エルフと砂漠の旅Ⅱ
ライガーは特に気にした様子はなかった。これだけ近くにサンドドレイクがいるというのに。サンドドレイクは人間の言葉を理解する。まずいだろう、彼らは魔法だって使うのにと思った。けれど、ライガーは言った。
「サンドドレイクで何が嫌ってな、砂嵐が嫌なんだよ。こいつら自体を嫌ってるんじゃねえ。俺らは他のと違って服を着るからな、砂がウザくて仕方ねえんだわ」
ガラスはあまり傷付いていない。サンドドレイクは何やら寂しそうに小さく鳴いて洞窟の入り口から鼻先を離した。私は驚いて声も出なかった。
でももちろんサンドドレイクを怖がるものはいた。
蟲人である。
どうやら、食べられてしまうらしい。
「ここは安全よ?」
アレイナが言うと、ダイオウサソリの子供はアレイナに懐いたみたいで、尻尾を垂らしたままだけれどちょっと揺れてた。
そのうち無斗が目を覚ました。
「……ライガー、飯何がいい?」
「はい、干し肉以外が食べたいです」
「はは。サンドドレイクでも食うか?」
「うげ、やめてくれ。アイツらの肉は臭みが酷くて俺らには食べれたもんじゃねえんだ」
それ、食べたことあるってことだよね?
そんなことを考えつつ、私は無斗を見る。無斗は苦笑した。今は布は外されている。
「見苦しいとこ見せたな。わりぃ」
「……ううん、いいわ。やっぱり貴方も疲れるのね」
「まあな。ま、どうするか考えようや。サンドドレイクやって依頼をこなすか、サンドドレイクを人間にけしかけるか」
「……無斗、話聞いてたの?」
「聞こえてた」
いったいどんな耳してるんだろう。
「ところでよお、ダイオウサソリって砂漠の種類じゃねえだろ。捨てられたのか?」
無斗が急にそんな話をダイオウサソリの子供に振った。ダイオウサソリの子供は驚いたように無斗を見て、小さくうなずいた。
「うん……虫とはいえ人型になったものはさすがに薬に使いたくないって……」
「飼い主は日々羅華だったんだな」
「う、ん……優しい、人だったのに」
泣き始めたダイオウサソリの子供をアレイナがあやす。私は無斗を見る。無斗は肩をすくめた。
「日々羅華における蟲人の立場は――神の眷属。捨てるなんてありえない。お前、どこから来た」
「わかんない、ずっと砂丘」
「……ラルガンテだわ」
アレイナが言う。どうやら、オアシス都市ラルガンテから彼はきているらしい。
「……ラルガンテと言えば……フォレダイロと同盟して蟲人を奴隷階級に指定した都市だわ」
「なんだその胸糞悪い話は」
「仕方ないの、あの二都市は北部の元老院からの監視が強いわ」
「チッ……うっぜえ」
ライガーは舌打ちしてガラスから外を睨んだ。
「政治なんて嫌いだ。権力者たちの睨み合いばっか」
「はっは、俺らは利用されて金がもらえりゃ何も言わんがね」
「そこが人間の分からんところだ。金がなんになる」
「ま、そうだな」
獣人族は基本的に通貨を使わないから、お金の価値というのがよくわからないのだという。ライガーは旅をしてきた分わかってはいるが、あくまでも人間の都市にしか通用しない、だからどうでもいいんだと言う。
「無斗は何でソラトワに?」
「俺は食い扶持を稼ぐためだよ。ウチ大家族でな、俺末っ子から2つ目なわけ。もっと強い兄貴もごろごろしてるし、仙人だし、丁度飢饉だったし俺は切り捨てられて殺されるか自分で稼いで食うかの二択だったんだよ。だから親父に紹介してもらってこっちに来た」
なんかとんでもない理由だったんだね。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ここは普通なら私たちのも聞くところなんじゃないの?」
「いや、直感が聞かない方がいいと告げている」
無斗はそう言って立ち上がる。
「さて。早くしないとエイルガレラさんが心配するぜ。今日中に依頼はこなしてしまおう」
「そうね」
「うん」
「おう」
ダイオウサソリの子供はここに置いて行くことになった。
「……ねえ無斗」
