閑話 仙人、紅葉模様を飾る、『神剣』の謝罪
将人が目を覚ますと最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。
「俺、どうしたんだっけ………」
寝起きでぼんやりした頭に血液を送り思い出す。そして『滅び』の石に憑りつかれたアルマとの闘いを思い出す。
「あれは夢だったのか? まさかの夢落ち………」
自分が今どこにいるのかを確認する為、上半身を起こす。そして、自分がふかふかとした寝心地のいい高級な寝台に寝かされている事が分かる。アイアスが将人が起きたのに気が付き、こちらに近寄ってきた。
「オハヨウ、アイちゃん。ここは………昨日通された客間か? あれ、ちょっと待って!?」
よく見ると家具や調度品に破損が見られる。ひび割れなどまだ可愛い方で完璧に破壊されているものがある。それらが床に散らばり悲惨な状況になっている。
「アイちゃん、俺がやっちゃったのか? 昨日の事が夢だったとしたら………逃げよう!」
将人は寝台から降りる。アイアスを持って客間の出口に向かう。出入り口のドアのノブに手をかけようとした時、ドアが自動で開く。ドアノブを掴むはずの右手は空を切り、奥の方に手を伸ばしてしまう。伸ばした右手が何か柔らかいものに触れる。その心地の良い柔らかさをもう少し味わいたくなり、二、三度揉みしだいてしまう。
「マサト………アンタ、何してくれてるのよ!!」
将人は声が聞こえた方向を見ると、マサリアが羞恥と怒りの表情を浮かべている。体が震え、右手を振り上げている。将人はマサリアの胸を握りしめ、揉みしだいていた。
「あの………ゴメンなさい」
「さっさと手を離しなさい!!」
マルテナの平手打ちを食らい、将人は派手に吹っ飛んだ。いい角度で入った平手打ちは将人の意識を刈り取った。
気絶から目覚めた将人は謁見の間に向かった。そこには昨日と同じように、王座にアルヴァール、アルマ、マルテナが座っている。王座まで続く赤い絨毯の左右に騎士が並んで立っていたが今日はいなかった。昨晩の重力倍加の魔法で被害が出ており、その対応に出払っている為だった。アルヴァール立ちも被害の対応に出払っていたが、将人が目覚めた事を聞き戻ってきたのだ。
将人たちは王座の前まで来き傅こうとするがアルヴァールに手で制される。
「今は家臣がいないのだから楽にしてくれいい」
将人たちそう言われ、傅かず立ったままになる。
「しかし………両頬に紅葉模様とは。片方はアルマのものだが、もう片方は誰が飾ったんだい?」
「私です………」
マサリアが手を上げ、事情を説明する。胸を揉まれた辺りで口ごちるが、エミリアが補足説明する。聞こえないよう大声を上げながらエミリアの口を塞ぐ。そのシーンを含めて、アルヴァールとマルテナに大笑いされた。
「マサトは喜劇役者の素質があるのう」
「リアルでラッキースケベが拝めるとは長生きするもんだ………さて」
アルヴァールがひとしきり笑うとアルマの方を見る。今までの親しみのある表情から一転して真面目な顔になる。アルマはアルヴァールの視線を避けるように下を向く。心なしか震えているようだ。
「アルマ、俺が何を言いたいかは分かっているな?」
「えっと、その何でしょう………」
アルマのその答えにアルヴァールが溜め息をつく。
「将人君の顔を見ろ。紅葉模様の片方はお前が付けたものだ。命がけで助けてくれた相手に感謝もせず平手打ちとは何事だ! 命の恩人に無礼を働くような教育はしてないぞ、俺は………こういう時、どうすればいいか分かっておるだろう」
アルマは逡巡しマルテナを見るが、肩をすくめるのみだった。
「分かっておるよな」
アルヴァールにさらに睨まれ、アルマは逃げれない事を悟る。王座から立ち、将人の前に立つ。アルマはリ両ひざを付き、手を付き、頭を下げた。アルマは土下座をしたのだった。
「ここまでしなくていいですよ。止めさせて下さい!」
アルヴァールが首を横に振る。困った様にアルマを見る。土下座というのは謝罪に使われるのはもちろんだが、こういう行為になれてない人間にとっては暴力的なものであった。
(謝るのに土下座までするなよ………)
困り果てた将人は、しゃがみ込みアルマに頭を上げるように即す。
「ここまでしなくてもいいですよ。お願いですから頭を上げてください」
アルマが頭を上げる。そしてアルマが見せた表情は笑顔であった。清々しいのに何故か怖い笑顔だった。
「どうもすみませんでした」
言葉の一つ一つに殺気が乗っているようで背中に寒気が走る。王族の、それも最強の剣士として名高い『神剣』が一冒険者に土下座までさせられるのだ。プライドを痛く傷つけられるのだから、それをさせる相手を恨むのも当然だろう。
顔を引きつらせながらアルヴァールを見ようとするが、アルマが視線で制する。その視線が、父さまに何か言ったら分かってるだろうなと言っていた。
「分かりました。アルマ様がそこまでされるのでしたらこちらとしては何の遺恨もありません」
将人はそう言うより、この状況を収める方法が思いつかなかった。