ソラトワとエッデガラ
「こんばんはー」
「いらっしゃー……い」
アレイナはアウリエラの声に不穏なものを感じて慌てて顔を上げた。そこには、人間の少年がいた。
黒髪ツンツン、シャツとサスペンダー付きの黒いズボン、ホルスターを下げている。これは、とアレイナは思った。
「……大変だったね」
「はは……」
アウリエラは慌ててライガーを呼びに走って行った。ライガーは台所で肉の解体でもしているところだろう。
「ごめんなさい、彼女人間怖がってて」
「いえ、理解はしていますから」
「はい、要件は?」
「ここに所属させてもらえないかと思いまして」
「はい、じゃあこれ書いて」
紙を渡して、サインを求めるアレイナ。少年は尋ねる。
「こちらで使っている文字書けないんですが」
「ああ、大丈夫です、ギルドメンバーの誰のモノかわかればいいので」
「あ、じゃあ」
少年は確かにこちらでは使わない字で名を書いた。
「おー、来たんだな」
「よっす」
「こんばんは、昼はお世話になりました」
奥から出てきたライガーと無斗、残念ながらどちらも腰エプロンをつけている――
「……料理中だったのか?」
「まーな」
「おーいギルマスーはよこーい」
じきにガルバスタードがやってくる。
「おう、ギルマスです。ガルバスタードという。歓迎するぜ」
「シュリフトです。ありがとうございます」
「ちょっとこっちで話でもしとくか。飯まだか?」
「「どっかのギルマスがいきなり妻にお使い頼んだりしなかったらこんなに遅くなってねえよ」」
「……ごめん」
「今日酒抜きで」
「ああっそれだけはっ」
無斗とライガーが奥へ戻っていく、というか、男が普通に厨房に立つのか、とシュリフトは思った。このギルドにライガー、すなわち獣人がいることが分かった時から思っていたが、彼らには身分云々というのがあまり浸透していないのかもしれない。
人間と他の種族を別のものと考えているのかもしれないが。
じきに奥から赤い髪の青年が現れる。それに続いて青黒い髪の竜人も現れて、テーブルに適当に座る。ガルバスタードに促されてシュリフトも適当に座った。
さらに時間が経過すると子供を二人連れた女がやってきて、シュリフトは彼女がエイルガレラであることを知った。
出来たぞー、と声をかけた獣人と黒長髪の少年が席に着いた辺りで全員と思しき大人数が席に着いていた。
「じゃあ、新人歓迎も兼ねて! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
シュリフトはひとまず全員の名を覚えることに専念した。
「結構ジョブが散らばってるんですね」
「そうだな。まあ、先輩とか後輩とかあんまり考えなくていいぞ、こいつらもつい1ヶ月以内に入った新人だから」
「え」
ギルドに来る前に戦闘経験を積んでいると、ものすごく強かったりするため注意は必要だ。
ガルバスタード、クロガネ:魔導士
エイルガレラ、ライガー:モンク
アウリエラ:アーチャー
無斗:アサシン
エグザ:剣士
「そちらの御三方は?」
「あいつらは正式なメンバーじゃないんだが、下手に動いても目立つし、ここに居候状態だ」
語、静、動の三名も一緒に食卓を囲んでいたりする。
「――ああそう言えば、報告があるんだ」
語がサラダを摘みながら言った。
「どうした?」
「蟲人なんだけどさ、俺たちを認識できないみたいなんだよね。まあ、俺たちを認識している時点でここに純粋な人間はいないわけだけど」
突然振られた話にシュリフトは、ああここは会議の場でもあるのだと理解した。
「純粋な人間、というのは、古人族の混じりがない、ということですか?」
「そう」
さらっと自分のルーツをたどった気がしたシュリフトだった。
蟲人は比較的近年出現した種族であるため、何らかの理由により語や静、動を認識しないのであろう。
「――それなら、お前さんたちにはしばらく北部での情報収集を行ってもらいたいんだが」
「ああ、かなり有利に運ぶだろうねえ」
何か計画を進めているらしいことを察知し、シュリフトは問う。
