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眠り姫の夢が終わる時  作者: するめいか英明
姫野と法則
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第5話

 映像が終わると、井沢はぽかんと口を開けたまま呆然としていた。この子が死んだら全てが夢になる。あまりに馬鹿げた話だが、この身を持って体験している以上疑う余地はない。そしてそれがとても謎に満ちた現象であることも間違いない。ある意味で未来の予測に使えるだろうし、時空研究とも相性が良さそうだ。井沢はそう考えていた。しかし、蓋を開けてみるとそうではないことに気付いた。


「この子が死を避けられない状況になったら、その時点で永遠にループが続く……その次の朝が二度と訪れない……」


 井沢は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。あまりの衝撃に身震いがし、終末の日、という文字列が何度も頭を井沢の頭をよぎった。


「その通り。私達は、何としてもこの子を『完全に』殺さないといけない。夢として巻き戻すことの出来ない、絶対的な死。それを探し出すことが私達の指名だ」


 そう宣言する日村は、固い決意を込めた表情で井沢を見つめた。井沢もまた、覚悟を決めた表情で、強く頷いた。そして二人が森尾に目を向けると、森尾もまた、無表情に、しかし力強く、頷き返した。


「タイムリミットは6、70年くらいだろう。この子の寿命が来たら、否が応でもゲームオーバーだ。そしてタイムリミットはいくらでも早まりうる」


 日村が言うように、例えば女の子が誘拐されるような事態になれば、寿命を待たずして死のループが訪れうる。しかし井沢には1点、腑に落ちないことがあった。


「しかし日村先生、何故このような守秘研究がここで行われるのでしょうか?」


 ここ日村研は、時空研究の最先端を走る。女の子の死を主題にするには、畑が違い過ぎるように井沢には感じられた。その問いには日村が答える間もなく、森尾がさらなる資料を映し出した。


「こちらの資料もご覧下さい」


 森尾がリモコンで操作すると、次々にグラフが表示されていった。その多くは、井沢にとって見慣れたものであった。


「情報エントロピー伝導の臨界値変動……そして時素の分裂傾向の予想分布……」


 井沢は無意識にぼそっと呟いた。それらの概念は、およそ世界を生きる人々の暮らしからは程遠く、彼らの脳内と大型の計算機の繰り広げるシミュレータの内部においてのみ実感を持つもの、それこそ時空研究の最先端に位置する理論だった。


「この子の夢にも、もちろん情報がある。この子の夢が繰り返されればされるほど、情報の移動が生じる。しかもそれは、この子の起床の瞬間というほんのごく一瞬の間だ。まさに刹那と言える時間に、女の子一人が持つほんの小さな情報エントロピーの変化が、積もり積もればこうして観測データに現れるだろうと予測されている。現状は全くそれを観測するに至っていないが――」


 日村の言うことは、即ち夢の発生を機械で観測できるかもしれないということだった。女の子の夢は、女の子自身と夢の中で死んだ者のみの記憶となり、現実世界に影響を与えることもなければ観測することも出来ない。しかし、日村たちの研究のみが、現状考えうるただ一つの可能性として、巻き戻りの観測が機械的に行えるかもしれないのである。それは問題の解決と直接はならないだろうが、この現象に全く打つ手がなかった人類にとって、何かしらの打開策を生むかもしれない一握りの希望なのだという。


「確かに、巻き戻りが外部から観測できないのであれば、夢に干渉することもできなければ、この現象を止める方法もないかもしれません。しかし、もし本当に、現実の設備を持って巻き戻りを観測できるのであれば、それは夢が現実に作用を与えたことになる。作用反作用の法則が夢と現実の間で成り立たせられれば、現実から夢へ働き掛けたり、夢のあり方を変えられるかもしれない、と」


 井沢は興奮を抑え切れず、自分の理解を早口でまくし立てた。日村はそれに頷きながら聞き入り、最後に一言だけ付け加えた。


「そうだ。夢が現実を終わらせるのではなく、現実が夢を終わらせる。それが答えだ」


 すると、これまで一言もしゃべらなかった女の子が、ぽつりと呟いた。


「メルヘントーク終わった?」

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