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反省時によくある風景

 やってしまった……。

 ベルンハルトは深く反省する。騒ぎを起こすつもりなど無かった。目立たず静かに卒業まで普通に過ごすはずだったのに……。

 グインが負けるまでは問題無かった。元々グインが仕掛けた戦いだし、負けたとしても別に命に別状があった訳でも無い。あのまま終わっていれば何も問題は無かったのだ。

 なのに……。罵倒までは我慢出来た。だけど、足蹴にされるグインを見て怒りが一気に湧いた。

 グインは名乗りを上げ、正々堂々と手合せを願い出たのだ。その相手に対してあの態度は余りにも目に余る物だった。

 何より、自分の仲間が辱められている所を見て黙ってなど居られなかった。

 

 そして、気が付いたらやらかしていた……。


 冷静に対処出来ていればもっと目立たず穏便な方法もあったはずだ。なのに何故僕は……。


 ベルンハルトは自分の感情制御の甘さを嘆く。あの時のベルンハルトの心には、”こいつぶちのめす”しか無かったのだ。

 

 自分の沸点がこんなに低かったとは……。ベルンハルトは深く溜息をつく。


「ベルンハルト君……、ベルンハルト君……、ベルンハルトぉぉぉぉ!」


「……は、はい!」


「君ねぇ、お説教の最中に考え事とかいい度胸してるね」


「い、いえ。すみません」


 そう。今ベルンハルトは生徒指導室でお説教の真っ最中だった。

 目の前には仁王立ちするアイーシャ教師がおり、ベルンハルトと最初に騒ぎを起こしたクラスメイトのベンが床に正座して座っていた。

 他の関係者は、ディルクは怪我の治療で保健室に直行、グインはそもそもここに呼ばれてもいなかった。

 アイーシャ教師曰く、双方合意の上での手合せは冒険者学校的に何の問題も無いとの事。

 ちなみにグインは脳震盪を起こしていただけで、かすり傷一つ無い。

 昔から頑丈さには自信があると笑って自慢するグインを見た時、ベルンハルトはこんな事なら怒る必要無かったんじゃないか? と疑問に思ったものだ。

  

「さて、お説教を続けるけど、まずベン君」


「はい……」


「手合せをする事自体に問題は無いの。グイン君にも言ったけど、ここは冒険者を育成する所だから、そういう荒っぽい事には寛容、いえ寧ろ推奨しているわ。でもね、その経緯には問題がある」


「で、でも彼奴に僕達は酷い事を言われて……」


「だから何? 言っとくけど、アレはまだマシな方だからね」


 自分のクラスの生徒では無いとは言えアレ呼ばわりとは……。ベルンハルトは教師らしからぬアイーシャの言動に驚くと同時に、やっぱり彼奴は教師陣にも問題生徒扱いされてるんだなと納得する。


「世の中にはアレより酷い奴は山ほどいるし、そいつら全部に君は喧嘩を吹っ掛けるつもりなの?」


「そんな事は……」


「私は魔力を持たない人を差別する気は無い。だけどね、世の中には変な優越感とか持った連中が星の数ほどいるの。そんな連中をいちいち相手にしてたら、貴方早死にするわよ」


「…………」


「いい事。何を言われても笑って相手にしない。仕返しするなら頭を使う。そういう器用さを学びなさい。あんな馬鹿は煽てておけばいいのよ。裏で痛い目に遭わせるのは簡単なんだから。何せバカだから。何もこっちまでバカの相手になる必要は無いの。解った?」


 何だろう、お説教にしては問題発言が多いような気がするのは僕の気のせいだろうか? そう思うベルンハルトだったが、不思議とアイーシャ教師に対して好感が持てた。


「ねぇベン君。魔力を持つ人間は魔力を持たない人間より優れているか? 答えは、いいえよ。確かに戦闘において魔法使いは大きな力を持っているし、正面から戦ってはまず勝てない。でもね、それは相手と同じ戦い方をするから勝てないの。さっきも言ったけど頭を使いなさい。魔力なんて一つの個性に過ぎないわ。魔力という個性が無いなら、他の個性を磨きなさい。手先の器用さ、知識の豊富さ、ユーモアのセンスでもいい。魔力が無くても磨ける技能は山の様にあるんだから、貴方はそれを見つけなさい。前衛剣士科はそういう教室よ。覚えておきなさい」


