表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠り姫の夢が終わる時  作者: するめいか英明
姫野と秘め事
33/51

第33話

 その後も井沢は姫野の記録を書き写し、時系列順に纏めていった。


 しばらく進んでいくと、井沢は姫野の記録が一部破り取られていることに気付いた。


「姫野? ここは?」


 井沢が問い掛けると、十勝が悲しげな顔を姫野に向けた。


 姫野は恐らく指摘されることを予測していたようで、落ち着いて話し始めた。


「お父さんが亡くなった時の記録です」




 姫野は、自殺した父親の遺体を発見した日、何度も何度も服薬して自殺を図った。


 何度繰り返しても、姫野に死が訪れることはなかった。


 ただ、同じ朝が繰り返された。


 何度目覚め直しても、目に焼き付いたその光景は絶対に忘れない、それが姫野の法則。


 父親の遺体を発見した時の視界、全身を襲う虚脱感、悲しみ、苦しみ、恐れ、絶望。


 それら全てが、巻き戻るたびに姫野に「記憶」として蓄積された。


 それでも、姫野は巻き戻すことをやめなかった。


 いくら辛くても、万に一つ、奇跡が起きて運命が変わるかもしれないと信じて。


 しかし、それは儚い幻想だった。


 姫野の就寝中に亡くなった者は、いくら起床時まで巻き戻しても、生き返ることはない。


 それが分かっていながら、少しずつ、少しずつ、諦めが蓄積されていった。


 そして、姫野は巻き戻すことをやめた。


 何回巻き戻したかは数えていない。


 翌日になってその日の記録を取ろうとしたが、思い出そうとすると、鮮明に思い出されてしまい、それが耐えきれず、そのページを破り捨てた。


 その日のことを忘れるため、毎日毎日実験を繰り返し、記録を埋めた。


 姫野を心配する十勝の協力も得て、それは詳細に法則が記されていった。


 この時に作り上げられたのが、今の法則のプロトタイプである。




「――あれ? 何これ?」


 更にページを進めていき、井沢は驚きの声を上げた。


『井沢 慶 いざわ けい』


 きれいにノートの枠に収められた他の記録と違い、枠外にしっかりと書き留められた、その名前。


 それはまさしく、井沢のフルネームであった。


「何で僕の名前が?」


 先程までの重い空気が一転し、十勝がニヤニヤと顔を歪めながら姫野を見て、


「私は知りませんよ~? 冬休みが明けたら急に実験はしなくなっちゃって、記録も見せてくれなくなっちゃったんですよね~」


 と茶化した。当の姫野はそっぽを向いたままで、


「……見ての通りです!」


 と答えた。




 4年前の12月25日1回目。ゆっちは家族と出掛けるらしい。私は1人で実験。服薬で実際に意識がなくなる時間の測定と、意識がなくなった数秒後の目覚まし時計の音を記憶できるかどうか。


 :


 4年前の12月25日4回目。久し振りの1人の実験はつまらない。外はクリスマスなのに、一人で何やってるんだろう。外出して、ケーキでも買って、巻き戻せばケーキの味を覚えられるかな。実験を試みる。


 4年前の12月25日7回目。食べたいケーキがなくなった。別のものを食べようかな。そもそもお金はあるんだから、こんなことしなくても食べられるんだけど、太らないのがいい。次は駅前のパフェを制覇する。


 4年前の12月25日9回目。パフェは飽きた。記録を取るのが面倒になるから、そろそろ今日の実験は終わらせたい。




 ――周りはクリスマスで幸せそう。


 よそ見をしながら歩いていると、気が付かない内に私は道路へ出てしまっていた。


 積もった雪のせいで歩道との境がなくなっていたせいだ。


 辺りに鳴り響くブレーキ音。


 雪で滑り、スピードが落ちない車。


 私は目を閉じ、巻き戻りを覚悟した。痛いのは嫌だったけど、仕方ない。


 ――ドンッ。




「い、いたぁ……お……お尻……痛いよぅ……」


 私は涙目になりながら、地面の雪で冷たく湿ったお尻を手でさすった。


 ひりつくような冷たさと、鈍い痛みが私の思考を完全に止めていた。


 辺りの喧騒に気付くには、結構な時間が必要だった。




「慶! ……慶!」


 お婆さんが取り乱し、雪の上に膝をついていた。


 私が涙を拭って目を凝らすと、そこには男の人が倒れていた。


 どうやら、車に轢かれそうになった私をその人が突き飛ばし、代わりに轢かれてしまったようだ。


 私を助けても意味がないのに、運のない人だと思った。


 よれよれの服に身を包んだ、パッとしない男。


 手に持っていたのだろうケーキが辺りに散乱し、見るも無残な姿へ変わり果てていた。


「……良かっ……」


 その人は目をかすかに開けて、私の方を見た。


 その目は、瀕死の人間のものとは思えないほど力強く、そして優しさに満ちていた。


 死にゆくものの目ではなかった。安心した目だった。笑っていた。


 何が良かったのだろう? 自分が死んでしまうのに。


 そんなことを考えていると、男の人は目を閉じ、動かなくなった。


 私は拭った筈の涙を頬に伝わせていた。


 そして、服薬した。




 4年前の12月25日10回目。あの人が夢を覚えないように、起床後すぐに服薬した。


 4年前の12月25日11回目。これであの人は夢を忘れた筈なので、あくまで検証のため、あの人のことを見に行くことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