新入学時によくある風景
ドルギア帝国。ベルンハルトの生まれたローゼリア王国の北に位置する海を渡った先にある大国である。
十数年前に大きな内乱があり、暫くはかなり混乱していたが内乱を勝利した新女王の元、順調に復興を果たしつつあった。
港に降りたベルンハルトはそのまま駅馬車に乗りドルギア国立冒険者学校へと向かう。
ドルギア国立冒険者学校。内乱の勝利に大きく貢献してくれた冒険者達への尊敬と感謝の念を込めて女王が設立した学校である。
歴史こそ無いが、革新的な授業内容と理念は大変人気が高く毎年多くの者達が集まり、今では名門と言っても過言では無い大きな冒険者学校である。
ベルンハルトは大きく豪華な校門をくぐると、新入生受付と書かれた特設のテーブルへと向かう。
「やあ、初めまして。入学の受付でいいかな?」
「はい。お願いします」
ベルンハルトは爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた受付の男性に入学用の書類を一式手渡す。
「えーっと、名前は……、ベルンハルト・オーランド君でいいのかな?」
「はい」
無論偽名だ。
「魔力は無し。前衛剣士志望……。え? 君、出身はドルン村なの? 懐かしいな、僕は内乱の時にあの村に住んでいた親戚の所へ疎開していた事があったんだ。武器屋のベルドアさんは元気にしているかい? 薬屋のエッタさんは?」
「あ、あはははは、げ、元気ですよ。皆変わらず……」
無論偽証だ。
不味い、まさかあんな僻地の村を知っている人がいるとは……。後で村長に口裏を合わせてもらうよう父にお願いしておくか……。
ベルンハルトは冷や汗を掻きながらそう考える。
「そうか……、それは良かった。もう親戚は引っ越してしまったので、あの村を尋ねる事も無くなってしまってね。懐かしいなぁ……」
「そ、そうだったんですか。あ、あははははっ」
「でも……、オーランドって名前の人、あの村に居たかな?」
「あーーーー、それはですね、その、最近、そう最近あの村に引っ越して来たんですよ」
「へー、そうなんだ。珍しいね。言ってはなんだけどあの村は相当辺鄙な所にあるのに、何でまた?」
「そ、それは、そのですね……。じ、実は家の父さんは女癖が悪くて、その、手を出しちゃダメな人に手を出しちゃって……、それで、その、身を隠す必要があったんです!」
「そ、そうだったの? それは大変だったんだね」
父さん御免と心の中で謝りながらも、あながち全部が嘘でも無いか? と思うベルンハルトだった。
「すまないね、つまらない事を聞いてしまって。さて、書類に不備は無さそうだね。じゃあこれが新入生用の案内と身分証明用のペンダントだよ。ペンダントは卒業後に冒険者の証明書も兼ねるから大事にするようにね。再発行も出来るけどその時は費用が掛かるからね」
そういって案内の男は封筒と緑色に光るペンダントを渡してくる。
「これが身分証明になるんですか?」
「そうだよ。試しに見てみるかい?」
そう言って男が四角い箱のような物を取り出す。中央にはペンダントをはめ込むような窪みがある。男に言われベルンハルトがペンダントを置くと、宙にベルンハルトの顔や名前、その他色々な情報が浮かび上がる。
「凄い! 初めて見ました」
「ははははっ。これは最新式の奴だからね。まあ古い指輪タイプも似たような物だけど、旧型は専用の画面にしか表示が出来ないんだ。こんなふうに宙に浮かび上がらせるのはこれだけだよ」
結構高いんだよ、これ。とおどけた感じで男は言う。
「こういった新しい物をどんどん取り入れる所も、この学校の良い所の一つさ。それじゃあ良い学校生活を……」
男が見送りの言葉を言おうとした時、後ろから別の受付の女性が男にボソボソと耳打ちをする。
「え? 学園長が?」
男は驚きの声を上げると、何処か疑るような顔でベルンハルトを見る。