 アイーシャ教師の言葉にベルンハルトは感銘を受ける。

 自分今いい事言った。とドヤ顔さえしていなければもっと感動出来たのだが……。


「すみませんでした。以後気をつけます」


 ベンの言葉は心の底からの謝罪に思えた。それだけアイーシャ教師の言葉には力があったのだ。見るとベンの目には薄らと涙が浮かんでいる。もしかしたら、ベンは他にも魔力が無いという事で辛い思いをした事があったのかもしれない。


「良い返事ね。これからの君に期待するわ。じゃあ、ベン君はもう教室に戻って良いわよ」


 ベンが生徒指導室から出てゆきアイーシャ教師と二人きりとなる。

 

「さて、ベルンハルト君。実は君が一番問題なのよね……」


「ぼ、僕がですか!?」

 

 アイーシャ教師の言葉に納得が出来ないベルンハルトは思わず声を出す。


「納得出来ないって感じね?」


「だって……、その、確かに僕も自分が悪くないとは思っていません。でも……」


 そう言ってベルンハルトはふと先ほどのアイーシャ教師の言葉を思い出す。


「それに、手合せをする事自体に問題は無いって、さっき先生が言っていたじゃ……」


「やり過ぎ」


 アイーシャ教師の一言にベルンハルトは口を紡ぐ。


「彼のアバラが四本程折れてた事はまあ良いとして」


「良いんですか?」


「手合せでそれぐらいの怪我は普通だし、治癒魔法もあるしね」


「じゃあ、一体何が?」


「目よ」


「目?」


「君の歳であれだけ殺意のこもった目が出来るって、少し異常よ」


「ちょ、ちょっと待って下さい。僕はそんな気は」


「昔ね、先生の知り合いにあんな目をする人が居たんだけど、今は国の施設のお世話になってるわ。多分後十年位」


「いや、そう言う人と一緒にしないで下さい。僕は普通に穏やかな毎日が送りたいと思っている人畜無害な人間です」


「彼もそんな事言ってたわ。言動までそっくりね」


「アイーシャ先生!」


「とまあ冗談はさておき、君の殺意にディルク君は怯え捲くって暫く精神的に不安定だったそうよ」


「そ、それは……」


「あの時君は目の前に蹲るディルク君を虫けらぐらいにしか見て無かったんじゃない?」


「そんな事はありません!! そんな事は……」


 ベルンハルトは思わず声を荒げて否定する。だが、かつてシェル母さんから言われた言葉がベルンハルトの脳裏によみがえる。


「ベル坊よ。お前さんのその強大な力は、容易く周囲の者を虫けら以下に感じさせるじゃろう。かつて強大な力を持った魔人の多くがそのせいで道を誤り、多くの者達に不幸を撒き散らして死んでいった。お主は決してそうなってはならんぞ」


 あの時ベルンハルトは性質の悪い冗談と一笑に付していた。考え過ぎだ、僕は人を虫けらだなんて思った事は一度も無いとそう答えたのだ。

 

「僕は……、決して……」


 ベルンハルトの声が震える。あの時僕はそんな事は少しも考えて無かったはずだ。確かに怒りに我を忘れたとは思う。だけど、殺してやりたいだなんて思っていなかった……はずだ……。

 でもあの時……。僕は彼奴の事をどう思った?

 ベルンハルトは今まで不機嫌になる事はあっても、怒りを感じた事は無かった。それは自分の心が穏やかだからと考えていたが、単純に周りの人間に恵まれていただけなのかも知れない。

 今日、初めてあのような人間を目の当たりにし、ベルンハルトは怒りと、そして何とも言えない気持ち悪さを感じたのだ。

 あの時自分はあいつを殺してしまいたいと考えただろうか? こんな気持ち悪い人間は消してしまえと考えただろうか?

 正直な所、怒りに我を忘れていたのであの時の気持ちを覚えていない。

 寧ろ傍から見ていた他の人間の方が良く見えていたのではないか?  

 考えれば考える程、怒りに囚われていた自分の心の闇が見えて来るようで、ベルンハルトは自分自身が恐ろしくなってきた。


「ごめんなさい、少しきつく言い過ぎたわね」


 アイーシャ教師は震えるベルンハルトを落ち着かせるよう優しく抱きしめる。アイーシャ教師の柔らかで暖かなぬくもりはベルンハルトの心を落ち着かせてくれた。


「私はね、あの場に駆けつけて最初に君を見た時、あ、この子危ういな。とそう感じたの。冒険者になれば日常的に戦う事になるし、場合によっては相手の命を奪う事だってある。私だってかつて冒険者をしていた時に誰かの命を奪った事があるわ。でも感情に流されてはダメ。そんな事をしていたら、いつか貴方は息をするように人を殺せる人間になってしまうわ」


