日々羅華忍者とソラトワと
光希に送ってもらって、城壁からだいぶ離れて、衛兵から見えないように城門の東側にある小さな林に入って狂牙竜から降りた。
「ありがとう、狂牙竜の」
「助け合いは必要だ、黒龍の」
「さんきゅー。狂牙竜の兄ちゃん。なんか欲しいもんあるか?」
「いや、今はない。次にとっておこうか?」
「覚えとくぜ。なんかあったら言いな」
「また世話になるかもしれないっす。今日はありがとう、お疲れさん。気を付けて」
「お疲れさまだ、光希。では、お暇させてもらう」
狂牙竜は竜人である。けっして魔獣ではない。ドラゴンでもない。竜人なのだから、人型だってとることができる。俺たちと同じだ。でも普段の姿から魔獣だと思われている。日々羅華の狂牙竜は少し小さいなあ、こんなに大きくなかったから。
城壁の中に戻って、俺は光希の案内で2番街と3番街への道をぐるぐると歩き回り、ようやくギルドに帰ってきた。
「お疲れさーん」
「またな、光希」
「お疲れ様です」
三人が分かれると少しばかり寂しくなった。泊まってる宿も教えてもらったし、何かあったら相談してみるのもいいかもしれない。
竜紋というのは単純なものではない。本当は獣人は獣紋、鳥人は鳥紋、魔人は紋章をつけに来る。それぞれあるのが特徴ではあるけれど、基本的には竜紋があれば他の種族は信頼に足る人物としてその人間と蟲人を見る。蟲人は虫に近いはずなのだけれど、人間としてこちら側からは捉える。
竜紋は竜や竜人が気を許したという意味を指している。模様はすべて同じだけれど、普段は見えないし、力量によって大きさが変化する。光希はすごく大きかったなあ。俺が無斗につけた竜紋は手の指先から肘ぐらいまであるかな。無斗は俺がつけるより前に獣紋があったから、どこかで獣人に気に入られたんだろう。
「ただいまー」
「帰りました」
「お帰りー」
エイルガレラさんの声がした。俺はカウンターに行って薬草類を置いて足早に離れた。まだ怖い。無理、今日光希に対してはよかったけどやっぱり普通の人に対しては無理だ。少し悲しいけど、恐怖で動けなくなってしまうから余計失礼だろう。
「はい、報酬」
「あ、先に渡してあるんですね」
「そうよ」
無斗が報酬を受け取って俺のところに来た。二人で山分け、なんてことする必要はない。俺はお金の使い方をろくに知らないからだ。無斗は知っている。だから無斗に全部任せることにする。
「母さん」
「おかーさん!」
「!」
俺の肩が震えた。お母さんなんて呼ばれる年齢の女性はエイルガレラさんしかいない。小さな子供がいると無斗から聞いてはいたから、それだろうと認識した。
「あら、どうしたの」
「新人さん入ったんでしょ? 挨拶しとこうと思って」
「わ! りゅーじんだ!」
兄弟なんだろうな、こげ茶の髪の背が高い子供と茶髪の小さな子供が出てきて、小さい子の方が俺に駆け寄ってきた。
「おやめ!」
「クロガネ!」
エイルガレラさんが叫び、無斗が俺の手を引いた。
「……っ」
俺は体が震えて、こんな小さな子相手でもダメなんだなあとつくづく思った。
「……ごめん、ね」
小さな子は動きをぴたりと止めていた。小さく謝ると、不機嫌丸出しで、でもどうやらあのエルフの子も同じような状態なのかもしれなくて、また、と小さくつぶやいていた。
こんなに小さな子なのにちゃんと止まってくれるんだから、エイルガレラさんは人間としてはかなり不思議な人だと思う。躾というんだっけか。
無斗が俺を守るためにナイフを取り出してしまっていた。こればっかりはどうしようもなくて、無斗はそういう風に躾られたからその通りに体が反射で動いてしまうだけ。俺はナイフをしまうように促して、無斗はナイフをホルダーにしまった。
「すぐに飛びついて行くのはやめなさいっていつも言ってるでしょう」
「えー」
小さな子がエイルガレラさんに叱られ始め、大きい方の子が俺の前まで来て礼をした。