「すまない、ベルンハルト・オーランド君がやってきたら学園長室に来るように伝えて欲しいと彼女が言付かっていたらしいんだ……」
「そ、そうなんですか」
「……学園長直々にお呼びがかかるなんて……、君……、一体……」
「え? や、やだなぁ。違いますよ。僕は普通の平民ですよ。ただの一般人ですよ」
「じゃあなんで……?」
学園長に呼び出される心当たりなど紹介状の件以外にありえないが、あまり口外しない方がいいだろう。ベルンハルトはそう考えしらばっくれる事にする。
「な、何でなんでしょうね? 僕にも心当たりは……。きっと何かの確認とかそんなんじゃないですかね?」
「そ、そうか……。まあまさか貴族のご子息が身元を隠して入学してきたとか、そんな事ある訳ないしな」
「そ、そうですよ! そんなご都合主義な展開ある訳無いじゃないですか!」
何気に良い勘をしている男に焦りを覚えるベルンハルト。
「まあいいか。学長室は入口を入って直ぐ右を真っ直ぐ進んだ突き当りだよ。プレートが掛かってるからすぐ解ると思うけど、案内しようか?」
「いいえ、大丈夫です。有難うございました」
ベルンハルトは丁寧にお辞儀するとその場を後にした。
「しかし、危なかった……。まさか初日の受付でこんなに追い詰められるとは……」
真っ直ぐ長く伸びる廊下を歩きながら、ベルンハルトはポツリと呟く。別段身分がバレてもそれで実家に帰らなければならないと言う事では無いが、普通とは遠く離れた毎日になる事は目に見えている。
また詰らぬ事を考える輩が現れる可能性もあるのだからバレないに越した事は無い。
「師匠が紹介状を頼む冒険者なんて大体想像出来る。どの人に頼んであったとしても、ちょっとした知り合いで、僕が冒険者学校に入ると聞いて気を使ってくれたとか言っとけば大丈夫のはずだ。どの人も高名な冒険者だから例えちょっとした知り合いでもそれなりに利用価値はあるだろうし、その事で学園長ともちょっとした関係が作れる。ふっ、完璧だ、完璧すぎる」
ベルンハルトは自信を満ち溢れさせながら、胸を張って歩いて行くと学園長室と書かれたプレートを見つける。一律に同じ形をしていた他の部屋と違い、ここだけは少し豪華な扉になっているのは、やはりこの学校の頂点に立つ人の部屋だからだろう。ベルンハルトは一息ついて気持ちを落ち着けると扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
ベルンハルトが中に入ると、部屋の奥にある机に初老の女性が座ってこちらを見ていた。
「初めまして、ベルンハルト・オーランドです」
ベルンハルトがそう挨拶すると初老の女性はどうぞと中央にあるソファーに座るよう勧めて来たので、ベルンハルトはもう一度礼を言いソファーに腰掛ける。
「初めまして、私はこの学校の学園長をしているアライダです。ご入学おめでとう、ベルンハルト君」
そう言ってアライダ学園長は対面のソファーに座る。
「今回君に来てもらったのは、その……、少し聞きたい事がありまして……」
「紹介状の件ですね?」
「!? 知っていたのですか?」
「はい、そう言った物を書いて下さったと聞いています。僕がここに入学すると聞いて気を使って下さったみたいで」
「……そうですか……、気を……。失礼ですが、どういったご関係なのかしら?」
「父のちょっとした知り合いです。何でも昔に少し世話をした事があるとか、それぐらいです」
「昔に……、世話ですか……」
アライダ学園長は不思議そうな声色でそう言うと、手元にあった箱の蓋を開ける。
「これが、槍聖ロイ・オズベルト様から頂いた物」
そう言って一枚の手紙を取り出す。
「はい」
「そしてこれが、銃聖ロゼッタ・ワータネン様から頂いた物」
もう一枚の手紙を取り出す。
「はい……」
