仙人、膝枕をしてもらう、『神剣』登場
将人の後頭部に柔らかい感触があった。しかもいい匂いもする。気持ちのいい枕だと思ったが、もう少し位置をずらしたい、そう思って右腕を伸ばし、柔らかいものに触った。その感触が気持ちよく二、三回揉んでしまった。
「キャァァァァァァァーーーーー!!」
凄まじい金切り声と同時に顔面に強烈な打撃を受ける。何事と思いながら、腹筋で上半身を起こし辺りを見回すと、マサリアが数メートル後方でぺたりと座り込み、こちらを涙目で見ていた。何があったのか聞こうかと思ったが声を出す事が出来なかった。何者か背後にに回り、タガーを首筋に突きつけられていたからだ。
「………マサト様、リアお嬢様に何をしてやがりますか?」
「後ろにいるのはもしかして、エミさんですか? 口調が少しおかしいですね、どうしたんですか?」
「どうしてこうなったのか、ご自分の胸にお聞きください」
将人は胸に手を当てて考えてみる。
「すみません、よく分かりません」
首筋にタガーをより強く押し付けられ、皮膚が少し切れる。血がうっすらと流れているのが感触で分かる。
「エミさん! ヤメテ、少し切れてる、シャレにならないって!!」
将人が慌てるのを見て、エミリアは離れた。
「いいですか、マサト様。リアお嬢様の膝枕に興奮して、欲情の赴くままにお尻を揉みしだく何て許しません。そいゆう事をするのはリアお嬢様と正式にお付き合いをなさってからにして下さい」
「エミ、アンタ何言ってんの!!」
マサリアがエミリアの襟首を掴み、ガクガク揺さぶる。それを尻目に将人は後頭部と手に残ってる感触を思い出す。
(後頭部に残ってるのがリアのフトモモで手に残っているのは………)
将人は自分の右手を見て、ワキワキする。思わず鼻の下が伸びてしまう。マサリアがそれを見て、顔を赤くして将人の右手を思いっきり叩いた。
「アンタ、今、何思い出してたの! 私の………の感触思い出してたでしょう! このヘンタイ! ヘンタイ! ヘンタイ!」
マサリアの剣幕に将人はタジタジになり、土下座する。
「マジ、スンマセンでした!」
将人が土下座をしたのを見て、マサリアは溜飲を下げる。
「もういいわ、それより………私の………の感触を思い出して変なことしてたらもう…ひどい事するからね!」
何をされるのか分からないが、怖いので将人は即座に「ハイ!」と答えた。
「それより、今どういう状態なんだ?」
「ああ、それはね………」
マサリアの説明によると、スカーとの勝負が終わった直後、将人が気絶したため、マサリアとエミリアが残り将人を看病、ファテマ、パウラ、アベルトは砦に戻りマルテナの捜索をしているとの事だった。
「スカーはどうなったんだ? 姿が見えないが………」
「逃げました」
エミリアが即答した。
「は? 逃げた?」
将人は間抜けな返答をする。
「マサト様の戦いの後、スカーが何事もなかったかようの起き上がって、「いい勝負だった、またやろう」と言い残して森の中に消えました」
将人は『形意拳』という武術の技の中で『崩拳』は特に修練しており、精度、威力共に自信があった。今回は爆発呼吸という新たな技術を用いて技の威力を倍増させてある。さらにスカー自身の突進力も加わり、その威力は形容しがたいものになっているはずだ。それだけの威力がある『崩拳』を食らってすぐに起き上がれるとは将人には信じられなかった。
「マサト、大丈夫? まだ、具合が悪いの?」
マサリアとエミリアが心配そうに将人の顔を覗いていた。考え込み、ボンヤリしていたようだ。
「ゴメン、大丈夫だから。とりあえず、もう危険はないようだからノンビリ出来るな」
将人はその場に座った。戦いの疲労がまだ抜けきっていないのだ。少しでも休憩がしたかった。
「マサト………」
マサリアが将人の隣りに座り、自分のフトモモをポンポンと叩く。訳が分からずキョトンとしていると、マサリアはさらに自分のフトモモを叩く。将人はしばらく考えて、ようやくマサリアがやろうとしている事が分かった。分かるととてつもなく恥ずかしいのだが、マサリアの勇気を無下にする事は出来ない。
「失礼します」
将人はマサリアのフトモモに頭を乗せた。
「結構なお手前で」
「何言ってるのよ」
マサリアにぺしりと頭を叩いた後、頭を撫でる。誰かに頭を撫でられるのは気持ちがよく、将人の顔が思わず緩む。つい先ほどまで戦っていたとは思えないのんびりとした空間は空気を切り裂く音に切り裂かれる。
「何だ、この音?」
将人たちは立ち上がり、マサリア、エミリアが将人の左右に着き、警戒する。キィィィィンという音が周囲に響いたと思ったら、空から何者かが降りてきた。白い光に覆われたその人物を見て、将人はこう思った。
(〇悟〇だよ、これ。でも、この人男性じゃなくて女性だよ。それならビー〇ルか?)
バカな事を考えながら女性を凝視する。肩の辺りで切り揃えられた銀髪、気の強そうな碧眼、マルテナをあと五、六年成長させればこのようになるのではと思わせる容貌、マルテナの血族と思われるがマルテナとは決定的に違う所があった。その女性の気配、それが人のものとは思えない、目の前にいる女性がドラゴンだと言われても信じてしまいそうだ。
その女性が眼の前から突然消える。将人の背筋に寒気が走る。その感覚に突き動かされ、マサリアとエミリアの手を掴み、全力で前に飛んだ。バランスを崩し三人は倒れる。次の瞬間、将人たちが立っていた空間を女性が持っていた長剣で横一文字に振りぬいていた。何もせず突っ立ったままだったら、将人たちの上半身と下半身は永久に離れ離れになっていただろう。
「………これは驚きました。私の初撃を避けるとは」
女性は将人の反応に少なからず驚いていた。
「それだけの強さがあるのに、犯罪に手を染めるとは………残念です」
女性が長剣を構える。将人体を手を上げて降参の意志を示す。
「俺たちはマルテナ様に雇われた冒険者です。こちらの実力不足でマルテナ様を連れ去られてしまいました。でも、マルテナ様を捕まえた野盗はもういません。砦に捉えられているマルテナ様は、俺たちの仲間が捜索しています。すぐに来ると思いますので、待っていてください」
将人が早口で事情を話す。女性はしばらく考え込み、長剣を腰の鞘に納める。
「いいでしょう。あなたたちの言葉を信じましょう。でも、その言葉が嘘だったときは………」
「肝に銘じます!」
将人は敬礼する。そんな会話をしている時だった。ファテマたちが戻ってきた。パウラがマルテナをお姫様抱っこで運んでいた。女性がマルテナに気が付き、砂煙を巻き上げながら駆け寄った。
「マルテナ!!」
女性の顔が心底ほっとした表情になる。
「………おお、姉さま。久しいのう」
やや、力無げにマルテナが答える。
「いい加減、その喋り方はやめなさいと言ったではないですか………無事ですね。安心しました」
「あのう、マルテナ様。その人がお姉さんという事は分かるのですが、俺はお姉さんお名前を知りません。紹介してもらえますか?」
将人の疑問に全員がギョッとする。
「私、結構な有名人のつもりだったのですが知らない人がいるのですね………」
女性は少し傷ついているようだ。
「マサトよ、お主『神剣』を目の前にしてその言い様、度胸があるのう………まあよかろう、この女性はこの国の第一王女にして、この国最強の剣士『神剣』アルマ姉さまじゃ」