「弟が失礼しました。僕はザグリガル。弟はエルディといいます。竜人の方は珍しいものですから、つい」
「……ごめん、人間、怖くて」
「飛びつかれたら誰でも怖いです。遊んでもらえると喜ぶので、人間に慣れるのに練習台としてつついていただいていいです」
幾つだよと言いたくなるほどしっかりとモノを言ってくるザグリガル。俺は小さくうなずいた。そして、ザグリガルは無斗に視線を移した。
そうだよね。無斗は大陸では滅多に御眼にかかれない人種だものね。
「あ、あの、日々羅華の民ですか……?」
「ん? ああ、そうだけど」
「ジョブは!?」
「……忍者だけど」
目を輝かせるザグリガル、日々羅華固有のジョブは主に三つあって、サムライ、忍者、ヤクザだ。ヤクザは組を作ることになるから外には出てこないから固有ジョブ。でもサムライと忍者は外にも出てくるから、たまに見かけることになる。サムライはとにかく持っている装備もそうだけれど、たとえ刀を使わなくても、なまくらを使っていてもすごい切れ味で物をぶった切ったりするから、攻撃重視でパーティを強化したいときには重宝されるらしい。
忍者は速度と隠密重視のジョブだけど、実はもっといろんなことをしている人が国内には多い。情報操作、変装もするし、身代わりもする。あと、一番怖いのはスリだ。気付けないもの。無斗は修行中にヤクザからお財布盗ってこっそり返してきてたっけ。
「あらら……ごめんねえ、その子サムライと忍者のコンビに助けられたことがあってねえ、日々羅華大好きなのよ」
苦笑するエイルガレラさん、無斗はああ、なるほどと言ってちょっと笑った。
「時間あったら話してやるよ」
「本当!?」
「にーちゃんずるいー!」
お説教は終わったらしく、エルディがザグリガルに飛びついてきて、よく俺が無斗に飛びついて行っていたのを思い出した。
エイルガレラさんは俺が食事を作れることを知ると、ハーブのリストを持たせてお使いを言い渡した。知っているハーブばかりだったからよく行く店の名前と大体の位置を教えてもらって出発した。やたらとすれ違う衛兵に驚いたものだ。
ついでだし、奴隷市も覗きに行くことにした。
奴隷市は一番の大通りに点々とあるらしく、入って来た時に見たのとは別の奴隷市があっていた。獣人、鳥人、蟲人。魔人もいる。珍しいな。
獣人は強靭な四肢を持つことで知られているが、体力的に秀でている代わりに魔法に対する抵抗力は悲惨だ。そもそも持っている属性のせいだが、俺たち日々羅華では金、大陸では鋼という属性に振り分けられる者が多い。鋼は組まれた魔法を切り裂いてしまう。そのために魔法は効きにくいが回復魔法も効かず、いざ魔法が効いたとき全く抵抗することなく一撃でノックアウトとか聞く話だ。
鳥人は翼が生えているし、大体は飛行能力を持つ。白兵戦よりも弓矢を得意とする中距離型の戦士たちだな。魔法もかなり使えるから、捕らえるのは難しい。同じ理由で竜人も子供の時に拉致されることが多い。
竜人、これは飛べるし魔法を使う、白兵戦が苦手な種族だ。そんなに苦手じゃないだろうって言いたくなるのは日々羅華にごまんといる。でも日々羅華の感覚で竜人に当たってはいけない、日々羅華の竜人は他の種族とせめぎあって生きてられるほどタフだが大陸の竜人は住処を奪われて辺境に住んでるやつが多い。しぶとくないのだ、優しいし争いは好まない、日々羅華みたいに皆オラオラ系の国とはわけが違う。
魔人は住んでいる大陸そのものが違うはずなのになぜ捕まっているのか……謎だ。魔人の住む魔王領と呼ばれる大陸はそもそも彼らの持つ魔力自体のせいで極端な気候に偏っていて、人間も住むにはしっかりと体が出来上がっていなければならないと聞いたことがある。もしかすると、それに耐えられない魔人が人間の住むこちら側の大陸に危険を覚悟のうえで移住してきているのかもしれない。
はたまた、もともと住んでいた彼らをそもそも追い出したのが人間だったりして。
