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夏のはじまり、文化祭準備!

(七月の放課後の教室。スケッチ風)


 女の子が僕を蹴飛ばした。

 

「もう、ヨシロウ! 準備手伝いなさいよ!」


 ペンキの缶とハケを持って怒声を上げる彼女の名はエリカという。少なくとも僕はそう呼んでいる。

 

「エリカ」

 名前を呼んでみた。

 

「何?」

「*****」

「はあ?」

 

 エリカが再び僕を蹴飛ばそうとしたところ、別の女の子が静止に入った。


「やめろよ。アホな理由で人を殴るものじゃない」

「アホな理由じゃないわよ。文化祭の準備は大事よ」

「それがアホな理由なんだって」

「何ですって?」

 

 エリカと口論を始めたのはカナ。僕はそう呼んでいる。

 

「文化祭準備をやらなきゃいけないなんて規則はない」

「そんなの知らないわよ。文化祭準備に協力するのは当然でしょう?」

「規律になっていないんだから、いくら君が当然だと言ったって無駄だよ」

 

 エリカは身長が低くてカナは身長が高い。エリカは長い髪をツインテールにしていて、カナの髪は短く切り揃えられている。

 

「だいたい、何だって文化祭なんかに拘るんだ」

「青春といえば文化祭だからよ!」

「青春? あの形而上学的な理念のこと?」

「何で青春が形而上学的なのよ! 意味分かんない」


 二人が言い合っていると、そこに別の女の子が割り込んできた。

 

「うるさいから喧嘩はやめてね。他人のことなんてどうだっていいじゃない」


 彼女はアイ。僕はそう呼んでいる。背中に掛かるくらい長い髪を下ろしていて、身長は二人の中間くらい。お嬢様っぽい雰囲気を漂わせている。

 

「他人がどうでもいいってどういうことよ! 皆で協力しないとダメでしょ!」 

 エリカの矛先がアイに向かう。


「いい? これは青春なの!」

 エリカは黒板を背にして教壇をバンと両手で叩いた。

 

「アイ、あたしたちは今何歳?」

「十五か十六でしょ」

「そう! もう時間がないのよ!」


 エリカは青いチョークで黒板に大きな文字を書いた。


「時間がないって、文化祭当日まで?」

 アイが尋ねる。


「ちっがーう! 何のために年齢を訊いたと思ってんの! バッカじゃない? 『青春の終わり』よ! 今書いたでしょ?」


「『青春の終わり』……」

「『青春の終わり』……」

 カナとアイはほとんど同時に呟いた(アイの方が少し遅れた)。窓の外を白い鳥の大群が横切った。

 

「青春つったら十八歳までってことに決まってるの! だからあたしたちには時間がないの!」


「どうして十八までなんだ。十七や十九で青春が終わる人もいるだろう」

 カナが言った。


「そうじゃない! 青春は皆で終えるもんなの! だから十八って決まってるの!」


「誕生日だって人ごとに違うんじゃ……」

 アイが言った。


「そういうんじゃないのよ! あたしたちの十八歳が終わるって話をしてんの!」


「よく分からない」

「よく分からないね」 

 カナとアイはほとんど同時に呟いた(アイの方が少し遅れた)。窓の外は静かだった。


「とーにーかーく! 時間は限られていて、あたしたちはそれを知っている。だからこの瞬間に責任があるの! だから文化祭準備しろー!」

 

 カナとアイはポカンとしていた。

 

「全然伝わらないのね……。ほら、ユキコを見習いなさい!」

 

 エリカが指した先にはハサミで紙を切る女の子がいた。巨大なブルーの模造紙で切り絵を作っている。鳥の群れが羽ばたいている図に見える。

 彼女の名前はユキコ。僕はそう呼んでいる。あまり長くない髪を後ろで結っていて、この中では一番背が低い。

 

「ユキコは楽しいからやってるんだよ。青春とやらのためじゃない。な、ユキコ」

 カナがユキコを見ながら言った。


「そうだね。でも、エリカの言うことも分からなくはないよ」


「そうでしょ!」 

 エリカがガタッと教壇から乗り出す。

 

