第21話
「おしとぎ、おしとぎだよー」
うちはお粢屋。お粢というのは、ヒエを粉に挽いて水でこねて丸めたもの。私はいつもの様に、お店の前でお客の呼び込みをした。
「おしとぎ、んまいよー」
私は不器用で、何をしても失敗ばかりだった。お店の手伝いをしようにも、この歳になってヒエの粉すら満足にこねられない私に出来ることと言えば、頑張って声を張ることくらいだった。
「嬢ちゃん、いつも元気だね」
お店に来てくれる人なんて、見知った顔ばかりだ。だから、呼び込みなんてしても、大して意味がないと思う。おいしいよ、と呼び掛けても、味を知っている人しか来ないもの。
「ん! わらじ屋のおっちゃんも、元気そうだね!」
だけど、私が店先に立っているだけでいいんだ、とお母さんは言う。元気な顔を見せて、愛想を振り撒け、だとか。お母さんが言うことは分からなかったけど、私は毎日呼び込みを頑張った。
「そっかいそっかい。んじゃ、お粢1つ、もらおうかね」
こうして今日も、お客さん達がお店を賑わす。代わり映えのしない顔ぶれでも、賑やかなのは嬉しかった。
「あんがとね! おっか、おしとぎ、ゴマで!」
私が奥に声を掛けると、お母さんの返事が返ってきた。
「あいよー。代志子、あんた皿戻しとき」
お粢屋の娘として生まれた私は、勘定が苦手だったので大して頭も良くないと思う。もちろん、読み書きに縁もない。だけど、私が生まれてからはお店も繁盛するようになったとか。自分が生まれる前のことは知らないけど、それを聞くと自分にもお粢屋の才能があるような気がして、何となく嬉しかった。
「おしとぎ、んまいよー」
将来はお店を継いで、もっともっとお店を繁盛させるんだ。そしたらお母さんにずっと休んでいてもらって、恩返し。ずっとそう思っていた。というより、自分がお店を継ぐことが当たり前過ぎて、そもそも他の道を思い描くことすらなかった。
「そんなにうまいのか?」
それは、何でもないお昼下がりのことだった。
「うん、んまいよ!」
お客さんの波も収まり、一息つこうかと思っていたところ。
「じゃあ1つくれよ」
この辺りでは見掛けない顔だった。私と同じくらいの年だと思う。だけど、その装いは大人達が祝いでしか着ないような、艶やかなものだった。
「あし、あるん?」
あし、というのはお代のこと。子供がお店に来ることはなかったので、私はつい聞いてしまった。すると、中からお母さんが血相を変えて現れた。
「代志子! あんた巳回の公達に、何てなめげな! ああ、かたじけない、どうかお許しを」
みえの、きんだち? 初めて聞いた言葉に、そしてお母さんの改まった物言いに、私はポカンとしていた。直後に後頭部に鋭い痛みが走ったので頭を抱えると、どうもお母さんのゲンコツが落ちたようだった。
「ああ、いいよ。慣れてるから」
みえのきんだちと呼ばれたその男の子は事も無げに言うと、頭を抱えて目に涙を浮かべている私の顔を覗き込み、何がおかしいのかクスクスと笑っていた。
「何だよー……」
私は不愉快になってそう咎めると、先程と同じ場所に再び鋭い痛みが走った。これは、きつい。どうして全く同じ場所を、ゴツンと。そもそもゲンコツをもらう理由すら分かっていなかった私は、頭の中をぐるぐる回しながら必死に痛みに耐えて涙をこらえた。
「悪い。いや、おもしろいハハクロだと思って」
私のハハクロ、つまりほくろは、昔から色んな人にからかわれていた。少しだけコンプレックスに感じていたこともあった。そしてそれ以上に、同じくらいの男の子に泣き顔を見られ、目の前で母親に叱られて、と踏んだり蹴ったりで恥ずかしかった。
「それじゃ、お粢を1つ」
これが、私と伊那倭様の出会いだった――。
「みえの、いなわ?」
お粢を食べている伊那倭様の隣に私は腰掛け、話をした。お母さんに止められたけど、伊那倭様は、せっかくだから話しでもしたい、と言ってくれて、私は嬉しかった。何で嬉しかったんだろう?
「そう。巳回の家の、伊那倭だよ。お前は?」
私は最初それが、人の名前には聞こえなかった。
「代志子」
だって、私達の名前と違って、長々としていたから。
「代志子か。ふうん」
「へえ、巳子から来たん!」
巳子はここ×××の隣にある、大きな町。他所から来る人も多いらしく、巳子にお店を出したら忙しくなるだろうな、と思った。とてもじゃないけど今みたいにお客さんを覚えることもできなくなるだろうけど。
「ああ、×××に来るのは久しぶりなんだ」
伊那倭様は物心付いた時から両親の商売に付き添って各地を渡り歩いていたらしい。そして小さい頃に、一度だけ×××を通ったことがある、と。
「じゃ、そん時にうちも見とるかもね」
しかし、あの時の伊那倭様は上の空だった。私の話し掛けにも応じず、少しの間、どこか遠いところを眺めていた。
「?」
私が怪訝そうに顔を覗き込むと、伊那倭様はハッとして我に返った。そして私の顔がすぐそばに寄っていることに気付き、慌てて顔を背けた。あの時の伊那倭様は少しばかりお顔を赤くしていて、まだ心の幼い私は、どうしたのだろうと思った。
「じゃ、伊那倭は巳子でお店をやってるん?」
伊那倭様の口ぶりでは、小さい頃から商いで住まいを転々としていたとのことだけれど、巳子に住んでいるということは巳子にお店を構えているのだろうか? それともまたいつか巳子を去り、新たな土地で商いをするのだろうか? もしそうだとしたら、せっかく知り合えたのに、また会えなくなるのは嫌だと思った。
「ううん。商いは、もうやっていないんだ。商いをしていたのは、巳回の家に貰われる前までだから……」




