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信号

 交通信号機に従うことは僕にもできた。


 それは青、黄、赤の三色のランプを代わりばんこに点灯させる機械で、交差点などに設置され、自動的に交通を整備している。青は進め、黄は注意して進め、赤は止まれ、をそれぞれ意味する。この信号機が一対あるだけで、人や車は不気味なほど秩序立った動きをする。


 それは深夜だった。電車も止まった後の遅い夜。車も人もほとんど通らない中、信号機は無人の交差点を整備している。たまに道路を渡る人が見られるが、ほとんど信号を無視していく。だけど、僕は信号に従いたかった。規則に従うというのは何か清々しいことだ。それが無意味な規則であるほど一層。


「信号のルールは分かるんだね」

 傍らのアイが言った。

 

「でも、車の通る気配なんてないよ。それなのにどうして規則に従う?」

 アイは喋っているが、歩き出す気配はない。彼女もルールを守っているのだ。

 信号が青になって、僕らは大きな交差点を渡った。

 

「ヨシロウが何を考えているか分からないけど、私も深夜の信号は守るんだ」

 愛はずっと話し続けている。

 

「この交差点、これでも昼間には人でごった返しているんだよ。大勢の人がアリみたいに規則正しく動いているのは何か気味が悪くてさ」

 アイはちょっと怯えた表情を見せた。

 

「狂気だよね。皆が皆同じ動きをしているなんて。あれは規則に従っているというより、見えない力に操られて、自動的に身体が動いているみたいだ」

 そう言うとアイは僕の顔を見上げた。


「ヨシロウはどうなのかな。朝はきちんと学校に来るし、道もちゃんと歩ける。もうルールは知っているみたいだけど、そういう見えない力に動かされたことってある?」

 僕は、分からないという仕草をとった。


「多分、ないんだろうね。私、深夜に歩くのは好きだよ。街が箱庭みたいでさ。誰もいなくても信号はルールを示していて、おもちゃのようだ。これがあるべき世界の姿だよ。そう思わないかな……」


 アイは歩くペースを少し早めた。僕はついていこうとしなかったので、彼女との間には段々距離ができていった。

 

「大自然とか、そういうんじゃないよ。むしろ、人工的な街並みにこそ世界のありのままの姿が現れると思う。空虚なゲームなんだよね。だから、規則に従うのも空虚にやりたい」

 そう言うとアイは立ち止まった。


 やたら明るい街灯の下だった。遅れて歩いていた僕は、彼女が止まった後もしばらく進んで、同じ光の照らす中に入った。


「スポットライトみたいだ!」

 アイは珍しく笑顔を見せた。


 その後、大きな公園が現れた。明かりの数は減り、木の陰や夜空の色が目立つようになった。僕は視線を上向きにして歩いていた。


「星見てるの?」

 アイが尋ねたので、僕は天を指した。


「確かに、よく見えるね。この世界にはドーム状の天井があって、星はそこに貼りついているんだっけ。そういう気持ちも分かるな。ミニチュアみたいだ」

 

 歩いても星はついてくる。僕と星空が世界の枠で、その中を地上の景色が通り抜けていっている感じがする。


「深夜は、やたら世界が狭く感じるよ。ところで、どこに向かっているんだっけ? ヨシロウの家ってどこ? 私の家はこのあたりだよ」

 

 公園を抜けると狭い道に出た。こんなところでも、街灯や自動販売機の明かりで公園の中よりは明るい。遠くにはコンビニも見える。


「じゃ、帰るけどいいかな。またね。早く話せるといいね」

 

 唐突に、アイは通りかかったビルのエントランスに入っていった。ここは彼女の住むマンションなのだろう。


「死ぬ、死ぬ、死ぬ……」


 アイは呟きながら建物の奥へと消えていった。

 

 僕はその後もしばらく歩いた。夜の街は昼間と全然見え方が違う。ちょっと迷いそうにもなる。最近気づいたのだが、暗いと世界はモノクロに近くなる。看板とかにも気づきにくくなる。

 

 アイと別れて、正真正銘ひとりになったけれど、相変わらず僕は信号を守りながら、歩いて家に帰った。

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