復讐者とカラクリ士
“ソラトワ”というこのギルドは、どうやら、人間以外もかなり参加しているらしい。と言っても、割合は五分五分で、少人数のギルドとしてはかなり多いという話だ。
傷の手当と呪いの解呪のために丸々一日使ってしまった。
「もう動けるのか」
「ああ。知っての通り、魔人と人間のハーフだからな」
ベッドから体を起こした俺を見て、クロガネと名乗った竜人が声をかけてきた。不思議な術を使うのが無斗の方で、“モクショウカ”とか唱えていた気がする。
その術を施されると体が軽くなったり傷が癒えていったり、とにかく回復のために必要な魔力の補充をされているらしかった。
ホールに向かうと無斗たちは軽食を取っているところだった。
「あー、起きてよかったのか?」
「ああ、もう問題ない」
差し出されたサンドイッチを一緒にいただいて、俺は話を切り出した。
「俺の依頼を受けていただけないだろうか」
「依頼?」
ソラトワのギルドマスターであると言っていたガルバスタード殿が俺をまじまじと見てきた。
「ああ。無論、殺しをさせるつもりはない、あいつは俺が殺す」
小さく息を吐いて、エイルガレラと名乗った女性が口を開いた。
「やっぱり呪いの爪痕は深いね。本人も自覚がなさそうだ」
その言葉に俺はそちらを見る。エイルガレラ殿は子供を顎でしゃくって見せた。彼女には子供が二人いるらしいが、どちらも俺を見つめたまま固まっていた。その表情はあからさまな恐怖で塗り固められていた。
「!?」
そんなに怖い顔をしていたのだろうか、と思うと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「……すまない」
俺はガルバスタード殿を見据える。
「頼めるか」
「問題はない。ただ、殺しをしないってのはちょいと無理だろうな。だからついて行くやつは指定をさせてもらう」
「構わない」
ガルバスタード殿の顔色はやはりすぐれない。ギルドメンバーに殺しをさせようというのだからそうだろう―――そう思った。
「闇姫無斗、ライガー、クロガネ。今回はこの三人に同行してもらう。いろいろと気にする必要はない、無斗は特にそういうことに慣れているらしいからな」
ガルバスタード殿は不安げな表情のまま言った。無斗は小さく笑った。
「任せとけ、邪魔する奴らをなるべくただ気絶させる程度にしとくからさ」
ライガーとクロガネ、こちらは単純に力で押しつぶす気でいるらしかった。
「きっと役に立つ」
「任せとけ、呪いの盾が三枚いるんだ、気にせず戦えや」
足手纏いになるのは俺の方だろうというのは薄々気付いていた。ギルドでも一番弱かったのは俺だったわけだからな。
「アルヴェムの狙いは何だと思う? どこに向かってるのかさっぱりだが」
「え? 三番街に向かっているんじゃないのか?」
「途中で進路が変わってるのさ。誰かを追っているのかしら」
「!」
しまった、やられた。こっちが追いつく前に彼と接触したんだ!いや、正しく言うならば、彼の方から会いに行ったというべきだろう。
「狙われているのはベニマルだ」
「え? ベニマルが?」
ガルバスタード殿が首を傾げた。
「なんでアレが狙われるんだ?」
「竜人と人間のハーフだからだ」
ベニマルは強い。でも優しいから、独立してギルドを始めて、ギルド員を抱えていたら、彼らを巻き込むまいとして自分から出向いたり逃げたりする。そういう人だというのは、痛いほど知っている。
「……あいつ、確かアガルザネイオ出身だったよな」
「そうだね。しょっちゅうアガルザネイオに帰ってたからなんかあると思っていたけれど、なるほど。もとは星闇月下にいたってわけね」
ガルバスタード殿とエイルガレラ殿は納得したようにうなずいて、なら、と地図を示した。
「たぶんあいつが向かっているのはここだ」
示されたのは闘技場だった。
「ここは魔法が使えないように結界が張ってある。魔術師を無力化するには最適の場所さ」
逃げ出されてはかなわないから、魔術封印の結界が張ってある闘技場というのはかなり数がある。
「ギルドでもこんな汚い仕事ってあるんだな」
「すまないな、こんなことを頼んで」
「気にしなさんな。慣れっこだ」
無斗は日々羅華の民だという。斬撃に極端に特化した武具を製作する民であるためだろう、齢は俺とあまり変わらなさそうなのに俺よりもずっと細身だった。
竜人であるクロガネはいいとしても、俺の体格といい勝負がライガーって……このギルドには細身の戦士しかいないらしい。
「一日二日で終わる勝負とは思えねえが……早く行くにこしたことねえや。クロガネは光希を探してくれ。あれが一番面倒になる、ドラゴンが竜人の血をほっとくわけがねえ」