 アイーシャ教師の胸に抱かれながらベルンハルトはその言葉を心に刻む。


「でもね、貴方が仲間を思って怒った事については褒めてあげる。冒険者にとって仲間は命の次に大切にしなければならないもの。貴方は冒険者として大事な事をちゃんと理解しているわ。後は心を鍛えなさい、良いわね?」


 彼女のような教師に出会えた幸運に感謝しながら、その胸から少し涙目をした顔を離すとベルンハルトはハイと返事をする。


「良い返事ね。これからの君に期待するわ。じゃあお説教は此処までね」


「はい。有難うございました。以後気をつけます」


 ベルンハルトはそう言ってその場を立ち去ろうとすると。


「こらこら、何処に行くつもり? 話はまだ終わってないわよ?」


「? 今お説教は終わったって言いませんでしたか?」


「ええ、お説教は終わったの。これからは尋も……、いえ質問の時間よ」


 今尋問って言いかけたんじゃないか? ベルンハルトはジト目を向ける。

 だがアイーシャ教師に慰められた借りもある為、嫌という事も出来ずベルンハルトは勧められるまま部屋の奥にあるソファーへと向かう。すると驚いた事にそこに女の子が一人座っていたのだ。


「き、君は? 何時の間にここに?」


 確かにこの場所は今までベルンハルトが居た場所からは若干の死角にはなっているが、それでも全く気配を感じる事が出来なかった事に驚き戸惑う。


「初めから居たわ」


 それがどうした? と言わんばかりの態度の少女にベルンハルトはあっけにとられて何も言えなくなる。


「シーリン! また入り込んでいたのか!」


「若い女教師、性欲を持て余している男子生徒、密室。事件の匂いがプンプンするわ……」


「せんわ! 鼻が可笑しいんじゃないか!」


「そして今話題沸騰の生徒……」


「それって僕の事ですか?」


「魔力を持たない貴方が魔法使いを倒した事、今この学校中で噂されてるわ」


 覚悟はしていたのだが、改めてそう言われて湯鬱になるベルンハルト。目立たない様に生きようとの決意が僅か数週間で破たんした事にがっくりと肩を落とす。


「さ、二人ともそんな所に立ってないで座ったら?」


「何だか当たり前のように仕切ってますけど、この人は一体誰なんですか?」 


「……この子はシーリン・クレープス。後衛魔法使い科の三年生よ」


「クレープスって」


「ええ。私の妹でもあるわ」


 アイーシャ教師が何だか色々と諦めた声色でそう言うと、シーリンはあまり感情が籠ってない声色でよろしくー、と自分の目の前で横ピースをして挨拶をしてくる。先ほどからのしゃべり口調から、元々彼女はこんなしゃべり方なのだろう。


「シーリン……」


 アイーシャ教師はシーリンを追い出そうとしたのだが。


「私も姉さんと同じ事を聞きに来たのだから同席した方が効率がいい。どうしても邪魔だと言うなら出て行くけど、それなら私は彼の家に取材に行く事になる。可愛らしい女生徒、性欲を持て余した男子生徒、密室。事件の匂いがプンプンするけど構わない?」


 胸を腕で隠すような姿勢でしなを作りながらシーリンは言う。

 綺麗な茶色い髪に整った顔立ち、スタイルも悪くなく確かに可愛いと言える彼女だが、その平坦な口調が色気を台無しにしていた。 


「事件の匂いなんか全然しませんけど、この人が家に押しかけてくるって言うのは不安しか無いんですが……。あと取材ってどういう事ですか?」


「シーリンは新聞部の部長でもあるのよ」


 ベルンハルトの問いにアイーシャ教師が答える。つまりシーリンはベルンハルトの事を記事にする為にやって来たのだ。


「そう言う事。さあ、二人とも座って話をしましょう」


 完全に主導権を取られたアイーシャ教師ははぁと溜息を一つつくとシーリンの横へと座る。ベルンハルトも今更出て行く訳にもいかず、また逃げたとして本当に家まで押しかけられても困るので仕方なく対面へと座った。


「ベルンハルト君。私達が聞きたい事は多分もう解ってると思うんだけど」


 最初に口を開いたのはアイーシャ教師だった。このまま主導権を握られっぱなしは教師として不味いと思ったのだろう。だがシーリンも黙って聞き手に回っているあたり、その辺りの空気は読める様だ。