「そしてこれは、漆黒の天使アデリシア・マックレーン様から頂いた物」
さらにもう一枚の手紙を取り出す。
「はい?」
「そして……、これは恐れ多くも我が国の女王リベリア・ドルギア・オルコット様から頂いた物です」
アライダ学園長はプルプルと手を震わせながら最後の手紙を取り出した。
「はぁぁぁぁぁ!?」
ベルンハルトは思わず叫び声を上げてしまう。
「私も貴族や豪商のご子息をお預かりする際にこう言った物を頂いた事は何度かありましが、これ程ご高名な方々から四通も頂いた事など初めての事でしたので驚いてしまいまして……」
やられた! ベルンハルトは思わず奥歯をグッとかみしめる。
偶然などでは無い。今頃四人、いや師匠を入れて五人はさぞほくそ笑んでいる事だろう。思えばあの人たちは皆、「波風の無い人生の何が楽しいの? 波風が無いなら立てればいいじゃない?」と言った考え方の人達なのだ。僕が波風を立てない様に静かにしていればしている程、あの人たちは横から石や岩を投げてくる。そう言った人たちなのだ。
恐らく発案者は師匠だろう。それにアデリシアさんが諸手を上げて賛同し、ロゼッタさんも無言で同意。リベリアさんは、そんな事したら可哀想ですよぉ……。と棒読みで言い、ロイさんは何だか色々と諦めた目をしている……。
そんな光景がベルンハルトの脳裏に浮かぶ。
「失礼な事を聞いて申し訳ありませんが、これ程の方達とお知り合いという貴方のお父様はどういった方なのかしら? 入学試験時に頂いた資料には四十歳無職と書かれていますが……」
ここで対応を間違えるとこれからの学校生活に支障が出る。そう思いベルンハルトは必死に言い訳を考えた。
「じ、実は……、父は今でこそ無職ですが、以前は商人をやっていたんです」
「商人?」
「はい。武器、防具、他にも魔道具や日用品など様々な物を扱う何でも屋みたいな物をやっていまして、皆さんはその頃に店を贔屓にして下さっていたんです」
「リベリア様も……ですか?」
「そ、そうです。内乱時に解放軍の皆様に武器を供与したりもしていたので、その縁で……」
「まあ、それは素晴らしい。しかしそれ程高名な方々が贔屓にされていたお店を、今はもう畳んでしまわれたのですか?」
「はい……。その、事情があってその、店を続ける事が出来なくなって……」
「まあ、そうだったの」
「皆さんはきっとそんな境遇の僕を気の毒に思って下さったんだと思います……」
「そう……。御免なさいね、辛い話をさせてしまって……」
「いいえ、気にしないで下さい」
「何か困った事があれば、何時でも相談して下さいね。当校には奨学金制度などもありますからね」
「はい。有難うございます。もしもの時は御相談させてもらいます」
ベルンハルトはそう礼を言って学園長室を後にする。
何とか上手く誤魔化せた……。嘘に嘘を塗り固めすぎて罪悪感が半端無いのが気にはなるけど……。ベルンハルトは若干の気まずさを覚えながらも取り敢えず安堵の息を零す。
話を纏めると、僕は女癖が悪くヤバい人達に追われている中年無職男を父に持つど田舎出身の子供という設定になるのか……。
今更後には引けないので、父には悪いが僕はそう言う家庭環境で育った子供という事にしておこう。
ベルンハルトはそう決意し、自身の教室へと向かった。
ベルンハルトが前衛剣士科と書かれたプレートがある教室に入ると、そこには二十人程の男女が各々に談笑をしていた。
「凄いな……、同じ位の歳の子達がこんなに……」
ベルンハルトは驚きの表情でつぶやく。
ベルンハルトは生まれてこのかた自分の屋敷と、魔人の国にある別荘位にしか行った事が無かった。そこには同年代の子供はおらず、今日初めて同じ年頃の人を見たのだ。
「はい、それじゃ皆席について」
ベルンハルトが教室に着くと同時に教師らしき女がやって来る。ベルンハルトは慌てて自分の名前の書かれたプレートが置いてある席へと座る。