「わかった」
「ライガーと俺でエグザの護衛」
「獣人相手ならためらわずにやれる、獣人は全部俺に回せ」
「じゃあ他のは俺がやる、行くぜ、エグザ」
「ああ」
とんとんと指示を出してギルドを飛び出す。クロガネと別れ、俺たちは闘技場へと向かった。
赤い髪、赤い瞳の色白な青年が息を上げることなく何かから逃げ回っている。その右目は布で覆われているが、はみ出すように鱗が現れている。隠していたが、興奮して表出したのだろう。
「まさかお前に追っかけられるとは思ってなかったよ、アルヴェム」
「とっとと捕まってくださいよ師匠」
アルヴェムは内心舌打ちする。自分に暗殺術とカラクリ士の術を仕込んだのは彼であり、そうそう敵うとは思っていないが、それにしてもイラッとするくらい追いかけっこを楽しんでいる気がするのはなぜだ。しかもまだ彼は自分のカラクリ人形を出していない。
「いやだよ、お前どうせ皆の魔力を搾り取りたいだけだろう、私にしたように?」
この赤毛の青年こそ、ベニマルである。
ギルド“紅月”のギルドマスター。竜人と人間のハーフであり、もう齢七十近いはずなのだが、流石ハーフといったところか、はたまた、彼も仙人なのかは、本人のみぞ知る。
「解放してやったんだからそれくらい求めてもいいだろう?」
「俺は昏睡状態にでもして飼い殺しかな?」
「わかってらっしゃるようで何よりだ」
カラクリをぶつけるがひらりと避けられる。イラつくことにベニマルは上手く闘技場へと誘導して行っている、マップの確認ぐらいはしてきたのだからわかる。
アルヴェムは闘技場に就く前に勝負をつけたいと考えていた。ベニマルの考えはおそらくアルヴェムをそこまで引きずって行けばいいというもの。
アルヴェムは気付かない。近くに人が誰もいないことに。
この判断を下した人物の存在に。
どうせ今アルヴェムを攻撃したところで、開放してきた竜人や魔人、鳥人などの豊富な魔力を持つ人種から搾り取る魔力量が多くなるだけなのだから。
気にしたところであまり違いはないのだ。
ゴォッ
突風に吹かれ、ベニマルが立ち止まった。
「そんな……! 来るなと言ったのに!」
影が二人の上を通過する。アルヴェムはニヤリと笑った。
「俺はあれにやられりゃいいわけですね」
「光希っ!! すぐにその子から降りなさいっ!!」
現れた飛竜の背に立っている少年へ必死に叫ぶベニマルに向けてアルヴェムがカラクリをけしかけ、ナイフを構えた。
「くそっ、クロガネは間に合わなかったか……!」
無斗が舌打ちした。
「どういうことだ?」
俺が問うと、ライガーが答える。
「魔力の流れをよく見てみろ。とんだ下衆野郎だぜ、アルヴェムってヤローはよ」
言われるままに魔力の流れに目を凝らして、愕然とした。
「これは……あいつに攻撃したら!」
魔力供給術式の魔法陣を体に刻まれた竜人や魔人がいて、彼らはその魔法陣の意味が分からないはずがないのにと思い、ふと気づいた。
彼らは、“開放してくれた人”への恩返しとしてこれをしているに過ぎないのではないか……?
「奴隷扱いする奴らよりよっぽど開放してくれた奴の方につくよな、普通」
「術式の破壊が先、と言いてえところだがこの数じゃおっつかねえな。どうする」
「スルーに決まってんだろ。要は野郎に外傷をつけずに仕留めりゃあいいんだ」
無斗とライガーはこなれたように言葉を交わしているが、やろうとしていることはどちみち恐ろしく高度な技術がいる。
「……仙人ってそういうものなのか?」
「あ? ちげーよ、単に使ってる術が相手にそっくりそのまんま返すってだけだ」
「式術っていうんだが、日々羅華と、あとは四神の直系にしかもう残ってないっぽいわ」
ライガーが近くの竜人に声をかけた。
「オイお前、その術式の解き方わかるか」
「え……? わかるけど……」
「じゃあそれ解いとけ、これつけたやつをぶちのめしに行く」
「…なんで?」
「あークソ、とにかく解いとけ、時間がねーんだよ!」
「はぁ? 納得できないし」
竜人はライガーを睨んでいる。その時、飛龍が飛んで行った方角を屋根の上から見ていた無斗が叫んだ。
「ライガー!」
「チッ!」
ライガーが無理やり渋っていた竜人から魔法陣を引きはがした。
「ちょっ、何するの!」
竜人が叫んだが、直後近くにいた獣人や鳥人が倒れた。
「!?」
「オイ無斗、ドラゴンの種類分かんねーのか!?」
「あっはっは、くそ!! こないだ見つけた巣の主だぜありゃあ! レッドドラゴンの上位種、たぶんフレアだ!」