「貴方、何をしたの?」


 アイーシャ教師は端的に質問をしてくる。


「何をとは?」


 ベルンハルトは取り敢えずとぼけてみる。別段師匠の名前さえ隠す事が出来れば、何をしたかを話しても構わなかったが、一応今の自分にとっては唯一の奥の手でもある為、隠し通せるならそれに越した事は無いのだ。


「……はぁ。つまり、魔力を持たない貴方が、どうやってディルク君のアバラをへし折ったかを聞いてるの」


「ディルクが僕を侮って防御が疎かになっていたと……」


「いう事は無いわ。彼がしっかりと防護障壁を展開していた事は周囲の見学者から確認してるし、貴方の剣がその障壁に食い止められた事も聞いている。でも彼のアバラは折られた。どういう事かな、ベルンハルト君?」


 終始笑顔で質問をしてくるアイーシャ教師の目が、このガキとぼけるんじゃない。と言っている。その横ではシーリンが無表情のまま静かにメモを取っている。

 

「先生。誰しも奥の手は持っていると思います。そしてその奥の手は秘しておくからこそ意味があるんじゃないですか?」


「うーん……、そう来たか。そう言われちゃうと教師としてはこれ以上聞けないのよね……」


 そう言ってアイーシャ教師は視線だけをシーリンに向ける。


「貴方の気持ちはわかる。でもこちらももうすでに貴方の事を一面にする段取りで動いてるの。ここで貴方に教えて貰えないと、別の記事を載せるしか無くなる」


「別の記事にしたらいいんじゃないですか? 僕には関係……」


「夕暮れの密室で女教師の胸に顔を埋める男子生徒。その時彼の右手は……。この記事がトップを飾る事になるけど、構わない?」


「脅しじゃないですか!」


「これは困った。全くの嘘でもないのが性質が悪いな」


 ベルンハルトは全く困った様子の無いアイーシャ教師をジト目で見つめる。


「……女教師はその時、自分が教師である前に一人の女だという事を思い知らされるのだった……。どう? 読者に受けそうなフレーズでしょ?」


「それは完全にねつ造じゃないですか!」


「ねつ造なんて失礼ね。記者の主観に基づいた考察よ」


「それをねつ造って言うんです!」


「これは困ったな。このままでは君も私もこの学校から追い出されてしまうかも知れないな」


「あんた等は……」


 ニヤニヤ笑いのアイーシャ教師と淡々と脅してくるシーリンをベルンハルトは睨み付ける。


「とまあ、冗談は此処までにしておくかな」


 とアイーシャ教師の言葉にベルンハルトはホッと胸を撫で下ろす。だが横で、え? と不思議そうな顔をするシーリンを見ると完全に安心する事が出来なかった。


「だけどね、ベルンハルト君。噂とは無責任な物だ。先ほどのシーリンのように勝手な話を好き放題に広められる事は良くある事だ。まして君はこの世界の常識を打ち破ったんだ。時間が経てば興味が薄れるなんて事はあり得ない。寧ろ時間が経てば経つほど君の秘密を暴こうとする者は増えるだろう。君のいう事は正しい。本来なら奥の手を教えろなんて無茶な話だ。でも君はもう多くの人に見せてしまった。君が秘密にすればするほど、周りの人間はあらゆる手を使ってその秘密を暴こうとするだろう。君は静かな生活を送りたいと言っていたが、それならば尚の事話してしまった方が良い。人間は秘密にされると暴きたくなるが、解ってしまうと興味を無くす生き物だからね」


 アイーシャ教師の言葉は正鵠を射ていた。下手に秘密にすれば帰って可笑しな事を考える奴が出て来るかもしれない。ならば、ある程度情報を開示し周囲の動きをこちらで調整する方がベルンハルトにとっても利がある。


「……はぁ。解りました」


 ベルンハルトは諦めたように了承する。


「済まないね、ベルンハルト君。私自身興味があった事もあるが、他の者達からも聞き出してくれと頼まれていてね。勿論言えない事は言わなくても良い。こちらも無理に聞こうとは思わないから」