「ようこそドルギア国立冒険者学校へ。私はこの前衛剣士科を担当するアイーシャ・クレープスよ。宜しくね」
アイーシャ教師は笑顔で挨拶をする。
アイーシャ教師は年の頃は二十代前半ぐらい、赤く短い髪にスラリとした長身の健康的な女性だ。腰に剣をぶら下げている所を見るとこの人も剣士なのだろう。
その後、教室内の生徒全員の簡単な自己紹介が終わると、教師は徐に正方形の小さな箱を取り出す。
「さて、じゃあ先ずはこのくじを引いて貰うわ」
「くじですか?」
一番前の女生徒が疑問を口にする。
「そうよ。これで貴方達のチーム分けをするの」
その言葉に一部の生徒がえー! と不服の声を上げる。生徒の中にはすでに仲間を作っていた者も居たのだろう。
「はいはい。良いから聞いて。別にずっとそのチームでずっと過ごせとは言わないわ。あくまで臨時、取り敢えずのチームよ。後日の変更は可能だから。一部の子達はもう組んでたのかも知れないけど、そうでない子が殆どなんだから。それにね、冒険者になるのならコミュニケーション能力は必要よ。色々な人と上手く付き合って行く訓練も兼ねてるから文句を言わない。これも授業の一環よ」
そこまで言われると文句も言えず、皆は一列に並んでくじを引き始める。
「えっと……、六番か……」
「お! お前六番を引いたのか? じゃあ俺と同じだ」
その声に振り返ると六と書かれたくじをこちらに見せてくる少年が立っていた。
その少年を見てベルンハルトは驚きの目を向ける。
「き、君は確かグイン君?」
「お? 俺の名前覚えてたのか。スゲーな、お前。まさかあの自己紹介で全員の名前を覚えたのか?」
「いや、その気を悪くしないで欲しいんだけど……。僕は、獣人族を見るのが初めてだったから」
体は人と殆ど変らないが、オオカミのような顔をしたグインが珍しくベルンハルトはつい好奇の目を向けてしまう。
「? 何だよ、獣人なんて珍しくもないだろ?」
「他の国ならともかく、この国に獣人がいるのは珍しいんだよ、グイン君」
その答えはベルンハルトの後ろから聞こえてきた。驚いて振り向くとそこにはメガネを掛けたやせ気味の少年が、おなじ六番と書かれたくじを持って立っていた。
「そうなのか?」
「え? そうなの?」
「二人とも驚くのか?」
「いや、僕は田舎に住んでてあまり他の人と接する機会が無かったから」
「俺はそう言う難しい事は良くわかんねぇし」
二人の答えにメガネの少年は、はぁと溜息をつく。
「この国は昔、亜人排斥論を唱えて多くの亜人を虐待したんだよ。新女王が内乱に勝利してそれらの悪法を即座に廃止したし、保障や賠償なんかもされたけど、それでも多くの亜人はこの国を出て行ってしまったんだよ。まあ当然だとは思うけどね。法が無くなったからといって一度受けた仕打ちが消えてなくなる訳じゃないから」
メガネの少年は皮肉げに答える。
「そんな事があったんだ……」
「へー。でも俺が生まれる前の話だろ? 俺が虐待された訳じゃないし」
「まあ、皆が皆君みたいに脳天気なら良かったんだろうけどね」
「ははは、違げーねーな」
「一応もう一度自己紹介をしておくよ。僕はロイド・ヴェルナー。宜しく」
そう言ってロイドは右手を差し出す。
「あ、僕はベルンハルト・オーランドです。こちらこそ宜しくお願いします」
ベルンハルトはそう言って差し出された右手と握手する。
「俺はウォルフ族のグインだ。宜しく頼むぜ、ロイド、ベルンハルト……、長いからベルでいいか?」
グインはそう言って握手をしている二人の右手の上に自分の右手を置いてくる。
「長いって……」
「はははっ、いいよ。好きに呼んでくれたら。僕も呼び捨てにさせてもらってもいいかな?」
「ああいいぜ」
「勿論だよ」
固い握手を交わすしながらベルンハルトは良い仲間と出会えた幸運を喜んでいた。