「ん?」
「さっきなんで都市を聞いたの?」
「あー……」
無斗は苦笑する。今日の無斗は苦笑してばかりだ。
「……さっき言ったろ、日々羅華は蟲人を捨てないって」
「ええ」
「……つまりだ。アイツは逃がされた。おそらくその日々羅華はもう生きちゃいないぜ」
「え……」
無斗の言葉に私は一瞬ついていけなかった。
どう飛んだらそうなるのか知りたかった。
でも、すぐに理解した。
日々羅華は謎の多い国だけれど、一番謎が深いのが、”切腹”なる伝統。人間の国の中にはギロチン処刑を貴ぶ国があるけれど、それと同じ感覚で腹を切るらしい。それ、絶対苦しいよ。
ともかく、簡単に言うと、切腹は自殺行為だ。
自殺を認めている国なんて珍しいものだ。
自分の中の戒律に厳しい人が多いと聞く日々羅華の民。
神の御使いを捨てるなんてことをすれば選ぶのは――死。
潔いまでの死、それでもって自分の罪の責め苦とともに自分の魂の高潔さを失わぬうちに死ぬのだと無斗は語った。
「あ、居た」
今度はさっきと違って巨大な洞窟の中。無斗たちが立ち止まる。目的だった”デザートウルフ”の群れだ。
こいつらを20匹ほど狩って毛皮または尻尾をもっていけば依頼は完了になる。
私は弓矢を取り出す。
「逃げ道を私が塞ぐわ」
「手前のやつらは俺とライガーで片付ける。……こいつらなら食えるか?」
「ま、砂漠だしいろいろ言ってらんねーな」
まだご飯のこと引きずってたよこの二人は。どうせ焼いて塩ふって食べるだけなのに。鼻が利く獣人ならではのお悩みのようだ。
「アレイナはアウリエラの背後の警戒だ。人間が来たらアウリエラごと飛び降りてくること。発砲はするなよ」
「分かった」
デザートウルフは基本昼に活動しているけれど、暑いところは平気なはずだ。どうしてこの涼しい洞窟の中にいるのだろう。
あ、サンドドレイクか。
サンドドレイクは肉食性だ。デザートウルフでは勝ち目がないから逃げてきたのかもしれない。私の陣取る位置は高い場所。
まずは、風のマナで矢を覆って。
「行くよ」
「了解」
「おう」
「はい!」
つがえた矢を、デザートウルフの群れの奥の方に放った。
「ウィンディアロー」
「キャイン!」
「キャンッ!」
急襲に驚いたデザートウルフたち、風の刃に切り裂かれてダメージを負ったデザートウルフが啼く。直後、私はこの目で無斗とライガーの実力を垣間見ることとなった。
まずは無斗。
その手には投擲武器が握られていた。アレは、チャクラムに似た性質の武器なのだろうか。十文字のようだけれど、すごい速度で回ってデザートウルフの脳天を一撃。相当腕力がないとあそこまで深く刺さらないことだろう。
しかも投擲武器しか使っていない。そう言えばナイフはライガーが砕いたとか言っていたっけ。
ライガー。
こちらは殴っているだけ。獣化した黒い拳でデザートウルフを一撃のもとに沈めていく。20匹なんてあっという間だった。
そして、20カウントしたところで無斗が攻撃をやめた。ライガーもそれを見て後ろに飛び退いた。デザートウルフたちはまだあと10匹ほど残っていたけれど、尻尾を巻いて逃げ出した。1匹だけちょっと体が大きいデザートウルフがこちらをじっと見ていたけれど、ライガーが行けと顎で後方をしゃくったのを見てか立ち去った。
「すごいね……」
「……」
すごいなんてレベルじゃなかった。私なんかよりもずっと強い。そりゃエルフは白兵戦には弱いけれど、それでも戦士としてのレベルは基本的に高いのだ。私だって結構自信あったのに。モンスター相手ならって思ってたのに……。
「白虎とアサシンと比べる方が間違ってるっての」
「同感だな」
安全になったので私とアレイナが下に降りると、無斗とライガーはデザートウルフの解体を始めた。私もナイフを持ってデザートウルフの解体を始めた。
解体は基本だからだ。エルフなら基本子供でもできる。
ライガーはその爪で掻っ捌いちゃってるけど……。