「エリカの言う通り、この時間は掛け替えがない。だから、本当に楽しいことしかしたくないよ」

「ほら! ユキコだってああ言ってるわよ!」


「『本当に楽しいこと』がたまたま文化祭準備だっただけだから。曲解して調子に乗るなよ」

 カナはそう言い捨てて教室を去っていった。


「あ、カナのやつー!」

 カナもエリカを追ってどこかへ行った。

 

 アイは自分の席について頭を抱え出した。「死ぬ、死ぬ、死ぬ」とひたすら呟いている。さっきまでの穏やかそうな様子とは打って変わった態度だ。

 

「ヨシロウもやろうよ」


 僕の方に青色の折り紙を差し出してきたのはユキコだった。本当に楽しそうに笑っている。


「***」


 僕はユキコから紙を受け取り、自分の筆箱からハサミを出した。切るといっても何をすれば良いのだろう。ユキコは青色の模造紙を地として、そこから鳥の形を切り取っている。同じ青色のこの折り紙を切ったところで、ユキコの紙に重ねたら見えづらくなってしまう。

 

「*****?」

「何でも良いよ。切りたいものを切って」

 

 僕は紙を自分の机に置いて眺めた。青色。これで何ができるだろう。海? ユキコのと違って小さい紙だ。大きなものは作れない。雨の滴? ユキコの鳥はきっと青空を飛んでいるのに? 

 僕がなかなか切り出せずにいると、一人の男が教室に入ってきた。


「ただいま! 買い出し行ってきたぜ!」


 両手に紙袋を提げてこちらに向かってきた男はツネオという。僕はそう呼んでいる。身長は高く、制服の上からも分かる筋肉質で、何かで固めているのか、髪はオールバックだ。


「何やってんの? 俺にもやらせてくれよ」

「じゃあ、この紙を一緒に切ろう」

 

 ユキコはツネオにも青い紙を渡した。ツネオはユキコの隣の席に座り、早速紙を切り始めた。

 

「できた! ユキコ、これ格好良いだろ?」


 ツネオはもうできたらしい。どんなものかと思って見てみたら、綺麗なハートマークだった。

 

「それは何?」

 ユキコは楽しそうに尋ねる。


「愛だよ!」

 ツネオは不必要に大きな声で答える。

 

「青色のハートってどんな愛?」

「知への愛だよ!」

「馬鹿みたい」

 

 ユキコは大笑いしている。

 僕は未だ何のアイディアももてずにいる。でも、ツネオのハートはヒントを与えてくれた。シンボル的な形でも良いのだ。僕は筆箱からコンパスと定規と鉛筆を取り出した。

 まず、コンパスで円を描く。次に、直径を描き、直径の垂直二等分線と半径の垂直二等分線を描く。半径の垂直二等分線と直径の交点を中心として、そこから直径の垂直二等分線と円周の交点までを半径とした弧を描く。円周と弧の交点を中心として、そこから直径と弧の交点までを半径とした弧を描く。その弧と円周の二つの交点を中心として、同じ半径のまま二つの弧を描く。円周上に現れた五つの点のうち、隣り合わない点同士を結ぶ。

 できた下描きをもとに、ハサミで丁寧に切り抜く。できた。

 僕は角ばった青い紙片をユキコに見せた。

 

「ジオメトリーじゃん!」

 先にツネオが言った。ツネオの反応には興味がなかった。


「それは何?」

 ユキコはツネオのときと同じく、尋ねた。


「***」

 僕は切り抜いたシンボルの名を告げた。

 

「分かんないや。まあ、どうでもいいね」

 

 ユキコは僕の手から紙を取り上げると、テープで窓に貼りつけた。

 

「ガラスにテープ貼って良いんだっけ?」

 ツネオが尋ねる。


「忘れた」 


 ユキコはずっと楽しそうだった。

 

 しばらくしてカナが帰ってきた。その後にエリカが息切れしながら帰ってきた。アイはまだ頭を抱えてブツブツ言っていた。

 

 教室の窓からは青空が見える。青い背景に青い紙では、やはり目立たなかった。




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