やたらと大人しい獣人を見つけた。奴隷と会話するのは禁止されていないらしい。他にも話している奴はいて、檻に入っている奴隷側の表情が多少明るくなり、話していた女が奴隷商を呼んで、話していた奴隷を買ったりしている。俺は買うことはしない。そんな金はないし、そんな事同情でするものじゃない。
檻に近付く。すぐにわかった。狐だ。脚は怪我しているが元気そうだ。ふさふさの尻尾に触りたい気分になった。
狐の獣人なのに賢狐を従えていないということは、こいつが従者だった可能性が高いな。
獣人には何種類か分け方がある。その中の一つに、従者がいるか、獣を連れているか、ソロかの三種類での分け方がある。ソロになるのは狼、虎、獅子などの強大な力を持つタイプだけだ。となると、狐のようなそこまで強力と言い難い獣人の場合、獣を連れているか、もっと強力なやつの従者だった可能性のほうが高いというわけだ。
「おい、お前。狐」
「……」
狐の獣人が顔を上げた。その目はギラギラと闘志に燃えていて、諦めたのではなく何かの算段があってここにいるということがわかる。
「……お前、何についてきたんだ? 他にいるだろう」
単刀直入に尋ねた。狐の獣人は金色の狐目をさらに細めた。
「あんたに話す義理ないんやけど?」
「今衛兵が街中走り回ってるぜ。……捕まっちまうかもなあ? そしたらそいつらも奴隷になる」
「……あんた性格悪いで」
「自覚はあるぜ?」
狐の獣人は少し思案してから、俺の顔を再び見つめた。
「あんた、日々羅華やな。話したる、でも必ず衛兵より先に見つけや」
「おう。任しとけ」
狐の獣人はあたりを見回した。他にも聞いている奴はいるだろうと考えている。ああ、俺の後ろの三人組が聞き耳たててやがる。気にするな、と、俺は獣紋のある部位―――まあ、脇腹なんだが、服を少したくし上げて見せた。
「……全部持っとるんかいな、驚きやわ」
「闇姫だからな」
「……お言葉に甘えさしてもらうわ」
狐の獣人が獣紋に指先で触れた。簡単に言うと、直接話さなくても情報や指示がいただけるわけだ。狐は本来神の使いだ。獣紋との相性はいい。
『ワシがついてきたんは、虎化族と銀狼の二人や。二人とも死なせたらあかん、何せ純血やからな』
虎化族というのはまた珍しい。確か取引自体が違法ってことになっているはずだが、この街の法律はまだよく知らない。銀狼という言い方をするということは獣化だろう。
『その通りや。この二人は仙にならんとあかんのや。衛兵に捕まったりしたら何されるかわからん! 銀みたいなちゃちい弾撃ち込んできよるせいで、逆に傷口広がってもうたわ!』
痛そう。なんとかして先に見つけないと、虎化族も銀狼も絶滅危惧種ですよ。まあ、環境に負けたというよりは、人間に狩られまくったってのが正しい。
ちなみに銀が魔族に効くとかガセネタもいいところだ。銀は金属としてはかなり脆いものに分類されるし、いわゆる魔族には全くと言っていいほど効かない。
獣化族は装甲を捨てて速度と筋肉の鎧で武装したような種族だ。彼自身結構血が出ているが広範囲の血管が吹っ飛んだだけなんだろう。
『虎化族の旦那の方は体に入れ墨みたいな柄が出てるんや、それの出るような鎧着とるせいで紛れるとか無理やった。銀狼の旦那はアイアンクロー装備するし紛れるのは何とかなっとる』
了解。ということは、人込みよりは裏路地にいる可能性の高い虎化族を探した方がいいな。
「頼んだで」
「ああ。買ってやるほど金がねえ、自力で何とかしろ」
「わかっとるわ」
後ろの奴らが小さく舌打ちした、ざまあ見ろ。ついでにそいつらの傍をわざと通って財布をスってやった。
「んだあのガキ……」
「あれ?」
「どうした?」
「財布がねえ」
「は? 落としたのか?」
「ンなわけねえ! あのガキだ、あのガキスリやがった!」
そんな会話を聞きつつ俺は財布の中にざまあ、と書いた紙を入れて近くの建物の屋根から麻の紐で吊るした。しかし、向こうに俺がガンつけてたせいですぐ気付かれたな。やっちまった。まだ修業がいりそうだな。