「チクショウ! なんで玄武いねーんだよっ!」
「ちったあ頑張れよ金だろお前!」
式術のことはわからないが、何かしら最上位精霊が関わるものらしい。俺は無斗の横に並んで無斗の見ている方を見る。
なんて大きさのドラゴンだろう。あれだけ老齢であろうドラゴンの攻撃など受ければひとたまりもない―――普通ならば。
「どうなってるんだ……?」
「この魔法陣を組んだ野郎の狙いは端っから竜仙の持つ無限ともいえる魔力ってことだ。お前らは遠くにいながら人質になってるってわけだ」
「……竜仙なんてこの辺にはベニマルさんしかいないだろ。なんでベニマルさんが竜仙だってばれてるんだよ」
竜人は無斗を睨んだ。ライガーは倒れた者たちを道端にどけて脈を確認していた。
「それは、あいつとベニマルさんが師弟関係にあるからだ」
「!?」
俺が口を開くと竜人は驚いたようにこちらを見た。
嘘なんかじゃない。あの二人にはそういう関係がある。だからあいつはベニマルさんが守ろうとするものから潰すようなマネができる。
「無斗、こりゃあかなり死んだんじゃねえか」
「チッ……あのドラゴンぶっ飛ばした方が早いか?」
「よし来た」
なにも来てない意味が分からない。
「ドラゴンに挑むのか?」
「どうだろうな。あれがいなくなりゃあ西の森が荒れるだけだ。でも同時にこれ以上一気に魔法陣掛けられてるやつが死ぬなんてことはなくなる」
二者択一か。とにかく動かないと始まらないと考えて、俺は歩を進めることにした。
「行くしかない」
「ああ」
「まだそいつら完全には死んでねえ、これ以上魔力を取られると死ぬから獣人と蟲人を優先しとけ、魔力の残量見て判断、ってこれは竜人の方が詳しいか?」
「……いいさ、見たとこあんたなりたてっぽいけど獣仙だろ」
「……まーな。頼むぞ」
ライガー、細かいところは気にしないタチらしい。何か違う言い方だったようだがそのまま出発した。
無斗に聞いたところ、白虎仙というのだそうで、獣仙の最高位に位置する仙だという。仙かどうかなんて魔人の血が入っていてもわからない、竜人の魔力を見る力は相当なものだと思われた。
「アルヴェムに外傷つけないなんてできるのか?」
「俺は無理だけど」
「毒は効くのに時間がかかっちまうな。あとは拡散されるとやばいのしか持ってねえ」
無斗はケラケラと笑って見せたが、日々羅華の民は劇薬を平気で人に使うという話を聞いていたことを思い出して少しぞっとした。
「となると、やっぱそのカラクリ? をぶっ潰して生身の戦闘に持ち込むか?」
「いや、二人がカラクリを引き付けてくれれば、生身ならば俺一人でも相討ちくらいにはなる」
「依頼人死なすわけねーだろ馬鹿なんじゃねーの」
ライガーが呆れたというように眉を潜めた。それもそうだな、と俺は小さく答えた。
正直言って、相討ちなんて考えられない。彼個人と戦ったことなんてないからだ。だがやらなくては。
まだ未熟な俺に彼を倒せるなんて考えちゃいないし自惚れているつもりもない。
すぐ近くに見えてきた戦場は戦っている本人たち以外は誰もいなくて、よかったと思った。皆避難していたんだな。
俺はふっと剣を抜いた。対峙したまま動いていないベニマルさんとアルヴェムの方へ歩を進める。無斗が叫んだ。
「あっおい、行っちゃまずいぜ!?」
分かっている、でも―――
―――止マレナイ。
「ハッ―――」
アルヴェムが笑った。俺をはっきりと見て。
「待っていたぞ、エグザ」
ぐらり、殺衝動が沸き上がる。
皆を殺した殺した殺した殺した―――
ガキィンッ
「アルヴェム師匠―――どうしてみんなを殺したんですか」
俺の剣とアルヴェムのナイフが合わさる。アルヴェムは小さく笑った。
「お前が知る必要はないな」
「―――俺の目の前で皆を殺したくせに」
「諦めろ、済んだ話ではないか」
アルヴェムはニヤリと笑った。
「魔人らしくもない。お前の母が悲しむな」
「黙れっ! 母様の話は関係ないだろうっ!!」
関係のない話をするな、と俺は叫んだ。その時、無斗とライガーが俺の足を引っ張った、文字通り。
「!?」
俺は何とか踏みとどまったが目の前をカラクリの手が通り過ぎた。
「……」
「おや、目がいいな、今のを避けるか」
アルヴェムの下卑た笑みに俺は吐き気がした。無斗とライガーは小さく息を吐いた。
「エグザ、ちょいと待っててくれよ」
「これは俺たちの獲物だ」
「カラクリの相手をしていろ」
「「その単調な動きのカラクリが本体だ」」
やたら息の合った言葉だと思った、その時は。
その言葉の意味を知るのは、もう少しだけ、先の話。
描いてくときはちゃんとつながってるつもりなのにね←