「北部と南部の軋轢の解消ですか?」
「ああ、最終目標はそこだ。今はとりあえず、元老院相手に挙兵でもしてやろうかって話になってるところだ」
「規模が大きくなりそうですね」
「ああ。だが、ちょいと遅れそうなんだよ」
「?」
シュリフトは、やけにべらべらと喋るなと思っていたが、それだけ信じてもらっていると前向きに受け取ることにした。
「中心にいたベニマルが回復にちょいとかかりそうでな」
「師匠のカラクリに細工したのも北部の魔導士だろうか」
「可能性は高い」
カラクリという単語が出てシュリフトは理解した。それこそ南部が抱えた問題の一番大きな発火点となった事件である。
「あれに関わってらしたんですか」
「はは、まあな。どうする?」
「今更抜けたりしませんよ」
「そりゃ頼もしい!」
食事をしながら情報交換の場とされるこの場所は、団欒とは言い難いが、雰囲気は孤児院と同じだ――シュリフトは全く知らない場所のはずのソラトワで、かつての感覚と同じものを感じたのだった。
「まったく、エイルガレラには困ったものですな、領主様」
「ええ――」
エッデガラ領主、ウォネア・マクスウェルは息を吐いた。北部から派遣されてきた元老院所属のこの男は、ウォネアの頭を十分に悩ませていた。
エイルガレラ以外見えていない現状の元老院を潰すのはおそらく戦力的には容易いことだが、エイルガレラはおそらくまだ動かないだろう。
「ライオネル殿、あまりエイルガレラのギルドを甘く見ていると痛い目を見るとでも元老院に伝えておいてくださいませんか」
「ええ、ええ、了解しました。しかし、私が来なければよかったのにとお思いでしょう、残念ですねえ、思うように動けなくなってしまったのですから」
「あら、何のことでしょうか」
ライオネルは仮面の如き笑みを張り付け、それに対してウォネアも愛想笑いで対応する。
全部仕組んだくせにと心の中で文句を吐いて、ウォネアは続ける。
「彼女ははっきり言って政治家を嫌っていますから、私なぞさっさと切り捨てることも辞さないでしょう」
実際、エイルガレラが上げた報告書は最後が脅しの文で閉められている。
それを見せてやればライオネルは驚いたように目を見開いた。
「……ずいぶんと強硬な姿勢に出ましたねえ……」
「まあそうでしょう。奴隷制の詳細を知れば彼女は必ずこういう反応を返してくると分かっていましたから」
もう手遅れだ、と言わんばかりにウォネアはライオネルに告げる。。
「では、元老院の反応を待ちましょうか」
特段ウォネアに何か非があるわけではない。ライオネルが退出したところで防音結界が発動する。
「うまく撒けたね」
「ええ、貴女の報告書がいい方に働いてくれたわ」
エイルガレラが姿を現した。
その手にはタリスマンが握られている。
「私はこのまま元老院側であるという姿勢を見せていればいいのね」
「ええ。まあ、状況がちょいと変わって来たから判断は任せるけどね」
「どうしたの?」
「新しくうちのギルドに入った子たちがバケモンみたいな子ばっかりなのさ。日々羅華のアサシンに青竜の眷属、白虎の眷属、魔人のハーフはドラゴンスレイヤー付きときたもんだ」
「過剰戦力ね」
一つのギルドに集まっていい戦力ではないだろう。エイルガレラの苦笑にウォネアも苦笑で返した。随分と大家族と化したようだな、と思う。元々家族経営のギルドだったはずだ。
「ま、報告はちょくちょく聞きに来るから」
「ええ、それじゃ」
「頑張りなさいよ、若領主様」
「はい」
ウォネアは音もなく窓から領主館を抜けていくエイルガレラの運動能力に舌を巻く。あいも変わらず、と言ったところである。エイルガレラは先代領主、つまりウォネアの父の時代にエッデガラに住み着いた冒険者だった。まさかエッデガラの誇る最強の魔導士とさえ謳われる男の妻になるとは誰も思っていなかったのだが。
「……」
ウォネアは机の上の書類をまとめ始めた。目を通せば溜息が出るようなものばかりだった。やはり元老院は長くないな――そんな不謹慎なことを考えながら、ウォネアは政務へ戻って行った。