リストに載っていたハーブを買って、帰ろうとして気付いた。
「……」
雑踏のせいで聞き取りづらい。
ハーブのせいで嗅ぎ取りづらい。
考えたな、虎化族の獣人。
荒い息遣いと血の臭い、食料品の売り場に身を隠したのはいい考えだ。ハーブの店と肉屋の間には魚屋があるが、血の流れることに変わりはない。裏の方で肉の解体をしている店だな。すでにカットした肉を売っている店もあるから、うまいこと隠れたものだ。
でも血の臭いを嗅ぎ慣れていると分かってしまう。
水で薄まったような臭いじゃねえ、新鮮な血だ、ってな。
俺は裏路地に入った。
夕日の光は建物に遮られて、路地は真っ暗だ。右の方、解体現場にかなり近いとこまで行ってるな。素早く左の建物の陰に入る。
衛兵が表通りの石畳を駆けていく音が聞こえた。
「……っ」
ひゅ、と小さく息を呑む音が聞こえた。ぱき、と聞き慣れない音がした。かつん、小石が地面の石畳に落ちる音。来る。
俺はナイフを抜いた。
「っ!!」
音もなく飛びかかってきた影、光のある場所を通ったはずなのにその時間は一秒に満たない。ナイフでその振り抜かれた拳を流した。
バキンっと音がした。ふざけんな、なんつー拳だよ。
鉄製品を砕くんじゃねえよ!
忍者刀を使えば腕一本落ちるだろうな。それは避けたい。狭い場所では獣人の脚力の方が圧倒的に有利だ。広い場所に出るか?それでは見つかってしまう。これだけ血を流しているのに動かしたくない。
金色に輝く瞳を見つめた。助けるなんてたいそうなことは言わねえ。
でもさあ。
あんたらを神として敬ってきた国の人間としちゃ、戦いたくなんてねえんだよ。
ヒュンッ、拳が俺の頬をかすめた。拳圧で頬の皮膚が切れた。これで爪出してないんだもんな、あんた強いよ。
俺は拳を引くのが一瞬遅れたその隙にその手を掴んだ。
「!」
腕力も相当だな、流石獣人。腕を引き戻そうとするが、おそらくこの出血量だから力が入らなくなっているのだろう、徐々に俺の思う通りに動いていく。
「大丈夫だ、安心しろなんて言わねえが、獣紋持ちだからな」
「……」
苦しげに細められた双眸が綺麗だなんて思っちまった。
服を軽くたくし上げて獣紋に手を触れさせた。その位置で俺に敵意がないと悟ってくれた、獣化を解いた虎化族の獣人はそのまま倒れこんできて、俺は支えきれずに尻餅をついた。
『大丈夫か』
『……痛ぇ』
ぜーぜーと肩で息をしている彼は、俺の思考を読むほどの体力は残っていないらしい。人間の力でここまで虎化族をぼろぼろにできるものだろうか。俺は彼の背を軽く撫でた。
『……てめー、何もんだ』
『しがない通りすがりのギルド員だよ』
『日々羅華だろ』
『まあな』
獣紋なんてつけるやつは日々羅華にしかいねえ、と小さくぼやいた彼はゲホゲホと咳込んで血を吐き出した。また背中をさすった。
『俺も入ったばっかだけど、ギルドに泊めてもらえ。竜人、エルフ、黒竜人付き、どうだ?』
『はっ、そんだけ魔族がいるなら悪くねえ……。あと、任せた』
『おう』
もう意識が飛びかけているらしい。名前は聞かない。縛られる可能性だってあるからな。獣人は特にそういうところの警戒を強めている。
『俺は無斗。闇姫無斗だ。ゆっくり休め、虎化族の』
『……』
返事は返ってこなかった、だが細められてそのまま見えなくなった金色の目はだいぶ安堵の色を見せていたから、まあ、何とかなったって感じだろうか。
俺は彼を背負って屋根の上に出た。やっぱり衛兵が構えていたが、彼が虎化族であることと、もう一人も取引が禁止されている種族であることを伝えると、情報提供料として銀貨を1枚貰い、衛兵たちの動きが止まったのを見届けてギルドへ戻った。
遅かったねって言われて獣人拾ったって言ったらエイルガレラさんが驚いて慌ててベッドメイクしに行ったっていう。悪いことしたなぁ。
仲間がなかなか集まらないです……(-_-;)