筋を伸ばし言葉を待つ。
「マサト君、君が一番無様だったよ」
ファテマの辛らつな言葉が将人の胸に突き刺さった。一端、怒りが収まった様に思ったがそうではなかったようだ。
「そりゃあ、事前にウェルさんに色々やられてたよ。心穏やかではなかったのは分かる。だからってスタスタいって拳を繰り出すって何も考えてない素人の動いだよ。あんな戦い方すると死ぬよ。あんな無様を晒すなら冒険者辞めた方がいい。旅をするなら冒険者じゃなくても出来るんだしね」
ファテマの指摘に将人は短く「………すみません」としか言えなかった。気落ちした将人を見てファテマは深くため息をつく。
「パウラにも言ったけど冒険中は私情は挟まない、これは誓ってね」
「分かりました、誓います。もう二度と同じ失敗は繰り返しません」
「それならヨシ! 失敗は成功で補うしかないからね、明日は期待してるよ」
ファテマに肩を優しく叩かれる。将人はそれに頷く。
「さてと、ウェルさん、あなたの装備を見せてもらいますよ」
いきなりファテマに話を振られウェルはきょとんとする。
「へ? どうしてっすか?」
「ウェルさんの事、上級冒険者だからと信用しすぎてました。今日みたいな事を待たされると困るので今のうちに装備を確認させてもらいます」
「ちょっとはこっちを信用してほしいっすよ。それに今足がシビレてて動けないっす………」
「それが狙いですから」
「ちょ、ファテマさん。アンタ、実はSっすか?」
「どうでしょうねえ」
ファテマはウェルの襟首を掴み引きずって部屋を出て行った。ウェルは引きずられる度、足に走る痺れに声にならない悲鳴を上げ悶えていた。