毛皮20枚。ああよかった。無斗ともだいぶまともに話せるようになったし。ほっとしたのもつかの間、無斗とライガーがいきなり戦闘体勢に入った。私は二人の視線の先を見た。
人間――片手剣士が一人、スピアが一人、大剣士が二人、デュアルアックスが一人。
無斗が私を突き飛ばした。
「!」
私がいたところには黄色い羽の矢が。
アーチャーがいる。無斗は掠ったらしい。
「大丈夫?」
「麻痺だな。この程度なら問題ないが、スピアとやるのはきつい」
「スピアと片手剣は俺がやる。早いとこ転移しな」
ライガーと無斗が勝手に時間稼ぎをすると宣言する。でも確かに、私は。
弓矢を持つ手が震えていた。人間に囲まれると駄目だ――やっぱり、怖い。
「行きましょう」
「……っ」
「アウリエラ!! 早く!!」
アレイナに無理やり手を引かれて、私は荷物もそのままにそこを逃げ出したのだった。
「で、どうすんだ無斗?」
「はっ、決まってんだろ。サンドドレイク呼ぶんだよ」
「だよなあ」
ライガーと無斗はお互いの顔を見合わせて不敵に笑う。
男たちはアーチャーに目配せするが、男たちから見て黒い服を着た少年が姿を消したと思った瞬間、獣人が突っ込んでくる。片手剣士は真っ先にそれを盾で受けた。
「ちぃっ……」
「おいおいおい、舌打ちしたいのはこっちだぜ?」
「うるせえなクソガキっ! ダイオウサソリのガキがいるわサンドドレイクがいるわ、割に合わねえっての!! エルフぐらいよこせってんだ!」
「テメーらの言い分なんざ聞いてねえよ。はっ、別のパーティのメンバー襲うのが人間様のやり方ってことか」
明らかな嘲笑を浮かべる獣人に片手剣士はブチ切れた。
「獣人ならわかってんじゃねえのかよ、この世は弱肉強食だってな!! エルフは捕まるのが悪い! 奴隷にされてんのは人間だって同じだボケがっ!!」
ブン、振り下ろされた片手剣に獣人の体重が乗った。そのまま獣人の血生臭い手が男の頭に置かれた。
「じゃあせめて戦士として死なせてやるよ、“奴隷(敗北者)”」
グシャリ
血が飛び散った。
男たちは慄いた。獣人が強靭な肉体を持っていることは重々承知していた。しかしそれがこうも易々と兜を被った頭丸ごと頭蓋を握りつぶすなど誰が思うだろうか?
「ッ」
スピアが前へ出てくる。その眼には闘志が宿っている。それを確認したライガーは不敵な笑みを浮かべて見せた。
「ここで楽になれや」
「理由はくだらなく心苦しいが――それでも、獣人の戦士と戦えること、本望である!」
いわゆる騎士というものだったのだろう――この一連の会話を聞いていた無斗はそんなことを考えた。
無斗が息の根を止めたアーチャー、既に血の海に沈んでいるが、背中に焼き鏝の痕らしき紋様があった。それが奴隷の身分を認めるモノと理解した無斗は、アーチャーの目を閉じてやった。
「くそつまんねー理由だったけど、アンタなかなかの腕だったよ」
無斗はライガーの援護のために下に下りた。それを見た他の男たちは逃げ出した。そして直後、断末魔が聞こえたのだった。
「……」
「……おおかた、サンドドレイクの卵に悪戯でもしたんじゃないか?」
何だあれはと言いたげな無斗にライガーがそっけなく答える。
ライガーと無斗はそのままサンドウルフの毛皮などの荷物をもって、男たちの死体を掴み上げた。
「どこに出せばいい?」
「砂の上に置いてくれりゃいい」
洞窟を出てライガーが三人の死体をこづんだ。
「これでいいか」
「ああ」
無斗が字を描く。
火という意味の言葉であることは、その後炎が死体を包んだためライガーにも理解できた。
「行こう」
「おう」
二人はクリスタルを取り出した。
テレポートクリスタル。戻る場所は、拠点とするギルドだ。行きは歩き、帰りはテレポートとなる。魔法が使えずとも転移できる代わりに、洞窟の中では使えないなどの難点はあるが、重宝するものである――。
「どこの奴隷だったんだろうな、あいつら」
「さあな。北から流れてきてたりして」
二人が光に包まれた。直後、もうそこには誰もいない。