「記事も貴方に検閲して貰った後に載せるから安心して」


 二人の言葉にベルンハルトは有難うと礼を言うと種明かしを始めた。


「ご存知の通り、魔法使いの使う防護障壁は通常の物理攻撃を全て弾いてしまいます」


「ああ、そうだな。だから魔力を持たない人間が魔法使いに勝つには、隙を突くか、魔力のある武器を使うかしなければならないと言うのがこの世界の常識だ」


「そうですね。だから僕が行った攻撃は、物理以外の攻撃という事です」


「だが、君が使った武器は鉄で出来た模擬剣だったはずだ」


「武器は何でも良いんですよ」


「どういう事だ? 解るように言ってくれないか?」


「先生がさっき言っていたじゃないですか? 魔力なんて個性の一つでしかない。魔力が無いなら他の個性を磨けって。実はあれが答え見たいな物なんです」


「つまり、魔力以外の力を使ったという事か?」


「そうです。僕が使ったのは生きとし生ける物全てが持つ力。生命力を攻撃に使ったんですよ」


「生命力!?」


「ええ。あ、勿論僅かな量ですし、命に別状が出る事もありません」


「いや、それは安心だが……。そんな事が出来るのか?」


「出来るも何も、実際に僕が使って見せてるじゃないですか」


「それはそうだが……」


「この技を教えてくれた師匠は、この力を気と呼んでいました」


「気……」


「はい。あの時僕は、模擬剣に自分の気を纏わせ防護障壁を通したんです。だから剣が弾かれても相手の体に気がぶつかってアバラをへし折った。これが答えです」


 ベルンハルトの答えを聞いてアイーシャ教師は静かに考え込む。と、その横で大人しく聞いていたシーリンが質問してくる。


「生きとし生ける物全てが持つ力って言ってたけど、それはつまり誰しもが同じ事が出来るようになれるという事?」


 きっとこれが皆が知りたい一番の所だろう。特に魔力を持たない者にとっては希望とすら言っても良いかも知れない。


「そうですね、可能性はゼロでは無いです。ただ、師匠からこの技を教えられた人間は沢山いるんですが使えるのは僕だけなんです。何というか、気という力を認識したら簡単に使えるようになるんですが、その認識するのが難しいので……」


 使える者には使えるが、使えない者には使えない。そう言う意味では魔力と同じかも知れないとベルンハルトは言う。


「だが、それでも可能性があるという事は多くの魔力を持たない者にとって希望となる力だ。その気という力を皆に教えて貰う事は可能だろうか?」


「勿論構いませんが、実は教えられる事が無いんです。そう言う力がある。こんな使い方が出来る。それさえ解れば後は気を認識出来るかどうかが全てなんです」


「そうなのか……」


 残念そうにつぶやくアイーシャ教師。


「それに、あまりこの力に拘らない方が良いと思います。苦労してまで覚える価値はあまりありませんから」


「そんな事は無いだろう。常識を覆す力だぞ?」


 ベルンハルトの信じられない言葉にアイーシャ教師は驚く。


「初見必殺、それ以外に使い道は無いんですよ。ディルクが油断していたから勝てただけで、ネタがバレて対策されたら勝算は殆ど無いんです。アバラを四本折ったと言って驚いてましたけど、油断している人間のアバラを四本折る位の攻撃力しか無いんです。ディルクが油断せず身体強化で防御力をもっと上げていたら僕は何の手も出せず終わってましたよ」


 だから種明かしをしたくなかったんです。とベルンハルトは言う。


「そうなのか……。ならこの事は他の人に知られない方がいいか?」


「いえ。寧ろ全部話して下さい。シーリンさんも遠慮なく全て記事にして下さい。僕にとってはこの事で騒がれるより、全部知ってもらって静かにして貰う方が助かりますから」


 それを聞いて申し訳なさそうな表情をするアイーシャ教師と、元より遠慮する気は無いという表情をするシーリンにベルンハルトは中身は全く似てない姉妹だなと思う。


「しかし、大した攻撃力が無いといっても、それでも今までの常識を覆す事は確かな力だよ。この技を君に教えた師匠とは一体どういう人物なんだい?」


「……えっと、その、僕も名前までは知らないんです。村に来ていた旅の人で、僅かな間弟子入りしただけで……」


 流石に師匠の素性がばれると芋づる式にベルンハルトの正体もバレかねない為、咄嗟に嘘をつく。


「そうか。残念だな。是非一度お会いしてみたかったのだが……」


 本当に残念そうにするアイーシャ教師を見ながら、何と無くアイーシャ教師と師匠は気が合うんじゃ無いかなとベルンハルトはそう感じ、自分の心の平穏の為には会わせない方がいいかも知れないなと思っていた。


「そうね。私も是非一度取材をしてみたかったわ」


 そう言うシーリンは明らかに師匠が好きそうなタイプなので、絶対に会わせないようにしようと心に誓うベルンハルトだった。


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